第17話_世界征服はじめました
 先日の戦いで重症を負ったローゼンクロイツが病院を退院すると聞いて、ハルカとルーファスはローゼンクロイツを迎えに行った。
 リューク国立病院は、アステア王国の四代目国王の名に冠された病院で、その歴史はざっと三〇〇年以上ある。
 病院に着くと、副院長の魔法医ディーが自らルーファスを出迎えた。
 白衣ならぬ黒衣を身にまとった魔法医ディーと言えば、この国はおろか隣国でも有名だ。
 黒衣をまとう医師というだけで、少し変わり者の匂いがするが、魔法医術の腕は超一流で、リューク国立病院が創立されて以来から、ずっと副院長の椅子に座っている。歳がいくつかということは気にしてはいけない。外見が二〇代後半にしか見えないというのもツッコミを入れてはいけない。
「最近はルーファスがなかなかきてくれないので、私は寂しい思いをしていた」
 病院になんか毎日もきたくはない。なかなか来ないほうが正しい。
 ルーファスの全身を妖しい目つきで見るディー。実はルーファス、この人のことが苦手だったりする。いつか食べられるのではないかとビクビクしているのだ。
「あー、知り合いのローゼンクロイツと可及的速やかに会いたいんですけど?(もしくはディーにどっか行って欲しい)」
「ルーファス君の頼みなら重病だろうが退院させるが、お友達の入院を長引かせてルーファス君がまたお見舞いに来るというのも捨てがたい(それとも適当な理由をつけてルーファス君を入院させるのもいい)」
「とにかくローゼンクロイツに会わせてください」
「仕方あるまい、着いてきたまえ」
 二人の会話を始終じっと見ていたハルカは、ディーの視線がルーファスの身体を隈なく舐めるように見ていたのに気づいた。
「(……目つきがエロかった。もしかして、この医者ってそっち系!)」
 ハルカは頭を悶々させながら白い廊下を歩いた。
 前を歩く二人の足が止まったのは集中治療室の前。
 ディーが壁に取り付けられていたタッチパネルに手を置くと、金属製の扉が横に開かれた。
 室内は青いライトで照らされ、そこには人が横になって入るカプセルがあり、液体で満たされたその中にローゼンクロイツが目を閉じて眠っていた。
「治療はすでに終っている。再生液を抜いて目覚めさせるぞ」
 ディーはそういうと、カプセルについたキーボードを操った。
 カプセルの中に液体が徐々に抜け、透明のカプセルのふたが開いた。
 そして、カプセルの中から這い出てきたローゼンクロイツを見て、ハルカ大絶叫!
「にゃーっ!?」
 すっぽんぽんで気だるそうにあくびをするローゼンクロイツ。その身体からは水が滴り、髪の毛も濡れていてとても色っぽい。
 なんてことじゃなくて、ハルカの視線はローゼンクロイツの股間を凝視していた。
「男だったの!?」
 股間についたかわいらしい小象が鼻を揺らしている。パオーン。
 これはハルカにとって衝撃的な展開だった。てっきりローゼンクロイツのことを女の子だと思っていた。てゆーか、ドレス姿の見た目は、女の子以外の何者でもない。
 そうだ、これは夢に決まってる!
 だが、ハルカのまん前に立ったローゼンクロイツの股間には、ぞうさんが鼻をぶらんぶらんさせていた。
「(なんでアタシ凝視しちゃってるの!)」
 急いでハルカはローゼンクロイツから目を伏せて、目をぎゅっとつぶった。
 ――逆効果だった。
 目をつぶるとぞうさんが鮮明に思い出されてしまう。パオーン。
 汗をダラダラ掻いてひとり取り乱すハルカにルーファスが声をかける。
「ローゼンクロイツが男だって言わなかったっけ?」
「聞いてないし!」
「じゃあ、改めて言うよ。ローゼンクロイツ男だよ」
 いまさら遅い。遅すぎだ。
 バスタオルを受け取り身体に巻くローゼンクロイツ。さっきまで隠すそぶりもせずに堂々としていたのに、タオルの巻き方は胸を隠すように上から巻いている。
「ふわぁ~よく寝た(ふあふあ)。ところでさ、ボクが寝ている間、熱帯魚の世話は誰がしてくれたの?(ふにふに)」
「はっ?」
 ルーファスは口をあんぐり開けてしまった。そんな話知るか。
「そうだ、熱帯魚は去年の夏に水槽から家出したんだった(ふあふあ)」
 どうやらローゼンクロイツは寝起きで寝ぼけているらしい。
 一方ハルカは未だに衝撃から立ち直っていなかった。
「(ローゼンクロイツが男ってことは、ルーファスとはただの親友関係かな。違うかも、どう考えてもローゼンクロイツは男の子に興味があるような。でもでも、女の子の格好してるだけってことも考えられないこともなくて、あーもぉわかんないよぉ!)」
 考えれば考えるほどドツボにハマりそうだった。

 リューク国立病院からルーファス宅に直行。
 家の鍵を開けて中に入ろうとすると、逆に鍵が掛かってしまった。急いでルーファスは鍵を開けて家の中に飛び込んだ。
 ソファでティーカップ片手に優雅に寛ぐ人影。
「遅かったなルーファス」
 神出鬼没不法侵入常習犯カーシャだった。
 いつものことなので、もうルーファスはなにも言わない。言う気にもならない。言いたくない。そして、言えない。
 三人と一匹がルーファス宅に揃ってしまった。
 数日の間にいろいろなことがあった。
 ハルカは死んだり、生き返ったり、猫になったり、結婚させられそうになったり。でも、すべては解決し、平穏な日々が戻りつつあった。
「じゃないし!」
 突然、ハルカが大きな声を上げた。
「アタシ身体戻ってないし。家に帰る方法もわかってないじゃないのよ!」
 重大なことを忘れるところだった。それがメインだったはず。途中、紆余曲折がありすぎたのだ。
 目的の再認識。
 身体を元に戻して、ハルカは自分の世界に帰る。
 目的はハッキリしているが、ここにいるメンバーで話がややこしくならないはずがない。
 ローゼンクロイツがボソッと提案する。
「まずはハルカが世界を統治するのが先だね(ふあふあ)」
 それに反論するルーファス。
「違うよ、まずは身体を元に戻すのが先でしょ?」
 それにまた反論するカーシャ。
「ふむ、ハルカを魔王に仕立て上げ、妾が影の支配者になるのが一番だな(ふふ、魔王カーシャか)」
 それにまたまた反論するハルカ。
「世界征服なんてアタシしないし。早く身体を戻して、家に帰らせてよ!」
 大よそで言うと、意見は二対二の同点だ。
 この後もあーでもない、こーでもない、と激論を繰り広げたり、繰り広げなかったりで、二時間経過してしまった。
 そして、ついにはローゼンクロイツが、どっかからかホワイトボードをまで持ってくる始末だった。
「ボクの目的はまずこれ、そして、これ……で……」
 ローゼンクロイツがペンで描いた文字は次の通りである。

 ①アステア王国を乗っ取る。
 ②アステア王国を使って世界を乗っ取る。
 ③ハルカ神になる。
 ④世界が愛と平和に包まれる。
 ⑤ねこねこファンタジィ~!

 最後の⑤が意味不明だが、それはさて置き、やはりローゼンクロイツは本気でハルカを神に仕立てるつもりなのだ。
「ボクの目的はこんな感じ(ふあふあ)」
 生徒が教師に質問するときのように、ルーファスは『は~い』と手を上げた。
「質問がありま~す」
「なんだねルーファスくん?(ふにゃ)」
 こちらも負けじと教師の顔つきになってルーファスを指名した。
「本気で世界征服するつもりなの?(……聞くまでもなく本気だと思うけどさ)」
「……わかってないね(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「征服じゃなくって統治だよ(ふあふあ)」
 今度はハルカが『は~い』と前脚を上げた。
「は~い、質問で~す」
「なんだねハルカくん?(ふにゃ)」
「どうやって世界征服……じゃなくって世界統治するんですかぁ?(明らかに無謀だと思うんだけどなー)」
「……知らない(ふっ)」
 言い出したローゼンクロイツが『知らない』とはどういうことだ。と言いたくなるが、ローゼンクロイツの性格からして次に言葉はこれだ。
「……ウソ(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。そして、もう一言。
「……ウソ(ふっ)」
 『どっちだよ』と誰もが思い、ルーファスが代表してツッコミを入れる。
「どっちだよ!」
 普段無表情なローゼンクロイツの顔が深刻そうな顔つきになった。……が、たぶん特に深刻でもないと思われる。
「……なにも考えてなかった(ふあふあ)」
 これって、もしやとハルカは思った。
「(無計画!?)」
 怖すぎて声に出してツッコミを入れられなかった。
 話を一通り聞いて、カーシャの瞳がピカーンと妖しく輝いた。悪巧み全快、脳みそフル回転で駆け巡る。
「妾によい考えがある(ぴかっと、きらっと、最たるひらめき……ふふ、天才)」
 不適な笑みを浮かべるカーシャを見て不安を覚えるハルカ。だが、いちよう聞いてみる。
「どんなひらめき?(トンデモないことだとは思うけど)」
「昔、妾が世界征服をしようとしたときに用意した、あるものがある(ドカーンと一発)」
「(やっぱり、やな予感)」
 世界征服って言ってる時点でかなりアブナイ。が次の言葉はもっとアブナかった。
「世界を破滅に追い込む、世界最大級の魔導砲、その名も『コメットさん三號機』だ!(我ながらナイスネーミングだ)」
「「はぁ?」」
 ハルカとルーファスが声をそろえて変な顔をした。かなり間の抜けたへっぽこな表情だ。
 魔導砲とは古の大魔導士たちが創り上げたという魔導兵器だ。アステア王国が太古の技術を復元し造った魔導砲の威力は、最大出力で小さな島を破壊させるほどのものだったらしい。
 アステアの所有するレプリカでさえ、小島を吹っ飛ばすのだから、世界最大級の〝オリジナル〟の威力はいかに?
 カーシャはローゼンクロイツの砲を振り向いた。
「ローゼンクロイツ、国民に妾の声明を伝えたいのだが、おまえできるか?」
「〈薔薇十字〉のネットワークを介せば、映像つきでいけるよ(ふあふあ)」
「ふむ、頼む」
 アステア王国に住む人々は驚愕した。
 お茶の間でテレビタイムをしていたところに、突如巨乳が映し出されたのだ。
 テレビ画面に映されたのはカーシャだった。
 カーシャはルーファス宅で、ローゼンクロイツが魔導で作り出したマジックウィンドウに向かって話していた。
「妾はカーシャだ(ふふ、カメラ写りは良好だろうか?)。全世界の下賎な愚民どもたちに告ぐ、おまえたちに未来はない、あるのは死のみだ。今、この国は世界最大級の魔導砲の照準にセットされた。妾が合図をすれば、この国は木っ端微塵に消し飛ぶ!(カッコよく決まったな!)」
 ぶっ飛んでるカーシャの横にいたルーファスがへっぽこな顔をする。
「はぁっ! それってやりすぎじゃないの?」
 空かさずカーシャのボディブローがルーファスの腹に炸裂。さらばルーファス。ルーファスは床にうずくまって動かなくなった。
 何事もなかったようにカーシャは話を続ける。
「だが、妾とて冷酷な女ではない」
「(ウソつき、カーシャは十分冷たい人だと思う)」
 ハルカの発言は大当たり。カーシャは絶対私利私欲のためならなんでもするタイプの女だ。
「おまえらにチャンスをくれてやろう。全人類が妾の下僕になると約束したら、魔導砲は撃たないでやる」
 本気でカーシャは世界征服をするつもりだ。きっとカーシャが世界の支配者になったら、世界はピンクの小物で溢れかえってしまう。
 ここでローゼンクロイツがボソッと。
「たぶんみんな信じてないから、軽くかましてやるべきだと思うよ(ふあふあ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。これに合わせてカーシャも口元を歪める。
「人間どもよく聞け! アステア王国の上空を掠めるように魔導砲を撃ってみせる」
「マジで!?(やっぱりアブナイだし、この人)」
「(ドカンと一発散らせてみましょう……なんてな、ふふっ)」
 カーシャはハルカに不敵な笑みを投げかけた。
 ドカンと一発ってマジですかカーシャさん!?
 マジだった。
 悪魔の笑みを浮かべたカーシャの宝玉が付いたイヤリングが妖しく輝く。
「発射!(どか~ん……ふふ)」
 次の瞬間、宇宙空間に設置してあった超巨大魔導砲が発射された。
 巨大な光の柱がアステアの上空を掠め飛び、巨大な風を巻き起こし、上空の空気を掻っ攫い真空状態にした。
 真空状態になったことにより、そこに空気が一気に流れ込み、地盤が浮き上がり、建物が上空に吸い込まれ、人々も、看板も、洗濯物で干してあったステテコパンツも飛んでいく。大惨事だった。
 この中で顔を真っ青にしている人間的な普通人はハルカだけだ。ちなみにルーファスは未だ床にうずくまり、アステア王国を襲った大惨事を知らない。
「さて、相手の出方を伺うとするか(これこそ妾の憧れていたものだ……ふふ)」
 これにてカーシャの演説は終わった。
 沈黙が流れる。
――ハルカは気づいた。
「今のってカーシャが世界征服するみたいじゃないの? アタシが征服しないとダメなんじゃないの?(完全に脅しだよねー)」
 びびっとひらめき、ローゼンクロイツは手を叩いた。
「じゃあ、こうしよう(ふあふあ)。魔女はハルカの補佐で、実際に動くのが魔女で、裏で糸を引いているのがハルカっていう設定にしよう(ふにふに)」
 これって完全な悪役だ。ハルカの大魔王への道は着実に向こうから勝手にやって来る。ビバ大魔王ハルカ。
 ローゼンクロイツよ、ハルカを聖王にしたいんじゃなかったのか?
 魔導砲が放たれた瞬間から、国家を巻き込んだ戦いになってしまった。
 しかも、三大魔導大国のアステア王国に喧嘩を吹っ掛けたとあっては、後々世界を巻き込んだ戦いになることは必然だった。
 床に這いつくばっていたルーファスが、やっと立ち上がったときには、魔導砲はすでに放たれたあとだった。
 カーシャの破天荒ぶりにも困ったものですね、あはは。
 なんて簡単に済ませられる問題じゃなくなっていた。
「なんてことするんだよカーシャ!」
 ルーファスが、あのカーシャにキレを怒鳴りつけた。きっと明日は大雪だ。
 憤怒するルーファスはびしっとばしっと堂々とカーシャを指差した。
「カーシャが世界征服をするなら、私はカーシャの敵になるよ(……ハッキリ言ってしまった。後が怖いかも)」
「ふふ、妾の敵だと? この世界征服はハルカの世界征服だ。つまりおまえはハルカの敵になるということだな?」
「……統治(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。そして、話を続ける。
「征服じゃなくって統治(ふあふあ)。ハルカを全知全能の唯一絶対の神として君臨させて、絶対君主による完全なる統治がボクの目的だよ(ふあふあ)」
 この場の状況というか雰囲気が可笑しくなりはじめている。
 『はい、は~い』と言った感じでハルカは手をあげて発言した。
「あの、カーシャは……やり過ぎだと思うんだけどー(ああ、言っちゃった)」
「ほう、ハルカも妾に口答えする気か?(喧嘩上等!)」
 冷酷な表情をしてカーシャはハルカとルーファスを睨んだ。まさに蛇に睨まれて蛙状態である。
 思わずハルカとルーファスは一歩と言わず、一〇歩ほど後ずさりをしてしまった。
 ルーファスはハルカを抱きかかえて共同戦線を張った。
「ハルカをダシに使って、自分が世界征服をしたいだけなんだろ!(……ヤバイ、また口が滑ってしまった)」
「そうだよ。今回ばかりはカーシャに付いていけない(……ルーファスにつられてアタシも言っちゃったし~)」
 一方的に押されぎみの二人を助けるようにローゼンクロイツが割った入った。
「魔女の方法はいいと思ったんだけどな(ふあふあ)。ハルカが魔女と決別するなら、ボクはハルカ側に付くよ(ふにふに)」
 ここで完全にカーシャVSハルカたちの対立の構図が完全にできあがってしまった。ひとりになったカーシャはどうする!
「妾はやるぞ(走り出したら止まらない……ふふ、ビバ世界征服)」
 だそうです。カーシャはひとりでも世界制服をするつもりらしいです。
 決別したカーシャは部屋を出て行こうとした。それをルーファスが止める。
「どこ行く気?」
「おまえたちとは絶交だ。妾はシルバーキャッスルに帰る(あそこに帰るのは何年ぶりか?)」
 そう言い残すと、カーシャは姿を消してしまった。それを追う者は誰一人としていない。ローゼンクロイツを除く二人は、絶対にカーシャを止めることは不可能だと思っているからだ。
 ローゼンクロイツが軽い咳払いをした。
「じゃあ、そういうことで魔女カーシャを倒しに行こう(ふあふあ)」
「「はぁ?」」
 いつも通り息がぴったりな二人。ハルカとルーファスは声をそろえて裏返った声を出して、間の抜けた表情をした。
「世界征服を企む魔女を正義の味方ハルカが倒しに行くんだよ(ふにふに)。そうして世界に恩を売って、ハルカを世界に君臨させるんだよ、わかった?(ふあふあ)」
 この男、カーシャよりも悪いやつかもしれない。腹黒。

 つづく


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