明かされる真実
 冷たい床の上でセイは目を覚ました。
 黄金色に輝く床と柱と壁。ここは全てが金色に輝く神殿のような建物だった。
 自分は死んで天国に来たのだとセイは思った。
 天から降り注ぐ魔導砲の光に抱かれ、全てが消えてしまった。あの状況で助かった者は誰一人いないと思う。だから、セイも自分が死んだのだと思った。
 床に手を突いてゆっくりと立ち上がったセイは辺りを見回した。
 石造りの広くどこまでも続く床の両脇には柱が立ち並び、その先には大きな扉があった。
 静寂の中にセイの足音が響き渡る。
 扉の奥に何があるのか――それが知りたかった。
 両手をゆっくりと上げて、セイは扉に体重をかけた。すると、扉は軋みながらゆっくりとその口を開けた。
 紅い絨毯が一直線に敷かれ、その先の玉座に座る男と傍らに佇む銀髪の少女。
 セイの顔を驚きの表情を浮かべた。
「エム!?」
 そう、男の傍らに立っていたのは〈大きな神〉の僕――〈光天の書〉に宿る精霊メシア・エムだった。
 エムの横に座る男を見たセイはもしやと思った。
「あなたが〈大きな神〉?」
 男は笑みを浮かべながら深く頷いた。
「いかにも、私が〈大きな神〉だ」
 あの世界ノースでノエルと呼ばれていた種族。そして、セイにとても酷似した種族。〈大きな神〉の姿は地球の人間に酷似していた。
 果たしてセイは本当に死んだのか?
「僕は死んだんですか?」
「いいや、君は死んでない。他の者たちは滅びたけどね」
 目の前にいる〈大きな神〉にしては神らしくないとセイは思った。口調も雰囲気も姿形も、全てが想像していたものと違った。目の前にいる神はどこにでもいそうな若い男だったのだ。
 他の者たちは滅びた。それはつまり、あの場所にいた〈小さな神〉たちが滅びたということだろうか。だとしたら、なぜセイは助かったのか?
「僕はなんで助かったんですか?」
「さあな、なぜだろうか……。ファティマの守護かもしれないな。それに私の住まいに君を転送したのもファティマの仕業だろう」
「僕にはなにが起きたのかわかりません。そこにいる彼女がいっぱい現れて、戦いがはじまって、空が激しく輝いて……?」
「あの後なにが起きたのか教えてあげよう。私はあの場所に集結した〈小さな神〉を一掃しようとした。それが目的だった。そして、私が魔導砲を撃ち、あの場所にいた〈小さな神〉のほとんどが滅びた」
「……そうですか。それで世界はどうなったんですか?」
「もちろん滅びた。今はただの荒地になってしまっている」
 全ては〈大きな神〉の手によって滅ぼされた。
 もう一度逢いたかった人々に二度と会えなくなってしまった。
 セイは言葉を失って床に膝を突いた。
 項垂れるセイを〈大きな神〉は静かな眼差しで見下した。
「生きる希望もないか? そうだな、君の居場所はこの世のどこにもないな。〈大きな神〉が君に救いを与えてあげよう。メシア・エム、彼の魂を解放してあげたまえ」
「御意のままに」
 ロンギヌスの槍を構えたエムが切っ先をセイに向けた。
 銀の髪が風に戯れて波を打った。
 左右色の違う蒼と翠の瞳がセイを見据えた。
 そして、エムは月のように優しく微笑みを浮かべた。
 ロンギヌスの槍が疾風のごとくセイを射抜かんとする。
 ――静寂。
 ――沈黙。
 ――叫び。
「ファティマーっ!」
 エムの叫びがあがった。
 セイの前に立つファティマの手には光の槍――ブリューナクが握られていた。
「ご主人様はボクのただひとりのご主人様なんだ。だから、ボクが必ず守ってみせる」
「……ファティマ」
 セイはゆっくりと顔を上げた。その瞳に映るファティマの姿。いなくなってしまったのだと思っていた。
 エムの身体を貫いていた五本の切っ先が抜かれ、エムは床に膝を突いた。その傷口からは煌く粉が流れ出し、エムの身体が徐々に消え溶け逝く。そして、床に前のめりに倒れたエムは煌く粉となって弾け飛んだ。
 静かに立ち上がる〈大きな神〉。彼の手には一冊の魔導書が握られていた。
「魔導書に宿る精霊の本体は魔導書そのものだ。つまり、エムは生きているよ」
 〈大きな神〉の持つ〈光天の書〉が輝き、その中から煌く粉が宙に舞い出てエムを形作った。
 ブリューナクを構え直したファティマがエムを見据えながら、静かに手を横に伸ばしてセイを守った。
「ご主人様、ボクの後ろに下がってて……。私が相手をしよう」
 何時になく真剣な表情をするファティマ。そう、精霊ファティマは大魔導師ファティマに人格が入れ替わっていた。
 エムがロンギヌスの槍を構え床を激しく蹴り上げる。それに合わせてファティマも飛んだ。
 重なり合う運命が唸り、弾き合う槍が叫び、二人は激しく荒れ狂い舞い躍る。
 〈大きな神〉はエムを見守り佇んでいた。その〈大きな神〉にセイは静かに忍び寄っていた。そして、セイは〈大きな神〉に飛び掛かった!
 飛び掛かったセイは〈大きな神〉の腕に飛び付き、〈光天の書〉を奪い去ろうとした。がしかし、〈大きな神〉に触れる前に見えない壁によって弾き返されてしまった。
「無駄だよ、君は私には勝てない。そう、私にはね」
 果たして〈大きな神〉に打ち勝つことは不可能なのか?
 床に転がったセイにファティマが視線を向けた。
「セイ!」
 一瞬エムから気を離した刹那、ファティマの肩が槍によって射抜かれ、その反動でファティマの握っていたブリューナクが宙に舞い、硬音を鳴らしながら床に落ちた。
 武器を失ったファティマはすぐさま呪文を唱えようとした。だが、ファティマの口が、身体が、白い布によって拘束された。その布を握っているのは〈大きな神〉だった。
「メシア・エム、ファティマに止めを!」
「御意のままに」
 エムの持つ槍がファティマを襲う。
「ファティマ!」
 セイの叫びが木霊し、木霊は風の竜となりて、〈大きな神〉に襲い掛かった。
 〈大きな神〉の持っていた〈光天の書〉が宙に舞い、ページがバラバラになり竜巻の中に舞い上がった。
 ファティマに止めを刺そうとしていたエムの顔が狂気を浮かべる。凍りついていた月が音を立てて砕けたのだ。
 拘束されていたファティマが白い布を断ち切り、呪文を唱えた。
「風よ火よ、爆炎を巻き起こし障壁を破壊せよ――ファイアーボール!」
 ファティマの掌から紅蓮の炎が飛び出し、宙に舞い上がっていた紙切れが燃え上がり、火炎の蝶へ、黒蝶へ。〈光天の書〉は灰と化して塵と消えた。
 エムの身体が足から徐々に上へと煌く粉に変わっていく。だが、その顔は輝く月の笑みを浮かべていた。
 ロンギヌスを持つ手に力が込められ、最期の一撃が繰り出された。
 執念の一撃がファティマの身体を射抜いていた。いや、射抜くという生易しいものではなかった。ファティマの半身は吹き飛ばされ、煌く粉と化して消えゆこうとしていた。
 セイは見ていることしかできなかった。ただ、見つめるその中で、二人の精霊が煌く粉となって消えた。そして、二本の槍が地面に音を立てて落ちた。寂しい金属音が辺りに響き渡る。
 〈大きな神〉が静かに深く玉座に着いた。
「痛み分けと言ったところか……」
「痛み分け……? ファティマだけじゃないよ、あなたはあの世界も僕から奪ったんだ」
「奪った、私が? あの世界は私が創ったんだ、どうしようと私の勝手だろう。それにあの世界を創ったのは私なのだから、本を正せばファティマも私の所有物さ」
「所有物って、みんな生きてたのに……なんで、何度も何度も壊しては創って、子供の遊びじゃないか!?」
「わかった、わかった、最初から全部話そうじゃないか。僕がこの世界に来た時≠フ話から――」
 セイの表情が急に変わった。〈大きな神〉の言葉になにかを感じ取ったのだ。
 玉座に座りながら前に足を投げ出した〈大きな神〉は、一息ついてから話をはじめた。
「そうだね、まずこの話からしよう。時間というものは球体なんだ。丸い玉をまず頭に思い浮かべて、次にどこか一点に記しをつけてそこをスタート地点にする。そしたら、無限の数の〈時間〉がスタートから出発し、次の瞬間にも無限の数の〈時間〉がスタートから出発するっていうのが無限に続く。スタート地点を出発した〈時間〉はどんなルートを辿ってもいいから、グルッと回ってスタート地点に戻ってくる。これが〈時間〉さ」
「言ってる意味がわからない」
「未来は無限にあり、いくつもの歴史がある。僕という存在がこの世に誕生しなかった歴史もある。で、スタート地点にAという〈時間〉が戻って来ると、Aはリセットされてゼロに戻る。そしたら、またスタートからスタートに戻ってくる」
「意味がわからない」
 〈大きな神〉は不気味に笑い口を開いた。
「つまりだ。なにが言いたいかって言うと、君は僕で、僕は君だ」
「えっ!?」
「さっき説明したとおり、過去か未来かという概念は存在しない。確かに私の方が身体的に成長はしているけど、〈時間〉は球体だから、君の方が過去かもしれないし、未来かもしれない」
 〈時間〉の話は理解できなかったが、セイは目の前にいる男が自分だという話は理解したしかし、その話を信じることはできない。
「僕があなた? そんなまさか、僕はあなたじゃない!」
「確かに違う存在ではある。ここに訪れた何人もの僕≠スちはみんな違っていた。持っている魔導書も違ったし、性格も私とは違ったようだ。でも、元は全部同じ存在で、歩んだ道が違うだけさ」
「今、何人ものって言ったよね? 僕がここに何度も来た……?」
「ああ、私はなんども過去の僕≠殺した」
 この言葉はセイにショックを与えた。僕が僕に殺された。そんなことがあるのか?
「僕が僕をどうして……なんで殺したんだよ!」
「私が世界を創っては僕≠ェやって来て私の邪魔をする。その度に私は僕≠殺し、何度も何度も世界を創り直し、理想の世界を創ろうとした」
「わからないよ、もうなにがなんだか……」
 席を立った〈大きな神〉は項垂れるセイの横を通り過ぎ、床に落ちていた二本の槍を拾い上げ、ファティマの槍――ブリューナクをセイの足元に投げた。
「槍を取れ、なにもせずに私に殺される気か?」
「別にもうどうでもいいよ」
「戦意喪失か……ならば仕方ないな。君の心臓をこの槍で一突きにしてあげよう」
 地面を駆ける〈大きな神〉はロンギヌスの槍を構え、一直線にセイに向かって牙を剥いた。
《ご主人様!》
 セイは心の中でファティマの声を聞いた。そして、次の瞬間――セイの握るブリューナクは〈大きな神〉の腹を射抜いていた。
「僕は……こんなこと……」
「いや、これでいい。君は死にたくなかったんだ。だから私を刺した」
「…………」
 柄を握るセイの手は震え、脚も身体も全身が震えていた。
 〈大きな神〉が鼻で笑った。
「このシチエーションは僕がはじめてこの世界に来て、〈大きな神〉だった僕≠殺した時に似ているよ。僕がなぜ世界を何度も何度も創り直したと思う?」
 セイは脅えた顔で首を横に振った。そして、口を閉ざしたセイを見て〈大きな神〉が再び笑う。
「私が最初に訪れた世界が僕≠ノよって壊されたからさ。私は私が最初に訪れたこの世界の姿に戻したかった。私が最初に異世界に来て、旅した世界をもう一度創りたかった。君も私と同じことするかもしれないね」
「…………」
「でも、私は失敗した。同じ世界は創れなかった。実を言うとね、もう疲れたんださすがに。同じ世界が創れないことに疲れて、私は死にたくなった。だから、今回はわざと君に殺されたんだ」
 最期に意地悪く笑って〈大きな神〉は動かなくなった。
 セイがブリューナクを手放し、〈大きな神〉が床に崩れ落ちる。そして、セイもまた――。
「僕は……僕はどうすれば……」
 床で泣き崩れるセイの前に少女が立った。
「ご主人様、ボクがいるから平気だよ!」
「ファティマ?」
 顔を上げたセイの瞳にはファティマの姿が映し出されていた。
「ボクが死んだとでも思ったの? ばかだなぁ、ご主人様は」
「どうして?」
「どうしてもなにも、だって〈ファティマの書〉はセイの中で生きてるもん。セイが行き続ける限りボクは不死身だよ!」
「よかった……でも、世界は壊れちゃったし、なにもないよ、なにも……」
 床に膝を突くセイの瞳からは止め処ない涙が零れ落ちた。
 ファティマがそっとセイの身体を包み込んだ。
「大丈夫だよ、世界はボクの身体の中に生きてる。世界が滅びる前にボクは世界の全てを記したんだ」
「えっ?」
「まあ、任せとけってご主人様!」
 ファティマは胸を張って最高の笑みを浮かべた。


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