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紅 |
公園でひとりベンチに座っていると、黒猫が僕の足元にやって来た。 黒猫は何かをねだるように僕の足に頭を摺り寄せてくる。食い物でもねだっているのだろうか? 今日は学校をサボったので、バッグの中に弁当がある。この弁当のおかずでも与えてみるか。 僕は鶏のからあげを手で裂いて少し与えて見た。すると黒猫は満足そうにペロリと平らげて、『にゃん』と鳴いた。そして、すぐに歩き出してしまった。 お礼らしきものをもらったが、エサをもらったらすぐに行ってしまうなんて少し薄情な気もする。 僕はため息を吐いて空を見上げた。青空の広がるいい天気だった。こんな日は学校もサボりたくなる。 両親は僕が学校をサボったと知ったら怒るに違いない。けど高校受験が近いこの時期だからこそ、サボりたくなる。 視線を地面に戻すと、黒猫がこっちを見ていた。てっきり行ってしまったと思っていた、さっきの黒猫だ。 黒猫は僕から少し距離を置いたところで、僕のことをじっと見ている。 友達の気持ちも理解できずに喧嘩してしまう僕に、猫の気持ちなんてもっとわかるわけがない。 黒猫は僕のことをじっと見ている。鳴きもせずにじっと見ているだけ。 実は僕じゃなくて、僕の後ろを見ているのかと思って振り返るが、何もない。黒猫は僕を見ている。 しばらく猫と見詰め合っていると猫が歩き出した。でも、止まった。 すぐに止まって僕を見つめる。 これは僕を呼んでいるのかもしれないと思って、僕は猫の後を追うことにした。すると、猫は止まらずに歩き出す。 わざと僕は止まってみた。すると、猫は足を止めて僕を見つめる。やはり、僕について来いと言っているようだった。 公園を出て、道路を歩き、空き地の奥にある塀と塀に囲まれた細い道を通った。 少し広めの庭に出て、黒猫は白くて細手によって胸元へ持ち上げられた。 猫を持ち上げた人物と目が合う。 第一印象は『綺麗』、それだけだった。 黒猫を抱きかかえたのは黒髪の女性だった。 僕よりも年上だと思うけど、年齢がはっきりしない。 日本人だと思うけど、目は金色だった。 そしてなによりも僕の目に焼きついたのは紅い唇。 紅い紅い口紅が僕の目を惹いた。 女性は羽織り物を着ていた。というより、羽織り物しか着てなくて、白い乳房が見えていて、目のやり場に困った。 女性は何も言わなかった。僕のことに気づいていないはずがない。けれど、僕のことなど構いもせず、縁側に座って黒猫もそこに下ろした。 黒猫は喉を鳴らして女性の身体に擦り寄る。僕はじっとそれを見てしまっていた。 女性は僕を見ない。見ないというより、すでに僕はそこにいないような扱いだった。 無表情に女性は黒猫の毛を撫でている。感情の欠片もないのに、黒猫は喉を鳴らして喜んでいる。 目の前にある家はとても古そうな物だった。木を中心に造られているその家は、昭和の匂いがする。こんな古い家が住宅街に残っているなんて不思議だ。 僕は何も言わずに立ち去ることもできた、けれど、しなかった。 黒猫を挟んで僕も縁側に座った。その間、女性は僕に気づかないように、全く僕を見なかった。そんな女性が僕を見ずに黒猫を撫で続けながら口を開いた。 「どこから来たの?」 「あの、え〜と、この猫に付いて来たので、どこって言われても」 「じゃあ、あなたは異界人なのね」 女性はまだ僕を見ない。 それにしても異界人って何のことだろう? 僕はとりあえず適当な話でもしてみようと思った。 「この猫、なんて名前なんですか?」 そう言って僕が黒猫を撫でようとしたその時だった。今まで嬉しそうに鳴いていた黒猫が僕に爪を立てたのだ。 「痛い!」 猫の爪は僕の指先を引っかき、僕の指から紅い血がにじみ出てきた。 女性は僕の手を取って指先から流れる血を見つめた。 「この猫は名無し、私以外の人が触ろうとすると怒るのよ」 目の前にいる女性の柔らかな唇が僕の指先を呑み込んだ。 突然のことで僕は何が起きたのかわからなかった。 とても温かくて心地よい。 女性は僕の指先に舌を絡ませて、血を吸っていた。 目の前にいる女性が僕の血を吸っている。それを僕はただ見つめていた。 女性が僕の指から口を放すと、すでに血は止まっていた。 そして、女性は舌で唇を舐めると、妖艶と笑った。 美しい顔。でも、その奥にとても恐ろしいものを感じた。けれど、その恐ろしさは僕を惹き付けてしまったのだ。 そう、それでおしまい。 僕は永遠に彼女の虜になった。 |
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