エピローグ_さらば荒波の海へ!
「ちょっと待って華那汰ぁ!」
 姉の制止を振り切って華那汰は家を飛び出した。
 ぴーちくぱーちくスズメがさえずり、せせらぎのように爽やかなそよ風、朝日がサンサン眩しい日差し、そして住宅街を駆ける爆走少女。
「遅刻遅刻ぅ~っ!」
 フランスパンを丸ごと口にくわえ、ブレザーに袖を通しながら走る。
 学校への最後のカーブを減速しないで曲がる!
 それがポリシーだから!
 が、いつものパターンで目の前に飛び込んできた人影!?
「またーっ!?」
 ドン!
 口にくわていたフランスパンが宙を舞い、華那汰も転びそうになるが、地面に手をついてそのまま側転しながら、さらにフランスパンもキャッチ。
 どうにか尻餅をついてM字開脚をさらることは避けられた。
 でも、結局パンツを見えた。
 今日はパステルイエローだった。
 華那汰の目の前には、陽の光を背中に浴びて立っている男の姿。顔が陰になっていて見えないが、華那汰にはちゃ~んとわかっている。
「危ないじゃないのよ!」
 華那汰はフランスパンをスイングして、ヒイロの頭を打っ叩いた。
 フランスパンはちょっと日にちが経っていて硬かった。
「ぐがっ!」
 ヒイロの顔面で粉砕したフランスパン。ついでに歯も粉砕しそうだった。
 鼻からケチャップ……じゃなかった、鼻血を出してうずくまるヒイロ。
「いってー、なんでいきなりぶたれなきゃいけねーんだ!」
「はぁ!? そっちがぶつかろうとしてきたからでしょう!」
「はぁ? おまえがいつも後ろからぶつかって来るんだろうが!」
「ちんたら歩いてるそっちが悪いんでしょう?」
 いや、後ろからぶつかってるなら、華那汰のほうが悪い。車の運転でも、後ろからぶつかったほうが前方不注意で罰せられる。
 二人はあーだこーだと言い合いをしていると、狗の鳴き声がどこからか聞こえてきた。
「ワンワン!」
 二人仲良く振り返った先には、私服姿のミサが美獣の散歩をしていた。
「覇道君と華ちゃん、今日も仲がいいのね、うふ」
 笑いかけたミサに華那汰とヒイロが同時に詰め寄った。
「あたしがこいつとですか!」
「どう見たら仲良く見えんだよ!」
 が、そんな二人の勢いを受け流してミサは淡々と、華那汰を服装を見て言う。
「華ちゃん、ひとつ言っていいかしら?」
「あれ……このパターンって前にもあったような?」
「なんで制服なのかしら?」
「ぎゃーっ!」
 叫んだ華那汰はすぐさまヒイロの学ランをつかんだ。
「だって覇道くんだって……いつも学ランだっけ。でもでも、だって今日って金曜日ですよね?」
「今日は土曜日よ」
「ええーっ!?」
 〈壺〉に閉じ込められていた華那汰は1日分記憶が抜けていた。
 姉の制止を振り切った華那汰が悪い。
 ショックを受ける華那汰をスルーしてヒイロがミサに尋ねる。
「ところで包帯野郎はどうなったんだ?」
「ブラック・ファラオだったら、この子の散歩をしてから朝食を食べて、それからどこかに捨てに行こうと思っているわ」
「お供します!」
 主に朝食のほうに。
 それを聞いていた華那汰が元気よくバシッと立ち上がった。
「あたしも!」
「お前はフランスパンがあるだろうが」
 ヒイロは自分の朝食がなくなると思って華那汰を敵視した。
 華那汰はあきれ顔。
「これは武器だし……じゃくて、変態包帯男捨てに行くのに着いてくって言ってんの(もちろん朝食も食べさせてもらうけど。だって月詠家の食卓なんて、きっと食べたこともないように美味しい朝食なんだろうなぁ)」
 じゅるり。
 モーソーをトキめかせる華那汰はヨダレを垂らしていた。これじゃあヒイロと変わらないじゃないか。
 そんなわけでミサにお供する狗、ヒイロ、華那汰。
 食べものに釣られてお供をするなんて、まるで桃太郎のようだ。

 ザッバーン!
 高い波しぶきが上がった。
 青い空、白い雲、そして荒れ狂う海。
 お供を連れたミサは鬼ヶ島を探して海に出た――なんてことはなくて、貨物ヘリで太平洋のど真ん中まで、Bファラオを捨てに来たのだ。
「ぼくだってきみたちに協力したじゃないかぁ!」
「ウソつくなよこの野郎!」
 ヒイロはBファラオに殴りかかろうとしたが、それをミサは手を前に出して止めた。
「彼はもう十分な報いを受けたわ。ナメクジの呪いが返ってきて一晩中叫び続けていたのだから……ふふふふふっ」
 いつもよりも笑いが多い。ちょっと怖い。
 ミサの支援を受けてBファラオが図に乗る。
「そうだよ、ぼくは十分な報いを受けたんだよ。だからこんなことやめて早く返ろうよ、ねえ?」
「それとこれとは話が別よ」
 ミサはそう行って柩のふたを閉めた。
 メイドがすぐさまふたを接着剤や鎖で固定する。
 もの凄い監禁事件が目の前で繰り広げられているような気がして、正直ちょっと華那汰は引いていた。
「これって……やりすぎじゃ?」
 その問いにたいしてミサはただ妖しく微笑んで返した。怖すぎる。
 ヘリの搬入口が開けられた。
 ヒイロが威勢よく手を上げた。
「はいはい、俺様が落としてやるぜ!」
 張り切ってヒイロは重い柩を押して運びはじめた。
「クソ重てぇ……なに入ってんだよ」
 Bファラオだ。
 そんなヒイロのボケをみんなは華麗にスルーして見守った。
 強い風でヒイロの髪が揺れる。
「もう……ちょっと……だぁッ!」
 最後の一押しで柩はヘリから真っ逆さま。
 ついでにバランスを崩したヒイロも――落ちた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ~~~っ!!」
 太平洋のど真ん中に呑み込まれた。
 慌てて華那汰とミサは海面を覗き込むが、見つかるわけがなかった。
「……覇道くん。あははー、どうしましょうか月詠センパイ♪」
「大丈夫よ、覇道君は案外運は強いから。ほら、見て、あそこに影があるわ」
 荒波を必死に泳ぐヒイロの姿。その真後ろからは三角のヒレが追いかけてきていた。
 ミサは微笑んだ。
「ほら、生きてたでしょう?」
 ただそれもいつまで続くか……。
 水しぶきを上げながらサメが顔を出した。
 ヒイロは海中でこっそりチビりながら必死で逃げた。
「助けてくれーーーっ!」
 泳ぐ泳ぐ、猛烈に泳ぎまくるヒイロ。
 その勢いは自力で日本まで帰ってしまいそうだった。
 がんばれヒイロ!
 負けるなヒイロ!
 それゆけヒイロ!
 ヒイロはどこまで行ってもヒイロだった。

 おしまい


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