第9話_ハルカ君臨計画
 もちろん部屋で待っていたのはローゼンクロイツだった。彼はハルカたちが建物内を見学している間に急いでここに来て待っていたのだ。つまり、ハルカたちの建物見学はローゼンクロイツの時間稼ぎ。
「遅かったねみんな(ふにふに)」
 自分で時間稼ぎさせといて『遅かった』はないと思う。
 ハルカたちをローゼンクロイツの部屋に案内したアインたち三人は、足並み揃えて部屋を出て行った。彼女たちは無事任務を果たし終えたのだ。任務に成功したことを感動してドライが大粒の涙を流しながら部屋を出て行ったのをカーシャは見逃さなかった。
「(ドライとかいうやつ……おもしろい……ふふ)」
 ドライはカーシャのお気に入りリストにその名前を連ねることになった。実際はそんなのなかったけど、カーシャの中で今できた。つまり、気まぐれ。
 空中に突然ホログラム映像が現れた。その映像はホワイトボードのようなもので、ローゼンクロイツが指を動かすと文字が浮かび上がってきた。
「ボクの目的はまずこれ、そして、これ……で」
 ローゼンクロイツが宙に描いた文字は次の通りである。

 ①アステア王国を乗っ取る。
 ②アステア王国を使って世界を乗っ取る。
 ③ハルカ神になる。
 ④世界が愛と平和に包まれる。
 ⑤ねこねこファンタジィ~!

 最後の⑤が意味不明だが、それはさて置き、やはりローゼンクロイツは本気でハルカを神に仕立てるつもりなのだ。
「ボクの目的はこんな感じ(ふあふあ)」
 生徒が教師に質問するときのようにルーファスは『は~い』と手を上げた。
「質問がありま~す」
「なんだねルーファスくん?(ふにゃ)」
 こちらも負けじと教師の顔つきになってルーファスを指名した。
「本気で世界征服するつもりなの(……聞くまでもなく本気だと思うけどさ)」
「……わかってないね(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「征服じゃなくって統治だよ(ふあふあ)」
 今度はハルカが『は~い』と前足を上げた。
「は~い、質問で~す」
「なんだねハルカくん?(ふにゃ)」
「どうやって世界征服……じゃなくって世界統治するんですかぁ~?(明らかに無謀だと思うんだけどな)」
「……知らない(ふっ)」
 言い出したローゼンクロイツが『知らない』とはどういうことだ。と言いたくなるが、ローゼンクロイツの性格からして次に言葉はこれだ。
「……ウソ(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。そして、もう一言。
「……ウソ(ふっ)」
 『どっちだよ』と誰もが思い、ルーファスが代表してツッコミを入れる。
「どっちだよ!」
 普段無表情なローゼンクロイツの顔が深刻そうな顔つきになった。……が、たぶん特に深刻でもないと思われる。
「……何も考えてなかった(ふあふあ)」
 これって、もしやとハルカは思った。
「……(無計画!?)」
 正解である。ローゼンクロイツはハルカを拉致(?)するところまでしか考えてなかった。
「そこで今からみんなに世界統治の方法について考えてもらいたいと思うんだよね(ふあふあ)」
 いい加減なローゼンクロイツの発言を聞いて、カーシャの瞳が怪しく光った。悪巧み全快、脳みそフル回転で駆け巡る。
「私にいい考えがある(ぴかっと、きらっと、最たるひらめき……ふふ、天才)」
 不適な笑みを浮かべるカーシャを見て不安を覚えるハルカ。だが、いちよう聞いてみる。
「どんなひらめきですか?(トンデモないことだとは思うけど)」
「昔、私が世界征服をしようとしたときに用意した、あるものがある(ドカーンと一発)」
「……(やっぱり、やな予感)」
 世界征服って言ってる時点でかなりアブナイ。が次の言葉はもっとアブナかった。
「世界を破滅に追い込む、世界最大級の魔導砲、その名も『THE ENDクンゼロ号機』」
「「はぁ?」」
 ハルカとルーファスが声をそろえて変な顔をした。かなり間の抜けたへっぽこな表情だ。
 魔導砲とは古の大魔導士たちが創り上げたという魔導兵器で、アステア王国が太古の技術を復元し造った魔導砲の威力は、最大出力で小さな島を破壊させるほどのもので、その脅威の破壊力から実戦では長い間使われることがなかったのだが、大魔王ハルカとの戦いで使用された。
 アステアの所有するレプリカとも言える魔導砲でさえ小島を吹っ飛ばすのだから、世界最大級の〝オリジナル〟の威力はいかに?
「クリスちゃん、全世界に私の声明を伝えたい、ハルカのときと同じように映像付で頼む」
「……了解(ふあふあ)」
 世界中の主要都市に住む人々は驚愕した――。ちなみにアステア王国に住む人々は、本日2度目の驚愕だ。
 突如、どこからか放たれた稲妻のような光線が生き物のように縦横無尽に世界中を飛び交い、誰もが敵の襲来かと思った。
 閃光はやがて上空でホログラム映像を作り出した。映像に映し出された人物はもちろんカーシャ。
「こんばんわ、カーシャだ(ふふ、カメラ写りは良好だろうか?)。全世界の下賎な人間どもたちに告ぐ、おまえたちに未来はない、あるのは死のみだ。今、この星は世界最大級の魔導砲の照準にセットされた。私が合図をすれば、この星は木っ端微塵に消し飛ぶ!(カッコよく決まったな!)」
 ぶっ飛んでるカーシャの横にいたルーファスがへっここな顔をする。
「はぁっ! それってやりすぎじゃないの?」
 空かさずカーシャのボディブローがルーファスの腹に炸裂。THE ENDルーファス。ルーファスは床にうずくまって動かなくなった。
 何事もなかったようにカーシャは話を続ける。
「だが、私とて冷酷な女ではない」
「(ウソつき、カーシャさんは十分冷たい人だと思う)」
 ハルカの発言は大当たり。カーシャは絶対私利私欲のためならなんでもするタイプの女だ。
「おまえらにチャンスをくれてやろう。全人類が私の下僕になると約束したら、魔導砲は撃たないでやる」
 本気でカーシャは世界征服をするつもりだ。きっとカーシャが世界の支配者になったら、『うさしゃん』のきぐるみを着ることが義務付けられるに違いない。
 モニターで外の映像を確認しているローゼンクロイツ。カーシャの声明を聞いている人々はみんな笑っている。星が木っ端微塵に吹っ飛ぶなど、冗談だと思っているのだ。
 人々の反応を見ていたローゼンクロイツは、カーシャの顔の横でそっと耳打ちした。
「みんな信じてないみたいだよ(ふあふあ)。ここはひとつ、軽くかましてやるべきだと思う(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。これに合わせてカーシャも口元を歪める。
「人間どもよく聞け! 大魔法国家で名高いアステア王国の上空を掠めるように魔導砲を撃ってみせる」
「カーシャさん本気ですか!?(やっぱりアブナイよぉ、この人)」
「……(ドカンと一発散らせてみましょう……なんてな)」
 カーシャはハルカに対して不敵な笑みを投げかけただけで何も言わなかった。だが、心の中では――ドカンと一発ってマジですかカーシャ!?
 マジだった。
 悪魔の笑みを浮かべたカーシャのイヤリングが怪しく輝く。
「発射!(どか~ん……ふふ)」
 次の瞬間、宇宙空間に設置してあった超巨大魔導砲が発射された。
 巨大な光の柱がアステアの上空を掠め飛び、巨大な風を巻き起こし、上空の空気を掻っ攫い真空状態にした。
 真空状態になったことにより、そこに空気が一気に流れ込み、地盤が浮き上がり、建物が上空に吸い込まれ、人々も、看板も、洗濯物で干してあったステテコパンツも飛んでいく。大惨事だった。
 モニターを見ていたハルカは口に出してはいけないことを心の中で呟いた。
「(カーシャさんやりすぎ……この人魔女)」
「さすがは魔女だね(ふっ)」
 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。大惨事を目の当たりにして、無感情な顔をしているローゼンクロイツは、十分悪だ。
 この中で顔を真っ青にしている人間的な普通人はハルカだけだ。ちなみにルーファスは未だ床にうずくまり、アステア王国を襲った大惨事を知らない。
「さて、相手の出方を伺うとするか(これこそ私の憧れていたものだ……ふふ)」
 これにてカーシャの演説は終わった。
 沈黙が流れる。――ハルカは気づいた。
「今のってカーシャさんが世界征服するみたいじゃないですか? あの、私が征服しないとダメなんじゃないんですか?(完全に脅しだよね……)」
 びびっとひらめき、ローゼンクロイツは手を叩いた。
「じゃあ、こうしよう(ふあふあ)。魔女はハルカの補佐で、実際に動くのが魔女で、裏で糸を引いているのがハルカっていう設定にしよう(ふにふに)」
 これって完全な悪役だ。ハルカの大魔王への道は着実に向こうから勝手にやって着ている。ビバ大魔王ハルカ。


 アステア王国を襲った大惨事は世界各国に瞬く間に広がった。世界滅亡が迫っていると誰もが確信した。ちなみにアステア王国はつい先日にも大魔王によって滅亡の危機にさらされた――今年はアステアにとって厄年だ。
 アステア王国ヴァルハラ宮殿――今ここでは国の要人たちが集められ緊急会議が行われている真っ最中だった。
「君たちをここに集めたのは他でもない、またこの国は、いや、世界はあのカーシャという人物によって滅亡の危機にさらされている」
 ずいぶんと重い口調で現国王クラウスは言った。
 あの時、フォログラム映像で顔出していたのはカーシャだけであったために、カーシャが世界征服を企んだことになっている。……企んでいたのは事実だが。
 カーシャの前にフォログラム映像で演説をした黒猫(ハルカ)とローゼンクロイツが、カーシャと何か関係があるのではないかという話が持ち上がったが、とにかく今はカーシャの居所を探ることが先決とされた。
 会議で即刻カーシャ討伐隊が編成され、国中が騒然とした雰囲気に包まれた。
 クラウスの表情は重い。
「被害状況はどうなっている?(大魔王ハルカの時よりも被害は大きいか?)」
 国王の問いに席を立った男が深刻な顔をして答えた。
「被害状況は東地区から西地区にかけて及んでいるようですが、詳しい被害状況については現在調査中です」
 実際の被害状況は大魔王ハルカの襲来よりは少ない。今回の被害は大型台風が直撃したときの被害状況に酷似している。
 少しの間クラウスは考え込み、エルザ元帥に視線を向けた。
「エルザ元帥、カーシャの素性調査はどうなっている?」
「魔導学院で教員をしていた以前の経歴は一切不明です」
 魔導学院時代のカーシャのことはクラウスもよく知っている。なぜならば、彼もエルザと同じように魔導学院でカーシャの授業を受けていた生徒だったからだ。
 エルザ元帥は話を続けた。
「ルーファスという人物がカーシャと親しいようで、彼ならば何か知っているかもしれません(いや、絶対ルーファスならば、あの女狐の過去を知っている)」
「では、そのルーファスという男に話を聞いて参れ(ルーファス……か)」
 クラウスはルーファスと同い年で、魔導学院時代は仲のよかった友であった。
 会議が終わり人々が部屋の外に出て行く中、エルザはクラウスによって呼び止められた。
「エルザ元帥、この場に残ってくれ、大事な話がある」
「……(私に話?)」
 部屋に二人っきりになったところでクラウスはゆっくりは話し始めた。
「今は国王と元帥の関係を抜きで、君と話がしたいエルザ〝先輩〟」
「……わかった(先輩か、懐かしい響きだ)」
 魔導学院時代、クラウスとエルザは後輩と先輩の関係であった。二人の口調もそのためか少し砕けた感じだ。
「僕は今回の事件――僕自らカーシャの元に出向きたいと思っている(ルーファスやカーシャが事件に絡んでいるなら、僕が行かなくてはいけない)」
「それはできないことだ。国王が危険に自ら飛び込むなど、誰も許してはくれない」
「だから、君に一緒に来て欲しい。この城を隠密で抜け出すにはエルザの力が必要なんだ」
「昔からクラウスは一度こうと決めたら意見を曲げないからな。仕方ない、私の首をかけてクラウスの供をしよう(これで、クラウスにもしものことがあったら、私の命だけでは償えんな)」
「すまないエルザ」
 決意を胸に秘めてクラウスは窓の外を見た。
「(もし、ルーファスがカーシャ手助けをしているのならば、僕は自らの手でルーファスを捕まえる)」
 この日、カーシャ+おまけVSアステア王国を先陣とした世界の全面戦争の火蓋が切られた。

 つづく


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