第19話_首ちょんぱにっく

《1》

 床や棚に並べられた品々は、アンティーク屋の倉庫を思わせるが、ここはクラウス魔導学院のとある倉庫だ。
 アンティークというのはあながち間違いではなく、ここには古い時代の魔導具も多く眠っている。ちょうどルーファスが棚にしまおうとしているランプは、今から300年ほど前にアラジンという召喚士[サマナー]が召喚に使用していたとされる魔導具だ。
 足下に何気なく転がっている壷も蠱毒と言って呪殺の怨念を練り込むのに使用する物だ。
「ねぇねぇルーちゃん、見てみて!」
 ルーファスの背後からビビの声がした。
 振り返ると小さな箱を開けて、中身をこっちに見せているビビの姿。箱の中身はキラキラと輝く宝石が美しい指輪だった。
「ダメだよ勝手に開けちゃ!」
「いいじゃん、ちょっとつけてみよぉっと」
 真紅の宝石が妖しくきらめく。
「ダメだって、呪われてるかもしれないし!」
「えっ?」
 もう指先にリングが通る寸前だった。
 慌ててルーファスはビビの手をつかむ!
 ドン!
 ルーファスがビビを押し倒す形になり、ビビの手から指輪が放り出された。
 ピューンっと飛んだ指輪がコロコロっと床を転がる。
 そして、整理されていない魔導具の山の中に入ってしまった。
「もぉ、ルーちゃんが押すからだよぉ!」
「はいはい、すぐに探しますよ(呪われてたら大変なことになってたのに、なんで僕が悪いみたいな)」
 いい加減な返事をしてルーファスは魔導具の山を覗き込んだ。
 粗大ゴミ置き場状態の隙間の奥のほ~~~っの床に、真紅の輝きが見えた。
 しゃがみ込んだルーファスは隙間に片腕を差し込んで、ググッと懸命に伸した。
「届かない……たぶんあとちょっとで届きそう……なんだけど……」
 腕に力が入ってプルプルと震える。
「ルーちゃんガンバレっ!」
「ビビのほうが身体小さいし届くんじゃ?」
「アタシよりルーちゃんのほうが腕長いからイケるよ! ほら、がんばって!」
「がんばってるよ……ん、指先に当たった……あと……ちょ……っと」
 さらに奥へと腕を入れようと、瓦礫の山を身体ごとグッと押したとき、微かにガタッと物音がした。
「リングに指先が入ったからこのまま……」
 そのときだった!
 ガタガタッ、ゴゴゴゴゴゴゴッ!
 瓦礫の山が崩れたのだ。
「ルーちゃん!」
 積もっていたホコリが部屋中に舞って視界を覆い隠す。
 しばらくして、ホコリの中で長身のシルエットが立ち上がった。
「ゲホッ、ゲホッ……あったよ、指輪」
「ルーちゃんだいじょうぶ!?」
「どうにか。でもホコリが目に入って、目が開けられない」
 やがてホコリの煙幕も晴れてきた。
 そして、事件は起きた。
「きゃーーーっ!」
 声量たっぷりの悲鳴をあげたビビ。その表情は凍りつき、見開かれた視線の先にあるモノを、震える腕をゆっくりと上げて指差した。
「る、るーちゃん……く、くび」
「どうかした?」
「くびが……」
「(まだめがしょぼしょぼする)あれ?」
 瞳を開けたルーファスはきょとんとした。
 床が直角に立っている。
 顔が横になっているのだ。
 しかし、ルーファスの足の裏はしっかりと床について立っている。
 再びビビが叫ぶ。
「首がない!」
「ええええええぇぇぇっ!!」
 ゴロンと転がったルーファスの頭部が叫んだ。
 その傍らには首から下が立っていて、あたふたしたようすで足踏みをしている。
 いったいなにが起きたのか?
「ルーちゃんとにかく首、首拾わないと!」
「え、どこ、ここどこ?」
 あわてふためくルーファスは突然走り出し、その勢いで壁に激突した。
 ドン!
「イタっ!」
 身体とは離れた場所から声がした。
「僕の頭! どこ、ここどこ?」
 身体がどこにいるのかもよくわからない。
 切り離された頭部と身体は意識が繋がっているらしいが、見えている景色と身体の位置関係
が合っていないので、思うように身体が移動してくれない。
「うまく拾えないよ!」
 あさっての方向でどじょうすくいのような動きをするルーファス。
「ぜんぜん拾えないから代わりに拾ってよ」
「ヤダよ、ちょっと(気持ち悪い)」
 生首だ。しかも生きている。
 ふらふらしていたルーファスの身体が、なにかにつまづいた。
「おっと!」
 すぐに足下を見たが、そこには足がなかった。慌てて自分の身体を泳ぐ視線で探し、床に落ちていた長い物体を見つけた。
 剣だ。
 錆びて今にも朽ち果てそうな長剣だった。その刃にこびりついたどす黒い痕。血だ、剣が吸った血だった。
 まさかこれで首を落とされたのか?
 しかし、こびりついている血は古そうだ。そもそも、ルーファスは一滴も血を流していない。首の断面図はまるで異空間に繋がるような深淵が広がっている。通常に切り口ではないことは明らかだ。
 どうにかやっと自分の首を拾って、両手で頭を持ちながら、床の剣をまじまじと見た。
「鞘がないけど……どっかに落ちてない?」
「あったよ、これでしょ?(なんかラベルがついてる)ドゥー、ドラ? ドラハンの剣?」
「読めてないでしょ。ちょっと見せて?」
 ビビは鞘のラベルをルーファスの胸の位置――両手で抱えている頭部の前に出した。
 文字は公用語ではなく、魔導文字の一種だ。ここで管理されている物はこの文字でラベルなどがついている。
「なになに……ドゥラハンの剣?」
 その名に聞き覚えがあった。
 自分の頭を抱えながら考え込むルーファス。う~んという声が腹のあたりからする。
 今日も似たような言葉を聞いた気がする。いったい、いつ。どこで、だれが?
 たしかあれは倉庫の整理をファウストに頼まれたときだ。そこに運悪くカーシャがやってきて、いつもどおり二人は学院内でケンカをはじめた。毎度のことなので、ルーファスはそ~っとその場を離れようとしたのだが、カーシャの放った氷結魔法のツララが飛んできて、すかさずルーファスがしゃがんで避けた直後だった。
 ――ドゥラハンの盾!
 そう叫んだ。ファウストだ、ファウストがツララをガードするために唱えた防御魔法だった。
「ファウスト先生ならなにか知ってるかも」
 ルーファスはつぶやいた。
 ファウストはファウストは召喚士として名高いが、学院では魔導具の授業を過去に受け持っていた。なぜなら彼が魔導具マニアだからだ。ちなみに過去に――というのは、彼があまりにマニア過ぎるので、授業が予定通りに進まないことが多く、魔導具学講師をハズされたからだ。
 ドゥラハンというキーワード、魔導具マニア、ここの整理を頼んだ本人、となればファウストのところに行かないほかはない。
 ビビが大きくうなずいた。
「うん、だったらセンセーのとこにレッツゴー!」
 と明るく元気なビビちゃんだが、傍らのルーファスはどんよりと重い空気を背負って暗い顔だ。
「この姿で人前に出たくないんだけど」
「あ、そうか、キモイもんねっ!」
 グサッ!
 まるで心臓に杭を打つような一言。
「キモイって……なりたくてなったわけじゃないんだけど(鏡がないから自分の姿見えないけど、そんなにキモイのかな?)」
 落ち込むルーファス。
「ルーちゃんごめんね、ぜんぜんキモくないよ、むしろ怖いっていうか、う~ん、ほら、そんな姿で人前に出たらみんなビックリしちゃうよねっ! もしかしたらモンスターと間違えられた攻撃されちゃうかもっ」
「ぜんぜんフォローになってないし」
「でもだいじょうぶだよっ、仮装行列ってことにすれば!」
「たしかに……こういう手品みたことあるけど(それにきのうよりはマシかな)」
 女体化事件の記憶は新しい。アレに比べたら、首がちょっとハズれちゃってるくらい――問題大アリだ。
「やっぱりムリ。ビビがファウスト先生呼んできてよ」
「え~っ、めんどくさ~い」
 めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい。
 ルーファスの脳裏で木霊した。
 自分のピンチを『めんどくさい』の一言で片付けられてしまった。
 ショックで背中を丸め落ち込んでいたルーファスだったが、なにやら思い付いたようすで顔を上げた。正確には頭を持っている腕を上げた。
「そうだ、こうやってさ、腰を曲げてると老人みたいで後ろからだと、頭が見えなくても不自然じゃないっぽくない?」
 まるで世紀の大発見でもしたかのような弾んだ声。
 だが、ビビの反応はひややかだった。
「でも正面から見たら意味ないじゃん?」
 無言のまま見つめ合う二人。まるで時間が凍りついたようだ。
 …………。
「ですよねーっ!」
 堰を切ったようにルーファスが声をあげた。
 このノリのままビビが話はじめる。
「ところでさー、ちょっと聞きづらかったんだけど、聞いてもいいよねっ!」
「どうぞどうぞ、どんどん聞いちゃってよ!」
「じゃあ聞いちゃうけどさ!」
 と、ここまで変なテンションのノリで軽快に会話が進んでいたのだが、急にビビの顔に影が差したようなどんよりした表情で、ず~んと重々しく口を開いた。
「どうしてずっと剣を振り回してるの?」
「えっ?」
「しかもどんどん大振りになってるんだけど……(怖い)」
「……え?(剣を……僕が?)」
 ルーファスは片手で持っていた頭部をもう反対側の手に向けた。
 ブンブンブンブン!
 ドラマーかっ!
 てな勢いで、片手がブンブン叩くように振られていた。しかも、その手にはしっかりと剣が握られている。そう、血塗られたドゥラハンの剣だ。
「ええーっ! いつの間に!?」
 自分でもビックリだ。
 まったくの無意識。
 ブンブンしちゃってる意識もなかったが、剣を拾った記憶すらなかった。
「え、なに、どういうことっ!?」
 目を丸くしながら、助けを求めてルーファスがビビに近づく。
「やだっ、こっちこないで!」
「逃げないで助けてよ!」
「ブンブン来ないで!」
「止まんないんだって!」
 ブンブンブンブン!
 自分の生首を抱えた男が、剣をブンブンさせながら、いたいけな少女を追いかけ回す図。
 もう完全にB級ホラーだった。
「きゃーっ!」
 ピンクのフリフリツインテールが倉庫を飛び出した。
「待ってよ!」
 ブンブンがあとを追う。
 逃げるフリフリ、追うブンブン。
 学院をブンブン、フリフリ駆け回る。
 ブンブン、ブリフリ、ブンブン、フリフリ。
 はいっ、みなさんもごいっしょに、ブンブン、フリフリ、ブンブン、フリフリ。
 ブンブン、フリフリ、ブンブン、フリフリ!
 ブンブン、フリフリ、ブンブン、フリフリ!
 ブンブンブブン、フリフリン!
「キャーッ!」
 どこまっでも続くかに思われたブンブンフリフリだったが、突然の乙女の悲鳴で終止符が打たれた。
 ピタッと立ち止まったルーファス。
 辺りを見回すと人だかりができていた。
 放課後に残っていた学生たちにいつの間にか囲まれていた。
「モンスターだ!」
 だれかが声をあげた。
 声の主を必死に探しながれ、手で持った首であちこち見渡す。
「違うんです、私はこの4年トラス組のルーファス・アルハザードです!」
 口では誤解を解こうとしているが、行動が伴っていない。
 ブンブンブブン、ブンブブン!
 血塗られた魔剣を振り回し、今にも大量虐殺しそうな勢いだ。
「人殺し!」
 だれかが叫んだ。
「だれか先生を呼んで来い!」
「みんなで退治しちゃおうぜ!」
 口々に恐ろしいことを言い出す。ルーファスはゾッとした。
「(マズイ、完全に誤解されてる)」
 ビュン!
 風を切って光球が飛んできた。明らかに攻撃魔法だ。
「ぎゃっ!」
 短く悲鳴をあげてルーファスは避けた。が、その拍子に生首が投げ出される。
 ゴロロン!
「イタッ、イタタ、痛い!」
 顔面から床にダイブするようなもんだ。かなり痛い。
 床に生首が転がるようすを見た生徒たちは、さらに怯え、中には敵対心を強める者もいた。
「くらえっ!」
 炎の玉がルーファスの生首に向かって飛んできた。室内で攻撃魔法をぶっ放すなんて。明らかに悪い教師たちの影響だ。本来は校則で禁止されている。
 生首には手足がないので炎の玉を避ける術がない。慌てて身体が拾いに走るが、明後日の方向に駆け出して壁に激突。
「うぎゃ!」
 もう眼前まで炎が迫っていた。
「ルーちゃん危ない!」
 ビビが叫びながら生首に駆け寄った。
 そして、生首をシュート!
 サッカー選手も顔負けのナイスシュートを放った。
「グギャゲエェェェェッ!」
 この世のものとは思えない絶叫をあげて生首がぶっ飛ぶ。
 ボール――じゃなかった、生首の軌道を見事に描く鼻血。
 そして、顔面から壁に激突。
「ブゲッ」
 潰れながら床にゴトンと落ちた。
 白眼を向いて鼻血を垂れ流す生首。
 もう悲惨すぎる。
 ビビが苦笑いをしている。
「ヤバッ……(殺っちゃったかも)」
 ビビちゃんはぜんぜん悪くない!
 ルーファスを助けようとしただけ!
 ちょっと方法が過激だっただけ!
 首から下の胴体も死んだか気絶したのか、床に倒れたままピクリともしない。
 苦笑いのままビビも動かない。
 そこへ再び炎の玉が飛んできた。投げやがったのは同じ野郎だ。
 もう今度こそ絶体絶命だ!
「ドゥラハンの盾!」
 長身の影が生首の前に立ちはだかり、防御魔法で炎を防いだ。
 いったいこの影はだれだっ!
 わかりきってますが。

《2》

 ファウストだ!
「何事だ?(見たところルーファスだが……)」
 ルーファスだが生首だ。
 明後日の方向には胴体が倒れている。
「見世物は終わりだ」
 ファウストは片腕で半円を描くように振って生徒たちを追い払う。相手がファウストということもあり、生徒は早々に散り散りに去って行く。
 残されたのは2分割されているルーファスとビビ。
 ファウストがビビに顔を向けるとエヘッと笑いかけてきた。
「説明したまえ」
「首ちょんぱです!」
「首ちょんぱ……だと?(そんなことは見ればわかる)私が聞きたいのは、どうして首と胴が離れているかだ。切り口を見たところ通常ではく、しかも生きているようだ」
 ファウストは臆することなく平然と生首を拾い上げ、首から脈を測って生存を確かめた。
 ほっと溜息を吐いたビビ。
「(よかった、殺ってなかった)え~っと、その剣で切られたみたいで、ちょうどファウスト先生のところに相談に行こうとしてたとこなんです」
 と、血塗られた剣を指差した。
 どうやらルーファスは気絶しているらしいのだが、ブンブンしたままだ。
 やはり、剣は勝手に動いているらしい。
「(まったく、サボってないか見に行くつもりが、もっと大きな問題を起こして)この剣は倉庫にあったものか?」
「はい、ド…ドラ……ドラドラの剣?」
「ドゥラハンの剣だな」
 すぐに訂正された。
 ファウストは辺りを見回してなにかを探しているようだ。
「鞘はどこだ?」
「えっ……たしか倉庫に……」
「どうして抜いたのだ?」
「抜いたっていうか、ガレキの山が崩れて……気づいたら首ちょんぱっていうか」
「瓦礫の山だと?」
「はい、ゴミみたいな塊が……(ヤバッ)」
 言いかけて口を両手で塞いだ。
 相手を殺しそうな勢いでファウストがガンを飛ばしている。
「……ゴミ?」
「違います! スゴイ、スゴイ……え~っと価値のある魔導具様のガレキ……じゃなくて宝の山が!」
「もういい。つまりルーファスがいつもどおりヘマをしたということなのだな(問題は……)」
 考えながらファウストは生首をビビに差し出した。
「これを運びたまえ」
「え……(キモイ)」
 鼻血を垂れ流して白眼まで剥いている。キモさアップ!
「私は胴体を運ぶ」
「え……ちょっと……」
 嫌がりながらも渡されてしまったので、仕方なくビビは生首を両手で持った。本当にイヤなので、両腕をめいいっぱい前へ伸して首を遠ざけている。
 血だらけ(鼻血)の生首を抱えてるなんて、明らかに殺ちゃった狂人にしか見えない。しかも、ビビは大鎌を装備として使用することもあるので、それを見たことがある者はついに殺ったかと思うだろう。
 ファウストは胴を背負って先を歩き出していた。
「保健室に運ぶぞ」
「は、はい!」
 放課後でも生徒は多く残っており、胴体を運ぶ大男と血だらけの生首を運ぶ少女は奇異な目で見られた。二人が通り過ぎたあとにみなヒソヒソ話をはじめる。
「いくらファウスト先生でも人殺しはしないと思ってたのに」
「それにしても人殺してるのに堂々としすぎだよな」
「後ろの子は生首だぞ、しかも血だらけ」
 そんな会話などがなされていた。
 ひとよりちょっと耳のいいビビは、会話が漏れ聞こえてくると、ズキズキと胸が痛んだ。
「(注目されるのスキだけど、これはイヤ)」
 しかも、通った道に血痕(鼻血)が残っている。
 保健室の前までやってくると、ドアが自動的に開いた。
 中に入るとだれもいない。ビビはほっと溜息をついて安堵の表情を浮かべた。
 ルーファスの胴体はベッドに寝かされ、頭部はその傍らに置かれた。
 生首は顔面血だらけでおぞましいことになっている。
「うん、洗ってあげよう!」
 ビビは生首を持って、室内に設けられた水道に向かった。
 近くの戸棚にはガーゼなどが置いてある。明らかに目につく位置にある。ビビの目にも映ったハズだ。
 が、生首は蛇口の真下に位置された。
 ファウストは止めずに生温かい視線で見守っている。
「(まさかな……)」
 と思った瞬間、なんとビビが蛇口をひねった。
 バジャジャジャジャッ!
 傾斜角90度の滝のごとし放水!
 雜だ、洗い方が雜だ。てゆーか水攻めの拷問だ。
 ルーファスがカッと眼を開いた。
「ひゃああああっ、な、ぶへっ!」
 口から水をぶへっと拭きだした。
「ルーちゃんじっとしてて」
「ごぶっ、おぼれる……鼻と口に水が……」
 陸上でおぼれるルーファス。
 三途の川が見えそうになっていたところで水は止められた。
 蛇口のコックには浅黒い手が添えられていた。
「本当に死ぬぞ」
「首ちょんぱでも死なないんだからへーきへーき♪」
 無邪気にビビは笑っていた。
「死ぬし! ファウスト先生ありがとうございました」
 ビビに向かって声を荒げ、救世主に向かってお礼を言った。明後日の方向に顔を向けながら
 血は洗い流せたが、びしょびしょだ。頭髪が思う存分水を吸っている。
 ビビはじーっとルーファスの後頭部から長く伸びている髪を見た。そして、何気ない顔をしてキュッとつかんだ。
「遠心力で水が飛ぶかも」
「頭が飛ぶし! その考え絶対危険だからね! オリンピックにこんな競技あるけど違うから!」
 ルーファスは早口で声を荒げた。
 はじめのうちは怖いだとかキモイだとかで生首をイヤがっていたビビだが、だんだんと熟れてきておもしろがっているフシがある。
「ぎゃははははっ!」
 突然ルーファスが笑い出した。ビビがなにかをしたのかと思われたが、犯人はファウストだ。真顔でルーファスの胴体をくすぐっていた。
「物理的には切り離されているが、空間は繋がっているな」
 切り離されていても、胴になにかをすれば首が反応する。呼吸をしたり、血を流したりできるのも、胴と首が完全に切り離されていないことを意味している。
「ぎゃははははっ!」
 またルーファスが笑い出した。
 今度はビビだった。
「わぁ、おもしろ~い♪」
「ひひひっ、ひゃ、ひゃめて……苦しい」
 ジタバタと胴体がベッドで暴れる。
 ついでにブンブン!
 刃が何度もベッドに打ちつけられたが、まったく切れるようすはない。血塗られさびついた剣では、物を切ることはできない。
 ガシッ!
 なんとファウストが刃を素手で受けた。
 ルーファスとビビは唖然とした。
 ――切れてない。
 やはり切れないのだ。
 ファウストは冷静な顔つきだった。
「この呪われた剣は首しか斬れないのだ」
「やっぱり僕はこの剣で首をはねられたんですか?」
「そうだ。封印していた鞘から抜いたせいでな」
「(抜きたくて抜いたんじゃないんですけど)どうやったら呪いを解くことができるんですか?」
「まずは鞘を持ってこい、話はそれからだ」
「ちょっとビビお願いできる?」
 顔を向けられずに話しかけられたビビはあからさまにイヤそうな顔をした。
「えぇ~、めんどくさぁ~い」
 まただ、めんどくさい。
「お願い、一生のお願い!」
 一生とは生まれて死ぬまで。現在生首で半分死んだようなもんだ。
「しかたないなぁ、スイーツ1個ね」
 うわっ、がめつい!
 ビビは部屋を飛び出して行った。
 残された生首は……。
「(スイーツかぁ。おなかすいたなぁ、この状態でなにか食べられるのかな?)」
 血流などもイケるのだから、おそらく大丈夫だろう。
 ファウストがルーファスをガン見している。正確にはその症状を観察していた。
「本当に斬られた者ははじめて見たが、ふむ……体調などにはなんら異変はないようだ」
「あの鞘さえあれば元に戻るんですよね?」
「戻らんな」
「はぁ?」
 先生に向かって『はぁ?』とか言ってしまった。ヤンキーのごとく『はぁ?』だ。
 ファウストはすました眼で生首を見た。
「鞘は剣を封印するにすぎない。次の被害者を出さないためのな」
「また切るってことですよね(僕の手から離れないのに、この状態で切ってしまった殺人鬼じゃないか)」
 もう十分にブンブンしたので、目撃者にはかなりヤバイ殺人鬼モンスターだと思われただろう。
「ならどうやってたら元に戻れるんでしょうか?」
 続けて尋ねた。
「それそのものは簡単だ。他人の首をはねればいい」
「……はい?(僕に殺人鬼になれってこと?)」
「風邪は他人にうつせば治るというだろう、それと同じだ。その剣で他人の首をはねれば、その者が新たに呪われ、今のおまえと同じ状況になる。そして、おまえは元通りというわけだ」
「そんなことできるわけないじゃないですか」
 口ではそう言っているが、手元はブンブンヤル気だった。
 もちろん口だけでなく頭でもそんなこと思っていない。思っていない――でも、身体が抑えきれない。
 ベッドで寝ていた胴体がバッと立ち上がったかと思うと、剣を振りかざしてファウストに斬りかかった、
「逃げて先生!」
「フンッ!」
 逃げるまでもなくファウストは片手でルーファスの胴体を押し飛ばした。狂気に駆られ、凶器をブンブンするルーファスなので、肉体はひ弱なのだ。
 床に叩きつけられるようにして転が回る胴体。首も苦痛を浮かべている。
「先生、なにするんですか!(思いっきり腰打ちつけた、尾てい骨を打つとか……うう)」
 胴体と切り離されていても、詳細な痛みが脳まで届くらしい。
「ルーファス!」
「は、はい!」
 名前を怒鳴られルーファスの胴体がピタッと止まった。
「呪われているとはいえ、それに屈するとはなにごとだ。精神を統一して魔力を制御すれば、呪いに自由を奪われることはないのだ」
「は……はい(そんなこと言われてもムリだよ)」
「その呪いはごくごく弱いものだ。なぜなら本体の呪いではないからだ」
「と、言いますと?」
 ファウストは溜息を落とした。そんなことも知らないのか、仕方ない説明してやろうという顔つきだ。
「ドゥラハンとは首なし騎士の妖魔だ。おまえが呪われたのは、その剣に過ぎない。ドゥラハンがその剣で首を狩り続けることで、その剣事態が魔導生物のように意思を持ちはじめたのだろう。長らく封印されていたことで魔力が抜け、現在は微力の魔力しかもっていないことは、おまえでもわかるでしょう?」
「(わからないです)はい、わかります」
 心で思ってもわからないだなんて言えなかった。
 この世界の魔力の根源はマナと呼ばれるものである。微量の状態では目で見ることはできないが、多く集まることでだれの目でも確認することができる。小さな光球としてフレア化したり、宝石や鍾乳洞のようなものとして結晶化することもある。
 魔導士などは、一般人が見えないようなマナを感知、もしくは視覚として視ることができる――ように鍛錬しているのが当たり前だ。
 ルーファスはドゥラハンの剣に宿った呪いの根源になっているマナを視ようとした。が、そもそも現在、首が明後日の方向を向いているため、マナを視る以前の問題だった。
 しばらくすると、ビビが駆け足で保健室に戻ってきた。
「なかったよーっ!」
 元気な声でご報告。
「ちゃんと探したの?」
 ルーファスが不満そうに尋ねた。
「ちゃんと探したよぉ、一生懸命がんばったもん。疑うなら自分で探したらぁ?」
 ビビはぷぅっと頬を膨らませた。
 鞘がなければ封印ができない。封印ができなければ――。
「(どうせ僕の身体はこのままなんだけど)」
 とくにルーファスには影響はないようだ。
 と、思われたのだ――。
 床で倒れてた胴体が勢いよく起き上がり、ブンブンしながらビビに襲い掛かったのだ。
「こないでっ!」
 両手を突き出しビビはドンと胴体を跳ね飛ばした。
 簡単に胴体は床に倒れて難は逃れられた。やっぱり弱い。弱いのだが、問題は徐々に凶暴化していることだ。
 倒された胴体はムクッと立ち上がり再びビビに襲い掛かった。
「ルーちゃんヤダッ!」
「ヤダって言われても身体が言うこと聞かないんだよ!」
「こないでって言ってるのにっ!」
 ビビちゃんが顔を背けながらグーパンチを放った。
「ぐえっ」
 見事、ルーファスの柔らかい腹部にヒット。呻きながら両手で腹を押さえて、ゆっくりと後退りながら倒れた。
 バタッ。
 ルーファスは目を開けたまま気絶していた。
 辺りは真っ白だ。
 ぼんやりとした視界。
 だれかが呼ぶ声がする。
 ――ルー……ルー……ス……ルーファス!
 だんだんと声がハッキリとしてくると共に視界も開けてきた。
「立つんだルーファス!」
 その荒ぶり懇願のこもった声でルーファスはカッと眼を開けた。
「だれだよ!」
 いの一番でルーファスは叫んでしまった。
 目の前には眼帯出っ歯のハゲオヤジ。
「立つんだシジョー!」
「いや、ジョーじゃないから(ジョーってだれだよ)」
 ジョーがいったいだれなのかわからないが、気づいてみればルーファスの格好が変だった。
 真っ赤なボクサーパンツに傷だらけのグローブ。格好はボクサーなのだが、身体が貧相すぎ。真っ白ボディはもやしっ子の鏡。ちょっと最近おなかがぷくっとしてきたのが悩みの種だったりする。
「えっ、なに、この格好で僕にどうしろと?」
「行け、ジョー!」
「だからジョーではないんですけど」
 いったいなにを行けと?
 ここはリングの上だった。顔を上げると、その先には馬に乗った首なし騎士。
「ボクシングじゃないし!」
 対戦相手はボクサーではない。
 ドゥラハンだ!
「ん?」
 ルーファスはなにかに気づいた。
 ドゥラハンが抱えている生首。
「僕じゃないか!」
 抱えられている生首はルーファスだ。
 さらのおかしなことに自分の視線の高さだ。まるで胴体に首が乗っているような。慌てて頭を手探りで触ろうとしたが空振りするばかり。だが、視線の高さはいつもの頭の位置なのだ。
 微かな声がする。
《……ルーファス……マナの流れを……のだ》
 少し高圧的だが、聞き覚えがあって安心する。ファウストの声だ。
 姿は見えずとも声がする。まるで心の中に直接語りかけてくるような感覚。そして、ルーファス理解した。
「精神界だ。僕の心の世界……いや、ドゥラハンの剣と僕の精神がせめぎ合う世界だきっと」
 ファウストの声は現実世界からの声に違いない。
 また声が聞こえる。
《……ようでは……落第だぞ》
 途切れ途切れだが、最後のキーワードはハッキリと聞こえた。
 ルーファスはだいたい理解した。
 この世界に迷い込む前にファウストが言っていた。
 ――精神を統一して魔力を制御すれば、呪いに自由を奪われることはない。
 つまりそんな簡単なこともできないなら、落第だぞ。と、いうことだと思われる。
 ルーファス対[バーサス]ドゥラハン!
 戦いの熱い火ぶたが今切って落とされる!

《3》

 赤コーナードゥラハン!
 青コーナー挑戦者ルーファス!
 戦いのゴングがカンっと鳴り、ルーファスはそっちを振り向くと、実況のアナウンサーがいた。
「チャンピオン優勢と言われる中、挑戦者はいかに戦うのか。見物ですねぇ」
「挑戦者は今日のために必殺技の特訓を積み重ねてきたらしいからね」
 と、アナウンサーの横には謎の解説者。
 思わずルーファス。
「だれだよっ! 必殺技なんてないしっ!(ツッコミどころ満載過ぎる。本当にここは僕とドゥラハンの剣の精神界?)」
 ルーファスの精神が反映されていないとしたら、ボクサーのシチュエーションはドゥラハンの剣のせいということになる。
「(なんでボクサーなんだろ)」
 悶々と疑問を抱えながら、もうすでにゴングは鳴っている。
 ドゥラハンに抱えられた生首がニヤリと笑った。ルーファスの顔を持ちながら、ルーファスではない表情。すでに首は呪われた剣に囚われてしまっている。
 現実世界で錆びついていた剣は、生々しく血を滴らせていた。
 剣は振り上げられるとともに血のりを散らし、ルーファスに向かって襲い掛かってくる。
 ルーファスはグローブを構え、一瞬だけファイティングポーズを決めた。
「って、すでにボクシングじゃないし!(そもそもボクシングできないし)」
 すぐさま魔法詠唱をはじめる。
「ライトボール!」
 とりあえず悪霊っぽいモノには光あれ!
「うわっ!」
 声をあげたのはルーファスだ。
 魔法を唱えたと同時に目の前に現われたのは、ハゲオヤジ!
「だれだよ!」
 と、ツッこむしかなかった。
 馬のヒヅメが聞こえる。ドゥラハンはすぐそこまで迫っている。
 オヤジになんて構ってられない。さらに詠唱をする。
「フラッシュ!」
 ピカーン!
 ハゲオヤジの頭がまばゆい光りを放った。
 チラッとハゲを視ながらルーファスはシカトを決め込んで、さらに連続して詠唱する。
「ライトボール! ライトボール! ライトボーッズ!」
 ハゲの僧侶が3人あらわれた。
「なんなのこの世界!」
 精神界は混沌としていた。
 ルーファスは眼が合った。
 ニヤリと下品に笑う自分と――。
 ビュュュュッン!
 血塗られた魔剣が風と共にルーファスのないハズの首を斬った。
「ヒィィィィィッ!」

 ガバッ!
 叫びをあげたルーファスが冷や汗を垂らしながベッドから跳ね起きた。
 跳ねたのは生首だ。
 前方に見えるのは自分の後ろ姿。胴体が勝手に部屋を駆け出していく。
 部屋の隅からうめき声が聞こえる。
「……ッ、油断した」
 ファウストだ。なんとファウストが床に尻餅をついて倒れているではないか?
「ルーファスすぐに追え! おまえの胴体は凶暴化しているぞ!」
「えっ、追えって言われましても」
 首だけどうしろと?
 ルーファスは視線を動かしビビを探したが、部屋にいないようだ。
「あのビビは?」
「おまえの胴体が追っているのがビビだ」
「ええっ!? ど、どうしてですか?」
「胴体をくすぐっておちょっくったからだ。奴はかなり怒っているぞ」
「くすぐった……?」
 疑問符が浮かぶ。
 くすぐったかったか?
 感じない。
 くすぐったさだけではなく、今胴体が廊下を走っているであろう感覚も感じなかった。
「あのぉ、ファウスト先生」
「いいから早く追わないか」
「いや、その……胴体の感覚を感じなくなってしまったんですが……」
「まったくか?」
 ファウストは眉をひそめて神妙な面持ちをした。
「はい、まったく」
「危険な状態にあることは間違いない。首と胴体の繋がりが薄くなっているのだ。つまり、早く胴体と首を1つにせねば、別々の存在となるだろう」
「……すごく困ります」
「ならば早く胴体を追え」
 と言われても困る。
 ファウストは手のひらにおでこを乗せて頭を抱えると、そのまま前髪をかき上げて顔をあげた。
「世話の焼ける教え子だ」
 グイッとファウストはルーファスの生首を抱えた。
 そして、そのまま保健室を飛び出した。
 廊下を駆け抜けていると、出くわした生徒がいきなり指を差してきた。
「さっきの!」
 指を差されたのは生首だ。
 すぐにファウストは察した。
「胴体を見たのだな?」
「は、はい」
 生徒はこくりとうなずき、ファウストはさらに尋ねる。
「どこへ向かったのだ?」
「あっちです」
 生徒は階段を指差した。
 そちらへ顔を向けると上のフロアから悲鳴が聞こえた。
「ビビだ!」
 ルーファスが声をあげた。
 すぐさま階段を駆けのぼる。
 いた!
 階段をのぼり切って、右手の廊下に目を向けると、ビビが首なし胴体が振るう魔剣を必死に跳んで跳ねてしゃがんで避けているところだった。
 ビビがこちらに顔を向けた。
「助けて!」
 ファウストは魔法を唱えようとする。
「シャドウソーイング!」
 足止め魔法だ。相手の影を拘束することにより本体も拘束する。
 しかし、まさかの事態が起きた。
 首なし胴体が魔剣を振るった。その刃が向けられたのは己の影。なんと物質である剣が影を切ったのだ。
 そう、影縫いの影貼りを斬り飛ばし、拘束を解いたのだった。
 ファウストが苦々しい顔をした。
「(やはりルーファスだとは思わんほうがいいらしい)」
 首なし胴体はルーファスの能力値を上回っている。もはやブンブンではなく魔剣士なのだ。
 無断のない動き。力強い剛剣の刃がファウストに襲い掛かる。ビビよりも先に始末する相手だと認識されたのだ。
 と、ファウスト対[バーサス]ドゥラハンの本格的な戦いがはじまろうとしている中、抱きかかえられたままのルーファス。
「先生ちょっと!」
 叫んだルーファスの鼻先を刃が掠めた。
 冷や汗たらり。
 再び魔剣が斬りかかってくる。
 生首を抱きかかえたままでは不利だ。
「受け取れ!」
 投げた。
 ファウストがビビに向かって生首を投げた。
「ぎゃああああっ!」
 叫ぶルーファス。
「えっ、ちょ……ムリ!」
 慌てて右往左往ステップを踏むビビ。
「……あ」
 と、小さく蒸らしたビビの頭上を生首が飛んでった。
「うわぁぁっ、だれか受け止めて!」
 叫んだルーファスの目に飛び込んでくる廊下。落ちたら痛そうっていうか、頭蓋骨が陥没しそうだ。
 もうダメだ!
 っと思ったとき、どこからとも無く手が差し伸べられた。
 スッと生首と廊下の間に差し伸べられた手。
 ちょうど通りかかった女子バレー部員だった。
 そうだ、バレー部なら床スレスレのボールだって拾える。
 生首に手が触れ――跳んだ!
 生首がまるでバレーボールのように跳ばされた!
 バレーはボールを床に落としてもイケナイ。そして、キャッチしてもイケナイのだ。つまりいつもの習性で、ボールに見立てた生首をポーンと上へ跳ばしてしまったのだ。
 近くにいた別のバレー部員が空かさず動いた。ルーファスの真下だ、ここなら確実にキャッチできる。
「トス!」
 ポーンと生首が打ち上げられた。
 だよね、ですよね、ボールが来たらトスするよね。だってバレー部員だもの。
 となれば、オチは決まっている。
 第3のバレー部員が颯爽と駆ける。
 ぞしてッ!
 華麗に高くジャンプしたかと思うと、反るほどに振り上げた腕を振り下ろす!
 レシーーーッブ!!
「フゴォォォッ!」
 無残な悲鳴をあげて生首がぶっ飛ぶ。
 鼻血、鼻水が入り乱れる展開!
 生首が飛んでった場所は首なし胴体だ。
 魔剣が構えられる。
 なんとバッターの構えだ!
 カッキーン!
 剣の腹でハエを叩くように生首が打ち返された。
「ヌベッ」
 気を失っている生首から異世界の言語が短く発せられた。
 生首が飛んでった先は壁だ。硬そうな壁だ。魔導学院の対攻撃魔法でもそこそこ踏ん張れる壁だ。
 今度こそ絶体絶命か!?
 と、そこへちょうど通りかかったのは、泥だらけのユニホームを着た男子生徒。
 その男子生徒が生首に気づいて構えた。
 両手を広げ、鬼神が立ちふさがるかのごとく気迫を発するその構えは、そうだ守護神だ、砦を守るゴールキーパーだ!
 彼なら受け止めてくれる。ゴールキーパーの彼なら、ここまでたくみにパスを繋いできたボールですら、絶対に止めてくれるハズだ。
 そう、思い起こせば長かった。
 はじまりはなんだっただろうか……?
 そうだ、彼女が放った――ビビが放ったシュートだった。
 あの時点で思わずボール扱いされちゃって、アレやコレやあったりなかったり、ここまでみんなが繋いだパスは無駄にはしない!
 今こそ実を結ぶトキだ。
 ゴールキーパーの額から珠の汗が流れた。
 あの守護神が、この守護神が、まさかプレッシャーを感じているだとぉっ!?
 鬼気迫る生首。
 血みどろ鼻水パニック。長髪を結うゴムひもが切れ、髪の毛がザンバラバンバンッバン。その姿はまるで、ボールの軌道を炎で描いているようだ。
 ゴールキーパーの下半身にグッと力がこもった。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォッ!
 ぶっ飛んできた生首が腹で抱きかかえるように受け止められた。
 ゴールーキーパーが苦悶の表情を浮かべている。
 ガッシリと受け止めたハズだ。
 しかし、戦いはまだはじまったばかりだった。
 押されている。
 生首を抱きかかえたまま、ジリジリとゴールキーパーが後ろへ引きずられるように押されている。
 すごいパワーだ。受け止められてもなお、その勢いを殺すことなく、守護神の身体を押しているのだ。
「フレーっ、フレーっ、クラ学!」
 どこからともなくチアリーダーが応援に駆けつけた。
 ちなみに『クラ学』は『クラウス魔導学院』の略である。
 攻防を続けている生首とゴールキーパー戦い。
 ゴールキーパーが眼を剥いた瞬間、ふっと足が浮いた。
 それはまるで堤防が崩れたような瞬間だった。
 瞬き1つしない間にゴールキーパーが後ろへ吹っ飛ばされた。
 ドゴッ!
 激しく背中を壁に打ちつける音。
 負けたのだ。
 いや、勝ったのだ。
 みんなが繋げたボールが見事ゴールを決めた瞬間だった!
 うなだれるキーパーの手元からボールが力なく滑り落ちる。
 ゴン。
 ボールではなく生首だったので、ちょっと生々しい音が廊下に響き渡った。
 …………。
 熱狂から一変して静まり返った放課後の廊下。
 …………。
 そして、みんな正気に戻った。
 おのおのにハッとした表情を浮かべる。
 自分たちはいったいなにをしていたのか?
 今さらバレー部員が生首を見て叫ぶ。
「きゃーーーっ!」
 もっとも生首と触れ合っていたゴールキーパーもギョッとしている。
 さっきまでの異様なテンションはなんだったのか?
 解説しよう!
「このドゥラハンの生い立ちに関係がありそうだ」
 と、話を切り出したのはファウストだった。
「ドゥラハンとは首なし騎士の総称で各地に存在しているのだが、このドゥラハンは本人が残した手記によると、スポーツ万能で将来を有望視されていた若者らしい。彼はどんなプロスポーツ選手にでもなれる才能を持っていた。しかし、戦争が起きてしまい彼も戦地に赴き……そんな彼の怨念が彼をドゥラハンにし、その持ち主の怨念が剣に宿りおまえたちに幻術をかけていたのだろう」
 緊急スクープ!
 ドゥラハンはただのスポーツ好きだった!
 悲しいんだか悲しくないんだか、ドゥラハン誕生秘話を聞いたビビが、なにかを思い付いたようにポンと手を叩いた。
「じゃあ思う存分みんなでスポーツすれば呪いも解けるんじゃない?」
 それはグッドアイディアだねっ!
 と、廊下の片隅では血だらけで瀕死状態の生首。
 どう考えたってグットなわけあるかいっ!
 ノリツッコミを終えたところで、ファウストが生首を拾い上げた。
「回復魔法はまったく使えんのだが……」
 さてさてどうしたものか?
「生きてるのぉ?」
 とビビが生首を覗き込んだ。
 意識を失って痙攣している。かな~りヤバそうだ。
 そこへ颯爽と現われたユニホーム姿。横から身体をスッと入れてきて、ファウストから生首を奪った。男子バスケ部だ!
 バスケ部員はすぐにドリブルをしようとした。
 ドゴ。
 生々しい打撃音。
 予想通り弾まない。
 ボールじゃないもん、生首だもん!
 落としたボールを拾い上げ、ピボットピボットピボット――では前に進めない。片足を軸にその場をグルグル回るだけだ。
 バスケ部員はパスの構えをした。
 しかし、パスを受ける者はいないようだ。
 ファウストがツカツカと歩いてバスケ部員から生首を奪おうとした。
「この程度の魔力に当てられて惑わされるとは、ウチの生徒の質も落ちたものだ」
 スッと手を伸した。
 すると、ボールもスッと引かれた。
 ファウストは相手を睨み、サッと手を出す。
 するとサッと引かれた。
 素早くササッと手を出すとササッと引かれ、サササッと出すとサササッと引かれた。
 イラッとした表情でファウストが右往左往に腕を動かし奪おうと躍起になる。
 それを針の孔に糸を通すがごとく、そして細やかに縫うかのごとく、ボールは逃げ回る。
 ダメだ、ボールが奪えない。
 間違えた、生首だ。
 しかし、バスケ部員はボールだと思って死守しているのだ。
 敵にボールは渡さない。
 かといって、パスする味方もいない。
 バスケ部員、絶体絶命のピンチ!
 果たしてこの難局をバスケ部員はいかにして乗り切るのか!
「フレー、フレー、クラ学!」
 そして、チアリーダーはまた幻術に取り憑かれていた。

《4》

「フレ-っ、フレーっ、クラガク!」
 チヤリーダーに混じってビビも応援団に加わっていた。しかも、どっから手に入れたのか、ポンポンを両手に持ってフリフリしている。
 応援団に加わっているのはビビだけかと思ったら、ぞくぞくと生徒たちがどこから押し寄せるようにやってきて、大声援を送りはじめたではないか!?
 大波のように声援があたりに木霊する。
「立つんだ、立つんだジョーッ!」
「ジョーじゃないし!」
 ツッコミながらルーファスは目を覚ました。
 バスケ部員に抱えられたまま、あたりを見回すとコワ~イ顔をしたファウストと眼が合った。
「ルーファウス!」
「(えっ、なんでいきなり僕、怒鳴られてるの?)」
 八つ当たりです。
 依然としてファウストはボールを奪うことができずにいた。
「ええい、こうなれば仕方あるまい!」
 ファウストの身体を包み込むような黒いオーラ。魔力はマナフレアのように。光球として視覚化することもあるが、このようにユラユラと煙立つこともある。
「奪えぬなら燃やし尽くすのみ。シャドウフレ――」
 思いっきり攻撃魔法!
 ――を放つ寸前、廊下の角からカーシャがあらわれた。
 二人の教師の目が合った瞬間、火花がバチバチと飛び散った。
「ん、ファウストではないか? 先に言っておくが、妾のサイフには小銭しか入っていないからな」
「あなたってひとは、そうやっていつまで借金を踏み倒す気なのですか?」
 カーシャはファウストに5000ラウルの借金がある。
 契約書はこれだ!
 ファウストが片手で垂らすように広げた羊皮紙が揺れる。風もないのにバサバサと揺れ、まるで地響きのような唸り声が。どこからともなく聞こえる。
 悪魔の契約書。
 契約書の中から悪魔が呻き声を上げて飛び出してきた。
 悪魔と言ってもその姿は仔悪魔ビビちゃんとは似ても似つかない。フライパンでましたみたいな潰れた醜悪な顔。ちょっと茹ですぎましたみたいな赤黒い肌。二本の角は思わず両手でつかんで、操縦桿ごっこをしたくなる!
 とにかくっ、とってもコワ~イ悪魔なのだ。
「今日という今日は許しませんよ」
 ファウストはボール奪えないことで、完全にカーシャにも八つ当たり。
 ポイッと生首が捨てられた。
「わああっ先生!」
 叫ぶ生首にカーシャは目をやった。
「ルーファス……か?(ファウストよりあっちのほうが楽しそうなのだが)」
 そんな都合には合わせてくれない。
 悪魔が鋭い爪を振り上げて襲い掛かってきた。
 クラウス魔導学院恒例行事のカーシャとファウストの小競り合い。生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。どうやらドゥラハンの幻術も溶けたようだ。
 で、肝心のドゥラハンの剣と首なし胴体は?
 なんて探してる余裕などルーファスにはなかった。
 放物線はすでに頂点を折り返し、顔面から床に直面しようとしていた。
「助けて!」
 ブフォォォォォォォォツ!
 突如吹き荒れた狂風。暴走教師のどっちかの放った魔法の余波が風を巻き起こし、激突寸前だった生首を吹き飛ばした。
 どうにか床直撃の危機は回避されたが、別の問題が浮き彫りになってきた。
 もうすぐこの場は戦場となるだろう。
 ルーファスは自らの意思で逃げることができない!
 今の突風だってヘタをすればヤバかった。
 自由落下で激突場所に到達しようとしている生首に、さらなる危機が迫っていた。
 大きく的を外したツララがこっちに飛んでくる。
 避けることは不能!
 ルーファスは口いっぱいに空気を吸いこんでほっぺを膨らませた。
「ヨガファイア!」
 ブフォォォッ!
 口から火を吐いた生首。もう曲芸の域に達している。
 ツララの矢は炎によって溶かされたのだが――。
「あちぃっ、ちいっ、ひゃあっ前髪に!」
 引火。
 そして、ドゴッと顔面から床に激突した。
「……………(イタイ、もうヤダ)」
 特有の焦げ臭さが鼻をグギュ~っとさせた。
「ルーちゃんだいじょぶ!?」
 今までどこかに消えていたビビが駆け寄ってきた。
 生首を拾い上げて顔を自分に向けて、プッとビビは噴き出した。
「(前歯が抜けてる)」
「どうかした?」
「ぷっ……んぷ…な、なんでもないよ」
「そう?」
 不審な目でじとーっと相手を見つめながらも、本人は前歯が逃走したことに気づいていないようだ。
 とりあえずルーファスは別の話を切り出す。
「ところで今までどこに行ってたのさ?(ビビさえいれば床に激突せずに済んだかもしれないのに)」
 そして、歯も抜けずに済んだ。
「それが……みんなで甲子園を目指してたんだけど……ショックなことに野球部員がひとりもいなくって」
 なんの話だよ!
 とりあえずドゥラハンの剣のせいでみんなが混乱していることは間違いない。
 ドカーン!
 ゴゴゴゴゴゴッ!
 近くでなにやら騒音がする。そういえばここは戦場だった。
「とにかくここを離れよう」
 ルーファスが提案するとビビはうなずいた。
「うん」

 放課後の学院には普段から多くの生徒が残っているが、今日はとくに生徒が多い。
 その多くの生徒が体操着姿だった。
 ルーファスとビビはドゥラハンの剣を探して、メインスタジアムまで着ていた。
 多くの在校生および関係者がいるクラウス魔導学院は、それひとつで都市として完結している。グラウンドもスポーツごとに分れていたり、プロスポーツも行われるスタジアムも有している。
 メインスタジアムは通称ビッグエッグ。その名のとおり、エアドーム式全天候型スタジアムであり、つまり屋根付きドームである。
 明日の大運動会のメイン会場でもある。
 秋分の日に合わせて毎年開催されるクラウス魔導学院秋の大運動会。ちなみに学生の公募で決まった今年のスローガンは『』である。
 スタジアムのグラウンドでは競技の準備や予行練習が行われている。
 体操着姿の生徒が多い中、空色ドレスがふあふあと歩いているのが目についた。
「ローゼンクロイツ!」
 ルーファスが声をかけた。
 が、ローゼンクロイツはまったく気づかないようで、ふあふあと歩き続け雲をつかむような動作をしている。
「ローゼンクロイツ!」
 また声をかけたが、やっぱり気づいてもらえない。
「ちょっと近づいてくれる?」
 頼まれたビビはローゼンクロイツに近づきながら口を開けた。
「ローゼン!」
 やっぱり気づかない。続け様に呼びまくる。
「ローゼンクロイツ! ロックン! ロークン!」
「ん?(ふにゃ)」
 やっと振り向いた。
 そして、一瞥してすぐに顔を空に向けた。
「なんだルーファスか(ふあふあ)」
「呼んだのアタシだし!」
 ビビはスルー。抱えているルーファスの生首にも気づいたらしいが、驚かずに素っ気ない態度。
 自分がこんな目に遭っているのに素っ気なくされて、ルーファスちょっぴり寂しげ。
「いやいやいや、僕のこんな姿見て驚かない? ちょっとは驚こうよ」
「驚いたよ(ふあふあ)」
 表情一つ変えずの一言。まったく驚いているように見えない。
 そして、続け様に一言。
「さっきはね(ふにふに)」
 さっきとな?
 首がないので、首を傾げているつもりのルーファス。
「過去形?」
「胴体が水泳してるのを見たよ、服を着たまま(ふにふに)。普通、服は脱ぐよね、本当に驚いたよ(ふにふに)」
 驚くポイントがズレとる!
 そりゃ、服を着たまま水泳をしているひとがいたら驚く。なにごとかと思うだろう。でも、今はそこより重要なチャームポイントがあったハズだ。首がないっていう。
 ビビが身を乗り出す。
「どこで見たの?」
「あっち(ふに)」
 背を向けたローゼンクロイツにビビとルーファスは注目した。普通は指を差している方向を注目するだろう。けれど、今は背中がポイントなのだ。
 ルーファスはそれを見ながら尋ねる。
「背中についてるそれどうしたの?」
「ん?(ふにゃ)」
 ローゼンクロイツは肩越しに自分の背中を覗き込んだ。
「よく見えないな(ふにふに)」
 ローゼンクロイツ視線では、なんだか棒に先端のようなものが見える。
 よく見ようとローゼンクロイツは首を伸した。
 そして、自分の背中を追って犬のようにその場でグルグル回りはじめた。
 グルグル、グルグルグル、グルグルグルグル……。
 どんどんと回転スピードが増していく。
 グルルルルルルルルル!
 地面に穴を開けるドリルのように回りはじめた。
 ビビが止めようと近づく。
「ロークン……きゃっ!
 突風で身体が押し戻され、砂煙に目つぶしをされた。
 さらに回転は早くなり、やがてそれはトルネードを起こし、風が吹き荒れ、豪雨を撒き散らし、雷鳴を轟かせた。
 明日の準備をしていた生徒たちが次々と吹っ飛ばされていく。
 クラウス魔導学院に発令されたトルネード警報は、やがて王都全土にまで広がった。
 ああ、このままでは明日の大運動会は中止だ。
 みんなこの日のために汗水垂らしてがんばってきたというのに。天才だけに天災のローゼンクロイツのせいで中止になるとは、だれが予想しただろうか。天災とはそういうものだ。
 嵐の吹き荒れるびしょびしょのグラウンドで、だれかが四つん這いになってうなだれていた。
 うなだれすぎて首がない。
 いや、首がないのは彼がドゥラハンだからだ。
 彼は泣いていた。首はないけど、まるでその姿は悲しさに打ちひしがれているようだった。濡れたグラウンドは彼の流した涙のようだった。
 明日の大運動会が中止になる!
 スポーツ大好きのドゥラハンにとって、どれがどんなに悲しいことか!
 そうだすべての元凶はローゼンクロイツだ。ヤツのせいで明日の大運動会は……ヤツさえ、ヤツさえいなければ……とドゥラハンの剣が思ったか別として、首なし胴体がローゼンクロイツに果敢にも斬りかかった。
 嵐が止んだ。
 背中に手を伸したローゼンクロイツ。
 ガシィィィン!
 振り下ろされた刃が受け止められた。受け止めたのはローゼンクロイツの背中にひっついていた鞘だ。ローゼンクロイツの背中には鞘が張り付いていたのだ。
 そう、その鞘こそドゥラハンの剣の鞘に間違いない!
 片手に持った鞘で刃を受けているローゼンクロイツ。その表情はいつもと変わらず無表情。
 攻撃を仕掛けている首なし胴体は剣を持つ腕から全身を震わせている。
 一見して物理的な戦い見えるが、これは魔力による攻防だ。防御は物理的な強度に魔力がプラスされ、攻撃力もそれに同じ。
 ローゼンクロイツのエメラルドグリーンの瞳に五芒星が浮かびあがる。
 鞘が大きく振られ、払われた剣が首なし胴体の手から離れた。
 回転しながら後方に飛んでいくドゥラハンの剣。
 そして、どこからともなく流れてきた軽快な音楽。なんだか走り出したくなるような音楽だ。
「よ~い、ドン!」
 と、だれかのかけ声と共にピストルが撃たれ、走者が一斉に走り出した。
 走り出した?
 わけのわからないうちにはじまった徒競走。おそらくドゥラハンの見せる幻影に生徒たちが魅せられたのだ。
 きょとんとするビビとルーファス。
 そこへローゼンクロイツがふあふあとやってきた。
「ドゥラハンは?」
 尋ねたルーファスにローゼンクロイツが答える。
「はい(ふに)」
 と、差し出した鞘。
 これが答え?
 ルーファスは受け取れないのでビビが受け取った。
「なぁにコレ?」
「早く走りはじめないとビリだよ(ふあふあ)」
 走る?
 ビリ?
 徒競走?
 いいえ、バトンリレーです。
 トラックを走る生徒たちに混じって首なし胴体が猛スピードで走っていた。向かうゴールにはドゥラハンの剣が落ちている。その手から離れてもなお、胴体は魔剣に操られているのだ。
「ビビ早く剣を! この鞘で封印しないと被害が!」
 ルーファスが叫ぶ。
 もちろん走らされるのはビビ。
「めんどくさぁ~い」
「そんなこと言わないで!」
 泣くように叫ぶルーファス。
 そこへローゼンクロイツが口を挟む。
「まずは剣を封印して呪いを弱めることだね(ふにふに)。そうすれば身体が勝手に操られることもないだろうから(ふに)」
「そこで妾の出番だ!」
 ババーンと爆乳を揺らしながら突然あらわれたカーシャ。
「この妾の開発した何でもくっつける接着剤で首と胴をくっつけて万事解決だ、ふふ」
 胸の谷間に手を突っ込んで接着剤が取り出された。
 ルーファスは驚いたようだ。
「カーシャ? うん、助かったよ(このままだったどうしようかと思ってた)」
「という接着剤を今なら格安の5000ラウルで売ってやろう」
 商売か!
 しかも5000ラウルってどこかで聞き覚えが……?
 ビビが尋ねる。
「それでファウスト先生に借金返すぉ?」
「いや、ボーリング大会の打ち上げの飲み代に使おうと思っておるのだ(ご近所さん対抗と言っても一切、手は抜かん。優勝間違いなし、ふふっ)」
 返さないのかよ! 飲み代かよ! しかもご近所付き合いをしてるなんて意外だ!
「5000ラウルは高いよ」
 渋そうな顔でルーファスがぼやく。
 意地悪るそうな笑みを浮かべたカーシャ、接着剤を高い高~いする。
「ほれほれ、これが欲しいのであろう? 今なら超特価の5000ラウルから、さらに値上がりして8000、いや10000ラウルでどうだ?」
 値上がってるし!
 ピンチのルーファスの足下を見るなんてヒドイ!
 今は足もないけど!
 こんなやりとりで時間を浪費して消費している間に、ドゥラハンは今!?
 前方にいたハズだったのに、いつの間にか後方だ!
 しかも剣を手にしている!
 ブンブンしている!
 バトンリレーなのに、バトンを渡せず走り続けているのだ。
 ブンブンブンブン!
 地鳴りを鳴らすような走りで迫ってくる。
 ビビは瞳を丸くして逃げ腰になった。
「いや、来ないでってば!」
 生首を盾にしてガードする。
 が、盾はまったくの役立たず。声をあげて戸惑うばかり。
「うわっ、こっちにくるよ!」
 首なし胴体は剣を槍のように突き出し突進してくる。それは攻撃というより、バトンを渡す体勢だった。
 そして、逃げるビビも後ろを振り向きながら走っているので、まるでバトンを受け取るような体勢。
 そう、これはまさしくバトンリレー!
 ひとからひとへ、バトンに思いを乗せて運ぶ。
 いつの間にかスタジアムを埋め尽くす観客たち。
 声援が飛び交い、合唱となり、感動が渦巻きはじめた。
 バトンは走者だけの思いを乗せてるんじゃない。ここにいる全員の想いを乗せているのだ!
 もう少し、もう少しでバトンの先がビビの手に届く。
 って、バトンの先って切っ先だし!
「受け取れるわけないじゃん!」
 大声でビビがツッコミ手をさっと引いた瞬間、首なしの心が折れた。
 ドゥラハンの剣が手から滑り落ちる。
 スタジアムに響き渡る悲鳴の怒号。
 首なしは気づいた。まだだ、まだ終わっちゃいない。バント拾い上げ、もう一度――。
 と、腰をかがめて剣を拾おうとして、壮大に素っ転んだ!
 ビビの背中にダイビーング!
 まるでスローモーション。
 走馬燈のように蘇る記憶。
 ――立て、立つんだジョー!
「「ジョーじゃないし!」」
 ルーファス&ビビのダブルツッコミが炸裂した瞬間、ドカンと一発大転倒。ルーファスとビビを巻き込んで、大車輪のように地面を転がり回った。
 グルグル転がる生首。
「ぎゃぁぁぁぁ~っ!(目が回るぅぅううっ)」
 地面に放り出されたように倒れ込んだビビが、眉尻を下げてゆっくり立ち上がった。
「いった~い。ひざすりむいたぁー」
 うるうる瞳のビビちゃん。
 胴体と生首は?
「あ、間違えた」
 だれかがボソッとつぶやいた。
 声のしたほうに目を向けると、カーシャの傍らでルーファスが立ち上がろうとしていた。
 ルーファスのシルエット。
 そこにはなんと首がある!
 カーシャが手に持っているのはアノ接着剤。
 ふあふあしているローゼンクロイツが、何気なぁ~くドゥラハンの剣を鞘に収めていた。
 ついに一件落着か!?
 ルーファスの首も元通りに、元通り……に?
 ビビが苦笑いをした。
「ルーちゃん……」
 そして、あからさまにイヤそうな顔をした。
「キッモ~イ!」
 新たな変態魔獣誕生の瞬間だった。
 首が逆さま!
 顔が背中から見える。
「キモイとか言わないでよ。どうしてくれるんだよカーシャ!」
 涙目でカーシャに詰めよつもりが、逆方向に爆走。本人的にはカーシャに向かっているつもり。
 どてっ。
 身体のバランスが取れずにコケた。
 立ち上がろうとジタバツするルーファスの顔を、真上からローゼンクロイツが覗き込んだ。
「切り離すものが必要なら貸すよ?」
 差し出されたのは鞘に収まっているドゥラハンの剣。
 恐怖に歪んだ表情で眼を剥いたルーファス。
 無表情な目をして、ローゼンクロイツは口もとに不気味な笑みを浮かべた。
 果たしてルーファスのその運命はッ!?


魔導士ルーファス専用掲示板【別窓】
■ サイトトップ > ノベル > 魔導士ルーファス > 第19話_首ちょんぱにっく ▲ページトップ