第1章006
 空気が重い。
 桜井と二人っきりの教室はシーンと静まり返り、空気が重い。
 寝たふりしてる相手にわざわざ話しかけるのもなんだし、俺はどうしたらいいんだ!
 そもそも遅刻しないで来たのがマズかった。
 いつも通り遅刻してればみんなが先に来てて、桜井と二人っきりなんて悪夢な状況にはならなかったはずだ。
 つーか、雪乃はどうした!
 待ち合わせの時間の15分前に来るのは当然みたいなこと言ってただろ!
 時計の針はちょうど集合の時間の15分前を指していた。
 ガラガラと教室のドアが開いて誰かが教室に入って来た。
【雪乃】「あら、麻生君が遅刻しないで来るなんて」
 ありがとう雪乃!
【雪乃】「こんにちは明日香」
 雪乃に声を掛けられて顔を上げる桜井。
【明日香】「うん」
 よかった、マジで雪乃が来てくれてよかった。
 教室のドアが再び鳴って刹那が入って来た。
【刹那】「みんな久しぶり、元気にしてたかい。もちろんボクは元気だよ。あっ、マイハニーっ!」
 桜井を発見した刹那がいきなり猛ダッシュで桜井に抱きついた。
【刹那】「明日香に会えなくて寂しかったよ。来る日も来る日も明日香のことでボクの頭はいっぱいさ」
【明日香】「苦しいから離れてよぉ」
【刹那】「もう君のことは決して放さない」
 ガラガラとドアが開いて、今度は彰人と真央が教室に入って来た。
【彰人】「みんな久しぶり」
【真央】「こんにちわぁ!」
 よかった、場の空気が軽くなってきたぞ。
 適当な雑談がはじまり場の雰囲気が明るくなっていく。
 けど、桜井と俺は直接会話を交わすことはなかった。
 だいぶ時間が経ってから嬢王様が教室に入って来た。
【沙羅】「ハ〜イ、エブリバディ! 元気にしてたかしらぁん。アタシに会えなくて泣いてたなんてないわよね」
 てなことで会議にもならない会議がはじまったわけだが、俺はほとんど話した内容を覚えてない。
 ずっと桜井のことが気になっててそれどころじゃなかった。
 桜井に気づかれないようにずっと桜井のようすを探って、桜井と目が合いそうになると逸らしての繰り返し。
【彰人】「渉、話聞いてるのか?」
【渉】「ああ、聞いてる聞いてる」
【刹那】「う〜ん、さっきから渉クンは上の空って感じだねェ」
【雪乃】「明日香もなんだかちょっと変よ」
【明日香】「……別に」
 なぜか全員の視線が俺に向いた。
 ……なんで俺のこと見るんだよ。
 確かに原因は俺にあると思うけど……。
【明日香】「もう決めること決めたんだから終わりにしよ」
【沙羅】「ダメよ、まだ終わってないわぁん!」
【彰人】「だから、さっきから言ってますけどスクール水着は無理です」
【沙羅】「スクール水着は外せないわぁん!」
【渉】「えっと、ナースにメイドに巫女にチャイナに……あとなんだっけ?」
【真央】「猫耳ですぅ」
【雪乃】「それとゴスロリよ」
【沙羅】「あとスク水もよ!」
【彰人】「だからダメですって」
【刹那】「でも、スクール水着の発注しちゃったよ」
【渉】「なんでももう発注してんだよ」
【沙羅】「アタシが刹那に発注させたからに決まってるじゃない」
 今回のウチのクラスの出し物の経費の大部分は刹那のポケットマネーから出ていて、その財布の紐を握っているのは嬢王様だった。
【彰人】「メニューも衣装も大方決まったし、あとは誰がどの衣装着るかクラス全員で話し合えばいんじゃないですか?」
【沙羅】「そうねぇん、とりあえず実行委員の仕事はひと段落かしら。でも、スク水は絶対に入れるわよ」
【渉】「じゃ、解散ってことだな」
 みんな席を立ちはじめて還る準備をする。
【真央】「あ、あのぉ、高瀬さん、お昼一緒に食べて帰りませんか」
【彰人】「うん、いいよ」
 彰人は真央の手を握り、二人はさっさと教室を出て行った。
 あの二人の関係はどこまで進展してんだ。
 つーか、彰人のヤロウ、ぜんぜん真央との関係俺に話してくんないし。
【雪乃】「明日香、一緒に帰りましょう」
【明日香】「ううん、ひとりで帰る」
 そう言って桜井は教室を出て行った。
【刹那】「今日の明日香なんか変だったね。ボクとしては心配で心配で堪らないよ。ちょっと明日香のこと追って来るよ」
【沙羅】「待ちなさい刹那。あなたが行っても意味ないわ」
 嬢王様が俺の顔を見つめる。
【沙羅】「なにかあったのかしら?」
【渉】「なんで俺に聞くんでスか」
【雪乃】「麻生君、明日香を傷つけることしたら、私が許さないわよ」
 そう言って雪乃は静かに微笑んだ。
 怖い、その笑みは怖い……裏に殺意を感じる。
 はぁ、追うしかないよな。
 俺が桜井のとこ行かなきゃいけないよな。
 やっぱ行動あるのみなんだな。
 俺は教室を飛び出して桜井を追った。

 桜井に追いついたのは歩道橋の上だった。
 そして、そこで桜井の方から俺に声をかけてきた。
【明日香】「なんでついて来るの“麻生”?」
 ……微妙な言葉の変化だった。
 けれど、俺にとってそれはとても大きなことだった。
 そう、桜井は俺のことを“麻生”と呼んだのだ。
【渉】「話したいことがある」
【明日香】「あたしはない」
 ――会話終了――
 ……ダメだ、ここでひと押しするんだ自分。
【渉】「……あのさ」
【明日香】「なに?」
 桜井の相手を威圧する鋭い瞳にも怯むことなく、俺は話を続けた。
【渉】「こないだはゴメン、俺が悪かった」
【明日香】「なにが?」
 強い口調で桜井は返してきた。
 なにがって、絶対にわかってて聞いてるよな。
 つーか、あの時の状況を口にしろってことかよ。
【渉】「祭りのあった日のことだよ。あの日の桜井の部屋で俺がしたこと謝ってんだよ」
【明日香】「ふ〜ん、なんで謝るの?」
【渉】「そんなの悪かったって思ってるからに決まってるだろ」
【明日香】「じゃ、最初からしなきゃよかったのに、なんであんなことしたの!」
 明らかな怒りを示す桜井を前に俺は少し身構えた。
 完全に落ち度は俺にある。
 責められても言い訳できないし、責められるのは当然だと思う。
 けど、俺は思う――俺をあんな行動に走らせたのは、桜井の態度にも問題あると思う。
 【渉】「……俺は桜井のこと好きだって言ったし、付き合ってくれとも頼んだことあんのに、桜井の態度がいつまで経ってもハッキリしないのが悪いんだろ!」
【明日香】「……だって」
 急にしゅんとなりうつむく桜井。
 最近はなんとなく桜井のことがわかってきた。
 桜井と距離が近くなって、ある一定のラインを超えると、桜井は壁を造って相手を突き放す。
 それが桜井の俺に対する思わせぶりな態度に繋がってる。
【渉】「おまえは逃げてんだよ。人と深く関わり合うことから逃げてんだよ!」
【明日香】「…………」
 桜井はなにも言わない。
【渉】「今から俺が言う言葉にちゃんと答えろよ」
 不安な顔をした桜井がゆっくりと顔を上げ、俺の事を見るが視線は下を向いている。
 目を閉じ、深く息を吐いて呼吸を整えた俺は、目を開けると同時に腹から声を出した。
【渉】「俺と付き合ってくれ!」
【明日香】「…………」
【渉】「…………」
 長い沈黙が二人を包み込んだ。
 自分の息を呑む音が鳴り響く。
 桜井は自分の襟元からあのハートペンダントを出すと、泣き叫ぶような声を張り上げた。
【明日香】「もう全部終わったの!」
 そして桜井はペンダントを歩道橋の上から投げ捨てた。
【渉】「あっ!?」
 俺はすぐさま歩道橋の下を見たが、ペンダントはちょうど下を走っていたトラックの荷台に乗り、手の届かない遠くに運ばれてしまった。
 泣きながら走っていく桜井の背中を追うことできず、俺はただそこに立ち尽くすだけだった。
 そう、桜井との大きな繋がりが切れてしまった。
 あのペンダントは俺と桜井を結びつけるとってもとても大きな存在だった。
 どんよりとした空から大きな雨粒が落ちはじめ、やがて当たりは土砂降りの雨に見舞われた。

 次の日、俺は風邪で寝込んだ。
 その次の日も次の日も――。
 そして、始業式の日も休んだ。
 家に引きこもってベッドでひたすら寝てるだけだった。
 ずっと寝込んでいた間は、ケータイの電源をオフにして誰とも連絡を取らなかった。
 そして、始業式の次の日も学校を休み、その日、久しぶりにケータイの電源を入れた。
 メールをチェックするとなんかスゴイことになってた。
 一番新しいメールは雪乃のからだった。
 ――今日行くから。
 って本文に一言書いてあった。
【渉】「はっ?」
 これよりも過去に受信したメールを見ればわかるかも。
 ――このメールは見てくれてるかしら? 今日はちゃんと明日香は学校に来たけど、ようすが可笑しいのよね。麻生君、なにか知ってるかしら?
 ――始業式の日に二人揃って休むなんてどうしたの? 明日香は数日前から連絡つかないし、麻生君なにか知ってるかしら?
 過去の受信メールを読んでいくうちになんとなく状況がつかめてきた。
 ピンポーンと家のチャイムが鳴った。
 玄関に出たいとも思わないし、ここから動きたいとも思わなかった。
 ベッドの上で寝転びながらやり過ごす。
 ピンポーン♪
 ピンポーン♪
 ピンポーン♪
 ウザイ!!
 つーか、家のヤツ誰かいないのかよ……って、たぶん俺だけか。
 ピンポーン♪
 ピンポーン♪
 ピンポーン♪
 いったい誰だよ!
 つーか、悪意を感じる。
 仕方なく俺は玄関に向かってドアを開けた。
【渉】「誰だよ!」
【雪乃】「訪問者に対していきなり怒鳴りつけるなんて信じられないわ」
【渉】「……なんだ雪乃か」
【雪乃】「なんだって、もしかして私が今日送ったメールも見てないの?」
【渉】「今さっき見た」
【雪乃】「それじゃあ家の中に上がらせてもらうわね」
【渉】「ちょっと待て!」
 俺はドアを閉めようとしたが、雪乃がドアの隙間に足を滑り込ませ、ドア閉めさせようとしない。
【雪乃】「どうして追い出そうとするのかしら? なにか不都合なことでもあるの?」
【渉】「いや……ない」
【雪乃】「じゃあ上がらせてもらうわね」
 雪乃は笑みを浮かべていたが、ドアを無理やり開けようとする手にはスゴイ力がこもっていた。
 無駄な抵抗をする気力もなかった俺は、しかたなく雪乃を家の中に上がらせ、2階の俺の部屋まで案内した。
【雪乃】「あら、案外綺麗な部屋なのね」
【渉】「案外は余計だ。つーか、なにしに来たっていうか、どうして俺の家を知ってんだよ?」
【雪乃】「家くらい上條先生に聞けばわかるじゃない。でも、少し迷ったかしら」
【渉】「で、なにしに来た?」
【雪乃】「なにって、麻生君が風邪を引いたって聞いたからお見舞いに来たんじゃない」
 ……ウソだな。
 風邪くらいで見舞いに来るヤツがいるか普通。
【渉】「俺が風邪だって知ってんなら、あんまし近づくなよ、うつるから」
 そう言って俺は雪乃に構うことなくベッドの中に潜り込んだ。
【雪乃】「あら、本当に風邪なの?」
【渉】「そうだよ」
 ベッドに潜る俺のおでこに冷たい手が乗った。
【渉】「冷てっ!」
【雪乃】「あら、本当に熱があるのね。私はてっきり仮病かと思ってたのに」
 風邪で学校休んだのは本当だけど、病は気からって言うし、学校を休みたかった理由は別にある。
【雪乃】「すごい熱ね」
【渉】「だからマジで風邪なんだって」
 俺のおでこから手を放した雪乃は、今度はもう片方の手を俺のおでこに乗せてきた。
【雪乃】「私の手って冷たくて気持ちいいでしょ?」
 確かに雪乃の手は冷たくていい感じだった。
 それとおでこに手を乗っけてもらってるとなんか落ち着く。
 つーか、夏なのになんでそんな手冷てぇんだよ。
【渉】「雪乃って冷え性なのか?」
【雪乃】「ええ、夏でも長袖しか着ないわね」
【渉】「へぇ」
 雪乃の手が俺の体温で少しずつ温かくなっていき、やがて雪乃は俺のおでこから手を放した。
【雪乃】「お昼なにか食べた?」
【渉】「食ってない」
【雪乃】「本当はおかゆの方がいいかもしれないけど、私のお弁当でよかったら食べる?」
 そう言って雪乃は自分の通学バッグの中から弁当を出した。
【渉】「なんで弁当なんて持ってんだよ。つーか、食いかけとかじゃないだろうな?」
【雪乃】「今日の授業って午前中までだったんだけど、間違ってお弁当作って持てちゃって……」
【渉】「アホだな」
【雪乃】「アホって失礼よ」
 そう言って弁当を再びバッグの中にしまおうとした雪乃を止めた。
【渉】「食うからしまうなよ」
【雪乃】「人のことアホって言っておいて少し自分勝手だと思わないの?」
【渉】「それは謝るから弁当くれ。朝も食ってないから腹減ってんだよ」
【雪乃】「あ、私の箸しかないわ。私の箸でもいい?」
【渉】「別にそーゆーの気にしないから」
 雪乃の弁当は普通だった。
 普通ってのは悪い意味じゃなくて、見た目・食材のバランスが良くて、豪華なわけじゃないんだけど『これぞお弁当の代表です』みたいな弁当だった。
【渉】「美味そう」
【雪乃】「味は私が保証するわ」
【渉】「これって雪乃が作ったのか?」
【雪乃】「ええ、自分のお弁当は自分で作ってるから」
【渉】「家の家事とかもやったりするのか?」
【雪乃】「ええ、掃除洗濯……でも、料理は母の方が上手かしら」
 雪乃の母親ってスゴイ美人だったような気がする。
 そーいえば、雪乃も美人系だもんな。
【雪乃】「私の顔じっと見てどうしたの?」
【渉】「いや、なんでもない」
 雪乃の弁当は想像を裏切らない美味さだった。
 家事もこなせて料理も美味い、嫁さんにしたいタイプって感じだな。
【雪乃】「ところで麻生君、明日香となにかあったの?」
【渉】「ゲホッ、ゲホッ……」
 いきなり直球で質問。
 思わず俺はご飯を喉に詰まらせた。
【渉】「は!? なにが?」
【雪乃】「とぼけないで。そうね、最初になにかがあったとしたらお祭りのあとで、その後に酷くなったのは、こないだの実行委員の集まりの後かしら?」
 ……ズバリ的中だ。
【渉】「別に話すことない」
【雪乃】「どうしても話してくれないの?」
【渉】「話すもなにも、なにもないんだから話す内容がない」
【雪乃】「そうやってウソをつくのね。私のとって明日香も麻生君も大切だから、本当に心配してるのよ。だから、言いなさい」
 にこやかに微笑む雪乃。
 この笑みは脅迫の笑みだ。
【渉】「だから……」
【雪乃】「明日香と麻生君のことじゃなかったら、こんなに深く立ち入ろうとしないわ。でもね、問題の根底を抱えているのは二人かもしれないけど、周りの人たちも心配して問題を抱えることになるのよ」
【渉】「他人のことなんて心配しなきゃいいだろ」
【雪乃】「そんなことできないわ。明日香も麻生君も私にとってもどちらも同じくらい大切なのよ」
【渉】「…………」
【雪乃】「こないだの実行委員の集まりの後から明日香と連絡が付かなかったの。明日香の家にも行ったけど、居留守を使われたわ。あの時は凄くショックで、明日香と距離を感じて悲しかったわ。その明日香が今日、学校に来たの。とても普通だったし、みんな普段どおりの明日香に見えたと思う。けどね、私には違って見えたの。今日の明日香は私にも大きな壁を造っていたのよ」
 雪乃は泣きそうな顔をして俺のことをじっと見つめていた。
【渉】「……話すよ、祭りの後のことから話すから……」
 俺は雪乃にこと細かく桜井とのことを話して聞かせた。
 祭りの後に桜井の家に行く道での出来事。
 桜井の部屋で俺が桜井にしたこと。
 そして、雨が降った日の歩道橋での出来事。
 雪乃は俺が話してる間、一回も口を挟まずに真剣な顔つきで俺の話を聞いていた。
 俺が全てを話し終えると、雪乃は深く息をついて、難しそうな顔をした。
【雪乃】「……明日香のバカ」
 てっきりと俺が雪乃に責められるものだとばかり思っていた。
 桜井の部屋で俺がしたことを考えれば、責められるの当然だと思っていたのに……?
【渉】「桜井がバカって……?」
【雪乃】「もちろん麻生君もバカよ。でもね、明日香の方がもっと大ばか者よ」
【渉】「どうしてだよ、桜井を押し倒してキスしようとしたんだから、俺が嫌われるのは同然だし、俺が一方的に悪いだろ」
【雪乃】「もういいわ、麻生君はいくら考えてもわからないみたいだから、私の口から全部言うわよ、いいわね?」
【渉】「え、あ、言うって?」
【雪乃】「明日香の気持ちよ。こんなこと私が言うべきことじゃないのはわかってるけど、もう言うわよ」
 雪乃の口調は今まで溜りに溜まっていたモノを吐き出すようだった。
【雪乃】「明日香は麻生君のこと好きよ」
【渉】「えっ!?」
【雪乃】「驚くことないでしょ、麻生君だってそこまで鈍感じゃないでしょ?」
【渉】「でも、そうかと思うと突き放される感じもあって……」
【雪乃】「明日香は人と深く付き合うのが苦手なのよ。だから、麻生君のことが好きで、自分に近づいてきて欲しいと思うけど、いざ本当に相手が近づいてくると怖くなるのよ。あの子はすごく臆病なのよ」
【渉】「近づいたら逃げるなんて、だったら俺にはどうしようもないだろ」
【雪乃】「そうね、明日香が変わらないといけないのよね……」
 雪乃は黙って考え込んでしまった。
 俺は明日香に自分の気持ちを伝えたけど、桜井は俺から離れていく。
 どうやったら桜井に俺のこと好きって言わせるかなんかわかるわけないだろ。
 やっぱし、桜井が変わらないと俺にはどうしようもないのか……。
【雪乃】「そうね、きっと明日香はいつでも麻生君から告白されるの待ってたんだと思うわ」
【渉】「告白ならしたぜ」
【雪乃】「でも、明日香はいざ告白されると、どうしていいのかわからないんでしょうね。だから麻生君のことを自分から遠ざけようとする。そう言えば、さっきの麻生君の話の中で気になる明日香の言葉があったわ」
【渉】「どんな?」
【雪乃】「“ごっこ遊び”」
【渉】「ごっこ遊び?」
【雪乃】「そう、ごっこ遊び。明日香はごっこ遊びの関係じゃ嫌だったのよ、だから麻生君に押し倒されてキスされそうになった時、すごく反発したのね、きっと。そう言うことは、お祭りの時だったら明日香も心の準備ができたていたのかもしれないわね」
【渉】「つまり?」
【雪乃】「お祭りの日だったら告白されても素直になれたんじゃないかしら?」
 ……あの時か、花火の時だな絶対に。
 つーか、桜井ってなんつー気まぐれっていうか、タイミングが難しいっていうか……。
【渉】「でも全部終わったよな。もう桜井は俺から完全に離れちまった」
 あのペンダントを桜井が投げ捨てた瞬間に、俺にとって桜井は遠い存在になった。
【雪乃】「時間が解決してくれるのを待つしかないわね。きっと麻生君にまたチャンスが巡ってくるから、その時は絶対に逃しちゃダメよ」
【渉】「雪乃っていいヤツだな。ホントにいい友達だよ」
【雪乃】「そうね、いい友達でよかったわ……」
 雪乃は静かに微笑むと身支度をはじめて帰る準備をしだした。
【渉】「帰るのか?」
【雪乃】「ええ、それともまだ私にいて欲しい?」
【渉】「いや、別に。それよか、弁当まだ食い終わってないから、明日か明後日にも洗って弁当箱返す」
【雪乃】「うん、わかったわ。それじゃあ、麻生君お大事にね」
 優しい笑みを浮かべながら、雪乃は小さく手を振って俺の部屋を出て行った。

 日々は過ぎていく。
 学校は学園祭の準備で忙しくなく、俺もその中でただ流されるだけだった。
 桜井とは口を聞いていない。
 俺が桜井の近くに行くと、桜井の方から立ち去ってしまう。
 だから俺もいつの間にか桜井から距離を置くようになった。
 時間が解決してるくるっていうけど、俺の時間は無限じゃないんだ。
 いつかなんて待っていられない。
 だから、俺は今でできることを精一杯やった。
 そして、運命を賭けた学園祭が来た。

 ウチのクラスの出し物はコスプレカフェ……こんな出し物がOKになったのは嬢王様の権限以外のなにものでもないと思う。
 嬢王様が最後まで粘ったスクール水着は結局ナシということで落ち着いた。
 でも、女子全員コスプレは強制的に実行された。
 ちなみに嬢王様がスク水をあきらめた最終的な理由は『季節が違う』の一言だった。
 コスプレカフェは大盛況でカメラを持った客が異様に多く、撮影会が有料で行われたりもしてる。
 たぶん、このカフェの売り上げは嬢王様の財布に入るんだろうなと思うと、ちょっと悔しい気がする。
 今のところで回るとこのない俺は、カフェの中をうろちょろしながら時間を潰していた。
 すると、彰人が少し慌てたようすでやって来て俺に声をかけてきた。
【彰人】「よぉ、渉」
【渉】「あれ、彰人。真央ちゃんといっしょじゃなかったのかよ?」
【彰人】「それがはぐれちゃってな」
【渉】「ケータイは?」
【彰人】「繋がらない。メールも送ったんだけど返ってこない」
【渉】「ふ〜ん」
 彰人の話を聞きながら『友情より愛を取りやがって』とちょっと思う。
 まあ、単純に嫉妬なんだけどさ。
 彰人と真央の仲は見てて、ほんわかしてる感じでいい感じだと思うから、影ながら応援してるぜ!
【彰人】「真央のこと見たら教えてくれよな、じゃ」
 彰人は俺に手を振ると足早に去っていった。
 ……はぁ、彰人のやつはいいよなぁ。
 つーか、俺はこんなとこでブラブラ時間潰してなにやってんだよ。
【雪乃】「麻生君、さっきからヒマそうね」
【渉】「あ、雪乃」
 巫女服雪乃見参!!
【渉】「やっぱ巫女服似合ってるな」
【雪乃】「そうかしら? でも、別に私の場合はコスプレじゃないんだけど。本当はゴスロリがしたかったわ」
【渉】「俺は巫女服の方が好きだけど」
【雪乃】「あら、そう、ちょっと嬉しいわね。ところで麻生君ヒマしてるなら私と一緒に回らない?」
【渉】「カフェの仕事は?」
【雪乃】「シフト交代で今はヒマなのよ」
【渉】「俺なんかじゃなくて他のヤツと回ったら?」
【雪乃】「明日香と回ろうと思ってたんだけど、明日香の姿が見当たらなくて」
 俺は代役か。
 そんなことより、そう言えば桜井の姿って朝見たっきりだな。
【雪乃】「グラウンドでライヴやってるの見たいのよ。だから早く行きましょう」
 そう言えば、今年はインディーズのいろんなジャンルのバンドが来てるらしい。
 ……雪乃の目当てはなんとなくわかるな。
【渉】「俺はあんまし興味ないんだけど」
【雪乃】「そんなこと言わずに、ね?」
 雪乃に腕を引っ張られた俺は強引に歩かされた。
【渉】「つーか、巫女服のまま行くのかよ?」
【雪乃】「着替えるのめんどくさいし、早くしないと奈央様を見逃すわ!」
 ……雪乃の目がいつもと違う。
 なんか爛々と輝いてる。
 あれ、奈央って?
【渉】「奈央ってもしかして?」
【雪乃】「明日香のお兄様よ」
【渉】「マジか!? それは見逃す事なかれだ!」
 桜井兄の実物は見なくちゃいけない。
 見ないと俺はこの先、一生後悔することになる……っていうのは言いすぎか。
 でも、とにかく見たい!
【雪乃】「早く行くわよ」
【渉】「おう!」
 いつの間にか俺も目を爛々と輝かせて雪乃と一緒に走っていた。

 ライヴを見終わって恍惚とした表情をしてる雪乃を横目で見る俺。
 完全に今の雪乃は夢の世界に没入してる。
【雪乃】「嗚呼、奈央様はいつ見ても最高ね」
 生桜井兄はカッコよかった。
 なんか男としてすんげえ敗北感を感じた。
【渉】「でも、歌ってる曲はよくわからなかった」
【雪乃】「なに言ってるの? 奈央様の描く世界観は最高じゃない!」
 ……目が、目がいつもの雪乃と違う。
 あんまり雪乃に反発しない方がよさそうだ。
 雪乃と一緒にグラウンドでやってる屋台を見て回った。
 グランドでは飲食系の出し物が多くて、校舎内は文化部とかの展示とかが多い。
 毎年なぜかお腹いっぱいになる学園祭っていうのは有名な話。
 ちなみに校舎内は今日だけ土足OKなんだけど、毎年次の日の清掃で死ぬ思いをする。
 俺は毎年学園祭の片付けはサボってんだけど。
【渉】「……なんか騒がしいぞ?」
【雪乃】「なにかしら?」
 辺りがなんだか騒がしい。
 騒がしいって言うか、叫び声とかが聞こえてくるんだけど?
【渉】「あれか!!」
 人の間を掻き分けて失踪する物体とそれに跨る人影。
【雪乃】「まあ、刹那君みたいね」
【渉】「なんでグラウンドに馬!?」
 白馬(暴れ馬)に跨りグラウンドを駆け回ってる刹那の姿が目に入った。
 ……意味わかんねぇ!
 お好み焼き屋に突っ込みながらなおも爆走する刹那を乗せた馬。
【雪乃】「こっち、来るわね」
 刹那を乗せた馬がどんどんスピードを上げながらこっちに走ってくる。
【渉】「つーか、来るな」
 哀れな犠牲者(男子)を跳ね飛ばした馬は、ようやく俺たちの目の前まで来て足を止めた。
【刹那】「やあ、渉クンに雪乃クン!」
【渉】「爽やかに『やあ』じゃないだろ。思いっきり人はねただろ」
【刹那】「大丈夫だよ、死んでもすぐだったら蘇生できるから」
 ぜんぜん大丈夫な話じゃないと思うの俺だけか。
 つーか、ぜんぜんダメだろ。
【雪乃】「ところで刹那君、その馬なにかしら?」
【刹那】「舞台で本物の馬を使おうと思ってね」
 舞台って、確か刹那って演劇部の部長だったよな。
 いや、そんなことより、こんな暴れ馬を舞台で使えんのか本当に?
【刹那】「そうそう、すっかり忘れるところだったよォ。渉クンにお届け物だよ」
 そう言って刹那はポケットの中から小包を出して俺に手渡した。
【渉】「あれが見つかったのか!?」
【刹那】「うん、サハラ砂漠で鳥取砂丘の砂を見つけるよりぜんぜん楽勝だったよ」
【渉】「サンキュ刹那! マジで助かった。このお礼はそのうちするから!」
【刹那】「お礼なんて別にいらないよ。それよりも頑張ってね、応援してるよ」
 刹那はそう言って手を振りながら豪快に馬をかっ飛ばして消えた。
【雪乃】「その小包は?」
【渉】「桜井と俺を繋ぐ絆って感じかな」
 これがないと桜井といくら話してもダメだと思ってた。
 本当は自分の力で探したかったけど、それは無理な話で刹那に頼んで探してもらった。
 これさえあれば桜井とちゃんと話せる気がする。
【雪乃】「……私はいつでも渉の味方だから、頑張りなさい」
【渉】「ありがとな。そんじゃ、桜井のこと探してくる!」
 これでどうにもなんなかったら桜井のことはあきらめるしかないかな……。
 当たって砕けろ、玉砕覚悟。
 とにかくやるだけやってみっか。
 俺は想いを胸に桜井を探しに向かった。

 ――学校中を探し回った。
 桜井を探して、とにかく学校を隈なく探したと思う。
 ……バックレて帰ったとか?
 桜井ならありえる。
 コスプレカフェが嫌で嫌で帰った可能性もあるよな。
 つーか、帰っただろ。
 それしか考えられない。
【沙羅】「ハ〜イ、渉。また会ったわね」
【渉】「あ、また会いましたね」
 桜井を探してから、すでに嬢王様に会ったのがこれで3回目。
【沙羅】「さっきからひとりで行動してるみたいだけど、もしかして友達いないの!?」
【渉】「違いますって」
【沙羅】「冗談よ。ところで、さっきからなにかを探してるみたいだけど?」
【渉】「さっき言いそびれたんですけど、桜井のこと探してるんですよ」
【沙羅】「あらぁん、それはちょうどよかったわ。あの娘ったら交代時間になっても来ないのよね……絶対スクール水着を着させてやるわ」
 やっぱコスプレが嫌でバックレたのか。
【沙羅】「明日香のこと見つけたら、アタシがキレてるって伝えて置いてねぇん。じゃ、アタシは奈央クンに会いに行くから、じゃあねぇん♪」
 ここにも桜井兄ファンがいたのか。
 つーか、あんなウキウキ気分の嬢王様を見ての初めてかも。
 じゃなくって、俺は桜井を探さなきゃいけなかったんだ。
 でも、学校いないとなると自宅に押し掛けるしかないのか……。
 仕方ない、ここで切り札を使うしかないな。
 俺はケータイを取り出した。
 もちろん桜井と連絡を取るため……なんだけど、桜井からメアドも電話番号も教えてもらってなかったりする。
 実を言うと雪乃から桜井の番号を教えてもらった。
 本当は他人から聞くなんてよくないと思うし、それで連絡取ったら桜井が不愉快に思うかもしれないけど、そんな場合じゃない。
 俺は桜井のケータイに電話を掛けてみることにした。
 プルルルルルルルゥ……。
 プルルルルルルルゥ……。
 プルルルルルルルゥ……。
【明日香】「…………麻生?」
【渉】「え、あ、うん」
 ……ちょっと待て、なぜ俺だとわかった?
【明日香】「……なんであたしの番号知ってんの?」
【渉】「雪乃に教えてもらった」
【明日香】「ふ〜ん」
 久しぶりの桜井との会話だってのに、桜井の声がなんだかケンカ越し。
 いや、大丈夫だ。
 最初の頃の俺と桜井の関係はこんなんだった。
【明日香】「もう掛けて来ないでね、じゃ」
【渉】「ちょっと待て切るな」
【明日香】「…………」
【渉】「今どこにいるんだよ」
 ――ブチッ。
 切られた。
 慌てるな俺。
 桜井が電話に出てくれた時点で希望アリだ。
 本当に俺の顔なんて見たくもないし話したくもないなら電話に出ないはずだ。
 つーか、桜井どこにいんだよ!!
 学校にいるのかいないのか……?
 そう言えば、電話の向こうから微かだけど騒がしい曲が聞こえてたような気がする。
 グラウンドでやってるライヴか?
 となると、まだ桜井は学校にいるってことか。
 俺はすぐにグラウンドのライヴ会場に向かったが、やっぱり桜井の姿はなく俺は途方に暮れた。
 再び校舎内を探そうとしていた俺に誰かが声を掛けてきた。
【雪乃】「麻生君、明日香は見つかった?」
【渉】「雪乃か……いや、見つかんねぇ」
【雪乃】「私も上條先生に頼まれて探してるんだけど、ケータイの電源切っちゃってるみたいなのよね」
 俺が掛けたあとに電源切ったんだな。
【雪乃】「でも、もしかしたらさっき見たの明日香だったかも……?」
【渉】「どこでだよ!?」
【雪乃】「今見て追いかけようとしたところで麻生君にバッタリ会って……」
【渉】「だからどこで?」
【雪乃】「校舎に入って行くのを見たわ」
【渉】「サンキュ!」
 すぐに俺は雪乃に背を向けて校舎内に走った。
 下駄箱を抜けて、階段を登るべきか、1階を探すべきか?
 迷っていると、俺の目に嬢王様の姿が目に入った。
【渉】「嬢王様、桜井見ませんでしたか?」
【沙羅】「あら、また会ったわね。明日香だったら今会って話したけど?」
【渉】「どっち行きましたか?」
【沙羅】「そんなことよりも聞いてちょうだい。あの子ったら、アタシがちゃんとコスして店に出なさいって言ったら、うなずきはしたんだけど絶対あの目はサボる気よ」
【渉】「そんなことはどうでもいいから、桜井はどこ行ったんですか?」
【沙羅】「上の階に行ったけど」
【渉】「ありがとうございました!」
 俺はすぐさま2階に上った。
 だが、ここからどうする?
 2階を探すべきか、3階に行くか?
 3階は今日は使われてなくて封鎖になってる。
 と、そんな3階から2人の人影が降りてきた。
【渉】「彰人なにやってんだよ?」
 階段から下りて来たのは真央と手を繋いだ彰人だった。
【彰人】「上の方が静かだからな」
【渉】「真央ちゃんと二人っきりでなにしてかって聞いてんだよ?」
【真央】「そ、そんなぁ、なにもしてませんってば!」
【渉】「そんなことより、桜井見なかったか?」
【真央】「明日香さんなら今すれ違いましたけど」
【彰人】「俺らが4階から降りた階段ですれ違ったぞ」
【渉】「ってことは4階にいるってことだな。サンキュ2人とも!」
 俺は彰人と真央に礼を言うと、階段を猛ダッシュで駆け上った。
 4階についた俺は辺りを見回した。
 この階段はここで終わりで、屋上に通じる階段は別の場所にある。
 まずは4階の捜索でもするか。
 桜井は近い、きっと俺は桜井に近づいている。
【刹那】「危ない、退いて退いて」
 白馬に乗った刹那がこっちに向かってくる。
 退けというのは明らかに俺に個人に対して言葉だろう。
【刹那】「退かないと跳ね飛ばすよォ」
【渉】「おまえが来るなよ!」
 間一髪のところで俺は馬を避け、刹那を乗せた馬は俺の近くで足を止めた。
 つーか、馬で4階まで登ってきたのかよ。
【刹那】「なかなか根性ひん曲がった馬で困ったよォ」
【渉】「そんなことより桜井見なかったか?」
【刹那】「明日香なら屋上にいける階段の方で見たよ。ボクが馬に乗ってくって聞いたら断られてしまってねェ……あはは」
【渉】「とにかくサンキュ」
 俺は馬にひき殺される前にさっさと刹那と分かれて屋上に通じる階段に向かった。
 そして、屋上に通じる階段まで辿り着いた俺は、ここで足を止めてひと呼吸入れた。
 屋上に通じる階段を前にして俺は考えた。
 桜井は屋上に向かったのか?
 それと裏をかいて下に行ったとか?


1.絶対に桜井は屋上にいる!!――※006_1へ

2.いや、下の階から桜井のオーラを感じる、命賭けてもいい。――※006_2へ


サイトトップ > ノベル > 至極最強 > 第1章006 ▲ページトップ