夕焼けの屋上
 光の赤い波長が空でダンスして、飛び交って、夕焼けに染まる空。果てない空。――宇宙[ソラ]。



 少し冷たい風の吹く、静かな学校の屋上。哀愁という絵の具が世界を彩っている。


 風に靡[ナビ]く髪の毛を片手で押さえながら、フェンス越しに街に黒い影が差していくのを眺める少女。

 彼女のエメラルドグリーンの瞳には、ペンタグラム(五芒星)が映し出されていた。


 静かな屋上にいるのは二人だけ、少女と、――それに青年。


 底の固い靴で地面に一定のリズムを刻みながら、青年は少女に引き寄せられたように近づいた。


「何を見ているの?」

青年は聞いた。何処にでもある、有り触れた言葉。


 振り向いた少女の顔についた、薔薇の蕾[ツボミ]のような小さな唇が花開いた。

「色を観ているの。楽しい色、悲しい色、いろんな色たちが棲んでいるから……」

鈴が歌うような、清んだ声音。魔法に架かってしまいそうになる、魅言葉[ミコトバ]。


 目を瞑り、青年はゆっくりと空を見上げて吐息を零すと、目を眩しそうに開けた。瞳を透して赤い色が浸入してくる。

「もうすぐ色たちは還ってしまうね。最後までこの世界で遊んでいた赤たちも、眠りに就く時間」

「そうね、もうすぐ色たちとは違うモノ――闇が降りてくる。だから私たちも、還ろう……」


 青年のヘキサグラム(六芒星)の瞳には、確かに少女に白い翼が生えたのが《視[ミ]えた》。この世界で彼だけが《視[ミ]える》モノ――。特別なモノだから――。


 微笑みを浮かべる少女の、白く透き通る細い指が、緩やかな水の流れのように差し出され――。

 二人はフェンスを越えて、消えた――。


 忘却の彼方にある、別世界への旅立ち。全てを忘れてしまう世界。

 その世界には色も無ければ、闇も無い、何も無い世界。



 次の日の早朝。青年の部屋で一通の、両親と友人に宛てられた手紙が見つかった――。