第2章001
 眩しい光を瞼に感じ、俺はゆっくりと目を開けた。
【渉】「……夢だったのか?」
 辺りを見回した俺ははっとして慌てて立ち上がった。
 学校の制服についた蒼い草と大空。
 ここはどこかの大平原だった。
【渉】「これが夢か?」
 記憶が曖昧だった。
 さっきまで俺は学校の屋上に桜井と二人でいたハズだ。
 桜井が2つペンダントを1つにして、それで桜井が俺の頬にキスを……。
 いや、違う。
 キスはしなかった。
 あの時、桜井が2つのペンダントを1つにしようとした時、当たりが激しい光に呑み込まれて……。
 いや、それが夢か?
 じゃあ、ここは?
 どれが夢でどれが現実だったか思い出せない。
 とにかく、俺はこんな大平原に来た覚えはない。
 これは確実に夢だと思う。
 夢にしてはちょっとリアルな感覚がするけど、たまにはそういう夢も見ると思う。
 じゃあ、桜井が俺にキスしたのは現実だったのか?
 でも、激しい光に包まれたような気もするし……。
 だとすると、激しい光に包まれて俺は気を失ったってことか?
 それでこの夢の中ってことなのか?
 たぶんそうだな、それが一番納得できるな。
 つーことは桜井にキスされたのは夢だってことか……すんげえ残念だ。
 青々と茂った草原の上に寝転び空を仰ぐ。
 爽やかな風を吹き、陽の光が心地よい……なんて思っていたのも束の間だった。
 地面が微かに振動しはじめたかと思うと、それはだんだんと大きくなり、やがて轟々と大地が地響きを上げた。
【渉】「……なんだ!?」
 アリみたいなちっこいのがこっちに来る。
 砂煙を上げるアリの軍勢はやがて大きくなり、それが人を乗せた馬の軍勢だとわかった時には、俺は草の上から身体を起こして走る体制を取っていた。
【???】「この辺りに住む者か!」
 誰かに声を掛けられて俺が後ろを振り向くと、そこには馬に乗り甲冑を来た少女がいた。
【???】「いや、それにしては奇妙な格好をしているな」
【渉】「……あ、俺は……」
【???】「とにかく私の敵でないのなら乗れ!」
 少女の声は切迫していた。
 確かの状況としては切迫しているに違いない。
 何しろ甲冑を着た奴らを乗せた馬の軍勢がこっちに迫ってくるのだから。
 少女の差し出したグローブをはめた手に掴まり、俺は馬の後ろに乗せてもらうと、少女は手綱を力強く握り直し馬を走らせた。
 後ろを振り返ると軍勢がこっちに攻めて来ているのが見えた。
【渉】「あいつら俺らを追って来てるのか?」
【???】「我らなど眼中にないだろう。狙いはこの先の村だ」
 俺たちを乗せた馬は大きく横にカーブし、軍勢から大きく距離を離していく。
 そして、やがて軍勢は横に進路に変えた俺たちなど構うことなくまっすぐと直進を続け、いつしか遥か地平線に消えてしまった。
 少女は馬を止めて、俺は軍勢を見送りながら声をあげた。
【渉】「なんだよ、ありゃー?」
【???】「やつらのことを知らんのか?」
【渉】「知るわけないだろ」
 俺の言葉を聞いて少女は疑いの眼差しで俺のことを見つめた。
【???】「貴様は何者だ? どこの国の者だ? どうやってここまで来た? 馬もなく荷物もなく奇妙な格好をしているが……私と来い、聞きたいことが山ほどある」
 質問をまくし立てられるようにされ、最後には自分について来いと言う。
 俺の頭は混乱し、なに答えていいかわからなかったが、とにかくわかることはこんな平原にひとり残されても困るということだ。
【渉】「ついて行くには行くけど、それは客人として迎えられるということか?」
 ちょっと心配したことがあった。
 もしかしたら相手によく思われてなくて、捕虜にされるような気が少し頭を過ぎった。
 不安な顔をしていた俺を見てか、少女はニッコリと笑って俺に手を差し出した。
【???】「私の名はユウナという、そちの名はなんと申す?」
 俺は差し出された手と握手をして名前を答えた。
【渉】「俺の名前は麻生渉」
【ユウナ】「アーソーワタル? やはり名も変わっているのだな、この当たりでは聞かん名だ」
 ユウナとかさっきの軍勢を見る限り、『中世ヨーロッパです』みたいな感じだもんな。
 俺のこと変わってるっていうのも無理ないな。
【ユウナ】「まあよい、とにかく話は私の屋敷でゆるりとしよう。少し馬を飛ばす、しっかりと私につかまっておれ」
 ユウナはそう言うと手綱を引き、馬は大地を蹴って疾走した。
 振り落とされないように慌てて俺はユウナの腰に腕を回す。
 女の子の身体に密着してすんげえドキドキする。
 しかも、ユウナの髪の毛からいい匂いがして、俺はノックアウト寸前。
 ああ、幸せ……。

 馬に乗せもらって、草原を抜け、多少は舗装してあるっぽい街道を馬が走る。
【ユウナ】「前に人がいるな」
 道の先を見るユウナの視線を俺も追って見た。
 すると、そこには3匹の馬と3人の男がいて、1人は地面に横になって寝ていて、その周りに心配そうな顔をして2人が立っていた。
【渉】「病人か?」
【ユウナ】「そうかもしれない、馬を止めて話を聞こう」
 ユウナは馬を3人の男たちの近くに止めて馬を降り、俺もすぐに馬から降りた。
【ユウナ】「どうしたのだ、病人か?」
【男A】「これはこれは領主様の娘様でねえですかい?」
 ユウナって領主の娘だったんだ。
 つーか、この男3人ってどっかで見たことある顔だな。
【男B】「へい、こいつか急に腹痛を起こしやがって」
【ユウナ】「そうか、それは災難であったな。腹痛に効く薬をちょうど持っているから、今出してやろう」
 ユウナが3人の男に背を向け、馬に吊るしてあった皮袋に手を掛けようとしたその瞬間だった。
 寝ていた男が急に飛び起き、残りの2人の男と共に3人でユウナに襲い掛かったのだ。
【渉】「危ない!」
 俺が叫ぶまでもなかった。
 危険を察したユウナは襲い来る男たちを軽やかに避け、素早く腰から長剣を抜き1人の男の喉元に突きつけた。
【ユウナ】「私を襲うとは貴様ら何者だ!」
 喉元に切っ先を突きつけられた男は冷や汗を流しながら脅えた声を出した。
【男A】「お、俺たちは金で雇われただけでさあ。だからお命だけは……」
【ユウナ】「誰に雇われたのか言え!」
【男A】「変な男に金をやるからって頼まれただけで、そいつの素性は一切知らねぇんだ本当によ」
【ユウナ】「目的は私を殺すことか、それとも……」
 ユウナが口ごもり少し男から視線を下に外した瞬間、男はユウナの剣から逃げだして腰に挿してあった短剣を抜いた。
 そして、俺がそれに気を取られていると、突然俺は2人の男に後ろから羽交い絞めにされ、喉元に短剣を突きつけられてしまった。
【男A】「形勢逆転だなお嬢ちゃんよ」
【男B】「おっと、少しでも動くとこの男の命はないぜ」
【ユウナ】「その者は私とは無関係だ、放してやってほしい」
【男C】「一緒に馬に乗って無関係だなんて馬鹿な話があるかい!」
【男A】「まずは剣を捨てて、お嬢ちゃんの持ってる“ペンダント”をこっちに渡しな」
【ユウナ】「やはり狙いは私の持つペンダントか」
【男B】「わかったらさっさと剣を捨ててペンダントを渡せ、早くしないとこの野郎をぶっ殺すぞ!」
 俺の喉元に突きつけられていた短剣がより一層突きつけられる。
 マジで殺される。
 ……あ、そうだ、これって夢だったんだ。
 自分が夢の中にいる時って、それが夢だってなかなか気づかないんだよな。
 夢の中だったら殺されようがなにしようと平気か。
 ユウナは剣を捨てて、自分の首に掛けていたペンダントを外して見せた。
【ユウナ】「これを渡せば、その者を放してくれるのだな?」
 ペンダント差し出すユウナに3人の男が気を取られてる間に、俺は自分を羽交い絞めにしていた男から逃げ出した。
 だが!
【渉】「うあっ!?」
 俺の腕から鮮血が飛び散った。
 痛い。
 痛い、痛い、痛い!!
 なんだよ、これって夢なのになんでこんなに痛ぇんだよ!!
 自分の腕から流れる血を見て、自分の顔が蒼ざめていくことがわかった。
 夢のなのに痛い。
 痛みと混乱で地面にしゃがみ込んで、頭が真っ白になっている俺に男が短剣を振り下ろそうとしている。
 そのことに気づいた時には避けることを思いつきもしないようなパニック状態だった。
 キン!
 俺を襲おうとしていた男の持っていた短剣が宙を舞う。
 ユウナだ、ユウナが俺を救ってくれた。
 真っ白になってる俺の頭に剣と剣が交じり合う甲高い音が聞こえ、やがて男たちの叫び声が聞こえたかと思うと、馬が走り去っていくのが見えたような気がする。
 俺の頭は少しづつ冷静さを取り戻そうとしていた。
 これは夢だ。
 夢は脳が見せているものだから、もしかしたら痛みだって感じることがあるかもしれない。
 でも、もしかしたら……。
 いや、そんなはずがない。
【ユウナ】「大丈夫かワタル!?」
 ある考えが頭に浮かぶ……。
【ユウナ】「私の話を聞いているか? 大丈夫だ、この程度の傷ならば止血はすぐにできる」
 そう言ってユウナは自分の持っていたペンダントを傷ついた俺の腕にかざした。
 あ、そのペンダントは……。
 ユウナのペンダントは淡い光を放ち、俺の傷口を見る見るうちに塞がり、やがて薄っすらと筋が残る程度までになった。
【ユウナ】「思ったよりも傷が浅かったようだ」
【渉】「そのペンダントは……?」
【ユウナ】「ああ、このペンダントか。このペンダントは不思議な力を持っているのだ。このペンダントのことは他言しないでくれ、と言ってもこの辺りでは私がこれを持ってることは有名な話だが」
 そのペンダントに見覚えがる。
 見覚えがあるってもんじゃない。
 俺が持ってるペンダントと同じだ。
 いや、正確にはユウナの持ってるペンダントは2つで1つになっている。
 そういや、俺のペンダントは……?
 俺が自分の首筋に触ると、そこにはチェーンの感触があった。
 ペンダントは俺の首にあるみたいだけど、ここでユウナに俺のペンダントのことを言うべきなのか……今はまだ黙っていた方がいいかもしれない。
【ユウナ】「私事にアーソーを巻き込んでしまってすまなかった」
【渉】「アーソーじゃなくって、渉って呼んでもらった方がいいんだけど?」
【ユウナ】「では、これからは改めてワタルと呼ばせてもらおう。私の屋敷はもうすぐそこだ。さっ、馬に乗ってくれワタル」
 先にユウナが馬に乗り、俺はユウナの手を借りて馬に乗った。
 馬が走り出し、ユウナの髪が風に遊ばれ、俺の鼻にいい香りを運んでくる。
 馬に揺られながら、ちょっぴり俺の心は夢心地。

 ユウナが『ここから屋敷の敷地内だ』と言ってから、どのくらい馬を走らせたのだろうか?
 この広い敷地を庭と言うべきなのかどうかはさて置いて、前方にユウナの住む大きな屋敷が見えてきた。
 領主の娘とか言ってたけど、やっぱ想像どおりのすんげえ屋敷だな。
 馬を馬小屋に置いて、前を歩くユウナの後をただ着いてくだけだった。
 まじかで屋敷を見ると、やっぱ改めてすんげえと思う。
 こんな屋敷はテレビでしか見たことないし、たぶん日本じゃお目にかかれないな。
 刹那んちの屋敷とどっちがすんげえんだろ……刹那んちって見たことないけど、刹那んちの方が凄そうだな。
 ここにある屋敷はあくまで常識内の、中世ヨーロッパにでもありそうな古いお屋敷ですって感じだもんな。
 大きな扉を潜り、玄関ホールに通された俺はまず上を眺めた。
 広い玄関ホールと高い天井、2階へ続く階段が意味もなくデカイ。
 と建物自体は豪華な感じがするんだけど、メイドさんのお出迎えもなかったし、値段の高そうな調度品もなく、部屋が広いだけで殺風景な感じだった。
【ユウナ】「私は着替えを済ませてくるので、少しこの場で待っていてくれ」
 ユウナが姿を消して、しばらくしてから人の気配がしたので俺がそっちの方を見ると、見覚えのある男が立っていた。
【渉】「彰人!?」
 どっからどう見てもそこに立ってるのは彰人だった。
 でも、なんか違う。
【???】「誰だ貴様は? 敵かそれとも誰かの客人か? 最近は屋敷に出入りする者が多すぎて把握できんな」
【渉】「俺は、その、ユウナにここに連れて来られて……」
 俺が説明に困っていると、着替えを済ませたユウナがこの場にやって来た。
【ユウナ】「ここにいたのかアラン。貴公を探していたのだ」
【アラン】「この男は何者だ?」
 そう言って彰人のそっくりさんであるアランは俺のことを親指で指差した。
【ユウナ】「名前以外はまだ聞いていない。詳しい話を聞きたくて、この屋敷に連れて来たのだ」
【アラン】「見るからに怪しそうな奴だがな」
【渉】「俺のどこが怪しんだよ」
 ……前言撤回。
 ガッコの制服姿の俺はこの場に置いて浮いた存在だってことを忘れてた。
【アラン】「見るからに怪しいと思うがな。少しでも可笑しな真似をした時は殺すのみだが」
 『殺す』という言葉が俺の胸に突き刺さった。
 普段は『殺す』なんて言葉は冗談に過ぎないけど、アランの目はマジで、腰にもちゃんと短剣らしきものが据えてあった。
【ユウナ】「私の客人に向かって物騒なことは言わないでくれ」
【アラン】「ユウナはそう言うところが甘い。どこの馬の骨とも知れぬ者を屋敷に連れてくるなど、考えが足りないとしか言いようがない。ユウナのお父上殿が病に倒れられている今、多くの命がユウナに委ねられていることを忘れてもらいたくないな」
【ユウナ】「済まなかった。だが、私の目にはこの者が悪人には見えない」
【アラン】「善人の面を被った悪人がこの世の中に幾人いると思っている? とは言ったものの、確かにこの者の間抜け面を見ていると悪人には見えんな」
【渉】「俺のどこが間抜け面なんだよ!」
【アラン】「全てだな」
 グサッ!
 この野郎性格悪い……つーか、俺をけなすとこが彰人にそっくりだ。
【ユウナ】「こんなところで話していないで、サロンでゆっくり話そう」
【アラン】「あの話についてもユウナから聞かねばならんしな」
【ユウナ】「……思っていたよりも侵攻が早いようだ」
 小さく呟いたユウナの声は重かった。

 ゆったりとした椅子に座らされた俺は、とにかく質問責めにあった。
 ここで俺は考えた。
 普通に質問に答えるべきか?
 普通に質問に答えていたら、話がこんがらがるような気がした。
 どこから来たかと言われたら、学校の屋上にいたハズだったとか、日本から来た、みたいなことを答えるしかない。
 そこで俺は記憶喪失のフリをすることにした。
【ユウナ】「どこの国の者だ?」
【渉】「それがよく覚えてなくて」
【アラン】「覚えてない? 怪しいな……」
【ユウナ】「覚えてないとはどういうことなのだ?」
【渉】「自分の名前とかは覚えてるんだけど、どこに住んでたとか、なんであんな平原にいたのかとか、ぜんぜん覚えてなくて……」
【ユウナ】「記憶喪失?」
【アラン】「いや、嘘をついているだけかもしれない。こいつがスパイという可能性は十分にある」
 疑り深い。
【渉】「」


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