Episode 13 / 56

人型エネルギープラント

Chapter 1|黄砂に舞う羽根|13

この章の目次
このページの保存位置があります(0%)。
黄砂に舞う羽根 第13節 約10分

《13》

「これが人型エネルギープラントかい?」

 少年とは言いがたい妖気を纏う皇帝ルオが尋ねた。

「ええ、そうらしいわ。検査はこれからしようと思っているのだけれど、なにからしようかしら?」

 ライザは硝子板を通して、その先の密室にいる〝少女〟を見ていた。

 冷たい金属の壁に包まれた部屋で、〝少女〟は瞬きもせず壁に一点を見つめ続け、ただじっと膝を抱えて座っているだけだった。逃げるでもなく、動くでもなく、声すら漏らさない。生きているのかと疑うほどだ。いや、はじめから〝生物〟ではないのかもしれない。

 〝少女〟が閉じ込められている部屋の壁は、魔導炉の爆発にも耐えうる超合金であり、硝子の板もただに硝子にあらず、魔導的なコーティングを施しており、周りの壁よりは脆いが、それでも壊されることなど在り得ない。魔導炉の小型版とも言える、人型エネルギープラントが突如爆発しようとも、絶対壊れない筈だ。筈というのは、〝少女〟の力が未だ未知数だからだ。

 白い布の服を着せられた〝少女〟は、まるで天上人のような雰囲気を醸し出し、肌は着せられた服よりも白く輝き、穢れなき純粋さをイメージさせた。そして、背中に生えた二対の翼が、天上人の雰囲気をよりいっそう強いものにする。しかし、片方の羽根は紅い。

「まるで天から降って来た〝少女〟だね。いや、堕ちてきたのか」

 悪戯な表情をして笑うルオに対して、ライザは深く頷いた。

「そうね、だから古代人は地の底に封印のでしょうね。魔導硝子越しでも、ゾクゾク感じるわ」

「魔導を帯びた風を纏っているのが、ここにいても感じられる。その〝少女〟は魔導の塊に等しいかもしれない」

「帝國の力――いいえ、貴方の力になるわ」

「朕に操れると思うかい」

「アタクシがお手伝いいたしますわ」

「それは頼もしい言葉だ。では、あとは君に全て任せるとしよう」

「畏まりました」

 紅いマントを翻し、部屋をあとにするルオの背中に一礼したライザは、再び檻の中の小鳥を見つめた。

 翼の生えた〝少女〟は尚も膝を抱えじっとしている。

 ライザにはひとつの疑問があった。

 ――古代人は、なぜこんなモノをつくったのか?

 そもそもエネルギープラントを造るならば、人型である必要はない。人型の方が不便であるし、造るのにも手間が掛かるはずだ。なのに、古代人は人型エネルギープラントを製造した。

 人型〝エネルギープラント〟というのは嘘、もしくは便宜上なのではないかとライザは考えた。古代人は〝人型〟のモノをつくろうとしたのではないか?

 ――では、〝少女〟はなんの目的で、この世に生み出されたのか?

 人型兵器――否、人型は兵器の形としては欠点が多すぎる。だが、それでも人は人型にこだわりを持つらしく、ゴーレム、ホムンクルス、自動人形、F男爵という医師は、死体を繋ぎ合わせ人型のモンスターを創り上げた。人はいつの時代も生命の創造を試み、神の真似事をしてきたのだ。

 古代人は初めから新たな生命を創ろうとしていた――それがライザの結論だ。

 ライザがこのような結論を出したのは、彼女自身が生命の創造主になろうと試みたことがあるからである。しかし、彼女は自分が納得できる結果を出せず、成功と言える例は一例もない。その成功の糸口が目の前にいる。ライザは心躍らせた。

 だが、問題はこれから〝少女〟をどう扱ってよいものか?

 せっかく手に入れたサンプルを壊すわけにもいかない。それに、小型魔導炉とも言うべき力を持つモノに、もしもなにかがあってからでは済まない。〝失われし科学技術〟はなにが飛び出すのかわからない、ビックリ箱のようなものなのだ。

 〝少女〟の翼が微かに煌き、光の粒子を呼吸するように放出している。

「翼は内部に溜まったエネルギーを外に放出するためのものなのね」

 ライザは自分の言葉に自分で納得し、深く頷いた。

 翼は空を飛ぶためのものではないだろう。あのような形状と大きさでは、ヒトが空を飛ぶことは物理的に不可能だ。できたとしても、それは翼が羽ばたく力によるものではなく、他の力の働きによるものだろう。

 ライザの考えでは、翼は〝少女〟の原動力になっている魔導エネルギーを体内から外部に排出するためのものであり、翼から零れる煌めきは魔導のカス――廃棄物に違いない。

 立てた人差し指を唇に当てたライザは、甘い息を漏らし考え事をすると、なにかを思い立ったように白いコートの裾を翻した。

 電子ロックにカードキーを差し込み、暗証番号を紅いマニキュアを塗った爪で押すと、金属の扉が横にスライドして開いた。その先にいるのは〝少女〟。

 ブーツの踵を鳴らし、ライザは優雅な足取りで〝少女〟の横に立った。

 どこを見ているのかわからない〝少女〟の瞳に、しゃがみ込むライザの姿が映し出された。

「アタクシの言葉が理解できるかしら?」

 なんの反応もない。

「創造主に魂を入れてもらわなかったのかしら?」

 〝少女〟の眼は死んでいた。

「でも、アタクシは見たわ。アナタの瞳に光が宿った瞬間を」

 それは〝少女〟が永い眠りから醒めたときのこと。〝少女〟は愛くるしい瞳をしながら、小さく呟いたのだ――『私と……同じ……』と。あのときと今、なにが違う?

「……あの子の存在」

 唇を舐めたライザの脳裏に浮かぶ〝少年〟の影。あの〝少年〟が鍵に違いないとライザは確信したのだ。

「――となると、あのシスターがやはり役に立ちそうね」

 シスターとはもちろん、シスター・セレンのことである。人質としての効果が今発揮した。あとは、セレンを出しにアレンを呼び寄せればいい。

「さあ、アナタはアタクシと王子様に会いに行きましょう」

 〝少女〟の腕を掴んだライザがゆっくりと立ち上がり、〝少女〟は抵抗することもなく、揺ら揺らと立ち上がった。

 虚ろな〝少女〟を外に連れ出そうとしたライザの足が止まった。

 静かだった部屋に通信機の音が鳴り響く。〝少女〟は音など聞こえていないように、なにも反応を示さない。虚ろなままだ。

 通信機に出たライザが艶やかに笑う。

「あのシスターも、見かけによらずおてんばさんだこと……ふふ」

 それは拘束中のセレンが逃げ出したとの連絡だった。

 掴まれていた腕を放された〝少女〟は、木の葉が舞い落ちるように床にへたり込み、ブーツを鳴らす音が遠ざかって行った。

 周りの壁や床は鼠色の金属でできており、走りなどしたら大きな足を音が立ってしまう。横幅三メートルほどの大きな通路を、セレンはなるべく摺り足で歩いていた。

 足音だけに注意を払っていてはいけない。いつどこから人が飛び出してくるかわからなので、聴覚を研ぎ澄ませて耳を常に立てておかなければいけないのだ。そのため、セレンの疲労は雪のように深々と積もっていった。

 シュラ帝國が世界に誇る超巨大飛空挺〈キュプロクス〉の内部は、そこが飛空挺の中であることを忘れてしまうほど広く、まるで巨大な鉄の要塞の中にいるような感覚だ。

 セレンはここに連れて来られたときの記憶を辿り、出口までの道順を思い出そうと勤めるが、そもそもセレンは出入り口から入ったのではなく、空間転送によって艦内に連れて来られたのだった。それにここに連れて来られた当初は、極度のパニック状態にあり、通ったはずの道ですら覚えていなかった。

 セレンの足が不意に止まり、顔が強張る。

 金属の床に響き渡る足音。

「その場を動くな!」

 男の声が響き渡り、セレンは泣きそうな顔をして後ろを振り向いた。

 二人組みの兵士が駆け寄ってくる。

 ライフル銃、ハンドガン、ナイフを装備しているが、そのどれ一つも構えていない。兵士たちはセレンを無傷で捕らえろと命令されていた。だが、セレンをそんなこと知らないので、殺されると思って必死で逃げる。逃げれば当然、相手も必死で追って来る。

 僧服の裾を激しく揺らしながら走るセレンの視線に、エレベーターが飛び込んで来た。

 運がいいことに、ちょうどエレベーターはこの階に停止中で、セレンは手動のドアを急いで横にスライドさせ、エレベーターの中に乗り込んだ。

 手動ドアを閉めようとしたセレンだが、ドアの隙間に男の手が伸びる。

「ごめんなさい!」

 と叫んだセレンは、男の手に構わずドアを閉めた。

 ドアに手を挟まれ、『うがっ!』と重い空気の塊を口から吐いた男が、苦痛に表情を歪ませながら手を引いた。

 エレベーターは兵士たちの目の前で下がって行った。

 密室の中でセレンはパニック状態に陥っていた。

 ――逃げなきゃ!

 それだけが頭の中を駆け廻り、逃げるためにどうしたらいいのかまで頭が廻らない。

 冷静になろうと呼吸を整えようとするが、呼吸は荒くなるばかりで、心臓の鼓動は激しいドラム演奏のように鳴り響き、セレンは足元から崩れて床に尻餅を付いた。

 頭の天辺から意識がすーっと抜けていくような感覚に陥り、目がチカチカしはじめた。

 壁にもたれ掛かろうとしたところでエレベーターが停車し、セレンは必死の思いで立ち上がると、渾身の力で手動ドアを開けた。

 待ち伏せはなかったようだ。それもそのはずで、このフロアにいるのはセレンを含めて人間は二名。このフロアに来るための唯一の道はエレベーターのみだった。だが、セレンはそんなことなど知る由もない。

 覚束ない足取りで歩くセレンの前に、とある部屋から出てきたばかりの白い影が立ちはだかった。

「あら、シスター、御機嫌よう」

 甘ったるい声を漏らしたのはライザだった。

 セレンの運もここまでのようだ。

 逃げることをやめたセレンにライザが踵を鳴らしながら歩み寄ってくる。

「アナタも見かけによらずおてんばさんなのね。あの部屋がお気に召さなかったのかしら?」

「別にそんなんじゃありません。わたしはただ……!?」

 ライザの白い繊手は伸ばされ、紅いマニキュアを塗った指先がセレンの頬を包んだ。

「アタクシと行動している間は、アナタの命を保障すると言ったはずよ? 少なくとも、アナタに利用価値がある間は」

 紅い爪がセレンの頬を傷つけた。

 柔らかな頬に一筋の紅い線が走り、痛みを覚える前にセレンはビックリして眼を剥いた。

 頬に伝わる生暖かく柔らかい感触。それは艶めかしく動き、紅い血を美味しそうに舐め取った。

 セレンの頬から顔を離したライザは恍惚とした表情を浮かべた。

「アナタ処女でしょ?」

「はい!?」

「血の味でわかるのよ」

「変なこと言わないでださい!」

「アタクシは魔導師だからわかるのよ。あの坊やとはまだ寝てないみたいね。あの子、意外に奥手なのかしら?」

「勘違いしないでください! あたしたちそんな関係じゃありませんし、だってアレンは――」

 セレンが最後まで言い終わる前に、エレベーターから大量の兵士が流れ出してきた。

 一本道でセレンは逃げ場をなくした。

 すぐ目の前にはライザ、後ろには隙間なく通路を塞いでいる兵士。

 セレンは床を力強く蹴り上げた。

 白いロングコートの隙間を抜け、セレンは伸ばされるライザの手も振り切った。そして、開きっぱなしになっていた扉の中に飛び込むと、ドアの開閉ボタンを叩いてドアを閉めた。

 兵士たちの声に紛れてライザが叫んだが、それはすぐにドアの向こう側に消えた。

 閉められたドアは向こう側から開かれることはなかった。なぜなら、ドアの開閉ボタンは、セレンが火事場の馬鹿力で叩いた衝撃で、バチバチと火花を散らし壊れてしまっていたのだ。

 口を半開きにするセレンだったが、これは好機だ。いい時間稼ぎになった。セレンの運はまだ続いているようだ。しかし、これは今まで運が悪かった反動か、これから運が……。

 部屋の中は薄暗く、蒼白いライトだけが心細げに点っていた。

 セレンは見た。硝子の向こう側にいる世にも美しい存在を――。

 紅白の翼を持つ〝少女〟は、膝を抱え壁の一点を見つめているようだった。

 硝子の向こう側にいる〝少女〟に気づいてもらおうと、セレンは硝子を力いっぱい叩いたのだが、硝子は衝撃も音も吸収してしまった。魔導的なコーティングをされた硝子は、物理的な衝撃及び、音などを吸収してしまうのだ。

 ドアの前に廻るが、そこでセレンの動きが停止する。――開け方がわからない

 電子ロックを解除するには、カードキーを差し込み、暗証番号を入力する必要がある

 恐る恐るセレンは指を伸ばし、番号の描かれたボタンを三つほどプッシュした。が、なにも起こるはずがない。

 再び硝子板の前に立ったセレンは深く息を吐いた。中にいる〝少女〟は先ほどからまったく動いていない。

 もはやセレンにはどうしようもない状態だった。

 この部屋から逃げるすべもなければ、唯一の出入り口の扉は、そのうち外側から壊されるだろう。これでセレンも万事休すだ。

 だが、セレンが万事休すになっても、この場にはもうひとつの存在がいた。

 まったく動かなかった〝少女〟が、ついに自らの足で立ち上がったのだ。

 大きな翼を広げ、光の粒子を散らすも、〝少女〟の瞳は未だ夢現。完全に覚醒め切っていない。それでも〝少女〟は本能か、それともプログラムか、なにかに呼ばれるようにフラフラとしている。

 はっとするセレンが見守る中、〝少女〟は硝子の向こう側でなにかを呟いた。

 その呟きは硝子のこちら側にいるセレンには届かなかったが、中に備え付けてあったマイクはしっかりと〝少女〟の声を拾っていた。

 ――迎えに来る。

 その呟きは誰に対してのものか?

 〝少女〟は軽く硝子に触れた。それだけだった。それだけで硝子は煌びやかな粒子に姿を変え、霧のように辺りに四散した。

 思わず顔を伏せたセレンが元の位置に顔を戻したとき、そこには〝少女〟は空気のように立っていた。

「……迎えに来る。私……行かなければ……ならない」

 虚ろな眼をした〝少女〟は上を向いた。

 その眼は何処を見る?

 それは果たして天井か、その先の空か、宇宙か、それよりも先のセカイか?

 セレンは虚ろな〝少女〟の腕にそっと触れた。

「あの、どこに行かなければならないんですか?」

「……わからない」

「はあ、そうですかぁ」

 間延びした返事を返したセレンは途方に暮れた。虚ろな〝少女〟を見て取って、まともなコミュニケーションができないと判断したのだ。

 天を見上げふらふら歩き廻る〝少女〟に付き添いながら、セレンはとにかく言葉による意思伝達をしようと頑張った。

「ええと、お名前は?」

「……行かなければ……ならない」

「どこに?」

「……名前?」

「そう、あなたのお名前は?」

「……名前?」

「あなたをつくった人は、あなたをなんと呼んでいたんですか?」

「つくった……そう、私は創られた。二人の魔導師に創られた」

 〝少女〟の思考が晴れて来たのか、口調が少しずつだが明瞭になり、瞳に光が微かに輝きはじめた。

 糸口を掴んだセレンは、この糸が切れないように話を続けようとした。

「ええと、それで、あなたのお名前は?」

「私を創った魔導師の名前はリリスとレヴェナ。二人の姉妹が私を創った」

「その二人は、あなたになんという名前を付けてくれたんですか?」

「私の名前……私の名前……レヴェナは私をこう呼んだ――エヴァ」

 〝少女〟の瞳が爛々と輝き、翼が煌きを放った。

 だが、セレンの目は〝少女〟とは別の方向に向けられていた。

 ドアにレーザー光線が走り、それは長方形の線を描くと、切り取られたドアが外側から激しく蹴破られた。