薔薇回廊(改訂版)
 そこに私はいた。
 けれど、そこがどこだかわからなかった。
 左右は蔓が絡みつく緑の壁に囲まれ、足元から前方に視線を移せば石畳は蛇のように曲がりくねり、廊下はどこまで続いているのかわからない。
 鼻を衝く芳しい薔薇の香。
 壁は薔薇の蔓で形成され、白薔薇たちが咲き誇っていた。
 薔薇回廊は世界の果てまで続いていた。
 逝く当てもなく、私は薔薇回廊を彷徨い続けた。
 昼も夜もなく、時間の流れはわからない。
 倦怠感が身体を覆うが、それは疲れとは違う。
 胸が苦しく、吐き気を催すが、全ては自分の思い過ごしだったと気づかされる。
 全ては幻で、全ては現実だった。
 ここがどこかだかわからない。
 だが、そんなことは、どうでもいいことだった。
 私の頭は空虚の怪物に喰われる。
 空っぽの頭。
 なのに胸が苦しい。
 どのくらい歩いたのだろうか。
 もしかしたら、この場でじっと立ち止まっていたのかもしれない。
 なにかを探すでもない。
 だから、歩く必要もなかった。
 空を見上げる。
 だが、そこには青空はない。
 あるのは灰色の空。
 淀みが揺ら揺らと炎が瞬くように蠢いている。
 空だと思っていたものは空ではなかった。
 それは蟲の大群だった。
 小さな虫たちが空を羽ばたいている。
 そう思うと、耳障りな羽音が聞こえてくる。
 耳障りな蟲たちはいらない。
 蟲たちがぼとぼとと地面に落ち、そして燃え上がって死んだ。
 陽炎は美しく、妖艶とした輝きと揺らめきに薔薇回廊が包まれた。
 薔薇は決して燃えなかった。
 そう、炎は薔薇を包み込んでいるが、薔薇の美しさには劣る。
 炎の中で誰かが涙を流している。
 すすり泣く声を聞いた私には少女が見えた。
 炎の中で少女がうずくまって泣いている。
 私はが少女を抱きしめると、少女だったものは屍体に変わり、私の身体が真っ赤な血に染まった。
 血の香りが辺りを包み込み、少女だったものからは蛆が湧き、やがて少女だったものは灰に塵に変わった。
 朽ち果てる砂は私の身体を擦り抜けて、風と共に去って逝った。
 風は高笑いをあげて、全てを嘲る。
 炎と血は薔薇を彩り、死は生を与えた。
 気がつけば、辺りの薔薇は紅く染まり、薔薇から紅い涙の雫がぼとぼと堕ちている。
 紅い雫は地面ではじけ、やがて紅い海が私の足を浸蝕する。
 そう、私はいかなくてはいけない。
 だから、歩いた。
 薔薇回廊がどこまで続いているかは、私は知らない。
 もしかしたら、永遠に続いているのかもしれない。
 初めは終わり。
 そうだ、私は少女を探さなくてはいけない。
 薔薇回廊はどこまでも続いている。
 左右は薔薇の壁に囲まれ、空には蟲が羽ばたいている。
 そして、少女がどこかで泣いている。
 薔薇は白かった。

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