サーガ]Y
 フユが案内しようとしている場所は〈ガイアの臍〉と呼ばれる大空洞であった。その場所はこの星の最北端にあり、人間の足では決して辿り着くことはできない。そこで特別な道を使い、フユはキースたちを案内することにした。
 北の大陸にある幻想的な氷の森林。この森林の木は氷の中で育ち、生きている特別な木だった。その森林を抜けると、そこには古代人たちの遺跡があった。
 古代人、それは古い時代の精霊のこと。そして、その精霊たちの頂点に立っていた精霊こそが〈王〉であり、この遺跡は〈王〉の都であった場所だ。
「僕の中の〈王〉がここを知っている。〈精霊の君〉の攻撃を受けて滅びてしまった〈王〉の都。ここが〈王〉の美しき都だ」
 だが、今は岩や建物の材料であった二〇メティート(約二四メートル)もの大きさに成長する貝の貝殻の残骸しか残っていなかった。
 遠くを見つめるフユが先を指差し呟くようにしゃべった。
「この先に古代人が残した〈旅水〉あるの」
「では、早く行こう」
 キースは先を急ごうとしたのだが、後ろにいるシビウがついて来るようすがないので振り向き聞いた。
「どうしたのだ?」
 聞くまでもなかった。キースの目に映るシビウの肌は血の気が失せ、ぶるぶると激しく振るえ、唇の色は紫色に変わっていた。
「こ、この寒さ、どう、どうにかならないのかい?」
 震えた声を出すシビウはいつものように、素早さを生かすための露出度の高い軽装の鎧しか身につけていなかった。これでは寒いのは当然だ。
「シビウ姐さん大丈夫!? なんだったら、僕が抱きしめてあげようか?」
「あんたに抱きつかれるくらいなら、凍死した方がマシだよ! でも、しかし、何で皆は寒そうにしてないんだい、可笑しいじゃないか?」
 フユはとりあえず例外として、キースとキロスはいつもと同じ法衣を着ているだけだった。だが、この二人は事前に身体に見えない膜を張り、熱さや寒さから身を守る魔導を施していた。そのことに気が付いたキースはぼそりと呟いた。
「そうだった、シビウに魔導を架けるのを忘れていた」
 キースはすぐさまシビウに魔導を施した。すると、シビウの体温は平常時まで戻り、肌や唇の色が元通りに戻った。
「何でこんな便利な魔導があるのに、あたしに架けてくれなかったんだい!」
 凄い剣幕でシビウがキースの胸倉を掴んだのを傍観しているキロスは、呟くようにシビウに質問した。
「だいぶ前から寒かったと思うんだけど、何で今まで何も言わなかったの?」
「だって、皆、平気な顔してどんどん進んで行くから……。皆我慢してるんだと思ってさあ、言いづらかった……」
 シビウは顔を真っ赤にした。彼女は勝手な思い込みで他の者に負けじとやせ我慢をしていたのだ。
 恥ずかしさで顔を真っ赤にしているシビウの近くにフユはわざわざ行って、シビウにしか聴こえないくらいの小さな声で呟いた。
「――おばさんなんだから無理は駄目だよ、ふふ」
 すぐさまフユは逃げるようにして飛び去って行ってしまった。その場に残されたシビウの顔は余計に赤く染まっていたが、シビウは怒らなかった。ここでシビウがフユのことを怒って、追い掛け回そうものなら、相手の思う壺である。
 表情に少し出てしまっているがシビウの腹の中はもっと煮えくり返っている。が、シビウが少し冷静になって前を見るとすでに他の者は先を進んでいた。
「シビウ姐さん置いてっちゃいますよ!」
 再び顔を赤くしたシビウは走ってキースたちを追いかけた。
 ちょうどシビウがキースたちに追いついた時、前方には大きな口を空けた洞窟が待ち構えていた。
 洞窟の入り口は誰かの手が加えられ、綺麗に長方形に削られていたその洞窟の入り口の横には魔人を象った彫刻が施されていた
 フユはキースたちを案内して中に早く入ろうとするが、キロスは嫌な予感を感じ、足を止めてしまった
「この奥に何か恐ろしいものが待ち受けてる気がする。〈王〉の記憶がそう僕に語ってるんだけど、僕の受け継いだ〈王〉の記憶や力は全て断片的なもので、この奥に何があるのか正確にはわからないんだ。でも、嫌な感じがする」
 だが、このルートを通らなければ〈ガイアの臍〉には辿り着くことができない。意を決したキロスと共に一行は洞窟の中へ進んで行った。
 中は大きな円形ドーム状になっており、巨大な扉と、その前には金属でできた巨人の像が立っていた。この像が置かれている場所は不自然である。像が明らかに邪魔で扉を通ることができない。
 ギィィィと何かが軋む音がドームに鳴り響いた。それは巨人の像だった。巨人の像が手に持っていた巨大な斧をゆっくりと上げたのだ。
 素早い行動でいち早く動いたのはシビウだった。彼女は二対の魔剣を抜き、果敢にも自分の三倍もの身長の巨人に向かって行った。
「門番ってわけかい? でもね、ここは何があろうと通らせてもらうよ!」
 魔剣を持ったシビウが円舞を舞う。だが、その攻撃は巨人の持っていた盾で塞がれて≠オまった。全て≠切り裂く魔剣が軽々と防御されたのだ。
「何ぃ!?」
 剣と盾が激しくぶつかり合った衝撃で、シビウの身体は後方へと吹き飛ばされてしまった。シビウには何が起きたのかわからない。この剣は全てを切り裂く魔剣ではなかったのだろうか?
「何で斬れないんだい?」
「あっ、ちょっと思い出したかも!」
 キロスが手を叩きながら大声をあげた。
「あの巨人の持ってる盾は空間を歪ませるんだよ、だから、切れてないんじゃなくって、別のところを切ってるわけさ。しかもね、あの巨人、魔導が一切効かないんだよねぇ〜って〈王〉の記憶の断片が語ってる」
「魔導が効かぬのなら、どうやって倒すのだ!」
 そう言いながらもキースは魔導で稲妻を作り出し巨人目掛けて放った。が、稲妻は巨人の身体に吸い込まれ、巨人がびくともしていない。
 フユの周りに風が巻き起こる。次の瞬間、巨人の周りから巨大な氷の刃が発生し、巨人の身体に鋭い刃が放たれた。氷の刃は何時にも増して強力なものであったが、金属の身体に弾かれ巨人はびくともしていないが、氷の刃は吸収されることはなかったのだ。
「――フユの四季魔導は効果があるみたいだよ」
 魔導は効かなくとも四季魔導ならば効果があるようだ。しかし、この場で四季魔導が使えるのはフユしかいない。
 突進して来た巨人の斧がキースの頭上に振り下ろされようとする。シビウが素早く動いてキースの身体を突き飛ばして巨人の攻撃を避けるが、それしかできない。相手の攻撃を避けることしかできず、反撃をすることができないのだ。
 この場で戦力となるフユは巨人から遠く離れた場所にいた。逃げたのではない、出口の扉に向かっているのだ。
 扉の前に立ったフユは扉を開けようと、押したり引いたりしてみたが、びくとも動かない。魔導で扉を破壊しようとしたが、それでもびくともしなかった。この扉は巨人を倒すまで決して開かない仕組みになっているのだ。
 キロスは何を思ったのか、巨人の背中に飛びつこうと高く飛び上がった。だが、その前に斧が風を切りながら大きく横に振られ、キロスの法衣を少し掠めた。もろに斧の攻撃を受けたら一発で致命傷だ。
「危なかったぁ。――!?」
 ほっと胸を撫で下ろしていたキロスに再び斧が襲い掛かる。キロスは急いで逃げ、それを追う巨人の背後にシビウの魔剣が斬りかかる。が、突然振り向いた巨人の盾によって敢えなく塞がれてしまった。
 巨人から遠く離れたところでキロスが大声をあげた。
「巨人の倒し方思い出したから、誰か巨人の動き止めてくれないかな?」
 その言葉を受けてフユが迅速に動く。巨人の足に氷が絡みつき、巨人の動きを止めた。だが、巨人の足が強引に動かされると、氷は弾け飛びこなごな砕けてしまった。
 再び動き出した巨人を見て、フユがぼそりと呟く。
「――失敗」
 すぐさまフユは素早くキースの横に移動して指示をした。
「キースも四季魔導であいつの動き止めて」
「私に四季魔導が使えるはずがないだろう!?」
「自然の空気、この場の空気を感じて、その力を借りるの。――簡単だから」
 〈世界〉の力を借りること、それはその場に存在する自然のエネルギーを借りること。それが四季魔導。
 キースは目をゆっくりと閉じ、この場の空気を感じた。ここにある空気の中で一番魔導として取り出しやすいもの。それが、わかった時、キースの四季魔導が発動された。
 地面が凍りつき、キースとフユの放った四季魔導が氷として巨人の足に絡みつく。今度こそ巨人は一歩も動くことができず、上半身を激しく動かし暴れ回る。
 巨人が斧を無差別に振り回す中、キロスは巨人の背中に飛び掛かったそして、そのまま巨人の背中をよじ登り、手を巨人の背中に空いていた隙間に差し入れた。
「これだ!」
 歓喜の声をあげたキロスが巨人の背中に手を差し入れて掴んだもの――それは巨人の核だった。巨人の制御が利かなくなった場合のために、巨人の背中から核を壊せるようになっていたのだ。
 キロス核に触れたとたん、巨人が激しい光に包まれキロスの身体が遥か後方へ吹き飛ばされてしまった。キロスが床に叩きつけられ、巨人は動きを止めた。
 シビウに手を貸され立ち上がるキロス。彼は巨人の核に触れた時、ある力が身体に流れ込んできて吹き飛ばされたのだ。
「僕の身体に〈王〉の新たな記憶の断片が流れ込んで来た。あの魔人兵は〈王〉の力で動いていたんだ。その力を受け継いだ僕は、また大きな魔導の力を手に入れた。これで僕も役に立てる……よね?」
 最後の部分だけが不安だった。本当にキースたちについて来て正解だったのか、キロスはまだ少し不安だった。
「あんたのお陰であの巨人が倒せたんだろ」
 シビウはキロスの背中を強く叩いた。
「痛っ!」
 先ほど地面に叩きつけられた時の傷に響いて声をあげてしまったが、キロスの顔は笑っていた。これで、自分もみんなの仲間になれたような気がしたからだ。
 巨人を倒した一行は先を急ぐため、扉を抜けた。そこには大きな〈旅水〉が一つ存在していて、それを見たキロスは何かを思い出しように話しはじめた。
「この先にある〈ガイアの臍〉、そこの地下はこの星の魔導が最も集まっている場所。それは〈王〉の最終兵器でもあったんだよ。〈王〉はその力を使えば〈精霊の君〉との戦いにも勝っていたかもしれない。けれど、〈王〉はその力を使わなかった――その力は大きすぎて、この世界を滅ぼしてしまうかもしれなかったからね」
 ソーサイアはその力を呑み込もうとしている。もし、ソーサイアがその力を手に入れたら、どうなってしまうのだろうか?
 フユが真っ先に〈旅水〉の中に飛び込み、シビウがそれに続く。
「世界が滅びる前に、さっさとソーサイアの野郎を倒しちまいに行こうか!」
 〈旅水〉は二人を呑み込み、淡く輝き水しぶきを上げた。
「キロス、君は何故戦うんだ?」
 いきなり思いもしなかった質問をされてキロスは戸惑ってしまった。
「何だよ、いきなり。キースこそ何で戦うのさ」
「……ローゼンを救うため……かな」
 この答えが正しいものなのかキースにはわからなかった。世界がソーサイアに呑み込まれようとしているのに、ローゼンを救いたいために戦うとは――こんなことを口にしてよかったのかわからない。
「じゃあ、僕はカッコつけたいから。理由なんてどーでもいいさ、結果的に世界が救えればそれで万万歳だよ。僕は自分の命賭けて戦ってるんだから、人にどうこう言われたくないよ。僕が戦う理由は僕が決める」
「私はそれでもローゼンを救うために戦うという理由に罪の意識を感じる」
「シビウ姐さんは結構熱い人だから世界を守るために戦ってるのかな?」
 キロスは笑いながら〈旅水〉の中に飛び込んで行ってしまった。
「世界を守りたいのは嘘じゃない。でも、私が最も守りたいのはローゼンだ」
 複雑な表情をしながら、キースも〈旅水〉の中に飛び込んだ。
 〈旅水〉は波紋を立て、その場に静寂が訪れた――。

 〈ガイアの臍〉と呼ばれるこの星の最北端にある大穴。この先にソーサイアはいる。
 険しい崖のような道を下り、地下深く、星の中心に進んで下りて行く。足場は非常に悪く、足を滑らせてしまったら一巻の終わりだろう。それを誘発させるように地面の奥底から熱い空気が吹き上げて来る。
 熱気を佩びた風はもの凄い勢いで吹き荒れ、キースたちの身体を吹き飛ばそうとする。この中で平気な顔をして楽々と下に下っているのは、空を飛べるフユだけだった。
 やがて、暗くて何も見えなかった底が、ようやく見えてきた。きっと、すぐそこにソーサイアがいるに違いない。そして、そこにはローゼンもいる。
 岩と岩の間を流れるどろどろに溶けた物質――それは魔導だった。魔導が濃縮され物質となり、地面を流れているのだ。そして、この魔導は〈混沌〉に近い物質でもある。
 蒼い法衣と蒼く長く伸びた髪に魔導の力を秘めた黒瞳。中性的で美しいソーサイアは〈混沌〉に魅了され、前にも増して妖艶な気を発していた。
「まだ、私の邪魔をするのか? 残念だが私のおまえたちへの興味は尽きた。早々に立ち去れ、そうすれば私はおまえたちに危害を加えない」
「あんた莫迦かい? あんたに世界が呑まれちまったら、糞もへったくれも何もありゃしないじゃないか!」
 気迫十分なシビウだが、不敵な笑みを浮かべるソーサイアは動じることなく、ゆっくりと近づいて来た。そして、腕を黒い触手へと変化させた。
「ならば力ずくで私をどうにかしてみるかね?」
「望むところじゃないかい!」
 二対の魔剣を身体の一部のように操り、シビウは地面を疾走し、ソーサイアに向かって行った。触手もまたシビウに襲い掛かろうとするが、シビウはその触手を華麗に避けながら切断し、ソーサイアに近づいて行く。そして、ソーサイアの首をはねた。
 宙を舞うソーサイアの首は地面に転がり止まったここで油断してはならない、ソーサイアはすぐに身体を繋ぎ合わせることができるのだから。
 地面に転がるソーサイアの顔が笑った。そして、ソーサイアの口の中から伸びた黒い触手がシビウに襲い掛かる。だが、触手は不意に止まった。少しソーサイアはシビウに気を取られ過ぎていたのだ。
 首を失ったソーサイアの身体を三人が取り囲んでいた。三人はソーサイアを封じるつもりだった。だが、ソーサイアは余裕の表情を浮かべている。
「大いなる〈混沌〉の力を手に入れ、魔導そのものになったと言っても過言ではない私にたかが魔導士どもが何をできる? この場の脅威は〈紅獅子の君〉の二対の魔剣のみ」
 普通は魔導がソーサイアに効くはずがない。だが、ソーサイアは自らケーオスに向かってこう言っていた、『ケーオスよ、魔導はおまえの元を離れ進化しているのだ』と。そして、ソーサイアを倒すヒントをくれたのは、フユの四季魔導だった。
 四季魔導は人間には使えない――それは違う。四季魔導は一般の魔導と力の源が違うだけで、それを知れさえすればキースにだって使える。現に〈王〉の力の一部を受け継いだキロスはそれが四季魔導と知らずに自然と使っていた。
 魔導壁とは違った三角形の光の壁――四季魔導壁がソーサイアの身体を取り囲んだ。ソーサイアはそれに負けじと抵抗を示すがどうにもならない。なす術もなくソーサイアの身体は封じられてしまった。
 休息はまだだ、キースたちはすぐさま残っているソーサイアの頭部を封じようとした。だが、ソーサイアの余裕の表情は崩れない。
 キースたちの背後――封じたはずのソーサイアの身体が封印を打ち破ったのだ。硝子を粉々に砕いたようにして四季魔導壁を粉砕したソーサイアの身体が霞んだ。ソーサイアの身体から触手が伸び、後頭部を掴むと、やがて触手の数はどんどんと増え、蠢く黒い壁のようになった。
 ソーサイアの姿は完全に〈混沌〉へと変化し、〈混沌〉は大きな波となりキースたちに襲い掛かった。避けることもできず、成す術もないままキースたちは〈混沌〉に呑まれてしまった。
 上も下も、右も左も、前も後ろもない空間――闇のような〈混沌〉の内。そこはソーサイアの内。キースはここで独りになってしまった。
 呑まれた他の仲間はどうなったのかわからない。これから自分がどうなってしまうのかもキースにはわからなかった。
 全てを呑み込もうとしているソーサイアの内。ここにローゼンはいる。
 泡沫の虚空を凄まじい勢いで落下していく。ソーサイアの力が押し寄せて来る――それは〈混沌〉の侵食だった。肉体や精神が喪失し、自分が消滅してしまいそうになってしまう。
 深い深い、渦巻く〈混沌〉の海に落ちた。そこには〈混沌〉とまだ溶け合っていないものたちの意識が叫び声をあげている。この声に捕まってしまったら〈混沌〉の虜になってしまう。
 キースはローゼンだけを感じ、彼女をついに見つけ出した。だが、ローゼンの精神はソーサイアに呑み込まれようとしていた。
 ソーサイアの顔だけを残すその黒く巨大な塊の中に、埋もれるようにしてローゼンの身体は吸収されようとしていた。
 キースの頭に直接ソーサイアの声が流れ込んで来た。
《全てを呑み込んでくれる……全ては私の力に……私こそが全てだ……》
「キース様っ!」
 やはりキースが自分を助けに来てくれた。ローゼンの手がめい一杯、未来に向けて伸ばされた。
 キースもまた手を伸ばしローゼンに駈け寄る。
 黒い触手がキースを捕らえようと襲い掛かって来る。だが、キースはローゼンの手を掴むために走り続けた。触手がキースの身体に絡みつき、〈混沌〉が侵食を開始する。
 〈混沌〉に身体を侵食されながらもキースはローゼンの手を掴んだ。互いの手はしっかりと握り締められ、二人は一人になった。
 キースとローゼンの身体が激しい光に包まれ、その光の波動はローゼンを侵食しようしていた〈混沌〉を吹き飛ばした。
 ソーサイアは苦悶の叫びをあげ、全ての闇を消し去った。
 光の世界に残されたキースとローゼンは互いを確かめるように熱い抱擁を交わし、慈しみ合い、二人の身体が溶け合っていく――。
 そして、二人は未来の夢を視た。
 空がなくて、木がなくて、固められた灰色の地面の上に巨塔が立ち並び、その間を大勢の人々が世話しなく歩いている。
 金属でできた乗り物が地上を走り、巨大な金属の鳥が空を飛び交い、人々は天空のその先にある星々を目指して旅立って行った。人々は夢を叶え、その夢は尽きることなく、人々の欲望は尽きることを知らなかった。
 薄汚い私欲を肥やすために自然を破壊し、惑星の全てをただ残酷に蝕んでいく。魔導がなくなろうと、精霊や神々が消えようと、世界が創り治そうと、世界は崩壊しようとしていた。――これが未来なのか? なのだとしたら、なんと哀しい未来なのか……。
 一人となったその〈存在〉は嘆き哀しみ、自分たちの世界を想い夢見た。二人が出逢った、あの世界。二人が愛したあの世界を想像し、創造した。
 空と海が切り離され、大地が広がり、世界は生命に満ち溢れ、全てが元通りに戻った。ただ、ひとつだけ世界から消えてしまったものがある。――それは魔導。
 力の象徴であった魔導はもういらない。
 還って来た世界で二人を出迎えてくれた仲間。皆うれしそうな顔をして笑っていた。
 幸せが二人を包み、未来は――。

(完)


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