第1章002
 5時間目の授業が眠くなるのは自然の摂理ってやつだ。
 外は土砂降りでポカポカ陽気ってわけじゃないが、それでも食後は心地よい眠りの誘惑が……。
 確か5時間目の授業は古典だったような気がする。
 古典の授業なんて俺に寝てくれって言ってるようなもんだよな……。
 教室のドアが開いて教師が入って……来た!?
 あれっ、古典教師じゃなくってうちの担任の上條沙羅先生じゃんか?
【沙羅】「ハ〜イ、エブリバディ! 昨日連絡したと思うけどぉ、5時間目はホームルームで6時間目はなしで下校だから」
 聞いてねえよ!
 これは俺がたまたま聞き逃しんじゃなくて、クラス全員が聞いてない。
 うちの担任に言わせると、世界は彼女を中心に回ってる。
 上條先生――嬢王様が言ったことに間違いはないから、嬢王様が昨日言ったって言うんだったら昨日言ったんだろうさ。
【沙羅】「今日のホームルームはみんなもわかってると思うけどぉ……」
 わかんねえよ!
 ホームルームがあること自体知らなかったのに、どうやってわかるんだよ。
【沙羅】「9月にある学園祭の出し物を決めなくちゃいけないんだけどぉ、出し物はアタシが決めて置いてあげたわぁん!」
 勝手に決めんなよ!
 ってクラスの大半は思っているが口には出さない。
 だって相手は嬢王様だから……。
【沙羅】「今年はコスプレカフェが当たるわぁん!!」
 これには教室がどっと沸いた。
 俺は幸か不幸か3年連続で嬢王様クラスなんだが、1年目は嬢王様監督による映画で、2年目は美少女系のグッツ販売……。
【沙羅】「じゃあ、コスプレカフェを運営するにあたって、実行委員をくじ引きで決めるわよ」
 なんだか全部嬢王様主導って感じだな。
 そもそもうちのクラスにはクラス委員が存在せず、その代行を刹那が一人でやっているのだ――3年連続で。
 嬢王様クラスには偶然か必然か必然か必然か、刹那が割り振られるのだ。
【刹那】「クジには5枚の当たりが入っているからね。あと、特別賞として最新型ノートパソコン引換券も入れて置いたよ」
 意味わかんないから。
 クラスの実行委員決めでノートパソコンが当たるなんて聞いたことねえよ。
【刹那】「クジはみんなで一斉に開けるから、引いてもすぐに開けちゃダメだよ」
 そう言いながら刹那は四角い箱を持って、クラス中を歩き回ってみんなにクジを引かせた。
【刹那】「じゃあ、みんなクジを開いてみて」
 すぐに誰かがノーパソが当たったって騒ぎやがった。
 ……チッ、何気に俺もノーパソ狙ってたんだけどな。
【真央】「あわぁっ!? 実行委員に選ばれちゃいましたぁ」
 ノーパソ当たった奴よりもデカイ声だな……まあ、実行委員に選ばれてご愁傷様って感じだな。
【渉】「ぐわっ!! 俺もかよ!」
 思わず叫んでしまった。
 クジがいいのか悪いのか、俺も実行委員になっちまった。
【渉】「ったく、ついてねえ」
【彰人】「心配するな、俺も運命共同体になった」
【渉】「おまえも当たり引いちまったのかよ?」
【彰人】「ああ、クジにちゃんと『今日からキミも実行委員♪(当たり)』って書いてあった」
【渉】「俺のには『実行委員として誇り高く逝け!(当たり)』って書いてあったぞ」
 もしかして当たりは全部、書いてあるセリフが違うのかよ?
 なんか意味のないところに力入れてるくじ引きだな。
 えっと、それで実行委員に選ばれたのは俺と彰人と真央と……あっ、雪乃が手をあげた。
【雪乃】「私も当たりくじ引いたみたいだわ」
 これで4人か……確か5人だったよな。
 ってことはあとひとり誰だ?
 黒板に俺を含める実行委員4人の名前が書き出される。
【刹那】「あと一人名乗り出ていない者がこの教室内にいるはずなんだけどなぁ」
 刹那は教室全体を見渡しながら、ある場所で視線を止めた。
【刹那】「あと一人いるはずなんだけどなぁ」
【沙羅】「名乗り出ないとアタシの権限で留年させるわよぉん!」
 どういう権限だよ!
 なぜかクラス中に殺伐とした空気が流れる。
 そして、刹那がニヤリと笑ったその視線の先で、ひとりの女子生徒が無言のままゆっくりと手をあげた。
 ああっ、桜井明日香!
 な、なななな、なんと、桜井が実行委員に選ばれたのだ。
 よっしゃ、俺ってクジ運最強!
 これまで生きててよかった。
 もう俺は思い残すことは……あるよ!
 つーか、恋愛の極意その1は相手との共通点を増やすことだからな。
 これで正当な理由で桜井と同じ時間を共有できるぜ……ふふふ。
 俺がよからぬことを考えながら桜井を見てると、桜井が一瞬だけ俺を見た。
 その表情は無表情で怒っているようにも見えたが、すぐに桜井は腕を枕にして顔を机の上に伏せてしまった。
 実行委員がダルいのか?

 そして、気が付けば放課後の教室に残っちゃってたりして……。
【真央】「あのぉ、やっぱりコスプレカフェは恥ずかしいから……」
【沙羅】「ダメよ、少なくとも女子全員にはコスプレしてもらうんだから」
【真央】「でもぉ……」
 俺がコスプレさせれなきゃ好きにやれって感じだな。
【雪乃】「ところでコスプレなにのコスプレをするかは決まってるのかしら?」
【刹那】「当然実家が神社の雪乃クンは巫女のコスプレだね」
【渉】「じゃあ刹那はなんのコスするんだよ?」
【刹那】「ボクはコスプレなんてしないのさ。ボクは見る専門」
【真央】「刹那さんズルイですよぉ」
【彰人】「でも、真央ちゃんがコスしてお店に出たら、売り上げ上がると思うけどな。そう思うだろ渉?」
【渉】「ああ、ウチの女子はみんな可愛いからな……ってなに言わせるんだよ!」
【彰人】「自分から言ったんだろうが」
【真央】「真央のコスプレなんて見たい人いるんですかぁ。渉さんは真央のコスプレ見たいですか?」
 なんでそんな答えづらい質問を俺にすんだよ。
 嬉しそうに見たい(本音)とか言ったらただの変態じゃねえか。
【彰人】「渉は女子全員のコスが見たいんだよな?」
【渉】「見たくねえよ!」
【真央】「……見たくないんですか……麻生さんは……」
 なんで涙声になってるんだよ。
 真央を泣かせたのは俺なのかよ!?
【雪乃】「麻生君は口では見たくないって言ってるけど、彼はとっても変態さんだから、【真央】ちゃんのコスプレ姿を見たくて見たくて仕方がないのよ」
【真央】「本当ですか!」
 うわっ、さっきまでのがウソみたいに真央が目をキラキラ輝かせてるし……。
 そう言えば今朝……彰人が俺に……ま、いっか。
【沙羅】「さっきから明日香の発言がないみたいだけどぉ、ちゃんと会議に参加しないと宇宙で一番恥ずかしいコスプレさせるわよ」
【明日香】「……くだらない」
 桜井の低く響く声が場の温度を一気に氷点下まで下げた。
 くだらない話は中断され、静まり返った室内に嬢王様の声が響く。
【沙羅】「今の発言は聞こえなかったことにしてあげるから、もう一度正しい解答をしなさい」
【明日香】「だ〜か〜ら〜、こんな話し合いくだらないって言ってるです」
 なんだか雲行きが怪しいぞ。
 不機嫌な顔してうつむく桜井を斜め上から嬢王様が見下す構図。
 この小娘がって顔してる嬢王様と、オバサンに付き合ってるほどあたしはヒマじゃないのって感じの桜井。
 今のは俺の想像だが……たぶん合ってるっぽい。
 誰かこの場をフォローする奴はいないのか!?
 ……俺はヤダ。
 ここで雪乃が何事もなかったように会話をはじめる。
【雪乃】「ところで上條先生、コスプレの衣装は何種類くらい用意しましょうか?」
【彰人】「俺が考えたのはナース・メイド・メイド・スクール水着・チャイナ服……」
【渉】「スク水はヤバイだろ」
【彰人】「そんなこと言って見たいんだろ?」
【渉】「まあな」
【雪乃】「麻生くんは誰のスクール水着がお好みかしら?」
【刹那】「ああ、ボクは明日香ちゃんに裸エプロンをしてもらいたいなぁ〜」
【真央】「は、裸エプロンですかぁ!?」
【明日香】「あたしは絶対コスプレなんてしませんから!」
 みんなの苦労が水の泡。
【沙羅】「ふふふ……」
 ヤバイ嬢王様がキレたっぽい。
【沙羅】「お〜ほほほほほっ、アタシの逆らう気かしらぁん、この小娘ちゃんが!」
【明日香】「…………」
 桜井必殺ガン飛ばしVS嬢王様必殺見下す視線
 さあ、勝つのはどっちだ!?
 ってそんなことを考えて盛り上げってどうすんだ俺は……どうにかせねば!
【渉】「まあまあ二人とも落ち着いて」
【沙羅】「渉は指くわえて黙って見てなさい!」
 嬢王様の目が据わってる……俺にはこれ以上のことはなにもできない。
 俺は権力に負けたのさ!
 強いものに逆らって生きたら長生きできないのさ!
 ……ふっ。
【雪乃】「明日香ったら、すぐに機嫌を悪くするにはあなたの悪い癖よ」
【刹那】「沙羅先生もここはボクの顔に免じて穏便に。あとで高級菓子折りを届けさせますから」
【真央】「あわわ、ケンカはよくないですよ」
【雪乃】「もっと大人になりなさい、明日香」
 雪乃の口調は怒っているわけでも叱っているわけでもない、ただ相手を見つめて言った静かな口調だった。
 しばらく黙っていた桜井は雪乃を顔を睨みつけて大声で怒鳴った。
【明日香】「あたしは子供だもん!」
 そして、桜井は走って教室を飛び出してしまった。
 俺は唖然として桜井の背中を見ているだけだった。
 なんだか今の桜井はとても感情的に俺の目には写った。
【彰人】「渉、桜井を追え。話し合いは俺たちで適当に進めておくからさ」
【刹那】「明日香ちゃんはボクが追うよ」
【渉】「俺が追うって」
【沙羅】「ふん、逃げ出した負け犬を追うことはないわよ」
【真央】「みんなで行きましょうよぉ」
【雪乃】「みんなで追うのはよくないわ。あの子は大人数で来られると絶対に意地張っちゃうから」
【刹那】「じゃあボクが代表で行くってことで決定だね」
 こんないい場面で刹那を行かせてたまるか!
 俺は刹那の両肩に手を置いて、輝く瞳で刹那を見つめた。
【渉】「いや、おまえは生徒会長としてこの場をまとめる義務がある。この仕事は世界中でおまえしかできないんだ。俺は刹那のことを信用してるぜ」
【刹那】「……渉クン。わかった、ここはボクに任せて行きたまえ!」
 ……単純なヤツ。
【彰人】「さっさと行けよ、見失うぞ」
【渉】「おう」

 さてと、桜井を追って教室を出た俺だが、ここで考えるべきことはただひとつ!
 桜井どこ行った?
 単純に考えて下駄箱が妥当だな。
 てなわけで俺は下駄箱に猛ダッシュした。
 そして、案の定、桜井は下駄箱にいた。
 しかも、俺の足音に気づいてこっちを振り返って、お得意のガン飛ばし。
【明日香】「あたしのこと追ってきたの?」
【渉】「別に」
【明日香】「雪乃に頼まれて来たんでしょ……ほっといてくれればいいのに」
【渉】「別に雪乃に頼まれて来たわけじゃねえよ」
【明日香】「じゃあ、ほっといてよ」
【渉】「ほっとけねえよ。おまえの持ってる傘俺んだし」
【明日香】「はぁ?」
【渉】「おまえが今持ってる傘って俺が貸したやつだろ。借りたままパクる気だったのかよ、そういうの借りパクって言うんだぞ」
【明日香】「だったら今返す」
 桜井に差し出された傘を俺は受け取らなかった。
【渉】「返したらおまえどうやって帰るんだよ?」
【明日香】「濡れて帰るからいい」
【渉】「その傘おまえに貸しといてやるよ」
【明日香】「そんなことしたら麻生が濡れるじゃん」
【渉】「俺は別にいいよ、行きも濡れたんだしさ」
【明日香】「じゃあ、借りる」
 桜井はさよならも言わないで俺に背を向けて雨の中に消えて行こうとした。
 しまった、桜井を呼び戻しに来たんだった。
 桜井のことを呼び止めねば!
 と俺が思って桜井に声をかけようとしたが、それよりも早く桜井が振り返って俺を見つめた。
 その表情は相変わらず機嫌悪そうな無愛想な顔だったが、桜井の口から言葉はいつもと違った。
【明日香】「いっしょに入ってく?」
【渉】「はぁ?」
【明日香】「いっしょに帰れば麻生が濡れなくて済むじゃん?」
【渉】「でもさ……」
【明日香】「じゃあ、濡れて帰れば」
 冷たく言い放った桜井は俺に背を向けて歩き出してしまった。
【渉】「待てよ、俺のこと入れてけよ!」
【明日香】「……最初ッからそう言えばいいのに」
 振り返った桜井の表情はいつもと違った。
 一瞬だけだったが、俺には桜井が微笑ったように見えたのだ。
 見間違えの可能性は大いにあるが……つーか、俺のモーソーかも。
 そんなわけで俺はどういうわけか桜井と一緒に帰ることになってしまった……ひとつ傘の下で!
 これが夢なら絶対覚めるな!
 夢じゃないなら一生続け!
 今だかつて雨の日にこんな気分爽快な日があっただろうか……いや、ない!
 俺のジンセーも捨てたもんじゃないな。
 同じ傘の下にいるというのに会話は特になかった。
 俺が傘を持って桜井が俺に寄り添ってくる。
 それだけで俺は幸せだった。
 だが、ここでもっと嬉しいことが!!
 桜井が無言のまま俺の腕に自分の腕を絡めて来たのどぅあ!
 小さくともそこに確かに存在する胸の膨らみが、微かに俺の腕に当たってる……と思う。
 決して桜井の胸がないと言っているわけではないのだが……微妙すぎて……。
 とにかく、これは決して俺のモーソーなんかじゃないぞ。
 桜井の腕は確かに俺の腕に……ああ、幸せぇ〜。
 ちょっと顔の筋肉緩んじゃってマヌケな表情をしている俺に桜井が一言だけ。
【明日香】「あたしが濡れるから、近くに寄っただけだから……」
 理由なんてどうでもいいさ。
 俺がここにいて、桜井がそこにいる……これが現実さ。
【渉】「あのさ、なんで俺と帰る気になったんだよ。今朝は一緒に傘じゃ嫌って言ってなかったか?」
【明日香】「気まぐれ」
【渉】「あー気まぐれね」
 なんだか妙に納得。
【渉】「あとさ今朝の電車のことなんだけど、桜井の足踏んだのは悪かったと思うけどさ、仕返しに俺の足を強烈に踏んづけて走って逃げることないだろ」
【明日香】「別に仕返しのつもりで踏んだんじゃない。ちょっと電車が揺れて、それで……」
【渉】「じゃあなんで走って逃げるんだよ」
【明日香】「それは……」
 桜井は顔を少し赤らめて恥ずかしそうにうつむいた。
【明日香】「だって謝るの恥ずかしかったから……」
【渉】「はぁ?」
【明日香】「だって麻生ってあたしのこと嫌いだと思ってたから、そんな奴に謝りたくなかったから……それで走って逃げた」
【渉】「はぁ? 俺が桜井のこと嫌い?」
 どこでどういう風になったら話がそういう方向に展開するんだよ。
 俺が桜井のこと嫌いなわけないじゃん。
 むしろ俺は桜井のこと……。
【渉】「……ああ、俺はおまえのこと嫌いだよ。目が合うたびにガン飛ばされるし、俺がなにしたっていうんだよ」
 ってなに言ってんだ俺!?
 おいおいおいおい、心にもないことを言ってしまった。
【明日香】「……やっぱり嫌いなんだ。あたしも麻生のことなんて大ッ嫌いだけどね」
 うわっ、すんげえ誤解されたっぽいぞ。
 どうにかして挽回しろよ俺!
【渉】「でもさ、俺が思ってたより桜井ってヤナ奴じゃないかもな」
【明日香】「麻生はあたしが思ってた以上に嫌な奴」
 なんだよ、おまえは俺とケンカしたいのかよ!?
 意味わかんねえよ。
【渉】「それって俺にケンカ吹っかけてるのかよ?」
【明日香】「別にそうじゃないけど、麻生ってすごくムカツクんだよね」
【渉】「はぁ〜っ!?」
【明日香】「あたしの頭の中に居座って、ウザイのに消えてくれないんだもん」
【渉】「は?」
【明日香】「頭の中が麻生のことでいっぱいになっちゃって、それがウザくてムカツクんだけど、どうにもできなくて……」
【渉】「あのぉ、それはどういった意味で?」
【明日香】「だから麻生を目の前にすると、腹立たしくて睨んだりしちゃうんだよ」
【渉】「もしかしてさ……」
 これってもしかするともしかしてなのか!?
 雰囲気的に言ってこの展開は衝撃の展開が待ち受けてるっぽいぞ。
 もしかして……桜井って俺のこと……。
【明日香】「麻生のせいであたし……」
【渉】「間違ってたら笑って済ませろよ。桜井って俺のことス……ぐえっ!」
 桜井の強烈なボディブローが俺の腹に……。
 小柄なボディーからは想像も付かないパンチをくらった俺は声すら出せなかった。
 桜井が数多くの男どもを蹴散らしてきたと噂では聞いていたが……マジで桜井がケンカ強かったとは……。
【明日香】「今言おうとしたこと口にしたら、再起不能にするからね」
 腹を抱えてうずくまる俺から傘を奪った桜井はさっさと歩きはじめてしまった。
【渉】「おい待て、俺を置いてくな」
【明日香】「早く来ないと置いてくよ」
【渉】「そう言いながらすでに置いてかれてるし!?」
【明日香】「びしょびしょの身体で近づかないでよ」
【渉】「近づくなって……おまえのせいでこうなったんだろ!?」
【明日香】「あ、そっか」
【渉】「なんだよ、そのわざとらしい口調は!」
【明日香】「わざとだし」
【渉】「ムカツク女だなぁ」
【明日香】「あたしも麻生のこと嫌いだから、お相子でしょ?」
【渉】「まあな」
 桜井が微かに笑った。
 決して見間違いじゃない桜井の笑顔……俺の心に永久保存版!
 なんだか桜井と俺の距離が近づいたような気がした。

 ――雨はまだ止まない。
 駅ビルの前は屋根があって傘はもう必要ない。
 それが少し寂しい。
 駅の入り口の前では中古のCDを売る露店や、路上でアクセサリーを売ってる外国人のお兄さんがいた。
【明日香】「ちょっと見てこよ」
【渉】「なにを?」
【明日香】「クールなアクセサリーいっぱい売ってるよ」
【渉】「ああいうの趣味なのか?」
【明日香】「別に」
【渉】「別にって……」
【明日香】「いいじゃん、あたしが見たいって言ってんだから、付き合ってくれたっていいでしょ」
 俺は桜井に腕を引っ張られてアクセサリーを売ってる露店の前に連れて来られてしまった。
 シルバーアクセサリーとかが黒い台の上に隙間なく置いてある。
 指輪にピアスにペンダントに……ぜんぜん興味ないんだけど。
【明日香】「これが欲しいなァ」
【渉】「は?」
 桜井の指差す先にはハートのリングがぶら下がってるペンダントがあった。
【明日香】「これ買ってくれたらイイことしたげる」
【渉】「はぁ!?」
【明日香】「早く買わないと他の誰かが買っちゃうよォ、それでも麻生クンいいの?」
 よくはないけどさ、イイことってなんだよ、イイことって!?
 イイことって単語が俺のモーソーキーワードにヒットしちまった。
 イイことって言ったらアレしかないだろ……でも桜井がそんなこと……。
【明日香】「くすくす……男ってみんな単純でばかだなァ」
【渉】「はぁ!? もしかして俺ってからかわれてんのか?」
【明日香】「聞くまでもないじゃん?」
 ガーン!!
 もしかして俺って桜井の手のひらの上で転がされてるのか?
【明日香】「でも、これ欲しいってのはホント」
【渉】「しゃーねえなあ、買ってやるよ。兄さんこれいくら?」
【外国人】「5000円」
【渉】「高けえよ!」
【明日香】「ビンボー人って高いもの見るとすぐわめくんだから」
【渉】「うるせーよ、これからが買い物上手の腕の見せ所だ。おい、2500円に負けろ」
【外国人】「駄目アルよ、2つセットで5000円アルよ」
【渉】「流暢な日本語で中国人の真似すんなよ、どう見たっておまえ金髪で目の色青だろ」
【外国人】「ワタシ中国から来ましたラーメンマいう者アルね」
【渉】「中国人のものまねはわかったから、2つセットじゃなくっていいから1つ2500円で売ってくれ」
【明日香】「2つセットでちょうどいいじゃん」
 それは俺の財布がよくないと言っている。
【外国人】「実はこの二つのペンダントは中世時代から現代に伝わるものアルよ」
【渉】「見え透いたウソつくなよ」
【外国人】「ウソじゃないアルよ、二つのペンダントについてるハートは知恵の輪になってて、二つが一つになる時、奇跡が起こるって伝えられてるアルね」
【渉】「恋愛成就とか?」
【外国人】「ワタシはやってみたことないから知らないアル。なにが起こるか知りたいなら、お客さん買ってやってみたらいいアルね」
 そういう商売の仕方ってズルイと思うぞ。
【明日香】「買ってくれるのくれないの?」
【渉】「いや、だから、お金が……」
【外国人】「……ふう、可愛いお嬢さんのために2つセットで3000円にしてあげるよ」
【渉】「マジで? 3000円にしてくれんの……ってテメェ、普通にしゃべれるじゃねえか」
【外国人】「ワタシ中国からやって来ましたラーメンマいう者アルよ」
【渉】「中国人のものまねはわかったから、3000円でいんだろ、買うよ」
【外国人】「税込みで3150円アル」
【渉】「消費税取るのかよ!」
 そう言いながらも俺はなけなしの金をはたいた。
 ひとつは俺の、そしてもうひとつは桜井の……。
【渉】「じゃあ、試しに2つのハートをくっ付けてみようぜ」
【明日香】「イヤ」
【渉】「はぁ!?」
【明日香】「だってあたしたち、そんな関係じゃないでしょ?」
【渉】「なんですとーっ!!」
 ペアのペンダントを買って、ペンダントにまつわる奇跡のうんたらを聞いたというのに、あなたという人は試してみないと言うのですか?
【明日香】「だってあたしたち、友達でもないでしょ?」
 ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!
 マジですか!?
 友達でもないってマジですか!?
 俺って勝手に独り突っ走ってましたか?
 誰か答えてください。
 俺って勘違い野郎?
【渉】「お、俺たち友達だろ?」
【明日香】「いつから?」
【渉】「今日から」
【明日香】「あたしはそう思ってないけど」
【渉】「さっきまで一緒の傘に入ってて、それでも桜井は俺のことを赤の他人と?」
【明日香】「うん」
 桜井の素敵笑顔炸裂!
 なんかいろんな意味で悩殺っていうか、撃沈っていうか……。
【明日香】「冗談」
【渉】「えっ?」
【明日香】「ジョーダンだよ、これ買ってくれたから友達くらいにはしたげる」
【渉】「よかったぁ……」
 昨日の今日にしてみれば、すごい前進だ。
 俺は3150円で桜井と友達になれる権利を買ったのだ!
 そう思えば安い買い物だったな。
【明日香】「じゃあ、あたし帰るね」
【渉】「え、あ、う?」
【明日香】「麻生って耳悪いの?」
【渉】「帰るって、ほら、イイことしてくれるんじゃ……?」
【明日香】「友達になってあげたじゃん♪」
 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
 騙された!
 詐欺だ!
【明日香】「じゃあね、今日はありがとね」
【渉】「いや待てって」
【明日香】「なに?」
 うわっ、振り返りざまの凶悪目つき。
 せっかく仲良くなったと思ったのに、また振り出しに戻った感じだ。
【渉】「あのさ、電車一緒だろ? それにおまえ駅から家までどうすんだよ。濡れるだろ、だから俺が桜井の家まで送るよ」
【明日香】「タクシー使うからいい」
 ぐはっ、そう来ましたか。
【渉】「でもさ、お金かかるから、やっぱり俺が……」
【明日香】「貧乏人」
【渉】「ううっ……」
【明日香】「貧乏人」
【渉】「ぐあっ、二度も言うことないだろ」
【明日香】「ちょー貧乏人」
【渉】「三回も余計だ。それにちょーと付けるな。俺は中流家庭だ」
【明日香】「でも、家の前までならいいかな」
【渉】「はい? なにが?」
【明日香】「だ〜か〜ら〜、家の前まで送らせてやってもいいかなって言っんの」
【渉】「マジで!?」
【明日香】「犬みたいにしっぽ振って喜ぶな、下心丸見え」
【渉】「ないないないない、下心なんてありませんよ」
 本当はある。
 桜井を家まで送ったついでに、まんまと桜井の家に上がらせてもらおうなんて、バリバリ考えてます!
 あわよくば、桜井の部屋に侵入!!
【明日香】「やっぱり送らなくていい。麻生ってすぐに付け上がるタイプみたいだから」
【渉】「そんなことないって!」
【明日香】「顔がにやけてる」
【渉】「えっ!?」
 慌てる俺を見つめる桜井の冷めた視線が痛い。
 俺と桜井の距離が離れていくぅ〜〜〜。
【明日香】「じゃあね」
 今の声、すごく冷たかった。
 ああ、桜井の後姿が小さくなって行く……。
【明日香】「きゃ!?」
 あっ!?
 桜井が人にぶつかって尻餅ついた!
 しかも、ぶつかったのは見るからに悪そうなお兄さんたち数名。
 つーか、制服着てるから他の学校の生徒だな。
 でも、俺よりも5歳は年上に見えるのは気のせいか?
 しかも制服着たままタバコ吸ってやがるし……。
 あ〜っ桜井が腕つかまれて持ち上げられちゃったよ……って傍観しててどうすんだよ俺!
 助けなくては!
【渉】「桜井!」
【明日香】「とりゃーっ!!」
【渉】「マジかーっ!?」
【不良A】「ぐあっ!!」
 おお、不良Aが吹っ飛んだぞ……桜井の回し蹴りで。
 ちくしょー微妙に桜井のパンツが見えそうで見えなかった。
 じゃなくって、桜井強ぇいぞ。
 って吹っ飛んだ男の目がマジギレしてるし、周りの奴らもキレてるよ。
 ……状況最悪。
【不良A】「てめぇぶっ殺す!」
【不良B】「可愛い顔してっからってナメてんじゃねえぞ!」
【不良C】「俺たちが可愛がってやるよ」
 奴らは飢えた狼だ。
 男は狼なのよぉ、気をつけなさい♪
 うわぁ、狼が可愛らしい美少女を食べようとしているよぉ。
【明日香】「麻生助けて!」
【渉】「へっ?」
 桜井はダッシュして俺の後ろの隠れた。
【渉】「おまえ俺の後ろに隠れなくても十分強いじゃん」
【明日香】「問題とか起こしたくないの!」
【渉】「もうすでに蹴り入れたし、問題なら現在進行形だし」
 不良の数は3人で、こっちは2人。
 この場合、桜井は頭数に入れるべきか……。
 つーか、戦うまでもないな。
【渉】「逃げよう、あっちに交番あるし」
【明日香】「交番もだめ、家に連絡されたら困るし」
 飢えた狼たちがジリジリと詰め寄って来るし、周りを歩いてる人たちは大きく迂回して素通りだし。
 助け合いの精神はどうした!
【不良A】「おい、その女おまえのカノジョかよ!」
 不良Aの視線は桜井と俺に向いている。
 カノジョ=桜井?
【渉】「と、とんでもない! 健全なお付き合いをさえてもらってる友達です」
【明日香】「麻生カッコ悪」
 ボソッと桜井から攻撃されたし。
 カッコ悪いもなにも、相手の人たち怖いし。
【不良A】「どーでもいいから、その女こっちに渡せよ!」
【明日香】「イヤだよぉ」
 あっかんべーをする桜井。
 ヤヴァイ、狼たちがもっとキレた模様。
【不良A】「このクソ女!」
 ああ、凶暴な狼さんたちが一斉に牙を向けて飛び掛ってきたよぉ。
【渉】「逃げるぞ!」
【明日香】「意気地なし!」
【渉】「そういう問題じゃないだろ!」
【明日香】「あっ!?」
【渉】「えっ……ぐあっ!」
 俺は顔面に強く殴られて地面に上に転倒した。
 ああ、頭がクラクラする。
 かなり今のは来たぞ、すっげえ痛ぇ。
【明日香】「麻生!」
【渉】「平気平気……でもないけど」
 戦闘の最中、敵から目を放すべからず。
【明日香】「きゃっ!?」
 あいたーっ、桜井捕まってるし!?
 俺が意識朦朧としてる間に不良たちに羽交い絞めにされて捕まってるし。
 さすがに3人に捕まれたら逃げられないよな。
【明日香】「助けて麻生!」
【渉】「言われなくたってわかってるって」
 でも、どうする俺?
 桜井を助けたいのは山々だが、相手は3人だし、桜井は人質だし、俺は素手だし。
 なにか棒みたいのがあれば……。
 ふと、俺が地面に目をやると、俺の傘が落ちていた。
 さっき殴られた弾みで落としたやつだけど、傘じゃすぐに曲がって武器にはしづらいな。
 もっと硬くて長い棒状の物があれば……。
【外国人】「これを使うアルよ!」
 さっきの露店の兄ちゃん!
 しかも段取りよくその外国人の兄ちゃんが俺に投げ渡してくれたのは木刀だった。
 ってなんでそんなもん持ってんだこの外国人は!?
 つーか、よく俺がこれが欲しかったってわかったな……エスパーか!?
 あの外国人の詮索は後回しにして今は桜井を助けなくては!
【渉】「ああっ!」
【明日香】「やめて……放して……ううん……」
【不良A】「いい胸してんじゃねえか」
 なんてこったい!
 桜井が、桜井が後ろから手を回されて胸を揉まれてる!?
 こんな公衆の面前で桜井に痴態を……。
【渉】「許さねぇぞ、テメェら!!」
 俺は地面をひと蹴りして跳躍すると、一気に敵に踏み込み不良Cを一撃で気絶させて、身体を回転させながら木刀を横に振って不良Bも眠らせた。
 だが、俺のスピードでは2人を一気に片付けるのが精一杯で、桜井を羽交い絞めにしている不良Aまでは仕留めることができなかった。
【不良A】「テメェ!」
【渉】「桜井を放せよ!」
【不良A】「ふざけんじゃねえぞ!」
 不良Aは桜井を羽交い絞めにしていた体制から、素早く桜井の腕を掴む体制に変えて、そのまま桜井を連れて逃げようとした。
 だが、俺が追うまでもなかった。
 桜井が素早く相手の腕を振り払い、両手で相手の腕を掴んだかと思うと。
【明日香】「とりゃーっ!!」
 一本!
 華麗な一本背負いだ……しかもこんどはパンツ見えた。
 ……1対1だったら助けるまでもないんだな。
 地面の上で気絶している不良Aに桜井の蹴りを入れた……2度3度。
 そして、桜井は俺の前に駆け寄って来ると、いきなり俺の頬に強烈な平手打ちを入れやがった。
【渉】「痛ぇーっ!」
【明日香】「どうしてもっと早く助けてくれなかったのよ!」
【渉】「ちゃんと助けたじゃん」
【明日香】「だって、あたしこんなところで胸を……すごく恥ずかしかったんだから、もぉ!」
【渉】「別にそれは俺が悪いわけじゃないだろ」
【明日香】「大っ嫌い、アナタなんて大っ嫌い」
【渉】「それでも助けてやったんだから、お礼ぐらい言えよ」
【明日香】「そんなのどーでもいいから、早く逃げよ」
【渉】「どーでもよくないぞ。あ、そうだ、この木刀返さなきゃ……ってすでにいないし!?」
 露店の兄ちゃんがいない。
 しかも、店もなくなってるし。
【明日香】「あ、ヤバイ、警官が走ってくるよ」
【渉】「誰か呼んだのかよ……って今更遅せえし」
【明日香】「ごちゃごちゃ言ってないで逃げるよ!」
【渉】「おう!」
 俺は木刀は投げ捨てて桜井に腕を引かれてこの場から猛ダッシュで逃げた。
 と少し走ったところで俺は足を止めた。
【渉】「俺の傘忘れた!」
 証拠は残しちゃいけないのは鉄則だ。
 俺は地面に落ちていた自分の傘を拾って、今度こそ桜井と一緒にこの場から猛ダッシュで逃げた。

 いろいろなトラブルに巻き込まれながらも、どうにか桜井と電車に乗ることに成功。
 でも、駅前で問題を起こしたのはヤバかったな。
 もしも同じ学校とか、そんな奴らに顔を見られてて学校に報告されると少しマズイ。
 まあ、そん時は刹那に泣きつくって手もあるが、あいつに借りを作るのもなんだよな。
 この問題についてはなにか起こったら考えればいいか。
 今は桜井の家までどうにかして自然な形で行くことだ。
 そして、どうにか頑張って桜井の部屋に……ムフフ。
【明日香】「ねえ?」
【渉】「はい?」
【明日香】「麻生ってケンカ強いんだ。あれって剣道?」
【渉】「あれは剣道なんかじゃないよ、チャンバラごっこかな?」
【明日香】「チャンバラごっこ?」
【渉】「そうそうチャンバラごっこ。昔からチャンバラとか好きでさ、ガキの頃の遊びと言ったらチャンバラごっこだったな」
【明日香】「チャンバラごっこであんなに強いの!?」
【渉】「小さい頃にさ、俺より強い奴がいてさ、そいつに負けないように死ぬ気で猛特訓したんだけど、そいつには結局勝てなかったな。女のクセに強ぇんだよ、桜井みたいに」
【明日香】「あたしみたいって……」
【渉】「あの回し蹴りと一本背負いはマジで驚いた。凶暴女桜井見参って感じだったな……あっ」
【明日香】「凶暴……あたしが? その口がそんな変なこと言ったわけ? あたしのどこが凶暴なの?」
 ヤバイ……口が滑って桜井を怒らせてしまったようだ。
【渉】「いや、その、だから俺が言いたかったのは桜井ってカッコイイなってことで……」
【明日香】「…………」
【渉】「だから、桜井ってすごいなぁって……」
【明日香】「…………」
 あたし疑ってますよみたいな目で見るなよ。
 そんな目で見たって俺は自分の非を認めんぞ。
 でも、そんな大きな瞳で見つめられると、別の意味で落ちそうだ……。
【渉】「あ、だから、ところでさ、桜井ってなにか格闘技でもやってたのかなぁってさ」
【明日香】「……別に」
 うわっ、そっぽ向かれた!?
 なんだか空気を重くなってきたぞ……桜井臭が少して嬉しかったり。
 桜井は俺の方を見ようともせず、ずっと窓の外を流れる景色を見ている。
 ここは一発謝った方がいいのか?
 だが、今更タイミングを逃しているような気もするし、別の話題でここは形勢逆転を狙うか?
【渉】「あのさ……」
 と俺は精一杯話を切り出そうとしたところで、電車が停止してドアが開いた。
 そして、桜井はそそくさと俺を無視して歩き出してしまった。
【渉】「ちょっと待て俺も降り……ぐわっ!?」
 挟まれた!!
 俺は電車のドアに片手を食われてしまった。
【渉】「抜けろ!」
 抜けねえ!
 しばらくしてドアが再び開いて俺の腕は無事解放された。
 ふと、俺を正面を見ると、桜井が突っ立って俺のことを見ていた。
【明日香】「ちょーカッコ悪」
 ぐわっ!!
 カッコ悪いとか言われた。
 ショックだ、ショックでしかない。
 俺が落ち込んでいると、桜井が俺を置いて歩き出した。
【渉】「待てって」
 桜井が待ってくれるはずがなかった。
 完全に桜井ペースだ。
 俺は桜井にハマッている!?

 なんだかんだで、どうにか桜井と同じ駅で降りることに成功した。
 ミッション成功って感じだな、高得点クリアとまではいかなかったけど。
 だが、全てのミッションが終わってわけではない!
 これから桜井を無事に家まで送り届け、そのまま流れに任せて桜井宅に侵入。
 そして、桜井の部屋に!!
 先を歩いていってしまった桜井のあとを追って駅を出ると……。
【渉】「ああっ!!」
【明日香】「よかった、雨止んでて」
 なんてこったい。
 だが、まだこっちには作戦がある。
【渉】「いや、まだ空はどんより曇っている。いつまた雨が降り出すかもしれない。やっぱり家まで俺が……」
【明日香】「ついてくるな」
【渉】「そんなこと言わずにさあ、また降ってくるかもしんないじゃん?」
 すっげえムダな抵抗をしてる気分だ。
 しかも、俺の下心全快なのが桜井に伝わってるっぽい。
 だって、桜井が俺を見る視線が……痛い。
【明日香】「じゃあね、ペンダントありがと」
【渉】「じゃあな」
 俺もそこまでしつこくないさ。
 今日のところはここで引き下がってやるさ。
 でもな!
 絶対に明日は今朝と同じ時間の同じ車両に乗って、偶然を装って桜井にバッタリ出逢っちゃったよ作戦を実行してやる!
 そしてそして!!
 明日こそはなにか理由を考えて桜井の部屋に――いや、せめて桜井宅の前まで!
 ああ、桜井の後ろ姿が小さくなってく……。
 すんげえ寂しい気分。

 今日はなんだかんだでラッキーな日だったと思う。
 でも、頬がマジ痛ぇ。
 よりによって顔面を殴られたのがマズかったな。
 ちょっと腫れちゃって青くなってるし……明日学校でからかわれそうな予感だな。
 まあ、桜井を守って付いた傷……漢の勲章さ、と言ってみる。
 俺は制服から部屋着に着替えようと、制服のポケットに入っていた物を机の上に出した。
 その中に、あの時に買ったペンダントが……。
 ハート型の知恵の輪。
 2つの知恵の輪をくっ付けると、どうとかこうとかって言ってたが、あれは確実にウソだな。
 ボッタクられた!!
 ってわけでもないかな。
 2つで3150円だから、1つ1575円だろ……まあ、普通っていうか、ちょっと安いな。
 つーか、桜井への好感度を上げたわけだし、いい買い物したって感じじゃんか。
 俺はペンダントに付いてるハート型のリングを顔を前に近づけてまじまじと見つめた。
 デザイン的にはシンプルだが、よ〜く見るとハートリングに模様が刻まれてる……。
 なんか、ずっと見てると心が安らいでくるっていうか、身体が温かくなってくる感じだ。
 ……そういえば、頬の痛みも和らいできたような気がする。
 気がする?
【渉】「ああっ!?」
 ふと俺は鏡に顔を向けて目を見開いた。
 腫れて赤くなってた頬が治ってる!?
 えっ、どうして?
 待て待て、なにが起きたかを現実的に理論と論理に基づいて考えようじゃないか。
 ……俺の身体の自然治癒力ってすっげえ!
 じゃないだろ。
 そんなに早く治るわけねえよな、さっき鏡を見た時には治ってなかったわけだし。
【渉】「となると、これだな……」
 俺はペンダントを見つめた。
 温かくて心地よい感じがする。
 ……んなバカな。
 でも、もしかしたらこのペンダントには不思議な力が……なわけないな。
 待てよ、でも本当にそんな力があったとしたら、二つのペンダントを一つにするとっていう話も本当かもしれないぞ……ダメ元でやってみる価値が……ないな。
 そんなわけないじゃん。
 バカバカしい……けど、そんな力にもすがりたい気分だな。
 桜井と結ばれるなら、バカバカしい力でも何でもいいから試してみるか。

 どうにか今日も早起きして駅まで来れた。
 昨日と同じ時間の同じ車両に乗って、桜井と偶然を装って会う。
 これで途中の駅で桜井に会えれば俺の作戦は完璧だ。
【彰人】「よお、渉!」
【渉】「ああっ彰人!?」
【彰人】「なに驚いてんだよ? てか、今日も遅刻しないで朝早くから学校行くなんてどどういう風の吹き回しだよ?」
 作戦ミス!
 つーか、思わぬ障壁。
【渉】「俺が普通に遅刻しないで学校行っちゃいけないのかよ?」
【彰人】「別にいけなくはないけどよ、大型台風でも来るんじゃないか」
【渉】「来るわけねえだろ、自然現象と俺の行動を結び付けんな」
 俺は偶然っていうか、家が近いんだから遅刻しないように学校行ったら、駅で会う確立高いよな、って感じで会ってしまった彰人と電車に乗ることになった。
 雨の日の満員電車は最悪だが、やっぱ普段も最悪だよな。
【彰人】「それで、なんで今日も遅刻しないで来たんだよ?」
【渉】「遅刻しないのが普通だろ?」
【彰人】「おまえは遅刻するのが普通だろ」
【渉】「心を入れ替えたんだよ」
【彰人】「ウソつくなよ。1年の時も2年の時も出席日数が足らなくて沙羅先生に泣きついたんだろ。また、沙羅先生に泣き付くつもりだったんだろ、それがなんで突然心を入れ替える気になったんだよ?」
【渉】「黙秘権を行使する。例えおまえと俺の仲でも秘密事があるってことさ……ふふふ」
【彰人】「最後の『ふふふ』ってなんだよ。なんかすげえ『悪』を感じたぞ」
 彰人の言うとおり、そこには下心があるさ。
 そーさ、俺は桜井に会いたいだけさ!
 そのために遅刻しないで学校行っちゃけないのかよ!
 愛だろ、愛!
 電車の走るスピードが落ちてきた。
 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
 たぶん今日もこの時この瞬間、桜井がホームに立ってるハズ!
 電車が停車して、ドア越しに桜井と目が合った。
 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
 だが、桜井の方がすぐの視線を逸らした。
 電車のドアが開いて桜井が電車の中に乗り込んできた。
 そして、“偶然”にも桜井と同じ電車に乗ることに成功!
【渉】「おはよ桜井」
【明日香】「……高瀬」
【彰人】「ああ、あはよ桜井……?」
 って俺が挨拶したのに、俺は無視で彰人に挨拶ですか?
【渉】「桜井おはよ」
【明日香】「…………」
 やっぱ無視だよね、明らかに無視されてるよね、でもさ俺がなにかした?
【渉】「俺さ、桜井になにかしたか? してないよな?」
【明日香】「……別に」
 出たぁ!!
 機嫌悪そうに『……別に』の一言。
 『……別に』って絶対に桜井の口癖だよな。
【彰人】「そうだ、二人に話すことがあったんだな」
【渉】「話ってなんだよ?」
【彰人】「昨日おまえらが帰った後にな、大した話もそんなになかったんだけどさ、一つだけ重要なことが決まったんだよ」
【渉】「重要なこと?」
【彰人】「実行委員の親睦を深めるために、旅行に行くことになったんだよ」
【渉】「はぁ!?」
【明日香】「えっ!?」
【彰人】「提案者は嬢王様こと沙羅先生だ」
 ……やっぱし。
 そんなことを言い出すのは嬢王様しか……刹那も言いそうだな。
【彰人】「旅行先は刹那の別荘がある孤島で決定した。ちなみに全員強制参加な」
【渉】「やっぱ刹那って島持ってんだな。特に驚きもしないな」
【明日香】「イヤ、絶対にイヤ。あたし旅行なんて行かない」
【渉】「それは無理な話だろ。俺はこの世で嬢王様に逆らえる奴を知らんぞ」
【明日香】「それでもイヤ。そーゆーの嫌いなの」
【彰人】「桜井が刹那に頼めばどうにかなるかもな」
【明日香】「刹那に頼むってなにを?」
【彰人】「刹那は桜井の言うことだったらなんでも聞くと思うんだよ。だからさ、刹那VS沙羅の全面戦争」
【渉】「なるほどな、嬢王様に逆らえるのは資本力を持ってる刹那だけか。刹那が動けば軍隊とか特殊部隊とかで嬢王様に対抗できるもんな」
 刹那の力を持ってすれば嬢王様に核爆弾投下も現実的な話だ。
 だけど、嬢王様は核爆弾程度じゃ倒せないなきっと。
 嬢王様に対抗するにはきっとマンガかアニメに出てきそうな未知の兵器じゃないと無理だ。
 しばらくうつむいてなにかを考えていた桜井がボソッと呟いた。
【明日香】「じゃ、刹那に頼む」
【渉】「なんでそんなに旅行行くの嫌がるんだよ?」
【明日香】「……別に」
 答えたくないとすぐそれか!
 黙秘権の行使か!
 でも、桜井だから許す。
 ……あっ!?
 俺は気がついてしまった。
 桜井の首に光るチェーン。
 昨日はそのチェーンがなかったことは満員電車で急接近した時に確認済みだし、一緒に帰った時もなかったと思う。
 だとすると、もしや!!
【渉】「桜井のしてるペンダントって昨日俺が買ってやったやつか?」
 ぐわっ!?
 睨まれたよ。
 桜井に上目遣いで睨まれてるよ。
 つーか、どこで桜井スイッチを入れたんだ俺は?
【彰人】「渉が桜井に……? 昨日あれからなんかあったのかよ、二人の間に?」
 意地悪い笑みを彰人が浮かべると桜井の目つきはもっと凶悪になった。
 桜井の視線を気にしつつも、俺は自分の付けていたペンダントを襟首から出して彰人に見せた。
【渉】「桜井のとペアのペンダントなんだぜ」
 桜井の睨みパワーが一気に上昇した。
 もしや、俺の判断ミス?
 やっぱし、ペンダントのことに触れるのはいけなかったのか?
 俺は禁忌を犯したのか!?
 ちょうどこの時、電車が停車してドアが開かれた次の瞬間だった。
【渉】「痛ぇーっ!!」
 桜井が俺の足を思いっきり踏んづけて人ごみの中に爆走していった。
 昨日と同じ展開か!?
 エンドレスか!?
 俺に対する報復か!?
 昨日俺の足を踏んだのは偶然とか言いやがったが、今日のは絶対にワザとだ。
 つーか、ドアが開いた瞬間に俺を足を踏んで逃げるなんて……すっげえ汚ねえ女!
 今日は桜井を追うことなく彰人と一緒に電車から降りた。

 学校への道すがら彰人は俺と桜井の仲を聞いてきたが、答えてやる気にならなかった。
【彰人】「昨日あれから桜井となにがあったんだよ?」
【渉】「一緒に帰ってペアのペンダント買って、それから不良に絡まれて喧嘩して、途中で桜井と分かれた。それだけだ」
【彰人】「詳しく話せよ」
【渉】「ヤダ」
【彰人】「じゃあ、これだけ答えろ。桜井との仲が進展したのか?」
【渉】「わかんねえ」
【彰人】「俺が見る限りじゃ、おまえ嫌われてるな」
【渉】「俺もそう思う」
【彰人】「じゃあなんでペアのペンダントなんて買う展開になったんだよ?」
【渉】「桜井のきまぐれ」
 つーか、わけわかんねえんだよ。
 桜井の考えてることがわかんねえ。
 一緒に帰ったあの時、桜井が俺のこと好きなんじゃないかって思ったとこもあった。
 でも、今は弄ばれてるんじゃないかって思う。
 つーか、遊ばれてる。
 俺は桜井にいい遊び道具にされているに違いない。
 そうだ、俺なんかに桜井が惚れるわけないもんな。
 うわぁ、どんどんブルーな気分になって来た。
【真央】「麻生さん高瀬さん、おはようございます!」
【彰人】「結城さんおはよ」
 ……絶対俺は桜井の玩具だ。
【真央】「麻生さんおはようございます!」
 ……なんかすっげえショックだよ。
【真央】「麻生さん?」
 俺って生きてる価値なし?
【真央】「あ、麻生さん、真央のこと嫌いなんですか!? だから無視するんですか? そうなんですよね、そうですよね。ごめんなさい、真央がなにか気に障ることしましたか?」
【彰人】「おい、渉。結城さんが話し掛けてんだろ!」
【渉】「えっ?」
 うわっ、少し切れ気味の彰人が俺のこと睨んでるし!?
 しかも、すぐ近くにいつの間にか真央が!?
 ちっちゃいから気づかなかった……じゃないな。
 独りのワールドに没入してた俺が真央のことを無視してたらしい。
【真央】「真央、麻生さんに嫌われちゃったんですね……」
 ってどうしてそーゆー方向に思考回路が突っ走るんだよ!
【渉】「いや違うから、別に真央ちゃんのこと嫌いじゃないし……」
 って昨日も似たような会話をしてしまったような気がする。
【彰人】「そうそう別に真央ちゃんは悪くないから。悪いのは人間のクズ代表の渉だからさ」
【渉】「ってなんで俺が人間のクズ代表なんだよ!」
【彰人】「思い当たる節がないのか? これは重症だな」
【渉】「てめぇ!」
【真央】「二人とも真央のせいでケンカしないでください……」
 うわっ!
 これは絶対に昨日と同じ展開!
【渉】「だからさ、別に俺たちケンカしてるわけじゃないしさ」
【真央】「本当ですか? 真央のせいじゃないんですか?」
【彰人】「ごめんごめん、結城さんに心配かけちゃって」
【渉】「そうそう、真央ちゃんが心配しなくてもぜんぜんOKだし」
【真央】「よかったですぅ」
 よかった、よかった。
 なんかさ、真央ってすっげえ気遣うっていうか、いろんな意味で疲れる。
 俺が小さくため息をついて下を向いた時だった。
 真央が驚いた顔で俺のことを見た。
【真央】「ああっ!? 渉さん!」
【彰人】「避けろ!」
【渉】「えっ?」
 間抜けな声で返答したその時だった。
【渉】「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 ――俺は星になった。
 ぼやける視界の中でリムジンが走り去って行くの見えた。
 人はよく言う、人間死の直前に人生を走馬灯のように見ると――。
 俺も見ちゃった。
 ちっちゃい頃好きだった子のこととか、好きなマンガとか、とにかく色々見た。
 そして、気を失った。
 これもまた人はよく言う、人間死にそうになって意識を失っている時、三途の川とか見たりするって……俺も見ちゃった。
 俺が見たのは三途の川で、川の向こうには奇麗な花がいっぱい咲いちゃったりしてて、お爺さんとお婆さんが手を振って、俺に来い来い言っているようだった。
 しかし、俺はいかなかった。
 なぜって?
 当たり前だろ、あんなじいさんとばあさん見たことない、てゆーか誰だあれ?
 俺のじいさんとばあさんは元気にピンピンしてるぞ、100歳まではいくなあれは……。
 とゆーわけで、俺は目覚めた。

 つーか、酷い目に遭ったがどうにか学校に到着。
 なんか校舎内が騒がしいぞ。
【彰人】「なんかあったのか?」
【真央】「あっ、後ろから沙羅先生が走ってきますよ」
 俺が後ろを振り向くと、血相を変えた嬢王様がたわわな胸を豪快に揺らしながら走って来るではないか!?
 そして、嬢王様は俺たちを追い抜かしならが声を張り上げた。
【沙羅】「アナタたちも教室に急ぎなさい!」
【渉】「はっ!?」
 嬢王様の向かう先はたぶん俺たちの教室だな……って教室でなにがあんの?
【彰人】「あの嬢王様があれほど焦るなんてな。きっと自己に不利益な事態が起きたに違いないな」
 嬢王様は、いい言い方をすれば合理的で、悪い言い方をすれば打算的。
 見返りがない限り人に手を差し伸べるなんてありえない人だ。
 そんな彼女が焦る理由は……?
【真央】「早く教室に行きましょうよぉ」
【渉】「いや、教室には行かない方がいいかもしれないぞ」
【彰人】「そうだな、きっと騒ぎの発生源が教室だな」
【真央】「どうしてですかぁ?」
【渉】「あの嬢王様が生徒を安全な場所に誘導するようなマネをするとは思えない。となると、教室に早く来い=アナタたちも騒ぎ解決に手を貸しなさいよってことだろうよ」
【真央】「沙羅先生のこと、よくそんなにわかりますね」
【渉】「俺と彰人は3年連続嬢王様クラスだからな」
【彰人】「あの先生にとって生徒は実験台でしかないな」
【渉】「じゃ、そーゆーことで教室行かないでどこで時間潰すか?」
【真央】「えぇ〜、教室に行かないんですか?」
【渉】「だってなぁ、デッドゾーンに自ら行くアホなマネしないだろ普通」
【真央】「でもぉ、遅刻になっちゃいますよ」
【彰人】「しょうがないから教室行こうぜ」
【渉】「マジで? 俺は行きたくないなぁ」
【彰人】「俺は教室行くからな。行こ、結城さん」
【真央】「え、あ、あのぉ、麻生さんは?」
【渉】「待てって、俺も行くよ」
 俺はしぶしぶ教室に向かうことにした。

 教室付近まで来ると、あたりの騒がしさが明らかに増していた。
 つーか、ここに来てなにが起きてんのか悟ってしまった。
【刹那】「お〜ほほほほっ!!」
 教室から聞こえて来る高笑いは、嬢王様のものではなく、刹那のものだった。
【渉】「やっぱ教室に入らない方がいいな」
【彰人】「刹那の〈暴走〉かな……」
【真央】「刹那さんの〈暴走〉ですか!?」
 刹那の〈暴走〉と聞いて、この学校で知らないものはいない。
 簡単に説明すると、〈暴走〉とは刹那の突発性の発作みたいなもんだ。
 まあ、詳しくは見ればわかるって感じだな。
【真央】「早く刹那さんのことを誰かが止めないと大変なことになっちゃいますよ」
【渉】「少なくとも俺は嫌だ」
【彰人】「とりあえず様子だけでも見ておくか?」
【渉】「そうだな」
 教室の出入り口には何人もの野次馬が集まっていて、その隙間から俺は教室内の様子が伺った。
 予想的中。
 刹那が〈暴走〉してる。
 机とか椅子とかが滅茶苦茶に散乱して、その瓦礫の山の上に刹那が立ってやがる……って、よりにもよって刹那の腕にはなんでか桜井が捕らえられていた。
 なんてこったい!
 どーして桜井が人質になってんだよ!
 でも、抱きかかえられてる桜井の顔がすっげえ冷めてるし。
【明日香】「放して」
【刹那】「ヤダよ、明日香はボクの所有物なのさ!!」
【明日香】「……はぁ」
 ほんとため息つきたくなるような状況だな。
 桜井を人質に捕っている刹那の前に仁王立ちをした嬢王様が、ビシッとバシッとシャキッと赤いマニキュアをした指で刹那を指差した。
【沙羅】「ったく、好き勝手に暴れて誰に迷惑かかると思ってるの! アタシに迷惑かかるのよ!」
 あっ、嬢王様が機嫌悪そう。
【沙羅】「あのねえ、刹那がどこで暴れようとアタシは構わないわ。でもね、暴れるなら隣のクラスにしなさい!!」
 責任転嫁か!!
【刹那】「ボクは誰に言うことも聞かないよ。なぜって、それはボクが神だから!」
 意味不明。
 桜井を抱きかかえたまま刹那が走った。
 教室の出口は野次馬に塞がれていたが刹那は迷うことなく窓に向かって走り出した。
 マジか、ここって2階だぞ!
 開かれた窓の縁に足をかけて刹那が天に舞った。
【渉】「マジかぁーーーっ!!」
 窓の外に消えた刹那を追って俺はすぐに野次馬を掻き分けて窓の外を覗いた。
 すると、地面に敷かれたマットの上に刹那が無事に着地してる。
 そのマットをセッティングしたのが噂の刹那の黒子部隊だった。
 すげえ、刹那の影に黒子部隊ありだな。
 刹那がマットから下りると黒子部隊は素早くマットを片付けて姿を消してしまった。
【沙羅】「ハ〜イ、エブリバディ! さっさと教室片付けてホームルームやるわよぉん」
 切り替え早すぎ。
【渉】「あのぉ、嬢王様。刹那はどーでもいいですけど、明日香はどーなるんスか?」
【沙羅】「そんな知らないわよ。アタシのテリトリー外で起きたことまで責任取れないわ」
 やっぱしな。
 そーだろーともさ。
 それが嬢王様の性格だよな。
【彰人】「渉、追いたいなら追えよ」
【真央】「真央も二人のことが心配です」
 そうだな、桜井のことも気になるし……。
 俺が教室を飛び出そうとすると、たわわな胸がその前に立ち塞がった。
【沙羅】「だめよぉん、渉。アナタが学校をサボろうとアタシには特に関係ないわ、出席日数なんてあとで改ざんできるんだから。でもね、教室の片付けてからにしなさい!」


1.沙羅先生の言うことを大人しく聞く――※1へ(沙羅)

2.沙羅先生の静止を振り切って飛び出す――※2へ(明日香&刹那&雪乃)


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