《11》
通りに風が吹き、甘い香りを含んだ妖気が場を満たす。
白い影は微笑み、〝少年〟は嫌な顔をしていた。
相手の妖気に中って、アレンは戦う前から負けそうだった。
アレクの前方には〈ピナカ〉を構えるライザが、濡れた唇を歪ませながら微笑んでいる。
「アタクシの奴隷になれば、一生なに不自由なく暮らせるわよ」
「俺は束縛されんのが嫌いなの」
「アタクシは束縛するのが好きなのよ」
「このサド女!」
「本当のことを言われても、痛くも痒くもないわ――あら?」
白いロングコートのポケットで鳴る通信機に気づき、ライザは魔導銃〈ピナカ〉を持った手をアレンに向けつつ通信機に出た。
通信内容を聞いたライザが、この上なく妖艶な笑みを浮かべる。
「ふふっ……そうなの……」
通信機を切ったライザの浮かべる表情が気になったのか、訝しげな表情でアレンが尋ねる。
「なんだったんだよ?」
「魔導感知器が、地下から放出された魔導エネルギーを感知したそうよ。もしかしたら〈扉〉が開いたのかもしれないわ」
ライザの勘は当たっていた。先ほどトッシュたちによって〈扉〉を開いたのだ。
〈扉〉が開かれたかもしれないと聞き、アレンがニヤッと笑う。
「俺の活躍が実を結んだってことだな」
「そういうことになるかしらね。でも、〈扉〉の中に入ったトッシュは袋の鼠。〈扉〉の中になにがあるにせよ、それをどうやって持ち去るのかしら。巨大な装置だったら運べないわよね」
〈扉〉を開けること。それはまさに今回の作戦の入り口でしかない。果たしてトッシュの策は?
「俺、中になにがあるか知ってんぞ。人型エネルギープラントがあるんだってさ。人型なら自分で歩くんじゃないのか?」
この情報はアレンがリリスから聞いたものだった。そして、この情報はトッシュもライザもまだ知らぬことだった。
エネルギープラントと聞き、この世界の者たちが、まず頭に浮かべるものは魔導炉の存在だろう。魔導により放出されたエネルギーを電気エネルギーに変換し、膨大なエネルギーが二十四時間、止まることなく都市にエネルギーが供給される。だが、この技術は失われし科学技術であり、ゼロから魔導炉を造り出す技術は現代には残っていない。魔導炉がなんらかの理由で大爆発を起こしたとしたら、その被害は計り知れない規模となるだろう。
人型エネルギープラントなどと言うモノ、科学者であり魔導師であるライザも聞いたことがなかった。
「人型エネルギープラント? 古の時代に戦争で投入された巨神兵……いえ、あれはただのゴーレムと機械の合成物……だとすると?」
ブツブツと独り言を言いながら、ライザの思考は巡らされ、古い書物に書かれた事柄を思い出していた。それでも人型エネルギープラントに関する事柄は思い出されなかった。いや、その事柄に関する書物を読んだことがないのだろう。それでは思い出すことなど不可能だ。
現在、世に残っている魔導炉の規模を考えると、それを人型にするなど不可能だとライザは考えた。できたとしても、全長何十メートルもの巨人だろう。
未知への探究心が、ライザの欲望を駆り立てた。
「休戦にしないかしら?」
「はぁ?」
突拍子もないライザの提案に、アレンは思わず口を半開きにしてしまった。
「アタクシはアナタを殺したくない。だから、アタクシには戦う理由がないわ。〈扉〉までアタクシが案内するわよ」
「はぁ!?」
「それに、そちらのシスターもアタクシといっしょのほうが安全よ」
突然ライザに視線を向けられたセレンは、
「えっ!?」
と眼を剥いて後退りをした。
先ほどまで自分を人質にしようとしていた人が、今度は自分といたほうが安全だと言う。セレンは困惑した。
「あの、どうしてあなたといっしょだと安全のでしょうか。その、あなたは……敵なわけですし」
「アタクシはアナタを人質にするのをやめたわ。けれど、他のものがアナタを狙うかもしれない。少なくともアタクシと行動をともにすれば、アタクシ直属の獅子軍に命を狙われる心配はないわ」
「でも、それは……その……」
つまりこれは休戦というより、捕虜になれと言っているのではないだろうか?
「俺はいいぜ、別にぃ」
「なに言ってるんですかアレンさん!?」
セレンが声をあげるが、アレンは構うことなく両手を上げて降伏のポーズを示した。あまりにもあっさりし過ぎだ。
〈ピナカ〉を構えていたライザも、〈ピナカ〉を下げてコートの内ポケットにしまいこんだ。
「やっとアタクシの奴隷になる気になったのかしら?」
「絶対違う!」
アレンは即答で断言した。
「俺があんたの休戦を申し入れたのは、道がわかんねえから。〈扉〉までの道聞いたんだけどさ、忘れちゃって」
坑道の中はまるで迷路のようになっている。はじめて入る人間は地図でもなければ〈扉〉まで辿り着くのに多くの時間を要する。だが、トッシュは地図が紛失し、誰かの手に渡ることを恐れ、口頭でアレンに〈扉〉までの道のりを説明しただけだった。
「まあ、いいわ。二人ともアタクシに付いて来なさい」
踵を返してコートの裾を跳ね上げたライザの後ろを、なんの迷いもなくアレンが付いていく。その行動はセレンの理解しがたいものだった。ライザは仮にも敵なのだ。
その場に立ち竦んでいるセレンに、振り返ったアレンが声をかける。
「さっさと行くぞ」
「でも……」
口ごもるセレンに対して、アレンは人懐っこい笑顔を贈った。
「俺が守ってやんよ」
守ってやるもなにも、敵の中心に自ら入るなんて――とセレンは思ったが、アレンの表情から感じられる、底知れぬ自身を信じた。
「絶対守ってくださいよ。わたしになにかあったら一生怨みますからね!」
「任せとけって、たぶんなんとかなるからさ」
「…………」
一瞬セレンの心が揺らいだ。――やっぱり信用できないかも。それでもセレンの進み道は限られていた。
前を歩く二人をセレンは小走りで追いかけた。
一〇〇メートルばかり歩くと、鉄の囲いをされた工事現場が見えた。この中に行動入り口がある。
工事現場の中は殺伐とし、兵士たちがあれやこれやと走り回っていた。そして、ライザがこの場に来たことで、兵士たちの動きが慌ただしくなり、ライザの傍らに居る〝少年〟の顔を知っていた者は、ぎょっと眼を剥いて驚いた。
先ほどアレンがこの工事現場で暴れたことは記憶に新しい。多くの兵士は負傷して運ばれていったが、中には無傷の者や軽傷の者もいて、この場に残った者もいる。その者たちがアレンの顔を忘れるはずもなく、ライフル銃を構えて身構えた。
だが、それをすぐにライザが抑えた。
「この二人はアタクシの客人よ、銃を下ろしなさい」
兵士たちは頭を混乱させながらも、ライザの言葉に従わざるを得なかった。
すぐに上級兵がライザのもとに駆け寄ってきて敬礼した。
「地下から放出された魔導エネルギーを感知してすぐ、〝鬼兵団〟のキンキが何人かの兵士を引き連れて〈扉〉に向かいました」
兵士の報告を聞いて、ライザがあからさまに嫌な顔をする。
「あの脳なしの莫迦鬼が向かったの?」
「はい!」
「アナタたちも脳なしだわ!」
目の前にいた兵士の股間をブーツの踵で蹴り飛ばしたライザは、鼻で嗤いながら早歩きで坑道の入り口に向かって歩き出した。
股間を押さえて蹲る兵士を見下げながら、
「ご愁傷様」
と呑気にアレンは言って、ライザのあとを追った。そのあとを気の毒そうな顔をしたセレンがすぐに追う。
魔導を孕む空気が漂う坑道の入り口に、三人は足を踏み入れた。
白銀の長方形の箱。切れ目も繋ぎ目もない箱。その中にトッシュとリリスはいた。
先ほどまで薄暗い坑道の中にいたせいか、眩しい光で目が霞む。
目が落ち着いてきてもなにも変わらなかった。やはりなにもない部屋。
ざっと辺りを見回したトッシュが呆れた声を響かせた。
「なんだここは?」
期待していたものがなにひとつない。
空っぽの部屋の床に、トッシュは胡坐をかいて手に顎を乗せた。
「俺様はここになにをしに来たんだったか?」
苦笑する横で老婆の声でリリスが笑う。トッシュがヘルメットを取っているのに対して、リリスはまだフルフェイスのヘルメットを被っていた。
「ほほほっ、現代人は古代人よりも頭が悪くなったのかね。エネルギープラントはこの部屋の床下に眠っておるのじゃ」
「なにっ?」
「あの時代はなんでも収納して隠してしまうのが流行での、エネルギープラントも隠してあるのじゃ」
「この部屋のどこにもスイッチは見当たらないが?」
トッシュの言うとおり、部屋のどこにもスイッチはない。凹凸すらなく、切れ目すらない部屋のどこにモノを隠せるのか?
未だ武装兵の格好をしたリリスは、優雅な足取りで部屋の中心に向かった。果たして、フルフェイスの奥に隠されたリリスの顔は今?
部屋の中心で足を止めたリリスは床に肩膝を付け、右手を天井高く上げ、床に向かって振り下ろそうとした刹那、リリスの動きが止まった。
床すれすれでピタリと手を止めながら、リリスは部屋の入り口に視線を移動させた。
腰を曲げて頭を下げた巨人が部屋の中に入って来た。
立ち上がった男の背の高さは三メートルを超えていた。上半身裸の巨人の胸板は鉄板のようで、そこから伸びる腕は丸太のように太く、そして理想的な逆三角形のボディが美の輝きを放っている。だが、その上についた頭はなんと醜悪なことか。
殴られた瞬間みたいな顔をした坊主の頭の巨人が、手に持った金棒でブンと風を切った。
「オラノ名前ハ金鬼ダ。水鬼ヲ殺シタ奴、許シテオケネエ。ドコノドイツダベ?」
胡坐をかいてるトッシュが首を横に振り、リリスもぬけぬけと首を横に振った。
「わしじゃないよ。水鬼なんて奴の名前、はじめて聞いた」
「嘘付クデネエ、オマエラノ仲間ガ水鬼ヲ殺シタノハワカッテル。オラ怒ッタ!」
突然金棒を振り回し暴れ出そうとした巨人を近くにいた兵士が止める。せっかく開いた〈扉〉の中で暴れられ、施設を破壊されてしまっては元も子もない。だが、暴れまわる巨人を静止させることはできなかった。
金棒が轟々と風を唸らせ、兵士のヘルメットの中味を砕いた。銃弾を弾き返すヘルメットも、中味は打撃による衝撃に耐えられなかったのだ。地面に倒れた兵士のヘルメットの中は崩れた豆腐のようになってしまっている。
さすがに身の危険を感じた残りの兵士はライフルを構えようとしたが、その前に殴打され地面に沈んだ。巨人の割には動きが速い。
仲間殺しをした巨人金鬼は地面に足音を響かせながら、胡坐をかくトッシュの前に立った。
「オマエガとっしゅカ?」
「ああ、俺様がトッシュ様だ」
トッシュは立ち上がったが、巨人との体格の違いは明らかだ。これでもトッシュは体躯もよく、身長も一八〇センチを越える。それでも、まるで大人と子供に見えてしまう。
首を曲げて上を向くトッシュと金鬼の視線が合致する。どちらも負けず劣らずの鋭い眼をしている。
「とっしゅト言ウ男ヲ殺セ言ワレテル」
「殺れるもんなら、殺ってみな!」
遥か頭上から振り下ろされる金棒を後ろに飛び退き躱したトッシュは、愛用のハンドガンを抜いて引き金に手を掛けた。
火を噴く銃口。
放たれた銃弾は三発とも命中した。
トッシュが眼を剥いた。
「嘘だろ」
金鬼は胸板で銃弾を受け止めたのだ。そして、金属音を立てた銃弾は虚しく地面に転がった――金鬼の胸に傷ひとつ付けることもできず。
トッシュの持つハンドガン――〈レッドドラゴン〉は、〝失われし科学技術〟の代物で、五センチの鉄板を貫通する威力を誇る大口径の銃だ。それが肉すら皮膚すら貫通できなかった。
「オラノ身体ハ鋼鉄ヨリモ硬イ。銃弾ナンテ恐クナイゾ」
つまりトッシュのハンドガンは武器としての意味を成さなくなった。
頭を抱えるトッシュがリリスをチラリと見るが、
「年寄りのわしを扱き使う気かい? わしはここでおぬしらの戦いを見ておるから、思う存分戦うがよい。幸い、この部屋はおぬしらがいくら暴れても壊れんようになっとるでな」
視線を巨人に戻したトッシュは床を駆けた。
敵と距離を取りながら、作戦を練る。が、武器の効かぬ相手とどう戦う?
金鬼は金棒を無鉄砲に振り回しトッシュを追いかけてくる。巨人の割には意外に動きの素早い金鬼だが、トッシュの動きの方が素早さでは上回っている。それに金鬼の武器が金棒ということもあって、近づかれなければ負けることはない。だが、いつまでも逃げ回っているわけにはいかないだろう。
部屋中を駆け巡りながらトッシュは金鬼の金棒を見ていた。あの威力は先ほど目の当たりにしている。一発でも喰らえばアウトだ。それでもトッシュは接近戦を目論んでいたのだ。
床を蹴り上げたトッシュが速攻を決める。
金鬼との距離を一メートルに縮めたところで、トッシュが〈レッドドラゴン〉を構える。だが、金棒が地面を割るように振り下ろされて、トッシュの鼻先を通過して地面を叩いた。
グォォォン! と床が唸り声を上げるが、床にはなにひとつ傷が付いていない。リリスの言うことは本当だったらしい。
肝を冷したトッシュは再び金鬼を間合いを取っていた。
「ふぅ、死ぬところだったぜ」
冷や汗をぬ拭ったトッシュが再び速攻を決めた。
狭まる金鬼との距離。
トッシュには振り下ろされる金棒がスローモーションに見えた。
遥か頭上から振り下ろされた金棒は鼻先を通過し、床を力強く叩こうとしていた。トッシュはこの刹那に全神経を集中させた。
――僅かな隙を突く。
〈レッドドラゴン〉の照星を通して照準が定められた。
引き金が引かれ、銃口が火を噴き、また火を噴いた。
「ギャアァァァァァッ!」
奇声をあげた金鬼は金棒を投げ捨てて、両手で顔面を覆って床に膝を付いた。
続けざまに発射された銃弾は確かに金鬼を貫いたのだ――金鬼の両眼を。
指の間から血を滴り落とす金鬼は床の上を転げまわりながら泣き叫んでいた。これほどまでの苦痛は、この鉄巨人にとって初めてものだったのだろう。
仰向けになって天井に咆哮する金鬼の口の中に冷えた金属が突っ込まれた。
「俺様の勝ちだ」
金鬼の口に突っ込まれた銃口がなんども叫び声をあげた。
飛び散る血飛沫が〈レッドドラゴン〉を持つトッシュの手を紅く染める。
やがてカチカチと音を鳴らした銃は弾切れを起こし、トッシュは血まみれになった金鬼の口から銃身を引き抜いた。
もうすでに金鬼は息を引き取っている。それも最初の数発目には息を引き取っていた。それがわかっていながらトッシュは撃ち続けたのだ。
屍体の傍らに跪いたトッシュは、血だらけになった手と銃を金鬼のズボンの布で拭った。普通の神経を持つ者がする行為ではない。トッシュの持つ名――〝暗黒街の一匹狼〟の由縁は、トッシュが単独行動を好むためではなく、誰もトッシュと組みたがらないために付けられた名前だったのだ。
立ち上がったトッシュの視線に三人の人物が目に入った。
「なんでその女と一緒にいる?」
トッシュの問いはすっ呆けた顔をしたアレンに向けられたものだった。
「一時休戦」
簡潔に述べるアレンをすぐさまセレンがフォローする。
「あ、あの、わたしの命を保証してもらう約束もして……そのぉ」
フォローになっていなかった。
鬣を靡かせながら〝ライオンヘア〟が一歩前に出る。
「一時休戦して、お互い無意味な争いはやめたのよ。それにしても、前よりヒッドイ顔ね、この莫迦鬼」
床に転がる屍体にライザは言葉を吐き捨てた。決して仲間とは思っていない口ぶりだ。
屍体の横を素通りしたライザはリリスの前に立った。
「アナタが〈扉〉を開けてくださった方かしら?」
「いかにもそうじゃ、ライザちゃん」
「あら、アタクシの名前を知っているだなんて、光栄だわ」
なにもない部屋を見回したライザが言葉を続ける。
「ところでエネルギープラントはどこにあるのかしら?」
「わしが目覚めさせようとしたところで、そこで眠る木偶の坊が邪魔に入ったのじゃ」
「あら、なら殺されて当然ね。では、さっそくだけどエネルギープラントを出してくれないかしら?」
「よいじゃろう」
部屋の中心まで歩いたリリスが足を止め、再び床に肩膝を付け、先ほどと同じように右手を天井高く上げ、床に向かって振り下ろそうとした。
その刹那、床に付いたリリスの手を中心して強風が吹いた。リリスの一番近くいたライザが後ろに吹き飛ばされたほどの強風だ。
風はその勢いを増し、光の波紋が部屋の中心から放たれ、光の通過した床には魔方陣らしき紋様が描かれていた。
「娘よ、お目覚め!」
リリスの声が響いた。妖女リリスの声がフルフェイスのヘルメットの奥から響き渡った。
部屋中が目も開けられぬほどの眩い光に包まれ、それが合図となって部屋中からモーター音が轟々と鳴り響いた。
光の渦の中で歯車もまた、なにかに共鳴するように激しく回転していた。