第13話 二人の未来
 眩しい光をまぶたの上に感じて私は目を覚ます。
 心配そうな顔をしてみんなが私を見ている。なんか罪悪感を感じちゃうな……。
「……ごめん、みんな」
 そう……ごめん。今までのこと、今まで私がしたこと全部覚えてる……、さっきまでの私は私じゃなかった。だけど直樹♂を殺そうとしたり、学校壊したり……みんなに迷惑かけちゃったな。
「ごめんじゃないだろ、俺を殺そうとしたり、学校壊したのもおまえだろ!」
「だから、ごめん」
 なんかいろいろとわかっちゃったような気がする。私ってここにいちゃいけないような気がする。この世界にいちゃいけないんだ。
 私は時雨直樹の偽者。あっちの方が直樹らしいもん。だから私は戻らなきゃいけない。

「直樹、こっちのナオキちゃんはどうするつもりなのぉん? ひとりに戻るなら手伝うわよぉん」
 玉藻先生は今か今かと注射器を構えている。
 ……そうだな。ひとりに戻るのか……でも、こいつは俺じゃない。こいつはこいつで生きてるんだよな。顔は同じだけど……それ以外は違うよな……。
 遊羅が不安そうな瞳で俺を見つめているのに気付いた。
「どうした遊羅?」
「お姉ちゃんに何かするの?」
 遊羅は姉ができてすごく喜んでいた。母親も喜んでいた。このままでいいような気がする……このままで全部うまく行く様な気がする。
「妖狐先生、戻して欲しい。もちろん直樹♂ベースで」
 はっ!? 今なんて言った。

 これが最善な道なんだと思う。
「もともとひとりだった人が元に戻るだけだから……私は消えてもいいと思う。でもちょっと寂しいかな、遊羅ごめんね」
「お姉ちゃん、どうしたの? どこかに行っちゃうの?」
「そんなところかな。うん、遊羅に逢えてよかったよ、みんな逢えてよかった」
 でも、私がいるとみんなに迷惑かけちゃうからな……だから……私は……。
「……本当に……それで……ぃぃの?」
「!?」
 ビックリしたぁ〜。宙か、って宙がなんでうちにいるの……てゆーか、これって不法侵入?
「……不法侵入じゃなぃ……ぉ母さんに入れてもらった」
「私のことも忘れないでよっ!」
 美咲まで……。
「私もだ」
 愛まで……。
「あのぉ〜、僕たちもいるんですけど」
 真ちゃんに椎凪に鏡野さんまで、それに真ちゃんにぴったりくっ付いてる女の子まで? みんなどうして?
 椎凪は髪の毛をかき上げながら、腕をバシッと伸ばした。その手に握られていたのはビニール袋。
「君の家で鍋をやるっていうからみんなで一品ずつ材料を持ってきたんじゃないか?」
 鍋……そういえば今晩は鍋って言ってたっけ? でもどうしてみんなが?
「……鍋は……みんなで食べるのが……ぃぃ」
 もしかして宙が呼んだの?
 小さく宙はうなずいた。
 私の肩に誰かがそっと手を乗せた。見上げるとそこには直樹♂がいた。
「別にこのまんまでいいんじゃないか? 世界征服とか、もうする気ないだろ?」
 直樹♂はそう言いながら鍋の準備を始めているみんなを見ていた。
「ホントにいいのかな?」
「さぁ、テキトーに言っただけだからな」
「それは直樹♂らしい」
 でもよかった。なんかホッとした。こいつにそう言ってもらえるのが一番ホッとする。

 わかんねぇな。これでホントにいいのか?
 でも、今はそんなことより鍋だな。鍋食うぞ鍋!
「みんな何もって来たんだ?」
 俺の言葉に順番に持ってきたものを出す。
 まず、椎凪が持ってきたのは『しらたき』、真ちゃんは『とうふ』、美咲は『ネギ』、星川は『高級和牛』、鏡野さんは『エノキ茸』、愛は『高級鴨肉』、宙は『マヨネーズ』?
「なんでマヨネーズなんか持ってきてんだよ!?」
「……冗談……ホントはコッチ」
 そう言って宙がビニール袋の中から取り出したのは、な、なんとカレーのルーだった。
「ってオイっ。鍋にカレーのルーは入れないだろ」
「……マヨネーズと一緒に入れると……おしぃかも?」
 それに関してはノーコメントだな。味覚はひとそれぞれだからな。俺はカレーにマヨネーズかけて食う奴を知っているが、鍋にカレー味の鍋にマヨネーズをかけて食う奴は知らない。
「……アタシも……知らなぃ」
 宙の手がバッと動きアリス人形が突き出された、そのアリス人形はスーパーの袋を持っていた。
「コレが本物ダ、コノヤロー!」
 アリスの差し出した袋を俺は受け取り中を見ると、白菜が入っていた。よかった普通の物も持ってきてたのか。
 これだけ俺としてはまだまだ材料が欲しいとこだが、これだけあれば十分だろ。よっしゃ、煮込むぞ!
 そんな感じでいつの間にか鍋パーティーが始まった。つまり戦いの火蓋が斬って落とされたわけだ。
 煮えたぎるスープの中で鮮やかに色を変えてゆく高級和牛に俺を目をつけた。もうすぐだ、もうすぐ食べごろだ。
「今だっ! !」
「フッ」
「何っ!?」
 俺と同じ肉を狙っていたやつがもう一人いたなんて……。俺が手を伸ばした瞬間、向かい側の席に座っていた椎凪が自慢のフェイシングを生かしやがって俺の肉を横取りしやがった。
 仕方ない、他の肉を食べるとするか……。
「ってもう肉がない!?」
 肉はすでに取られていた。この貧乏人たちがっ! 肉を先に取るんじゃない! !
 みんなおいしそうに肉食いやがって……みんな……あれっ、俺’と遊羅がいないぞ、どこいったんだ?

 こうやって空を見るのも久しぶりだな……。
「お姉ちゃん何してるの、風邪引いちゃうよ」
「あっ、遊羅」
 夜空に気を取られていたせいかぜんぜん近づいて来るのに気付かなかった。
「お姉ちゃんお鍋食べないの?」
「遊羅だって食べないのか?」
「お姉ちゃんが心配だったから」
「私はネギが嫌いだから」
 ネギが嫌いなのはホントだけど、ここにいるのはただ空を見たかっただけ。そう、全部あの空から降ってきた謎の発光物体が原因だった。だから空が見たくなったのかもしれない。
「ん?」
 遊羅の腕が私の腕に絡んできた。妹体温が直に伝わって来る。あたたかいな……。
「ねぇお姉ちゃん、今日は一緒にお風呂入って一緒に寝ていい?」
「いいよ」
「本当に? やったー、うれしいv」
 遊羅が私の腕を強引に引っ張ってどこかに連れて行こうとする。
「えっ何?」
「ほら、早くお風呂入ろうよぉ」
「今から? まだ早いと思うけど」
「いいから早く入ろー」
 ……ま、いっか。

 肉取られてしょーがないから、だし汁ばっか飲んでたらトイレ行きたくなっちまった。
 あれっ、俺’と遊羅だ。廊下で会うなんて二人でどこ行ってたんだ?
「あっ、お兄ちゃん」
「二人でどこ行ってたんだ?」
「ヒミツだよ。ねっ、お姉ちゃん?」
「直樹♂、ちょっと嫉妬したとか?」
「別にぃ〜」
 たしかに俺’の言うとおりちょっと嫉妬してる。妹を取られた気がして……でも、遊羅のうれしそうな笑顔を見ると別にいっかって思う。
「ねぇ、お兄ちゃんも一緒にお風呂入ろーよ?」
「はっ!?」
「これからお姉ちゃんとお風呂に入るんだけど、お兄ちゃんもどう?」
「え、遠慮しとく」
 こ、高二と中二の女子と、い、一緒に入れるわけ、な、ないだろっ!
「お兄ちゃん顔赤いよぉ」
「よからぬ想像でもしたんだろ?」
「してないっ! !」
 ちょっと強く返しちまった。これじゃー認めてるのと同じじゃんか。
 玄関のほうでドアの開く音がした。
「ただいま〜」
「あ、お父さんだ」
 遊羅がいち早く反応し玄関へ走って行った。そして、少し経って遊羅が親父と腕組みしながら俺たちの前に帰っきた。
 親父と俺らとが目を合わせる。眼鏡の奥の目が徐々に開かれていく……。
「直樹! ! おまえ双子だったのか!?」
 家族揃って同じ反応……親なんだから、双子かどうかぐらいわかるだろ。
 俺と俺’は顔をしかめながらも同時にうなずいて見せた。話がそれでまとまるなら別にいーか。
「そうか、双子だったの!? でどっちがどっちだ?」
「俺が直樹」
「私が直樹」
「二人とも直樹っていうのか偶然だな。でも、呼ぶときに困るな」
「こっちが俺’」&「こっちが直樹♂」
「よし、こっちが直樹一号でこっちが直樹二号だな」
 なんだよその呼び方。しかも俺が二号かよ。
 ピンポーンっとまたもチャイムが鳴った。これ以上誰が来るんだ?
 ガチャっと勝手にドアが開けられ、黒ずくめの人たちっていうか黒子が荷持つを持って乗り込んできた。その後ろから鏡花さんが!?
「みなさんこんばんわ」
「……なんスか?」
「愛様から鍋の材料が切れたので持ってくる様に言われましたので、お届けに参りました」
親父が目を丸くして鏡花さんの肩を掴んだ。
「何ぃ〜鍋だと!」
「日本各地の厳選素材をご用意致しました」
「それは本気って書いてマジか! こうしてはおられん、鍋と聞いてはこの鍋奉行が黙っていられるかっ! !」
 親父はそう言って戦場へ向かって行った。鏡花さんも続いて頭を下げると黒子の一団と行ってしまった。
 なんか騒がしい夜だな。でも楽しきゃいいか。
「お姉ちゃん早くお風呂入ろーよ」
「あ、そうだった」
 あ、そうだった。俺もトイレ行こうとしてたんだった。
 ――なんか、この日はみんな騒ぐだけ騒いだ挙げ句、疲れきった表情で帰って行った。でも、みんないい表情してたよな。

 ――数日後。
「直樹、また直樹♀が校内で暴れているぞ」
 俺が教室で机の上で寝ていると愛が声を掛けて来た。それも最悪の内容だ。またあいつ暴れてんのかよ。
「どこで暴れてんの? 連れて行ってくれるか?」
「ついてこい」
 学校消失事件から三日で学校は再建された。この驚くべきスピードを実現したのは愛のバックに付いている大きな力による所が強い。
 なんだかんだで俺と俺’は双子って設定で落ち着いて今じゃ同じ学校に通ってるんだが……やっぱその設定には無理があって、直樹クーロン人間説とかいう噂が流れて、うちの学校の七不思議がいつの間にか八不思議になってたりする。
 俺’のこの学校での人気は上々で登校初日からファンクラブができたくらいだ。女子生徒にも人気が高いけど、やっぱりファンの大半は男みたいだな。でも、あの顔って俺だぞ、顔と性格がちょっと違うだけだろ。
「あぁ〜、今日もハデにやってんな俺’は」
「早くどうにかしろ」
「どうにかしろって、いつもなんで俺が処理しなきゃいけないんだ」
「生徒会の仕事の一環だ。それにあれの扱いは直樹が一番手馴れてるだろ」
 ったく、ここんとこ毎日だ。
 俺’は玉藻先生のクスリを飲ませれて変になって、また玉藻先生のクスリで元に戻った。……かと思われたんだが、たま〜にっていうか、ここんとこ毎日だけど、発作が起きるらしくって……。
「は〜ははははっ、直樹♂よくきたな、待っていたぞ。今日こそ決着を付けようではないか! ! この勝負で勝った方が世界の王者として君臨するというのはどうだ?」
 医者(保健室の先生)がこの特殊なビョーキに付けた名前は『世界征服強迫観念症状』。漢字が羅列して実に読みにくい名前だ。
「俺’いい加減にしろよ! 授業が潰れるのはいいけど、毎回毎回おまえの相手しなきゃいけないのは俺なんだぞ」
「それはそっちの都合だ」
 ロケットランチャー!? 俺’はどこからともなくロケットランチャーを取り出すと肩に担いで俺に照準を向けた。
「なんでんなもん持ってんだ!?」
「妖狐先生が貸してくれた」
 だから、なんで玉藻先生はそんなもん持ってんだ。いつか見たステルスとかあのロケットランチャーとか……戦争とかする気か?
「は〜ははははっ、そんなわけで直樹♂よ、さらばだ! !」
「本気で撃つ気か!?」
 ズドォォォン! ! ロケットランチャーが火を噴き窓ガラスが大量に割れる音がした。
 ……死ぬかと思った。寿命は確実に縮んだ。
「なんたることだ間違えた。こっちが前だったか」
 こんな近距離で撃たれたら死んでたぞオイ。ロケットランチャーの前と後ろを間違えるっていう初歩的な間違えをしてもらって助かった。
「いったい何の騒ぎだ!」
「どうしたんですか!?」
 この騒ぎ二人の教師が駆けつけて来た。最初に来たのはベルバラことフェイシングが得意な体育教師の伊原尚美(いばらなおみ)先生。その次に駆けつけたのは古典教師の阿倍野聖明先生。てゆーか、この二人すでに戦闘態勢だし。
「は〜ははははっ、世界征服を目論むこの私に刃向かう気か。よかろうこのロケットランチャーで塵にしてくれよう」
 俺’はロケットランチャーを正しく構え直すと発射ボタンを押した。
「ま、待て……」
ズドォォォン! ! ドゴォォォン! ! 学校の一部が脆くも崩れ去った。
 そう、最近いつもこんな感じだ。もうひとりの俺が現れて以来苦労のない日はない。
 ホントにあの時の決断はよかったのかと今になって後悔している……けど、家族も友達もみんなあいつが来てから前より楽しそうな顔してるよな。やっぱよかったのかな……。まだ死者は出てないからな(苦笑)。
「は〜ははははっ、今外したが今度は外さんぞ! !」
 ズドォォォン! !
 前言撤回だ。俺の決断は間違っていた。
「ふざけんな俺’! ! 今日という今日は許さんぞーっ! !」
「……ばかばっか……クスっ」


 おしまい


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