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第18話_緋の誓い |
ゴトン! 大きく柩の中が揺れた。 「ううっ……着いたのか?」 ヒイロは柩のふたを開けてゲロ吐きそうな表情で這い出た。 急な作戦だったため準備不足は否めず、装備を整えてくることもできなかった。 ヒイロ自ら準備した装備は――赤いマントだけ! このマント……役に立つのだろうか? とりあえず柩に入れてきた懐中電灯をつける。 「どこだよここ?」 内部の地図も準備することもできず、いったいここがどの辺りなのかもわからない。 体内に侵入したあとは完全にヒイロ任せの作戦だった。 ヒイロは再び柩の中を探り、ライト付きの工事ヘルメットを被った。 「よしっ、準備万端だ!」 それはない。 懐中電灯で照らされた肉壁。 くすんだ色をいており、細胞が腐っているようにも見える。 歩き出すと足がブヨブヨの肉に埋まりそうになる。 ヒイロは深くうなずいた。 「よしっ、やめよう!」 なんとヒイロは柩の中に控えしてしまった。 「俺様ひとりじゃ無理に決まってんだろ。だれだよ行けとか言った奴!」 おまえだ。 どこからかノイズ音が聞こえる。 ザザザ……ザザザ……。 《聞こえるか……さっさと応答せんと……回線切るぞ……》 それはカーシャの声だった。 慌ててヒイロは柩の中を漁った。 「なんだ……ちゃんと通信機準備してあんじゃんかよ」 出発の前、柩の中にいろいろと放り込まれたが、ヒイロはまったく把握していなかった。 ヒイロは通信機を耳と口元に当てた。 「もしもし~、聞こえてるぞ~」 《音声の……悪い……目的地はその場所の……の影響で……》 ザザザザザ……。 通信が途絶えてしまった。 「おい、聞こえねーぞ?」 通信は回復しない。 「コンチキショー!」 ヒイロは通信機を放り投げてしまった。 放り投げられた通信機が、ゴンという音を立てて何かにぶつかった。 柔らかい肉壁にぶつかった音ではなく、もっと硬い何かにぶつかったような音だ。 「何奴だ?」 しゃがれ声が響き渡ったかと思うと、急に辺りがほのかに明るくなりはじめた。 肉壁に包まれた空間は胃であった。超巨大ナメクジがすでに死んでいるためなのか、それとも寄生している者に都合良くするためか、胃液の分泌はまったくなかった。 ヒイロは驚いて柩の中に身を潜めた。 しかし、相手にはすでにヒイロに気づいている。 「そこにいるのはわかっておるぞ!」 デネブ・オカブの本体。その姿はグロテスクにして異様だった。 鷲鼻を持った老人の頭部から下は、尻尾のように伸びた背骨と脊髄[セキズイ]のみだった。それが宙に浮いている。 ヒイロは意を決して柩を飛び出して……逃げた! 赤いマントを頭から被って逃走を図ったヒイロだったが、柔らかい肉壁に足を取られて壮大にコケた! 立ち上がろうと地面に手をついて顔を上げたヒイロの眼の前には、すでにデネブ・オカブが回り込んでいた。 「まさか……ここで貴様に会おうとは」 「え……俺様のこと知ってんの?」 「〈アッピンの赤い本〉はどこにある?」 「はぁ?」 ヒイロはなにを言われているのかわからなかった。 「あくまで惚けるつもりか?」 「いや、だからさ、なに言ってんの?」 「まあよい、吐かぬなら、無理矢理吐かせるまでだ!」 「ぎゃっ!」 デネブ・オカブの骨の尾で攻撃されて、ヒイロはゴキブリ並の速さで飛び退いた。 宙を浮くデネブ・オカブは音もなくヒイロを追跡してくる。 しかも口からビーム! ズッコケたヒイロの真上をビームが通り過ぎ、髪の毛が焦げる臭いが漂った。 「うおっ、俺様の髪が!」 ちょっとしか焦げていない。 それでも滝汗をかいてあせるヒイロ。 「殺される!!」 必死でヒイロは柩まで逃げた。 柩の中を漁ったヒイロはある物を見つけた。 「行け、ニャンダバーZ2号!」 スチール缶がデネブ・オカブに向かって飛んだ。 口からビーム! バン! ニャンダバーZ2号はあっけなく消し飛んだ。 「ギャーーース!」 叫んだヒイロは再び柩の中を漁った。 「ん……カーシャちゃんのお手軽魔法セット?」 そんな名前のアイテムが出てきた。 謎のスティックと某黄色い本並の分厚い説明書。 「ぜんぜんお手軽じゃねーっ!」 ヒイロは説明書をデネブ・オカブに向かって投げた。 分厚い本は時として凶器にもなる。 口からビーム! バン! だが儚く散った。 「クソー!」 叫びながらヒイロはスティックをデネブ・オカブに投げつけた。 ブーメランのように回転するスティックは、持ち主のところに返ってきた。 バシ! ヒイロは見事におでこでキャッチ! 「いてー!」 おでこを押さえてうずくまるヒイロの足下に、紙の切れ端がヒラヒラ~っと落ちてきた。 そこに書かれていた説明文。 ――マジカルスティックは、投げるとブーメランのように戻ってくるよ♪ 「先に言えよー!」 説明書を読まずに扱ったおまえが悪い。 もうデネブ・オカブはすぐそこまで迫っている。 ヒイロは最後の望みをかけて柩の中を漁った。 ペラ紙1枚の説明書と一緒に出てきた謎のボール。今度はちゃんと説明書を読むことにした。 「なになに、結界などの魔力を瞬時に無効化する爆弾です。使用上の注意をよくお読みになってからお使いください」 とか読んでる間にデネブ・オカブは目と鼻の先だった。 「ギャーーース!」 説明書を投げ捨ててヒイロは爆弾を投げつけた! デネブ・オカブに当たった爆弾は激しい閃光を放ち、ヒイロの身体は爆風によってぶっ飛ばされた。 「ギャーーーッ!」 軟らかい肉床の上にヒイロは落ちた。 そして、またヒラヒラ~っとヒイロの足下に落ちてきた紙。 そこにはこう書かれていた。 ――使用の際は激しい閃光を伴いますので、目をつぶるか濃い色のサングラスなどを着用ください。 「目が見えねーッ!」 ヒイロが叫んだ。 激しい閃光によって視力が効かなくなってしまったのだ。 それはデネブ・オカブも同じだった。 「おのれ、どこに行った!」 連続してデネブ・オカブの口から放たれるビーム! ビームが無差別に飛び交いヒイロの腕を掠った。 「あたっ!」 学ランの袖が焦げ、晒された肌も赤く火傷してしまった。 目が見えないままヒイロが逃げ出した。 どこからビームが飛んでくるかわからない。 凄まじい恐怖でヒイロは正直チビりそうだった。 「マジ死ぬ、殺される、こんなとこで死ぬなんてイヤだーッ!」 焦点の定まらないヒイロの眼が見開かれた。 まるで時間がゆっくり流れるような感覚がした。 ヒイロの胸で起きたビームによる爆発。 学ランと胸を焦がしながら、ヒイロが後方に大きく吹き飛ばされていく。 ヒイロは床に落ちてから何度も弾みながら、ようやく止まった――心臓すらも。 ようやく視力が回復してきたデネブ・オカブは、憮然な顔をしながらヒイロの元へ近付いてきた。 「本の在り処を吐く前に死におった。仕様がない、この身体に憑依して記憶を覗くとするか」 デネブ・オカブはヒイロの口から体内へ侵入しようとした。 だが、直前でヒイロの口元が動いたのだ。 「〈緋の誓い〉を思い出せ」 ヒイロの声にして、ヒイロの声ならざるもの。 その声を聴いてしまったデネブ・オカブは躯を震わせた。 「莫迦な……〈アッピンの赤い本〉が……この場にあるというのかっ!」 ヒイロの緋色の瞳がいつもよりも深く染まっていた。 刹那、デネブ・オカブはすべてを察した。 「そこにあったのか!!」 デネブ・オカブを襲った強烈な鬼気。 恐ろしさに駆られたデネブ・オカブは目的を忘却して、目の前の死を振り払おうとヒイロを再び手にかけようとした。 鋭い尾の先がヒイロの心臓目掛けて突いた。 が、その尾はヒイロにしてヒイロにならざる者によって寸前で掴まれた。 「永き眠りから召喚された我はベルの頂に立つ者なり」 その言葉を耳にしたデネブ・オカブは確信して戦慄した。 「魔王!」 次の瞬間、強烈な魔気を浴びたデネブ・オカブは、骨と肉をまき散らしながら爆発した。 その者はなにもしてない。 ただそこにいただけ。 それだけでデネブ・オカブを破滅させたのだ。 胃が大きく蠕動[ゼンドウ]した。 魔気の余波が超巨大ナメクジの内部を崩壊させる。 崩れていく肉。 1匹の超巨大なナメクジだったものが小さなナメクジへと分裂していく。 計り知れない力の前では、何であろうと儚く刹那に終わる。 あまりに呆気なく、あまりに呆然と、呆れ果てるほどに莫迦らしく。 終わった。 救出隊が死に絶えたナメクジの山の中を掻き分ける。 「まだ見つからないのか!」 「柩は回収しました!」 「そんな物より少年を早く探せ!」 懸命な捜索が行われる中、ナメクジの山の中から人間の手が突き出た。 「ブハーッ!」 ヌメヌメになりながらヒイロが飛び出した。 口に中に違和感を覚えたヒイロは、それを『うぇ~っ』と吐き出して手のひらの上に乗せ た。 「ぎゃぁぁぁぁ」 思いっきり手のひらの上はモザイク指定だった。なにを吐き出したかなんて、怖くて口が裂 けても言えない。 ヒイロはすぐに救出隊に抱きかかえられながら、半ば無理矢理歩かされて運ばれた。 「おい、どこに連れてくんだよ!」 このパターンはヒイロにとってイヤな思い出しかない。 ヒイロが連れて行かれたのは特設テントだった。 そこには華那汰の姿が! 「覇道くん無事だったのね!」 華那汰はヒイロに駆け寄ろうとしたが、寸前でピタッと足を止めた。 「近寄らないで殺すから!」 「おまえから近付いて来たんだろうが!」 叫んだヒイロからツバと体に付着したベトベトが飛んだ。 ミサの背中からひょこっとミサが顔を出した。 そして、ヒイロを指差してから、その指をそのまま遠くへビシッと向けた。 「この汚い生物を早く連れて行って頂戴」 ガ~ン! ヒイロショック。 押し寄せてくる白い集団。 もはやヒイロは彼らから逃れられない運命だった。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」 消えゆく悲鳴はテントのはるか外まで聞こえた。 その悲鳴を微かに耳にした男。 雨にすでに止み、赤い車に寄りかかっていた男は傘をたたみ、かなた空を見上げた。 「光……か。見せてもらいましたよ、君に力」 妖しい笑みを浮かべた男が見つめる雲の合間からは、輝く光が差し込んでいた。 そんな男の近くで消え入りそうなしゃがれ声が聞こえた。 「……あがが……どうか……お助けを……」 男の足下に落ちていたのは、デネブ・オカブの顔半分だった。 これほどまで無残な姿になってまだ生きているとは……。 だが! ぐちゃり。 男の足に踏みつけられた。 それがデネブ・オカブの本当の最期であった。 つづく 大魔王ハルカ総合掲示板【別窓】 |
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