AM9:13――。
時雨の訪れた情報屋はツインタワーと呼ばれるビルの中にその店を構えていた。
ツインタワーとはその名に由来するとおり、同じ形をした地上100階建ての二つのビルが並んで立っていて、そのビルの中にはありとあらゆる店が軒を並べている。
通称ウェストビルと呼ばれるビルには一般人の利用する、デパートや映画館などの店が軒を並べているが、向かい側にそびえ立つ通称イーストビルはコアな帝都市民の巣窟と化していた。その理由はイーストビルの中にある店がどれも特殊極まりないからである。
イーストビルの中には怪しげな魔導具を取り扱う店や探偵事務所、軍事兵器を横流しする店から暴力団組織のオフィスまでとありとあらゆる帝都の裏の顔がそこにはあった。
情報屋はイーストビルの46階にそのオフィスを構えていた。この情報屋は帝都一の実績と高額料金で有名な店だった。
時雨がオフィスの中に入ると受付嬢が時雨に向けてニッコリと微笑み軽く会釈をした。
「おはようございます、時雨様。今日は何の御用でしょうか?」
受付嬢の歌うような声が静かなロビーに響き渡り、まるでここだけ春が来たような清々しさに包まれる。
「えぇとー、真くんに会いたいんだけど」
間延びした声が静かなロビーに響き渡る。それはまるで少し寝ぼけた天使の歌声のようだった。
受付嬢の頬が少し赤らんだ。なぜなら、時雨が自分を仔犬のような瞳で見つめているからだ。時雨の表情は眠気に満ち溢れていたが、その顔は中性的な美しさに満ち溢れており、その瞳で見つめられた者は誰しもその若者に恋心を抱いてしまうほどである。
彼の美しさは帝都でも有名で人々の中には彼のことを『帝都の天使』と呼ぶ者もいた。そんな彼に見つめられてしまった受付嬢は言葉を忘れ時雨の顔をうっとりしながらただ見つめるだけだった。
時雨は軽く咳払いをして、
「あのぉ真くんに会いたいんだけど……」
天使の声を聞いて我に返った受付嬢は〝はっ〟とした表情をして照れ笑いを浮かべた。
「あっ、すいません、社長なら自室で妄想に耽っていると思いますけど……」
「ありがとう」
時雨は受付嬢に対して満面の笑みを浮かべた。それは彼女にとっての痛恨の一撃であり、それを受けた受付嬢はその場に失神してしまった。彼女が時雨の笑顔で失神したのはこれでちょうど100度目のことだった。
帝都の天使は機械だらけの部屋の中にいた。部屋の壁は金属でできており、部屋中を無数のプラグや何に使うのかまったく見当のつかない機械がゴロゴロとしていた。
部屋の真ん中にはプラグを全身に繋がれた男が座っている。その男は変な機械を頭から目元まですっぽりとかぶっている。
そして、部屋の上空にはソフトボール位の金属製のボールが二つ、忙しなく動き回っていた。
時雨は床に張り巡らされるプラグを爪先立ちで軽やかに踏まないようにして、部屋の中央に座っている男に近づき声をかけた。
「真くーん、おはよう」
少し大声で呼びかけをしたが返事はなかった。返事の変わりに返ってきたのは奇怪な言葉だった。
「あぁ時間が見える。おぉっと、そこで右フックだ、いやむしろかぼちゃだろ……次回に続くのかぁぁぁー!!」
真くんと呼ばれた男は完全にトリップしている真っ最中だった。
「はぁ、いつもこれだよなぁ」
少し呆れた表情を浮かべている時雨にも気づかない様子の真は頭をガクガクと揺らし、どこかに飛んでいる。
真と呼ばれた人物は頭から目元まですっぽりとかぶった装置によって、帝都のありとあらゆる情報を瞬時に検索し映像として取り出すことができる。
真は深く呼吸をした。
「時雨か、今日は何の用だね」
こいつ切り替えが早い、と時雨はこの時思った。
「なんだ、気づいてたんだ」
「当たり前だ……ん? 顔色が優れんようだがどうした?」
真は頭から目元まで変な機械をかぶっているが相手の姿が手にとるように見ることができる。それは、この部屋に浮かんでいる小型カメラのおかげである。このカメラは真専用のカメラなのだが、彼はこのカメラ以外のカメラが映し出す映像も瞬時にアクセスすることができる。
アクセスできるカメラはネットワークに接続されているカメラにかぎられているのだが、カメラ以外のものでもネットワークに繋がれていれさえいればどんなものにもアクセスすることが彼には可能だった。
時雨は真ではなく、上空に浮かぶカメラに話しかける。
「大雪が降っててさ、ここまで来るの大変だったんだよ」
真はネットワークに入り込み、帝都の現状について検索をした――。
「ふむふむ、帝都は今までにないほどの大雪に見舞われているのか……すごい吹雪で前が見えん……気温がマイナス33度! ……こりゃ寒い」
真は完全にアッチの世界に逝ってしまった。そんな真を細い目で見る時雨。
「……あのさぁ」
真は時雨の声に呼び戻されコッチの世界に無事生還して来た。
「すまん、すまん、所で今日は何の用だね」
「今、世間をお騒がせしてる、生命科学研究所から逃げ出した実験サンプルが何処にいるか調べてほしいんだけど」
「帝都公園のスケートリンク」
「はやっ!!」
真は時雨の質問を瞬時に答えて見せた。
「辺りまえだ、このニュースは帝都で今一番の話題の的だからな、つねに最新の情報にアクセスしている」
「ありがとう、情報料は勝手にボクの口座から引き落としといて」
「もうお帰りか?」
時雨は真に手を振りながら部屋を後にした。
「おぉっと、サバンナモンキーがぁぁぁっ!!」
時雨が部屋を出たとたん真はすぐにトリップしていた。
「帝都在住S子さん38歳の証言によると……何ぃ、家政婦は見ていただと!?」
真のトリップはどこまでも、どこまでも続いた……。
ツインタワーと帝都公園は目と鼻の先だ、歩いて5分とかからないハズ……だった。
「吹雪で前が見えないー、何処なのここは、もう10分も歩いてるのに何で着かないのー」
そして、結局時雨は帝都公園まで15分の時間を要してしまった。
「どこだサンプルは……」
吹雪は激しさを増し、寒さも一段と厳しくなっていた。
「……何にも見えない」
そう、何も見えなかった。そして時雨の左半身も雪によって見えなかった。
「……気温が急激に下がった、しかも吹雪が激しさを増してる……近くにいるってこと?」
敵の気配を感じ、体勢を整えようとするが身体は腰まで雪に埋もれ俊敏な動きができない!
ドゴッ! 時雨は背中に激痛を覚えた。
「不意打ちなんてツイてないよ……ぐはっ」
白い雪が紅く染まっていく。
「姿なき暗殺者って感じだなぁ」
そう言いながら時雨はコートのポケットから手に収まるぐらいの棒を取り出し、それに付いているボタンを押した。すると棒の先端から閃光が飛び出した。
閃光はまるで刀のような形をしていた、まるでそれはビームサーベルのようであった。
「……右かっ!!」
そう言いながら時雨はビームサーベルを横に大きく振った!
グゲェッ!!
妖物の愚声が辺りに響いた。――白い雪が見る見るうちに蒼く染まっていく、しかし、そこには妖物の姿はなかった。
「浅かったか……でも奴の血で居場所が分か……らないじゃん」
吹雪のせいで雪に零れた血はすぐにかき消されてしまっていた。
「ツイてなさすぎるよ、はぁ」
時雨は肩を深く落とした。
「帝都警察は来てくれないのかなぁ? ちゃんと都税分働いて欲しいよね……っ次は左か!」
時雨はビームサーベルを横に振ったが身体がかじかんで動きが鈍ってしまった。その一瞬を付いて妖物の攻撃が時雨の左腕を抉る。
「くっ! ……あぁボクの大切な血が……最近ちょっと貧血ぎみなのに……あぁ眩暈が」
時雨は体制を崩し、雪の中に身体が埋もれた。
「はぶっ! このままだと、死んじゃうかも……寒さで」
雪を盛大に撒き散らしながら時雨は天高くジャンプした。すると、耳元で雑音交じりの機械音が聴こえてきた。
「寒さでかよ! といちようツッコンでおいたぞ」
どこからともなく聴こえてきた声を瞬時に誰のものか時雨判断し、その人物の名を大声で叫んだ。
「真くん!?」
「そのとおりだ、一部始終を真ちゃんカメラ1号2号でバッチリと観ていた」
時雨が横を見るとそこには2台のカメラが浮いていて、真の声はそのカメラに取り付けてあるスピーカーから発せられていた。
「だったら、早く声かけてよ」
たまたま天高くジャンプしたから真のカメラに気づいたものの、そうでもなければ一生気づかなかっただろう。
雪に着地した時雨はすぐさまビームサーベルを華麗に舞うように一回転転しながら振り回し、自分の周囲半径2メートルほどの雪を除雪した。
膝に手を付き肩で息をする時雨に真がそっけない感じでぽそっと呟いた。
「……後ろ」
「えっ!?」
後ろを振り返ったときはもうすでに遅かった。妖物の一撃が時雨の胸を切り裂いた。
「ぐはっ!! ……言うのが遅いよ」
「出血大サービスだな」
「この状況でそれはシャレにならないよ……ぐはっ」
「だいぶ困っているようなので手を貸してあげよう、無論特別料金だがね」
「じゃあ。エンリョしときます」
時雨は謹んで真の申し出を断った。
「死んじゃうよこのままじゃ、キミぃ~」
真の言うとおりだった。時雨の身体から流れ出た血の量は常人であればもうとっくに意識を失っているほどの出血量であった。
「……必要経費で落とせば問題ないか」
「商談成立だな、それでは――。標的は1時の方向10メートル先、時速20キロメートルで10時の方向に移動……左から来る気か……30メートル先……20メートル…10…5」
時雨は自分の左側に突き刺すように斬り込んだ!
ウゴォーーーーッ!!
妖物の咆哮が辺りにこだまする……。
吹雪は治まり一瞬にして空は澄んだ青色に染まった。温かい光が時雨を包み込む。
「私が手を貸したら呆気なく終わってしまった」
真の声は少しつまらなそうな感じだった。
「終わったぁ……はぁ」
時雨の身体からは力が抜けそのまま前に倒れて雪の中に身を投じた。
「寒い。……あったかーい、お茶が飲みたいー!!」
「お茶ならば、前方にある自販機に売っているぞ」
「えっ、ほんと!」
その言葉に時雨は瞬時に起き上がり、前方に向かって走り出した。
最初自販機は雪に埋もれていていたが時雨がやっとの思いで掘り出した。
「はぁ、やっとお茶が飲めるよ……あれっ」
時雨はポケットの中に手を突っ込んで何かを一生懸命探している。
「どうした?」
真の声がスピーカーから時雨に問い掛ける。
「財布……財布がないー!」
「はっ?」
「財布、落としたみたい……ぐすん」
「確実に雪に埋もれてるな」
「ツイてなさすぎだよ」
「寒い、まだ身体があったまんないよ、うーさむっ」
「なるほど、私と別れた後のことはわかった」
時雨は自室でこたつでお茶をしながら、紅葉と話していた。
そこにお茶菓子をおぼんに乗せたハルナがメイド服で現れた。
「紅葉さん、かりんとうお好きでしたよねぇ~」
「嫌いじゃない」
出されたかりんとうを口に放り込む紅葉を見ながら時雨は仔犬のような瞳をした。
「ボクのツイてなさ加減がわかってくれたなら、報酬上乗せしてくれませんか?」
時雨の仔犬の瞳攻撃は紅葉にはさして効果はなかった。
「考えてはおこう」
「ケチっ」
ぷぅ~と顔を膨らませた時雨を見たハルナはふとこんなことを言った。
「その表情をすると似てますよねぇ~、やっぱり」
「誰に?」
時雨が不思議そうな顔をするとハルナはかりんとうを指差した。
「この人ですよぉ~」
この言葉にお茶を飲もうとした時雨の手が止まった。
「かりん……ね」
明らかに遠い目をしている。時雨は明らかに遠い目をしていた。
そんな時雨を尻目に紅葉とハルカはかりんとうを口に運んでいる。
だが時雨はかりんとうを食べる気がしなかった。そこで時雨はかりんとうの入った入れ物を何気に人差し指でズズズッと押して自分から遠ざけた。
それを見ていたハルカが不思議そうな顔をした。
「テンチョ、かりんとう嫌いなんですか?」
「今から〝苦手〟になった」
無言で紅葉がかりんとうの入った入れ物を時雨の前まで押し戻した。
それを見た時雨は身体をぶるぶるっと振るわせた。そんな様子を見た紅葉は口元を少し吊り上げた。
「なぜ、そんなに君の妹……ふっ、失礼、弟のことを嫌うのだ?」
「嫌ってなんかないよ、ただ苦手なだけ」
やはり遠い目、時雨は遥か遠い目をしていた。
「えぇ~っ、なんでですかぁ、あんなに可愛いのにぃ~」
「……それが問題」
紅葉が突然こたつから出て立ち上がった。
「私は研究のレポートを書かなくてはならんので帰らせてもろうぞ。あぁそうだ、君の運は通常どおりに戻っているはずだからもう心配する必要はない」
「はぁ?」
「雪玉のお返しだ」
「紅葉ぁーお前の仕業かぁ!」
「いいレポートが書けそうだ」
時雨は紅葉を捕まえようとこたつから出たがそこにはもう紅葉の姿はなかった。
「……せめて、財布の中身ぐらいは上乗せして」
外からは子供たちが雪で元気に遊ぶ声が聞こえてきたしかし、時雨の気持ちはまだ吹雪の中にあった。
「寒い……こたつ入ろ」
「えっ、どうしたんですかぁ~?」
ぽかんと口を開けるハルナを他所に時雨はこたつの奥底に入り、ぶるぶると何かに怯えるように身震いをしていた。
翌日、時雨が銀行の口座を調べると報酬とは別に落とした財布に入っていた金額がちゃんと振り込まれていたという。
snow 完
†駄文†
今回のお話では雪をコンセプトに置いて、そこにいろいろと肉付けしていった訳ですが時雨くん紅葉くんのいい実験材料にされてしまいましたねぇ。
突然ですが、紅葉と時雨の職業についてちょっとだけお話。
まず紅葉の職業ですが、彼は帝都大学の教授さんで魔術や怪奇現象や妖物の研究を主にしているそうです。
時雨の職業は2つあって、本業は雑貨店の店長さんで副業がトラブルシューターなんです。
命[ミコト]ちゃんって名前が作中に出てきましたが、彼女は次のお話『魔女っ娘マナ』のゲストキャラで出演しています。
彼女は神威神社の神主さんで喋り方がちょっと独特です。
個人的には好きなんですけど、サブメインキャラなので出番が今の所なくて、ちょっと悲しいですね。
え~と、書き直している際にリンクを増やしてしまいました。
不自然すぎるのでわかり易いですよね。
そのリンクがわかった方は『エデン~夏凛の章~』を読んでやって下さい。
今回の改訂で過筆したのは、ハルナちゃん登場・時雨って雑貨屋さんの店長だったんだ・かりんとうの3つが主です。
あと細かいのもありますが、わかる人なんていないと思いますので言いません。
それでは次の作品でお会いしましょう。