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第1章001 |
もうすぐ夏休みだってのに、今日も雨かよ! 頼むから早く梅雨明けしてくれ、高校最後の夏休みが冷夏なんて俺は断じて認めんぞ! 今年の夏こそは可愛い女の子たちと、海行って、祭り行って、彼女と一緒に花火を見るんだ!! そう、今年の夏は俺の夏! 夏が俺を呼んでいる……と言ってる自分が寒くなって来た……さっさと学校行くか。 雨の日の電車は込む。 朝のラッシュ+αで湿度と気温によってオッサン臭全快だ。 拷問か罰ゲームとしか考えられんな。 オッサンのかほりで脳ミソがマジ死滅する。 ま、まさか!? そのせいで俺の学力が低下しているのか!? た、確かに、雨の日はユウウツでなんもヤル気がしない。 それがオッサン臭のせいだったとは……気づきもしなかった。 オッサン臭、恐るべし! だが、俺がそんな困難にもめげず、学校に行かねばならんのだ。 なぜって、学校サボリ過ぎて出席日数が危ういらしいと、担任に脅されたからだ。 そんなわけで今日はいつもよりも早く家を出てしまった。 いつもと違う時間の違う車両に乗ると、乗ってる乗客も変わってくる。 俺は車内を見渡したが……なんのおもしろみもない。 見渡して損した。 俺はいつものようにドア近くでMDを聞くことにした。 軽快なリズムと激しいドラム音がいい感じだ。 ――ぐあっ!? オッサンに足踏まれた。 最悪だ。 ただでさえ雨の日っていうのはだな、制服は濡れるし、せっかくセットした髪はぐちゃぐちゃになるし、ズボンの裾に泥が跳ねるし……。 ううっ!! オッサンの肘鉄が俺の腹にクリティカルヒット!! だが、俺とてやられているばかりではないのだよ! 俺はちっちゃな仕返しとして、濡れた傘をオッサンのスーツに何気なく擦り付けてやった。 俺は拳を握って、ちっちゃな勝利感に浸った……。 ああ、ウィナー俺! 流れる景色がゆっくりになって来た。 学校がある駅までは1つだけ駅を通り越す。 いつも急行電車に乗るから通り越す駅なんだが、今日はその駅で電車が止まった。 ドアが開いた瞬間、俺は思わずはっとした。 ……桜井明日香。 同じ学校の同じクラスの小柄なボディに子悪魔チックなつり上がった目を持つ、超美少女の桜井が同じ電車に乗り込んできたじゃありませんかっ!? 自分でもなんでかわかんないけど、俺はすぐにMDの電源を切った。 桜井がドアの前に立って、俺がその前に覆いかぶさるように立つ形になった。 俺は右手をドアについて桜井を庇うようにして、桜井の周りに空間を空けた。 これが俺にできる精一杯の思いやりさ……ふっ。 自分の周りに空間ができたことに気づいた桜井がふと顔を上げた。 桜井の視線と俺の視線が合う。 ぐあっ、睨んでるよ! 桜井は俺のことを下から上目遣いで睨んですぐに顔を下げた。 ど、どうしてだよ!? 空間を作ってあげたのは余計なお世話ってわけかよ! ふっ……でもいいのさ、少しの瞬間だったが視線が合ったんだから……俺はそれだけで1日ハッピーデイさ。 でも、今の上目遣いは悩殺されちまうほど可愛かった。 あの桜井のガン飛ばしは心のメモリーにしまって置くぜ。 ん? すんげえいい香りがしてくる。 あっ、桜井の香りじゃんか。 桜井の髪の毛からいい香りがしてくる。 オッサン臭とは天と地……いや、俺と蟻んこほどの差だ。 俺は桜井に気づかれないように大きく息を吸い込んだ。 ああ、匂いだけで今晩のオカズになりそうだ。 モーソーが頭をネバーエンディングに駆け巡る……。 いかんいかん、生唾をごっくんしてしまった。 ってまた桜井に睨まれた!! 生唾を呑む音が聞こえてしまったのか? すぐに俺は顔を上げて中吊り広告を見ているフリをした。 ぐあっ!? ちょうど視線をやったとこがオトナの雑誌の広告じゃんか!! ヤバイ、桜井にエロ男だと思われてしまう。 って、すでに桜井は俺のこと見てないし! まあ、とにかくよかった。 うわっ! 電車がガタンと揺れて、俺の身体と桜井の身体が密着してしまった。 桜井は俺の胸に頭を押し当てる形になって、桜井の髪に俺の吐息がかかる。 心臓が痛いほどドキドキしちまってる。 きっと、桜井に心臓の音が聞こえてるに違いない。 そう考えると余計に心臓がドキドキしてくる。 なんかすっげえ悪循環。 冷静になるんだ俺。 ひとりでテンパってどうする!? だが、モーソーが頭を過ぎる……。 ヤバイ、下半身が……。 大丈夫だ、大丈夫だ、ってか何が大丈夫なんだ俺!? 明らかに混乱してるぞ! いや、混乱してるって自覚があるんだから混乱してない! いや、混乱してるのか!? ガタンと再び車内が揺れた。 【明日香】「痛っ……」 桜井が獲物を殺る眼で俺を睨んだ。 うわっ、やっちまった。 ハンターを本気で怒らしちゃったよ。 桜井の足を踏んじまったよ、おい。 【渉】「悪い、踏んじまった」 俺の謝罪なんてどうでもいいように桜井はすぐに下を向いた。 相変わらず無愛想な奴だな。 でも、そこが俺の心をくすぐるんだがな。 しばらくして電車が駅について停車した。 そしてドアが開かれた瞬間! 【渉】「痛ぇーっ!!」 桜井が俺の足を思いっきり踏んづけて人ごみの中に爆走していった。 仕返しか!? 仕返しなのか? さっき俺が桜井の足を踏んづけた仕返しか……。 ドアが開いた瞬間に俺を足を踏んで逃げるなんて……すっげえ汚ねえ女! 俺は大声を出したことによって周りの注目を浴びてしまって、その場を赤い顔をしながら逃げ出すように走った。 階段を登るところで階段を駆け上がる桜井の後ろ姿が見えた。 おおっ!! 階段を駆け上がる桜井のスカートがめくれ上がり、神々しいまでの光が! 白だっ!! 偶然にも桜井のパンチラを目撃してしまった。 ヤバイ、ケータイカメラで激写しなくては! ってそんなことしたら駅員に連行されそうだからやめとこ。 だが、俺は今のパンチラを生涯忘れない! 俺の心のアルバムに大事にしまって、いつでも夜に取り出せるようにしておこう。 駅の改札口を抜けて駅の出入り口に着くと、桜井が空を眺めて突っ立っていた。 雨の勢いが増している。 あれっ? 桜井のやつ傘持ってないじゃんか。 いや、俺も今日は傘を持って家を出るべきか迷った。 家を出た時はそんな降ってなかったもんな。 でも、テレビで美人天気予報士のお姉さんが雨が強くなるって言ってたから、ちゃんと俺は傘を持って出たぞ。 ……さて、これからどうするかが俺的に運命の分かれ道だな。 何気なく桜井に一緒に傘に入っていくように勧めるのが妥当な線だよな。 でもなぁ、あいつ俺のこと嫌いっぽいんだよな。 いつも俺に対して冷たいし、たまにしゃべれたかと思うと、俺を叩きのめすような暴言ばっかり言ってくるし。 まあ、桜井のやつは俺以外のやつにも冷めた態度で付き合ってるし、男嫌いっぽいし、仲のいい友達しか寄せ付けない感じするよな。 それにしても俺は特に嫌われてるような態度をいつも取られているような気がするのは気のせいだろうか? って、こんなことを考えてないで、早く桜井に声を掛けねば! 【渉】「あのさ、桜井」 ぐわっ! 振り返りざまにいきなりガン飛ばされた。 【明日香】「なに?」 たった一言の言葉の奥底に敵意を感じるのは俺だけでしょうか? 【渉】「傘持ってねえの?」 【明日香】「止むと思ったから持ってきてない」 【渉】「一緒に入ってくか?」 【明日香】「ヤダ」 即答かよ! 【明日香】「男子と一緒に傘に入ったらみんなにからかわれるでしょ?」 【渉】「でもさ、俺が親切で言ってるんだから」 【明日香】「親切心があるなら傘だけ貸してよ。君がいつもみたいに遅刻しないから、雨 なんて降ってるんだから」 【渉】「はぁ?」 【明日香】「傘だけあたしに貸して、君は学校までダッシュすればいいんじゃないの?」 【渉】「はぁ?」 なに言っちゃってくれてるんだ、この小娘は!? とか思ってる隙に桜井が俺の傘を取り上げて、傘を差して雨の道路を歩いて行ってしまった。 置いていかれた俺は一瞬放心状態に陥ったのち、我に返って大ショック! 【渉】「コンチキショー!!」 俺はそう魂から叫んで土砂降りの中に飛び出し、何事もなかったように傘を差して歩く桜井の横を青春涙を流しながら通り越した。 こんなもんさ俺のジンセーなんてさ……。 学校まで距離は近い。 俺は雨にも風にも負けない。 でも、びしょ濡れでパンツまで雨が染みてきた。 ……さ、寒い。 なんだか、心も寒いぞ。 しかし、ここで天の声が! 【真央】「麻生さん」 俺に声を掛けたくれた女神は同じクラスの結城真央だった。 真央は小柄で桜井よりも小さいと思う……小学生と間違うくらいだな。 でも、本人に小さいとか言うと怒られるので禁句。 【真央】「麻生さん、傘持って来てないんですか?」 【渉】「これには深い事情があるんだが……」 【真央】「風邪引いちゃいますから、真央の傘に入ってください」 【渉】「あ、うん、サンキュ」 真央はいつもはテンション高めなんだが、なんだか今日は静かだな。 そう言えば、真央は男子が苦手とか聞いたことがあったような気がするな。 じゃあ、なんで俺を傘に入れてくれたんだ? そもそも、真央とはそんなにしゃべったことないしな。 ま、そんなことどーでもいいか。 誰かの視線を感じたような気がして横を見ると、真央が俺のこと見てた。 でも、すぐに真央は顔を下に向けてしまった。 やっぱり男子苦手なのか? 【渉】「あのさ」 【真央】「は、はい、なんですか!?」 【渉】「今、俺の顔ずっと見てたよね?」 【真央】「み、見てません!」 【渉】「そんなに強く否定しなくてもいいじゃん」 【真央】「見てません、麻生さんの顔なんて見てませんから!」 【渉】「だから、そんなにムキになって否定しなくてもさ」 【真央】「…………」 真央は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。 ……この子のことはよくわかんないな。 こうやって真央のことをじっくり見ると結構可愛いなぁって思う。 クラスでも結構人気あるもんな。 顔を赤くしたままの真央がゆっくりと顔を上げて俺を見た。 【真央】「あ、あのぉ、真央と一緒に傘に入ってて迷惑じゃないですか?」 【渉】「別に……」 【真央】「やっぱり迷惑ですよね。 真央と一緒に傘なんて入ってたら、変な噂されて麻生さんが迷惑ですもんね。ああ〜っ、ごめんなさい、ごめんなさい……」 【渉】「いやいや、別に迷惑じゃないって……」 【真央】「そんな気を遣ってくれなくていいです。わかってるんです。麻生さんは優しい方ですから、真央に気を遣ってくれてるんですよね。本当は一緒に傘なんて入りたくないんですよね。そうなんですよね、そうなんでしょ……ううっ」 【渉】「だからさ、どうして勝手にそんな想像するわけ!? 俺は別に迷惑だなんて一言も言ってないじゃんか?」 【真央】「いいんです、いいんです。真央が全部いけないんですから……」 なんつー爆走少女なんだ。 被害妄想っていうか、想像力豊かっていうか、やっぱり爆走みたいな……。 【渉】「別に真央ちゃんはなにも悪くないし、傘に入れてもらって感謝してるし」 【真央】「ああっ、今、真央のこと真央って読んでくれましたよね。嬉しいです、麻生さんに名前読んでもらったの初めてです。真央の名前なんて知らないと思ってました」 【渉】「いや、クラスの女の子の名前は全員チェック済み」 【真央】「じゃあ、真央の苗字も知ってるんですか?」 【渉】「結城でしょ?」 【真央】「そうです、感激です! 真央のフルネーム覚えてもらえるなんて感動しました」 【渉】「あ、そう、それはよかった」 だんだん真央のテンションが上がって来たように感じるのは俺だけか? 明らかに俺の目には真央がはしゃいでるように映るが……。 【真央】「ああっ!? 渉さん!」 【渉】「えっ?」 間抜けな声で返答したその時だった。 黒いリムジンが水溜りの泥水を飛ばしながら走り去って行った。 ……言うまでもないが、俺にかかった。 【真央】「麻生さん大丈夫ですか!?」 【渉】「ああ、平気平気。もとからズブ濡れだったし……はっくしょん!」 【真央】「やっぱり、風邪引いちゃったんですね。すぐに学校に行って服を着替えて、身体を乾かさないと悪化しちゃいますよ」 【渉】「大丈夫だから……病院代はリムジンの持ち主に請求するから」 【真央】「あのリムジンって刹那さんですよね?」 【渉】「聞くまでもないだろ、リムジン乗って学校登校して来る野郎は夕凪刹那しかいねえだろ」 刹那は俺のライバル的存在だ。 確かに奴は金持ちで美形で才色兼備の生徒会長だがな、言うまでもなく奴は変人だ。 あとで教室に行ったら刹那に文句言ってやる。 【彰人】「よお、渉。今日は女の子と一緒に登校かよ」 【渉】「よっ、彰人」 俺に声を掛けて来たのはダチの彰人。 こいつとは腐れ縁って感じで、小3の時に引っ越してからの付き合いになるから、思春期の俺の恥ずかしい話を握ってやがる。 【彰人】「結城さんと同じ傘なんて入って学校なんか登校してたら、クラスの男たちに殺されるぞ」 【渉】「これには深い事情があるんだよ」 【真央】「やっぱり真央と一緒に傘に入ってたら麻生さんに迷惑でしたよね。ごめんなさい、ごめんなさい」 【渉】「だからさ、真央ちゃんはなんも悪くないから」 【彰人】「朝っぱら女の子を泣かすなんて酷い奴だなおまえは」 【渉】「なんだよ、俺って悪役かよ!」 【彰人】「ああ、おまえは人間のクズだからな」 【真央】「あんまり麻生さんのこと悪く言わないでください。真央が全部悪いんですから」 【渉】「だから、なんでそういう展開になるわけ?」 【彰人】「あ〜あ、すっかり渉は悪役だな」 【渉】「そうやって悪態つくおまえが影の悪役だ」 【真央】「二人とも真央のせいでケンカしないでください……」 うわっ! なんだか状況が意味もなくこんがらがってきちゃったよ。 しかも、真央がマジで目に涙を溜め始めたし。 やっぱ俺が悪いのか? 俺って悪役なのか? 俺が謝れば済むのかよ! あーっ、俺が全部悪いのさ、俺なんてクソだよ。 【渉】「別に俺たちケンカしてるわけじゃないしさ」 【真央】「本当ですか? 真央のせいじゃないんですか?」 【渉】「真央ちゃんはなんにも悪くないから。命賭けてもいいよ」 【真央】「よかったですぅ」 【彰人】「渉、俺の傘に入ってけよ」 【渉】「そうだよ、なんでそれを早く言わなかったんだよ。これで問題全部解決だな、うん。じゃあ、そういうことだから、真央ちゃんここまでサンキュな」 【真央】「あ、はい……」 真央はなんだかうつむいてさっさと歩き去ってしまった。 やっぱりよくわからん子だな。 【彰人】「結城さんってさ……」 【渉】「途中で言葉止めんなよ」 【彰人】「おまえのこと好きなんじゃねえの?」 【渉】「はぁ〜っ!?」 【彰人】「おまえが気づいてなかったら、おまえは鈍感のクソ男だな」 【渉】「そんなわけないだろ。真央ちゃんが俺のこと好きなわけないだろ。思い当たる節なんか……」 あるかもしれんぞ。 いや、そんなまっさか〜っ。 【渉】「そんなわけねえよ、だって真央ちゃんって男嫌いだって言うし」 【彰人】「結城さんはおまえのこと好きだよ」 【渉】「だから、なんでそんなことわかるんだよ」 【彰人】「俺だからわかるんだよ」 【渉】「俺だからわかるって、おまえはいつからエスパーになったんだよ」 【彰人】「結構前からだな」 【渉】「そ、そうだったのか……おまえってエスパーだったのかよ、ぜんぜん気づかなかった……ってそんなわけねえだろ」 【彰人】「まあ、とにかく俺にはわかるんだよ。俺はおまえと違って鈍感じゃないからな」 【渉】「鈍感で悪かったな……あっ」 【彰人】「どうした?」 桜井が何食わぬ顔っていうか、俺のこと完全無視で通り過ぎて行った。 【彰人】「あれって桜井さんだな。でもよ、なんだか似合わない傘持ってるよな」 【渉】「俺の傘だよ、あれ」 【彰人】「ほぉ、だからおまえそんなにびしょびしょなのか」 【渉】「だから、いろいろあったんだよ」 【彰人】「学校行きながら聞かせろ」 【渉】「ああ、聞かせてやるよ」 俺は今朝の満員電車からの話を彰人に聞かせながら学校に向かった。 教室に入って俺は即座に刹那の野郎を探した。 ……探すまでもなかった。 刹那目立ちすぎ。 机にテーブルクロスを敷いて、足組みしながら朝のティータイム&読書なんてしちゃったりくれちゃってるのは奴しかいない――夕凪刹那、貴様だっ!! 俺が思うに刹那ほど白い学ランの似合う奴はいない。 てゆーか、うちの学校ブレザーなのに、刹那だけ白い学ラン……真夏でも。 ここは一つガツンと言ってやりたいところだが、ここは一つ作り笑いでも浮かべて話しかけよう。 【渉】「おい刹那、話がある」 【刹那】「お早う渉クン」 ううっ、眩しい……刹那の白い歯が人口太陽と化して俺の目に直撃! この刹那の必殺爽やか笑顔に何人の戦士たちが敗れていったことか……俺は無念でならない。 だから、俺は刹那に勝つ!! 【渉】「俺を見てなんか思いつかないか?」 【刹那】「むさ苦しい」 【渉】「違う」 【刹那】「性別オス」 【渉】「……違う」 【刹那】「IQ猿以下」 【渉】「……違う! 俺の服に泥が跳ねてるだろうが!」 【刹那】「あ〜っ雨の日に泥んこ遊び、おもしろそうだね。でも、どうせやるなら着替えを用意してなきゃね。うっかりさんだなァ、渉クンは」 【渉】「……おまえが女じゃなかったら、俺は速攻でおまえを殴り飛ばしてたぞ」 【刹那】「わァ、暴力反対」 今のセリフを抑揚のない感情ゼロの棒読みで言いやがった。 そーゆー言い方されるとよけいに腹が立つ。 俺は拳をぎゅっと握り締めて、モーソーの中で刹那にあ〜んなことや、こ〜んなことをしてやったぜ……ニヤリ。 ったく女子のクセして男子の制服着やがって……萌えるだろ!! しまった、俺自身がよからぬモーソーをして話を本題からずらしてしまうところだった。 恐るべし刹那マジック!! って俺が勝手にモーソーしただけか。 【渉】「え〜と、だから俺が言いたいのはだな」 【刹那】「着替え忘れたから貸してくれ?」 【渉】「俺の話を最後まで聞け! だから、つまり、おまえのリムジンに泥水を引っ掛けられたんだよ」 【刹那】「……へぇ、クリーニング代は出すよ」 【渉】「そうじゃないくって、ごめんの一言もないのかよ」 無表情な顔をワザと作った刹那が一言。 【刹那】「ごめん」 うわっ、信頼性&信憑性ゼロ+誠意もマイナス100って感じだよ。 【渉】「だからさ――」 俺が刹那に話をしようとしていると、俺の肩を誰かが軽く叩いた。 【彰人】「生徒会長にまともな会話を求めるな。この方はパンピーとは会話の次元が違うんだよ。生徒会長と会話ができるのはカミサマだけだな」 【渉】「確かに……って言ってる間に刹那のアレがはじまったぞ」 【刹那】「ああ……時間が見える」 眼とつむり天井――いや、宇宙を見上げる刹那。 奴はカミサマと〈交信〉している……のだ? 刹那が〈交信〉をはじめると誰もが刹那の〈信託〉に注目する。 【刹那】「……1時限目に抜き打ちテストがあるよ」 この瞬間クラスがどよめき慌て出す。 刹那の〈信託〉は絶対で、刹那が1時限目に抜き打ちテストがあると言ったら、絶対に1時限目にテストが行われる。 【渉】「1時間目ってなんだっけか?」 【彰人】「数学だな」 【渉】「ゴリラの数学教室か……。つーかさ、あのゴリラって抜き打ちテストばっかりやるよな」 【彰人】「赤点取ると恐怖の補習授業が待ってるぞ」 【渉】「じゃあ、しょうがないから勉強でもすっか……」 と、その前にジャージに着替えて来ないとな。 俺はジャージを持って更衣室に行こうと廊下に出ようとした。 そこで運命的な出会いがっ!! ちょうど桜井が友達Aと一緒に教室に入ろうとしているところで俺とすれ違ったのだ。 だが、しかし!! シカト。 桜井は俺と視線を合わせることなく教室の中に入って行ってしまった。 今の俺の心境は告白する前からフラれた男の心情って感じだ。 青春してるよな俺って……。 桜井が教室に入った途端、優雅に読書なんぞしとった刹那が勢いよく席から立ち上がった。 俗に言う刹那スイッチオンだ。 【刹那】「明日香マイラ〜ヴ!」 【明日香】「うわっ!?」 身体を強張らせた桜井に、華麗なまでに鮮やかに床を蹴り上げた刹那が桜井に抱きついた。 ……朝っぱらからよくやるよな。 伊達に刹那は男装しているわけじゃない。 刹那の野郎は美少女大好きなのだ。 【明日香】「ちょっと、離れて!」 【刹那】「なにを言うんだい? ボクらは赤い糸という運命に結ばれているんだよ!」 【明日香】「ヴァカじゃないの!?」 【刹那】「明日香の前では、ボクはバカになってしまうのさ……あはは」 刹那は桜井の小柄な身体をぎゅっと抱きしめて、桜井の頬に自分の頬をスリスリしてやがる。 羨ましいが、男があんなこと桜井にやったら殺される。 股間蹴られてKOだな。 【明日香】「刹那の香水の匂いが付くから離れてってば」 【刹那】「もうボクは君のことを決して放さないよ」 【明日香】「雪乃も見てないで助けてよぉ」 名前を呼ばれて桜井の友達Aがにこやかな笑顔でしゃべりはじめた。 【雪乃】「ほらほら刹那さん、あんまりしつこい子は明日香に嫌われちゃうわよ」 【刹那】「……運命の悪戯か、愛の試練か、ボクらの仲はここにいる雪乃クンによって引き裂かれようとしている。ああ、ボクらはこんなに愛し合ってるっていうのに……」 【明日香】「愛し合ってなんかないってば!」 【刹那】「そんな照れることないんだよ。口ではそんなこと言っていても、ボクは君の本当の気持ちを知っているのだから……」 【雪乃】「刹那さんが明日香のこと好きなのはわかったら、ほら、もうすぐチャイム鳴っちゃうから席に着かないといけないでしょ? だから明日香のこと放してあげて、ね?」 【刹那】「……しかたないね。学校というルールの中にいる以上、ここのルールに従わねばならない。チャイムが鳴ったら席に着かなければならないからね」 よかった、刹那スイッチオフになったようだ。 スイッチオンの時の刹那は俺よりも恋愛モーソー爆発だからな。 つーか、そんなことよりもチャイム鳴る前にジャージに着替えて来ないとな。 俺が急いで更衣室に向かおうと後ろを振り返ろうとした時、俺の視線がなぜか桜井と合った。 しかもまた睨まれた! ぐわっ!? な、なぜに睨まれる? 今回ばかりはマジで意味不明だぞ。 桜井はすぐに俺から視線を外して何事もなかったように自分の席に着いた。 俺は意味不明のまま、モーソー駆け巡る頭を悶々とさせながら廊下を走って更衣室に向かった。 そして、心の中で叫ぶ。 意味わかんねえよ!! 1時間目の抜き打ちテストはマジで撃沈した。 テストが事前にあるってわかってても、公式を覚えるのが俺にできる精一杯の勉強法で、 数学の場合は問題の中に出てくる数字がいくらでも変わるからな……。 まあ、とにかく俺は言い訳はしないぞ。 解答欄の半分埋まってねえ!! ふっ、夏休みの補習を正々堂々と受けてやればいいんだろ! と逆切れしてもはじまらんな。 せっかくやっと昼休みになったんだから弁当でも食うとするか。 さてと、彰人はどこにいるかなっと……いねえ! いねえよ、彰人がいねえ!? いつも一緒に弁当食ってるんだが、今日はどこにも見当たらねえな。 あいつどこ行ったんだ……まいっか。 雨の日は教室で弁当を食うんだが、今日は気晴らしにどっか行ってみるか。 1.やっぱここは妥当に教室で食う――※1へ(明日香&雪乃) 2.雨の日は特に人が来ないと思われる屋上に通じる階段――※2へ(真央&彰人) 3.冒険心って大事だよなってことで当てもなく彷徨ってみる――※3へ(沙羅&刹那) |
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