第1話_マ界のマの字はオカマのマ

《1》

 人間が住んでいるガイアには魔導三大国が存在する。
 ガイア聖教の総本山がある聖都アーク、蛇神レザービトゥルドの伝説が有名な古都メミス、そして近年になって三番手に躍り出たのが魔導産業国アステアだ。
 白銀の羽毛に包まれた優雅な翼を広げ、ホワイトドラゴン〝ヴァッファート〟が地平線まで伸びるシーマス運河の上空を飛空していた。
 丘の上に聳え建つアステア城が見下ろす王都アステア。
 ヴァッファートの羽根が、市場で活気付く中央広場に舞い落ちた。
 広場の前に建てられた天突くシルヴィーノ大聖堂を一周し、ヴァッファートは石畳が敷き詰められたメインロードの上空を優雅に舞った。
 魔導産業国と名高い王都アステアは治安もよく、裕福な階層が多く住み、魔導関係の仕事についている者も多い。
 中央広場近くは石造りの家が主流で、三角屋根を乗せた三、四階の建物が目に付く。
 ヴァッファートが東居住区に翼をはためかせると、庭付きの平屋や二階建ての建物が多く見られるようになる。
 町を一周したヴァッファートは、グラーシュ山脈の奥深くにある住処へと戻って行った。
 その途中、舞い落ちた羽根がとある若者の手に乗った。
「あれぇ、雪かなぁ」
 魔導衣(まどうい)を着た若者は、グルグル眼鏡の奥から青空を見上げ、不思議な顔をしてからクラウス魔導学院に入って行った。
 クラウス魔導学院はアステア王国が世界に誇る魔導学校だ。
 在籍期間は六年間、人間がストレートで入学卒業できたら、だいたい十二歳~十八歳の年齢となる。が、外国からの留学生や、人間以外の種族も在籍しているために、年齢の幅は多岐に渡っている。
 今日も学院はいつもと変わらず、生徒の悲鳴や爆発音、廊下で攻撃魔法をぶっ放すアホ教師の姿が見受けられた。
 そんなこんなであっという間に放課後になり、ルーファスは追試のために召喚実習室に呼び出されていた。
「ルーファス、遅いぞ!」
 黒魔導教員ファウストの一喝がいきなり飛んできた。ネチっこい声がいつまでの耳に残る。
「ごめんなさぁ~い、ファウスト先生ぇ(カーシャがいきなりホワイトブレスなんか撃つんだもん)」
 謝りながらルーファスは一本に束ねた長髪頭を掻いた。灰色がかったアイボリーの髪の間から壁の破片が落ちた。どうやら何かの爆発に巻き込まれたらしい。
 ため息を漏らしたファウストは、魔導具がジャラジャラ付いた身体を翻し、気を取り直して実習室の奥に入って行った。
 これから行う追試は悪魔の召喚だ。決められた悪魔を召喚して、使役することができれば合格となる。
 慣れた手つきでルーファスは準備を終え、あとは呪文を唱えるだけとなった。とてもスムーズで、追試を受けている者とは思えない手際の良さだ。
 ファウストは腕組みをしながら厳しい顔で見守っている。
「もういい加減、魔導書を見ずとも呪文を覚えただろう?(これで何度目の追試だったか……)」
「いいえ、あのぉ、魔導書見ながらやります」
「……よかろう(こんな出来の悪い生徒がなぜ入学できたのだ? ルーファスもかれこれ四年生か、よく退学にならずにもったものだ)」
 ファウストは長い前髪を掻き上げながら頭を抱えた。
 お香を焚いたルーファスは魔法陣の前に立ち、グルグル眼鏡を魔導書にくっつけながら、絶対に一字一句間違えないように詠みはじめた。
「コホン、ええっと……(この文字なんて読むんだったっけ?)」
 しょっぱなから行き詰るルーファス。先が思いやられる。
 それでもなんとか、最後の一句まで無事に詠み終わり、気合を入れてルーファスが叫ぶ。
「――出でよ、インぶはっ!?」
 鼻血ブー!
 突如、魔法陣から飛び出した影に膝蹴りを喰らい、ルーファスは鼻血ブーしながら転倒した。
 仰向けに倒れたルーファスの視線に入る美脚。その上には可愛らしい女の子(ルーファス主観)の顔があった。
 謎の女の子は慌てた様子でルーファスの鼻血をハンカチで拭いた。
「大丈夫ですかぁ、ごめんなぁい。損害賠償はさせていただきますから、あとでウチの執事と話し合ってくださぁい(ったく、なんで〈ゲート〉を出た途端に人とぶつかんなきゃいけないわけ)」
 ブリッコな言動と裏腹の心の声――ユーリだった。
 すべてを見ていたファウストは眉間にシワを寄せている。
「ルーファス、失敗だ。これで何度の目の追試だと思っているのだ!」
「ご、ごごごごご、ごめんなさぁ~い」
 ルーファスは瞬時に正座して心の底から謝った。
 この状況を観察していたユーリはすぐに事情を飲み込んだ。
「(オーデンブルグ家の家訓その一――恩は売れるだけ売っとけ)あのぉ、追試試験に失敗したのはこの人のせいじゃないんですぅ、アタシのせいなんですぅ」
 ユーリはキラキラな瞳でファウストに直談判した。
 上目遣いで見つめるなんちゃって美少女を前に、ファウストは顔色一つ変えなかった。
「私に媚を売っても無駄だぞ。正当な理由があるのならば聞くが、それ以外ならば即却下だ」
 ユーリは輝く瞳攻撃をなかったことにして、真面目な優等生の顔を作った。
「実はわたくし、悪い奴らに追われておりまして、その途中でたまたま〈ゲート〉の歪みを見つけ、本来召喚されるはずだった者の横は入りをさせていただき、ワームホールに飛び込んだところ、こちらへ出てしまったわけです(ウソだけど)」
 ウソかよ!
 その話を聞いたルーファスの眼鏡レンズが輝いた。
「ファウスト先生聞きました? これって前回と前々回の追試と同じパターンですよね。僕に過失がないなら、これって無効ですよね、ね、ね?」
「うむ、たしかにビビの一件と同じだが、さすがに何度も見逃すわけにもいくまい」
「そんなぁ、そこをどーにかこーにかなりませんかぁ?(まだ一学期も終わってないのに赤点なんか取れないよぉ)」
 ルーファスは鼻水をすすりながら今にも泣きそうだ。でもファウストは眉間にシワを寄せたまま無言。
 いきなりルーファスの後頭部がわしづかみされ、一気におでこを石床にゴン!
「このへっぽこもこんなに謝ってるんです、許してあげてもらえませんか?」
 無理やりルーファスに土下座させたのはユーリだった。
 もちろん慈善活動でユーリはルーファスを助けてるんじゃない。
 ――恩は売れるだけ売っとけ!
 そして、ユーリはこの世界で、とにかくなんでもいいから、さっさとコネクションを作るつもりだった。なんでもよくなきゃ、こんな情けないルーファスなんか眼中にない。
 実はユーリ、魔界ハーデスに居づらくなって逃亡して来たのだ。その理由とは、元彼に男だって学校中にバラされ、ネットの匿名掲示板にまで書かれてしまった。もうユーリちゃん絶望だった。
 バラされる前に金で解決しようともしたが、元彼の意思は頑固オヤジのように固く、最後は暗殺まで目論んだがすべて失敗。そこでユーリは一つ大きなことを学んだのだった。
 ――世の中、金の力でもどうにもならないことってあるのね、テヘッ♪
 そんなわけで、コッチの世界に知り合いゼロ、これから行く宛もないユーリは、誰かの助けを借りなきゃ生きていけないのだ。温室育ちだから。
 ユーリはルーファスの頭を持ち上げ、もういっちょ床にゴン!
「へっぽこが血の涙を流して謝ってるんです。どうか、どうか恩情を!」
 血の涙ではなく、単なる激突による出血だったりする。
 ここでついにファウストが折れた。
「よかろう、ただし今回は条件をつけるぞ。この契約書にサインしてもらおう」
 でたーっ!
 知らない人のために説明しよう!
 黒魔導使いファウストの悪魔の契約書。
 生徒や教員の間では知らぬ者がいない契約書だ。この契約書の効果は絶大で、契約を破った者は地獄の果てまで命を狙われるハメになる。この学院のとある爆乳教師も、ファウストに借金をしているため、いつも顔を遭わせるたびに生死を賭けた戦い繰り広げているのだ。
 それを知っているルーファスがサインするハズがない。
「(死んだほうがマシっていうか、赤点でいいや)」
 と、思ったのだが、手が勝手に……まさかオカルト業界で有名な自動筆記というやつかっ!
 違った。
 ユーリが二人羽織り状態でルーファスの手を動かし、勝手に契約書にサインしていた。
「さっきルーファスって呼ばれてましたよね、綴りこれで合ってますか?」
「あ、合ってるけど……じゃないよ、なに勝手にサインしてるの」
 ルーファスの名前が書かれた契約書をファウストが拾い上げた。
「契約成立だ。ルーファス、契約を破ったときは……覚悟しておけ、クククッ」
 魔導具をジャラジャラ言わせながらファウストは闇の奥へと姿を消した。
「今の無効だし、クーリングオフしますオフ! ちょっと君からも何か言っ……いないし!」
 ユーリはルーファス独りを残してとっくに姿を消していた。
 ルーファスショック!

《2》

 とりあえずルーファスに恩を売ったが、あんまり役に立ちそうもなかったので、ユーリは別のコネクションを探しに学院を散歩した。
 放課後ということもあって、すれ違う生徒の数は少ない。制服はないようで、みんな自由な格好をしているために、ユーリが歩いていても誰も目に留めなかった。
 大きな中庭に出たユーリは空を見上げた。
「……綺麗、これが青空なんだぁ」
 羊雲がプカプカお空を飛んでいた。それははじめてユーリが見た青空だった。魔界ハーデスには夕焼けと夜空しか存在していないのだ。
 ユーリがぼーっと空を眺めていると、ふわふわした声が掛けられた。
「空が好きなのかい?(ふにふに)」
 中性的な声だった。
 驚いてユーリは眼を丸くした。
「神!」
 ユーリの眼に映ったのは、空色ドレスの麗人。ショートカットの空色の髪の毛、エメラルドグリーンに輝く瞳、お人形さんのような顔は中性的で可憐だった。
 とってもよくユーリはこの空色ドレスさんを知っていた。
「ローゼンクロイツ様ですよね!(まさか、こんな偏狭の地でお逢いできるなんて、アタシって幸せ~)」
「そうだよ(ふにふに)」
「ローゼンクロイツ様もここの生徒なのですか?」
「うん(ふにふに)」
「(ということは、ここはノースのアステア王国。たしかローゼンクロイツ様の通われている学校の名前はクラウス魔導学院だったハズ)」
 ノースとは人間たちの言葉でいうところのガイアである。ガイアとは人間たちが住んでいる世界の名。けれど、他の世界の住人から見れば、ガイアとは全ての世界を示す言葉であり、人間たちの住む世界はノースと区別して呼ばれている。
 ユーリはローゼンクロイツの手を取って、ガシッと胸の前で握った。
「弟子にしてください?」
「ん?(ふにゅ)」
「アタシ、ローゼンクロイツ様のファンなんです。ファンクラブだっていくつも掛け持ちしてますし、ネットでの情報収集も欠かしません!」
「……ふ~ん(ふあふあ)」
 まったく興味なし!
 冷たい態度というより、心ここにあらず状態だった。魂が常に離脱している。
 ユーリは決意を固めていた。
「(向うには帰れないし、ここの学校に編入してみせる。そう、すべて崇高なローゼンクロイツ様のため!)」
 よっし、と拳を握ってユーリが辺りを見回すと――いないし!
 いつの間にかロークロイツの姿が消えていた。
 慌ててユーリは走り出した。
「もぉ(もっと親睦を深めて綺麗になれるコツとか教えてもらいたかったのにぃ)」
 学院中を走り回っていたユーリが廊下を曲がろうとしたとき、ぼよよ~ん♪
 弾力のある二つのボールにユーリが顔面ダイブして、そのまま反動で後ろに吹き飛ばされて尻餅をついた。
「イタタ……(ったく、どこ見てんのよ、このオバさん!)」
 そこには爆乳の美女が立っていた。ユーリが当たったのはボールではなくソレだった。
 オバさんと呼ぶには美しい大人の妖女。光り輝く長い黒髪、雪よりも白い肌、血のように紅い唇、ボディラインを強調したドレスは、胸の谷間に武器を仕込めそうだった。
 むしろ爆乳が武器!
 氷の女王のような冷たい瞳で、妖艶な女は尻餅をついているユーリ見下していた。
「お前、ここの生徒ではないな?」
 いきなりバレた!
 だが、ユーリは慌てず騒がず、何気なく立ち上がってスマイル炸裂。
「あはは、ここの生徒ですよぉ。ここって生徒数が二千人以上いるから、アタシなんかの顔を覚えてないの当然ですよぉ、あはははは」
 妖女はユーリの胸倉を掴んで、自分の顔にグッと近づけた。
「嘘をつくでない。お前のような特殊な人種を妾が嗅ぎ分けられぬとでも思っておるのか?」
 ユーリの見た目は人間と変わらないが、実際はヒト型系の魔族。こんなにあっさり見破られるとは、おそらくこの妖女はこの学院の教員だ。
 が、この妖女の次の言葉はユーリにとって予想外だった。
「お前からはローゼンクロイツと同じ臭いがする……男だな?」
「っ!」
 それに関しては絶対見破られない自信があっただけに、もう言葉も詰まって出てこなかった。
 ちなみにローゼンクロイツも女装っ娘である。だからユーリに神と呼ばれたのだ。
 まさかの出来事にユーリは床に両手をついてうなだれた。
「……ありえない(最大のヒミツを握られるなんて、オーデンブルグ家の家訓その二――弱みは握っても握られるな)」
 ショックを受けるユーリを見ながら、この妖女はあることを悟って艶笑した。
「ふふふっ、どうやら人に知られたくない秘密だったらしいな(秘密は暴くためにある、ふふっ)」
 落ち込んでいてもはじまらない、ユーリはシャキッと立ち上がった。
「示談で解決しましょう。いくら払えば記憶から抹消してくれますか?(このヒミツだけは何としても隠さなきゃ。また逃亡しなきゃいけなくなる)」
「金で解決だと? そんなことをしたらつまらないではないか。ふふふっ、これからお前は一生妾の奴隷となるがよい」
「(コロスしかない!)」
 胸に灯る邪悪な炎。
 どこか人目の付かない場所に誘導するか、独りになったところを闇討ちするか、とにかく殺(や)るしかないとユーリは誓った。
 そんなところへ元気いっぱいの声が飛び込んできた。
「やっほーカーシャ♪」
 桃色ツインテールがぴょんぴょん跳ねてやって来る。パンクファッションの可愛らしい女の子だった。もちろん厚底は一〇センチ以上だ。
 カーシャと呼ばれた妖女はつまらなそうな顔をして返事を返す。
「うむ、ビビか。まだ帰っていなかったのか?(こいつ一年三六六日、いつ会っても元気だな)」
「うん、ルーちゃん探してるんだけど、どこにもいなくって(追試だって聞いたから、ずっと待ってたのにぃ)」
「ルーファスならとっくに帰ったのではないか?(それかまた召喚に失敗してトラブルに巻き込まれたか……ふふっ、そこまでヤツもへっぽこではないか)」
 そこまでへっぽこでした、ごめんなさい!
 見事に失敗して今ここにいるユーリちゃんを呼び出してくれちゃいました、ごめんなさい!
 ビビは拗ねたようにほっぺを丸くした。
「もぉ、ルーちゃんったら、放課後一緒にメルティラヴの新作チョコケーキを食べようって約束したのにぃ」
 ユーリの眼がキラーンと光って、ビビの手を強く握り締めた。
「アタシと一緒に食べに行きましょう! アタシ、チョコレートが好きなんです」
「ホントぉ? うんうん、じゃ一緒に行こう♪」
「そのあとは夜の街をデートして、疲れたらホテルに直行しましょう!」
「え、えええ?(なに言ってるんだろうこの子?)」
「はじめて見たときから好きでした、付き合ってください!(あーついに言ってしまった)」
「えーっ」
 ビビは目をまん丸にして口もまん丸に開けた。
 慌ててビビは握られていたユーリの手を振り払った。
「ええっと、好意は嬉しんだけどぉ……あたしノーマルだし、そっち系の趣味はないかなぁっていうか、好き人がいるんでごめんなさい!」
 ビビ逃亡!
 走って逃げるビビは、廊下の先にいたとある人物を見て、アッとした顔をしたが、そのままユーリから逃げるために消えてしまった。
 フラれて落ち込むユーリを見つめるカーシャの目は疑問に満ちていた。
「お前、女が好きなのか?(女装を知られたくないということは、てっきりローゼンクロイツと違って男が好きなのだと思ったが……)」
「……ノーコメント(アタシにもわからない、前に付き合っていたの男子だったし、でもそうなんじゃないかぁって思ってたりして……だから元彼のこと好きじゃないって気づいて別れたんだけど)」
 ユーリの頭は混乱していた。
 桃色ツインテールのビビを一目見たときから、胸がドキドキしてテンションが上がってしまった。
 床に両手をついて落ち込んでいるユーリの肩に、ポンと誰かの手が乗せられた。
「大丈夫、どうしたの?」
 ユーリが顔を上げると、そこにいたのはルーファスだった。
「君のこと探したんだよぉ、いきなりどこかに消えちゃうし大変だったんだから(結局ファウスト先生には契約無効にしてもらえなかったし)」
 ルーファスはユーリに手を差し伸べたが、その手を借りずにユーリは立ち上がった。
「大丈夫です、ちょっと持病の貧血に襲われただけですから(ウソだけど)」
「本当に大丈夫なの?」
「はい、もう大丈夫です。心配してくださってありがとうございます。それよりも、アタシのこと探していたんですよね?」
「そうそう、ファウスト先生にさ、『自分で呼び出した悪魔は自分で面倒を見ろ。さもなくば赤点決定だ!』って言われちゃってさ(今のモノマネなかなかイケてたなぁ)」
「そうですか(こっちに知り合いもないし、しょうがないからこいつの世話になるしかなさそう)」
 ルーファスに顔を背けたユーリはあからさまに嫌そうな顔をしたのだった。

《3》

 ルーファスに保護されたユーリ。
 互いに簡単な自己紹介を済ませて、とりあえず学院近くの飲食店にでも行こうということになった。
 ユーリはルーファスの背中を追いながら考え事していた。
「(さっきのビビちゃんが約束してたのって、この〝ルーファス〟だったのかな。でも目の前にいる〝ルーファス〟は約束なんてしてないようすだし、もしかして忘れてるだけ?)」
 ルーファスは難しい顔をしていた。
「(なにか大切な約束があったような気がするけど……覚えてないってことは、忘れてもよかったことなのかな)」
 ええ、すっかりルーファスはビビとの約束を忘れてます!
 だが、ここでルーファスは思い出した!
「そうだ、ローゼンクロイツに用事があったんだ」
 そっちかい!
 ビビとの約束は忘却の彼方だった。
 ルーファスの口からその名を聞いて、ユーリは瞳を大きくビックリ仰天。
「ローゼンクロイツ様とお知り合いなんですか?(まさか、こんな凡人以下の人間と?)」
「うん、生まれたときからの幼馴染だよ(あれ、ローゼンクロイツのこと知ってるんだ?)」
「はぁ」
 思わず素が出た。ですます口調の仮面がもろくも崩れ落ちた。
 すぐにユーリは仮面を被り直した。
「ええと、幼馴染とはどの程度のレベルのでしょうか?(ありえない、幼馴染だなんて、憧れのシチュエーションじゃない!)」
「ローゼンクロイツが孤児なのは知ってる?」
「はい、こちらの暦だとアルティエル暦982年1月1日生まれ15歳、血液型はAB型。とある修道女に拾われ、ケルトン魔導幼稚園卒、アルカナ学園卒、今はクラウス魔導学院に通う四年生です。ネットではファンクラブも存在していて、最大のファンクラブは薔薇十字団、もちろんアタシも入会してます!」
「あ、く、詳しいね(この子もローゼンクロイツのストーカーなのかな。薔薇十字団って二年生のアインが立ち上げたんだったよなぁ)」
「はい、ローゼンクロイツ様は神ですから!(ああ、そんな神と同じ学院内にいるなんて)」
 ルーファスは苦笑いを浮かべながら話を戻すことにした。
「実はさ、ローゼンクロイツを拾ったのは私の母だったんだ。それで私とローゼンクロイツは幼いころは一緒に育てられたんだ」
「一緒に入浴もしたんですか?」
「小さいころはよく入ったよ、今は絶対にないけど(ローゼンクロイツはそっち系じゃないけど、それでも一緒にお風呂に入るのはちょっとなぁ)」
「あはは、そうなんですか(コロス、ローゼンクロイツ様の裸体を見ただなんて、その眼を抉ってカラスのエサにしてやる。……嗚呼、でもローゼンクロイツの裸を見られるなんて……)」
 ユーリの鼻からツーッと赤い液体が伸びた。
「大丈夫、鼻血出てるよ?」
「えっ、だ、大丈夫です。持病でたまに鼻血が出てしまうんです(ウソだけど)」
 慌ててユーリはティッシュで鼻血を拭いた。
 ルーファスは心配そうな顔をしてユーリを見つめている。
「本当に大丈夫? さっきは貧血で今度は鼻血で、あまりムリしちゃダメだよ。私にできることがあるなら、なんでも言ってね?」
 ――なんでも言ってね。
 そのフレーズを耳にしたユーリは微かに笑った。邪悪な笑みだ。
 急にユーリはルーファスの胸に飛び込んだ。
「本当になんでも言っていいの?」
 ユーリは潤んだ瞳で甘えた表情を作ってルーファの顔を覗き込んだ。
 生唾を飲み込んだ音がした。
「ぼ、僕にできることならなんでもするよ」
「じゃあ、アタシのために死んで♪」
「できるかーっ!」
 ルーファスは思いっきりユーリを突き飛ばした。
 ユーリショック!
 ここ最近ショックなことが多すぎる。
 しかも、今回のショックはユーリに絶望の烙印を押し付けた。
「……ありえない(絶対に〈魅了〉の力を使ったハズなのに、ビビちゃんを落とせなかったときから、まさかと思ってたけど……アタシただの人になっちゃった)」
 床に両手をついて落ち込んでいるユーリを心配そうにルーファスは見ていた。
「押しちゃってごめんね、大丈夫だった?」
「大丈夫じゃない」
「えっ、どこかケガしちゃった?」
「……違う(サキュバスが〈魅了〉の力を失ったら、なにが残るっていうの?)」
 サキュバスは夜魔(やま)系の魔族である。妖艶な種族として知られ、生まれたときから他を〈魅了〉する力を持つ。〈魅了〉とはつまり、他を自分に惚れさせ、思うが侭に操る一種の魔法だ。
 その力をユーリは失ったのだ。
「ありえない、ありえない……アタシは……(落ち着けアタシ、アタシはユーリ・シャルル・ドゥ・オーデンブルグ、超大金持ちのオーデンブルグ家の長女。そうだ、まだアタシには金という世界を動かせるツールを持っている!)」
 急に元気を取り戻したユーリはビシッと立ち上がって、ポケットからサイフを取り出そうとした。
「愚民ども、この黒く輝くクレジットカードを……っない」
 サイフがない!
 ユーリショック
 あまりの絶望にユーリは廊下で野垂れ死んだ。
 ずっとユーリを身も守っていたルーファスは難しい顔をしている。
「(この子、頭イタイ子じゃないのか……)」
 元気になったり、落ち込んだり、一連の行動は他人から見ると奇行だった。
 ここでルーファスはハッとした。
「まさか……(僕が押し飛ばした拍子に頭を打って、頭が可笑しくなった)」
 ルーファスショック!
 慌てふためくルーファスはユーリを抱きかかえた。
「起きて、死なないで、僕を殺人犯にしないでーっ!」
「あはは、もういっそのこと殺して……」
 ユーリは死ぬ気満々だった。
 前の学校に居られなくなって逃避行。知らない土地で無一文。頼れるのはルーファスだけ。
 頼りにならないよ!
 絶望だった。
 ユーリは眼をつぶって幼いころの記憶を辿った。
 優しかったお兄様。家族の中で唯一ユーリに理解を示してたお兄様。
「(嗚呼、お兄様……貴方は今どこで何をしておられるのでしょうか。貴方だったら、今のアタシにどんな優しい言葉を……抱きしめて欲しい、愛して欲しい、お兄様に逢いたい)」
 ユーリの記憶、優しくしてくれた長男のアーヤは、幼いころに旅に出てしまって、今でも行方不明のまま。回想に出てくるお兄様の顔は、いつものっぺらぼうで顔が思い出せない。こんなにも想っているのに、お兄様の顔がどうしても思い出せなった。
「(ったく、クソ兄貴の顔は思い出せるのに)」
 次男のクソ兄貴の顔を思い出したユーリは、ついでに数々の嫌がらせされたことを思い出し、頭に血が上ってくると身体のそこから力が湧いてきた。
「(なんか腹立ってきたら生きる希望がでてきた。オーデンブルグ家の家訓その三――金がないなら自分で稼げ)」
 ついにユーリは復活した。
「よし、まずは(ローゼンクロイツ様の友達になって、ビビちゃんとも仲良くなって、サキュバスの力も取り戻して、新しい生活をはじめるために住む場所とお金、なにかぼろ儲けできる商売もはじめなきゃ。代々商人のオーデンブルグ家の末っ子を舐めるんじゃないわよ!)」
 ユーリはルーファスの瞳を見つめ、可愛らしい顔でお願いの猫なで声を出した。
「あのぉ、アタシこの学院に編入したいんですぅ」
「はい?」
「実は……アタシのお父様は偉大な魔導士なのですが、その父が病で床に伏せていまして、もう長くないらしいんです」
「それは……お気の毒に(そんな辛いことを背負っていたなんて)」
「それでお父様はアタシにも偉大な魔導士になって欲しいと……アタシ、だから絶対に立派な魔導士にならなきゃいけないんです。ノースでも名高いクラウス魔導学院を卒業したら、きっとお父様も喜んでくれるはずなんです!(まあ、全部ウソだけど)」
 ウソかよ!
 ユーリの熱演にまんまとルーファスは騙された。しかも、感動してグルグル眼鏡の奥で涙を流している。
「わかった、どうにかするよ。本当は簡単に編入できないけど、きっとカーシャならどうにかしてくれるよ。さあ、行こう!」
 ルーファスはユーリの腕を無理やり引っ張って歩き出した。
 作戦の第一段階は成功したのだが、ユーリはとっても不安をだった。
「(カーシャって、さっきあったオバさんだよね……ルーファスと再会したときには、いつの間にか姿消してたし。あんまり信用できない)」
 それでもとりあえず行くしかなかった。

《4》

> クラウス魔導学院にあるカーシャの研究室。というか、個人的な部屋。
 ロウソクの明かりだけの薄暗い部屋で、カーシャはピンクの湯のみで茶を飲んでいた。
「で、妾に何の用だ?(こいつの方から妾を尋ねて来るとはな)」
 カーシャの黒瞳が見据えているのはユーリだった。
「どんな非合法なことでも困ったことがあれば、ここの生徒はカーシャ先生に相談に来るとルーファスに聞いてきました」
 ルーファスはユーリの横でうなずいた。
「そうなんだ、ちょっと難しいお願いなんだけど、カーシャだったらどうにかできるかなぁって」
「妾に不可能なことはない。言うてみろ」
 自信満々にカーシャは爆乳を揺らした。
 まずはこのお願いからユーリはすることにした。
「この学校に編入できないでしょうか?」
「ほぉ、名門クラウス魔導学院に編入か……妾の力を持ってすれば偽造文書など簡単にできるが、いくら出す?」
 悪徳商売だった。
 もちろんユーリは一文無しだ。
 ユーリは横目でルーファスを見て、肘で彼の脇を突付いた。
「私が払うの? ムリだよ、私だって今月は苦しんだから(来月の仕送りまでまだあるなぁ)」
「元はといえば、ルーファスがこの世界にアタシを召喚したんですよ。ちゃんと責任を取ってもらわないと困ります、損害賠償請求の申し立てしますよ?」
「そ、それは……(ユーリが勝手に召喚の邪魔したんじゃ……でもやっぱり僕のせいなのかなぁ)」
 二人の会話を聞いていたカーシャは鼻で笑った。
「ふふっ(またルーファスのヤツ、召喚を失敗しおったのか。今月に入ってルーファスが失敗した召喚は、妾が知る限りでも五回はあるな。みな騒動になったお陰で妾は退屈せんで済んだがな……さすがへっぽこ魔導士、ふふっ)」
 一回目、新年度はじめの実技テスト。
 二回目、その追試でビビを召喚する。
 三回目、再追試で失敗しないために練習中、異界の魔物を呼び出してしまう。
 四回目、再追試でビビの母親を召喚する。
 五回目、再々追試でユーリを召喚する。
 ちなみに全部、不慮の事故が原因で失敗している。
 カーシャは生徒の間でも有名な四次元胸の谷間からせんべえを出し、ポリポリしながらあっさりさっぱり簡単に返事を出した。
「わかった、金は後払いでもよい。編入の手続きをしてやろう」
「本当ですか?」
 ユーリは身を乗り出して飛び上がった。
「本当だ。ただしそちらが約束を破るようなことがあれば……わかっておるな(両生類?)」
 ええ、弱みを握られていますものね!
 ユーリは深く頷いた。
「ありがとうございます(……足元見やがってオバさんめ。商売人として屈辱だ)。あと、ほかにもお願いがあるのですが、聞いてもらってよろしいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「住むところがないので手配してもらえますか?」
「学生寮を用意してやろう、それはサービスでやってやる」
 本当にサービスですか?
 実は恩を売るためとか、あとで料金請求とかしそうだ。
「(ちっ、学生寮か……今は仕方がないな)。もう一つお願いがあるのですが?」
「まだあるのか?」
「サキュバスの力を取り戻す方法をご存知ですか?」
「お前、力を失ったのか?(やはりサキュバスか。だがそれにしてはフェロモンが足りんと思っていたが、力を失っていたためだったのだな)」
 力を失ったことはサキュバスとして恥。それを口にすることはユーリにとって耐え難いことだったが、治療する方法を探さなくてはいけない。
「はい、おそらく何もかも失いました(あはは、サイフまでなくしたし)。今のアタシはただの人間と同じです(可愛さは負けないけど)」
「調べてやろう。サキュバスの力を失っても、生きていくことは可能だ(同属からバカにされながらな、ふふっ)。それとも早く取り戻したいわけでもあるのか?」
「あります!」
 ユーリは身を乗り出してカーシャの眼前まで迫り、言葉を続けた。
「愛する人ができたから、絶対に落としたいんです!」
 その言葉を聞いたカーシャの瞳が輝いた。
「ふふっ、青春だな! よかろう、治す方法はわからんが、惚れ薬なら調合してやろう!」
「本当ですかカーシャ先生!」
 ユーリとカーシャ互いに手と手を取り合った。なんだか二人の仲がグッと近づいた感じた。
「有料だがな!」
 このカーシャの一言でグッと二人の距離は遠ざかった。
「あはは、やっぱり有料ですか!(やっぱりこのオバさん嫌いだ)」
 笑顔全快のユーリ。ちょっぴり握る拳に力がはいっていた♪
 カーシャは胸の谷間から分厚い本を取り出した。
「たしかこの本に材料が……ほとんど学院の保管庫からパクれば大丈夫だが、マンドレイクの在庫が切れていたな。街の魔導ショップで買って来い」
 さらにカーシャは本を読み続け、急に難しい顔をになった。
「問題はこれだな」
 テーブルの上に本を広げ、カーシャの長い指が差したのはリンゴの絵だった。
「楽園にあるという〝ロロアの林檎〟だ」
 ロロアの名前を聞いてユーリは即座に反応する。
「ロロアはアタシが生まれた月の守護神です。愛の女神ロロア、その美しさは鏡にも映せないと聞いたことがあります」
「そうだ、マンドレイクと〝ロロアの林檎〟を用意したら、惚れ薬をすぐに作ってやろう。だたし……」
「ただし?(金の話かな)」
「愛の秘薬は十五歳未満は使用禁止だ。お前いくつだ?(魔族の歳はわかりづらいからな)」
「じゅう……じゅうさんさい……ですけど、やっぱり十五歳ってことでお願いします!」
「うむ、まあよかろう(別に使うの妾じゃないもんね~!)」
 ここまでユーリを連れて来ただけで役目を終え、会話に参加せずにせんべえを食べながらマンガを呼んでいたルーファスに、鋭いカーシャの眼が向けられた。
「お前も行くのだぞ?」
「はぁ? なんで私が行かなきゃいけないの?」
「お前が召喚した娘であろう。男として責任取ったらどうだ(ビバ婚約……ふふっ)」
「う~ん、たしかにね。召喚した私が責任を取らなきゃ……(って本当に僕の責任なのかな、なんか違うような気がするんだけど)」
 でも、結局ルーファスもユーリの材料探しに同行することになった。

《5》

 魔導産業で栄えたアステア王国。その王都には数多くの魔導ショップが点在する。
 今回ご紹介いたしますのは、魔導ショップ〝鴉帽子〟!
 三角帽子を被ったいかにも魔女のお姉さんが主人のお店で、魔導の腕前はかなりのものです。中でもクスリの調合に関してはエキスパート、金(・)さえ払えばどんなクスリでも調合してくれます。
 もちろん裏ルートからの仕入れも豊富です♪
 そんな店の常連であるルーファス。
「いらっちゃいませ~♪」
 童顔の女主人がルーファスとユーリを出迎えてくれた。童顔のクセにカーシャに勝るとも劣らない、スイカップの持ち主だ。
「マリアさんこんにちは」
 ルーファスは軽く挨拶をしてカウンターの前に立った。
「今日はどんなお薬をお求めですかぁ? ルーたんのためにちゃんと胃薬も用意してますよぉ」
「ええっと、じゃあ胃薬をもらおうかな。それとマンドレイクが必要なんですけど」
「少々お待ちくださぁい」
 マリアは後ろの薬箱の中からマンドレイクを探している。
 ユーリはその間に店内を見回した。少し暗めの照明が店内を照らし、どこにでもありそうな内装だった。
 が、ユーリは気づいていた。
 何かが煮え立ったような臭いはいいとして、店の奥から謎の悲鳴が聴こえて来る。それも一つ二つではなく、地獄の釜で煮立つ人間の悲鳴のようだ。
 店の妖しさを感じつつも、クスリのエキスパートだとルーファスに聞いている。ユーリは惚れ薬の調合をしてもらおうか悩んでいた。
 絶対にカーシャは足元を見てくる。あんな人にわざわざ恩を売られることもない。
 マンドレイクを見つけたマリアはそれをカウンターに乗せた。
「まずはマンドレイクね。あとは胃薬を……そうだ、ルーたんそっちの子、もしかして彼女ぉ?」
 マリアの手がルーファスの見えないところで動いている。そんなことにもまったく気づかないルーファス。
「えっ、違いますよ。友達です友達、ユーリっていうんです」
 と、ルーファスがユーリに顔を向けた瞬間、またマリアが何かガソゴソと動いた。
 素っ気無いフリをしながら眼を凝らしていたユーリは、マリアがドクロマークのついているビンを持っていることに気づいた。
 絶対に怪しい!
「な~んだ、お友達なのねぇ。こんにちわぁユーリたん」
「はい、こんにちは(手元で怪しいことしながら、絶対に表情に出さない。この女できる!)」
 マリアは何気ない顔をしながら、カウンターの下からクスリの小瓶を出した。
「はい、ルーたんの胃薬。またちょっと調合の仕方を変えてみたの、今度こそ効くと思うわぁ」
「前回のも体に合わなかったみたいで、ヒドイ蕁麻疹が出たんだ(いくら新しいのを調合してもらっても効かないんだよね。そんなに僕の胃は弱ってるのかなぁ)」
「ごめんなちゃぁ~い、今度こそ大丈夫だからわたしを信じてっ!」
 輝く笑顔でルーファスを攻撃。
 この攻撃にいつも負けてしまうルーファス。
 胃薬とマンドレイクのお金をルーファスはカウンターに置いた。もちろんマンドレイク代は立替である。月末はいつもサイフが泣いている。
 ルーファスは紙袋を受け取り、笑顔でユーリに顔を向けた。
「さっ、行こうか?」
「ちょっと先に出ていてくれますか、マリアさんに個人的に頼みたい商品があるので」
「うん、いいよ。すぐ外で待ってるから早くしてね」
 ルーファスが店を出て行き、残されたのはユーリとマリアだけ。
 白い目をしながらユーリはカウンターに詰め寄った。
「マリアさん、あなたルーファスを毒薬の実験台にしてるでしょう?(絶対こんな人に惚れ薬の調合なんて頼まない)」
「うふふ、そんなわけないですよぉ。ルーたんはウチの大事なお得意サマですものぉ(……この女鋭いわね、へっぽこのルーファスとは大違いだわ)」
 はい、マリアたんの裏の顔が見れましたね!
 互いに分厚い仮面を被った者同士の戦いがはじまろうとしていた。
 ユーリはマリアが隠そうとしていたドクロマークのビンを取り上げようとした。
「これ渡しなさい!」
「泥棒行為ですよぉ、早く手を離してくださぁい」
「あんまり強情だと法的手段に出ますよ」
「だったらこっちも営業妨害で訴えますよぉ(摘発の修羅場なんていくらでも掻い潜って来たんだから、こんな小娘になんかに負けるわけないわ)」
 魔導ショップ鴉帽子の主人が、クスリの中でもポイズンエキスパートだということを、この店を利用する者なら誰でも知っている。ルーファス以外は。
 これまでなんども禁止毒薬を扱っていたとして、摘発されそうになってきたが、こうやって営業しているということは、うまく切り抜けてきたということだ。
 だが、ユーリだって負けてはない。
「我が家には絶対負けなしの専属弁護士団がいますが?」
「どこのお嬢さんか知らないけどぉ、そんなハッタリ信じないもん」
「オーデンブルグ財閥ですが何か?」
「えっ?」
 驚いた顔をした瞬間、マリアの手から力が抜け、クスリの瓶が床に向かって落下した。
 すぐにユーリがカウンターから身を乗り出して掴もうとするが――ガシャーン!
 証拠物件Aが木っ端微塵になった。
 マリアが微笑んだ。
「割れちゃいましたねぇ。損害賠償してくださいねぇ(勝ったわ!)」
「もしかして勝ったおつもりですか?(損害賠償なんか絶対してやるか)インターネットにあることないこと書き込みますよ。たとえそれがウソだとしても、騒ぎになれば風評被害に発展しますけど?」
 どこまでも黒いユーリだが、ここで急にマリアが態度を変えた。
「お友達になりませんかぁ?」
「それって和解の申し立てですか?(急にどうしたんだろう……なにか裏があるのかな)」
「あなたが本当にオーデンブルグのお嬢さんなら、お友達になりたいなぁって。だめかしらぁん?(取引ルートの開拓として、オーデンブルグ財閥は最高だものね)」
「アタシがオーデンブルグ家の者だと証明するものを、今は持ち合わせていませんが、それいいなら和解に応じますが?」
「いいわ、お友達になりましょう。これから商売のほうでも仲良くしましょうねぇ」
 差し出されたマリアの手に握手する寸前でユーリは手を止めた。
「では和解の印にマンドレイクの料金を返してください」
「……お金にがめついわね」
「だからウチは大金持ちなんです。あ、でも胃薬代は別にいりませんよ、あれはルーファスの買い物ですから」
 と、言ってユーリはニッコリ笑った。

《6》

 マリアにマンドレイクの料金を返してもらい、店の外に出たところでユーリは小さくガッツポーズをした。
「(よし、お金ゲット。やっと無一文から脱出できた)」
 すぐにルーファスが近寄ってきて声をかけてくる。
「遅かったね、なに買ってたの?(なんかものすごく機嫌よさそうな顔してるけど)」
「ううん、別にたいしたものじゃありませんから」
 もちろんお金をルーファスに返す気ゼロです!
 用事を済ませた二人が帰ろうと歩いていると、誰か若者の声が呼び止めた。
「お二人に話がある」
 振り向くと、そこには頭からすっぽりとフードを被った、ローブ姿の男が立っていた。見える素肌は影になっている顔くらいだ。そこから見える顔はだいぶ若いように見えた。
 ユーリは不信感を抱きながらも男の話を聞くことにした。
「アタシたちに何の用でしょうか?(若い男……人間だったらアタシと同い年くらいかも。それにしては声が大人びてるけど)」
「俺の名前はジャド・ジャビド。そこにいるルーファスさんと同じ魔導学院に通う二年生だ。今日は特別大放出キャンペーンでお二人にいい話を持ってきた」
 フレーズがいかにも怪しかった。
 でもルーファスはエサに食いついた。
「いい話ってなに?(特別大放出キャンペーンだって、年末の売り尽くしセールみたいでドキドキする)」
「〝ロロアの林檎〟を採りに行くと噂を耳にした。あそこは危険だ、俺を雇わないか?」
 売り尽くしセールじゃなくて、ただの売り込みだった。
 ユーリはルーファスの顔をまじまじ見つめた。たしかにコレでは不安だ。
 もしも本当に危険な場所で、モンスターがわんさかじゃんじゃか出るとしたら、はっきり言って死に行くようなものである。
 本当は凄腕の傭兵を雇いたいところだが、今のユーリは小銭しか持ち合わせていなかった。きっと目の前のジャドすら雇えない。
 それにまだジャドの実力を見ていない。本人の話だと魔導学院の二年生だ。実力なんてたかが知れているように感じる。
 疑いの目を向けられていることに気づいたジャドは猛烈な売込みを開始した。
「俺の家は代々暗殺一家だ。俺も幼いころから戦う術を叩き込まれ、どんな武器でも扱うことができる。俺の剣捌きにかかれば、みじん切り、短冊切り、大根のかつら剥きもたやすいことだ。米にだって絵を描ける器用さだ、どうだ俺を雇わないか?」
 語れば語るほど怪しかった。
 呆れてユーリは背を向けて歩き出した。
「行きましょう、時間の無駄でした(こんなバカ誰が雇うんだろ)」
「ま、待て!」
 後ろから呼び止める声にユーリが振り向くと、そこには誰もいなかった。
「こっちだ」
 驚いた顔してユーリが前を見ると、後ろにいたハズのジャドが立っていた。
「いつアタシの前に?」
「俺の家は暗殺一家で――」
「そこは聞いたから」
「小さいころから新聞配達で足は鍛えている。俺は風よりも早く走ることができる。どうだ、今なら二五パーセントオフで雇われてやろう」
 一瞬にしてユーリの前に立ったことは実力として評価できるが、売り込みの仕方が怪しすぎ。
 どーせお金もないし、ユーリはやっぱり断ることにした。
「貴方の実力もよくわかりませんし、今回は断らせていただきます。では、ごきげんよう」
 ユーリはルーファスの腕を引っ張って歩き出そうとした。
 だが、再びジャドが引き止めようとする。
「ふっ、まあいいだろう。今回はお試しキャンペーン実施中ということで、一回だけピンチのときに無料で助けてやろう」
 と、言って、ジャドはルーファスに円盤を投げ渡した。
 手のひらに乗るほどの小さな円盤には、魔法陣が描き込まれていたが、何に使う物なのかまったくわからない。
「その魔法陣の真ん中についている赤いボタンを押せ。そうすれば俺が瞬時に召喚される仕様だ。宅配ピザより手軽で早いぞ。では、さらばだ!」
 ジャドが一瞬にして消えて――現れた。
「いきなりボタン押すなよ!」
 ジャドはルーファスの胸倉を掴んだ。
「ほら、こーゆーボタンって無償に押したくなっちゃうだろ」
「ったく、へっぽことは聞いていたが……まあいい、今のはサービスにしてやろう。次は興味本位で押すなよ、さらばだ!」
 今度こそ本当にジャドが消えた。
 驚くルーファスの横で、ユーリは呆れ返っていた。
「一瞬で消えたのはスゴイけど……なにこの紙ふぶきと紙テープ(白いハトも飛んでいったような気がしたけど)」
 マジシャン仕様だった。
 謎の押し売り用心棒ジャドとの出会いもあったりしながら、ユーリたちはやっとカーシャの元へ戻ることにした。

《7》

 その場所はいつしか〈失われた楽園〉と呼ばれていた。
 広がる不毛の大地。砂埃が空に舞い上がる。遠く先の景色は霧に覆われていた。
「なんだか陰気な場所に来てしまいましたね(マジサイテー、こんな場所に来なきゃいけないなんて)」
 ユーリは辺りを見回しながら言った。
 こんな場所に〝ロロアの林檎〟などあるのだろうか?
 ロロアは愛の女神だ。こんな不毛の大地など似つかわしくない。色とりどりの花が咲き誇り、美しい小鳥たちがさえずり、清らかな小川のせせらぎが聞こえてくるような場所。そんな場所こそがロロアにはふさわしいのではないだろうか?
 ルーファスが地面に倒れている立て札を見つけた。
「ええっと、左に進むと温泉)」
「こんな場所に温泉なんて湧いてるんですか?(とっくに枯れてそうだけど)」
「右側は字がくすんでいて読めないや。前に進むとなんとかかんとかの林檎って書いてるよ」
「なんとかかんとかってなんですか?」
「字が消えかかってて読めないんだ。でもきっとこれが〝ロロアの林檎〟だよ。よし、こっちに進もう!」
 ルーファスの指示通り二人は先を進んだ。
 しばらくして、巨大な木の影が見えてきた。
 草木の枯れた不毛の大地にありながら、その巨大樹は青い葉で覆われ、見上げると首が痛くなるほどの高さを誇っていた。
 巨大樹を見たルーファスの感想は以下のとおりです。
「デカッ!」
 一言で済まされた!
 ユーリは深くうなずいていた。
「あれで間違いなさそうですね。カーシャ先生の話だと、あの樹木は何百万年も前からこの場所に立っていたそうです……そう、この地が本当に楽園だったころからです」
「カーシャそんな話してたっけ?」
「あはは、覚えてないんですか?(お前はお菓子食いながらテレビ観てたもんな!)」
 巨大樹のところに行くためには、目の前の柵を越えなくてはいけなかった。その高さはルーファスの身長の三倍くらい。
 ルーファスが柵をよじ登ろうとしていると、呆れながらユーリが声をかける。
「ここに入り口がありますよ?」
「えっ……うわっ!」
 手を滑らせて地面に落下。ルーファスは尾てい骨を強打した。痛そうだ。
 だんだんルーファスの扱いがめんどくさくなっていたユーリは軽くシカト。さっさと柵の中に入ろうとしていた。
 入り口には文字が書かれていた。各国の文字で書かれている親切仕様だ。
「……立ち入り禁止」
 口に出して読んだユーリはかまわず入ろうとした。
 すぐ横でルーファスが不安そう顔をしている。
「待ってよ、入っちゃまずいんじゃないかなぁ?(ヤダなぁ、入りたくないなぁ)」
「行きますよ」
 軽くルーファスの意見ムシ!
 だんだんユーリはルーファスの扱いに慣れてきた。
 巨大樹が近づくにつれて、ルーファスの顔がどんどん恐怖マンガチックになっていく。
 風もないのに木の葉が音を立てた。
 ユーリはピタッと足を止めた。
「なにかいます」
「なにってなに、早く逃げようよぉ!」
「もう遅いですね、あれ」
「うわぁぁぁっ!!!」
 あれを見てしまって逃げようとしたルーファスの首根っこを掴んだユーリ。
「逃げたら……ぶっ殺しますよ、あはは♪」
 目の奥が笑ってない。
 あまりの恐怖にルーファスは動けなくなった。
「(違う……こんなのユーリじゃない……ぼ、僕の知ってるユーリじゃない!)」
 やっとユーリの本性に気づきはじめたルーファス。
 でも、ルーファスは認めなかった。
「(認めない認めない……きっと僕の聞き間違えだ)」
 さらにルーファスは現実逃避を続ける。
「(あはは、綺麗な花畑だなぁ)」
 現実逃避というか、魂がこの世から離脱していた。
 風が悲鳴をあげた。
 それは威嚇する鳴き声だった。
 巨大樹を降りてくる長くて太い影――大蛇だ。大蛇が降りてくる!
 その大蛇を見てもユーリはまったく動じていない。
「全長約三〇メティートというところでしょうか、言語が通じるとよいですね」
 大蛇の頭からしっぽまでの距離は約三六メートル。不毛の大地でもすくすく伸びやかに育ちました。でもちょっぴり伸びすぎです!
 大地が増え、生暖かい強風と共に低い声が響く。
「立ち去れ侵入者!」
 意外に大蛇の口の臭いは爽やかだった。甘酸っぱいフレーバーだ。きっとリンゴばっか食ってるからに違いない!
 もちろんユーリは立ち去る気などない。
「アーク共用語でのご挨拶ありがとうございます。アタシたちは決して怪しい者ではありません。少しでよいのリンゴを分けていただけませんでしょうか?」
「おのれ盗人め、食い殺してくれる!」
 交渉不可!
 いきなり大蛇が襲いかかって来た。
 ユーリは華麗に軽やかに美しく攻撃をかわす。
 的を外した大蛇の頭が大地を砕き、砂利と岩の雨が降り注いだ。
 こんな相手に肉弾戦で勝てるわけがない。
 ユーリは魔法を唱えようとした。
「マギ・ファイア!」
 ぷしゅ。
 ユーリの手からすかしっぺが出た。違う、魔法がちゃんと発動しなかったのだ。
 生唾をゴックンしたユーリの顔が強張る。
「ま、まさか……(魔法も使えなくなった)」
 サキュバスの力だけでなく、なんとユーリは魔法まで使えなくなっていたのだ。
 ヤバイ、このままだと確実に殺されちゃう♪
 ユーリは慌ててルーファスに助けを求めようとした。
「ルーファス助け……(なにやってんのあいつ?)」
「あはは、待ってよぉ~」
 綺麗なちょうちょさんと戯れていた。もちろん幻覚です!
 向こう側に半分以上浸かっちゃってるルーファスはもはや戦力外通告。むしろ最初から頭数に入ってなかった。
 大蛇もルーファスことなど完全にスルーだ。
 巨大な口がユーリを呑み込もうとする。
 もうダメだと思ったとき、ユーリは〝赤いボタン〟を押した。
 魔法陣の描かれた円盤からジャドが飛び出した。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャード!」
 パクッ♪
 出てきていきなり食われたし!
 大蛇はジャドを丸呑みにしてしまった。
 そのお陰でユーリは逃げ出すことに成功。
「アナタの友情は忘れない……さっさと胃酸で溶かされて成仏してね!」
 ウソ泣きしながらユーリ逃走。
 その時!
 急に大蛇が絶叫をあげて天を向いた。
「ギャァァァッ!!」
 天に向かって開いた大蛇の口から飛び出す黒い影。
「俺を勝手に殺すなーっ!」
 見事脱出に成功したジャドは地面に着地した。
 すぐに激怒した大蛇がジャドを噛み殺そうと牙を剥く。
 逃げも隠れもせず、ジャドはフード奥で微かにあざ笑う。
 その瞬間、大蛇の腹の中で大爆発が起きて、腹が風船のように膨れ上がった。
 かろうじて腹は裂けなかったが、大蛇は苦痛のあまり大地を揺らして暴れまわった。
「下賎な人間めっ、我になにを食わせた!」
「ふっ、ネット通販で買った特製爆弾だ(五〇パーセントオフで安かった)」
 ジャドは大蛇に止めを刺そうと隠し持っていた武器を出した。
 なんと、それはバズーカ砲だった!
「喰らえネット通販で買った軍の裏流通品だ!」
 ジャドはただのネット通販好きだった。略してジャドネットただの通販好き!
 オマケなんていらないから、安く売ってくれ!
 バズーカ砲は大蛇に当たって爆発を起こしたが、大蛇の硬い鱗についたのは黒い煤だけだった。
 ジャドは冷静さを失わずに、さらなる隠し武器を出した。
「喰らえ、ネット通販で買った手裏剣セット!」
 六方手裏剣、八方手裏剣、棒手裏剣と予約特典の忍者ストラップ!
 卓越した業で投げられた手裏剣は大蛇の皮膚を貫いた――ストラップ以外はね!
 だが、その程度の傷など大蛇にとってかすり傷。
 ジャドは鎖の付いた巨大な鉄球を出した。
「ネット通販で在庫希少の魔人の鉄球!」
 ジャドは自分の体よりも大きなトゲトゲ鉄球を振り回して、大蛇の巨体にヒットさせた。
 鉄球を喰らった大蛇がバランスを崩した。
 思わずユーリは感嘆を漏らす。
「武器が通販なのは怪しいけど……強い」
 そう、ジャドは自分から売り込むだけあって強かった。
 怒り狂う大蛇の攻撃をジャドはかわしながら、互角――いや、ジャドのほうが押しているくらいだ。
 命を賭ける戦いは他人に任せて、ユーリはこっそりリンゴを採りに行こうとしていた。
 だが、突然どこからか鳴り響くアラーム音!
 まさかリンゴを守る警報アラームなのかっ……と思いきや、アラームはジャドから聴こえていた。
 ジャドはピタッと戦うのやめた。
「お試し版なので三分間しか活動できない。では、検討を祈る!」
 あっ……消えた。
 紙ふぶきに包まれながらジャドは姿を消してしまった。
 思わずユーリが叫ぶ。
「お前はどっかのヒーローかっ!」
 中途半端にジャドが攻撃をしたため、大蛇はそーとープッツンしていた。
 ジャドの登場は状況を悪化させただけだった。
 ありえねーっ!
 ……さてと、気を取り直してユーリは逃げる準備をしていた。
「お父様が厳しくてウチの門限六時なんです、帰らなきゃ♪(ウソだけどね!)」
 ウソかよっ!
 何食わぬ顔をしてユーリは逃げようとしたが、すでに逃げ場は失われていた。
 長い大蛇の体がぐるりと柵のようにユーリたちを囲んでいたのだ。
「覚悟しろ、この地を荒らす罪人よ!」
 大きく開いた大蛇の口からよだれが零れ落ちた。
 そのよだれをバシャンと頭から浴びて、現実世界に呼び戻されたルーファス。
「ここは……うわっ大蛇」
 ルーファスは現実を放棄して気を失った。
 使えねぇーっ!
 最初からルーファス本人になんかユーリは期待してない。
 ユーリは一か八かの賭けに出た。
「秘儀〈他力本願〉発動!」
 その叫び声に合わせて気絶していたハズのルーファスが立ち上がった
 まさかルーファスったら、お茶目に死んだフリだったのか?
 いや、違うようだ。
 ルーファスは口から泡を吐いて、首をガクンとさせている。マジ気絶だった。
 ユーリの指先が糸で吊るされた人形を操るように動く。すると、それに合わせて盆踊りをするルーファス。
「よし、この技は使えるみたいね」
 満足そうにユーリは笑った。
 そう、気絶しているルーファスを操っているのはユーリなのだ。
 秘儀〈他力本願〉とは、勝手に誰かの身体を操ってしまう他力本願な技なのだ。しかも、自分の意思で動いていないので、潜在的な能力を発揮できてしまう特典付き。
 ルーファスに構えさせ、ユーリが叫ぶ。
「マギ・サンダー!」
 天から召喚された稲妻が大蛇に落ちた。
 痙攣した大蛇が地震を起こす。
 揺れで思わず地面に手をついてしまったユーリに大蛇が襲い掛かる。
 ユーリはすぐにルーファスを操る。
「ゆけっ、ルーファスミサイル!」
 宙を浮いてぶっ飛んだルーファスの頭突き!
 アゴにアッパーカットを喰らった大蛇が倒れて後頭部を強打した。
 ついでにルーファスのグルグル眼鏡も粉砕。
 泡を吐いて気を失った大蛇。
 素顔を露にしたルーファス。
 そして、目を輝かせたユーリの胸がトキメク!
「イケメン!」
 な、なんと……というか、お約束的にルーファスの素顔はちょーイケメンだったのだ。
 でも、やっぱりここはルーファスクオリティー。
「……やっぱりイケてないかも」
 白目を剥いたルーファスは口から泡を吐いていた。キモメン!
 幻滅して気を取り直したユーリは最後の止めを刺そうとした。
 ルーファスの周りに魔力の象徴マナフレアが発生する。蛍火のようなマナフレアが次々と浮かび上がる。
 思わずユーリは歯を食いしばった。
「凄いマナ……(ただのへっぽこ魔導士だと思ってたけど、なんて恐ろしい潜在能力なの……こんなことありえない!)」
 凄まじく膨れ上がるルーファスの力をユーリは制御しきれなかった。
「(このマナの感じは……まさか……あの人)」
 気を失っていたハズの大蛇がゆっくりと身体を起こした。
 ユーリは魔法を放とうとしたのだが――。
「我の負けだ」
 大蛇が負けを認めたのだ。
 でも、ちょっぴり遅かった。
 ニッコリ笑顔のユーリちゃん。
「ごめん、力が抑えきれない♪」
 次の瞬間、巨大な爆発を起きて辺りは砂煙に隠された。
 ご愁傷様ですね!
 ドクロマークの煙が遠くからも観測できるほどだった。
 しばらくして、だいぶ煙が治まってくると、どこからか小さく咳き込む音が聞こえて来た。
「ゲホゲホッ……マジ死んだかと思った(あれ、でもどうしてアタシ無傷なの?)」
 驚いた顔をするユーリは気づいた。自分を守ってくれたのは大蛇だったのだ。
 大蛇は自分の舌に乗ったユーリを地面に下ろした。そう、ユーリを口の中に入れて爆発から守ったのだ。
 ユーリは瞳を輝かせて大蛇を見つめた。
「ありがとうございます……でも、ベトベトになった服のクリーニング代はあとで請求させていただきますから♪」
 大蛇は呆れた顔をしている。
「誰が助けてやったと……まあよい、金は持ち合わせておらぬが、お前たちの強きマナに敬意を表して道を開けよう」
「やった、これで〝ロロアの林檎〟が手に入るわ!」
 ユーリは飛び跳ねて喜びを表した。
 しかし!
 ここで大蛇の爆弾発言――。
「この先には〝ロロアの林檎〟などないぞ」
「はっ?」
 許容範囲を通り越した驚きにユーリは頭が真っ白になった。まるで『夢オチでした!』くらいの呆気の取られ方だ。
 スイッチの入ったユーリは激怒した。
「んだとぉ! ふざけんなよ、どんだけアタシが苦労したと思ってんだよ!」
「そう男みたいに怒るな魔族の娘よ」
「男とか言うなよ!」
「怒りを静めてよく聞け、この先にあるのは〝ロロアの林檎〟ではなく〝智慧の林檎〟じゃ。〝ロロアの林檎〟なら……ほら、あっちの売店で売っておるぞ」
「はっ?」
 一気にユーリの怒りが冷めた。
 大蛇が顔を向けた先には、観光地によくありそうな〝おみやげ屋さん〟があった。定番のバッタもんTシャツや木刀まで売っている。
「ありえねーっ!」
 ユーリの叫び声が不毛の大地に木霊した。
 そのころルーファスは――地面に埋もれてかくれんぼをしていた。
「暗いよぉ、狭いよぉ、怖いよぉ、誰か助けてよぉ」
 頑張れルーファス!
 負けるなルーファス!
 僕らは君の不幸を見てあざ笑う!

 第1話おしまい


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