第15話_赤くなると性能3倍です
 日傘に光の力を宿した剣を取ったローゼンクロイツ。
「ボクは〈薔薇十字〉の中で〈薔薇の君〉と呼ばれているんだ、なぜだかわかるかい?(ふにふに)」
「そんなこと知ったことないわ!」
 ローゼンクロイツの問いに答えず、エセルドレーダの猛攻が鞭を生き物のように動かす。
 漆黒の鞭が宙に輝線を刻み、うねり狂い残像を残す鞭。
 光の剣でローゼンクロイツは全ての鞭を受け、激しい火花が煌く星のように散った。  柔軟鞭を躱すのは至極の業。鞭は素手より早いスピードでローゼンクロイツに襲い掛かってきていた。
 戦いが増すにつれ、鞭を操るエセルドレーダの動きが機敏になり、ついに鞭はローゼンクロイツの持つ光の剣に巻きついた。
 カメレオンの舌に巻き取られるように光の剣がローゼンクロイツの手を離れ、回転しながら宙に舞い、鋭く地面に突き刺さった。術者の手を離れた光の剣は、速やかに光を失いただの日傘に戻ってしまった。
 武器を失ったローゼンクロイツは動揺すらしていない。その無表情な顔は余裕すら感じられる。
「ボクが戦うべき相手はクロウリーだから、力を温存しようとしたんだけどな(ふにふに)」
「アタシに手加減なんかしてると痛い目見るよ。高級悪魔が甘く見られたものよね(絶対殺してやるわ、殺してやる)」
「低級、中級、高級とはいっても、高級にもピンからキリまでいるけどね(ふあふあ)」
「言ったねアンタ。死を持って知るといいわ!」
 嗜虐の色を瞳に宿し、残酷な笑みを浮かべた。
 ローゼンクロイツの視界からエセルドレーダが消えた。
 気配がした。
 後ろだ!
 すぐにローゼンクロイツは後ろを振り向いたが、エセルドレーダの姿はない。
 広がる芝と遠く見える外壁。
 どこに消えた?
 いや、近くいるのは間違いない。
 ローゼンクロイツの足元の影が揺れ、その中からエセルドレーダが飛び出してきた。
「死ねっ!」
 武器と貸した長い爪がローゼンクロイツの胸を抉った。
 どうにか後ろに飛び退いてローゼンクロイツは鋭い爪を躱そうとしたが、その胸元に四本の穴が走り、血が滲み出していた。
 エセルドレーダは物が作った影に巣を張る能力を持ち、その中にできた異空間に身を潜めることができるのだ。
 間合いを取っているローゼンクロイツに鞭が襲い掛かる。
 縦横無尽に動き回る鞭を避けることに集中しているローゼンクロイツには、魔導を使うために必要なエネルギーを練っている暇が与えられなかった。
 魔導を使うには自然界のエネルギーなどを含む他からマナエネルギーを得る方法と、自分の体内にあるマナエネルギーを使う二通りの方法がある。
 自分のマナを使えば魔導をすぐにでも放てる。しかし、ローゼンクロイツはそれをしなかった。
「ボクはクロウリーと戦いたいんだけど(ふぅ)」
 今もルーファスとカーシャがクロウリーと戦っている。二対一の戦いだが、クロウリーは実力を出してない。ローゼンクロイツもいち早く、そちらの戦いに加わらなければならなかった。
 鞭が大気を砕き、爆竹をならしたような破裂音が鼓膜を振るわせる。すでに鞭のスピードは超絶の域に達し、ローゼンクロイツは全く避けきれなくなってきた。
 鑢で削られたような痛みがローゼンクロイツの腕に走る。
 肩に、脚に、腹に、背中までも鞭によって切り刻まれ、全身に激痛を覚えるローゼンクロイツのドレスが、空色から夕焼け色に徐々に変わっていた。
 それでもローゼンクロイツは表情を崩さなかった。
 相手をいたぶるエセルドレーダは、まだまだ獲物を殺す気はない。嬲って嬲って嬲り殺しにする。身体中に欲情が駆け巡り、エセルドレーダは舌舐め擦りをした。
「殺してやるわ、殺してやる。けれど、まだまだ遊びましょう」
「……ヤダ(ふっ)」
 ボソッと吐き捨てるローゼンクロイツの態度が、エセルドレーダの感情を高ぶらせる。
「アンタのことを殺したいほど憎んでいるわ。でもアンタのひねくれた性格は好きよ」
「あっそう……だ(ふにゃ)。忘れた(ふあふあ)」
 苦しい表情すら見せなかったローゼンクロイツが突然、驚いたように目を見開きすぐに表情を戻した。
「忘れてたよ(ふにふに)。〈薔薇の君〉だった(ふあふあ)」
 先ほどの話の続きを今になって掘り返してきたのだ。
 爽やかな風が芝生の上に波紋を立てた。
 ローゼンクロイツの身体から、蛍火のような小さなフレアが放出された。高濃度に凝縮されたマナが目に見えるまでになったのだ。
 目の前で変化するローゼンクロイツを見るエセルドレーダの目つきが険しくなった。
「(ローゼンクロイツのマナが上昇している。なにが起ころうとしているの!)」
 エセルドレーダの頬から汗が零れ落ちた。
 真っ赤な蕾が花開こうとしていた。
 可憐で気高い薔薇の華。
 空色のドレスが薔薇色に変わり、そのスカートの形すらも、何重にも折り重なった薔薇の花びらのように変化したのだ。
 エメラルドグリーンの瞳に五芒星が宿る。
「これが〈薔薇の君〉さ(ふあふあ)。赤くなると移動速度が三倍になるんだ(ふにふに)」
 〈薔薇十字〉の教祖にして首領。クリスチャン・ローゼンクロイツが〈薔薇の君〉へと変身したのだ。
 薔薇の香りが充満し、ローゼンクロイツが動いた。
 重そうで動きづらそうなドレスにも関わらず、ローゼンクロイツの移動速度は宣言どおり三倍。そのスピードにエセルドレーダは付いていた。
「その程度の実力かしら!」
「……性能も三倍だよ(ふにふに)。ライトボール!(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツの手から光球が放たれるが、エセルドレーダは瞬時に飛び退き地面に膝と手を突きながら着地した。
 だが、まだだ!
「アースニードル!(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツが呪文を唱え、エセルドレーダの足元で地鳴りがした。危険を感知したしたエセルドレーダはすぐさまバク転をした。
 大地から突き出た尖った岩が、エセルドレーダが寸前までいた場所に突き出した。
 バク転を繰り返しながら逃げるエセルドレーダを追って、岩の針山がいくつも顔を出して襲う。
 このとき、バク転で視界が狭くなっていたエセルドレーダは、背後に近づく影に気づいていなかった。気づいたときには拳が眼前まで迫り、衝撃と共に顔を抉られて地面の上を転げ回らされてしまっていた。
 相手を殴った手を痛そうに振るローゼンクロイツが、地面に倒れたエセルドレーダを見下げている。
「戦いとは、いつも二手、三手先を考えて行なうものだよ(ふにふに)」 「よくもぶったわね。我が君にもぶたれたことないのに!」
「……あっそう(ふっ)」
 無表情の顔に浮かんでいた口が歪み、すぐに元に戻った。ものすごい性格の悪さがにじみ出ている行為だ。
 倒れたままのエセルドレーダは自分の尻から生えた尾を掴み引っこ抜いた。そして、それを横に振るいローゼンクロイツの足首を絡め取ってしまった。
 エセルドレーダの鞭は、自らの尾をだったのだ。すぐに新しい尾が生え変わる。
 足を掬われたローゼンクロイツの首に巻きつく鞭。
 首に食い込む鞭を味わいながら、なおもローゼンクロイツは無表情だった。
 そして、懐から缶詰を取り出したのだ。
 エセルドレーダの眼つきが変わる。
 超高級ドッグフードの缶詰。
 ポイっとローゼンクロイツが缶詰を投げると、思わずエセルドレーダは追っかけてしまった。まるで犬だ。
 爪でカリカリフタを開けようとしいたエセルドレーダが、ハッと我に返って缶詰を投げ捨てた。
「よくもアタシを罠に嵌めたわね!」
「やっぱりウワサは本当だったんだ(ふあふあ)」
「……なんのことかしら?」
「元はクロウリーが飼ってたブラッドハウンド犬らしいね(ふにふに)。彼が悪魔と合成したって聞いたよ(ふあふあ)」
「だからなんなのよ!」
「なんでもないよ、ただの時間稼ぎ(ふあふあ)」
「なんですって!?」
 エセルドレーダの足に奔る刺す痛み。彼女の足には薔薇の蔓が巻きついていた。
 まだ足が封じられただけ、鞭を振るおうとエセルドレーダが手を動かそうとした。
 ローゼンクロイツのほうが早かった。
 薔薇の鞭がエセルドレーダの手首を刺した。
「キミと同じ武器だから使いたくなかったんだ(ふにふに)」
 そして、すぐにローゼンクロイツは下げていた短剣を鞘から抜き、エセルドレーダの顔面に投げつけた。
「ライララライラ、口を開けろ地獄の門よ!(ふにふに)」
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
 天を仰ぐエセルドレーダ口から叫び声があがった。
 短剣はエセルドレーダの右目を深く突き刺さしていた。
 痛烈な痛みに襲われたエセルドレーダは短剣を抜いて、獣のような咆哮をあげてローゼンクロイツに短剣を振るった。
 予想を超えたスピードだった。
 重なり合うローゼンクロイツとエセルドレーダの身体。
 エセルドレーダは喰らうようにローゼンクロイツの唇にしゃぶりついた。肉欲的な接吻だった。そして、ゆっくりとその唇が放されると、ローゼンクロイツの口が赤い薔薇を吐いた。
 鮮血が美しい悪魔の顔を彩った。
 吐き出された血を浴びた顔で、エセルドレーダは妖艶と嗤う。
「報いてやったわ」
「……なかなか痛いね(ふにふに)」
 ローゼンクロイツの腹を突き刺した短剣は、エセルドレーダの腕ごと背中を突き破っていた。
「でもね、ボクの勝ちさ(ふっ)」
「ばかな!」
 エセルドレーダの真後ろで風が唸り声をあげた。
 骨を捻り折るような悲痛な音を立てて叫ぶ空間に、渦巻く穴が出現してエセルドレーダを吸い込もうとした。
 不適な笑みを浮かべたローゼンクロイツが、エセルドレーダの身体を軽く突き放した。
 すると穴の中から闇色の触手が飛び出し、エセルドレーダの四肢を掴み穴の中に一瞬にして引きずり込んでしまった。
「傷が癒えても、その場所から当分こちらに来れないね(ふぅ)」
 エセルドレーダはローゼンクロイツの開いた〈門〉によって、地獄の深い階層に引きずり堕とされたのだ。
 重症を追ったローゼンクロイツは意識が霞み、背中から芝生の上に倒れた。
 見上げた空がとても青い。
「今日もいい天気だね(ふあふあ)」
 そして、ローゼンクロイツの瞼はゆっくりと閉じられた。

 つづく


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