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月明かりも届かぬビルの合間で、巨鳥のような影が激しく動く――それは人影だった。ロングコートを纏った人物が地面を蹴り上げて空に舞ったのだ。 今日の帝都は昨晩から降り続いている大雪のため、都市機能の30パーセントが麻痺するという深刻な状況に陥っていた。 大雪による交通渋滞、事故、電波障害、そして、大雪に便乗して犯罪行為を犯す者。この大雪を純粋に喜んでいるのは小さな子供くらいなものだった。 A.M.7:40――。 「雪かぁ、ひさしぶりだなぁ、でもこんな大雪3年ぶりだったかな?」 時雨[シグレ]はこたつに入りながら、独りみかんをツマミにTVを見ていた。 《次のニュースです。今日未明、都役所前の交差点で生命科学研究所から逃げ出した実験サンプルと帝都警察との間で激しい攻防が繰り広げられました。実験サンプルは帝都警察の目を掻い潜って逃走、未だ発見されていません。なお、帝都警察の誤射により、周りのビルに被害を与え、都役所の半分が倒壊、死者、負傷者あわせて50名ほどの被害者が出たもようです。詳しい情報が入りしだいおってお伝いします。》 液晶モニターの向こうの出来事は時雨に取っては、いくら近くで起きた事件であろうと夢の出来事とあまり変わらなかった。 「朝からこの街は忙しいねぇ」 「この街は24時間寝らぬ」 「わあっ!!」 自分しかいないはずの部屋で突然声がしたものだから、時雨は思わずあられもない声をあげてしまった。 驚いた顔のまま状態を後ろにえび反りに曲げるとそこには見覚えのある顔が時雨を見下ろしていた。 その人物と少しの間目が合い、沈黙を置いたあと、眠そうな目を擦りながら時雨はあいさつをした。 「やぁ、紅葉[クレハ]、おはよう」 時雨の目の前にいたのは白衣の麗人紅葉だった。 「仕事の依頼に来た」 「えっ!?」 時雨に不思議そうな顔で見つめられた紅葉はもう一度用件を簡潔に述べた。 「君に仕事の依頼を頼みに来た。理解できたかね?」 「またぁ、そんなご冗談を」 時雨が冗談だと思うのは当然だった。この男が人にものを頼むことなどそうあることではなかったし、しかも仕事の依頼を直々に頼みに来るなど初めてのことだったので時雨は彼の言葉を本気とは受け取れなかったのだが、紅葉の表情は真剣そのものだった。そのため時雨は驚きを隠せず口をポカンと空けてしまった。 腕組みをしながら紅葉は眉毛を吊り上げたあと細い目をした。 「冗談なのではない、重大な問題が発生したものでな、君にその解決にあたってもらいたい」 真剣な紅葉とは対象的に時雨の全身からはヤル気のないオーラがもうもうと出ていて、そのオーラは部屋中に充満していた。 「はぁ、仕事かぁめんどくさいなぁ、だって外は大雪、今日は日曜、そして、もうすぐクリスマスだよ、副業の方はお休みにするよ。ついでに本業も今日は休みでいいや」 「何を莫迦なことを言っている、大雪はともかく、日曜? クリスマスが近い? などという理由は君が仕事をしない理由にはならん」 「だってぇー」 駄々をこねる時雨はとても愛くるしい表情をしていたが紅葉はそれに惑わされることはなく激怒した。 「仕事をするのか、しないのかはっきりしたまえ!」 彼が感情を表に出しながら、怒ることなど滅多にないのだが今は違った。 彼の依頼は大雪の中わざわざ時雨のもとへ来ただけのことはあり、とても重大なことなのだろうか? ちょっとキレ気味の紅葉を見て時雨はしかたなく仕事をすることを決意した。なぜなら、紅葉はキレたら何をするか分からないからだ。 彼は今までに数多くの大事件を起こしているらしいがそのほとんどは世に出ることはない。なぜなら、彼の起こした事件のほとんどが彼の手によって隠蔽され闇に葬られているからだ。 時雨の聞いた話によると、紅葉がビルを一つ倒壊させたとか、街一つ消してしまったとか、さらには実験で島を一つ消滅させたというとても信じがたい噂ではあるが時雨は紅葉ならやりかねないと思っている。現に時雨は紅葉がキレたところをたびたび目撃しているがそれは凄まじいものだったらしい。 上体を起こした時雨は急須を手に取りお茶を二人分入れ始めた。今日のお茶は玄米茶だ。 突然階段を駆け上がる音がしたと思ったら次の瞬間、部屋の中に雪だるまが飛び込んで来た。 「な、何!?」 時雨は雪だるまを見て慌てふためき炒れ途中のお茶を盛大にぶちまけた。 「あつーっ!!」 熱さに悶える時雨をよそに雪だるまがぶるぶるっと身体を震わせると、その中から可愛らしいツインテールの眼鏡をかけた女の子が現われた。歳のころは10代後半から20代前半らしいのだか顔立ちのせいかもっと若く見える。 「テンチョ、あたしですよぉ~、ハルナですぅ」 ぐぐっとハルナは時雨に顔を近づけて覗き込んだ。 ややあって時雨は状況を理解したらしく、落ち着いた様子でお茶を入れなおし始めた。 「……な~んだハルナちゃんか、ってこんな雪の中どこ行ってたの!?」 ハルナは時雨の本業である雑貨店の店員兼なまけものでどうしようもない時雨の身の回りの世話役を住み込みでしている女の子なのだが、どうしてこんな大雪の日に外に出かけていたのだろうか? ハルナの手にはコンビニの袋がぶら下がっていた。 「トイレの電球が切れちゃって」 「それだけ?」 「それだけって、なんてこと言うんですかぁ! 夜トイレに入ったときに恐いじゃないですかぁ~」 ぶるぶるっとハルカは身震いをした。それを見ていた時雨もつられてぶるぶるっと身震いをした。 「ハルナちゃん、外寒かったでしょ。しかも服もびしょびしょみたいだからお風呂入ってきなよ」 「は~い」 元気な返事をしたハルナは床を水浸しにしながらお風呂へ駆け出して行った。 時雨がふと横を見ると紅葉はいつの間にかこたつに入り、いつの間にか自分でお茶を入れて勝手に飲んでいた。 「ふむ、いいお茶だ。……ん、どうした?」 横で口をポカンと空けた時雨と目が合った。 「いつの間にこたつ入ったの?」 「君らがコントをしている間にだ」 「別にコントじゃないけど」 紅葉がお茶を少し啜った。 「ところで仕事は引き受けるのだろ?」 この言葉には妙な威圧感があり、断るという選択肢を決して選ばせないようにしているようだった。 「仕事はするけどさぁ、内容はどんなの?」 仕事をするとは決めたものの時雨にはヤル気については未だになかった。 「私のペットが一匹逃げた」 「ペット? 紅葉ペットなんか飼ってたの? 初耳だなぁ」 そう言いながら時雨は今入れたばかりのアツアツのお茶を紅葉に手渡した。 「ペットとは生命科学研究所で飼育していた私の実験サンプルのことだ」 「実験サンプルってもしかして、ニュースでやってるあれのこと?」 時雨は熱いお茶をすすりながらTVの画面に向かって指を指した。 《今入った情報によりますと、生命科学研究所から逃げ出した実験サンプルはイチョウ団地で目撃されたとのことです。目撃者の証言によりますと実験サンプルは東に向かって逃走中とのことです。以上帝都警察緊急対策本部からの中継でした。》 このニュースを見た紅葉は怪訝な表情を浮かべた。 「もうニュースになっているのか」 「あたりまえだよ、都役所前で帝都警察とお激しくやっちゃたらしいから」 「身支度を済ませろ、すぐに出かける」 白衣をきびしながら紅葉は部屋を足早に後にした。 「はぁ、まだ朝食摂ってないのに……」 そう言いながら、こたつから這い出てきた時雨は身体全身をポキポキと鳴らし、ハンガーにかけてあった黒いロングコートを羽織った。 外に出た時雨の眼前には白銀の世界が広がり、帝都は白い雪に飲み込まれていた。 時雨自身にも雪は容赦なく降り積もりの体温を奪っていく。時雨は背中を曲げ自分の両手を口元にやり自分の温かい息を吹き付ける。 「はぁ、寒いねやっぱり」 完全防備な厚着をした今にも凍え死にそうな時雨とは対照的に紅葉は薄い白衣を一枚羽織っているだけだったが、その表情には寒さという文字は刻まれていない。 「寒いのなら、もっと厚着をしてくればよかったものを」 「これでもすごく着込んで来たつもりだよ、なんだよこの寒さ異常としか言いようがないよ」 「今の気温はマイナス26度だ」 帝都の冬の平均気温は6度前後、マイナス26度というのは冷凍庫並の寒さであり、この街での最低気温を記録したと、天気予報でも伝えている。 「ボクは寒いのが苦手なんだけどなぁ」 「私のペットを早急に見つけ出さんと、もっと気温が下がることになるぞ」 「はっ!? 今何て言った、気温が下がる? どういうことだよ」 紅葉の言葉を聞き驚いた時雨は思わず彼の言葉を聞き返してしまった。 「ペットが逃げ出してから、一時間に5℃のペースで気温が下がっている、このまま行くと今日中に帝都の都市機能は全てストップし、植物枯れ、帝都に住むモノ達もこの街からでなければ皆死滅していくだろ、しかし、一般人がそのことに気づくころには交通手段は全て使えなくなっており、凍え死ぬのを待つのみとなる、帝都は氷の廃墟と化す」 紅葉の言葉を聞いた時雨は口をあんぐり開け呆然と立ち尽くしてしまった。 帝都が氷の街と化す、そのようなことが本当に有り得るのだろうか、時雨には到底信じることのできない話ではあったが紅葉は嘘を付くような人物ではない。もし、紅葉の言うことが本当だとしたら、帝都が氷の廃墟と化すとはなんと恐ろしいことなのだろうか。 なにかを思ったかのか寒いのか、時雨は首をぶるぶると振った。 「そのこと、この街のお偉いさんたちは知ってるの?」 「知っている訳がなかろう」 「だったら早く皆に伝えないと」 「そのようなことをしても街中がパニックに陥るだけだ」 時雨は紅葉の言葉に納得して小さくうなずいた。しかし、はっと思いついたように話を切り出した。 「ちょっと待てよ……って何でそんな危険なモノを生命科学研究所で扱ってるんだよ、こういう事態になったときのこと考えてなかったの? そもそも、気温が下がるってなんだよ、どうして気温が下がるんだよ」 「逃げ出したサンプルは私がとある国に頼まれて作り出した妖物で、大気中の空気を大量に身体全体から取り込み、身体の中で冷却し放出する」 「なんでそんなもん作ったの?」 「本来は温暖化を緩和するために作ったのだがまさか逃げ出すとは思っていなかった」 「逃げ出すと思わなかったじゃ済まないだろ」 「全く、君の言うとおりだ」 紅葉の言い方はまるで見ず知らずの他人の身に起きた不幸な出来事のように時雨の耳には聞こえた 「紅葉さぁ、責任とか感じてないでしょ?」 時雨は少し呆れた表情を浮かべていた。 「責任? なぜ私がそのようなことを感じる必要がある?」 やはり、紅葉は責任など微塵も感じてないようだった。 「だってさぁ~」 「私は妖物の開発を頼まれただけで、その管理については私の関知するところではない」 きっぱりと言い放った紅葉を一瞥すると時雨は下を向いて深くため息をついた。そして、ちょっと上目使いで、 「はぁ……じゃあなんでそのサンプルを捕まえる気になったの?」 「私は寒いのは嫌いだ」 「それだけ……?」 「そうだ」 こいつ〝どついたろか〟と時雨は一瞬本気で思ったがその感情は心の奥底に封じ込めておいた。後がかなり恐いからである。 紅葉が白衣をきびした。 「私は研究があるので帰らせてもらうぞ」 「はっ、今なんて言った?」 時雨は思わず聞き返した。 「研究があるので帰らせてもらうと言ったのだがそれがどうかしたか?」 「どうかしたかじゃないよ、なんで帰るんだよ」 「研究があるからだ」 そう言って紅葉は白い雪の中に溶けていった。 時雨は紅葉に向けて雪球を作って投げつけてやったが雪で視界が遮られて、雪球が紅葉に当たったかどうかは定かではなかった。 その後時雨はものすごく後悔をした。……もし、雪球が紅葉に当たっていたらただではすまないなと思ったからだ。 時雨は仕事柄、帝都に仕事の協力をしてくれる知り合いが数多く存在していた。 それらの人々の中には情報屋と呼ばれる職種の者たちもおり、一流の情報屋ともなれば金さえ払えば国家機密から小さな商店の帳簿までどんな情報でも教えてくれる。 時雨はたびたび情報屋を利用する。そして、今回もそのお世話になることにしたのだが――。 青白い顔をした時雨は携帯電話を片手に猛吹雪の中を歩いていた。 「生命科学研究所から逃げ出した、実験サンプルのことなんだけど」 『ZAZAZA……な…に? ……き……ない』 大雪のため電波の具合がよくないらしくよく聞き取ることができない。 「実験サンプルが今どこにいるか分かる?」 『…サン…ル……ZAZAZA』 時雨は携帯電話が使い物にならないことを悟り後でかけなおすことにした。 「……後でかけなおす、じゃあね」 『えっ……』 ガチャ――時雨は電話を切ると辺りを見回した。 「公衆電話ってないのかなぁ」 公衆電話なんてなかった、というより辺りは猛吹雪のため視界ゼロであった。公衆電話が近くにあったとしても今は見つけることはできないだろう。 時雨は公衆電話を置いてそうなお店を捜して電話をかけ直そうと思ったがこんな大雪の日に営業している気合の入った店は一軒も存在しなかった。 「はぁ、まいったなぁ」 時雨が途方にくれながら歩いていると前方に駅が見えてきた。駅になら公衆電話があると確信した時雨はまさにこれは天の助けに違いないと思い込み駅に向かって全力で走って行ったのだが……。 「……閉まってる……なんでシャッターが閉まってんの!」 そう、帝都に吹き荒れる猛吹雪のため電車は全線不通となっており、駅の入り口のシャッターは閉められていたのだった。 「……なんだよ、もう!」 ゴン! 時雨は腹いせにシャッターに思いっきり蹴りをくらわしたのだが。ざざーっ!! シャッターを蹴った振動で雪が時雨目掛けて大量に落ちてきた。 「わぁっ!」 雪をかわそうとしたが足が滑ってその場に転倒してしまい、雪の直撃を受け雪の中に埋もれてしまった。 「ぷはーっ!」 雪山の中から意気よいよく人の頭が飛び出してきた、それはまさしく時雨の頭だった。 「死ぬかと思ったー」 死の淵から生還した男の顔は蒼白だった。時雨は雪山の中から抜け出すとぶつぶつと文句ながら全身をはたいて雪を落とした。 「ツイてなさすぎる、このツイてない加減は異常だよ、呪いかなにかをかけられたのかな? ……でも、そんな呪いをかけられることし……てるよね毎日。はぁ、今度命[ミコト]のとこ行って御祓いしてもらおう」 そして彼は情報屋に直接会うためにある場所へと足を運ぶことにした。 AM9:13――。 時雨の訪れた情報屋はツインタワーと呼ばれるビルの中にその店を構えていた。 ツインタワーとはその名に由来するとおり、同じ形をした地上100階建ての二つのビルが並んで立っていて、そのビルの中にはありとあらゆる店が軒を並べている。 通称ウェストビルと呼ばれるビルには一般人の利用する、デパートや映画館などの店が軒を並べているが、向かい側にそびえ立つ通称イーストビルはコアな帝都市民の巣窟と化していた。その理由はイーストビルの中にある店がどれも特殊極まりないからである。 イーストビルの中には怪しげな魔導具を取り扱う店や探偵事務所、軍事兵器を横流しする店から暴力団組織のオフィスまでとありとあらゆる帝都の裏の顔がそこにはあった。 情報屋はイーストビルの46階にそのオフィスを構えていた。この情報屋は帝都一の実績と高額料金で有名な店だった。 時雨がオフィスの中に入ると受付嬢が時雨に向けてニッコリと微笑み軽く会釈をした。 「おはようございます、時雨様。今日は何の御用でしょうか?」 受付嬢の歌うような声が静かなロビーに響き渡り、まるでここだけ春が来たような清々しさに包まれる。 「えぇとー、真くんに会いたいんだけど」 間延びした声が静かなロビーに響き渡る。それはまるで少し寝ぼけた天使の歌声のようだった。 受付嬢の頬が少し赤らんだ。なぜなら、時雨が自分を仔犬のような瞳で見つめているからだ。時雨の表情は眠気に満ち溢れていたが、その顔は中性的な美しさに満ち溢れており、その瞳で見つめられた者は誰しもその若者に恋心を抱いてしまうほどである。 彼の美しさは帝都でも有名で人々の中には彼のことを『帝都の天使』と呼ぶ者もいた。そんな彼に見つめられてしまった受付嬢は言葉を忘れ時雨の顔をうっとりしながらただ見つめるだけだった。 時雨は軽く咳払いをして、 「あのぉ真くんに会いたいんだけど……」 天使の声を聞いて我に返った受付嬢は〝はっ〟とした表情をして照れ笑いを浮かべた。 「あっ、すいません、社長なら自室で妄想に耽っていると思いますけど……」 「ありがとう」 時雨は受付嬢に対して満面の笑みを浮かべた。それは彼女にとっての痛恨の一撃であり、それを受けた受付嬢はその場に失神してしまった。彼女が時雨の笑顔で失神したのはこれでちょうど100度目のことだった。 帝都の天使は機械だらけの部屋の中にいた。部屋の壁は金属でできており、部屋中を無数のプラグや何に使うのかまったく見当のつかない機械がゴロゴロとしていた。 部屋の真ん中にはプラグを全身に繋がれた男が座っている。その男は変な機械を頭から目元まですっぽりとかぶっている。 そして、部屋の上空にはソフトボール位の金属製のボールが二つ、忙しなく動き回っていた。 時雨は床に張り巡らされるプラグを爪先立ちで軽やかに踏まないようにして、部屋の中央に座っている男に近づき声をかけた。 「真[シン]くーん、おはよう」 少し大声で呼びかけをしたが返事はなかった。返事の変わりに返ってきたのは奇怪な言葉だった。 「あぁ時間[トキ]が見える。おぉっと、そこで右フックだ、いやむしろかぼちゃだろ……次回に続くのかぁぁぁー!!」 真くんと呼ばれた男は完全にトリップしている真っ最中だった。 「はぁ、いつもこれだよなぁ」 少し呆れた表情を浮かべている時雨にも気づかない様子の真は頭をガクガクと揺らし、どこかに飛んでいる。 真と呼ばれた人物は頭から目元まですっぽりとかぶった装置によって、帝都のありとあらゆる情報を瞬時に検索し映像として取り出すことができる。 真は深く呼吸をした。 「時雨か、今日は何の用だね」 こいつ切り替えが早い、と時雨はこの時思った。 「なんだ、気づいてたんだ」 「当たり前だ……ん? 顔色が優れんようだがどうした?」 真は頭から目元まで変な機械をかぶっているが相手の姿が手にとるように見ることができる。それは、この部屋に浮かんでいる小型カメラのおかげである。このカメラは真専用のカメラなのだが、彼はこのカメラ以外のカメラが映し出す映像も瞬時にアクセスすることができる。 アクセスできるカメラはネットワークに接続されているカメラにかぎられているのだが、カメラ以外のものでもネットワークに繋がれていれさえいればどんなものにもアクセスすることが彼には可能だった。 時雨は真ではなく、上空に浮かぶカメラに話しかける。 「大雪が降っててさ、ここまで来るの大変だったんだよ」 真はネットワークに入り込み、帝都の現状について検索をした――。 「ふむふむ、帝都は今までにないほどの大雪に見舞われているのか……すごい吹雪で前が見えん……気温がマイナス33度! ……こりゃ寒い」 真は完全にアッチの世界に逝ってしまった。そんな真を細い目で見る時雨。 「……あのさぁ」 真は時雨の声に呼び戻されコッチの世界に無事生還して来た。 「すまん、すまん、所で今日は何の用だね」 「今、世間をお騒がせしてる、生命科学研究所から逃げ出した実験サンプルが何処にいるか調べてほしいんだけど」 「帝都公園のスケートリンク」 「はやっ!!」 真は時雨の質問を瞬時に答えて見せた。 「辺りまえだ、このニュースは帝都で今一番の話題の的だからな、つねに最新の情報にアクセスしている」 「ありがとう、情報料は勝手にボクの口座から引き落としといて」 「もうお帰りか?」 時雨は真に手を振りながら部屋を後にした。 「おぉっと、サバンナモンキーがぁぁぁっ!!」 時雨が部屋を出たとたん真はすぐにトリップしていた。 「帝都在住S子さん38歳の証言によると……何ぃ、家政婦は見ていただと!?」 真のトリップはどこまでも、どこまでも続いた……。 ツインタワーと帝都公園は目と鼻の先だ、歩いて5分とかからないハズ……だった。 「吹雪で前が見えないー、何処なのここは、もう10分も歩いてるのに何で着かないのー」 そして、結局時雨は帝都公園まで15分の時間を要してしまった。 「どこだサンプルは……」 吹雪は激しさを増し、寒さも一段と厳しくなっていた。 「……何にも見えない」 そう、何も見えなかった。そして時雨の左半身も雪によって見えなかった。 「……気温が急激に下がった、しかも吹雪が激しさを増してる……近くにいるってこと?」 敵の気配を感じ、体勢を整えようとするが身体は腰まで雪に埋もれ俊敏な動きができない! ドゴッ! 時雨は背中に激痛を覚えた。 「不意打ちなんてツイてないよ……ぐはっ」 白い雪が紅く染まっていく。 「姿なき暗殺者って感じだなぁ」 そう言いながら時雨はコートのポケットから手に収まるぐらいの棒を取り出し、それに付いているボタンを押した。すると棒の先端から閃光が飛び出した。 閃光はまるで刀のような形をしていた、まるでそれはビームサーベルのようであった。 「……右かっ!!」 そう言いながら時雨はビームサーベルを横に大きく振った! グゲェッ!! 妖物の愚声が辺りに響いた。――白い雪が見る見るうちに蒼く染まっていく、しかし、そこには妖物の姿はなかった。 「浅かったか……でも奴の血で居場所が分か……らないじゃん」 吹雪のせいで雪に零れた血はすぐにかき消されてしまっていた。 「ツイてなさすぎるよ、はぁ」 時雨は肩を深く落とした。 「帝都警察は来てくれないのかなぁ? ちゃんと都税分働いて欲しいよね……っ次は左か!」 時雨はビームサーベルを横に振ったが身体がかじかんで動きが鈍ってしまった。その一瞬を付いて妖物の攻撃が時雨の左腕を抉る。 「くっ! ……あぁボクの大切な血が……最近ちょっと貧血ぎみなのに……あぁ眩暈が」 時雨は体制を崩し、雪の中に身体が埋もれた。 「はぶっ! このままだと、死んじゃうかも……寒さで」 雪を盛大に撒き散らしながら時雨は天高くジャンプした。すると、耳元で雑音交じりの機械音が聴こえてきた。 「寒さでかよ! といちようツッコンでおいたぞ」 どこからともなく聴こえてきた声を瞬時に誰のものか時雨判断し、その人物の名を大声で叫んだ。 「真くん!?」 「そのとおりだ、一部始終を真ちゃんカメラ1号2号でバッチリと観ていた」 時雨が横を見るとそこには2台のカメラが浮いていて、真の声はそのカメラに取り付けてあるスピーカーから発せられていた。 「だったら、早く声かけてよ」 たまたま天高くジャンプしたから真のカメラに気づいたものの、そうでもなければ一生気づかなかっただろう。 雪に着地した時雨はすぐさまビームサーベルを華麗に舞うように一回転転しながら振り回し、自分の周囲半径2メートルほどの雪を除雪した。 膝に手を付き肩で息をする時雨に真がそっけない感じでぽそっと呟いた。 「……後ろ」 「えっ!?」 後ろを振り返ったときはもうすでに遅かった。妖物の一撃が時雨の胸を切り裂いた。 「ぐはっ!! ……言うのが遅いよ」 「出血大サービスだな」 「この状況でそれはシャレにならないよ……ぐはっ」 「だいぶ困っているようなので手を貸してあげよう、無論特別料金だがね」 「じゃあ。エンリョしときます」 時雨は謹んで真の申し出を断った。 「死んじゃうよこのままじゃ、キミぃ~」 真の言うとおりだった。時雨の身体から流れ出た血の量は常人であればもうとっくに意識を失っているほどの出血量であった。 「……必要経費で落とせば問題ないか」 「商談成立だな、それでは――。標的は1時の方向10メートル先、時速20キロメートルで10時の方向に移動……左から来る気か……30メートル先……20メートル…10…5」 時雨は自分の左側に突き刺すように斬り込んだ! ウゴォーーーーッ!! 妖物の咆哮が辺りにこだまする……。 吹雪は治まり一瞬にして空は澄んだ青色に染まった。温かい光が時雨を包み込む。 「私が手を貸したら呆気なく終わってしまった」 真の声は少しつまらなそうな感じだった。 「終わったぁ……はぁ」 時雨の身体からは力が抜けそのまま前に倒れて雪の中に身を投じた。 「寒い。……あったかーい、お茶が飲みたいー!!」 「お茶ならば、前方にある自販機に売っているぞ」 「えっ、ほんと!」 その言葉に時雨は瞬時に起き上がり、前方に向かって走り出した。 最初自販機は雪に埋もれていていたが時雨がやっとの思いで掘り出した。 「はぁ、やっとお茶が飲めるよ……あれっ」 時雨はポケットの中に手を突っ込んで何かを一生懸命探している。 「どうした?」 真の声がスピーカーから時雨に問い掛ける。 「財布……財布がないー!」 「はっ?」 「財布、落としたみたい……ぐすん」 「確実に雪に埋もれてるな」 「ツイてなさすぎだよ」 「寒い、まだ身体があったまんないよ、うーさむっ」 「なるほど、私と別れた後のことはわかった」 時雨は自室でこたつでお茶をしながら、紅葉と話していた。 そこにお茶菓子をおぼんに乗せたハルナがメイド服で現れた。 「紅葉さん、かりんとうお好きでしたよねぇ~」 「嫌いじゃない」 出されたかりんとうを口に放り込む紅葉を見ながら時雨は仔犬のような瞳をした。 「ボクのツイてなさ加減がわかってくれたなら、報酬上乗せしてくれませんか?」 時雨の仔犬の瞳攻撃は紅葉にはさして効果はなかった。 「考えてはおこう」 「ケチっ」 ぷぅ~と顔を膨らませた時雨を見たハルナはふとこんなことを言った。 「その表情をすると似てますよねぇ~、やっぱり」 「誰に?」 時雨が不思議そうな顔をするとハルナはかりんとうを指差した。 「この人ですよぉ~」 この言葉にお茶を飲もうとした時雨の手が止まった。 「かりん……ね」 明らかに遠い目をしている。時雨は明らかに遠い目をしていた。 そんな時雨を尻目に紅葉とハルカはかりんとうを口に運んでいる。 だが時雨はかりんとうを食べる気がしなかった。そこで時雨はかりんとうの入った入れ物を何気に人差し指でズズズッと押して自分から遠ざけた。 それを見ていたハルカが不思議そうな顔をした。 「テンチョ、かりんとう嫌いなんですか?」 「今から〝苦手〟になった」 無言で紅葉がかりんとうの入った入れ物を時雨の前まで押し戻した。 それを見た時雨は身体をぶるぶるっと振るわせた。そんな様子を見た紅葉は口元を少し吊り上げた。 「なぜ、そんなに君の妹……ふっ、失礼、弟のことを嫌うのだ?」 「嫌ってなんかないよ、ただ苦手なだけ」 やはり遠い目、時雨は遥か遠い目をしていた。 「えぇ~っ、なんでですかぁ、あんなに可愛いのにぃ~」 「……それが問題」 紅葉が突然こたつから出て立ち上がった。 「私は研究のレポートを書かなくてはならんので帰らせてもろうぞ。あぁそうだ、君の運は通常どおりに戻っているはずだからもう心配する必要はない」 「はぁ?」 「雪玉のお返しだ」 「紅葉ぁーお前の仕業かぁ!」 「いいレポートが書けそうだ」 時雨は紅葉を捕まえようとこたつから出たがそこにはもう紅葉の姿はなかった。 「……せめて、財布の中身ぐらいは上乗せして」 外からは子供たちが雪で元気に遊ぶ声が聞こえてきたしかし、時雨の気持ちはまだ吹雪の中にあった。 「寒い……こたつ入ろ」 「えっ、どうしたんですかぁ~?」 ぽかんと口を開けるハルナを他所に時雨はこたつの奥底に入り、ぶるぶると何かに怯えるように身震いをしていた。 翌日、時雨が銀行の口座を調べると報酬とは別に落とした財布に入っていた金額がちゃんと振り込まれていたという。 snow 完 †駄文† 今回のお話では雪をコンセプトに置いて、そこにいろいろと肉付けしていった訳ですが時雨くん紅葉くんのいい実験材料にされてしまいましたねぇ。 突然ですが、紅葉と時雨の職業についてちょっとだけお話。 まず紅葉の職業ですが、彼は帝都大学の教授さんで魔術や怪奇現象や妖物の研究を主にしているそうです。 時雨の職業は2つあって、本業は雑貨店の店長さんで副業がトラブルシューターなんです。 命[ミコト]ちゃんって名前が作中に出てきましたが、彼女は次のお話『魔女っ娘マナ』のゲストキャラで出演しています。 彼女は神威神社の神主さんで喋り方がちょっと独特です。 個人的には好きなんですけど、サブメインキャラなので出番が今の所なくて、ちょっと悲しいですね。 え~と、書き直している際にリンクを増やしてしまいました。 不自然すぎるのでわかり易いですよね。 そのリンクがわかった方は『エデン~夏凛の章~』を読んでやって下さい。 今回の改訂で過筆したのは、ハルナちゃん登場・時雨って雑貨屋さんの店長だったんだ・かりんとうの3つが主です。 あと細かいのもありますが、わかる人なんていないと思いますので言いません。 それでは次の作品でお会いしましょう。 エデン総合掲示板【別窓】 |
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