黄金の都市を探して
 翌日、日がまだ昇りきっていないうちから、セイとアズィーザは〈黄金の都市〉を探すために旅立っていた。
 広大な砂漠はどこまでも同じような景色が広がり、目印などは見当たらない。本来は空に星がある涼しいうちに星を見ながら進路を取り、昼間の暑いうちに休むのがよいとされている。だが、セイとアズィーザは昼間のうちに、時刻と太陽の位置を確認しながら進路を取っていた。実はこの砂漠、夜になると怪物たちが跋扈(ばっこ)し、厄介なことに磁場のせいか方位磁石も仕様できないのだ。
 アズィーザは地図を片手に辺りを見回した。
「たぶんここらにあると思うんだけど、どこにあるのかねえ?」
「都市の大きさはそれなりにあると思うので、だいだいの場所がわかれば、その下にあるんじゃないですか?」
「じゃあ、ここらにあるのかねえ?」
 黄砂に吹かれながらアズィーザは足元を見た。きめ細やかな砂に足が少し埋もれている。この下に〈黄金の都市〉があるかもしれない。しかし、アズィーザはどうやって地中にある都市に入るつもりなのか?
「アズィーザさん、どうやって砂に埋もれた都市に入るつもりなんですか? 都市ごと掘り起こさないと無理ですよね?」
「伝説によるとだねえ、都市はドーム上の見えない壁に包まれていて、意図的に地中に潜ったって云われてるんだよ」
「意図的に?」
「そう、意図的に。大魔導師ファティマがそれを命じて、都市に住む人々は都市を捨ててバラバラに世界各地に旅立ったらしいって話だけど」
「目的は?」
「さあねえ、一説にはここらの気温が上昇して劣悪な環境になったからとか」
「えっと、それで、どうやって都市に入るんですか?」
 アズィーザは額の汗を軽く拭った後、背中に背負っていた皮袋から一冊の本を取り出した。
「これは〈名も無き魔導書〉って云ってね、作者不明の魔導書なんだけど、この魔導書がすごいのなんのって、ちょっと見てな」
 開かれた魔導書のページにはとても精密に描かれた指輪の絵があった。そのページにアズィーザはなんと手を突っ込んだのだ。そして、驚くべきことに、引き抜かれた手の指には指輪が挟まれていた。
「どうだい、すごいだろ?」
「本の中から取り出したんですか!?」
 指輪は魔導書の中から取り出された。指輪が描かれていたページは白紙になっている。つまり、魔導書の中に指輪が保存してあったのだ。
 ビックリした顔をするセイを見てアズィーザは自慢げに微笑んだ。
「この魔導書は物体を二次元空間に封じることができるんだよ。入れられる数は一ページにつき一つで、全部でだいたい五〇〇くらいは入るのかねえ。水なんかだと、一定の量までしか入れられないみたいで、入れられるものの大きさも制限があるみたいだね」
「すごく便利ですね。それでその指輪は?」
 指に嵌められた指輪は太陽の光を浴びて煌(きら)びやかに輝いた。
「〈アウロの指輪〉さ。四界王のひとり、火を司(つかさど)るアウロの力が込められている指輪だって云われてるけど、信憑性は薄いかね。この指輪を〈黄金都市〉の真上で天に掲げると門が現れるって云うんだけど……?」
 アズィーザが指輪を天に向けると、指輪についていた宝石が太陽のように燦然と輝きだした。眩い光で辺りは真っ白になり、アズィーザとセイは目を瞑(つぶ)って腕で顔を覆い隠した。しかし、それでも光が目に飛び込んでくる。
 しばらくして光は治まった。けれど、二人は目がチカチカして、辺りを見回しても真っ白にしか見えない。
 地面が揺れた。そして、砂が大きく盛り上がり波を造り上げた。しかし、二人の目は治っておらず、視界には白い世界が広がっている。
 轟々と風を鳴らすような音とともに黄砂が雲のように舞い上がり、地中から巨大なミミズに似た生物――ワームが現れた。その身体の大部分は砂に埋もれてよくわからないが、盛り上がった砂の山が崩れずに遥か遠くまで続いているところを見ると、その全長は約一〇〇メートル。普通のワームは五〇メートル程と言われているので、今ここに現れたワームの巨大さがわかるだろう。
「なんだい、なにがいるんだい!?」
 アズィーザは声をあげたが、そこになにがいるのかわからない。だが、本能は危険性を感知している。
「僕が思うに巨大な何かがいると思うんですけど?」
「砂漠で巨大な生物って言ったらワームかい。逃げるよ、全速力で走るんだよ!」
「目が見えないのに?」
「つべこべ言わずに走れ!」
 二人は別々の方向に全速力で走った。しかし、砂漠の砂は細かく足が取られやすく、なかなか思うように走れない。それに相手の全長は一〇〇以上もある。そんな巨大生物から走って逃げるなど不可能だった。
 ワームが捕食を開始する。ワームの捕食は単純で、辺りにあるもの全てを強力な吸引力で吸い込む。砂も空気も全部吸い込んで、あとで排出するのだ。
 轟々と風が鳴り叫び、セイの足が宙に浮く。
「助けて!」
 とセイが叫んでも、誰も助けてくれる者はいない。それどころか、近くでアズィーザの声が、風の音に紛れて千切れ千切れに聞こえる。
 セイもアズィーザも砂まみれになってワームの中に吸い込まれていく。息がうまくできなくて苦しい。砂に揉(も)みくちゃにされてどうにもならない。
 そして、砂のベッドの上にセイとアズィーザは落下した。しかし、まだ目を開けても視界がぼやけている。
「アズィーザさん無事ですか?」
「ああ、なんとかね。でも、あたしら本当にワームの腹ん中に収まっちまったのかい?」
「僕まだ視界がぼやけてて」
「あたしもだよ」
 次第に二人の視力は回復し、辺りを見回したセイとアズィーザは息を呑んだ。
「ここどこだい?」
 アズィーザは目を丸くして、ちょっと離れたところにいたセイも驚いた顔をした。
「どこでしょう……遺跡みたいですけど?」
「まさか、ここが〈黄金の都市〉かい?」
「そうかもしれません」
 眼前に広がる都市の風景。建物は黄色がかった石で造られていて、黄金でできているというわけではなかったが、ここはまさしく捜し求めていた〈黄金の都市〉だった。なぜならば、上を見上げると見えないドーム状の壁に覆いかぶさっていた。ここは砂漠の下なのだ。
 ここは砂漠の下のはずなのだが、陽光の下と間違えるほど明るかった。その輝きのもとは辺りにある建物や石を敷かれた地面だった。この都市全体が淡くが輝いている。
 しばらく辺りを見回していたアズィーザが少し残念そうな顔をした。
「〈黄金の都市〉っていうもんだから、建物が黄金でできてるんじゃないかと、少し期待してたんだけどねえ。建物そのものは輝いてるけど、ちょっと違うみたいだねえ。まあ、財宝や魔導具は多くの残ってることを期待しようかね」
「財宝や魔導具なんて残ってるんですか? だって、普通は大事な物を持って行きますよね」
「男のクセにロマンのないこと言うんだねえ、あんたは。古の都なんだから、なんかあるに決まってるじゃないか」
「そういうもんなんですかねぇ」
 財宝目当てに来たわけではないセイには、財宝があろうがなかろうがどうでもよかった。目的はファティマに関すること探し調べること。そのためだけにセイはアズィーザについて来たのだ。
 二人は身体に塗れた砂をバサバサと叩き落として、なんとなく辺りを歩きはじめた。
 民家らしき石造りの四角い家に入った二人は、その中であることに気が付き、疑問を覚えた。
 テーブルの上には食べかけの食事が置いてあり、台所に向かったアズィーザはそこで奇妙の物を見た。火にかけられた鍋があったのだ。その鍋の中はスープで満たされていていた。
 台所にやって来たセイがアズィーザに声をかけた。
「誰か住んでるんですかね?」
「さあねえ、でも、不思議なことあるんだよ」
「不思議なこと?」
「そうさ、この火をよく見てごらん」
 そう言われてセイは鍋の下に木がくべられ燃えている火をよく見た。その火は燃えていなかった。火が揺らめいていないのだ。
 驚いた顔をしたセイは火の近くに手をかざしてみた。熱くない。そこで思い切って火に触れて見た。すると全く熱くなく、火はカチカチに固まっていた。
「そんなまさか、火が固まるなんて聞いたことない」
「そのまさかだろうさ。その中のスープも触ってみな、カチカチだから」
 セイは言われるままに鍋の中のスープに触った。アズィーザの言うとおりカチカチに固まっていた。見た目はどう見ても液体なのにだ。
「どういうことですか?」
「あたしの考えが正しければだけど、時間が止まってるんだろうね。この部屋にある物は全部時間が止まっちまって、動かすことができない。そんなところじゃないかい」
「もしかして都市全体もでしょうか?」
「あり得るねえ。じゃあ、他の場所も調べて見るかい?」
「そうしましょう」
 この後、セイとアズィーザは都市中を調べて回った。そして、結果は同じだった。物が全く動いていないし、動かせない。しかも、部屋の中はどこもついさっきまで人々が生活していたような感じが見受けられた。
 そう、ここは都市中の人々が神隠しに遭い、都市の時間が止まってしまったような場所だった。
 街の路地を歩きながらセイは横にいるアズィーザに顔を向けた。
「なんだかすごいとこに来ちゃいましたね」
「きっとこの都市にはすごい秘密と一緒に、想像も及ばないようなお宝があるに違いないねえ」
「宝があるかは別として、人々が都市から消えた理由にはなにか大きな秘密がありそうですね」
 歩く二人の視線は斜め上に向けれていた。二人が考えていることは同じだった。
 前方には天井いっぱいまで伸びる塔が聳え立っていた。そこになにかが必ずある。二人は確信して、示し合わせることもなく、二人の足はその塔へ運ばれていた。


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