第2話_ドリームにゃんこ in 夢(む)フフ

《1》

 ドーンっと一発、住宅街に爆発音が響き渡った。
 敵襲かっ!
 近くで遊んでいた子供がとある借家を指差して無邪気に笑う。
「やったぁ、またへっぽこだ!」
 ご近所さんでも有名なへっぽこ魔導士――ルーファスの家だった。
 独り暮らしのルーファスはやりたい放題。
 部屋の中は散らかり放題で、床に落ちたマンガや雑誌が国境線を作り、脱ぎっぱなしの服が山を作り、こぼしたジュースが川を作っている。
 この惨状をとある爆乳教師はこう名づけた。
 ――腐海の森。
 しかし、こんなゴミの埋立地みたいな場所にも聖域が存在した。
 パソコンの周りだけはキレイなのだ!
 だいたい普段ルーファスがどこで生活してるのかが伺える。
 そして、この秘境のジャングルには洞窟も存在していた。人はそれはこう呼ぶ――地下室への階段!
 つまりただの階段だった。
 地下室の階段を降りるとルーファスがいた。
 この地下室は前の住人が魔導実験室に使っていたもので、大爆発を起こしても部屋はまったく傷つかない。傷つくのはルーファスくらいだ。
 大爆発を起こしてしまったルーファスは、床に倒れて生き絶え絶えだった。
「……死ぬかと思った(けど、完璧だと思ったのにどうして?)」
 ルーファスは召喚の練習をしていたのだ。
 さすがに次はない。
 ファウスト先生の〝悪魔の契約書〟にサインしてしまった以上、今度また追試で失敗なんかしたら……考えるだけ恐ろしい。
 そんなわけでルーファスは休日返上で、召喚術の猛特訓をしているのだ。
 ちなみに先週の休日も同じように特訓していた。そのときは、どっかのピンク頭の仔悪魔に邪魔され、未知の生命体を呼び出してしまって大変だった。最後は無事に未知の生命体は宇宙に帰還してれたが。
 幸運なことに今日は邪魔者がいない!
 心置きなく大爆発ができる。
 失敗にめげつつも、命がかかってるルーファスはあきらめない。すぐに新しく準備をはじめて、召喚の呪文を唱えはじめた。
 床に水生ペンキで描かれた魔法陣が光だす。
 マナフレアが少しずつ現れた。
「(いけるかも!)」
 今までにない手ごたえを感じるルーファス。
 そして、最後の一言を声高らかに叫ぶ。
「――出でよ、インぶはっ」
 デジャブーっ!
 突如、魔法陣から飛び出した影に膝蹴りを喰らい、ルーファスは鼻血ブーしながら転倒した。
 倒れたルーファスの視線に入ったのは、燕尾服を着た謎の男。どこら辺が謎かというと、首から上が黒子の格好!
 つまり、黒頭巾を被って顔を隠していた。
 黒子は腕にはめていたパペットをルーファスの眼前に突きつけた。
「オイ、ソンナトコニ突ッ立ッテタラ、危ネェーダロ!」
 腹話術だった。
「ご、ごめんなさい」
 普通は膝蹴りをしたほうが謝るのだが、気弱なルーファスは自分が謝ってしまった。
 パペットは辺りを見回している。
「此処ハ何処ダ。教ヤガレ、スットコドッコイ!」
「え~っと、国から言ったほうが宜しいんでしょうか?(こ、この人形怖いよぉ)」
「オ前人間ダロ、ダッタラ此処ハのーすダロ。のーすノ何処ダ、スットコドッコイ!」
「アステア王国の王都アステアですが……ちなみにここは私の家の地下室です」
 パペットは手を広げて驚いたリアクションをした。ちなみに黒子はまったく無反応で、見える透明人間に徹している。
「オオ、ヤッパあすてあ王国ナノカ! オイ、ウチノ小娘ヲ見ナカッタカ?」
「小娘ってどのような感じの?」
「世界デ一番ぷりてぃナ小娘ダ。名前ハゆーり・しゃるる・どぅ・おーでんぶるぐッテンダ」
「それなら知ってますけど」
「オイ、サッサト吐ケ。知ッテルンダロ、サッサト言ワネェート、ヌッコロスゾ!」
 パペットでルーファスの顔面をグリグリされた。パペットとキスしまくりだ。
 グリグリされ放題で、ルーファスは口を開くこともできなかった。
 すると、パペットは逆ギレした。
「何デ、言ワネェーンダヨ。隠スト、ヌッコロスゾ!」
「そ、それはあなたが僕の顔をグリグリするから……(窒息しそうだったし)」
「ウッセンダヨ、ノロマ! モウイイ、俺様ガ自分デ探ス!」
 そう言って、パペットに連れられて黒子は姿を消してしまった。
「……なに今の人?」
 まるで嵐のように過ぎ去って行ってしまった。

《2》

 〝ロロアの林檎〟を売店で買ってきて早数日。まだ惚れ薬はできていない。
 今日は学院もお休みなので、ユーリはカーシャの自宅に直接催促に出かけた。
 東居住区にあるアパート。その部屋の一つがカーシャの自宅だった。
 一階の角部屋の前に立ったユーリはインターフォンを押す。
 ピンポーン♪
 返事がない。
 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン!
 返事がない。ただの留守のようだ。
 深読みが得意なユーリは居留守かとも思ったが、地面に紙切れが落ちているのを発見した。
「えーと、『急用があるやつはルーファスの家に来い』ってなんでルーファスの家?(やっぱりあの二人……ただの生徒と教師の関係じゃないのかも)」
 さっそくユーリはルーファスの家に向かった。
 カーシャの自宅から歩いて三分もない距離にルーファスの家はある。二人の疑惑は深まるばかりだ。
「(まさか愛人関係)」
 なんてユーリは思ったが、すぐに鼻で笑って否定した。
「……ないない(カーシャ先生も打算で生きてそうな人だし、ルーファスなんて利用価値なさそうだもん。あ、でもドジでマヌケでへっぽこだから、簡単に言うこと聞くのかも……パシリ程度にはなるかな)」
 そんなことを考えていると、すぐにルーファスの家に着いてしまった。
 借家と言っても一軒家、学生の分際で悠々自適な暮らしっぷりだ。
 クラウス魔導学院に通う生徒は裕福な階層と苦学生に二極化しているらしいが、あきらかにルーファスは裕福な階層なのだろう。
 ユーリはインターフォンをピンポーンと押した。
 返事はない。
 せっかく着たのにまさかの留守
 ユーリはドアノブに手をかけて力強く回すと――あっ、開いた。
「お邪魔しまーす」
 勝手に上がりこんだユーリは思わずため息を漏らした。
「(相変わらず汚い)」
 ルーファスの家に上がったのはこれがはじめてじゃなかったが、汚いものは何度も見ても汚い。
 キッチンから物音が聞こえた。居留守だ!
 すぐにキッチンに駆け込んだユーリが見たものは――ようかんを食べるカーシャだった。
 まるで自分ちのように寛いでいるカーシャ。
「なんだ、ルーファスだったら留守だぞ?」
「ルーファスじゃなくてカーシャ先生に用なんですけど……(ルーファスもいないのに、なんでこの女がいるの。やっぱり愛人)」
「妾はお前などに用はない」
 キッパリ断言!
「アナタになくてもアタシにはあるんですけどぉ。惚れ薬はまだできないんでしょうか?」
「あれならとっくにできておるぞ」
「じゃあ早く渡してください」
「昨日ルーファスに預けたが、まだ受け取っていないのか?」
「受け取ってません!(どうしてルーファスなんかに預けるの、アタシに直接渡せよ)」
 で、そのルーファスは家にいない。
「ルーファスはどこに行ったんですか?」
「知るか」
 キッパリ断言!
 ユーリの拳がグッと握られた。
「あはは、知らないんですか、そーですか(なんだこの女、無性に腹が立つ)」
「そうだ知らん。それよりもお前……」
「なんでしょうか?」
「そろそろ猫を被るのをやめたらどうだ?(このにゃんにゃんめ……にゃんにゃん、にゃんにゃんかわゆいな、ふふっ)」
「…………」
 ユーリとしたことが言葉を失ってしまった。そんなことしたら無言の自白だ。すぐにユーリは取り直す。
「猫を被るって意味がわからないんですけどぉ。アタシぃ、ぜんぜん猫なんか被ってませんよぉ」
 思いっきり被っていた♪
 笑顔爆発のユーリ。でも、目の奥は笑っていない。
 カーシャは淡々とお茶を飲みながら、ユーリに近くの席を進めた。
「まあよい、そこに座れ、オ・カ・マちゃん、ふふっ」
「あはは、ヌッコロスぞぉ♪」
「やっぱり猫を被っているではないか(まだまだ甘いな、ふふっ)」
 勝者カーシャ!
 カンカンカンと勝利のゴングが鳴り響いたところで、勝者から敗者にようかんが差し出された。
「これでも食って頭を冷やせ」
「なんですかこれ?」
「東方の和菓子だ、名はようかんと言う。この街のももやと言う店で売っておるぞ(あそこのドラ焼きも絶品だ)」
 さっそくようかんに手をつけようとしたユーリだが、やっぱり手を止める。
「タダですか?(この女がタダでくれるハズが……)」
「ルーファスのだから思う存分食すがよい」
 ルーファスのかよ!
「じゃあ、いっただきま~す♪」
 食うのかよ!
 カーシャもユーリも自分中心で世界が回っていた。
 飲み物が欲しくなったのでユーリは勝手に冷蔵庫を漁る。
「あ、オレンジジュースある。でも一〇〇パーセントじゃないのぉ? 普段は一〇〇パーセントしか飲まないんだけどぉ、まっ、いっか」
 やりたい放題いいたい放題。
 オレンジジュースを飲みながら、ユーリはすっかり寛いで……どうするっ!
 ハッとユーリは我に返った。
「違うし、こんなことをしに来たんじゃないし。惚れ薬を取りに来て、持っているのはルーファスだから……」
 キッチンからも見える腐海の森……この樹海から探せと?
 ユーリはお祈りのポーズをして天を仰いだ。
「(これは神が与えたもうた試練なのですね、お兄様。嗚呼、お兄様だったら、こんな場合どうしますか、家ごと燃やしますか? 燃やしたらダメですね、片付くけど片付くの意味が違いますものね。嗚呼、お兄様、アタシにどうか力を貸してください)」
 と、言うわけでユーリちゃんは気合を入れた。
「よっしゃ、片付けするぞぉ。掃除・洗濯・夜のお勤めは淑女の嗜みだもんね!」
「お前、オカマだろうが」
「あはは、次言ったらヌッコロスぞ♪」
 ユーリはようかんの刺さったフォークを強く握り締めていた。怨恨は刺殺が多い。
 さっそく掃除をはじめたユーリ。もちろんカーシャは手伝う気ゼロ。それでもユーリはめげずに殺意を押さえて掃除をした。
 ――それから数時間後。
「やっと終わったぁ!」
 精根尽きたユーリはカーペットの上に倒れた。
 ユーリは天井を見ながら、瞳から涙を流していた。
「(嗚呼、お兄様アタシは頑張りました、褒めてください)でも、なんでねぇーんだよ!」
 探し物の惚れ薬は見つからなかったようだ。
 ユーリは涙を拭いてシャキッと立ち上がった。
「なんでないの、まさかルーファスが持ったまま? てゆか、こんなに隅々まで掃除したのに、エロ本すら見つからないなんて……まさかまだ掃除してない場所が」
「ルーファスの家にエロ本などないぞ。あやつのエロに対する免疫ゼロでな、パンチラ程度で鼻血を出すチェリーボーイだ」
 カーシャはテレビを見る片手間でそう言った。メロドラマだ。
 こうなったら直接ルーファスに問いただすしかない。
「アタシ、ルーファスを探してきます。心当たりはないでしょうか?」
「ない!」
 キッパリ断言!
「あはは、そーですかー」
 カーシャに聞いたのがバカだったと思いながら、ユーリはルーファスの家をあとにした。

《3》

 ――数時間前、ユーリが一生懸命ルーファスの家を掃除しているころのこと。
 クラウス魔導学院の前で空色ドレスがヒツジのパペットに絡まれていた。
「オイ、ゆーりヲ何処ニ隠シヤガッタ!」
「ボクは誰も隠していないよ(ふあふあ)」
 絡まれていたのはローゼンクロイツだった。
 黒子は手に持ったパペットをローゼンクロイツの顔にグリグリしようとしたが、それは眼前でバシッと受け止められた。
 パペットを持った黒子の手がブルブル震えている。かなりの力が入っているようだ。
 一方、そのパペットを受け止めているローゼンクロイツは涼しい顔をしている。
「そもそもボクはユーリなんて子知らないよ(ふにふに)」
 無表情でローゼンクロイツは答えた。
「オイ、嘘付イテンジャネェゾ。小娘ガコノ学校ニ通ッテルノハ調ベガ付イテンダ!」
「例えここの生徒だったとしても、ボクは知らないよ(ふあふあ)」
「嘘付イテンジャネェゾ、貴様ト小娘ノ関係ハ判ッテルンダゾ!」
「ボクとの関係?(ふにゃ)」
「ソウダ、小娘ハ貴様ノふぁんダッタンダ、知ラネェトハ言ワセネェーゾ、ゴラァ!」
 とんだ言いがかりだった。
 ローゼンクロイツはいつの間にか遠くを歩いていた。慌てて黒子が追う。
「オイ、テメェ! 小娘ヲ何処ニ隠シタ、コノ建物ノ中ニ隠シタノカ、ソウダナ、ソウナンダロ!」
 前を歩いていたローゼンクロイツは、ド忘れを思い出したかのように驚いた顔をして、振り向いてこう呟いた。
「……今日学校休みだよ(ふっ)」
 鼻で笑ったローゼンクロイツは、すぐに無表情に戻って歩き去ってしまった。
 だったらどうしてお前は学校の前にいたんだよ

《4》

> 勢いに任せてルーファスの家を飛び出したユーリだったが……手がかりゼロ!
「(嗚呼、お兄様、こんなときはどうしたらいいのでしょうか。そうですね、やっぱり近隣の下々の者どもに事情聴取をしたらいいのですよね)」
 そんなわけでユーリちゃんは聞き込み開始。すぐに有力な情報が返ってきた。
「へっぽこだったら変な男を追いかけて行ったぞ」
 以上、近所のフリーター二五歳の証言でした。
 〝変な男〟を追ったルーファスを追うユーリ。そんな構図が出来上がったところで、ユーリの元へ〝変な男〟の情報が次々と入ってきた。
 ルーファスよりも〝変な男〟のインパクトがあったらしく、行く先々で〝変な男〟の情報が入ってくる。
「パーティーのときに着るようなスーツ……燕尾服って言うんだったかしら。頭に黒い頭巾を被っていたのよ、しかも手にはヒツジの人形なんか持ってて。ホント怖かったわ、いきなり『小娘ハ何処だ!』って掴みかかって来るんですもの」
 以上、結婚一〇年目の人妻の証言でした。
 さらに有力な情報が飛び込んできた。
「ああ、黒頭巾の人ならクラウス魔導学院まで乗せましたよ」
 以上、乗り合い馬車の御者の兄ちゃんの証言でした。
 いつの間にかルーファスを追う構図から、謎の〝変な男〟を追う構図に変わっていた。
 ユーリはサイボーグ馬の引く馬車に乗ってクラウス魔導学院までやって来た。
 しかし、ここで手がかりが途切れてしまった。
 困っているユーリの目に、空色の物体が飛び込んできた。
「ローゼンクロイツ様!」
 数時間前にここをあとにしたハズなのに、まだこの辺りをローゼンクロイツはフラフラ歩いていた。
「キミ、誰?(ふにゅ)」
 ローゼンクロイツはユーリのことを覚えていなかった。
 ユーリショック!
「えっ、この前もお会いしたじゃないですか!」
「……覚えてない(ふにふに)」
 ユーリショック!
 でも、ユーリちゃんはこんなことじゃめげません。
「(落ち着けアタシ……そうだ、ローゼンクロイツ様はド忘れ達人だってサイトに書いてあったっけ。うん、大丈夫、早く顔を覚えてもらわなきゃ)」
 ユーリはローゼンクロイツ関連のサイトを隅々まで読んでいた。
 気を取り直してユーリは営業スマイルを浮かべる。
「そうでしたね、この前お会いしたときは名前も名乗っていなかったような気がします。アタシの名前はユーリ・シャルル・ドゥ・オーデンブルグと申します。ユーリです、ユーリですよ、ユーリと覚えてくださいね!」
 ユーリは目を輝かせながらローゼンクロイツの両手をガッシリ掴んだ。
 その名を聞いてローゼンクロイツは首を傾げた。
「う~ん(ふにゅ)」
「どうなさいましたかローゼンクロイツ様?(もしかしてこの前に会ったこと思い出してくれた?)」
「……おなかすいた(ふにゃ)」
「…………」
 思わずユーリは言葉を失った。
 でも、ユーリちゃんは頑張ります!
「お、お腹が空かれたんですか。本来であればアタシがどこか美味しいお店へお連れするのですが、持ち合わせがなくて……(早くバイト探さなきゃ死ねる)」
「……家に帰る(ふあふあ)」
「あ、おうちに帰られるんですか、ローゼンクロイツ様のおうちはここから遠いのですか?」
「……知らない(ふあふあ)」
「…………」
 思わずユーリは言葉を失った。
 でも、ユーリちゃんは頑張ります!
「(そうだ、ローゼンクロイツ様は極度の方向音痴だったんだ)ええっと、お独りで家まで帰れますか?」
「帰れるよ……そのうち(ふあふあ)」
「あはは、そうですか(そのうちね)。てっきりアタシは道にお迷いになられているのかと」
「目的地にはちゃんと着いたよ(ふにふに)」
「目的地?」
「ここ(ふにふに)」
 ローゼンクロイツが指差したのはクラウス魔導学院だった。
 さらにローゼンクロイツは言葉を続ける。
「昨日家を出たら今日着いたんだ(ふぅ)」
「…………」
 もう何も言うまい。方向音痴の次元が違った。
 目的地に着いたのはいいが、もうすでに目的を失っていた。こんな感じだからローゼンクロイツはいつも出席日数が危ういらしい。
 突然、ローゼンクロイツは世界の心理を紐解いたみたいな顔をした。
「……あ、そうだ(ふにゃ)。さっきユーリという小娘を探している変態に出会ったよ(ふあふあ)。ユーリってキミのことかい?(ふにふに)」
「たぶんアタシです(てゆか、絶対にアタシです)。その人はどっちに向かいましたか?」
「あっちだよ(ふあふあ)」
 あっちを指差すローゼンクロイツだが、その方向を信じていいのだろうか?
 いや、絶対に信じてはいけない。
「本当にあっちですか?」
「うん、こっちだよ(ふあふあ)」
 指差す方向が変わっていた。
 やっぱり信じてはいけないようだ。
 突然、ローゼンクロイツは難しい数式を解いた数学者みたいな顔をした。
「……あ、そうだ(ふにゅ)。その変態をルーファスも探していたよ(ふにふに)」
「えっ、ルーファスにも会ったのですか? と言いますか、アタシが探してるのはルーファスなんですけど」
「ルーファスならそっちに行ったよ(ふあふあ)」
 また違う方向を指差した。
 もうどこを指そうと好きにしてください。
 ローゼンクロイツが歩き出した。
「ついておいで、ルーファスの居場所まで案内するよ(ふにふに)」
「え、あー……お願いします!(もういいや、ルーファス探すのあきらめよ)」
 方向音痴のローゼンクロイツに着いて行くことにした。

《5》

 クラウス魔導学院の近くにある人気のカフェ〝メルティラヴ〟。普段は生徒たちの溜まり場になっているが、今日は休日ということもあって、ここにいる生徒は二人だけだった。
「あのさぁ、私は人を追ってる最中でさ、こんなところでスイーツなんか食べてるヒマないんだけど(僕のサイフからお金が消えていく)」
 一人目は、ルーファスだった。
「別にいいじゃん。こないだ約束破ったルーちゃんなんだよ、今日はルーちゃんのおごりでいっぱい食べるんだから!」
 二人目は、テーブルに並べられたスイーツの山を笑顔で食べているビビだった。
 ピンクのツインテールを揺らしながら、ビビは次から次へとスイーツを口に放り込んで行く。
 サイフと相談しながらルーファスはため息を漏らした。
「はぁ、ついてないなぁ」
 ルーファスは〝変な男〟を捜している途中、ばったりビビと出くわしてしまった。そしたら、数日前の約束を破ったとかなんとかって話になって、スイーツをおごらせれるハメになったのだ。
 ちなみに数日前とはルーファスがユーリを召喚した日だったりする。
 倹約のためにルーファスはスイーツを食べたくても食べず、ぼーっとガラス窓の景色を眺めていた。
 街を行き交う人々。
 そして、若者にからんでいる黒頭巾の変態。
「……あーっ!(あの人だ、やっと見つけた!)」
 大声をあげたルーファスは席を立った。
「どこ行くのルーちゃん?」
「ちょっと急用!」
「行っちゃダメだよ、約束破る気?(せっかくのデートなのにぃ)」
「ごめん、サイフ置いていくから、じゃあね!」
 ルーファスはサイフをテーブルに叩きつけて店を出て行ってしまった。
「もぉ、ルーちゃんったら!」
 ビビはほっぺたを膨らませてケーキにフォークを突き刺した。
 ヤケ食い開始!

《6》

 どーとでもなれ!
 そんな感じでユーリはローゼンクロイツと一緒にルーファス探し。
 ローゼンクロイツは迷いなくドンドン先を歩いていく。その迷いのない歩き方が逆に不安だ。
「あのぉ、本当にルーファスはこっちにいるのでしょうか?(いっそのこと、このままローゼンクロイツ様とデートでもいいけど)」
「いるよ、ボクの髪の毛が反応しているだろう?(ふにふに)」
「髪の毛ですか?」
 ユーリはローゼンクロイツの髪の毛をマジマジと見つめた。空色のキレイな髪、キューティクルも完璧だ。なのに、なのに……一本だけピョンと出たアホ毛。
 アホ毛はまるで触覚のように動き、ローゼンクロイツはそれの示す方向に合わせて歩いているようだった。
 鬼○郎かっ!
 ユーリがそのアホ毛に触れようとすると、パシッとローゼンクロイツに叩かれた。
「めっ(ふーっ)」
「あ、ごめんなさいローゼンクロイツ様。でも……どうなってるんですかコレ?(針金でも入ってるのかなぁ)」
「ルーファスが発している体内マナを探知してるんだよ(ふにふに)」
「そうなのですか、驚きです!(この情報はどこにも載ってなかったハズ。薔薇十字団の掲示板に書き込まなきゃ)」
 薔薇十字団とはローゼンクロイツのファンクラブである。
 宇宙からの大いなる意思を受信するように、ローゼンクロイツはフラフラ歩き続けた。
 しばらく歩き続けたところで、ピタッとローゼンクロイツは足を止めた。
「ここから強い反応を感じる(ふあふあ)」
 そこはメルティラヴの前だった。
 導かれるように店内に入っていくローゼンクロイツ。急いでユーリもあとを追った。
 店内はお客さんでいっぱいだ。平日は学生ばっかりだが、休日は休日で込んでいる店内。チョコレート系のスイーツが絶品だという。
 ユーリが店内を見渡していると、目が合ったピンクのツインテールがパッとテーブルの下に姿を隠した。
 ビビはテーブルの下に隠れながらザッハトルテを頬張っていた。
「(なんであの子がいるの……しかもローゼンまでいたような気がするし)」
「こんにちわぁ、ビビちゃん♪」
 名前を呼ばれてビクっとしたビビが顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべるユーリがいた。
「にゃはは、ちわーっス!(……もう見つかったし)」
 苦笑いを浮かべながらビビはよいしょっと這い上がってイスに座った。
 ビビとユーリのはじめての出遭い。いきなり愛の告白をされて以来、ビビはユーリをちょっぴり苦手に思っていた。
「ボクもいるよ(ふあふあ)」
 すでにローゼンクロイツは勝手にテーブルの上のスイーツを食べていた。
「あーそれあたしが注文したやつだよぉ!」
「また注文すればいいよ(ふにふに)」
 テーブルの上に山のように並べられていたスイーツが……ないっ!
 ペロッと口の端についてチョコを舐めたローゼンクロイツ。
 食ったのか?
 全部、食ったのか?
 全部、お前が食ったのか
 ビビは頬を膨らませた。
「もぉ、なんでもう全部ないわけ(いつも思うけどローゼンの胃ってどうなってるの?)」
「だからまた注文すればいいだろう(ふにふに)」
「ふん、別にいいけど……ぜ~んぶルーちゃんのおごりだから」
 二人がそんなやり取りをしている横で、ちゃっかりユーリはローゼンクロイツに食べられる前にひと皿確保していた。
「あ、これルーファスのおごりだったんですか。ならどんどん注文しちゃいましょうよ(今日はこれで夕飯も浮かせなきゃ……あはは、早くバイト探さなきゃ死ねる)」
 ここ数日、ユーリは誰かにおごってもらって飢えをしのいでいた。ちなみに気替えの服もないので、洗っている最中はすっぽんぽんで、速攻で乾かして毎日同じ服を着ている。
 そんなこんなで三人はいつの間にか団らん。
 周りから見たらスイーツを食べながらおしゃべりする三人の女の子。しかもレベルが高い可愛らしさだ。
 でも、ユーリちゃん実は男の子。
 ローゼンクロイツも女装っ子。
 正真正銘の女の子はビビだけだった。
 ユーリはチョコロールを幸せそうに食べている。
「嗚呼、美味しい……お兄様にも食べさてあげたい」
「ユーリちゃんって兄弟いるの?」
 ビビが尋ねるとユーリはにこやかに頷いた。
「はい、優しくてちょーカッコイイ兄が一人います」
 もう一人の兄の話はスルー。ちなみに『ちょーカッコイイ』はユーリの妄想。ユーリはお兄様の顔を覚えていない。
「へぇ、いいなぁ。あたし一人っ子だから兄弟とか憧れちゃう」
「(あはは、クソ兄貴は死ねと思うけど)でも、一人っ子もいいじゃないですか。財産分与とかもめなくて済みそうですし」
「ざ、財産分与?(ユーリちゃんち複雑な家庭事情とかあるのかなぁ。うちのけっこう複雑だけどぉ)」
「虎視眈眈と財産を狙ってるヤツが多くて……隠し子がいないとも言い切れないし。そうなってくるとアタシ専属の弁護士を雇わないといけなくなってくるし……(最悪、殺し屋を雇って暗殺かな)」
 怖いです、発想が怖いです。
 さらっと殺人宣言です♪
 できれば殺人犯になる前に弁護士を雇いましょう。
 イチゴショートのイチゴを食べていたビビがローゼンクロイツに顔を向けた。
「そう言えばローゼンって弁護士じゃなかった?」
「うん、資格持ってるよ(ふにふに)」
 マジですか!
 ユーリも驚いて身を乗り出した。
「本当ですか、今まで何勝何敗ですか、基本料金はいくらですか!」
「まだ一度も負けたことないよ、法廷に立ったことないから(ふあふあ)」
「えっ?」
「こないだ資格取ったばかり(ふあふあ)」
「それでもいいです、雇います!(理由はわからないけど負ける気がしない!)」
 そんな会話もしつつさらにスイーツを食いまくる三人。
 さーってと、そろそろお腹いっぱいなったところでビビが席を立つ。
「そろそろ帰ろっか、あたしお腹いっぱいだしぃ」
 ユーリもお腹を擦っている。
「アタシもいっぱいです」
 一人ケロッとした顔をしているローゼンクロイツ。
「ボクはまだまだ(ふあふあ)」
 ローゼンクロイツの胃は底なしだった。軽く二人の五倍は食べている。
 お会計を済ませようとレジに向かった三人。支払いはもちろんルーファスのサイフから。
 レジスターから伸びるなが~いレシート。
 それを見ていたビビの顔色が曇りはじめる。
「(た、足りるかなぁ)」
 お財布と睨めっこをしているビビに店員から料金が告げられる。
「五千三百四十二ラウルになります」
「ええっと……(きゃは、足りない♪)」
 困った顔をしてビビは二人に助けを求めた。
「ユーリちゃんいくらもってる?」
「えっ、アタシは持ち合わせはありませんけど」
「ローゼンはいくらもってるっていうか、ローゼンは食べ過ぎなんだから自分で払ってよね」
「わかってるよ(ふあふあ)」
 よかった食い逃げにならなくて済みそうだ。
 クレジットカードを出したローゼンクロイツの動きがピタッと止まる。
 ムズムズとローゼンクロイツの身体を走る悪寒。
「は、は……はくしゅん!(にゃー!)」
 ローゼンクロイツのクシャミが店内に鳴り響いた。
 叫ぶビビ。
「みんな逃げて!」
 店員が急いで緊急ボタンを押し、店内に鳴り響くサイレン!
 そして、ローゼンクロイツに起こる異変。
「にゃ~!」
 い、いったいローゼンクロイツの身に何が起ころうとしているのかっ!

《7》

 すぐにルーファスは〝変な男〟を追ったつもりだったが……見失った。
 定番というか、黄金パターンというか、見失うのは仕様だ!
 A.もしもし、バグを見つけたんですけど?
 B.それは仕様です。
 A.あのぉ、これって設計ミスじゃないんですか?
 B.それは仕様です。
 A.ルーファスがへっぽこなんですけど?
 B.それは仕様です!
 次に見失ったルーファスの身に起こることは?
 1. 助っ人登場。
 2. さらなる不幸。
 3. 思わぬ展開。
 答えはどれだ!
 ルーファスは〝変な男〟を探して辺りを見渡していた。
 すると突然、上空から少年の声が降ってきた。
「危ない退け!」
 空から降ってきた少年がルーファスの脳天をキーック!
「もぎゃ」
 奇声を上げならルーファスは地面に転倒した。
 ルーファスの瞼の裏を泳ぐ美しい光景。
 華やかに咲き誇る花畑。み~んな曼珠沙華、別名シビトバナだった。
 小川の向こう側からルーファスに向かって手を振る――アフロの爺さん。
「ジョー、立つんだジョーンズ!」
「僕の名前ジョーンズじゃないし!」
 と、大声で叫びながらルーファスは目を覚ました。
 自分を覗いているフードの少年にルーファスは気づいたが、まだ意識がぼんやりして声も出せない。
「先輩……ルーファス先輩……大丈夫ですか?」
「……ダメ」
「しゃべれるなら大丈夫そうだな」
「君は……(見覚えがある気がするけど……)」
「俺ですよ、二年生のジャドです」
 そこに立っていたのは自称殺し屋一家で、ネット通販大好き、でもその正体はクラウス魔導学院二年生のジャドだった。
 今日もフード付きのローブで全身を隠しているジャドは、手袋をはめた手をルーファスに差し出した。
 それを借りて立ち上がったルーファスは、頭痛が痛い頭部の頭を手のひらの表で押さえた。頭を強打したルーファスはまだ本調子じゃないようだ。
「あーっ頭痛が痛い」
「それを言うなら、頭が痛いです(語学力がないな)」
「別にどっちでもいいよ。あーっ頭痛が痛い」
「申し訳ないことをした。シャルロット嬢を追っていたら、たまたま先輩の頭に着地をしてしまいました。お詫びと言ってはなんですが、今度俺に依頼があるときは一〇パーセントオフで引き受けます」
 そう言いながらジャドは割引券をルーファスに手渡した。
「あ、ありがとう(別にもらっても使い道がないような気が……)」
「その割引券は無期限、他の割引プランとも併用して使えます。裏に書いてある番号はギルドでなく、オレのケータイに掛かるようになってますから」
「ギルドに所属してるの?」
「ええ、シャドウクロウに所属してますが、割引券はオレに直接依頼をしてもらわないと使えませんから気をつけてください」
 シャドウクロウと聞いてルーファスの顔色が曇った。
 あそこは無認可のギルドで、金さえ払えばどんな仕事でもする。汚い仕事にも手を出し、悪いこともしちゃってるなんてウワサもある。良心的な一般市民から見たら、ただのゴロツキ集団で評判も悪かった。
 ただし、実力主義なので、ギルド員の素性にはこだわらず、優秀な者も数多く在籍しているのも事実だ。そのため、この辺りでは二大ギルド勢力の一柱を担っている。
 そう言えば――と、ルーファスは口を開く。
「誰かを探してるんじゃなかったの?」
「ええ、シャルロット嬢ならもう確保しました」
 マジシャン並みの手際よさでジャドはデブ猫を出した。
「にゃーっ!」
 デブ猫のツメがルーファスの顔を引っ掻いた。
「いたーっ!」
 猫はマヌケの顔を引っ掻く――仕様だ!
 ジャドはデブ猫をさっとどこかに隠した。
「申し訳ない先輩。お詫びに三パーセントオフの割引券をやりましょう」
「あ、どーも(もらっても役に立つのかな)」
「ところで先輩、こんなところでなにをしてるんです?」
「実は人を探してるんだけど……」
「俺が探しましょう。今回は初回特別割引で二五パーセントオフにしときますよ」
 割引券が役に立つときがキターっ!
 三八パーセントオフということは……いくら?
「あのさ、料金はいくらなの?」
「そうだな……さっきのシャルロット嬢は一日、四〇〇〇ラウルの契約で、成功報酬は一万ラウルです。先輩は知り合い特価ということで成功報酬なしでいいですよ」
「四〇〇〇ラウルってうえめぇ棒が二千本買えるよね(そこから二五+十三パーセントオフで……いくらかわらない)」
「どうですか、俺を雇いませんか?(ルーファスの親父は宮廷に仕える三神官らしいからな、うまくいけばコネを作れるかもしれない)」
 思惑とはなかなかうまくいかないでものである。
 ルーファスは急に頭を下げた。
「ごめん、また今度ね!」
 なぜか走って逃げるルーファス。
「(サイフ持ってないとか今さら言えないよ、あはは)」
 このとき、ルーファスはまだサイフの中身が、ぜ~んぶスイーツになっていることを知る由もなかった。
 ちなみにさっきの答えは、空から人が降ってくるという〝思わぬ展開〟で、降って来た人物と激突するという〝不幸〟が起きたが、それが〝助っ人〟のジャドだった……けど、お金がなくて雇えなかったが正解でした♪
 当たるかそんなの!

《8》

 見事に逃げ遅れました!
 カフェのシャッターが下ろされ、出入り口も完全にロックされた。この中は牢獄も同じだ。
 どっか~ん!
 店内で爆発が置き、テーブルがユーリの足元に落ちてきた。
「あはは、笑えませんね。まさかローゼンクロイツ様の〈猫還り〉がこれほどの破壊力だったなんて……」
 ユーリは物陰に潜みながらチラッとローゼンクロイツのようすを伺った。
 電波を受信してるように、ローゼンクロイツはふあふあしている。
 その頭にはネコミミが生えていた!
 さらに尻尾も生えていた!
 オプションで猫ヒゲまで生えている
 ローゼンクロイツを知る者ならば知らない者はいない。発作的に起こるトランス状態〈猫還り〉だ。
 ウワサによると、ローゼンクロイツの先祖には獣人がいたらしく、クシャミをきっかけにその血が覚醒してしまうらしいのだ。と、ファンサイトには書き込まれている。
 ビビはユーリの腕に抱きついた。
「早く逃げよぉよ(このお店、出入り禁止になっちゃうかなぁ)」
「逃げると言っても、ローゼンクロイツ様と一緒に隔離されてしまいましたから(嗚呼、ビビちゃんと急接近。このまま抱き付かれたままなのも幸せかも。それに心理的に緊迫するような危機的な状況って、男女の間で恋が芽生えやすいって言うし)」
 切り抜けられる危機ならいいが、そう簡単にはいきそうもなかった。愛に試練は付きものなのです!
 あ~れ~♪
 っと、武装した店員がユーリたちの足元に降ってきた。
 メルティラヴは生徒が主な客層だ。しかも、この都市でもっとも変わり者が集まるクラウス魔導学院の生徒。多少のキケンも覚悟して営業している。
 というわけで、対魔導武装をした店員が常に待機していたり、危険が店の外に及ばないように店内を封鎖するシステムがあったりするのだ。
 これはウワサなのだが、ここの資本金を出しているのはクラウス魔導学院の学院長らしい。そんなわけなので、雇っている武装店員もハンパない魔導士のハズなのだが……。
 あ~れ~♪
 今日は晴れ時々人間が降るみたいですね!
 二人待機していた武装店員があっさりとやられてしまった。
 他の客はとっくに店の外へ避難している。
 見事にユーリとビビは逃げ遅れました!
 しかも最後の砦だった武装店員も気絶してしまっている。
 ついでに出口も塞がれている。
 絶体絶命ですね!
 ユーリはまたチラッとようすを伺った。
「今回のびっくりどっきり魔法が〈ねこしゃん大行進〉ではなくて不幸中の幸いでしたね」
「あたしあんなの見たのはじめてだよぉ?(〈ねこしゃん大行進〉しか巻き込まれたことないもん)」
 〈ねこしゃん大行進〉とは〈猫還り〉時のローゼンクロイツの必殺技である。他にも〈しっぽふにふに〉や〈猫電波〉などがある。
 そして、今回のびっくりどっきり魔法の説明はユーリからどうぞ!
「あの魔法はマイラ系魔導の具現化系に属していて、その名も〈ドリームにゃんこ〉です。ほら、そこに浮いているねこしゃん型風船に少しでも触れると、夢の中に引きずり込まれてムフフのあまり爆発するというものらしいです(体験者の証言が少なくてもムフフの部分に謎が多いんですけど)」
 ローゼンクロイツを守るようにネコ風船がいくつか浮いている。
 武装店員がやられているようすを思い出すと、ローゼンクロイツに近づこうとした武装店員にネコ風船が襲い掛かり、急に武装店員が鼻血ブーしたと思ったら爆発が起きた。
 そこで気絶している武装店員は幸せそうな顔をしている。
 いったい〝ムフフ〟の部分には何が隠されているのか
 今はローゼンクロイツから離れていれば問題ないが、いつ状況が変わってユーリたちに危険が及ぶとも限らない。
 ユーリはどうしようか悩んだ。
「(このままビビちゃんと二人っきりっていうのもいいけど、華麗に活躍して恋愛経験値を上げるのもいいかな)ビビちゃん大丈夫?」
「できれば早く逃げたいでぅース……にゃはは、いつになったらローゼンのトランス解けるんだろ」
「何かトランスを解除する方法はないんですか?(これに関してはどこにも載ってなかった)」
「あたしに聞かれてもわかんないよぉ。ルーちゃんだって知らないみたいだし、気絶させるか、放置してローゼンが疲れて寝るのを待つか、いっそのこと殺っちゃうとか♪」
 ニッコリ笑顔で殺っちゃうよぉ!
 ビビはいつの間にか愛用の大鎌デスサイズを持っていた。
 デスサイズを見たユーリはちょっぴり萌え。
「あの……その大きな鎌はなんでしょうか?」
「あれっ、言ってなかったっけ。あたしデス系魔族だから、魂を狩って糧にできるの」
「カッコイイですビビちゃん!(大鎌が似合いすぎ♪)」
「いやぁん、褒められると照れちゃうよぉ」
 ビビは顔を少し桜色に染めて、体をモジモジさせた。
 ヤル気満々のビビちゃんだけど、本当に殺っちゃうとユーリが困ってしまう。崇拝するカミサマが殺されるのは困る。
 こうなったら自ら立ち上がるしかなかった!
「アタシがローゼンクロイツ様を止めてみせます!(うまくいけばビビちゃんとローゼンクロイツ様の高感度がダブルアップするかも)」
 ――というわけで、ユーリは気絶している武装店員に〈他力本願〉を使おうとした。
 やっぱり他人任せかっ!
 が、そんなユーリとネコ風船の目が合った。
 思わず固まるユーリ。
「ヤバッ!」
 にゃ~んと鳴いたネコ風船とユーリが顔面衝突。またの名を熱いキス!
 次の瞬間、ユーリの意識がフッと抜けたのだった。

《9》

 ふかふかのベッドで眠るユーリを呼ぶ優しい声。
「ボクの愛しいユーリ、早く目を覚まして……」
 ユーリのおでこに触れたやわらかい唇の感触。
 ゆっくりと目を開けたユーリは、いきなり鼻血ブー!
 噴射した鼻血はすっぽんぽんの男に掛かった。
「お、おにいたん!」
 ユーリは慌てて両手で目を塞いだ。
「おにいたん、どうして裸なの? お風邪引いちゃうよ(……あれ、なんか可笑しい)」
 なにかが可笑しいことにユーリは気づいた。
 いきなり裸族の兄が仁王立ちしているのも可笑しいが、そこじゃなくて……なにか重要なことがあったような気が……。
「(あ、どうしてアタシお兄様のことおにいたんって呼んでるんだろう。そうだ、これっていつもの夢なんだ)」
 でも、なにかもっと重要な何かを忘れているような気がした。
 恥ずかしそうにユーリは指の隙間からアーヤお兄様のことを覗いた。
 いつも夢に出てくるアーヤと変わらない。いつもと同じ〝のっぺらぼう〟。今日はすっぽんぽんの大サービスだ。
「おにいたん、早くお洋服着てちょーらい。恥ずかしいよぉ」
「いつも一緒にお風呂で洗いっこしてるのだから、別に今さら気にすることはないよ。ボクらには愛があるじゃないか!」
 アーヤと一緒に入っていた記憶が甦りユーリちゃん鼻血ブー!
 このまま出血多量で萌え殺される。
「おにいたん……お願いだからお洋服を着てちょーらい……(殺害される……実の兄に欲情して死んだら、恥ずかしくてさらに死ねる)」
「しょーがないなぁ。可愛いユーリのお願いじゃしょうがないか」
 ため息を落としながらアーヤはしぶしぶ気替えはじめた。
 そして、気替え終わったアーヤが男らしく仁王立ち――赤いふんどしが風に靡いた。
「ブハッ!」
 またまた鼻血ブーのユーリちゃん。
「ゲホッ……ゲホゲホッ(な、なんでお兄様……赤フンなの)」
 鼻血が出すぎて口に入って吐血状態になってしまった。
「大丈夫かいユーリ!」
 すぐにアーヤが駆け寄ってくる――赤フンを揺らしながら。
「おにいたん来ないで!(これ以上近づかれたらまた鼻血で死ねる)」
「えっ……どうしてだいユーリ……ま、まさかボクのこと大ッ嫌いになったのかい? ショックだ!」
 勝手な思い込みでアーヤは沈んだ。床に両手両足を付いてマジでへこんでいる。
「ち、違うよおにいたん! おにいたんのこと好きだから、その格好で近づかれると……ドキドキしちゃうの(さすがに萌え死ぬからやめてとは言えなかった)」
 絶望状態だったアーヤに生きる希望が湧いた。
「愛してるよユーリ!」
 笑顔大爆発でアーヤはユーリに飛び掛った。
 アーヤのハグハグ攻撃で、ユーリの顔は殿方の胸板にグリグリされた。
 鼻血ブー!
 ユーリの白い肌を彩った血の華。
 その瞬間、ユーリは世界が膨らんだような気がした。部屋の壁などが、ほんの一瞬だけ膨張したような気がしたのだ。
「今……(なにがあったんだろう?)」
「どうしたんだいユーリ?」
「ううん、なんでもないの。おにいたんとずっとこうしてたい……おにいたんどこにも行かないよねぇ?」
「もちろんだよ、なにがあろうとボクはユーリの傍にいるよ」
「お約束だよ?」
「うん、約束するよ」
 二人は小指と小指を強く絡め、指切りげんまんをした。
「お約束を破ったらユーリをおにいたんのお嫁さんにするんだお!」
「うんうん、わかったよ」
 のっぺらぼうの顔なのに、なぜか兄が満面の笑みを浮かべているような気がした。
 瞳を瞑ったユーリは心の中で泣いた。
「(でも……お兄様は消えてしまった……現実の世界では……このままずっと夢が覚めなければいいのに)」
 世界が一瞬だけ膨張して戻った。
 ユーリの心を揺さぶる不安。
 そんなユーリをアーヤは心配そうに覗き込んでいた。
「本当に大丈夫かいユーリ?」
「うん、ぜんぜんへーきだよ! ユーリはいつも元気だもん♪」
「あはは、うん、ユーリはいつも元気だもんね」
 アーヤはユーリの頭を優しく撫でた。
 優しい温もり。髪の毛を通して暖かいアーヤの体温が伝わってくる。
 急にアーヤは『あっ』と声を漏らした。
「そうだ、いい子のユーリにプレゼントがあるんだった」
「なぁに?」
「ちょっと待ってて」
 アーヤはユーリに背を向けてなにやら大きな箱のフタを開けているようだった。
 赤フンがケツに食い込んでTバックになってますよ!
 鼻血ブー!
 もうユーリは瀕死だった。
 アーヤは可愛らしい服をユーリに見せた。
「可愛いだろう? 有名な仕立て屋にボクが描いたデザインで作ってもらったんだ。ほら、ここのフリルとか萌えるよね」
「おにいたん、それちょっとスカートが短い……」
「いいから、いいから、早くボクに着て見せてよ」
「うん♪」
 ベッドから降りたユーリは服を気替えはじめた。アーヤはじーっと気替えを見ている。
「おにいたん、あっち向いてて!」
「生着替えの過程も大事なのに……着替え終わったら声をかけてね」
 アーヤは両目がある部分を手で隠した。指の隙間がちょっぴり開いているのは仕様だ。
 パジャマを脱ぎ捨ててユーリはパッと着替えを済ませた。
 だが――。
「(やっぱりこれってスカートが……)お、おにいたん……き、着替えたけどぉ」
「カ、カワイイ! この世で一番カワイイよ、やっぱりユーリは何を着させても似合うよね。あとは魔法ステッキを持ったら、完璧な魔法少女プリティユーリに大変身だね!」
「お、おにいたん……おぱんつ見てるのは恥ずかしいよぉ」
 スカートが短すぎてパンティーが半分以上丸見えだった。
「大丈夫、それは某海藻ちゃん仕様だから!」
 仕様ならしょーがないか♪
 アーヤは手に持っていたユリの花をユーリの髪に挿した。
「さっき摘んで来たんだ、ユーリに似合うと思ってね」
「おにいたんありがとぉ」
「嗚呼、生きていてよかった」
「でも……」
「でも?」
 急にユーリは不安そうな顔をした。
「でも、こんな格好をしてると……またお母様に叩かれるよぉ。お母様もお父様も、シィ兄様も、みんなユーリのこと大ッ嫌いなんだもん」
「大丈夫だよ、もうみんないないんだから」
「みんないない?」
「そうだよ、ボクたちは駆け落ちして家を飛び出したんじゃないか!」
「……えっ?」
 駆け落ちってあの駆け落ち?
 男女が結婚や交際を反対されて逃避行するアレ?
 唖然とするユーリをアーヤが優しく抱きしめて囁く。
「もうずっと一緒だよ」
「駆け落ちって……ユーリとおにいたんが?」
「そうだよ、駆け落ちして結婚して、今はハネムーンの最中じゃないか。昨日の夜だってボクらはあんなに愛し合ったのに……激しすぎて覚えてないのかい?」
 悪戯っぽくアーヤは言った。
 鼻血ブー!
「ユーリとおにいたんが燃えるような激しい男女の……(ありえない、それはありえないけど、もしもそんなことが……いや、ない。アタシに女装を仕込んだのはお兄様だけど、お兄様がアタシにそーゆー関係を迫ってきたことはないし、一線を越えるなんて……だって血の繋がった兄弟だよ)」
 でも、鼻血ブー!
 取り乱したユーリの頭の中はピンク一色に染まった。
 世界が揺れる。
 激しく世界が膨張する。
 まるでこの世界が爆発するような……。
 ユーリはハッとした。
「思い出した!」
 世界はさらに膨張を続けていた。
 いつの間にかふんどしを取ったアーヤがユーリをベッドに押し倒す。
「ユーリ、愛してるよ」
「ダメ……でもいいかも……じゃなくて、ダメ……じゃないかも」
 世界が、世界がどんどん膨れ上がる。
 ユーリの胸のドキドキが爆発しそうだった。
 のっぺらぼうだったアーヤの顔に唇が浮かんだ。
 そして、唇と唇が重なる瞬間――。

《10》

 店内で大爆発が起きた。
「ユーリちゃーん!」
 ビビの声が木霊した。
 吹っ飛ばされて床に激突したユーリ。
「うっ……大丈夫、まだ死んでませんから」
 ユーリは大爆発に巻き込まれたというのに、気を失わずにビビに笑顔を向けた。だが、服はボロボロで、髪の毛もボサボサだ。
 体中が痛くてユーリは起き上がれなかった。
「あはは……モロに爆発してたら死んでたかも(とっさに気づいてクソ兄貴の臭いくつしたを思い浮かべたけど)」
 ちょっと離れた物陰からビビが心配そうにユーリを見つめている。
「ユーリちゃん大丈夫?」
「ええ、なんとか生きてます。〈ドリームにゃんこ〉を見切ったかもしれません」
「今そっち行くね!」
「危ないから来ないで!」
「でもぉ!」
「動いたら〈ドリームにゃんこ〉の餌食になります。アタシはこの魔法の対処法を見つけたから大丈夫です(たぶん)」
 一呼吸入れてユーリはさらに話を続ける。
「〈ドリームにゃんこ〉は精神攻撃の一種なんです。あのねこしゃん型風船にぶつかると、願望や欲望などを増幅させる夢を見せさせられ、その妄想をエネルギーに変えて大爆発を起こす。つまり自爆に追い込まれるわけですね(あはは、いろんな意味で恐ろしい魔法♪)」
 ユーリは力を振り絞って立ち上がった。
 そして、ちょっぴり胸の辺りがスースーすることに気づいた。
 慌ててユーリが自分の胸を見ると――ない!
 胸はもともとないけど、胸じゃなくて服が破れてなくなっていた。
 すぐにユーリは両手で胸を隠した。
「(あ、焦るな、焦るな自分。大丈夫、大丈夫、ビビちゃんには背を向けているし、ローゼンクロイツ様はトランス状態だし、店員は気絶してるから誰にも見えないし見られてないハズ!)」
 ユーリが床を見ると胸に詰めていた特製パッドが落ちていた。そこまでの距離はざっと二メートル。取りに行くと〈ドリームにゃんこ〉の攻撃範囲に入ってしまいそうだった。
「(焦るな自分。あのパッドは明らかに通常の物と違って、アタシが特別に発注して作らせた〝胸の形〟そのもの。あんなのが落ちてたら絶対に不審がられるし、アタシのだってバレたらヤバイ!)」
 そーっとユーリは特製パッドに近づこうとした。
 ネコ型風船が動きを止めてユーリを見る。
 ……ヤバイ、目が合ってしまった。
 だが、ユーリは瞬時に手を動かした。
「秘儀〈他力本願〉発動!」
 ユーリによって操られた武装店員がぶっ飛び、ネコ風船を突き破った!
「やった!」
 気絶している者は無心状態なので、〈ドリームにゃんこ〉の妄想に支配されないのだ。
 が、武装店員を操った瞬間に、ユーリは自分の胸から手を離してしまっていた。
「きゃっ!」
 思わず声をあげてユーリは片手で胸を隠した。
「どうしたのユーリちゃん!」
 物陰からビビが顔を出した。どうやら見られてなかったようだ。
「あはは、なんでもないでーす♪(マジ焦った)」
 だが、さらにマジ焦る事態が起ころうとしていた。
 ユーリが隙を作った瞬間、いくつものネコ風船が襲い掛かってきたのだ。
 片手だけで武装店員を操るが追いつかない。
 猫の鳴き声がそこら中に響き、ネコ風船がぶつかる瞬間――。
「クソ兄貴のパンツ!」
 ユーリは叫んだ。
 すると、眼前まで迫っていたネコ風船からプシュ~っと空気が抜け、次々と床に落ちたではないか
 どうやら萎える妄想をすると、ネコ風船は力を失って萎んでしまうらしい。
 新たな風船がローゼンクロイツの口から吐き出される。まるで魂が抜け出ているみたいだ。
 そんな光景を見ながらユーリはチャンスを見出した。
「今だ、ゆけーっ店員ミサイル!」
 ぶっ飛んだ武装店員の頭突きがローゼンクロイツとごっつんこ!
 足取りをフラフラさせたローゼンクロイツは、そのままバタンと倒れてしまった。
「ごめんなさいローゼンクロイツ様。でも、助かったぁ!」
 その声を聞いてビビが物陰から顔を出そうとした。
「もう出ても大丈夫なの?」
「待った、まだ危険です、非常に危険ですからそこでじっとしていてください!(アタシがマジ危険)」
 焦りながらユーリは床に落ちた〝胸〟を拾い上げた。
 これでとりあえず一件落着した……のか?

《11》

 〝変な人〟の情報は途絶えてしまった。
 そんなガックリ肩を落とすルーファスの元に、クラウス魔導学院近くのカフェで大騒ぎがあったと耳に入ってきた。
 どーやらその騒ぎの元凶が空色ドレスの電波系魔導士だと聞いて、さらにルーファスは現場に急いだ。
 その途中で、見覚えのある顔二人と出くわした。
「どうしたのユーリその格好」
 ルーファスは眼を丸くしてユーリを見た。
 ユーリの格好は胸に上着をグルグル巻いている斬新なスタイル。まるでさらしか水着でも着ているような格好だ。
「ローゼンクロイツ様の愛の鞭に巻き込まれて、服がボロボロになってしまったんです(あんまり動くと胸がズレそうで怖い)」
 お前はズラを気にするオッサンかっ!
 あともう一つ、ユーリには切実な問題があった。
「ルーファス……」
「なに?」
「……服を買うお金を貸してください(金は貸しても借りるながオーデンブルグ家の家訓なのに!)」
 人からお金を借りることはオーデンブルグ家の者として恥だった。
 恥辱だ、屈辱だ、辱めだっ!
 ルーファスは首を傾げる。
「はい?」
「アタシ、これしか服を持っていないんです(服がないと明日から生活できない)」
「えっ?(……だから毎日同じ服を着てたのか)」
 ビビが話に割り込んでくる。
「あたしの貸してあげるよぉ……あっ、でもユーリちゃんのほうがちょっぴり胸大きいかもあたしより」
 ビビは自分の薄っぺらな胸とユーリの胸(偽造)を見比べた。
 慌ててユーリは取り直す。
「だ、大丈夫ですよ、胸なんてどーとでもなりますから(元からないもんね!)。ビビちゃんに服を貸してもらえるなんて光栄です、返すときはリボンをつけて返しますね!」
「リボンはいらないけどぉ。返すのはいつでもいいよ♪」
「ありがとうございますぅ!(ビビちゃんの服……嗚呼、幸せ)」
 貸してもらったらコッソリ臭いを嗅ぎそうな顔をしている。
 じとーっとした目でビビは誰かさんに目をやった。
「ユーリちゃんもいろいろ苦労してるんだね、誰かさんのせいで」
「……そうですね、私が全部悪いんですよね。僕がユーリを召喚したんだもんね、そうそう僕が悪いんだよ……どーせ僕には魔導の才能なんてないし、召喚術なんてした僕が悪いんだよね」
 いじけたルーファスはしゃがみこんで、地面にらくがきを描きはじめた。
 ビビが呆れたようにため息を吐いた。
「ルーちゃんはなにも悪くないから平気だよ、元気だして♪」
「嗚呼、生まれてきてごめんなさい。そんなこと言って生んでくれたお母さんごめんさい。もう僕なんか生きてる価値もないね……あは……あはは」
「ルーちゃんがあたしのこと召喚してくれたから、こうやって出逢えたんだよ。あたしはルーちゃんに逢えて本当に幸せなの……だから元気だして、ね?」
 ビビちゃんの言葉を聞いてユーリちゃんなんだか嫉妬。
「別に落ち込んでるヤツなんか励ます必要なんてないんです。この世は強い者だけが生き残るんですから」
 吐き捨てたユーリの前に怒った顔をしたビビが立った。
「ユーリちゃんなんか大ッ嫌い!」
 バシーン!
 強烈なビビのビンタがユーリの頬を叩いた。
 無言で立ち尽くすユーリ。自分になにが起きたのか理解できなかった。
 そして、走り去っていくビビの後姿。
 時間差攻撃でユーリにショックが訪れた。
「ビビちゃんにフラれたぁ~っ。服も貸してもらえな~い……絶望だ」
 ユーリは両手両足を地面に付いた。横ではルーファスもへこんでいる。
 立ち直るのはユーリのほうが早かった。横にいるルーファスを見てアレのことを思い出したのだ。
「立てルーファス!」
 キレた眼をしながらユーリはルーファスの胸倉を掴んで立たせた。
「ご、ごめんなさいユーリさん。僕が全部悪いんです、僕が生きてるから世界から戦争がなくならないんです!」
「そんなことでーでもいいの!」
 キャラを作るのも忘れてユーリはルーファスにガンを飛ばした。
「カーシャから預かってるもんがあるでしょ、早く出さないとヌッコロス!」
「え、ああああ、あーっと、なんですか?(怖い、このユーリ怖い、いつものユーリと違うよぉ~)」
「ほ・れ・ぐ・す・り!!」
 ユーリの手がルーファスの首を絞めた。
「うっ……苦しい……言うから……このままじゃ言えないから……手を……(殺される、僕はここで殺される!)」
「ったく」
 ユーリはルーファスの首から手を離した。
 ルーファスの首にできた青痣がちょっぴり痛々しいです♪
「げほっ、げほっ(死にかけた、花畑が見えた)」
「早く言えよ」
「えーっとですね……カーシャから惚れ薬を預かって……それから(怖い、僕を見る眼が怖すぎる)」
「預かって?」
「学院のロッカーに入れっぱなしだったり……あはははは♪」
「ぶちまけろ!」
 強烈なパーンチ!
 ユーリのパンチを顔面で受けたルーファスは、宣言どおり鼻血をぶちまけて気絶した。
 さよならルーファス、お元気で!
 地面に倒れたルーファスからユーリはサイフを奪おうとした。サイフはビビが持ってるなんてすっかり忘却の彼方だったりする。
「服のお金は慰謝料としてもらっておくからね!」
 だが、やっぱりサイフはない。
 代わりにユーリはある物を見つけた。
「これって……セバスちゃんのロケット(やっぱりこっちに来てたんだ)」
 それは執事のセバスがいつも大事に持っている、ハート型のロケットペンダントだった。
「アタシの写真?」
 ロケットを開けると笑顔で写っているユーリの写真が入っていた。

 一方そのころ――。
〝変な男〟こと執事のセバスは、地下水道でスライムの大群と追いかけっこしていた。
「何処ダヨ此処!」
 完全に迷子だった。
 スライムが黒子の顔に張り付いた。
「前ガ見エネェーゾ、コンチキショー!」
 実際に見えないのはパペットではなく、黒子だったりする。
「……あっ」
 どこからか素の声が漏れた。
 次の瞬間、足を滑られた黒子が下水道に流されたっ!
「ギャ~ッ!」
 さよならセバスちゃん♪
 いつになったらセバスはご主人様と出会えるのでしょうか?

 第2話おしまい


魔導士ルーファス総合掲示板【別窓】
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