第4話_白い包帯なびかせて
 まだ買い手のいない分譲住宅から聞こえてくる絶叫。
「ウギャァァァァァァァ!!」
 家具の一つもないリビングの床で転げ回るBファラオ。
「ウゴッ、グオッ、呪いが返ってキターッ!」
 玉の汗を滲ませてBファラオは身悶えた。
 汗で白い包帯がスケスケだ!
 苦痛でその表情が歪む。
 このとき、べつの場所では巨大ナメクジが息絶えていた。
 ――人を呪わば穴二つ。
 その意味は、他人を呪い殺そうとすれば、自らもその報いを受け殺されることから、葬るべき墓穴は二つになるということだ。
 呪術や魔術の分野では代償が必要なことが多い。生け贄を捧げることによって、それを代償として自分への厄災を回避したりするが、Bファラオが行ったのは魔力の高いアイテムによる使役だった。
 つまり代償を必要としない召喚を行ったのだ。
 代償を必要としない代わりに、召喚した者をビビらせて従わせるわけだ。
 Bファラオがゴミ捨て場で見つけた魔導書。それによってBファラオは異世界の住人を召喚し、さらに魔導書の魔力によって脅して従わせたのだ。
 が、そこまではよかったのだが、送り込んだ巨大ナメクジがやられたことにより、呪いの魔力が逆流して来てしまったのだ。
 気絶しそうなほどの激痛に耐え、どうにかBファラオは呼吸を整えた。
「とんだ落とし穴だ……配下の魔物が殺られちゃうたびにこれじゃ……命がいくらあっても……足りやしないよ」
 何体もの魔物を呼び出し、それが一気に殲滅なんてされたら、地獄の苦しみを味わいながら死ぬことになりそうだ。
「まだこの魔導書の記述は完璧じゃないようだね……魔法の盾が必要だ……絶対に探してみせるよ」
 決意を新たに復讐の炎を燃やしたBファラオ。
 すべては覇道ヒイロへの復讐。
 その思いがBファラオを突き動かす原動力になっていた。
 どんなことがあっても、その気持ちが支えになって今日までがんばって来られた。
 きのうだって警察に連行される途中で逃亡。免許すら持っていないのにパトカーとのカーチェイスを演じてしまった。しかも運転した車というのが、乗用車ではなくタンクローリー。
 見事に朝刊の一面を飾ってしまったブラック・ファラオ!!
 タンクローリーで老人ホームに突っ込んで、見事な地獄絵図を作り上げてしまったのだ。
 その日のうちに指名手配。
 今もBファラオは逃亡者の身だ。
 そんな彼が潜伏場所に選んだのが分譲住宅だった。
 人の住んでいない住宅は、電気も水も通っていないが、なんと雨風がしのげてしまう!
 まだ呼吸の落ち着かないBファラオは、仰向けになって天井を仰いだ。
「おなかすいたなぁ……(なんでぼくがこんなひもじい目に遭わなきゃいけないんだ)」
 ぐぅと泣いた腹の音が物悲しい。
 食べ物を探しに行こうとBファラオはフラフラと立ち上がった。
 玄関に向かって歩き出したとき、ガチャっという音が聞こえてきた。
 何者かによって玄関が開かれた。
「こちらが玄関になりまーす」
 見りゃわかるわ、そんなの!
 とかいうツッコミを入れてるヒマはなかった。
 住宅見学がやって来たのだ。
 玄関を玄関だと紹介した案内人のお姉さんとBファラオの目があった。
「きゃ~~~っ!」&「にゃ~~~っ!」
 同時に叫んだ二人。
 すぐにBファラオは右見て左見て、ノープランで逃亡した。
 ゴン!
 ノープランだったため、見事に窓ガラスに顔面から激突した。
「いたたたた……」
 Bファラオは鼻を押さえてうずくまった。
「ドジっ子キャラなんかじゃないのに……あれからずっとツイてないよ!」
 つまりヒイロに敗北してからだ。
 だれが呼んだのか、玄関に屈強そうな男たちが集まってきた。
 Bファラオを取り押さえようと男たちが襲い掛かってくる。
「おまえ、そこで何やってるんだ!(しかもなんだその格好)」
 包帯ルックはちょっぴり刺激的だ。どう見ても変質者にしか見えない。怪しまれるのは当然だった。
 Bファラオは窓を開けて逃げ出した。
 白い包帯なびかせて、逃げる逃げるブラック・ファラオ。
 なにがなんでも逃げてやる。
 地の果て、地獄の果てまでも……。
 白い包帯なびかせて、走る走るブラック・ファラオ。
 なにがなんでも生きてやる。
 地を這い、明日も生存だ……。
 おお、我らが大神官、ブラック・ファラオ!!
 歌っぽいものに乗せて、Bファラオは疾走感を出して逃げ続けた。
 ここで捕まったら本当に最後。なんせタンクローリーで老人ホームに突っ込んじゃった大犯罪者だ。どう考えても極刑だ――しかもかなり重めの。
 分譲住宅を抜けて大通りに出た。
 後ろからは男たちが喚きながら追ってくる。
 Bファラオは走りながら振り返った。
「しつこいやつらだ(戦ったら絶対負けないのに。そんなことしてたら、どんどん仲間を呼ばれちゃうよ)」
 相手をしていたらキリがない。今や警察組織を敵に回している身だ、目の前の男たちを倒しても次が控えている。
 後ろに注意を払っていたBファラオの耳に響いたブレーキ音。
 振り向くとそこには2トントラックが目と鼻の距離まで迫っていた。
「にゃぎゃーーーっ!」
 ドーン!!
 トラックにひかれたBファラオは三回転ひねりでぶっ飛んだ。
 アスファルトに全身強打。
 血だらけになりながらBファラオは立ち上がった。
「死ぬかと思ったーーーっ!」
 いや、普通は死んでいる。
 血だらけのBファラオを見て、追ってきた男たちもドン引きしている。
 逃げるなら今がチャンスだ!
 再び逃亡開始。
 赤い包帯なびかせて、走る逃げるブラック・ファラオ!
 だが、新たな追っ手が現場に駆けつけた。
 サイレンを鳴らしながら猛スピードで近付いてきたのはパトカーだ。
 パトカーは一台だけではなかった。別の場所から応援できた2台目のパトカーが、反対車線からもかっ飛ばしてくる。
 前から来るパトカーを見定めてBファラオが飛んだ。
 信じられないジャンプ力で、15メートル以上の距離を飛翔し、カエルのようにパトカーの屋根に着地した。
 乗っていた警官は度肝を抜かれ、ハンドル操作を誤ってしまった。
 パトカーが回転しながら車線を外れ、反対車線を走っていた乗用車に激突した。
 Bファラオはさらに別の走っていた乗用車の屋根に飛び移った。
 そらに次へ次へと飛び移る。
 物音に驚いた運転手たちは急ブレーキを駆け、次々と玉突き事故が発生した。
 こうしてまたBファラオは重罪を増やしていくのであった。
 4トントラックの荷台の上に乗り移ったBファラオ。
「にゃはははは!(もう追いかけて来ないみたいだね)」
 来た道では玉突き事故で道路が封鎖され、パトカーも前に進めない状態だった。
 どうにか警察をまくことに成功したBファラオだったが、彼はまだ自分の身に迫る新たな危機に少しも気づいていなかった。
 後ろを眺めていたBファラオの後頭部に迫る歩道橋。
 ゴン!
 時速40キロで走っていた車にぶつかったのと同じ衝撃で飛ばされ、さらに荷台から転げ落ちて後ろを走っていた乗用車のフロントに激突した。
 おまけに急ブレーキが踏まれた乗用車のフロントからも落とされ、車は急には止まれないの法則が適用され――グチョ。
 聞いてはならない音が響き渡った。
 車を止めた運転手が狼狽しながら下りてきた。車の下敷きになっているBファラオの姿。真っ赤に染まった包帯がビロ~ンと伸びていた。
 殺っちまった。運転手の脳裏を駆け巡ったのはその言葉だろう。けれど、Bファラオは虫の息で生きていた。
 芋虫のように車の下から這い出てきたBファラオは、全身血みどろになりながら力強く立ち上がった。
「きみは神の奇跡を見たんだよ!」
 血だらけの手でバシッとBファラオは運転手の両肩をつかんだ。
「ぼくは神に仕える大神官。もしぼくが神に仕えていなければ、きっと死んでいただろう。きみもモッチャラヘッポロ教に入信するんだ!」
 強引な宗教勧誘だった。
 人をひいてしまったパニックと、訳のわからないセールストークで、唖然としてしまっている運転手に、Bファラオはさらに畳み掛けた。
「今なら入会金3万円……ここはお安く1万円でいいよ。それで神はすべての罪をお許しになるんだ。ぼくをひき殺しそうになった罪なんて帳消しさ!」
 まるで当たり屋じゃないか。
 宗教にかこつけてBファラオは金をたかっていた。
 よくわからなかったが、パニック状態の運転手はサイフを出し、Bファラオに1万円を渡してしまった。
 血だらけの手で1万円を握り締めたBファラオ。
「おお神は1万円では不足だとおっしゃっているよ」
 すでにBファラオは相手のサイフの中身を確認済み。まだふんだくれるとふんでいたのだ。
 わけもわからず運転手はもう1万円を渡してしまった。
 だが、Bファラオが出した手は引っ込まない。
「きみの今世での罪は洗い流されたけど、まだまだ前世の罪が残っているよ。神はもっとお金をくれたら輪廻転生すべての罪を洗い流してやろうとおっしゃってるよ」
 パニックで冷静な判断のできない運転手は、だんだん怖くなってついにはサイフごとBファラオに渡してしまった。
 Bファラオはニヤッと笑った。
「神はすべての罪をお許しになった。これからがんばって新たな罪を重ねたまえ。それじゃあバイバーイ!」
 再び逃走を続けようとしたBファラオだったが、いつの間にか辺りは警官隊によって包囲されてしまっていた。お金に目が眩んで周りが見えなくなった良い例だ。
 警官たちは拳銃を抜いていた。すっかり極悪犯罪者扱いだ。
「にゃはは、ここまでか」
 Bファラオは敵意がないことを示すため、両手を高く挙げてアスファルトとに膝をついた。
 警戒しながらにじり寄ってくる警官たち。
 Bファラオはうつむいたまま動かない。
 さらに近付いてくる警官たち。そこで彼らはBファラオがなにやら呟いているのを聞いた。
 そして、突然大きく動いたBファラオが叫びながら激しくアスファルトを叩いた。
「いでよゴーレム!」
 叩いたアスファルトが盛り上がり、巨大な塊を作り上げていく。
 警官たちは後退った。
 それはまるで巨大なゴリラ。泥で作られた人形のような、アスファルトの巨人ゴーレムだった。
 Bファラオが秘密の仕上げをすると、ゴーレムは命を吹き込まれ、その巨体を揺らしながら動きはじめた。
 周囲のアスファルトをかき集め創られたその全長は約3メートル。人間よりも腕の長さの比率が高く、両手を伸ばせば身長を優に超えているように見える。
 その長く巨大な腕でゴーレムは警官たちを薙ぎ払う。薙ぎ払われたのは人だけではない、車両もろとも吹き飛ばす破壊力だ。ひっくり返った車両がそのまま何度も回転しながら飛んでいく。
 この惨事に警官は躊躇わずゴーレムに発砲した。だが相手はアスファルトの塊。銃弾など効くハズがない。
 もうBファラオは買った気満々だった。
「にゃはははは、神の怒りを知るがいい!」
 ゴーレムは次々と警官たちをコテンパンにしていく。
 こんなアスファルトの塊をぶっ倒すには、ミサイルを撃ち込まなきゃ歯が立ちそうもない。
 しかし、警官のひとりが思わぬ方法を取ったのだ!
 2トントラックに乗り込んだ警官が、そのままアクセル全開でゴーレムに突っ込んだのだ。
 それは壁に突っ込むのと同じこと。
 決死の覚悟!
 ドゴーン!
 トラックは真っ正面からゴーレムにぶつかった。だがゴーレムはなんとそれを受け止めたのだ。
 警官たちに動揺が走る。
 しかし次の瞬間、ゴーレムの体にヒビが走ったのだ。
 ドゴゴゴゴゴゴ……。
 崩れ落ちたゴーレムの体。
 警官たちから歓声の声があがった。
 すぐにトラックに乗った同僚が救出させる。どうにかシートベルト着用、エアバック発動で、どうにか一命は取り留めたようだ。
 その場に佇んだまま残されたBファラオ。
「にゃははは、残念だったね!」
 Bファラオの高らかな笑い声と共に、崩れたハズのゴーレムの破片が動きはじめた。
 まさか!
 焦りと恐怖で警官たちは見守ることしかできなかった。
 ゴーレムが復活する。破片が集合して再びゴーレムが復活しようとしていた。
 勝ち誇っているBファラオ。
「ゴーレムは不死身なのさ。そう、ぼくがバレないようにゴーレムの股間に刻んだヘブライ語のエメトの頭文字を消して死を意味するメスの書き換えない限り、絶対にゴーレムは負けない!」
 バキュンバキュンバキュンバキュン!
 警官たちはゴーレムの股間に向けて一斉射撃。
 あっけなく崩れ落ちるゴーレム。
 唖然とするBファラオ。
「なぜ……なぜ不死身のハズのゴーレムが!」
 あんたが自分で言ったんだろ。
 自分が暴露トークしたことにも気づいていないBファラオは、警官隊に拘束されて身動き一つ出来ないように手錠で手首も足首も繋がれてしまった。
 そして、Bファラオはまるで丸太でも運ぶように連行されて行った。

 つづく


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