決意によって背負うもの
 ――そして、煌く粒子は形作った。
「ファティマ!」
 セイが声をあげた。その目の前にいたのは紛(まぎ)れもなくファティマだった。
「期待を裏切るようで悪いが、私はもうひとりの方のファティマだ。彼女は今眠っている。君が逢いたかったのは精霊であるファティマだろ?」
 セイの目の前で復活したのは大魔導師ファティマの思念であった。しかし、セイは安堵した。あっちのファティマにまた逢える。
 顔を綻ばせるセイが見つめる中、ファティマは椅子に腰掛けた。
「私が先に現れたのは他でもない、君たちが知りたがっていることを語るためだ」
 そう言ってファティマはアリスが差し出した飲み物を飲みながら、遠い過去の話を物語を語りはじめた。
「私はある時、不老不死の力を得た。不老不死になったことによって多くの研究をしたが、それでも時間を持て余すようになった時、私は世界の全てを書に記してみようと思い立ったのだ。
 私は千年以上もの長い年月をかけて魔導書を書いていた。だが、この作業は永遠に続く。過去の情報は膨大にあり、次の瞬間には未来が訪れ新たな情報が生まれる。
 そして、世界を綴っているうちに私はある事実に気が付いてしまったのだよ。それは実に興味深い事実だった。そう、世界はなんども創りかえられていると気が付いた。噛み合わない歴史、在り得ない遺物、〈大きな神〉と呼ばれる存在は自分の納得する世界ができるまで、何度でも世界を創り直す。
 〈大きな神〉に目を付けられてしまった私は滅ぼされそうになり、〈大きな神〉はこの都市まで滅ぼそうとした。だから、私は都市の人々を守るためにその精神と身体をある場所に封じ込め、私に万が一のことが起きた時のために、私は私の記憶を魔導書に書き綴った。そして、〈大きな神〉との戦いに備える準備をした。だが、その準備が途中のまま、私は暗殺されてしまったのだ。
 死に間際に私は魔導書を時空の彼方に飛ばした。そして、長い年月を経て、君のもとに渡ったわけだ」
 語り終えたファティマは息をつき、アズィーザは難しい顔をし、セイは一生懸命今の話を理解しようと務めた。
 少しの間、思い思いの沈黙があり、セイがはじめに口を開いた。
「僕はファティマさんになにを託されたのでしょうか?」
「私は君にこの世界を託したのだよ。この世界には多くのものが存在している。それを〈大きな神〉に壊されるなど、私は納得いかない。だから、君には〈大きな神〉を止めて欲しいのだ」
 ――世界を託された。
 セイは自分にはどうにもできない問題を抱えてしまったような気がした。
 偶然に魔導書を手に入れただけなのに……。
 決断ができない。セイは自分に任せて欲しいとも、無理だとも言えなかった。どちらを言うにしても、その言葉には計り知れない重さが込められていた。
「僕には引き受けることも引き受けないこともできません。そんな大きなこと僕には引き受けれないって気持ちもあるし、そんな大きなことに僕が必要とされているなら、僕は引き受けなきゃいけないと思うんです」
 ファティマは小さく笑った。
「君の意思が一番尊重される。君はこの世界の人間ではないのだから、無理強いはできない。今すぐ世界が壊されるわけでなさそうだから、君に断られても別の方法を考えるよ」
 しばらくこの場は沈黙に包まれた。そして、セイが静かに口を開いた。
「僕でいいなら協力します。僕にできることを頑張ってみます」
 自分にできる範囲のことをする。それがセイの答えだった。
「ありがとう、セイ。では、私は眠りに就くとしよう。そうそう、四界王と陰陽神を訪ねるといい……」
 ファティマはゆっくりと目を閉じ、そして勢いよく開けた。
「ご主人様! おお、無事だったんだね、よかったぁ」
 眠りから醒めたファティマは行き成りセイに抱きついた。ファティマの記憶は暴走したセイを止めようとしたところで止まっていた。
 今まで固い顔をしていたセイの顔が綻んだ。
「よかった、また逢えた……」
 ふと、セイが顔を横に向けるとアズィーザも微笑んでいた。
「似合いの二人だねえ」
「僕たちはそんなんじゃないですよ!」
 こんなセリフもファティマと一緒にいる時はよく言った。そう、ファティマ≠ヘ戻ってきたのだ。そして、これから新たな旅がはじまる。
 セイが魔導師ファティマの言葉を思い出す。
「そうだ、四界王と陰陽神に会わなきゃいけなんだけど、陰陽神ってなに?」
 ここぞとばかりファティマが胸を張る。
「説明しよう。陰陽神とは四界王よりも高位な神であり、光と闇を司る神である。そんでもって補足をすると、光神ヒリカ、闇神イーマ、火界王アウロ、風界王ゼーク、土界王ディティア、水界王イズムって感じ」
 セイは風界王ゼークと会ったことがある。そして、火界王アウロの名前は聞いたことがある。そう、この都市がある場所は〈アウロの庭〉と呼ばれる砂漠地帯だった。
「あ、そのさ、ここって〈アウロの庭〉って言われてるよね。近くにアウロさんがいるってことかな。だったら、アウロさんにまず会いに行こうと思うんだけど」
「よ〜し、なんだかよくわかんないけど、アウロに会いに行こう!」
 セイの言葉を受けてファティマは出かける気満々になり、セイも椅子から立ち上がったが、アズィーザは立ち上がるようすを見せなかった。
「あたしはここでゆっくりしようかね。食事くらいあるんだろ?」
 アズィーザに顔を向けられたアリスは軽く頷いた。
「ございます。この部屋には生活に必要な物が取り揃っております」
「じゃ、あたしはここで厄介になろうかね」
 もともとアズィーザはこの都市の宝を求めてやって来た。セイとともにこらからも旅をする義理はなかった。
 アズィーザは自分の持っていた〈名も無き魔導書〉をセイに手渡した。
「これ持ってきな」
「僕に、いいんですか?」
「この中には今まであたしが集めた魔導具が入ってる。きっと坊やの役に立つからさ」
「でもどうして僕に? なんでアズィーザさんは魔導具を集めてたんですか?」
「あたしはね、魔導具とか魔法なんて物騒なもんはこの世になきゃいいと思ってる。だから、世界中の魔導具をあたしの手元に集めていつか処分してやろうと思っていただけさ」
 アズィーザ――過去の名をアリア。彼女はある魔導書によって悲劇に見舞われたことがあった。それが理由。
 セイはアズィーザから〈名も無き魔導書〉を受け取ると、頭を下げて部屋を出て行こうとした。その時に後ろを振り返り、二人に別れを言った。
「アリス、アズィーザさんの面倒は君に任せるから。じゃあ、また会いましょう」
「坊やも達者でね」
「ご主人様のお帰りをお待ちしております」
 アズィーザとアリスに見送られ、セイはファティマとともに部屋を出た。
 塔の階段を下りるセイの足取りは少し重たかった。
「ご主人様どうしたの? ちょっと疲れてる?」
「ううん、別にそうじゃないんだ。この世界に来ていろんなことがあったなって思って」
「楽しいこといっぱいあったよね。ボクはご主人様と旅できてホントに楽しいよ」
「うん、でも悲しいことも辛いこともあった。また、会いたい人もたくさんいるな。旅がひと段落したら、今度は旅先で会った人にもう一度会う旅がしたいな」
「ボクも一緒にね!」
「そう、ファティマと一緒にね」
 街道を進み、セイはあることに気づいて足を止めた。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
「どうやってここから出るか聞いてなかった。地上にどうやって出たらいんだろ?」
「ボクが知ってるよ。だって、ここはボクの故郷だもん」
「もしかして、いろんなこと思い出したの?」
「うん。魔導書の中から出れなかった時に〈砂漠の魔女〉と一緒にお話したんだ」
 精霊であるファティマは自分のことに関して多くの記憶が抜け落ちていた。それが、いつに補われたということだ。
 ファティマの案内でセイは長い梯子(はしご)を登り、都市の天井に開いた穴に入り、ゴツゴツした洞窟のような場所を進んだ。そこで、セイはあることに気が付いた。
「ここってもしかしてワームの体内?」
「そうだよ。巨大なワームが洞窟になってるんだよ」
 都市と地上を繋ぐ道――それはワームの体内だった。ワームの口が砂漠からの入り口となり、尻尾が都市の天井と繋がっていたのだ。このワームは普段は砂の中に潜り、都市への入り口を隠して守っていたのだ。そして、ワームの尻尾が埋まっている場所から、半径一〇〇メートルほどの範囲で、〈アウロの指輪〉を使うことによって入り口であるワームの口が現れる仕組みだったのだ。
 ワームの口からセイとファティマが出ると、ワームは砂の中に砂煙と大きな音を立てながら帰って行った。
 ここは砂漠のど真ん中だった。
 そして、その照り輝く陽のもとで黄砂が舞い上がり、その奥で銀髪の少女が槍を持って佇んでいた。
「地下に隠れて居ったか……」
 砂漠の陽のもとで、少女は冷たい月のように微笑んだ。


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