神々の戦いの末に
 アウロの馬車に乗せてもらい、セイが四界王と来た場所は海のど真ん中だった。陸地の見えない大海原が続く。
 この場所には大勢の人々がいて、その人たちは背中に羽を持っていてセイレーンのようにも思えたが、セイはそれがすぐに〈小さな神〉の軍勢だと知った。この世界の〈小さな神〉が陸地の見えない海の上に集結していたのだ。
 セイを乗せる馬車の周りには四界王と闇神イーマが集結して話し合いをしていた。セイはその会話に耳を傾けていたが、会話に参加することはできず、空間が空いたらセイも一緒に中に乗り込むということだけ告げられた。
 しばらくして、純白の法衣(ほうい)を着た若い男性がやって来た。
「みなさんようやく集まりましたね。そちらのお子さんがセイですね、よろしくお願いします。そして、そちらで寝ていらっしゃるのがファティマですか、どこか〈砂漠の魔女〉の面影がありますね」
「ぜんぜんないしぃ〜」
 ツッコミを入れたのはゼークだった。
「ヒリカくんの目は節穴? アタシはどー見たってファティマ様の面影なんて感じないケド」
 ゼークの言うとおり、精霊ファティマを見た人々の反応は『これがあの……?』という反応ばかりだった。
 優しい笑みを絶やさないヒリカはファティマの寝顔を見ながら静かに言った。
「あのお方もここにいる者のように、可愛らしいお方でしたよ。それにゼークはこの者の側面しか見ていないのでは?」
「アタシが側面だけって、こんなお子様の精霊ちゃんがファティマ様と同等のわけないじゃん、ヒリカくんのば〜か」
 ゼークに莫迦と言われてもヒリカはただ笑っているだけだった。それを見たゼークは少しムッとしている。この二人の間にイーマが割って入った。
「はいはい、あなたたちは貴重な時間を無駄に使おうとしているわぁん。今私たちしなきゃいけないことは、さっさとゲートを開くことでしょ?」
「そうですね」
 と頷いたヒリカは天を指差した。
「ちょうどぼくが指差すあの位置が〈大きな神〉のいる場所と空間的に繋がっています」
 ヒリカが示した場所には何もなかった。今からそこに穴を空けるのだ。そして、作戦は開始された。
 作戦の内容は四界神と陰陽神の六人が無理やり空間をこじ開け、〈大きな神〉が住むと云われる〈最果ての地〉とここの空間とを繋ぎ、空かさず魔導砲を最大出力で打ち込む。その後に〈小さな神〉たちが〈最果ての地〉に乗り込んで総攻撃をかけるのだ。
 この作戦の要となっているのが魔導砲だ。しかし、セイが辺りを見回しても、その魔導砲らしきものが見当たらない。
「あの、魔導砲っていうのはどこにあるんですか?」
 セイがそう尋ねると、近くにいたゼークが答えてくれた。
「ああ、魔導砲ね。魔導砲はこの星の軌道上にあるのよ。つまり、空の上ね」
 ゼークは空を見上げ、セイも空を見上げた。
 空を見ながらセイは自分に問う。
 ――なぜここに自分はいるのか?
 知らない世界へ連れて来られ、知らない世界を旅した。
 多くの人と出会い、多くの人と別れた。
 だから、ここにいる。この世界が好きだから。この世界を守りたいから。
 四界王と陰陽神が宙で陣形を組む。その配置はちょうど線で繋ぐと六芒星(ろくぼうせい)の形であった。その六芒星の中心に〈最果ての地〉に続くゲートを空ける。
 六芒星の周りから四界王と陰陽神を残して、〈小さな神〉たちが退避していく。六芒星から遠く離れた場所で、セイも馬車の上からこれから起こることを見守っていた。
 馬車の上ではファティマがまだ深い眠りから覚めていなかった。
「ねえ、ファティマ起きてよ、大事なところなんだ」
 セイはファティマの身体を揺さぶったが、ファティマは全く目を覚まそうとしない。
「ファティマってば!」
 少しも反応がない。目を閉じて、微かに呼吸をしているだけだった。明らかに可笑しい。
 セイは慌ててファティマの身体を揺さぶるが、やはり目を覚まそうとはしなかった。
「起きてよ!」
 セイがファティマを起こそうとしている間にも、四界王と陰陽神はゲートを空けようとしていた。
 陽が辺りを照らし、風が激しく舞い、海が高波を上げ、大地を吼える。
 光がなければ闇は生まれず、闇がなければ光は輝きを失う。
 互いが互いの存在を確認し合うからこそ〈存在〉する。
 空に六芒星の光が浮き上がり、その中心の空間が避けていく。蠢く何かが避けた空間から現れる。それは〈混沌〉。形あるものとして他に〈存在〉を確認されていないもの。
 四界王と陰陽神が六芒星の光から急速に離れ、魔導砲を発射する合図がなされた。
 世界が静まり返り、セイは息を呑んだ――。
 何も起こらない。魔導砲が発射されないのだ。
 沈黙を破るようにアウロが叫ぶ。
「どうなってんだ! 早く撃て!」
 しかし、何も起きなかった。
 〈小さな神〉たちに動揺が走る。
 四界王や陰陽神が辺りの動揺を鎮めようとするが、その動揺は治まることを知らず、声が波のように巻き起こってしまった。
 空間に空いた穴が蠢いている。その蠢きは次第に激しくなり、神々の目はそこに集中された。そして――。
 穴の中から銀色の光が漏れ出し辺りを包み込んだ。
 セイは薄目を開けながら見た。穴の中から人が出てくる。銀色の翼を持ち、銀色の髪を風に靡(なび)かせる少女たちが出てくる。そう、幾人ものエムが〈混沌〉の中から次々と生まれ出てくるのだ。
 辺りは一気に戦場と化した。
 すでに開かれていたゲートは口を閉じ、〈最果ての地〉への道は閉ざされている。
 セイは馬車の中で身を屈めていることしかできなかった。
「ファティマ起きて、大変なんだ!」
 辺りが戦場に化そうとも、セイの声はファティマに届かなかった。
 エムの軍勢は〈小さな神〉たちを圧倒する数だった。明らかに神々が押されていた。神々が負ける。
 〈小さな神〉たちが次々と海の底に沈んでいく。
 全ては仕組まれていたとしか思えなかった。待ち伏せをされていたとしか考えられなかった。〈小さな神〉は〈大きな神〉の力を測り切れていなかったのだ。
 エムと応戦しながらアウロがセイのもとまで飛んで来た。
「おまえも戦え、魔導書を持つ魔導師だろ!」
「僕が……無理です、僕は魔導師なんかじゃありません」
「アウロさん危ない!」
 セイの目が見開かれ、アウロはセイの目の前で翼を斬られ海に落ちた。
 声すら出せないでいるセイは信じられなかった。アウロを斬ったのはエムではないのだ。闇神イーマだったのだ。
 大きな鎌を構えているイーマは静かに笑った。
「ごめんなさいねアウロ。貴方には怨みはないんだけど、わたしは生き残りたいから」
「イーマさん、どういうことなんですか!?」
 声をあげるセイは理解した。イーマは仲間を裏切ったのだ。
「わたしが協力すれば〈大きな神〉はわたしを殺さずに、次の世界でも闇神にしてくれる約束なのよ。ここにみんなを集めたのも罠だし、魔導砲が作動しなかったのもわたしがやったことよ」
「それは真かイーマ!」
 叫び声をあげたのは巨大ハンマーを振り下ろそうとしているディティアだった。
 油断していたイーマは振り向きざまにディティアの一撃を受けて海に沈んだ。
「大丈夫であったかセイ?」
 ディティアの言葉にセイは頷くが、動揺は隠せなかった。
「まさかイーマさんが裏切るなんて……」
「なにが正しいかは人それぞれなのだ。我輩はイーマの裏切りを責めはせん。我輩はわが道をゆくのみ」
「でも……」
「セイはここから逃げるのだ。そして、我輩たちの意思をできれば受け継いで欲しい」
 ディティアは馬の背中を叩きなにかを言った。すると、急に馬たちが走り出し、セイとファティマを乗せた馬車は戦場から離れようとした。
「ディティアさん!」
 セイが叫んだ時には、ディティアは何人ものエム相手にハンマーを振るっていた。
 この場から逃げたくないとセイは思った。でも、自分には力がなくて、なにをしていいのかわからない。魔法だって自由に使うことができない。でも、戦わなければならないと思った。
 歯を食いしばったセイは御者台に行って、馬の手綱をとにかく力いっぱい引いた。
「止まって!」
 馬は止まった。しかし、セイの言うことを聞いたわけではなかった。
 空の向こうで光が瞬いた。その光は徐々に大きくなり、誰もがそれがなんであるかを悟った。魔導砲が今になって放たれたのだ。
 宇宙から飛来して来た光は太陽よりも明るく輝き、大気圏を突き抜けて空気を燃やし、全てを呑み込みながら落ちて来る。
 魔導砲が大地に直撃する前に空気が揺れ、海も大地も揺れた。それはまるで全てのものが脅えるように――。
 轟々という凄まじい音を立てながら落ちて来る。
 今まで眠りに落ちていたファティマが急に起きだし空を見上げた。そして、輝く翼をはばたかせ、空に舞い上がると光となり、その光は世界中に散っていった。
「ファティマ!?」
 なにが起きたのかセイには理解できなかった。そして、そのことを考える間もなく、目を開けられないほどの光が地上に降り注ぎ、人々は空の上で何が起こっているのか、感じることでしか確認できなかった。
 セイは息を呑む暇さえ与えられなかった。
 魔導砲は地面に堕ちた。
 光は世界から闇を消し去り、全てを白い世界で包み、全てを呑み込んだ。


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