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アリスがゆく! |
某○○学園在学の1年生、鏡野アリス[カガミノアリス]は重大な任務を担任から承り、図書室でひとり特別任務を遂行中であった。 「まったく何でアタシが図書室の本の整理なんかしなきゃいけないの!?」 それは彼女が図書委員だからだ。 今日の彼女の運勢は最悪だった。TVの占いもそう示唆していた。いや、忠告していた。 本来ならば彼女は今ごろ友人の音咲葵[オトサキアオイ]と学校近くに新しくできたチョーおいしいと女子高生に人気のケーキ専門店でチョーおいしいケーキをおなかいっぱい食べていたハズなのに……。 キーッと歯を食いしばりながら彼女は午後のひと時のことを思い出した――。 彼女はいつも通り葵ちゃんと一緒に昼食を摂ろうとしていた。ただひとつだけ違っていたのは担任の先生に声をかけられたくらいだった。しかし、それが彼女の今後の運命を大きく変えようとは誰しも予想だにしなかった……。 「おい鏡野、今日の放課後図書室の本の整理頼むな」 「はっ!?」 「ほら、もうすぐ冬休みだろ。だから在庫チェックがどうとかこうとかで放課後図書室に来て欲しいとさ、伊原[イバラ]先生に伝言を頼まれた」 「なんであたしが!?」 「だってお前図書委員だろ?」 「……あっ」 そうだった、自分は図書委員だった……。いつももうひとりの図書委員の星川[ホシカワ]くんに任せっぱなしで忘れてた。で星川くんは……今日は学校をお休みらしい。彼はたまに研究がどうとかこうとで学校をサボることが多々ある。 「じゃあ頼んだぞ」 「は〜い」 取り合えず返事はしたが、その返事にはやる気が砂ひと粒のカケラも無い。 そんなアリスを見かねて葵はぎゅっと握った拳を自分の胸の前に持っていき、がんばってポーズを取って真剣な眼差しで言った。 「がんばれアリスちゃん、私は応援してるからね」 「応援だけ?」 「じゃあ、アリスの分もケーキ食べてくるよ?」 葵はジョーダンやいじわるで言っているのではない。彼女は真剣にアリスの為だと思っての発言だった。 「それはありがと、死ぬまで食っておいで」 「うん、私アリスちゃんのために精一杯がんばるから」 にこやかに純粋無垢な眩しい、眩しすぎる笑顔をバラバラと振り撒き散らす葵。 この日の午後、某○○学園の1年生の女の子が学校近くのケーキ専門店でケーキの食べすぎでぶっ倒れ救急車で運ばれたらしい。意識を失い救急車で運ばれるその女の子の顔は満足に満ち溢れた春爛漫のような笑顔だったという。もちろん誰かさんが言ったように死にはしなかったけど。 ――と、そんないきさつがありアリスは放課後しぶしぶ図書室に行ったのだが、そこで待ち受けていたのは? 「アリスちゃん、良くぞ参られた!!」 両手を大きく広げ今にもアリスに抱きつきそうな女性――あだ名は『ベルバラ』。あだ名の由来は髪の毛の色と髪型が某ベルバラに登場するオスカルに似ているから。何もしなきゃキレイなのに、その言動と行動は変だった。 「カワイイぞアリスぅ〜、その金髪のツインが特に魅力的だ!」 ベルバラはアリスの身体をガシッと抱きしめハグハグしようとした。が、両手は空気を抱きしめた。大いにからぶったのである。 スッと移動し、ベルバラの攻撃を交わしたアリスは明らかに冷ややかな目をしていた。この目は自分より下等なモノを見る目だ。アリスはベルバラを見下していた。 「先生、セクハラで訴えますよ」 「ひどい、ひどいわ。セクハラなんて……愛情表現なのに……ぐすん」 「そんな愛情いりません」 「ガボ〜ン」 床に手を付き膝を付き、大粒の涙をぼろぼろ流し、黒い陰で全身を押し潰されそうなベルバラ。アリスのひとことは彼女の胸を貫き、絶望という名の淵へと叩きのめした。 「先生、早く帰りたいので用件を」 「はっ! そうだったわ」 ベルバラはバッとスッと立ち上がった。背筋はピンと伸び遠く彼方を儚い眼差しで見つめている。そして右手は意味もなく前に伸ばされ『ああ、愛しい恋人[ヒト]よ……』と言った感じのポーズを取っている。そう、このポーズは宝塚っぽい。 「そうだ、そうだった。私はアリスに特殊任務を与えねばならなかったのだ。そして私は行かねばならぬ!!」 しゃべり方も宝塚っぽかった。 「その任務って何ですか?」 「逃げた図書委員を私が地の果てまで追いかけている間、独り本の在庫チェックをして欲しいのだ」 「はっ!? ひとりで?」 「そのとおり。今回図書委員の1年全員に召集をかけたのだが、いつもどおり奴らはこなかった。いつも来るのは本を愛する努力家の星川くんだけだ。が、しかし、今日は星川くんは休みらしいじゃないか……(泣)。そこで今日という今日は1年の図書委員を全員とっ捕まえて血祭りに上げてくれようではないか! 私はどこまでも、どこまでも、地の果てまで奴らを追いかけ追い詰めてくれる、は〜っはははは!!」 「…………」 ――イッちゃってる。 よかったちゃんと来て。そうアリスは心の底から思った。もしちゃんと来てなかったら絶対地球の裏側――いや、宇宙の果てまで追いかけられていたに違いない。そしてこんな目やあんな目にあっていたに違いない。考えただけでも恐ろしい。 ベルバラは闘志をメラメラ燃やし拳をぎゅっと握っていた。こいつは敵に回してはいけない女性だ。なんたってこの学校の狂師四天王にその名を連ねる教師だ。 変人教師の多いことが地元でも有名なこの学校には四天王と呼ばれる選りすぐりの変人狂師がいる。そう、それはまさに君臨! まず最初に名前を挙げられるのは、日頃から奇妙奇天烈な実験を学校のどこかにあると噂される学校非公認の『妖弧ちゃん研究室』で行っているらしい白衣のセクシィー科学教師(本人は何でも可能にする可学教師だと言っている)玉藻妖孤[タマモヨウコ]先生。陰陽師のサイドビジネスをし、式神と呼ばれる謎の生命体を操り、時として悪いことをした生徒のワラ人形を作り呪いを架け、玉藻先生のことをキツネの妖怪だと言って成敗しようとしている古典教師の阿倍野聖明[アベノセイメイ]先生。全てが謎に包まれ、その存在すら確認されていない謎の学園長。そして、ベルバラことフェイシングが得意な体育教師の伊原尚美[イバラナオミ]先生。 この変人狂師四天王に逆らっては楽しい学園生活を送ることはできない。 ベルバラは何処からともなく1輪の薔薇(造花)を取り出すとアリスにプレゼントした。いつでもベルバラは薔薇の花を携帯している。がそれをどこに隠し持っているかは不明。 「そんなわけで行ってくるよアリスぅ〜」 「さっさと行ってください(=さっさと消えてください)」 「…………」 「……?」 ベルバラは何かを求め、待ち望んでアリスをあつい、あつ〜い眼差しで見つめている。――こんな目で見られると恥ずかしい。 「何ですか先生?」 「行ってらっしゃいのチュウは?」 「そんなのありません」 きっぱりさっぱりはっきりとアリスは断言した。普通は断る。 無言でこの地を後にするベルバラの背中はどこか哀愁漂い物悲しく見えた。 ――とまあ、そういう理由でアリスは独り図書室で特殊任務を遂行中であった。特殊任務と言っても図書室の本の整理と在庫チェックなのだが、がしかし!! 特殊任務というのにはある理由があったりする。この仕事は特殊任務と呼ばれるような特殊で大変な仕事だったりする。 「本なんか読まないアタシがなんで図書委員なんかやってんだろ?」 それは彼女が押し付けられたからだ。 たまたま学校をサボって行かなかった日にクラスで委員決めが行われたらしく、誰もやる人がいなかった図書委員を押し付けられてしまったのだ。 2学期も、もう終わろうとしているのにアリスは図書委員の仕事をしたのはこれが初めてだった。 他の1年の図書委員に至っては星川くん以外は今まで一度も仕事をしていないというのだから、この学校の図書委員は人気が薄いことが伺える。図書委員の人気が無いのは”この“図書室にも問題があるのだが……。 人気が無いのは図書委員だけでもない、図書室もあまり人気がない。――というかこの学校の生徒は本を読む生徒自体が少ない。だが、しかし!! 「図書室の中に入ったのはこれで2度目だけど……あり得ない」 そう、この学校の図書室の広さと在庫数はアリスの常識外、あり得なかった。そして図書館は中にあらず、外にある。つまり、その大きさが国立図書館以上の大きさを誇ってしまっているこの図書館は学校内ではなく、別館として独立した建物として建てられていた。そして、この図書館は24時間運営で一般の方々にも解放されて、職員も雇われ――もはやこれを学校の図書室と言っていいものか? 今日は在庫のチェックをするために閉館され、人は誰一人いない。けれど普段は地域住民の方々にはご愛用されている。だがなぜこんな図書室を学校が建設したのかは不明だ。謎の学園長の単なる趣味で作ったとの噂もあるが、真意は定かではない。なんせ謎だから。 腕組みをし、足を肩幅よりも大きく広げ本棚を睨みつけるアリス。 「こんなの独りじゃ無理に決まってんでしょ!」 こんな仕事を押し付けやがって、ベルバラのヤロウただじゃおかねぇぞ。あたしが怒ると恐いのよ、でもねあんたほうがよっぽど恐い。仁王立ちをするアリスの表情はそんな感じだった。 「どっから手をつけていいのかわかりゃしないじゃないの!」 在庫チェックをしろだと? そのチェックの仕方ぐらい教えていけよセクハラ教師。とアリスがそう思っているかはわからないが、彼女は近くにあった本棚を思いっきし蹴飛ばした。 このキックはちまたでも有名な『アリスの左だ』!! 何で有名かというと、アリスは昔から頭に”チョー“が付く美少女としてちまたでも有名で男の子の人気ははなまる印だった。そのお陰で彼女はよく野郎にナンパされることはしょっちゅうで日頃から困っていた。そして事件はある日の夏の昼下がりに起きた――。 その日アリスは夏休みを利用して、友人と海に海水浴に来ていた。当然のことながらアリスはそこで下心丸出しの二人組みの男にナンパをされた。 いつもどおりあっさり断るアリス。そして立ち去ろうとするアリスの腕を男が掴んだ。 「何するの、話して」 ガンを飛ばして男を睨むアリス。その行為が男たちを逆上させた。咆える若い狼。 「んだよテメェ! このメスブタ!!」 これは決して言ってはいけない一言だった。 次の瞬間アリスの左足が男たちの股間に連続ヒット。股間を押え今にも死にそうな顔をしてうずくまる男たち。それを見て楽しそうにあざ笑うアリス。横にいた友人――葵は驚きもせず、うんうんと頷いている。この葵はアリスのことを昔から良く知っている幼稚園からの幼馴染で、アリスの凶暴性についても熟知していた。アリスは幼稚園のころから男の子を力ずくで従わせていたのだ。 何も言わず立ち去ろうとしたアリスたちに男たちが狂った獣ように襲いかかった。砂浜が赤く染まった。やられたのはもちろん……。 見るも無残なほどにボコボコにされた男たち。それを見ていた周りのギャラリーたちはアリスから円状に距離を作り、男たちは何故か全員股間を押え蒼ざめ、子供づれの母親は子供を強引に引っ張りどこかに消えた。真夏の白昼夢。悪夢だった。 この話は今もなお某海水浴場に伝説として語り継がれている。がアリスの名前はその話には出てこない。なぜなら謎の権力が働き事件は見事に改ざんされたらしいからだ。 警察沙汰にはならなかったが、アリスがこの事件に関わっていたのではないかという噂があっという間に広がり、『アリスの左』はちまたで有名になってしまった。 ちなみに謎の権力とはいったい何なのか気になると思うが、言ってしまったら謎ではなくなるのであえて言わないでおこう。 蹴飛ばされた本棚はグラグラと揺れに間にも倒れそうだった。 「まさかね……」 人間以外に思ったことが現実になってしまうことが多い。アリスの予感は的中した。 「きゃあーっ!!」 本棚が大きな壁となり、あられもない声をあげたアリスに襲い掛かる。まさにアリスピンチ!! と言ってるヒマもなくアリスは本棚の下敷きになってしまった。アリスは無事なのか!! ――まぶたの上に温かい光を感じた。 「あと5分、5分したら起きるから……」 腕を伸ばしながら、 「ううん……」 と アリス色っぽい声を甘い吐息とともに出した。そしてふと何かに気付いたようにバッと目を覚ます。 ――数秒の間を置いて彼女は叫んだ。 「ここどこよ!!」 辺りは新緑の森に包まれ、歌うような小鳥のさえずりが聴こえ、風に揺れ音を立てる木々の間から差し込む木漏れ日。アリスがどこだというのも無理もなかった。 起きたら突然森の中、果たしてここはどこなのか……? ややあって、また同じことを考えるアリス。 「ここはどこ?」 図書室にいたハズが突然森の中へ。あり得ない出来事だった。科学全盛のこの時代に魔法のような非科学的な出来事はあるハズがない、あるハズがない、あるハズがない? あるハズが無いハズ……のハズだけど……アリスには心当たりが一つだけあった。 「……玉藻先生」 非科学なことを可学の力でなんとでもしてしまう学校四天王可学狂師”玉藻妖狐“先生――彼女ならばなせる業だ。 だが、冷静になってここに来る前のことを思い出す――。 アリスは図書室で本の整理をしていた。そこで、本棚に『アリスの左』を炸裂させて本棚が自分に襲い掛かってきた……。 結論。自分は本棚に押しつぶされた=気絶=ここは夢の中。可学よりも現実的な解釈だった。 それに着ている洋服だって何時の間にか学校の制服から『不思議の国のアリス』みたいな格好になってしまっていた。 自分の名前と格好がぴったり合ってしまうなんて下手な冗談みたいで、なんだか可笑しさが込み上げて来る。こんなことが起るなんて、やっぱり夢なんだとアリスは思った。 不適な笑みを浮かべるアリスは腕を組んで企みを考える。夢の中であればアタシが支配者であり、アタシを中心に世界は回っていて、全てがアタシの思うがままにできる。と考えてた彼女は何の不安も抱かず、むしろこの夢を楽しんでやろうと思った。 森の中は光と新緑に包まれ清々しく、怖い森のイメージは全くない。森とゆかいな仲間たちと言った感じだ。 怖いイメージがなければ森の探索なんて楽々と考えたアリスは森の中を取り合えず適当に歩き出した。だが、もし、この森がこわ〜い、こわ〜い森だとしても彼女は突き進んだだろう。彼女には基本的に怖いものはない。ただ弱点はこれ。 「あ〜もう疲れたぁ〜、何でアタシの夢の中でこんなに疲れなきゃいけないの!? アタシの夢の中ならジャンボジェット機くらい出てきなさいよ」 直ぐ疲れた。これが弱点。 「もう、歩けな〜い!」 バタンとおしりからアリスは地面に座り込んだ。その顔に付いているいつもは可愛らしい大きな瞳は、両端がつり上がり子悪魔チックな表情をしていた。 「お腹も空いたぁ〜! 今ごろ本当なら葵ちゃんとおいしいケーキを食べてたのに! 夢はもういい!!」 森の中に叫び声が木霊する――。だが、夢は覚めない。 「覚めなさいよ!」 これは誰に言っているわけでもない。やはり、覚めない。 「もう、いいわよ。……ったく、なんで……ムカツク……」 歩こうと決めたのアリスの判断だったハズなのに? 彼女は誰かに愚痴をこぼすように独り言を言って、子悪魔チックな表情から凶悪な表情へと変貌して、ため息を付き空を見上げた。 そよ風と森のせせらぎを聞いて、しばらくの間ぼーっと木々の合間から見える空と流れ形を変えていく雲を眺めていると、アリスは突然誰かに声をかけられてびっくり仰天した。 上を見ていた頭をゆっくりと下げる。声をかけた人物はアリスのまん前にいた。 アリスの目線の先には、何だか仮想大会にでも今から行くような不思議な格好をしている、金髪で秀麗そうな若い男の人が堂々と立っていた。そう、その人の格好を例えるなら――絵本に出てきそうな王子さまみたいだった。 王子さまは身振り手振りを不必要に大きく派手に動かしてアリスにしゃべりかけてきた。――アリスの学校のベルバラ2号だ。 「ボクは王子さまだ!」 わかりやすい一言目だった。だが、この王子の教養が疑われる発言かもしれない。 「だから?」 アリスは思わず聞き返してしまった。それに対して王子はまた不必要に動いてから返事を返す。 「だから、女の子が独りで森の中で何をしているのだ?」 こんな質問は今初めてした。『だから』もなにもない。 相手が応じならばこっちは、 「実はアタシお姫様なの。今はお父様と喧嘩してお城を抜け出してお忍びで旅をしているのぉ〜」 と適当な事を言って答えてみた。 「それはホントか?」 アリスは無言で王子のことを熱い眼差しで見つめてブリッコ風に頷いて見せた。それを見た王子はアリスの話を鵜呑みにしてしまった。 「そうか、それは良かった。ボクは次男だから、どこかのお姫さまと結婚して玉のこしに乗らなくてはいけなかったんだ。それで今から怪物に捕まった妖精のお姫さまを助けに行こうと思っていたところだったんだよ。でも、丁度いいところで君と出逢ったし、やっぱり妖精より人間のお姫さまの方がいいし、危険を冒すのも正直イヤだったからね。そこでだ、君、ボクのお妃にならないか?」 長い前フリの求愛あった。 腕を組み首を傾げるアリス。彼女の頭の中では今このようなことが考えられている。 もし、アタシがコレと結婚したら、アタシがお姫様じゃないってバレるしなぁ〜。顔はまあいいけど、性格がサイテーなのよね。それにチョ〜可愛いこのアタシだったら、もっといい男と結婚できるしぃ〜。 で、結局考えた末にアリスは、相手の求愛の申し出を突っ返した。 「アタシは世界一可愛いから、結婚するなら世界一いい男じゃないと嫌!」 しかし、王子はそれでも求愛して来た。 「そんなこと言わずボクと結婚しておくれぇ〜」 白い歯をキラリーンと輝かせながら王子はアリスに差し迫る。 「イーヤッ!」 「そんなこと言わずぅ〜」 王子の顔がアリスの眼前まで来てどアップになる。 ざけんじゃねぇよ、アタシはねえ、しつこい男が嫌いなんだよ。アタシに殴られる前にさっさと面下げて帰ったほうが身のためよ。とアリスは今思っているかもしれない。 「お願いだよぉ、ボクと結婚してくれよお」 アリスの眉と右口端がピクリと痙攣したように動いた。カウントダウンの開始合図だ。 「結婚! 結婚!」 「…………」 目は笑わず、口だけで笑うアリスの拳は強く握られプルプルと震えていた。爆発はもう近い。 「結婚しようよぉ〜」 「……しつこいヤローは嫌いなんだよっ!!」 アリスの右手が大きく振りかぶられ王子の顔に強烈な平手がヒットする。王子の視界は真っ暗になり意識が飛ぶ。ついでに王子の身体も宙を飛ぶ。 飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、回って回って回って落ちるぅ〜♪ 王子の身体はもの凄い吹っ飛び方をして地面に墜落して、ピクピクと痙攣した後、動かなくなって口から泡を吐いた。 「あっ……」 アリスは自分のした行為に唖然としてしまったが、自分はそんなに強く叩いたのだろうかと思いつつ、夢だからと勝手に納得してしまった。アリス的に夢という解釈は何でも解決してくれるのだ。 とりあえずアリスは王子に近付き自分の耳を彼の心臓の位置に当てた。ドクドクと心臓の流れる音が聴こえる。 「な〜んだ、平気そうじゃん」 相手に平手打ちを喰らわせておいて『な〜んだ、平気じゅん』はないと思うが、アリスは男の股間を平気で蹴り飛ばすような初々しい16歳の女の子だ。このくらい対したことではないのだろう。 一般人的にはひどいことをしたアリスは立ち上がると、身体をめいいっぱい上に伸ばし息を止め、ゆっくり息を吐きながら伸ばした腕を下げ、全身の力を抜いていった。 「さ〜てと」 まあ、とにかく王子はまだ生きてるみたいだし、どーせこれ夢だし、などどアリスは思って王子をそのまま森の中に放置しておくことにした。 「どーしよ」 アリスはこれから何をしようと考えた。王子さまが妖精のお姫さまを助けに行くって言っていたから、自分が気絶した王子さまの変わりにそのお姫さまを助けに行こうと考えた。だが、どこに行ったら、そのお姫さまがいるだろうとアリスは考えたが、自分の夢なんだから、どうにかなるだろうと思い適当に歩き出した。 しばらくして、アリスの前に可愛らしいウサギが現れた。でも、普通のウサギじゃない、二本足で立ち耳の先まで入れるとアリスと同じ位の大きさで、頭には小さめのシルクハット、茶色い毛の上にジャケットを羽織り、手にはステッキを持ち、首から懐中時計をぶら下げていた。 ウサギはアリスを見ると片手を軽く上げて声を掛けてきた。 「やあ」 「こ、こんにちわ」 当然のことだがアリスはウサギと会話をしたのは初めての経験だった。 ウサギはアリスとのあいさつが終わると遠くを見つめ何かを待っているようにぼーっとし始めた。 「なにしてるの?」 「べつに」 「べつにじゃないでしょ、こんなところにいるなんて?」 「ウサギが森にいるのは普通だと思うけど?」 普通じゃないウサギにまさか普通なんてことを言われるなんて思ってもみなかった。なんか不思議な気分だ。 「あなた名前なんて言うの?」 「ウサギ」 「そうじゃなくって」 「君が人間だからボクはウサギだろ?」 「はぁ?」 ウサギの言ってることはアリスの理解の範疇を超えていた。意味がわからない。 「ボクにしてみれば世の中なんて、ウサギかそうでないかの2つに分けられるんだ」 「はぁ?」 「だからボクはウサギなのさ」 「意味わかんない」 「そうだ、ここを真っ直ぐ行くとウサギではないのがいるよ」 ウサギの持つステッキの先は森の奥深くを指し示していた。 「あっちに誰がいるの?」 「ウサギではないのだよ」 「はぁ?」 「じゃあ、ボクは紅茶を飲みにお茶会に行って来るから」 ウサギはぴょんぴょん跳ねるように二本の足で歩き、どこかに消えてしまった。 残されたアリスの頭の上には『?』マークがいくつも浮かんでいる。世の中には不思議なこともあるものだ。 「……そうだ、夢だった」 アリスは再び歩き出した。今度はウサギが教えてくれた方向に歩いてみたのだが、なにやら歌声が聞こえてくる。 今度アリスの前に現れたのは歌を歌っている以外は普通の3匹のリスだった。 「こんにちわ、あなたたち何で歌なんて歌ってるの?」 3匹のリスたちは歌うのを止め、順々にアリスの方を振り向き話し始めた。 「リスだって時には歌いたくなることだってあるさ」 「リスが歌を歌うのは変かい?」 「歌わないリスがいるんだから、歌うリスもいるに決まっているだろ?」 決まっているだろと言われても困る。歌わないリスがいるから歌うリスもいるなんて理屈今まで聞いたことがない。 「そんな理屈わかるわけないでしょ!」 また3匹のリスたちはアリスの言葉を受けて順々に話し始めた。 「わかるわけないなら、その逆もあるさ」 「わからないの逆はわかる」 「だから君もわかるさ」 余計わからなくなった。 さっきのウサギといい、このリスたちといい、この森にいる動物はみんなこうなのだろうか? だったら早くこの森から出たい、頭がおかしくなる前に……。 「この森の出口を教えて欲しいんだけど?」 またまた3匹のリスたちはアリスの言葉を受けて順々に話し始めた。 「入り口があったなら出口もあるさ」 「でも、入り口が無かったなら、出口もないね」 「出口がないなら、探しても見つからないよね」 質問をしてまともな答えが帰って来ないことは察しがついていたハズなのに、質問をしてしまった自分をアリスはひどく後悔した。 こんなリスと話していても日が暮れてしまうと思い、アリスはリスたちに何も言わず再び歩き出した。 アリスの後ろでは、またリスたちが歌を歌い始めた。 リスの歌声が聞こえなくなり程なくして、アリスの目の前に、まるで彼女を最初から待っていたように、羽を生やした小さくて可愛らしい妖精が現れた。 その妖精を見た瞬間、アリスは思わず声を張り上げた。 「あっ!!」 アリスは驚いて声を張り上げたのだが、その理由というのが、この妖精と全く同じ妖精を絵本で見たことがあるという驚きからだった。 大きな声を出して驚いたアリスに一瞬ビックリしたようすの妖精だったが、すぐに笑顔でアリスの顔の前まで羽をはためかせ飛んで来た。 「人間さんこんにちわ」 この時アリスは『ははーん』と思った。 この妖精の絵は、小さいころお母さんに読んでもらった絵本の挿し絵に描いてあった妖精と同じで、さっきの王子さまも、その絵本で見たことがあったような気がする。 絵本の話の内容と題名はよく思い出せないけど、きっとこの夢はその絵本をモチーフにしたもの何だとアリスは思った。でも、あんなウサギやリスは絶対出てこなかった。つまり絵本どおりでもないということだ。 「人間さん、あなたはなんでこの森の中にいるの」 「あたしの名前はアリス。超一流の美少女魔法使いで、妖精のお姫さまが怪物に捕まったと聞いて助けに来てやったの」 アリスはまた適当なことを言った。でも妖精はアリスの言ったこと全部を鵜呑みにしてしまった。 「それは、それは、では妖精の隠れ里まで私が案内しますのでついて来て下さい」 こうしてアリスは妖精の隠れ里まで行くことなった。 妖精に連れられて、草木でできた小さなトンネルを赤ちゃんみたいにハイハイ歩きで抜けると、そこはトンネルとはギャップのある広大な妖精の住む里だった。 妖精の住む隠れ里には、ラッパのような形をした花が音楽を鳴らし、それに合わせて軽快に動いてリズムを取っている大きなキノコや空を飛び交う妖精たちが楽しそうにおしゃべりをしていた。ファンタスティック、まさに幻想的な世界がそこには広がっていた。 上や下や、はたまた左右を首が痛くなり目が回ってしまうほど、まさに見回しながらアリスが歩いていると、杖を付いたちっちゃな老人がアリスの前に現れた。 羽を生やして白ヒゲを蓄えた、ちっちゃくとも威厳のありそうな老人はアリスにしゃがれた声で話し掛けてきた。 「わしはこの里で長を務めておる者じゃ。おぬしがわしらの姫様を助けてきてくれると聞いたが、それは本当か?」 「お姫様なんて、あたしの魔法でちょちょいのちょいで助けてきてあげるわよ。まあ、アタシに任せとけばなんの問題もないわね」 「おお、それは心強いお言葉じゃ。どうか姫様のことを頼み申したぞ」 小さな老人が何度も丁重に頭を下げるので、余計に小さく見える。 そんなへりくだった態度の老人を腕組みをして不満そうに見つめるアリス。里の長たるものにこんなにまで頭を下げられているのにも関わらず、アリスは何に対して不満なのだろうか? 「こんな可憐でか弱そうなこのアタシが、危険を冒してお姫様を助けに行くんだから、ほら、何かあるでしょう?」 もし、本当にか弱いのなら、お姫様を助けには行かないと思う。それにアリスがか弱いなど到底思えない。 何かと言われても老人には心当たりがない。困惑してしまうばかりだ。 「何かと申しますと?」 「ほら、見返りとか、財宝とか、地位や名誉に権力とか、家とか車とかブランド品とか……いろいろあるじゃない」 いろいろあり過ぎだ。 老人は少し困惑したが、近くにいた妖精に言い付けてつるぎを持ってこさせた。 妖精たちは5人がかりでつるぎを持ってくるとアリスに手渡した。 「その剣はこの里に伝わる宝剣じゃ。これを差し上げる代わりに姫様を助けて下さらんか? もし、姫様を助けてきてくれた暁には、山ほどの財宝も差し上げましょう」 「まあ、しょーがないわね。今のところはこれで」 アリスは宝剣を鞘から抜くとぶんぶんと片手で振って見せた。 「重いわね、これ」 実は片手で女性が振り回せる品ではないのだが……アリスはそれをぶんぶん軽がると振り回している。この剣の重さ実に10kg以上はあるはずなのだが……アリス恐るべし。 アリスは剣を振っていてあることを思い出した。そう言えば絵本の中でこの剣を使って王子さまが悪い怪物を倒したような記憶がある。 だが、剣は受け取ったものの、自分はこの場ではチョー可愛い美少女魔法使いという設定なので、剣ではなくて魔法の杖はないのかと尋ねてみた。 「あのぉ〜、あたし魔法使いだから、剣じゃなくって魔法の杖が欲しいんだけど?」 「残念ながら、魔法の杖はこの里には御座いません」 「……気が利かない夢だなぁ」 「何かおっしゃいましたか?」 「いえ、別にこっちの話ですから」 自分の夢のクセしてなんて融通の利かない夢なんだとアリスは心の中では腹が立っていた。夢に腹を立てても仕方がないと思うが? 「今日のところはこの里でお休みになられて、明日の朝出発なさると良いでしょう」 老人はそう言うと、遠くにいた妖精を大声で呼んで手招きをした。 「おーい、パックや。こっちにおいで」 老人の声を聞きつけた可愛らしい男の子の妖精は慌てたようすですっ飛んで来た。 「な、なんですか?」 「お前にこの方の世話を任せるのでな、失礼の無いようにするのじゃぞ」 「えっ、俺が? ヤダ……っ」 男の子の妖精は慌てて一瞬口を押えると、すぐに再びしゃべりはじめた。 「喜んでお受けします」 「嫌なら他の者に代えてやってもよいぞ」 「俺がやります」 老人は再びアリスのほうへ顔を向けると、 「不束者[フツツカモノ]じゃが、きっとお役に立つと思いますじゃ。わからないことがあればこの者に聞いてくだされ。では、わしは家に戻りますので、これで失礼されて頂きます」 老人はアリスに深々と頭を下げて、ふわふわぁと家に飛んで帰ってしまった。 残されたパックは嫌な顔をしながらもアリスにあいさつをしてきた。 「俺の名前はパック、よろしくな。で、あんたの名前は?」 「アタシはアリス」 「アリスねえ……確かに顔は可愛いけど、遠くから長老様とのやり取りを見ていた限りは性格悪そうだな」 勘が鋭い妖精だ。いや、勘がどうこうではなく、あからさまにわかることかもしれないが……。 「あんたねぇ、ちょっと態度デカイんじゃないの? あんたらのお姫様助けに行ってあげるのよ、このアタシが!」 「うわっ、やっぱ性格わりぃな。こんな奴の世話役なんてまっぴらごめんだぜ」 「だったら、別に世話なんてしてくんなくてもいいわよ」 「長老様の命令だからしょうがねぇだろー」 どっちもどっちだ。どちらとも性格が悪いと思われる。 アリスのお腹が突然、ぐぅと鳴いた。 「なんだ腹減ってんのか?」 「そうよ、悪い? 本当は今日ケーキ食べに行くハズだったのよ」 「ケーキが食いたいのか?」 「そうよ」 「だったら早く言えよ」 「えっ?」 「着いて来い」 パックは自慢げな笑みを浮かべるとさっさと飛んで行ってしまった。 「待ってよ!」 アリスは剣を鞘に収めて急いでパックのあとを走って追った。 相手は小さな妖精だというのに移動するスピードが速い。きっと、飛んでいるせいなのだろうがアリスにしてみれば。あんたね、自分勝手もいい加減にしなさいよ、あたしは普通の人間で羽根なんて生えてないんだから、もっと気を使いなさいよ。と言った感じの表情をしている。表情をしているだけで本当にそう思っているかは別である。 だいぶ走ってついた場所は、御菓子がたくさん置かれたお菓子屋さん風の場所だった。 「アタシこの世界のお金なんて持ってないわよ」 「お金? ああ、人間の世界じゃそんなのがあるんだっけか。けど、この里じゃお金なんて物は存在しないのさ」 「じゃあどうやって買うのよ?」 「買う? 買うなんてとんでもない。お金が無いんだから買うわけないだろ。バカだなぁ」 バカという言葉を聞いてアリスのこめかみに血管が浮いた。今の一言はそーとー頭にきたらしい。 「今日はねぇ、図書委員の仕事で呼ばれてケーキは食べにいけないわ、本棚の整理してたら本の下敷きになるし、こんな世界に来るはめになるし、今は長い距離走らされて、終いにはバカ呼ばわり? ふざけんじゃないわよ!!」 アリスの両手は小さなパックの身体を握りつぶすかの如く、パックの身体を強く握っていた。 「まあ、まあ、放してくれよ。いいこと教えてやるからさあ」 パックの身体から手がすっと放された。アリスは『いいこと』という言葉に弱かった。 「何いいことって?」 「この里にある物は人間の世界の言葉でいうとタダなんだよ」 「えっホント!? タダ!?」 ものすごい満面の笑顔を浮かべるアリス。さっきまで怒っていた人物とは思えないほどの変わり身の早さだった。アリスは『タダ』という言葉にも弱いらしい。 「だから、ここにあるお菓子も全部タダってことになるんだよ。どうだ、気に入ったか?」 「じゃあここにあるお菓子好きなだけ食べていいってこと?」 「おうよ、いくら食べてもなくならないからな」 「ホントにホント?」 「ホントにホント」 「うわぁ〜、うれしい〜v」 この時すでにアリスの頭の中はお菓子のことでいっぱいになってしまっていた。 キノコでできたテーブルと椅子。アリスは椅子に腰掛けてさっそく注文を取りに妖精がやって来た。 「ご注文は何になさいますか?」 「じゃあ、取り合えず……有りっ丈持ってきて」 「マジかよ!?」 横でアリスの言葉を聞いていたパックは驚いて目を丸くしてしまっている。 「だって、妖精サイズなんだからどうせ小さいんでしょ?」 「とんでもない。おまえなぁ、さっき御菓子が並べられてる棚見ただろ? 妖精用の小さいのもあったけど、その横に大きいやつもあったろ?」 「そうだった?」 「ここにはなぁ、ホビットも食べに来るから人間が食べるのと同じくらいの大きさのもあるんだよ」 「ホビットってなによ?」 「小人のことだよ」 「小人? ならどうせ小さいんでしょ?」 「おまえ人の話聞いてないだろ?」 アリスはパックの話など本当に聞いていなく、注文を取りに来た妖精に改めて全部持って来るように注文した。 注文を取りに来た妖精は少し躊躇[チュウチョ]しながらも、アリスに言われるままに店の奥へと消えていった。 しばらくして御菓子が次々と運ばれて来た。クッキーやケーキなど洋菓子が何人もの妖精によって運ばれてくる。その御菓子は全て人間の世界のものと形も大きさも変わらなかった。 アリスは運ばれて来たケーキに手を付けて、口に一口運んだ。 「おいしい〜v」 その味は人間の世界とは比べ物にならないほど美味しいものだった。 川の流れのように止まることなく運ばれてくるお菓子を次から次へとお腹の中に納めていくアリスをパックは唖然としながら見ていた。 「ホントにこいつ人間かよ!?」 パックがこう漏らしてしまうのも無理もない。今のアリアは人間掃除機、いや、人間ブラックホールだった。 長いこと止まることなく動いていたアリスの手が、紅茶を飲み干したところでやっと止まった。 「ふう、腹八分目っていうからね」 「ぶはっ!」 パックは思わず口の中の紅茶を吹き出してしまった。 「な、なんて言った!? これだけ食べて腹八分目だって!?」 「そうよ、今ダイエット中だしね」 アリスの身体――特にお腹をじーっと見るパックの表情は人間ではない別の物体を見る眼差しだった。 ケーキだけでも80は食べていたハズなのに……それはこの身体のどこに消えたのだろうか? 有名な科学者たちにも解けない謎だろう。 「この幼児体型の身体のどこに消えたんだ?」 しみじみ頷きながらパックはなおもアリスのお腹を見ていた。 「幼児体型は余計よ!!」 アリスは自分の幼児体型をすごく気にしていた。だが、元の世界ではそれが人気を呼んでいたのだが……。 深く息を付きながらお腹を擦り、アリスは空を見上げた。綺麗な青い空だなっと思っていた刹那、突然、空は重々しい曇り空に一変して轟音が鳴り響き辺が薄暗くなった。 どうしたのかと妖精たちは一斉に驚き慌てふためき、走り回ったり、震え上がる者もいた。 「ガーッハハハハ!!」 そして、大きな笑い声と共に空中にフォログラム映像のような巨大な怪物の顔が写し出された。 怪物は褐色の肌をしていて、頭には羊のような角を生やしていて、鋭く尖った牙を口元から覗かせていた。 「な、なにがあったの!?」 アリスは急いでフォログラム映像が映し出されている真下に走り寄った。 近づくと、より一層怪物の巨大さと不気味さが伝わって来る、のが普通の反応だが、アリスにはこんな怪物どうってことなかった。 「あんたなに者?」 上空の顔は小さなアリスを睨みつけるようにして大きな口を開いた。 「オレ様は、とても恐ろしくて強い怪物の王様だ」 「あんたね、自分でとても恐ろしく強いなんて言うなんて、ホントはすごく弱っちいんじゃないの!」 確かにアリスの言うこともありえる。自ら『とても恐ろしく強い』などと言うなど、信憑性に欠ける発言だ。 「お、オレ様が弱いだと、そ、そんなこともう一度でも言ったら、お姫様がどうなっても知らないからな!!」 と凄みの効いた声で脅し文句を言ってはいるが、気持ちが動揺して焦った感じがあからさまに伝わって来る。アリスも言うとおり弱っちいのかもしれない。 「あんたね、焦ってんのが丸わかりなのよ。あー恥ずかしい。悔しかったら、こんな映像なんかじゃなくって、ちゃんと掛かって来なさいよ、いつでも相手してあげるわよ」 と言ってアリスは尚も強気で、やれるもんなら、やってみろと言った感じで、あっかんべーを怪物にしてやった。 それを見た怪物は、慌てたようすで、 「と、とにかく『星見の塔』で待ってるからお姫さまを助けに来い」 と言って、怪物の映像は重々しい雲と一緒に逃げるように消えてしまった。 アリスはこれは自分に対する挑戦だと受け取り、仁王立ちで拳に力を込め、お姫さま救出に対しての熱い闘志をめらめらと心の中で燃やした。 だが、熱はすぐに消火された。 「……あれっ?」 ふと、アリスの頭に考えが浮かんだ。 自分の読んだ絵本にこんな展開は無かったような気がする。妖精の里に突然怪物が現れるなんて、絶対絵本の中では描かれていなかった。ましてやあんな怪物なんて出てきた覚えなんてなかった。 「夢だし、別にいっか」 案外結論はすぐに出された。アリスにとってこの世界で起こることは全て『夢だから』で解決されしまう。 お姫様救出を一時は意気込んだアリスだったが、長老も言っていたように今日はこの里で休ませてもらい、次の日の早朝に星見の塔に行くことにしようと思った。 「……あんな変な怪物相手にしたら、お腹空いちゃった。また、ケーキ食べに行こ」 「マジかよ!?」 アリスの横で一部始終を見ていたパックは唖然とした。またケーキを食べるなんて信じられなかった。それにあのやり取りとお腹が空くのは別問題だと思ったが、それはとり合えず心の中に留めて言わないことにした。 翌朝アリスが里を出ようとすると、パックが急いで後を追いかけて来た。 「おい、俺のこと置いてく気かよ!」 「置いてなにも、あんたついて来るの?」 腕組みをしながら仁王立ちで相手を見下す目。アリスに通っている学校では、このポーズのことをアリスポーズと呼んでいるらしい。 「おまえなぁ〜、星見の塔の場所知らないだろ?」 「ああ、なるほど」 アリスはポンと手を叩いて納得して、 「じゃあ連れてって」 「なんかその言い方ムカツクなぁ〜、でもそれが俺の役目だからな」 パックはイヤイヤながらもアリスを連れて森を抜けて、二人は湖のほとりまで出た。 周りを木々に囲まれた湖の中心に天高くそびえ立つ星見の塔。妖精のお姫様はここに囚われているらしい。 「あんな湖の真ん中どうやって行くのよ。ボートとかないの?」 「これだよ、これ。これで飛んでくんだよ」 パックは当然のように自分の羽を指差して飛んでいくのだと言った。 「あたしのことバカにしてるんの? あたしに羽が無いの見ればわかるでしょ!? わかったら、どうにかしなさいよ」 「人間って不便だなぁ。ボートかなんか探してくるからここで待ってろ」 パックは嫌そうな顔をしながらもしぶしぶボートかなにかが無いか探しに飛んで行ってしまった。 「全く段取りが悪いのよ。ボートくらい用意しておくのが普通でしょ……ん?」 茂みの奥から物音がした。 「もう帰って来たの?」 パックが帰って来たのではないかと思い、その方向を振り向いたのだが、そこにいたのは可愛らしい妖精とは似ても似つかない、怪物だった。パックの性格は可愛くないが……。 毛むくじゃらの怪物は肩を落とし猫背の姿勢で口からよだれを垂らしながらアリスをギロギロした目で見ていた。アリス曰く、2本足で立つ狼。 アリスはそんな怪物を見ても動じず強きな態度で、 「気持ち悪い目で見ないでくれる? さっさとどっか消えて!」 と怒鳴って怪物を追い払おうとした。 当然だが怪物もアリスの言葉には動じない。それどころかアリスをより一層睨みつけ、唸っているのかしゃべっているのかわからない低い声で威嚇をしてきた。 「ぐるぅぅぅ……外から来た奴は……外に帰れ……さもないと殺す」 「外? 夢の外ってこと? あたしだって帰れるんだったら帰るんだけど、この夢覚めないのよね」 「……ここは夢ではない」 「夢じゃないってどういうこと?」 夢ではない。ここでアリスの頭に導き出される回答は、玉藻先生の実験に巻き込まれたという可能性。その実験に巻き込まれて異世界に飛ばされたという可能性は否定できない。1ヶ月以上前から同じクラスの加護ハルカが謎の失踪をした時に真っ先に疑われたのも玉藻先生だった。 「ぐるるぅぅぅ……知らずにここに来たのか?」 「気付いたら森の中だったのよ! 帰り方なんて知るわけないでしょ!」 「ここは絵本の世界だ……正確には幻実空間[ファントム・リアリティ・スペース]……という場所だ」 「幻実空間?」 「……我々は人々の夢や希望を……奪うため……まずは絵本の世界を……支配することに……した」 幻実空間、夢や希望を奪う、絵本の世界、アリスは話の半分も理解できなかったが、わかったこともある。 「とにかくぅ〜あんた悪い奴なんでしょ? てゆーか、見た目からして悪そうだもんね。わかった、わかった、あんたのこと倒せばいいんでしょ?」 「ぐるるるるぅぅぅ……」 怪物の唸り声は凄みを増していた。アリスのせいなのは明白だ。 「全部どうでもいいから、掛かって来なさい!」 アリスはもらった宝剣を鞘から抜き、空いてる手で怪物を挑発しながら手招きをした。怪物を目の前にして対した度胸である。 毛むくじゃらの怪物はアリスに挑発されるまでもない。2本の足で立っていた怪物は前足で地面を蹴り上げアリスに襲い掛かって来た。 アリスは全く動じない、それどころか余裕すら感じられる表情をしている。 鋭い爪がアリスの顔に振り下ろされようとしたその時、怪物の心臓を輝く刃が貫いた。アリスが一刀を決めたのだ。 怪物は咆哮を上げた。身体にひびが入り、見る見るうちにその身体は砂のように散って跡形も無く姿を消してしまった。 「見た目より弱っちいのね」 カッコよく剣を振り回してから鞘に収めると、勝ち誇った顔をしてアリスポーズを決めた。今アリスは自分に陶酔している。 そんな一部始終を見ていたパックは物陰からひょっこり顔を出すとアリスに声を掛けた。 自己陶酔中に横から声をかけられたので少しムッとしたようすのアリス。 「なによ、もしかして全部見てたの? だったら早く助けなさいよ!」 「助けなくても十分強いじゃんか。お前ホントに女かよ……人間かも怪しいよな。人間の面被った怪物じゃないのかホントは?」 「こんなチョー可愛い女の子に向かって怪物だなんて失礼よ。謝りなさい!」 自称ちょー可愛い女の子だが、今の顔は鬼よりも恐い。 「ごめん、ごめん謝るよ。それよか、あっちにボート見つけたから早く行こうぜ」 パックの見つけてきたボートは木製2人乗りの手漕ぎボートだった。 「なにこれ? モーター付きのボートとかなかったわけ? もしかして、このあたしに漕げって言うんじゃないでしょうねぇ?」 「おまえ以外に誰が漕ぐんだよ。俺の身体とオールの大きさ比べて見ろよ、どっちが大きい?」 「そんなの比べなくたってわかるわよ。……ったく、しょうがないわね」 アリスは愚痴を溢しながらもボートに乗ると、自らの力でボートを漕ぎ始めた。 塔まで距離はおよそ300m。女性の力でボートを漕ぐとなると、なかなかの距離だ。だがアリスは難なくボートを快調なスピードで進めて行く。アリスの腕は細い、そのどこにこんな力があるのか? 世の中には化学で解明できないチカラが存在するものだ。 円柱形の塔の高さは約100〜150mくらいで、外壁は白一色で窓は一つも無い。 その塔の水面との接触部分には門があり、ボートでそのまま入れるようになっていた。 門を潜るとそこは、朝だというのに日の光も通さず、いくつもの蝋燭が空に散りばめられた星々のように輝き、塔内を照らしていた。 「まるで宇宙の中にいるみたいね」 「俺もここに入ったのは初めてだけど、すっげぇな」 塔の内部は外とはまさに別世界と呼べる場所だった。目隠しをされてここに連れてこられたら、ここが塔の内部だとは誰も信じないに違いない。ここ小宇宙だ。 螺旋階段が塔の上まで続いている。その階段を使って上へと昇るアリスたちの姿は宇宙を歩いているようにさえ見える。 階段を上り終え、塔の天辺に出た。外は夜の闇に包まれていた。 「あれっ?」 アリスは辺りを見回した。塔の中に入る前は確かに朝だったハズなのに、いつの間にか外は夜になっていた。 パックはくるりと辺りをひとっ飛びして戻ってくると、 「本当だったんだな。この塔の天辺はいつでも夜なんだよ、だからいつでも星を見ることができる。それで星見の塔って呼ばれてるんだ」 「ふ〜ん、それはわかったけど……お姫様はどこ?」 「ガーッハハハハ!!」 馬鹿笑いがした方向をアリスたちが振り向くとそこにいたのは!? 「なにあれ?」 アリスは思わず、そこにいた奴に指を差してしまった。 「『あれ』とはなんだ、オレ様に失礼だぞ!」 声には迫力感と凄みがあるし、顔もそれなりに恐かった。だがスケールが小さかった。そこには1mほどの身長の2頭身の怪物がいた。 アリスはある意味衝撃を受けて言葉を失ってしまった。妖精の里で見たこいつはあんなにデカかったのに……実際のこいつときたら……小さい。 「ガハハハハ、オレ様の迫力にビビって声も出ないようだな!」 「…………」 アリスとパックは確かに声が出なかった。別の意味で……。 だがパックはついに耐えかねて、思いっきり大口を開けて笑い出してしまった。 「ははははっ、なんだよコイツ!? もっとすっげぇヤツかと思ってたら……ぷっ」 「きゃははは、そーよね。アタシももっと違うの想像してたのに……頭でっかちはないでしょ〜」 ついにアリスもパックにつられて大笑いを始めてしまった。それを見た怪物の顔は見る見るうちの赤く膨れていく。だいぶ頭に来たようだ。 「キサマら、よくもオレ様のことをコイツがどうなってもいいのか!!」 怪物は自分の後ろに置いてあった鉄製の鳥カゴを取り、二人に見せ付けるように前へ突き出した。そのカゴに入っているモノを見てパックの目が大きく見開かれた。 「姫様っ!」 鳥かごの中に入っていたのは、囚われの身になっていた妖精の里のお姫様だった。 「パック、あなたが来てくれたのですね」 妖精の姫の声はまるで風が歌っているようだった。 「ガハハハ、キサマらが少しでも変なマネしたら、このお姫様が痛い目を見るぞ!」 「あんたね、卑怯よ!! 卑怯、卑怯、卑怯、卑怯、卑怯、卑怯!!」 そんなに何度も言わなくてもいいと思うが、怪物には堪えたらしい。 「う、うう、そんなに卑怯って言うな!! 作戦だ、作戦!」 「どっちでもいいわよそんなの。さっさとお姫様返してくんない?」 アリスは剣を抜き、その切っ先を怪物に向けた。怪物はアリスに襲い掛かってくると思いきや、やはりこの怪物はスケールが小さい。 「オレ様は平和主義者だ。だから今日のところは見逃してやるから、帰れ」 「はぁ? なに言ってんのよ。あんたやっぱり弱っちいんでしょ?」 前回に引き続き『弱っちい』と言われた怪物は、また焦った表情を浮かべた。 「お、オレ様が弱いわけがないだろ! オレ様はとても恐ろしくて強い怪物の王様だぞ!!」 自称とても恐ろしくて強い怪物の王の口調はしどろもどろだった。アリスは確信を深めた。 「あんた、弱い。絶対弱い。弱すぎ」 戦ってもいないのに『弱すぎ』というのもなんだが、確かに弱そうな感じはする。 「帰れ、帰れ、帰れ、帰らないとこのお姫様の……」 ふと、妖精のお姫様を閉じ込めているかごを見た怪物はなぜかパックと目があった。愛想笑いを浮かべるパック。 「どーも」 「こりゃどーも」 怪物もなぜだかパックにあいさつを返した。 「じゃ、俺は行くから」 そう言ってパックはお姫様の手を引いて飛んで行ってしまった。かごに掛けてあった鍵が開いている――逃げられたのだ。 「……逃げられた!?」 それを悟った怪物は、次に自分の死を悟った。 一筋に煌く線の先には剣を振り下ろし終わったアリスが立っていた。 怪物の身体はひびが入り、最期は『アリスの左砂』によって粉々に砕け散った。スケールの小さい怪物にはお似合いの終わり方だった。 「さ〜てと、妖精の里に帰って宝物貰わなきゃ。……パック?」 パックがいない、パックだけじゃないお姫様の姿も見当たらない。――それどころではなかった。 「!?」 ここは星見の塔の天辺ではなかった。 「どういうこと?」 いつの間にかアリスは別の場所にいた。星見の塔の屋上に似て暗いが、ここのほうがもっと暗い。闇だった。 この時ばかりはアリスも多少は動揺した。 闇の中にあるのは自分だけ、自分だけが見ることができる。不思議な闇だった。 「まったく、なんなのよ〜っ?」 大声で叫ぶが、それは誰にも届かない。でもアリスは内心ちょっと安心した。この闇が声までもかき消してしまいそうだったからだ。 だが、問題の解決にはならない。この状況は森の中で目覚めた時より悪い。 「サイテー」 そう最低だった。 アリスポーズを取ったアリスは考える。まず、これは夢ではないらしいということ。夢にしてはリアリティがあり過ぎるし、湖で倒した怪物もそんなことを言っていた。 現実空間とはいったい何なんだろうか? きっとそれが元の世界に帰る鍵に違いない。 しばらくして、アリスの前に何かが現れた。頭には小さめのシルクハット、茶色い毛の上にジャケットを羽織り、手にはステッキを持ち、首から懐中時計をぶら下げていた。 アリスはそれが何なのかがすぐにわかった。 「あ、あの時のウサギ」 「やあ」 アリスはウサギと会話をしたのはこれが二度目の経験だった。 ウサギはアリスとのあいさつが終わると遠くを見つめ何かを待っているようにぼーっとし始めた。あの時とまったく同じだった。 「なにしてるの?」 「べつに」 この会話も同じである。 「別にって……今度は絶対別にじゃないでしょ、こんなところで!?」 「たしかに、ウサギなこんなところにいるのは変だね」 「自分でわかってんじゃない」 「なるほど、ボクは自分で理解しているのか」 「あんたの言うことって、ホントさっぱり」 「それはきっと君がボクじゃないからさ」 「はぁ?」 アリスはなにがなんだかもうわからなかった。ウサギのしゃべっている言葉が日本語なのかと疑ってしまうほどに。 「じゃあ、ボクは時計を動かしに行くから」 ウサギはぴょんぴょん跳ねるように二本の足で歩き、どこか行ってしまおうとした。 「あっ、ちょっと待ってよ」 アリスは手を伸ばしウサギのあとを追いかけたが、ウサギとの距離はどんどん離れていく――。 ウサギはそれほど早く移動しているようには見えない、けれでアリスは追いつくことはできなかった。そしてアリスはついにウサギに追いつくことは無かった。ウサギはアリスの視界から完全に姿を消してしまった。 けれでもアリスはウサギを追いかけ続けた。そして、身体全身を不思議な感覚が襲った。それはまるで何か薄い膜のような物を突き抜けた感じ……。 ――目が覚めるとそこは図書室だった。 自分が本棚に押し潰された場所と全く同じ場所。ただ、倒れたハズの本棚は元通りに戻っていた。 どこからどこまでが現実だったのかわからない。服装も学校の制服に戻っているし、あの世界での出来事が本当にあったのかは疑わしい。 だが、アリスにとってはそんなことどうでもいいらしい。 「あ、もうこんな時間。家か〜えろ」 図書室の時計に目をやったアリスは何事もなかったように図書室をあとにした。 元の世界に戻ったアリスには普段通りの生活が待っていて、これからその普段通りの生活が、普段通りに始まる。 あの世界での出来事は白昼夢のように……。 アリスがゆく! おしまい ツイン’ズ総合掲示板【別窓】 |
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