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第2話_荒波の旋律(3) |
長身の女は2丁拳銃を構え、金具のついた黒いロングコートの影を翻した。 蹴破られる教会のドア。 「……チッ」 舌打ちをした。 突然、銃を構えて教会に乗り込んできた女に、祈りを捧げていた数人の人々が叫び声をあげた。 その中のひとり、金髪のメイド姿の少女だけが毅然としていた。 「銃をお捨てくださいませ」 その声を発したのはアリスだった。 2丁拳銃を構えた女は再び舌打ちをした。 「……チッ。おまえらに危害を加えるつもりは毛頭ない」 響いたハスキーな声を聖堂に残し、女はコートを翻してアリスに背を向けた。 何事もなかったように教会を出て行く女をアリスは追った。 「お待ちください――ドライ様」 振り返ると同時に女は銃口をアリスの眉間に突きつけた。 「俺の顔を知っているのか?」 「存じ上げております。貴方様がどの組織に属されているかも承知しております」 「名前は知られているが、俺の顔を知る者は少ない。おまえは何者だ?」 「わたくしはあるお方に仕える機械人形アリスでございます。貴女様の情報はわたくしの記憶ではなく、製造と同時にインストールされていたものでございます」 「なんの目的で?」 「存じ上げません。わたくしを創った魔導士の意図でございましょう」 「誰が貴様を作った?」 「セーフィエル様でございます」 「知らないな」 アリスの興味を失ったドライはコートを翻し足早に歩きはじめた。 そして、背中姿にアリスは呟きかけたのだった。 「D∴C∴」 驚いたドライは引き返し、アリスの首を鷲掴みした。 「なにを知っている!」 首を絞められながらアリスは済ました顔で微笑んだ。 「もしやと思い、貴女様に鎌をかけさせていただきました」 「……チッ。それで貴様はなにを知っている?」 「わたくしが偶然に知り合った方がD∴C∴らしく、その方が今夜ホウジュ区でなにかをするらしいのです」 「詳しい話は歩きながら聴く。貴様の話でデマ話が本当の話になりそうだ」 二人はイルミネーションが煌く夜の街を歩きながら、アリスはD∴C∴と係わり合いになった経由を話し、ドライは詳しい話はできないが、と前置きをして、ホウジュ区に潜んでなにかを企んでいるD∴C∴を探していると話した。 信用の置ける垂れ込みから、ドライたちはD∴C∴が今夜なにかを仕出かすと知り、その情報を元にドライはD∴C∴の潜伏先を探していたのだ。その過程でドライはD∴C∴の潜伏先が教会であることを突き詰め、ひとつひとつ教会を回っていたのだ。 一方アリスは、シュバイツの行方を追ってホウジュ区に来たのだが、その行方は一向に知れず教会で祈りを捧げていたのだ。 そして、偶然に二人は出会った。 アリスの案内により、ホウジュ区にある教会を回ることにした。 ホウジュ区にある教会の数はたがか知れている。本当にそこにD∴C∴が潜伏しているのであれば、見つけ出すのは時間の問題だ。 ホウジュ区のほぼ中心にある教会にたどり着いたのは、12時の鐘が鳴りはじめたときだった。 「なにも起きなかったな」 ドライが吐き捨てるように呟いた。 「広義でしたら日付が変わっても、夜が明けるまでは昨日の深夜という言い方になります」 アリスが予断を許さないことを指摘した。 教会の明かりは消えていた。 2丁拳銃を構え、ドライが乱暴に教会に踏み込もうとしたとき、世界が揺れた。 それは12時の鐘が鳴り終わったのと同時、それは教会からパイプオルガンの音が響き聴こえてきたのと同時だった。 すぐさまドライが教会の中に踏み込んだ。 同時に揺れが収まり、パイプオルガンの音も余韻を残しながら消えた。 パイプオルガンを弾いていたタキシード姿の男――シュバイツが演奏の手を止めて立ち上がった。 「コンサートの途中入場は困るな」 コンサートをと言っても、この場にいたのはたった5人だけだった。 ドライの2丁拳銃はシュバイツの左右に入るドーガとキラに向けられていた。 チェーンソーを構えるドーガとヨーヨーのような武器を構えるキラ。武器を手にしていないのはシュバイツだけだった。 シュバイツはとても残念そうにアリスに目を向けた。 「今夜はホウジュ区に来ないようにと忠告したのに残念だよ」 「ホウジュ区の屋台のたこ焼きがわたくしの主人[マスター]のお気に入りでして、どうしても買って来いと駄々をこねるものですから致し方なく」 もちろんジョークだった。 ドライが武器を持った二人に命じる。 「武器を捨てろD∴C∴の外道ども!」 武器を捨てる様子も見せずドーガが牙を剥く。 「偉そうにおまえ何者だ!」 「ワルキューレ所属ナンバー3、ドライだ」 ワルキューレ――それは帝都政府の最高主権者直属の公安組織の名だった。 ドライが名乗ったのと同時にドーガとキラが襲い掛かってきた。 連続して銃口が火を噴いた。 銃弾は小柄ですばしっこいキラには一発も当たらず、大柄のドーガは当ててくださいと言わんばかりに、何発もの銃弾を身体で受け止めた。だが、ドーガの皮膚から血が吹き出すことはなかった。全て金属音を立てて銃弾は床に落ちてしまったのだ。 超硬合金の身体を持つ男――それがドーガだったのだ。 チェーンソーを振り回すドーガはドライの目の前まで迫っていた。 そのとき、アリスの声が高らかに響き渡った。 「ターゲット確認――ショット!!」 アリスの肩に担がれたロケットランチャー〈コメット〉が発射された。この場所が教会だろうと関係ない乱暴な攻撃だ。教会で祈りを捧げても、信仰心はゼロなのだ。 カーブを描いた〈コメット〉はドーガの腹に激突し、ドーガは身体をくの字に曲げて後方に吹っ飛ばされた。 ドライは命を救われたが、立ち込める硝煙で視界を奪われ、目の前まで迫っていたヨーヨーに気づいていなかった。それに気づいていたのはアリスだ。 「ドライ様お躱わしください!」 遅かった。 2つのヨーヨーがドライの持っていた二丁拳銃にヒットし、拳銃は回転しながらドライの手を離れてしまった。 舌打ちが聴こえ、硝煙が晴れると、ヨーヨーの糸に身体を拘束されたドライの姿があった。 「貴様のおせっかいでこのザマだ」 毒づくドライにアリスは頭[コウベ]を垂れた。 「申し訳ございません」 今さら謝っても遅い。すでにドライはチェーンソーを首元に突きつけられ、床に胡坐[アグラ]をかいている。 ランチャーを担いだアリスにシュバイツは投げかける。 「アリス君も武器を捨ててもらいたい。君には恩義があるから、できれば穏便に済ませたいんだ」 「事と相談によります、この場所でなにをなさっているのですか?」 「新兵器の実験さ。この場所を震源にホウジュ区に地震を起こす。そう、ここにあるパイプオルガンは擬装だ」 「地震を? ならここも危険なのではございませんか?」 「通常の地震は震源地がもっとも揺れが大きいが、これは違うんだ。この場所を中心に波紋のように揺れが伝わり、外周がもっとも揺れが強くなる。今回の実験では半径5キロを予定しているが、最大震度はマグニチュード8を予想している」 1923年に起きた関東大震災がマグニチュード7.9であり、当時の死者は約10万人のぼり、行方不明者は4万人を越える。 大都市ホウジュ区には10万人以上の人間がいる。半径5キロは面積の半分にも満たないが、それでも悲惨な状況に見舞われるのは目に見えている。 都市を守りたいという使命感がアリスにはあるわけではなかったが――。 「先ほども申しましたが、ホウジュ区の屋台のたこ焼きが主人[マスター]のお気に入りなので、ホウジュ区が壊滅状態になるのは大変困ります」 「そんなに美味しいたこ焼きなら僕も食べてみたいが……」 シュバイツは微笑を一転させ、冷笑を浮かべた。 「残念ながらこの計画は3年以上前からのものでね。途中でやめるわけにはいかないんだよ」 とても残念そうにアリスは俯く。 「そうでございますか……わたくし、〝マジ〟強いですけれど、それでも殺りましてございますか?」 アリスが顔をあげたとき、唸り声をあげたチェーンソーはすぐそこまで迫っていた。 冷静沈着に、アリスは無表情の瞳で唱える。 「コード000アクセス――90パーセント限定解除。コード007アクセス――〈メイル〉装着」 アリスの身体を包み込む白いボディースーツ。 高速回転するチェーンソーの刃をアリスは腕を受け止めた。 「ダイアモンドカッターでも3分間ほど防ぐことができます。ただし、そこに〝業〟が加えられれば話は別ですが……」 「うごごごごっ!」 ドーガは刃を食いしばりながらチェーンソーに力を込めたが、アリスの腕を切断することはできない。刃が火花を散らせ、空気が焼ける臭いだけがした。 「力押しでは一生切れません。パイプで人が斬れるくらいでございませんと」 蒼い眼は氷の冷笑を、口元は悪戯な嘲笑を浮かべていた。ただの機械には作りえない表情であった。 よりいっそうチェーンソーに力を込めるドーガ。 それでもボディースーツが切ることはできなかった。 一向に先に進まない敵の攻撃を、いつまでも待っているほど、アリスはお人よしではない。 「コード001アクセス――〈ビームセーバー〉召喚[コール]」 輝く粒子のソードを別空間から転送させ、アリスは自分の手元に召喚した。 残像を残しながらソードがドーガの中を翔ける。 ドーガの腰から肩まで鮮血が線をつくり、間を置いて血が一気に噴出した。 「あががあが……」 巨大な胴体がずるりと床に落ちた。 「鋼の肉体が通用するのは通常の武器だけでございましたね」 巨漢をあっさりと真っ二つに切ったアリスはドライを捕らえているキラに、挑発するような冷笑を浴びせた。 「かわいそうなドーガだぜ。けどな、あいつはドジでのろまで使えねえ奴なんだよ。強いのはこのオレ様」 予備のヨーヨーを2個取り出し、俊足のキラがアリスに挑む。 キラのスピードは人外の速度に達し、目で追うことはできても捕まえることはできそうもなかった――人間ならば。 誘導ミサイルのように、糸を曲げながら2個のヨーヨーがアリスに魔の手を伸ばす。 〈ソード〉を構えたアリスはヨーヨーを迎え撃った。 バッドスイングされた〈ソード〉がヨーヨーを打ち返す。だが、〈ソード〉とヨーヨーが触れた瞬間、大爆発を起こしたのだ。 目の前の爆発で吹き飛ばされるアリス。 それを見たキラが笑う。 「キャハハハ、ザマーみろ!」 ヨーヨーはキラの意志によって爆発を起こす仕組みなっていたのだ。 石床に手をついて立ち上がるアリスの顔は煤で汚れていた。しかし、その陶器のような肌には一切の傷もついていなかった。 「髪が少し痛んでしまいましたが、その程度の爆発ではなんの損傷もございません……残念ながら」 「コロス、コロス、コロス!」 キラの手からヨーヨーが放たれる。 だが、いくら攻撃しても同じだ。 〈ソード〉でヨーヨーを弾きながらアリスがキラに詰め寄る。 大きく〈ソード〉が横に振られた。 ――空を斬った。 アリスの移動速度をキラは超えていた。重量の重いアリスは人間より少し早く動ける程度の移動速度しか出せないのだ。ただし、オリンピックに出られれば全種目は制覇できる。 〈ソード〉を躱したキラは高らかに笑った。 「キャハハ、ノロマ!」 「その点に関しましては、わたくしを創った魔導士に申してください。コード009アクセス――〈イリュージョン〉起動」 キラは目を疑った。 アリスの残像が2つに分かれ、2人のアリスが現れたのだ。 ふたりのアリスは鏡に映ったように同じ動きをした。 キラの左右を囲むアリスが唱える。 「コード006アクセス――〈ブリリアント〉召喚[コール]」 二人のアリスが輝く球体を呼び出し、計12個の球体から一気にレーザーが照射された。 さすがのキラにもレーザーすべて躱わす術はなかった。 肉の焼けた臭いが鼻を衝き、キラは床の上を転げまわった。膝が黒く焼け焦げている。 「痛てぇよ、痛てぇよ、クソヤロウ! 痛くて歩けねえ!」 突然、聖堂内に拍手が鳴り響いた。 「ブラボー、大変素晴らしいよアリス君」 それはシュバイツだった。 「実に君は素晴らしい、ただのキリングドールとは思えないね」 「ええ、S級でございますから」 S級――それはつまり軍隊でも相手にできるという意味だった。 「僕の所有物になるつもりはないかい?」 「ございません」 きっぱりとアリスは断言した。 「それは残念だ……ならば仕方ない。武器は海に落としたけれど、ボクシングは剣にも勝てると思っているんだ。シャドウフック!」 なにもない場所からアリスは頬に衝撃を受けて横に飛ばされた。 アリスが立ち上がるよりも早くシュバイツが消えた。 「シャドービハインド!」 声だけが聖堂に響く。 どこに消えた? シュバイツはアリスの真後ろに立っていた。 振り向いた瞬間、アリスは顔面にパンチを浴びて後方に吹っ飛ばされて、並んでいた備え付けの木の座席を何重にも渡ってぶち壊してしまった。 「申し訳ないが僕はフェミニストじゃないんだ」 シュバイツは冷笑を浮かべていた。 立ち上がりながらアリスは自分の頬に触れた。 「装甲が3ミリほどへこんでしまいました……修理が終わるまで外を歩けませんわ」 ドーガとキラが傷一つ負わせることのできなかった相手に、シュバイツはただ一撃のパンチで装甲をへこませたのだ。 いや、違った。 「5発ほど入れさせてもらったんだけど、やっぱり君は硬い」 とシュバイツは言った。そう、実は一瞬の間にシュバイツはアリスの顔面に5発のパンチを食らわしていたのだ。 「しかし、今のは小手調べ。本当は20発は入れられた」 「武器を持っていたらもっとお強いのでございますか?」 「こけおどしくらいの魔導は使えるんでね。これでもD∴C∴の幹部のひとりだから――?」 シュバイツは殺気に気づいた。 「ならここで死にな!」 そこにはヨーヨーの糸を抜けて拳銃を拾って構えたドライの姿が! 引き金に手をかけたドライの様子が可笑しい。 「チッ!」 ドライは舌打ちながらセミオートをシュバイツに投げつけた。 動作不良[ジャミング]で弾が打ち出さなかったのだ。 ドライはもう一丁の銃を拾おうと床を転がるが、それをシュバイツが許すはずがなかった。 「シャドービハインド」 突然、シュバイツは床の上で拳銃に手を伸ばすドライの前に出現し、拳銃に伸びるドライの手を強く踏みしめたのだった。 苦痛に顔を歪ませるドライ。しかし、その表情が代わったのだ。相手をあざ笑う表情に――。 シュバイツは異変に気づき叫んだ。 「なにをする気だ!」 アリスが唱える。 「コード008アクセス――〈ショックウェーブ〉発動!」 アリスを中心として電波が水面に落ちた雫のように広がり、パイプオルガンのパイプを共鳴させながら振るわせた。 パイプオルガンの中に張り巡らされていた装置が火花を上げた。 轟音が鳴り響き、パイプオルガンが大爆発を起こす。 それを悲愴の面持で見つめるシュバイツ。 「嗚呼、なんてことだ」 銃声が響いた。 ドライの向けた銃口の先にはシュバイツがいた。その胸の中心から滲み出す紅い血が、タキシードの下に着ていた白いシャツを彩った。しかし、シュバイツは銃で撃たれたことなど気づかないように、その場に立ち尽くし、爆発して崩れていく自分の芸術を呆然と眺めていた。 教会全体が激しく揺れ、天井が崩れてきた。 ドライが叫ぶ。 「逃げるよアリス!」 「承知いたしましてございます」 教会の中で立ち尽くすシュバイツを、二人が振り返ることはなかった。 二人が教会を脱出したと同時に、教会は轟音を立てながら全倒壊してしまったのだ。 それからのことをアリスはなにも知らない。 ドライになにも言うなと念を押され忠告され、情報はなにもアリスの元に入ってこなかったのだ。 マナの屋敷に帰ったアリスは何事もなかったように雑務をこなし、いつものような時間が過ぎた。 アリスにとって、今日はいつもと変わらぬ平凡な日だったのだ。 荒波の旋律(完) †あとがく† まず、とにかく謝ります。 物凄くごめんなさい。 絶対に3回の更新分で終わらせるつもりだったので、オチを急ぎました。 物凄くごめんなさい。 でもね、前回2回分の更新と比べると、3割程度長いです。文章量が。 敵役の3人。もっと使ってあげたかったですね。 悲しいですね。 兵器も活躍してませんね。 どーしょーもないですね。 だって3回分の更新で絶対に終わらせたかったんだもん。 物凄くごめんなさい。 数日後にもうひとつアリスちゃんの話が公開される予定なので勘弁してください。 そちらは『エデン』本編の一作として公開されます。 お楽しみに。 エデン総合掲示板【別窓】 |
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