第8話_ねこしゃん大行進
 妖々たる邪悪な笑みを浮かべるカーシャ。とっても悪いことを考えているのは明々白々、皆さんご存知、お見通しだ。
「私もハルカが元の世界に帰る手伝いをしよう(……世界制服……ふふ)」
 手伝いをすると言いながらもカーシャの目的は世界制服にある。何を隠そうカーシャは古の時代に世界制服に失敗しているのだ。
 ローゼンクロイツとカーシャは何時の間にか結託して、固い握手をしているではないか――。しかも、ハルカまでもその輪に入っている。この場で付いていけてないのはルーファスだけだった。
「あのさ~、ハルカを神として君臨させるってどうやるの?(カーシャとローゼンクロイツが組んだら何でもアリって感じだけど……)」
「ボクの辞書に不可能の文字は無いよ(ふあふあ)。これから本部に行く、そこで作戦について話し合おう(ふにふに)」
 今ハルカたちがいるのは薔薇十字団の臨時支部だった。どおりで人がいない筈だ。
 突然、ペンタグラムの瞳が天を〝視た〟。
「……来るよ(ふーっ)」
 全員がローゼンクロイツにつられるようにして上を見上げた。
 轟音と共に天井が崩れ落ち、辺りに砂煙が充満した。
 服の裾を口と鼻に当てながら砂煙が静まるのを待っていたカーシャが見たものは、魔導吸収法衣を着た国の特殊部隊だった。特殊部隊の数はざっと20名。
「ふふ、教祖サマを捕まえに精鋭が来たようだな。どうするクリスちゃん?」
「……魔女が結界破ったから(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。つまり非はカーシャにあると言いたいのだ。
 カーシャは何を言い返そうとしたが、今はそれどころではなかった。特殊部隊は手に持った杖状の魔力増幅器にマナを溜めている。
「ハルカを守れ!」
 カーシャがそう叫んだ次の瞬間にはエネルギー弾の猛襲が特殊部隊から放たれていた。
 三人の魔導士たちは瞬時に魔法壁を貼ることができたが、ハルカは?
 ハルカは無事だった。ルーファスがその手にしっかりと抱きかかえている。しかし、ルーファスの右肩は衣服が焼け焦げ肌が炎症していた。
「ルーファスだいじょぶ?(私のために……)」
 抱きかかえられたハルカは焼けた肌を目の前にして鎮痛な表情をした。
「……結構痛い」
 正直な感想だった。
 ルーファスの肩の治療をしようとカーシャが走り寄ろうとしたその時だった。カーシャの後ろにいたローゼンクロイツが口に手を当てた。
「は、は、はっくしゅん!」
 大きなくしゃみと共に辺りが静まり返った。この場にいたハルカ以外の全員が口を半開きにして次に起こる事態に恐怖したのだ。ローゼンクロイツを知る者であれば誰もが知っている最悪の事態。
 ローゼンクロイツの頭にねこ耳が生えていた。
「カーシャ逃げよう!!(ホントにヤバイ)」
 ローゼンクロイツの変化を見たルーファスは大声で叫んだ。
「言われるまでも無い、ローゼンクロイツの猫返りは危険極まりない」
「え、何? ローゼンクロイツさんに何が起こってるの!?」
 ハルカには何が起きようとしているのか全く検討もつかない。
 ローゼンクロイツの『猫返り』とは、一種の発作のようなものである。いつ起こるともわからないその発作を起こすと、ローゼンクロイツの身体は猫人へと変化し、ねこ耳としっぽが生える。
 猫人と化したローゼンクロイツはいろんな意味で最強である。
「……ふあふぁ~」
 猫返りをしてしまったローゼンクロイツには人間の言葉が通じない。しかも、トランス状態で意味不明な破壊活動を行う。
「……ふっ」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。次の瞬間ローゼンクロイツの身体から大量なねこしゃん人形が飛び出した。しかも、ねこしゃんは止まることなく放出され続けている。
 ねこしゃんを目の当たりにしたカーシャは思わず叫んだ。ネコが好きだから叫んだのではない、恐怖から叫んだのだ。
「しまった、今回はねこしゃん大行進か!!(この前は確かしっぽふにふにだったな……ふふ、ラヴリィだ)」
 『ねこしゃん大行進』とはカーシャが名づけた猫返り時のローゼンクロイツの魔法で、ローゼンクロイツの身体から放出された大量のネコのお人形さんたちが二足歩行で走り回り、何かにぶつかると『にゃ~ん』と可愛らしく鳴いて大爆発を起こすという無差別攻撃魔法である。ちなみに猫返り時のローゼンクロイツの魔法にはこの他にも『しっぽふにふに』という魔法などもある。
 二足歩行のねこしゃん人形がランダムに走り回り爆発を起こしていく。爆発が爆発を呼ぶ最悪な状況だ。
 特殊部隊員は着ている法衣で辛うじて身を守っているが、その法衣でも幾重もの爆発でボロボロになっていく。
 ボロボロになっていくのは法衣だけではなかった。壁が崩れていく――明らかにここはもう危ない、崩れるのも時間の問題だ。
 大爆発を足元に感じながらルーファスたちは一目散に逃げていた。今は特殊部隊の空けた穴をレビテーションで登っている途中だ。
 出口を猛スピードで出ようとしたルーファスたちの前に蜘蛛の巣のようなネットが広がった。
「罠か!!(ついてない)」
 そうルーファスが叫んだ次の瞬間にはネットに突っ込み、単純なまでにあっさりと捕らえられてしまった。
 このネットは魔導士に魔法を使えなくさせてただの人にしてしまう優れもので、一般人は手に入れることが出来ない貴重なマジックアイテムだ。
 逃げ道で待ち伏せなど基本中の基本。そんな手に引っかかるなんて、
「自分自身に幻滅だ(……ふふ、情けない)」
 って感じだった。
 為す術もなくなってしまった〝ただの人〟2人とネコ1匹はネットに絡まったまま連行されて行ってしまった。
 となると思いきや、ハルカは上空から飛来してくる3つ人影を見た。その影は地上に降りるや否やここにいた特殊部隊員を肉弾戦でバッサバッサと倒していくではないか!?
 影の一人がネットの方へ近づいてくる。その容貌は人間の時のハルカと同い年くらいのお嬢様系で、他の2人もよく見ると同じ感じの女の子だ。しかもみんな空色のドレスを着ている。どう考えてもローゼンクロイツの仲間か何かとしか思えない。それに付け加えて、なぜか全員ねこ耳を付けている。
 ネットの前で足を止めた少女はドレスを少し捲り上げ、足のところに隠してあったナイフを抜くとネットを切り、ルーファスたちを救出した。
「近距離戦闘班隊長アインといいます。みなさんを助けに来ました」
 鈴が春の歌を謳うような声だった。次の瞬間カーシャが思ったこと、それは、
「(こいつら女か?)」
 見た目、声、どこを取っても可愛い女の子っぽいが、ローゼンクロイツの例があるのでなんとも言えない。
 特殊部隊員を倒し終えた二人の女の子もこちらが近づいてきて挨拶を始めた。
「近距離戦闘班のツヴァイといいます」
「同じく近距離戦闘班ドライであります!」
 微妙に一人だけしゃべり方が違った。しかもその一人だけがビシッと背筋を伸ばして軍人風の敬礼の挨拶だった。だが、あえて誰もそこには突っ込まなかった。
 聞くまでも無いと思って誰も聞かなかったことにハルカが取り合えず代表で聞いてみた。
「あの、あなたたち何ですか? ローゼンクロイツさんと関係ある人?(っていうか関係ありすぎな格好してるけど……)」
 アインが一歩前へ出て答えた。
「私たちは薔薇十字団のメンバーで、ここが襲撃された場合に備えて待機していました(まさかホントに襲撃されるなんて思ってみなかったけど)」
 まさか襲撃されてしまったのはカーシャが結界を解いたせいだ。
「それでは本部にお連れします」
 そう言ってアインがハルカを抱きかかえると、ツヴァイはルーファスとカーシャにある衣装を渡した。
「これを着て変装してください。追っ手にバレると大変ですから」

 渡された衣装は修道士の物であった。ケープを羽織りドミノと呼ばれる頭巾を被ったルーファスとカーシャはどこから見ても修道士、何の変哲も無い。
 完璧に修道士になりすましたルーファスとカーシャは近距離戦闘班と共に街中を歩いていた。
 アインは先程から人々が自分たちに微妙だが注目しているのに気づいた。
「(完璧な修道士の変装が見破られてるのかしら?)」
先程からしつこく言っているが、〝修道院〟の変装は完璧だ。ただ、空色ドレスの三人娘は異様に目立っていた。
 人々の視線を浴びながらハルカたちは花屋さんの前に来た。色とりどりの花がいっぱい置いてあり、その花々に囲まれた花のように美しい女性店長がいた。
 ハルカを抱きかかえたままアインは花屋の店長と話し始めた。
「薔薇を1万本いただけませんか?」
「白にしますか、赤にしますか?」
「知るかんなもん、バッキャロー!」
 突然人が変わったように怒り出したアインだったが、女店長は怒ることなく応じた。
「どうぞ、こちらへお入りください」
 一部始終を近くで見ていたハルカは何なんだかわからなかった。
「(何今の? アインさんにあんなこと言われて怒ってないのかな? 実は内心でははらわた煮えくり返っていて、お店の奥に連れ込まれて、あ~んなことやこ~んなことされるんじゃ!?))」
 ハルカ善からぬことをいっぱい想像したようだが、今の実は合言葉だったりする。
 女店長に続いてぞろぞろとハルカたちはお店の中に入って行った。
 お店の中は外から見た時より広い。異様に広い、やけに広い、広すぎる。
 部屋がたくさんあり、廊下もかなり入り組んでいる。
 長い廊下をずいぶんと進み女店長の足がドアの前で止まった。
「このドアの先です」
 頭を下げた女店長にアインは礼を言うとドアの中に入って行った。他の者もそれに続く。
 ドアの中は明らかに花屋の店内ではなかった。ここが薔薇十字団本部だ。
 薔薇十字団の本部であることをアインに告げられ一行は本部内を観光案内風に案内された。
 まず、最初に連れて来られたのは何かの製作所らしき場所。ここには作業着を着たたくましい男たちが、なにやら大きなブロンズ象を磨き上げていた。
 ブロンズ象は明らかに猫と形をしていて、その大きさは横に5mほど、高さは土台も合わせると10mはあるブロンズ象だった。
 思わずハルカは猫つながりということで親近感を覚えた。
「アインさん、あのブロンズ像は何なんですか?」
「あれはハルカ様のブロンズ像で、50ほど製作して各国の主要都市に送りつける予定です」
「あれって私なの!?(てゆーか、送りつけるってどういうこと)」
 アインは両手を合わせると理想を夢見て遠い目をした。
「ハルカ様が世界を統治された暁には、あのブロンズ象が世界各国に……(あぁ、ねこねこファンタジィ~)」
 アインは少し危ない世界に入っていた。
 ツヴァイとドライは何故かここで声を合わせて掛け声をあげる。
「「ねこねこファンタジィ~!」」
 3人娘は少し危ない世界に入っていた。
 ローゼンクロイツの猫返りといい、この近距離戦闘班のねこ耳3人娘たちといい、ハルカを神として崇めようとしていることといい、もしや、薔薇十字団って猫を崇める新興宗教なのか!?
 ハルカとルーファスは、ここを出る頃には催眠療法に引っかかって高額商品を買わされていそうな気分になった。
 次に案内されたのは、民間人から集った戦闘隊員の訓練場だった。ここでハルカは凄まじい光景を目の当たりにすることとなった。
 訓練場にいる人たちは何故かみな猫のきぐるみを着て、それが300人ほどいる。ふざけているとしか思えない光景だった。
 ハルカはこの訓練のことには触れないでおこうと思ったが、ルーファスは聞きたくて聞きたくてしょうがなかった。
「(どうしようかな、聞きたいけど触れない方がいいような……)あの、この訓練って何ですか? というより、なぜ猫なんですか?」
 ルーファスはついに禁断の扉を開けてしまった感じだ。
 質問に答えてくれたのはドライだった。
「ここに集ってくれた者たちは家庭を持った一般人であります。ですから顔を隠すためにきぐるみを着ているのでありますっ!(敬礼!)」
 以前ネコのきぐるみを着て国立博物館に侵入したことのあるルーファスはなるほどとひとり納得した。
 だが、この後誰もが予想だにしなかった展開が!
 ツヴァイはネコのきぐるみ軍団の前に立つと、
「ねこねこファンタジィ~!」
 と言って、ぽぁぽぁ~とした感じで拳を高く上げた。するとネコのきぐるみ軍団も同じように拳を高く上げて叫んだ。
「ねこねこファンタジ~!」
 こちらの声は低く唸るような声でちょっと男臭かった。むしろ恐い。
 唖然としてしまっているハルカとルーファスを後目にカーシャはツヴァイを押しのけてネコのきぐるみ軍団の前に堂々と立った。
「ねこねこファンタジ~!(……意味のわからん言葉だ。でも、おもしろい……ふふ)」
 カーシャが拳を上げて抑揚の無い声で合言葉を叫ぶと、
「ねこねこファンタジ~!」
 また低く唸るような声が返って来た。やはり恐い、不気味だ、変態だ。
 カーシャはカーシャスマイルを浮かべた。
「(……ふふ、おもしろい)ハルカもやってみたらどうだ? 神なのだから、ちょうどいいのではないか?」
「(なんで私が? こんな恥ずかしいことできるわけないじゃない)」
 ハルカを抱きかかえるアインは何かを訴えるような熱い眼差しでハルカを見ている。そして、残りの2人のねこ耳娘もハルカの前にささっと立った。
 アイン、ツヴァイ、ドライの順番でハルカに熱いエールを送った。
「ハルカ様ぜひお願いいたします!(ねこねこファンタジ~をぜひ!)」
「ハルカさまぁ~!(プリティ~ボンバーでよろしくお願いします!)」
「自分からもお願いであります!(ハルカ様のねこねこファンタジ~が見たいであります!)」
 ハルカに有無を言わせぬままにアインはハルカを抱きかかえたままネコのきぐるみ軍団の前に立った。
「ハルカ様、どうぞ!」
「(どうぞって言われてもなぁ)」
 ここにいる皆がハルカに注目している。しかも、ネコのきぐるみ軍団は顔こそ見えないが、ハルカへの想いはアイドルを追っかける危ない人たちと同じオーラを発しているように思えた。
「(……このネコさんたち恐いよ、言わないとなにされるかわかんないから)……ねこねこファンタジ~」
「ねこねこファンタジ~!!」
 ハルカはかなり控えめに言ったのだが、返って来た声はうねる波のようだった。やっぱ恐い。
 ぶるぶるとハルカは激しい悪寒に襲われ、毛が全て立ってしまった。
「アインさん、案内はもういいですから、どこかでゆっくり休みたいんですけど?」
「申し訳ありません、気づきませんでした。ですが、あと一箇所だけご案内させていただきたい場所がありますので……」
 最後に案内したい居場所。個室のドアの前には『教祖』というプレートが掲げれていた。
 部屋の中に入った一同を出迎えたのは、あの人だった。

 つづく


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