サーガ]X
 人気のない城下町のその先には〈いばらの城〉が聳え立っていた。――ここは〈混沌〉の中であったはずなのだが、どうして都がそのまま存在しているのか?
 辺りを見回したローゼンはこの場所とあの場所の雰囲気が似ていることに気がついた。誰かによって創られた世界。
「この場所、〈夢〉の世界に似ています。〈精霊の君〉が創りだした〈夢〉の世界と同じ感じがします」
 キロスはローゼンの腰に手を回すと強引に歩き出した。
「なかなか鋭いじゃないかローゼンは。そう、そのとーりなのです。まさにここは〈精霊の君〉が〈混沌〉の内に創り出した世界。そして、あの〈いばらの城〉で眠っていたのは〈精霊の君〉さ」
 二対の魔剣が抜かれ、キロスの背中に突きつけられた。
「あんた何者で、何を知ってるのさ? もしかして、これは罠なのかい?」
「罠なんてとんでもない、僕は君たちの助っ人さ。敵はあっちだよ」
 キロスの背中に向けていた魔剣がシビウの意志に反する勝手な動きをして、魔剣に強引にシビウの身体は引きずられた。魔剣の切っ先に現れたのは〈黒無相の君〉だった。
「招かれざる客がいようとはな。なぜ、おまえからあ奴≠フ力が感じられるのだ?」
 招かれざる客とはキロスのことである。だが、キロスから感じられるあ奴≠フ力とはいったい?
「今はひ・み・つ。お〈姫〉様に会うまでは秘密さ」
 わざとらしく言って見せたキロスはローゼンの腰から手を離すと、魔導で地面を滑るように飛び、〈黒無相の君〉の眼前まで行った。
「早く〈姫〉の元へ案内してくれないかい?」
「おまえを〈姫〉の御前に連れて行くわけにはいかぬな」
「僕は君たちと戦いに来たんじゃないよ、少し話し合いに来たんだ」
 キロスと〈黒無相の君〉の間に互いの魔導力がぶつかり合い魔導の渦ができた。だが、殺気をすぐに消したのは〈黒無相の君〉だった。
「よかろう。まだ我にもおまえが何者であるのか、はっきりとはわからぬ。全ての判断は〈姫〉に委ねよう」
「そうこなくっちゃね。さっ、みんなも行くよ」
 先を急ぐ〈黒無相の君〉の後を追ってキロスは行ってしまった。残された三人は話が全く飲み込めない。まるで自分たちとは違う次元で物事が進んでいるようだ。
 アムドアの都がそこにできる遥か以前からそこに聳え立っている古城。ここに眠る伝説の〈眠り姫〉は〈精霊の君〉であった。
 〈いばらの城〉に巻きついていた薔薇の花は〈黒無相の君〉がその城門の前に立つと、まるで〈黒無相の君〉を恐れるように動き出し道を開けた。
 薔薇に包まれ見えなかった城の細かい形、それが今は城門だけ見えている。人間がデザインしたとは思えないほどの荘厳さと美しさ、しかし、それはどこか歪んでいるようなイメージを受ける。
 階段を上った先にある暗い闇を抜けて城の中に入ると大きなホールに出た。ホールには二階に上る階段があるが、その階段はどのような意図でデザインされたのか不必要に蛇のように曲がりくねっている。
 階段を上るとそこには彫刻の施された門があり、その横には蝋燭で明かりが灯され、門の上を見ると恐ろしい顔をした悪魔の彫像が顔を出していた。
 門の先は長い廊下で、地面には赤いじゅうたん。そして、この廊下にはどこからか風が舞い込み薔薇の匂いを運んできていた。薔薇の匂い――それは廊下を抜けた先にある中庭から運ばれてきたものだった。
 中庭の中心には水の流れていない噴水があり、この中庭からは多くの通路に行けるようになっていた。〈黒無相の君〉が案内したのは正面に聳え立っていた巨大な塔だ。
 塔の中はステンドグラスから差し込む光によって照らされ、頭上を見上げると螺旋階段が天井まで伸びている。
 長い螺旋階段を上りきり塔の外に出ると、長い渡り廊下が別の塔まで続いていた。その先にあるのがこの城の主の部屋だ。
 〈姫〉の待つ部屋の前で〈黒無相の君〉が足を一旦止めた。
「この先に〈姫〉が待っておられる」
 再び歩き出し部屋の中に入って行った〈黒無相の君〉の後にキロスが意気揚揚と部屋中に入って行く。
 主の部屋は眩しいまでの輝きを放っており、その中で〈姫〉は玉座に座り皆が来るのを待っていた
「私はあなた方を待ちわびていました。ですが、招かれざる方が居られるようですね。人の形をした内に〈王〉を感じます」
 〈王〉とはかつて〈姫〉に戦争を仕掛けたと云う精霊のことである。
 恭しくお辞儀をして見せたキロスは笑って見せた。
「さすがは奪い取った精霊の頂点に立つだけのことはあるみたいだね。でも、僕は〈王〉ではないよ、〈王〉の意志の断片を受け継がされたに過ぎない。それも僕の意志に反して強制的だよ。信じられる、僕の運命は〈王〉とかいう奴のせいで台無しだよ。だから、ここに文句を言いに来た」
 早口で捲くし立てたキロスを横目でシビウは見て、小さな声で呟いた。
「……こいつの意図が見えない」
 場違いな雰囲気を醸し出すキロスはさらに言葉を続けた。
「僕の中にいる〈王〉は、精霊戦争が起こった本当の理由を教えてくれた。そして、君たちが世界を〈混沌〉に還よう≠ニしていることも」
 〈精霊の君〉は妖艶の笑みを浮かべた。
「それは違います。私は新たな世界を創ろうとしているだけです」
 話が複雑に絡み合いローゼンは困惑した。ソーサイアは人々を〈混沌〉に変え、それを吸収して魔導を極めようとしている。そして、〈精霊の君〉も世界を〈混沌〉に変えようとしているとは、誰が本当に世界を崩壊させようとしているのかわからない。
「わたくしは世界崩壊を喰い止めるためにここに来たのです。それなのにあなた様が世界を〈混沌〉に変えようとしているなんて、もう、わたくしには何もかもわかりません。わたくしは何故あなた様方に精霊に変えられたのですか? 何故わたくしは再びキース様と出逢わなければならなかったのですか?」
 〈精霊に君〉は全てを語りはじめた。
 世界も宇宙も何もない遥か古、遠い未来に〈精霊の君〉と呼ばれることになるサーガは〈無〉の中にたたひとり存在していた。
 ひとりでいることに寂しさを感じたサーガはケーオスと呼ばれる存在を生んだ。このケーオスこそが〈混沌〉であった。ケーオスの内には〈無限〉と〈創造〉を詰まって、その内からコスモスが生まれた。
 コスモスの内には〈宇宙〉と〈世界〉が詰まっており、それが今ある宇宙と世界の基礎となった。
 ケーオスとコスモスは互いの力を合わせ、多くのものを創造していった。その中には自分たちに似せて創った神や精霊、そして人間もあった。そのことによりケーオスの身体は全てのモノを創るために材料となり、ケーオスの力が全てのモノに宿ることになった。そのケーオスの力こそが、〈混沌〉の要素のことであり、魔導の源であった。
 魔導士は〈混沌〉の要素を多く受け継いで生まれて来ることによって、〈混沌〉から力を借りることができ魔導を使うことができる。しかし、魔導は魔導でも四季魔導は〈混沌〉から直接力を借りているのではなく、〈世界〉から力を借りて魔導を使うので、若干力の種類が異なっている。
 人間よりも〈混沌〉の要素を多く持っている神々は、やがて世界を支配するようになった。だが、サーガはそれをよく思わなかったのだ。そして、この頃からサーガはあることを思うようになっていた――世界を一度〈混沌〉まで還そうと。
 サーガの考えを知った精霊の〈王〉は世界を〈混沌〉に還られることを恐れて反逆を起こしたのだった。だが、多くの精霊たちは〈精霊の君〉と名乗る者に騙されて仲間に付き、その結果〈王〉は敗北した。これが精霊戦争である。
 時が流れ、世界を〈混沌〉に還す≠アとを決意したサーガはケーオスとコスモスにそこのことを話し、それを聞いたコスモスは快く〈混沌〉の内へ還って≠「った。これで〈世界〉と〈宇宙〉は〈混沌〉に還るはずだった。
 世界は〈混沌〉に還らなかった。この時、世界や宇宙はすでにコスモスから独立した存在と進化していたのだった。そこでケーオスは自ら世界を呑み込もうとしたのだが、その前にまだやるべきことがあったのだ。
 永い時を存在してきたサーガは己が存在することに飽きてしまい、新たな世界で自分に代わる存在が必要だと考えた。そこでようやく候補として見つけ出したのがキルスとその身体に宿っていたローゼンだったのだ。
 〈混沌〉に近い存在であるキルスと〈世界〉と〈宇宙〉の力を強く受け継いでいたローゼン。キルスとローゼンが二人で一人であり、一人で二人として、互いが強い絆で繋がっている存在であったことがサーガの代わりとして選ばれた理由であった。
 だが、全てを〈混沌〉に還そうとしていた矢先に神々の争いに巻き込まれたキルスが死んでしまったのだ。そこでサーガとケーオスは、その時すでに身体を構成していたものが精霊に近かったローゼンを精霊に変え、不死を与えることによってキルスが再び世界に現れるのを待った。輪廻転生が〈世界〉から独立した世界の法則であることをサーガとケーオスは知っていたのだ。
 そして、サーガはキルスが再び世界に現れるのを待ち、眠りにつくことにした。その時に〈夢〉を創ったのは、ローゼンが世界から消滅してしまった時のための予備策だ。再びローゼンやキルスのような存在が現れるのを待つのは得策とは言えなかった。
 世界や宇宙など、もともとはサーガであったものは全てサーガから独立した存在になっていて、サーガにも自由に操ることができなかったのだ。サーガはひたすら待つことしかできなかった。
 そして、ようやくキルスがキースとして生まれ変わり、キースとローゼンはサーガの定めた運命を歩み出逢った。後は二人を一人に戻して、全てを〈混沌〉に還し、一人となったキースとローゼンを唯一絶対の存在として真世界を創らせるはずだった。だが、思わぬところで邪魔が入ったのだ。
 ソーサイアはサーガとケーオスが何者であるかを知り、この二人が何をしようとしているのかに感づいたのだ。ソーサイアは自分こそが唯一絶対の存在になりたかったのだ。
 ケーオスは真世界を創るために世界を〈混沌〉に還し、ソーサイアは魔導の力を我がものとするためにあらゆるものを〈混沌〉に変え、その力を吸収していった。
 全ての話を終えたサーガはゆっくりと玉座から立ち上がった。
「私は全てのことにうんざりしているのです。だから全てを〈混沌〉に還し、真世界を創ろうと考えているのです」
 自分勝手としかいいようのない話にシビウの怒りが頂点に達した。
「要するに、あんたたちの我がままのせいで世界は崩壊しようとしてるんだろ。そんなこと絶対にあたしは許さないよ!」
 シビウに怒鳴られたサーガは哀しそうな顔をした。
「私の我がまま? 私の考えが理解してもらえないのですか?」
「僕はこの世界に大切な人たちがたくさんいるんだ。その世界を壊されたらたまらないよ」
「わたくしも、この世界がなくなってしまったら悲しいです」
 サーガはより一層哀しい顔をした。
「世界を壊すのではありません。世界は生まれ変わるのです」
 主義主張は食い違ってしまっているが、サーガはそれが正しいことだと思っている。だが、キースにはそれが納得いかなかった。
 突然キースがサーガに飛び掛かろうとしただが、その前に立ちはだかったケーオスの魔導によって後方に吹き飛ばされ壁に激しく叩きつけられた。
 壁に叩きつけられ負傷したキースだったが、声をどうにか絞り出し、彼は
今までにないほどに感情を表に出し激怒した。
「何故だ、何故世界は〈混沌〉に還らねばならないのだ。メミスには私の大切な人たちがいたのだぞ。それだけじゃない、〈混沌〉に還られた全てのものはどうなる。皆、〈混沌〉になることを望んでいたわけではないだろう!」
 ケーオスは揺らめきながら移動しキースの前に立ちはだかった。
「全てのものには〈混沌〉の要素がある。その要素は今、暴走をはじめ、要素を多く持つものが次々と〈混沌〉に還っている。もう、おまえたちが何をしようと全ては〈混沌〉に還るのだ」
 その時、突然激しい音と共に部屋の天井が崩れ落ちて来た。穴の空いた天井からの侵入者、それはソーサイアだった。
「久しいな〈姫〉とケーオスよ」
 地面に舞い降りたソーサイアにすぐさまケーオスが攻撃を仕掛けた。だが、ソーサイアの方が一足早い。
 〈混沌〉は魔導の源であるはずだが、そのケーオスがソーサイアに魔導で負けた。ケーオスの身体がソーサイアの魔導によって身動き一つできなくなってしまったのだ。自分の魔導にソーサイアは満足したのか、不敵な笑みを浮かべた。
「ケーオスよ、魔導はおまえの元を離れ進化しているのだ。そして、私も進化した。今までは大量の〈混沌〉を喰らおうとすると、逆に〈混沌〉に喰われる心配があったが、今の私は違う。さっきもメミスの〈混沌〉を喰らって来たばかりだ」
 シビウは二対に魔剣を鞘から抜き、キースとキロスは魔導を放つべく構えた。
 こんな狭い部屋が戦いに向くはずはなかったが、そんな悠長なことは言っていられない周りに構うことなくキースとキロスが魔導を同時に放ち、ソーサイアに攻撃を仕掛けた。キースの放った風の刃とキロスの放った炎が混ざり合い、紅蓮の炎が渦を巻きながらソーサイアに向かって行ったのだが、それはいとも簡単にソーサイアの突き出した手のひらに吸収されてしまった。
 相手の魔導を封じ油断を見せていたソーサイアにシビウの華麗な剣技が襲い掛かった。二対の魔剣を完全に使いこなし、シビウはソーサイアの身体を真っ二つに断ち割った。
 二つに分かれ地面に倒れたソーサイアの斬られた切り口は闇色をしていた。あの時と同じだ。
 黒い触手がソーサイアの傷口から伸びた。その速さは信じられぬほどの速さで一気にケーオスの身体に巻きついた。〈混沌〉が〈混沌〉を喰らおうとしているのだ。
 シビウは伸びた触手を断ち切ったが、それはソーサイア=〈混沌〉を分裂させたに過ぎなかった。そして、成す術もないままケーオスはソーサイアに呑み込まれた。
 斬られた身体同士の触手が絡み合い、ソーサイアの身体は復元された。
「ついにケーオスを喰らってやった。魔導の源を喰らってやったのだ。しかし、まだ足りぬ」
 すでに身体のほとんどが〈混沌〉になってしまっているソーサイアは、ものを〈混沌〉に変えずとも吸収する能力を得ていた。
 ソーサイアの身体が霞んだ。強大な力を手に入れたソーサイアは空間をも歪めようとしていた。
 〈混沌〉の内にサーガが創りあげた世界が崩れようとしている。〈眠り姫〉が眠りから真に目覚める――その前に!
 闇が蠢いた。ソーサイアだ、ソーサイアが闇の衣のように広がり〈眠り姫〉を呑み込んだ。〈眠り姫〉はこれから悪夢に悩まされることになる――〈混沌〉という悪夢に。
 信じられぬ脅威の速さで〈混沌〉による侵食がはじまる。キースとキロスはソーサイア=〈混沌〉の動きを封じようとするが、ここは〈混沌〉の中であった。ソーサイアを封じるにはこの空間ごと封じなければならない。
 シビウが大声で叫ぶ。
「いったん退いた方がいいんじゃないかい!」
 全てを切り裂く魔剣は〈混沌〉をも切り裂くが、ソーサイアから伸ばされた触手は幾らでも伸びて来る。〈混沌〉の中で〈混沌〉と戦うのは分が悪い。
 建物が溶けていく、城が溶けていく、この空間が〈混沌〉の渦に呑み込まれようとしている。早く逃げださなくては全てがソーサイアに呑み込まれてしまう。
 キースは魔導壁で襲い来る触手からローゼンと自分を守りながら叫んだ。
「外に出る方法は!」
「僕が思うにシビウの魔剣で空間に穴を空けてそこから出るっていうのは?」
「よっしゃ、あたしに任せときな!」
 二対の魔剣は空を切り裂いた。シビウの手に確かな感触が伝わって来る。目の前には大量の光が流れ込んで来る穴が空いていた。
「シビウ姐さん飛び込んで!」
 シビウはキロスに言われるままに穴の中に飛び込んだ。次にローゼンが飛び込もうとしたその時だった。黒い触手がローゼンの足に巻きつき、ローゼンは転倒してしまった。
 キースはローゼンを助けようと手を伸ばしたが、ローゼンの身体はあっという間に〈混沌〉に呑まれてしまった。
「ローゼン!」
 キースの叫び声が虚しく木霊する。そして、無我夢中で何もわからなくなったキースは一心不乱でソーサイアに向かって行こうとしたが、それをキロスが止める。
「今は逃げるんだ!」
「ローゼンが!」
「僕本番に弱いんだけど、やるときゃやるさ!」
 キロスはキースを後ろに突き飛ばして自分がソーサイアに向かって行った。
 魔導壁で触手から身を守り、キロスはソーサイアの本体の目の前まで行き、キロスは驚くべき行動を取った。彼はソーサイア=〈混沌〉の中に、自ら手を突っ込んだのだ。手は直ぐに抜かれ、その手に掴まれていたもの≠ニは?
「やっぱり本番に弱いみたい、違うの引き抜いちゃった。キース、今はいったん退くよ!」
 キロスは引き抜いたもの≠抱きかかえながら、出口に向かって走り、キースの身体を強引に押し飛ばして外に出た。
 〈アムドアの大穴〉の封印は完全に解かれていた。ソーサイアが解いたに違いない。
 外ではシビウが待っており、それとキースが無事に外に出たことを確認したキロスはキースの服を掴み、シビウに空いている片手を伸ばした。
「僕の手に掴まって!」
 事情はよくわからなかったが、緊迫したキロスの言葉にしたがってシビウは彼の手を掴んだ。その瞬間、キロスを含む全員の姿が突如として消えた。
 消えたキロスたちのいた場所を〈混沌〉の波が呑み込んだ。後、少し遅れていたら〈混沌〉に呑まれていたに違いない。だが、キロスたちは何処に消えたのか?

 ベッドで横たわる少女を見ながらキロスは呟いた。
「ごめんよ、ローゼンを助けるつもりだったんだけど……」
 暗い顔をしているキロスとは対照的にシビウの表情は明るかった。
「この子のあたしたちの仲間さ、なっ、キース?」
「フユが助かっただけでもよかったと思う」
 そう、キロスがソーサイアの身体から引き抜いたのは〈四季使い〉の妖精フユだった。フユは〈混沌〉の中で自己の意識を失わずにいたために〈混沌〉に吸収されずに済んでいたのだ。
 キースは静かに眠るフユの小さな手を握り締め言葉を続けた。
「希望はある。フユがこうして〈混沌〉の中から救い出せたことによって希望ができた。大丈夫だ、ローゼンも生きている、絶対だ」
 以前のキースとは違った。昔の彼ならばローゼンが〈混沌〉に呑まれたことによって大きな衝撃を受け、立ち直れなかったかもしれない。だが、今の彼は信じていた。
「私はローゼンのことを信じている」
 自信に満ち溢れているキースの背中をシビウが強く叩いた。
「キースもいい男になって来たじゃないか!」
 シビウは笑顔を浮かべ、キースもそれに答えて笑顔を返した。皆、沈んだりはしていない、ここで沈んでいても仕様がない。この男を除いては――。
「僕からみなさんに悪いお知らせがあります。フユちゃんを助けた時に、ソーサイアに僕の魔導力のほとんどが〈混沌〉に持っていかれてしまいました。移動魔導を使って皆をこの村に移動させられたのも奇跡に近いんだよね」
 〈王〉の力を受け継いでいるキロスは人間が使えないような高度な〈魔導〉も使うことができた。だが、彼の魔導力はフユを助けるために犠牲となってしまっていたのだ。今の彼には子供騙しのような魔導しか使えなかった。
 暗い表情をして独り言を呟くようにキロスがしゃべりはじめた。
「僕さ、昔は本当に駄目な男でさ、魔導士になれる才能はあったんだけど、ちっとも魔導士にはなれなくて、いろんな奴から莫迦にされて生きてきたんだよね。でもね、〈王〉の力を偶然にも少し貰ってからは超一流の魔導士として、人助けをしながら諸国漫遊していろんな人から感謝されちゃったんだよね。結構いつも一生懸命がんばったつもりだよ、でもね、本番には弱くて、どうにかそれを誤魔化そうとして、ふざけたり、カッコつけたりしようとしたけど、結局いつも駄目なんだよね。明るく振る舞ってても、それって魔導のお陰でさ、今は不幸のどん底って感じ」
「私たちはすぐに旅立つ。ソーサイアの好きにはさせない、絶対にだ。キロスはここに残ってフユを看てやってくれないか?」
「……そうだね、うん、今の僕にできることは、それくらいだからね」
 キロスは笑って見せたが、少し暗い表情をしている。
 静かな眠りについていたフユの目がゆっくりと開かれ、小さな口から言葉が零れた。
「フユも行く。ソーサイアを倒してローゼンを救いたい」
「あんたはここでゆっくり休んでなよ」
 シビウの言葉には耳を貸さずにフユはベッドから飛び降りた。
「フユは、ソーサイアがどこにいるか、何をしようとしているか知ってる。フユはソーサイアの内にいる時に、ソーサイアの考えてることがフユの頭の中に流れ込んで来たの」
 全員の視線が小さな少女に集中され、少女は語り始めた。
「ソーサイアはこの星を全部呑み込もうとしているの。そのためにソーサイアはこの星の魔導が最も集まる場所を探し当ててそこに向かったはず。北の最果ての地の地面の奥底にソーサイアはいるの」
 話を聞き終えたキースはすぐに部屋を出て行こうとした。彼は少しでも急ぎたかった。ローゼンを救うために――。
 部屋を出て行こうとしたキースについて行こうとシビウとフユがすぐに追いかけ、その後ろからキロスの声がした。
「やっぱり、僕も行く。もう、ちょっとカッコつけてみようかな……なんてね」
 苦笑いを浮かべるキロスに三人は微笑を返した。誰もキロスが足手まといになるとは言って彼がついて来ることを反対しなかった。キロスは苦笑いを浮かべているが、その心の奥に三人は強い意志を感じたからだ。
 これがソーサイアとの最後の決戦であり、ローゼンを救う戦いであり、この世界を救う戦いであることを誰もが心の奥底で感じていた。


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