第10話_モッチャラヘッポコ教
 カジノから3ブロック先にある八階建てのビル。
 見た目はどこにでもありそうなビルだが、その正面ゲートの前に立つ男たちの格好が変わっていた。
 ――頭に茶色い紙袋をかぶっている。
 上下は普通の服装をしているのだが、なぜか頭にはすっぽりと紙袋をかぶっている。目の部分だけ穴が開いているようで、夏場はきっと蒸すに違いない。
 ヒイロが先陣を切って考えなしにビルの入り口に駆け寄った。
「モッチャラヘッポコ教の本部か?」
「モッチャラヘッポロ教だ」
 案の定、しゃべるたびに口の周りの紙がボコボコ動いている。実にしゃべりずらそうだ。
「ヘッポコでもヘッポロでも変わんないだろーが」
「モッチャラヘッポロ様は我らが神。名前を間違えるなど言語道断!」
 急に雲行きが怪しくなってきた。
「こいつをイケニエに捧げろ!」
 信者が声をあげた。ヤバイ、かなりのトンデモ宗教だったらしい。
 ビルの中にいた信者まで外にゾロゾロと出てきた。が、その移動スピードの遅いこと、遅いこと。両腕をだらりと前に伸ばし、ゆっくりと揺れながらヒイロに襲い掛かってきた。
「こうなったら強固突破だ!(なんだよ、こいつらゾンビかよ!)」
 信者たちを押し倒しながらヒイロがビルの中に入っていく。
「覇道くん待って!」
 華那汰が叫ぶが、もうすでにそこにヒイロの姿はなかった。
「しかたありませんわね、私たちも乗り込みましょう」
 ミサが信者たちを掻き分けて、ビルの中に飛び込んでいった。
「もぉ、もっとマシな乗り込み方あるでしょ(月詠先輩も意外に強硬派なんだから)」
 自慢の俊足を生かして華那汰はビルの中に飛び込んだ。
 広いエントランスホールの見回して、華那汰はヒイロたちの姿を追う。
「華さんこっちよ、早く!」
 廊下の向こういるミサを発見、すぐに華那汰はミサに追いついたが、そこにはヒイロの姿がない!?
「あれ、覇道くんは?」
「見失ったわ(もう捕まったのかも……うふ)」
「なにやってんのあいつもぉ」
「早く逃げましょう後ろから来ているわ」
「えっ?」
 華那汰が後ろを振り向くと信者たちがゾロゾロと襲い掛かってきていた。かなりの遅いペースなのは相変わらず。
 前を振り返ると、廊下の先からも信者たちが飛び出し――ゆったり出てきた。
「月詠先輩こっちにこっちに階段がありますよ」
「肉体労働は苦手だわ」
「こんなときになに言ってるんですか!(今になって温室育ちみたいなこと言い出すなんて)」
「ほら、早くに逃げないと捕まるわよ。おぶってくさる?」
「はいはい、わかりました!(なんでおぶらないといけないの!)」
 おぶるなんてめんどくさいことせず、華那汰は急いでミサをお姫様抱っこした。そこら辺の女子高生と変わらぬ腕の細さだが、華那汰は特殊能力により腕力もあるのだ。小柄のミサを持ち上げるなどお茶の子さいさいだ。
「……月詠先輩、意外に重たいですね(着痩せするタイプかな?)」
「これでも華ちゃんに比べて、胸が大きいものだから、ごめんなさいね」
 わざとらしくしか聞こえない『比べて』『ごめんなさいね』が華那汰の胸にブスっと刺さった。かなり胸が痛い。
 別に意味で胸がキュンとする青春の一ページなんてことをやってる間に、信者たちはすぐそこまで迫っていた。
「あーっもぉー早く逃げなきゃ!」
 ミサを抱っこしながら、『うおりゃーっ!』ってな感じで華那汰が階段を駆け上がる。とってもいい運動になるに違いない。筋肉痛にもなるかもしれない。
 階段を駆け上り、折り返し、上り、折り返し、上り、気づいたときには最上階、屋上一歩手前だ。
「もう追って来ないようね。降ろして頂戴(うふふ……華ちゃんの顔に死相が出ているわ)」
 ゼーゼー言いながら華那汰はミサを床に降ろすと、膝から崩れて地面にへたり込んだ。角度によってはパンツ丸見えだ。だが、死相を浮かべている華那汰にそんなことを気遣ってる余裕はなかった。ちなみに今日は薄いピンクだ。
「……死ぬ、さすがのあたしでも死ぬ(嗚呼、トキが見える)」
「もっと早く降ろしてくれればよかったのに。そうしたら自分で走ったわ」
「にゃー!(おぶれってあんたが言ったんでしょ!)」
 奇声をあげるが、文句を口に出す余裕すらなかった。
 華那汰はそのまま酸欠状態になって、階段の踊り場で大の字になって倒れてしまった。
 倒れた華那汰の横にミサが体育座りでちょこんと座る。
「華ちゃんの息が上がるのも無理はないわ。ここの空気変だもの、なにかに汚染されているわ。下のフロアはもっと空気が変だったけど(上に上がってきてしまったけれど、下になにかありそうね)」
「空気が変って毒物ですか?」
「なんていうのかしら、怨念や執念みたいなよくない気の濃度が高いとでもいうのかしら」
 突然モゾモゾとミサは自分の胸の中に手を突っ込んで、なにかを探しているような動きをした。
「華ちゃんも飲む?」
「はいっ!?(母乳!?)」
 んなわけない。
 なんと、ミサは自分の服の中から缶ジュースを出したのだ。
「丁度いい温かさになっているわよ、ポン太オレンジ」
「いりません!(なんか他にも隠し持ってそうだぁ)」
「そう(美味しいのに)」
 味がどうとかこうとかの問題じゃないような気がする。それに加え、ポン太は炭酸飲料だ。生ぬるい炭酸は夏コミだけで勘弁してください。
 休憩タイムをして、華那汰の体力が回復してきたところで、ある重大な事態に今更ながら気が付いてしまった。
「ああっ、月詠先輩! こんなことしてる場合じゃないですよ!(早くしないと追っ手が来ちゃう!)」
「急がば回れよ。それに、なんだか追ってくる気配がぜんぜんないんだもの(こんなに誰も来ないなんて変ね)」
「でもでも早く別の場所いきましょ?(同じ場所にずっといると不安)」
「そうね、なにも情報がないから、このフロアから探索いたしましょう(下になにかあるような気がするけれど、今下に行くと危険なような気がするわ)」
 飲み終わった缶を律儀に胸の中に再びしまい込みミサが立ち上がった。
「さあ、行きましょう」
「はーい」
 二人は踊り場をあとにして、八階のフロアへと足を踏み込んだのだった。

 つづく


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