Episode 04 / 56

砂の下の坑道

Chapter 1|黄砂に舞う羽根|04

この章の目次
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黄砂に舞う羽根 第04節 約10分

《4》

 その坑道が発見されたのは偶然だった

 武器の運搬を秘密裏に行うために坑道を掘り進んでいたところ、その新たに掘り進めていた坑道と古い坑道が偶然にぶつかったのだ。

 古い坑道を見つけたトッシュは武器運搬計画を早々に取り止め、失われた科学技術の発掘に乗り出した。

 〝失われし科学技術〟の発掘は少人数で行われ、ダイナマイトなどは使用せずに、小型ドリルなどを使用し、地上に情報が漏れないように最大限の注意を払って行われていた。この場所は街の真下だった。そう、ここはクーロンと呼ばれる街の真下だったのだ。

 最大限の注意を払いながらも、秘密はどこからか漏れるもので、もっともトッシュが気を払っていたはずの相手に嗅ぎ付けられしまった。それがクーロンの南に広がる砂漠の中心に存在するシュラ帝國の若き王――皇帝ルオだった。

 街の外れのただの工事現場に偽装されていた空き地。そこに昨日から大量の人や、トラックに乗せた機材が運び込まれた。中でも一番目を引いたのは坑道掘削装置だった。

 坑道掘削装置とはトンネルを掘るための機材であり、動力は魔導炉から供給されるエネルギーである電気だ。その全長は一四・九メートル、全幅二・八メートル、全高一・八から三・五メートルで重量三〇トン。先端に取り付けられたドリルには棘のような物が並び、それで岩などを砕きながら、約一時間の間に三〇メートル掘削することができる代物だ。

 次々と運び込まれてくる機材を見ながらトッシュが頭を掻いた。

「ったくよー、俺様が街の奴らにバレねえようにしたのに、はぁ」

 ため息をつくトッシュの横で、〝ライオンヘア〟が前髪をかき上げながら掘削装置を眺めていた。

「アナタのやり方じゃ、全坑道を見つけ出して掘り起こすのに何ヶ月かかることかしら?」

「一ヶ月くらいじゃねえか?」

「アタクシたちは三日でやるわ」

「雑な仕事して街のあちこちが陥没しそうだけどな」

「何事にも多少のアクシデントや犠牲はあるわ」

「そーですかい」

 今のトッシュは帝國に牙を抜かれた狼だ。

 トッシュの傍には常に彼を監視し、命を狙うライザ直属の軍隊――獅子軍の精鋭が最低三名は付いている。それに加え、トッシュの腕にはブレスレット型発信機が付けられている。今のトッシュはトイレの中ですら気が休まらない。

 と、思いきや。トッシュは大あくびをしながら、眠そうに目を両手で擦っていた。

「俺様は旅から帰って来て疲れてる。寝かせてもらうがいいか?」

「駄目よ、アナタからは聞きたい話が山とあるわ。それに――」

 肉食獣のようなライザの金色の瞳がトッシュを放さない。

「アナタが街の外になにをしに行ったのか聞かせてもらいたいわ」

「女遊びをしに行っただけだが」

 明らかに嘘だとわかる言葉だったが、それを平然とトッシュは言ってのけた。

「どんな遊びだったか詳しく聞きたいわ」

 ライザは微笑みながらトッシュの頬に平手打ちを喰らわせた。

 避けられたものをトッシュは避けず、微動だにせず受けてたった

 紅く染まった頬を気にすることなく、トッシュは不敵に微笑を浮かべた。

「女をヒィヒィ言わせてた。だが、たまにはこうやって女に甚振られるのもいいもんだ」

 たとえ牙を抜かれても、狼の精神は変わらない。

「いいわ、話は少しずつ聞かせてもらうわ。まずは坑道の中に入りましょう」

 踵を返し、白いコートの裾を揺らすライザが坑道の入り口に向かって歩き、そのあとを背中に銃を突きつけられたトッシュが付いていった。

 坑道の入り口は高さ三メートルの幅が四メートル。中も同じくらいの広さで、急な下り坂になっている。

 オレンジ色のライトが点々と照らす坑道の中をしばらく歩き、先頭を歩いていたライザの足が止まった。彼女の視線の先には金属の扉があった。

「この扉なんだけど、魔導学と科学の権威であるアタクシにも開けることができないのよ。もちろん破壊も試みたけど傷も一切付かず」

「俺様もいろいろやったが無理だった」

 不気味な輝きを魅せる金属の扉。見た目はどうってことのない、まっ平らな板のような扉だった。それが開かない。

 扉の前で腕組みをするライザ。

「なら、扉を無視して別の場所に穴を開けて中に入ろうかしら?」

「俺様がすでにやった」

「知ってるわ」

 ライザがこの坑道にはじめて足を踏み入れたときにはすでに、この扉までの道が掘り進められ、ライザが言った方法をトッシュが試した痕跡もあり、金属の壁の前で止まっている穴がいくつもあった。

 う~んと唸ったライザは金属の扉をブーツの踵で蹴り飛ばしたあと、振り返ってトッシュに話しかけた。

「で、アナタはどうやってこの扉を開ける気だったのかしら?」

「さあな、手詰まりって感じだ」

「……あ、そう」

 ライザの足が振り上げられ、扉を蹴飛ばしたのと同じ踵がトッシュの腹を抉った。

「うっ!」

 トッシュは微動だにはしなかったが、その口元からは空気の塊が吐き出された。

「次は股間にいくわよ」

 トッシュの股間の膨らみを見ながら妖艶と笑うライザの脚が再び動く。

 だが、トッシュがついに動いた。

 ライザの脚を軽く躱し、後ろにいる銃を構えた三人の男たちよりも早くトッシュは動いた。

 鋭い眼で狙いを定めたトッシュは銃を持っていた一人の男に襲い掛かり、腹を深く殴り、すぐにその男の後ろに廻り込んで、男を盾にしながら銃を奪い取った。

 盾になっている男は、それだけでも通常の銃弾を防ぐことのできる合金素材で織られた防護服を着用し、その上から多層構造の繊維素材で作られた防弾ベストを着ていた。文字通り、この男はトッシュの盾となっている。

 しかし、残った二人の男がトッシュを撃てない理由は他にもある。

 トッシュの持つライフルの銃口はライザのこめかみに向けられていたのだ。

 あっさりとしてやられたことにライザは頭を抱えた。

「ウチの精鋭が野犬に軽々とあしらわれるなんて、サイテーだわ」

 悔しそう眉をひそめるライザのこめかみには、今もトッシュが銃口を向けている。

「形勢逆転はしたが、これからどうしたものか?」

 敵の銃を奪い、人質も取った。がしかし、坑道の中は帝國軍の兵士たちで溢れ、そしてもう一つ。

「アナタの腕に付いているブレスレットのことをお忘れかしら?」

「いいや」

 そう、トッシュの腕には発信機が付いていた。しかも――。

「アナタに言い忘れていたことがあったわ」

 不敵に笑うライザを前にして、トッシュも少し嫌な表情をする。

「なんだ、言ってみろ?」

「そのブレスレットが爆発するわ」

「そいつは困ったな」

 さも困ってないように言ったトッシュは、銃の引き金から指をなるべく外さないようにして、ブレスレットをしていた右手から左手に銃を持ち替えた。

「俺様の右半身が吹っ飛んだら、残った左手でおまえの脳味噌を吹っ飛ばす」

 それは本気だった。この男なら必ずやるとライザも確信した。

「アナタならたとえ死ぬことになって、最後に敵に報いて死ぬでしょうね」

「俺様はただじゃなにもしない」

 そして、ライザはついに折れた。

「わかったわ、アタクシを人質にしてどこまで逃げられるかやってみなさい」

「最後まで逃げ切ってみせる」

 トッシュが笑う。それは自信の表れだった。

 夕飯をついついいらないと言ってしまった手前、アレンのすることと言ったら寝ることしかなかった。

 いびきを立てて脚を大きく広げて寝ていたアレンが突然の目を開けた。

 なにかが爆発したような物音が聞こえたのだ。

 しかし、彼女はまた目をつぶって寝ようとした。

 どこでなにが起きようと、自分の直接危害が加えられなければ、関係ないのだ。

 しばらくして、再び爆発音がした。今度のものは先ほどよりも大きく、建物が古くボロいせいもあるが、大きく建物が揺れた。

 さすがのアレンもこれにはキレたようで、ベッドから上半身を起こして怒鳴り散らした。

「俺のジンセーの楽しみは寝ることと食うことだ! 俺の楽しみを奪う糞野郎はどこのどいつだーっ!」

 ベッドから跳ね起きたアレンは、適当に投げ置いていたパイロットハットを被り、部屋の外に飛び出した。

「きゃっ!」

 可愛らしい声を出したのはもちろんアレンではない。部屋を急に飛び出して来たアレンにぶつかって、床に尻餅をついているシスター・セレンだ。

「もお、いきなり部屋から飛び出して来ないでくださいよ!」

「あんたの注意力が足らねえんだよ」

「もお!」

 顔を膨らませて怒ったセレンは、アレンを無視するように廊下を走って行ってしまった。その後をアレンが追って、すぐにセレンの横に付く。

「あんたも馬鹿デカイ物音聞いたんだろ?」

「だから外に向かってるんです!」

「なんの音だと思う?」

「わからないから見に行くんですよ!」

「そりゃそーだ」

 二人はボロボロの椅子の置かれた静かの聖堂を抜け、教会の前の通りに飛び出した。

 すぐにセレンが空に立ち上る煙を見つけた。

「あそこはたしか工事現場」

「銃声だ」

 アレンが呟いてすぐ、通りの曲がり角から人影が現れ、地面を激しく蹴り上げながらこちらに向かって走って来た。

 何者かに追われているような人影は、アレンたちの前を通り過ぎようとしたのだが、ふとアレンの視線が人影と合った。

「あんたは」

「おう、いいとこで会った、俺様を匿え!」

 セレンは目を丸くしたまま謎の男に押され、アレンとともに聖堂の中へ後ろ歩きで押し込まれてしまった。

 謎の男は聖堂の扉を閉め、アレンとセレンに向かって振り返った。その男はトッシュだった。

「とにかく俺様を匿え、礼はする」

 次の瞬間、聖堂の扉が激しく開けられ、ライフル銃を持った数人の男たちが聖堂の中に流れ込んで来た。

「怪しい男を見かけなかったか!」

 男たちは入って来るなり、アレンのセレンに銃を向けた。

 もちろん『怪しい男』とはトッシュのことだが、トッシュの姿はすでにどこにもない。そこには古びた聖堂があるだけだ。

 アレンは大あくびをしながら、受け答えをする。

「爆発音がしたみたいだから外に出ようと思ったんだけどさ、なんかあったの?」

「貴様らの知ることではない!」

「はいはい、そーですか。怪しい奴なんか見てねえよ。こっちにいるにはシスターだし、嘘は付かねえから、さっさと別んとこ探した方がいいぜ、追ってる奴が逃げちゃうよ」

 アレンの言葉に続いてセレンがひと押しする。

「神聖な神の家に銃を持ち込まないでください、お願いします」

 丁重に頭を下げるセレンであったが、男たちは構わず聖堂内を捜索しようとした。

 だが、外の通りから男の声が聞こえて、足が止まる。

「怪しい男がいたらしいぞ!」

 聖堂から男たちが無愛想な顔をして無言で出て行く。アレンが背中に唾を吐きかけたことにも気づかず。

 一気に肩から力の抜けたセレンは早々に聖堂の扉を閉めた。すると、今までどこに隠れていたのか、トッシュがひょっこりと顔を出した。

「ブレスレットを外して男にプレゼントしたのが効いたな。俺様の悪運も大したもんだ」

「わたしは不幸のどん底です」

 セレンは深くため息をついた。――今日は特についてない。

 裏路地で男たちに襲われ、謎の少女を家に泊めることになり、今度は謎の男をその場の空気に流されて匿ってしまった。今朝割った卵に黄身が二つ入っていたが、もしかしたらその時に今日の運を使い果たしてしまったのかもしれない。

 木製の椅子に腰掛け、煙草に火を点けたトッシュの顔が、薄闇の中に浮かび上がる。

「さてと、匿ってもらった礼はどうするか。一五〇〇イェンでどうだ?」

「一五〇〇イェンですか!?」

 思わず声をあげてしまったセレンを見て、トッシュがう~んと唸る。

「それでは満足できないか。三〇〇〇イェンでどうだ?」

「違います、お金とかじゃなくて……」

 さっさと出て行って欲しかった。

 これ以上ごたごたに巻き込まれたくない。それがセレンの本音だった。

「金じゃないと来たか。そんなことを言う人間がこの街にいたなんてな、さすがは教会だ。そんな慈悲深いシスターにお願いがあるんだが、一晩泊めて欲しい」

 トッシュの言葉に、さすがにセレンは頭を抱えてあからさまに嫌な表情をした。泊めて欲しいイコール匿って欲しいと同じ言葉だ。だが、セレンはうなずいてしまった。

「わかりました、一晩お泊めします」

「ありがとよシスター」

 景気のいい声でトッシュは言うが、セレンにしてみれば悪い。

 煙草の煙を天井に向かって吐いたトッシュの前にアレンが立った。

「あんたさ、まだ俺のこと雇う気ある?」

「前金は払える状態じゃないぞ。それに三食昼寝付きも難しそうだ」

「一万イェンで手を打ってやるよ」

「五〇〇〇イェンじゃなかったのか?」

「条件が変わったし。あー、それとさ、こっちのシスター・セレンへのお礼はこのボロ教会の建て直しでいいよ」

 勝手に自分へのお礼を決められたセレンは声を荒げた。

「そんなこと頼んでいません」

「あんたさ、お礼はちゃんと貰わないと駄目だぜ」

 アレンの言葉にセレンの心が揺らぎ、彼女がトッシュに頭を下げようとした瞬間、トッシュが先に口を開いた、

「匿ってもらっただけで教会建て直しとは高くついたな」

 言われてみればそうだ。セレンはなんてとんでもないお願いをしようとしていたのかと、自分を恥ずかしく思って顔を赤らめた。だが、トッシュの次の言葉に目を丸くした。

「だが、たまにはカミサマにコネを作って置くのも悪くない。よし、二〇〇万もあれば立派な教会になるだろ」

「えっ、えっ、えええ、やめてください、そんな駄目です。とにかく駄目です、だってそんな教会なんて建てたら、ほら、街の人たちに壁とかステンド硝子とか持っていかれそうですし!」

 とにかくセレンは慌てふためいた。普段から慌てることは多いが、こんなに慌てたのはきっと生まれてはじめてだろう。一秒間に瞬きを三回もしていることからも、その慌てぶりが伺える。

 今にも目を白黒させながら失神しそうなセレンの横で、呑気な顔をしてアレンが笑っていた。

「ま、いーんじゃないの。トッシュが直してくれるって言うんだからさ」

 ――トッシュ。その名を聞いて、ついにセレンはお尻から冷たい石の床に崩れ落ちた。

「ト、トッシュ!? この方が〝暗黒街の一匹狼〟……」

 おでこに手を当てたセレンは、ゆっくりと後ろに倒れて気を失った。

「あーあ、あんたの名前聞いたら気ぃ失っちゃったじゃん」

「俺様のせいじゃないだろ。とりあえずこのシスターをベッドまで運んでやろう」

「あんたがな」

「口の悪いガキだな」

「そいつはどーも」

 悪戯な笑みを浮かべるアレンに舌打ちしたトッシュは、手に持っていた煙草を投げ捨て靴の裏で火を消すと、地面に横たわっていたセレンを胸の前で抱きかかえて歩き出した。

「シスターの部屋はどこだ?」

「んなもん自分で探せよ」

「糞ガキがっ!」

 金で雇われようとも、この二人の間には絶対に主従関係は成立しないようだ。