婿取り吸血姫
 その国は人間の技術じゃまだ行くことのできない異空間にありました。国の名前は『ヴァンパイア王国』。そう、そこは名前の通りヴァンパイアたちの住む国です。
 その国のある日の王の広間でのワンシーン。この部屋には立派椅子が二つある。一つにはこの国の女王ルヴァーンシュが肘を付き手の上に顎を乗せて退屈そうな表情を浮かべている。もう片方の椅子はこの国の王の椅子なのだが今は誰も座っていなかった。
「女王様ちゃんと聞いてましたか?」
「何がぁ〜?」
「もういい歳なんですから早く結婚してくれませんかって話ですよ」
 この国の大臣セラヴィーは毎日の日課『女王様の説得』の真っ最中だった。
「オルヴィリュンヌ様がお亡くなりになって今日でちょうど300年、そろそろ新しい国王をと国民も首をなが〜くして待っていますよ」
「別に困ることないし、このままでいいと思うけどなぁ」
「ダメです。早く後継ぎの顔が見たいと、先代の国王、先々代の国王、先々々代の国王……代の国王が申しております」
 ヴァンパイアはとても長生きな為、歴代の国王のほとんどがまだ生きているのだった。そのため、小言が毎日波のように押し寄せてくるのである。
 ヴァンパイアには基本的に死という概念がない、あるのは消滅のみ。死がないということは、種の繁殖をすることが必要ないということに繋がりそうなのだが、そうでもないらしい。ヴァンパイアには死というものはないのだが、その数は時として減ることがある。それが消滅である。消滅には幾つかの種類があり、代表的なものとしては太陽光を浴びることによる消滅がある。ほかにも伝説として語られるヴァンパイア弱点は幾つもあるのだが、それとは別にヴァンパイアは個人差はあるのだがある一定の歳を迎えるとある日突然いなくなるのである。ある者は料理の最中、またある者はお風呂に入っている最中など、普段の日常生活の中で消える寸前までやっていたことをそのままに残して皆消えてしまうのだった。まるで神隠しのような現象なのだが、実際に消えるところを見た者は一人もいない。ヴァンパイアに与えられた自然の摂理なのだろうか、ヴァンパイアの科学ではその謎は一生解けることがないと言われている。
 ようするにヴァンパイアの数は減るということになる。そのため必然的に種の保存が必要となってくるのだが、それがヴァンパイアの伝説にある吸血行為である。ヴァンパイアたちは吸血行為によって種を増やすことができるのだった。
「「セラヴィーく〜ん!」」
 王の広間に二人のヴァンパイアが声を合わせて入って来た。
 二人の姿は瓜二つ、この者たちは双子の女王に仕える執事で名前はベル&ベル、そう二人ともベルと言う名前なのである。二人の唯一の違いは一人は男でもう一人は女ということのみだった。
「「セラヴィーくん、ついに見つけちゃよ」」
「だから、そのセラヴィーくん≠ニいうのは止めなさいと言っているでしょう」
「「だって、みんなセラヴィーくんって呼んでゆよ」」
 セラヴィーがみんなからくん&tけで呼ばれるのも無理はない、なぜなら彼の容姿は小学1、2年生そのものだったからだ。しかし、彼の歳は3000を優に超えていて、ヴァンパイアの歳と容姿は人間のそれとは当てはまらないということを証明しているいい例だった。
「それで、その方は今何処にいらしゃるのですか?」
「「人間界の日本って国でっしゅ」」
「そうですか、ではさっそくここに連れて来てください」
「「イェッサー!」」
「ねぇ、さっきから何の話してるの?」
 ルヴァーンシュには三人が何の話をしているのかさっぱりわからなかった。
「女王様には、お見合いをしてもらいます」
「えぇまたぁ〜」
 彼女がこう言うのも無理はない、なぜならこれまでにお見合いを行った数は優に1000回を越えていて、その全てが破談に終わっていたのだった。
「お見合いは、女王様が結婚なさるまで何度でもやります」
 セラヴィーはキッパリと断言をした。
「別にそれでもいいけどぉ〜、もう返事は決まってるからね」
「ふふふ」
 セラヴィーは不適な笑みを浮かべた。
「何よーその笑いは」
「今回のお見合いは女王様もきっと満足なさると思いますよ」
「どういうこと?」
「それは当日のお楽しみです」

 ここは日本のとある都道府県の中のとある町のとある家のベランダ。
 彼(百瀬 真一[モモセ シンイチ]16歳、高校2年生)はベランダに出てボンヤリと夜空に瞬く星々を眺めていた。
「今日も奇麗だなぁ〜、こういう日はお茶が美味しく頂けるんだよなぁ〜」
 そう言いながら彼は両手で持った湯飲みを口に近づけお茶をすすったのだが、
「あっちぃー!!」
 彼は思わず持っていた湯のみを手放し、その中に入っていたお茶をこぼしてしまった。そうしたら、
「あっちぃー!!」
 こぼしたお茶は彼の足にかかってしまい、2度も不運に見舞われることとなったのだが彼の不幸はこれだけでは終わらなかった。
 彼は熱いお茶が足にかかった拍子に飛び上がり、不幸なことに足の着地場所にはさっき落とした湯のみが……ここから先は言わなくてもわかりそうなのだがあえて言わせてもらうと、彼はその湯のみの上に着地をした物理の何かの法則により、すってんころりん、転んでしまったうえに転んだ拍子にしりもちは付くはベランダの植木鉢は壊すはで大変な目にあってしまった。しかもこれが始めてではないということが驚きで、彼は月に1度はこれと同じようなことしているのだった。そう彼は、不幸なうえに間抜けな人間なのだ。
 そんな彼に、これは新たな不幸と言っていいのかわからないが、まぁとにかくあることが起こった。
 彼がしりもちを付いて『いてて』とやって、『はぁ、ついてないな』とため息を付き、ふと上を見上げるとそこには満天の星空ともう一つ、流れ星が彼の目に映った。
 彼は目をつぶって指を組んでお祈りのポーズを取り、
「今年も健康に過ごせますように」
 と年寄りくさいお願いをして目を開けると信じられない光景が!
「な、なんだ!」
 流れ星が自分の方に飛んで来たと彼は思った。
「ま、まさか、また目悪くなったのかなぁ」
 目のせいではなかった、あきらかに流れ星と思われる物体は地球の引力の法則に従って落ちて来ている、しかも自分の方に。
「ど、どうしよう、取り合えず110番しなきゃ」
 隕石が降って来るのに110番をしても意味はないと思うが今の彼にはそんなことを考える余裕などなかった。
 流れ星から発せられる光はどんどん強くなって、もう目の前は真っ白で何も見ることができない。これはかなり眩しい。
「ああ、もうダメだぶつかる」
 彼は目をぎゅっとつぶった――しかし、流れ星は一向に彼に当たる気配はなかった。恐る恐る目をゆっくりと開けてみるとそこには、な、何と彼曰く、
「UFOだ」
 があった。
 そのUFOを見た彼の頭の中を一言で説明すると『拉致される!』だった。しかし次瞬間そんなことはどこかにぶっ飛んでしまうことになった。
 UFOのハッチらしきところが開くと中から小さな可愛らしい子供が二人飛び出して来た。
「「ベル&ベルでっしゅ♪」」
 百瀬真一はこの瞬間生まれて一番の呆気の取られる経験をした。
「「こんばんはでっしゅ」」
「あっ、どうも」
 ベル&ベルのあいさつに思わず真一が発した言葉『あっ、どうも』……普通だった。
「「百瀬真一しゃんでしゅよね?」」
「あ、はい」
 真一はかろうじて口を動かしているものの、他の部分は目をつぶった時のまんまだった。
「「それじゃあ、ボクたちと一緒に来てくだしゃい」」
「あ、はい」
 こんな状況でいきなり『一緒に来てくだちゃい』と言われて『あ、はい』とすんなりOKしてしまうなんて、彼の頭はショートしきってしまったようだ。比喩で言うなら『脳味噌ところてん』と言った感じだろうか。
「「じゃあ、これに乗ってくだしゃい」」
「……ぇえ、ちょっと待った、な、何!?」
 彼は自分の置かれている状況を少しだけ理解をしたようだ。かなり脳みその回転数が遅いようである。
「「でしゅから、一緒に来てくだしゃい」」
「よくわからないよ」
「「ボクたちの国に来てくだしゃい」」
「国って宇宙ってこと?」
「「何勘違いしてるんでしゅか、やっぱり人間は知能が低いんでしゅかね」」
「だってキミたち宇宙人じゃないの?」
「「ボクたちはヴァンパイアでしゅよ」」
「ヴ、ヴァンパイアっ! ……あ、あわわ、お願いだから血すわないでぇ〜」
 真一は青ざめた顔して二人のヴァンパイアから少し距離を取った。
「「早く一緒に来てくれないと本当に血を吸うでしゅよ」」
「あわわ、わかったから、キミたちの言うこと何でも聞くから血だけは吸わないでぇ〜」
「「じゃあ、その乗り物の中に乗ってくだしゃい」」
 真一はベル&ベルの言うがままにUFOっぽい乗り物の中に乗り込んだ。
「「早く連れて帰らないとセラヴィーくんに怒られるでしゅ」」
 ベル&ベルがUFOらしき乗り物に乗り込むと、すぐにそれは音も無く動き出し空の彼方に飛んで行った。
 こうして真一がUFOっぽいものを見て最初に思ったこと『拉致される!』が現実になってしまったのだった。

 場所は変わってここはヴァンパイア王国の日本庭園風のお見合い席上。日本庭園風といっても生えてる植物は地球では見たことのないものばかり、しかしこの部屋の床は畳だった。情緒ある庭に畳の床、耳を澄ますと竹細工が『カポーン』という音を時折立てているのが微かに聴こえてくる。日本の古風な詫び寂が感じられるのだがここは日本ではない、ましてや地球のどこでもない、先にも述べたがここは『ヴァンパイア王国』なのだ。
「ねぇ、私のお見合い相手はまだこないの?」
「女王様、もう少しお待ちください」
「でもぉ、もう1時間は待ってるんだけどぉ」
「すいません、ベル&ベルがもうすぐに地球からお連れになりますから」
「セルヴィーくん地球ってもしかして!」
「はい、そうですよ。言ってませんでしたっけ今度のお見合い相手は人間だって」
「聞いてなーい」
「まぁ、いいじゃないですか、そんなこと」
「よくなーい、だってこの国はヴァンパイアの住む国なのよ。人間が国王になれる訳ないじゃない」
「いいじゃないですか〜、女王様だって元人間なんですから」
 そう、今の女王ルヴァーンシュは今は亡き前国王オルヴィリュンヌに500年ほど前にこの国に連れて来られてヴァンパイアなり、そして、ヴァンパイアの女王となったのだった。
「でも、私の場合はオルヴィリュンヌ様との大恋愛の末にこの国女王になったのよ」
「ご心配なく、今度のお見合い相手はには自身があります」
「「セルヴィーくん、お連れしたでっしゅ」」
 部屋から少し離れたところからベル&ベルの声が聴こえてきた。
「「ベル&ベルただ今帰還したでっしゅ」」
 ベル&ベルが障子を開けて勢い良く部屋に入って来た。その後ろには百瀬真一がいて彼がこの部屋に入って一言目に言った言葉がこれ、
「あっ……」
「あっ……」
 前者の『あっ……』が真一が発したもので、後者がルヴァーンシュが発したもの。
 真一がなぜこの部屋に入って一言目が『あっ……』かというと、先に述べたがここはヴァンパイア王国の日本庭園風の場所なのだが、部屋の中に居た人物はこの場所には似つかわしくないドレス姿だったから、思わず彼は『あっ……』と言ってしまったのだった。
 そして、ルヴァーンシュもまた『あっ……』と思わず発してしまったのだがこれは真一の姿がどう見てもパジャマだったからだ。仕方ない彼は夜空を見ていたところをいきなりここに連れてこられたのだから。
「おお、貴方が百瀬真一様ですか!?」
 セルヴィーは真一を見るや否や彼に近づき両手で握手をして、腕を何度も何度も上下にぶんぶんと振りまくった。
「お会いできて光栄です。私はこの国の大臣のセルヴィーと申す者です。詳しい話はもうベル&ベルから聞いていますか?」
「えぇ、まぁ」
 真一はここに来るまでの間に詳しい事情をベル&ベルから一応一通り聞いたのだが彼の頭は『……?』といった感じだった。
「さぁさぁこちらへどうぞお座りください」
 真一はセルヴィーに強引に座布団の上に座らされた。
「どうもこんにちは百瀬真一です」
 真一はルヴァーンシュに向かって軽く会釈をした。挨拶をされた彼女は挨拶で返した。普通だ。
「こんにちはルヴァーンシュ・ウィル・オ・プス・ティルヴィング・ソフィリアです」
 彼女の名前は少々長かった。
「あのぉ〜、もう一回言って貰っていいですか?」
「ルヴィーでいいです」
 ルヴィーというのは彼女の愛称で国民のみんなから彼女はそう呼ばれている。
「…………」
 会話はここで終わった。
「では、後は若いものに任せて、私たちは外に出てましょう」
 そう言ってセルヴィーはベル&ベルを連れて外に出えようとしたのだが、ルヴィーに襟首を掴まれ引き戻され小声で何か告げ口された。
「ねぇ、何この人今までで一番最悪じゃない」
「どこがですか?」
「何でパジャマ姿なの?」
「仕方ないですよ、いきなり連れて来たんですから」
「あのぉ〜、どうかしましたぁ?」
 二人のコソコソ話を見て不安になった真一は『あの〜』と聞いてみたのだが、
「なんでもありませんわ」
 とあっさりと笑顔で返されてしまった。
「パジャマはいいとして、あのメガネ何? 牛乳瓶の底みたいで、しかも今のしゃべり方ときたら私は間抜けですって感じじゃない」
「メガネは仕方がないでしょう、それに間抜けとは失礼じゃないですか」
「だってぇ、全身から間抜けオーラが漂ってるじゃない」
 ルヴィーの指摘は鋭かった。
「あっちぃー!」
 真一はお茶を飲もうとした瞬間その熱さのあまりお茶を噴出してしまった。しかも不幸なことに噴出したお茶をルヴィーの顔にぶっかけてしまいルヴィーの顔はびしょ濡れに。茶まみれヴァンパイアなんてそう見れるものではない。
「ご、ごめんなさい!」
「だ、だいじょうぶですよ」
 とルヴィーは笑顔を作ったものの、その口元は明らかにひきつっていた。
「セルヴィーくん、ちょっとお話があるのだけど、外に来てくれないかしら?」
 この言葉をかけられたセルヴィーは背筋が凍る思いをした。ルヴィーの顔は満面の笑みを浮かべていたもののその目は明らかにキレていた。
「真一様少しの間お待ちください」
 ルヴィーはそう言ってセルヴィーの襟首を掴んで彼を引きずりながら部屋の外に出て行ってしまった。
 部屋に残された真一はベル&ベルに、
「僕のせいかなぁ?」
 と聞いたのだが返事は予想どうりのものだった。
「あたりまえでっしゅ」
「はぁ、やっぱり」

 相手の襟首を掴み、小柄なセルヴィーの身体を持ち上げて眼を飛ばすルヴィー。
「なんなのあの男は! 私にお茶を吹きかけるなんてこんな侮辱初めてよ!」
 ルヴィーの怒りは頂点に達しつつあった。てゆーか、頂点を越えているかもしれない。爆発は……もうしている。
「まぁまぁそう言わず」
 セルヴィーは彼女をなだめようとするが効果はゼロに等しかった。
「もういいわ、私帰る!」
「ま、待ってください。じゃあこうしましょう」
「何? 言ってみて」
「お見合いは今回が最後にしますから、このお見合いは最後までどうかお願いします」
「本当?」
「えぇ本当です」
「仕方ないなぁ」
 これ以降お見合いはしないというセルヴィーの言葉にルヴィーは折れた。あたりまえだ、彼女はもうこれまでにお見合いを1000回もしていて、もう懲り懲りといった感じだった。それでこれで最後ならばと彼女もこのお見合いを最後までやることをOKしたのだった。
「じゃあ、部屋に戻りましょう」
 部屋に戻ると真一がこぼしたお茶を雑巾で拭いているところだった。
「あの、さっきはすみませんでした」
 真一はそう言いながらルヴィーに近づこうとしたのだが彼の身に新たな不幸が襲い掛かった。彼はさっき熱さの拍子に落としてしまった湯のみをまだ拾っていなかったのだ。ここから先は説明しなくてもいいと思うがあえて説明させてもらおう。彼は湯のみを踏んづけてすってんころりん、しかも彼はこの時ギネスブックにも載るであろう大記録を達成することとなった。その記録とは『湯のみを踏んづけて転んでしまった通算100回記録』である。これは人類初の偉業と言ってもいいかもしれないほどの大記録だ。
 新記録を達成した彼の身に起こる不幸は湯のみを踏んづけて転ぶだけではなかった。彼の身に起こった次の不幸は、転んだ拍子に『おっとと』とルヴィーを押し倒してしまった。
 その瞬間ここにいる者全員、そして時間までもが凍りついた。
 真一の手にとてもやわらかい感触が伝わってきた。しかも、それを確かめるために無意識のうちに揉んでしまったのが余計にマズイ。
「…………あっ」
 真一は思わず『あっ』と呟いてしまったときは、時すでに遅し。ルヴィーの瞳には業火が映り、右手は大きく振られていた。
 バッシーン!! という音が辺りに鳴り響くと同時に、真一のかけていたメガネはとても奇麗な放物線を描き地面に落下した。眼鏡飛ばし選手権があるとしたら第2位といったところだ。
「ご、ごめんなさい!!」
 真一はルヴィーの胸から急いで手を放すと顔を真っ赤にした。そんな彼の顔を見てルヴィーの顔は固まってしまった。胸を触られたからではない、彼女は別のことで驚いて固まってしまったのだった。
「こちらが女王様のお見合い相手の百瀬真一様です」
 セルヴィーは自信満々の笑顔を浮かべ真一はルヴィーに改めて紹介をした。
 彼女が驚いた理由それは真一の素顔を見たからだった。
「オ、オルヴィリュンヌさまぁ〜〜〜っ!?」

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