第3話_へっぽこ殺人事件
 空から箒に乗って舞い降りた妖女は、長髪を風に揺らし、ついでに胸のファスナーから覗く巨乳も揺らした。
 ライダースーツとドレスを組み合わせたような姿。魔女プラス走り屋だ。
 妖女が降り立ったのはルーファス宅の前。ノックもせずに玄関をそっと開ける。
 家の中に不法侵入して、普通の歩き方なのに足音を立てていない。まるで猫足だ。
 ふと、足を止めて妖女はニヤリとした。
 物陰から妖女は見た。
 部屋の中では、ハルカが顔に焦りの色を走らせていた。猛ダッシュだ。
 ハルカの視線の先に転がるマナモノはルーファス。ピクリともしていない。
「……死んだふり、死んだふりしてるんでしょ!」
 被害者はルーファス、犯人はハルカ、凶器は分厚い魔導書。
「不可抗力だし、無実だし、ねえ返事しなさいよ!」
 ハルカは床に両膝を付き、ルーファスの身体を揺さぶった。
「起きて、ほら名前……そうルーファス、ルーファス起きて!」
 返事がない。気を失っているようだ。
 焦りに焦ってハルカはルーファスの上半身を起こし、肩をガシッと掴んでルーファスの身体を揺さぶる。
 ブルブル、ブルブル局地地震に襲われるルーファス。首がガックンガックン揺れている……骨折れてませんか?
「返事しろってばバカ、死ね! ……死んじゃダメだ、生きて!」
 ハルカは思う。
「(殺っちゃったかも……ショック!)」
 ハルカ大ショック!
 そんな光景をずっと影から見守っている謎の妖女。人の秘密を見てしまったときの優越感。そんな艶やかな笑みを浮かべている。
 ハルカは誰かに見られているとも知らず、絶望感ですーっと身体から力が抜け、支えを失ったルーファスの身体が床に転がった。
 ゴン!
 床に後頭部強打。
「(……殺っちゃった)」
 灰色の世界が辺りを包む。
 ハルカはまばたきすらせず、首だけをゆっくりと機械的に動かし、床に転がるルーファスを見下ろした。
「……るーふぁす……生キテル?」
 ハルカの呼びかけに対して、返事がない……ただの屍のようだ。
「あああぁぁぁッ! 殺っちゃった!」
 叫びながらハルカの脳内がフル回転。
「どうしよう、どうする、なにが!?」
 いつ(When)
「今日!」
 どこで(Where)
「この家!」
 誰が(Who)
「アタシが!」
 なにを(What)
「ルーファスを殺した!」
 なぜ(Why)
「不可抗力で!」
 どのようにして(How)
「分厚い魔導書で殴打!」
 なんてこったい!(Oh my God!)
 ハルカは完全にパニクっていた。
「(どうするアタシ……!?)」
 選択肢のカードが出るわけもなく、困り果てるハルカ。
 しかし、ここでピカーンと脳細胞が、ハルカ的に完璧な作戦を考え出した。
 作戦はこうだ。

①まずハルカちゃんは物置に行きます。
②そこでスコップを見つけ出して庭に行きます。
③庭についたら大人がひとり入れる穴を掘ります。
④掘った穴に先ほど殺害してしまったナマモノを投げ入れましょう。
⑤そしたら、土をかぶせてあげましょう。
⑥作業を終えたら、手を綺麗に洗い、凶器の魔導書を焼き捨てて証拠隠滅しましょう。
⑦全部の過程を終わらしたら、何食わぬ顔をして紅茶でも飲んで一休みしましょう。

「か、完璧!」
 ぎゅっと拳を握り締め、ハルカは眼を輝かせると、さっそく作戦実行に移った。
 まずはスコップの入手だが、これは案外簡単に見つかった。
 次は被害者Rの移動だ。
 身動き一つしないRの足首をガシッとつかみ、ハルカは力いっぱい気持ちいっぱいいいぱい、とにかく強引にRの身体を引きずった。
「……重いし」
 そのまま廊下を進もうとすると、ハルカの手に伝わる振動と、鈍い音が聴こえてきたけど、気にしない、気にしない。だって相手は死んでるんだから、エヘッ♪
「にゃはは、早く穴掘んなきゃ」
 先を急ぐハルカの真後ろで人の気配がいた。ルーファスではない、別の気配だ。
《見たぞ……ふふふふっ》
 低い女性の声に心臓が飛び出るくらい驚き、ハルカはすぐに真後ろを振り向く。
「誰っ?」
《貴様なに者だ?》
 黒髪の妖女は手に箒を持って、蒼白いかに浮かぶ唇で艶笑している。
 その姿を見てハルカは思った。
 箒を持ったミステリアスな女性は――。
「家政婦さん!」
 家政婦は見た。いや、見られた。
 ルーファスを運ぼうとしているところ、そして5W1Hによる犯行自白。
 全てを知られてしまった。
 なんてことより、ハルカは別のことで、もっとパニクっていた。
 ――言葉がわかんない!
 そう、相手の言葉がなにがなんだかサッパリなのだ。
「ふぅーあーゆぅー?」
《なにを言っているのだこの娘は》
「日本語は通じますかぁ?(ぜんぜん通じてないかも)」
《ふむ、言葉がわらぬようだな。仕方ない》
 謎の妖女はハルカの傍らに近づくと、そのまま顔をハルカの耳とに近づいた。
 艶やかな妖女の唇から、熱い吐息がハルカの耳に吹きかけられる。
「はぅ」
 敏感な部分を刺激され、膝がガクンとなったハルカの身体をすぐさま妖女が支え、そのまま顔と顔が重なる。
 ぶちゅ~っ!?
 女性の濃厚なちゅーがハルカの唇に覆いかぶさった。
 唇を奪われたハルカは驚き、妖女の身体を突き飛ばして、唇を拭って後退りをした。
「にゃ、にゃにするの、変態!」
「術をかけただけだ案ずるな、妾にそっちの趣味はない」
「あっ、えっ、言葉がわかる!」
「だから術をかけたと言ったであろう(この娘、頭が弱いな……ふふっ)」
 実はあの熱い吐息は言語を理解できるように、キスは言語を話せるようにする術だったのだ。
 まだまだキスの動揺を隠せないハルカ。顔を真っ赤にしながら、うつむき加減でクチビル泥棒に尋ねる。
「アンタ……アナタ誰?」
「人の名を尋ねるときは、自分の名を先に名乗れ。だがな、妾から乗ってやらないこともない。妾の名はカーシャ」
「……カーシャ。アタシの名前はハルカ」
「おまえ、ルーファスの彼女か?(ま、まさか、へっぽこ魔導士に彼女ができる……なんてな、ふふっ)」
「ち、違うし! てゆーか、ルーファスが急に倒れちゃって、んでアタシはこれから病院に連れて行こうかなって(埋めようとしてたなんて口が裂けても言えない)」
「案ずるな、弱っているが生命反応が視える。放置しておけば、そのうち意識を取り戻すだろう。それよりもだ」
 カーシャが音もなく動き、ハルカの眼前まで迫った。音はないが巨乳は揺れる。
「おまえ、なぜルーファスの家にいる?(ついに女に飢えたルーファスが少女拉致監禁か?)」
「間違って召喚されたらしくって(アタシもよくわかんないけど)」
「(さすがはルーファス、間違って召喚か)それで、どこから来たのだ?」
 この質問にハルカは少し戸惑ったが、正直に答えることにした。
「……アースから、かも」
「アースからだと!?(……のはずがないな。ただのパンク姿の不良娘だ)」
「だから、かもって言ってんじゃん」
「アースからというのは嘘だな。おまえは頭の可笑しい妄想癖のある娘だ(そうとしか考えられない)」
「アタシのことバカにしてんの!」
「しているが、そんなことは妾にとってはどうでもよいことだ。おまえがこの辺りの者ではないのは、見ればすぐにわかる。それだけが事実だ」
「てゆーか、家に帰りたいんだけどー。帰り方がわからなくて困ってたり」
「……ふふふ、おまえが本当はどこから来たかは知らぬが、妾もおまえが帰れるよう協力しよう(ルーファスがまたおもしろいことをしてくれたようだな。アースから来た娘、成り行きを見なければ損だな……ふふっ)」
 妖艶な笑みを浮かべたカーシャは内心ウキウキ気分でだった。ルーファスの近くにいれば、人生に退屈せずに過ごせる。それがカーシャの持論だった。
 未だ床で気を失っているルーファスの腹に、カーシャの強烈な蹴りが炸裂した。
「ぐっ!」
「起きろルーファス魔導学院に行くぞ」
 腹を押さえて床でもがくルーファス。脳が活性化する前にカーシャが襟首を掴み、そのまま無理やり立たせた。
 状況の把握できないルーファスが喚く。
「腹を蹴ったのカーシャだろ!」
「そんなことはどうでもいい。それよりも、まずはお茶と菓子を出せ」
「はぁ?」
「一休みしてからクラウス魔導学院に行くぞ」
「はぁ?」
「ハルカのためだ。魔導のことなら、まずはあそこに行くのがいいだろう」
「はぁ?」
「とにかくまずは妾に茶を出せ」
「はい、わかりました」
 キッチンに向かおうしたルーファスがクルッと反転。
「ちょっと待ってよ、今から魔導学院に行くって、夜だよ?」
「うむ、それはそうだな」
 納得して頷いたカーシャは、ハルカの腕をガシっと掴んだ。
「ではこの娘を借りていくぞ」
 なにがなんだかハルカは目を白黒だ。
「なんで、なに、意味不明!」
「いいから来い、ふふ」
 不敵な笑みを浮かべてカーシャはハルカを連れ去った。
 部屋の残されたルーファスがボソリ。
「……カーシャなにしに来たの?」
 お茶も飲まずに帰って行ったカーシャ。
 部屋は嵐が過ぎ去ったように静けさに包まれていた。

 つづく


大魔王ハルカ総合掲示板【別窓】
■ サイトトップ > ノベル > 大魔王ハルカ(改) > 第3話_へっぽこ殺人事件 ▲ページトップ