第3話_OH エド捕物帖オウジサマン!

《1》

 夜の街に警備隊の声が鳴り響く。
「そっちだ、そっちに逃げだぞ!」
 月華の薔薇が屋根から屋根へと飛び移る。
 それは真っ赤なドレスを着た影だった。
 風に靡く真紅の髪、咲き誇る薔薇のドレス、夜行蝶のようなマスク。その姿はマスカレードの華だった。
 王都アステアを賑わす革命家にして怪盗、救世主にして犯罪者、その名は薔薇仮面。
 自らその名を名乗ったことはない。あくまで薔薇仮面の名は新聞社などが付けた名前であり、その素性は一切不明とされている。
 路地から屋根を飛ぶ薔薇仮面に向けて銃弾が発砲された。
 夜を舞う優雅な蝶は手を翳したに過ぎない。それだけで全ての銃弾は地面に落ちてしまった。
 薔薇仮面は類稀なる魔導の使い手と称されていた。全ての攻撃は薔薇仮面を前にして屈するほかない。
「クソッ、そこから降りて来い!」
 警官隊の一人が怒鳴った。
 それを屋根から見下ろす薔薇仮面の口元が、微かな嘲笑を浮かべた。
 刹那、辺りは昼よりも明るい閃光に包まれ――薔薇仮面は姿を消した。
「見失うな、すぐに追え!」
「クソッ、なにも見えないぞ!」
 次々とあがる男たちの怒声。
 その声を一本先の路地で耳にしていたユーリ。
「なに今の光?(なんか男の声も聞こえたような気がしたし……?)」
 バイト帰りのユーリちゃんは、仮住まいにしている魔導学院の宿舎に向かっている途中だった。
「はぁ」
 ため息を落とすユーリ。
「早く次のバイト探さなきゃなぁ」
 初日からクビでした!
 しかも、トラブルを起こして追い出されたのでバイト代すら貰えなかった。
「(普段だったら絶対に訴訟に持ち込んでやるのに悔しい。そもそもアタシは人の上に立つことはあっても、人の下で働くなんて向いてないのよね)」
 今のユーリには訴訟を起こすお金すらなかった。
 それでもなんとか生きてます!
 食事は相変わらず誰かのおごりで、服はルーファスから慰謝料として買ってもらったが、それでも二日分のローテーションしかない。ルーファスも月明けの二日目にならないと、親からの仕送りが振り込まれないらしい。
「(嗚呼、お兄様……ユーリは今日もハングリー精神を鍛えています。でもできればお金と権力を取り戻したいです)」
 ユーリはまん丸のお月様に祈りを捧げた。
「空からお金とか降って来ないかなぁ……あっ」
 降って来た。
 ただそれはお金ではなく人だった。
 淡く輝く月に映る真紅の影。
「嗚呼、美しい……」
 ユーリが真紅の人影に見とれていた次の瞬間――。
「ブハッ!」
 顔面キック!
 空から舞い降りた薔薇仮面の足の裏を、上を向いていたユーリの顔面がナイスキャッチ。見事に踏みつけられた。
 鼻血を噴きながらその場に昏倒するユーリ。
 軽やかに走り去っていく薔薇仮面。
 すぐに薔薇仮面を追ってきた警備隊がこの場に現れた。
「薔薇仮面はどこ行った」
「おい、ここに誰か倒れてるぞ?」
 警備隊が輪を作って気絶しているユーリを囲んだ。
「怪しいやつだな。とりあえず連行してぶち込んでおけ」
 こうしてユーリは無実の罪でパクられてしまったのだった。

《2》

 ――次の日。
 ユーリはクラウス魔導学院の廊下をブツクサ呟きながら歩いていた。
「ありえないし、絶対ありえないし……」
 今日はクラウス魔導学院に転校初日、華麗なる教室デビューの日になるハズだった。
 とは言っても、数日前から学生宿舎を使っていたり、学校見学と称して学院内を歩き回っていたため、それなりに学院に馴染んでいたりする。
 でもね、でもね!
 まだクラスの仲間の顔も知らなかったりするし、ドキドキわくわく週明けの登校日をユーリちゃんは楽しみにしていたというのに……。
「あはは、まさかアタシの人生で留置場にぶち込まれることが起きるなんて(でもどーにか操は死守できて体が男だってバレずに済んだけど)」
 ユーリは瞳をキラキラさせながら祈りを捧げる。
「(嗚呼、お兄様……ユーリはまた一つ大人の階段を登りました。留置場って本当に怖いところですね。せめてもの救いは男女別々で女の子のほうに入れてもらえたことくらいです。あと朝食もタダで食べさせてもらいました)」
 そんなわけですでに放課後だった。
 学院を歩き回っていたユーリは目的の人物を見つけた。
「ルーファス!」
 その名を呼ぶと、いつものグルグル眼鏡が振り返った。
「あ、ユーリ。今日って転校初日だったんでしょ、クラスにはもう馴染めた?」
「あはは、ヌッコロしますよ」
 笑顔でユーリはルーファスの胸倉を掴んでいた。
「ご、ごめん……なにか不味いこと言っちゃったかなぁ?(なんか最近ユーリ僕に対して怖い)」
 まだルーファスはコッチがユーリの本性だと気づいていなかった。鈍感!
 スーッとユーリは全身から力を抜いて、ルーファスの胸倉を解放した。
「アタシこそごめんなさい、たまたま虫の居所が悪かったんです。ルーファスに八つ当たりしてしまうなんて、アタシ……」
 うつむき加減でちょっぴり涙目になるユーリ。こんな演技にルーファスはコロッと騙される。
「いや……いいよ、謝らなくて。誰でもちょっとイライラしてるときってあるよね」
「ありがとうルーファス、こんなアタシを許してくれて(ふんっ、男は女の涙にすぐ騙されるなんだから、ちょろいわ)」
 黒い、黒すぎる……ユーリちゃんのお腹は真っ黒です!
 今まで涙目だったのがウソだったように(ウソですが)、ユーリは気を取り直して無愛想なキャリアウーマンの顔をした。
「というわけですから、さっさと預かっている物を渡してください」
「はい?」
「カーシャ先生から預かっている物をさっさと出してください。5、4、3、2――」
 勝手にカウントダウン開始。
 焦りながらルーファスはポケットから小さな小瓶を取り出した。
「ちょ、あったあった、はいこれだよね?」
「ありがとぉルーファス♪」
 ニッコリ笑顔のユーリちゃん。表情の起伏が激しいです。
 ルーファスはメモもユーリに手渡した。
「それは説明書らしいよ」
「こんな物まで用意してもらえるなんてカーシャ先生って親切ですね♪(まっ、用意して当然だけど)」
 ニッコリ笑顔のユーリちゃん。裏表も激しいです。
 さっそくユーリは説明書を読むことにした。
 ――カーシャちゃんドキドキわくわく媚薬の使い方講座♪
「……今どきこんな丸文字(使ってんのオバさんくらいだし)」
 カーシャのメモはイタイほど丸文字だった。
 ――この媚薬の使い方はちょー簡単、注射器で相手のケツにブチ込め!
「どこが簡単じゃボケッ!」
 思わずユーリは大声で叫んでしまった。
 近くにいた生徒たちが足を止め、真横にいたルーファスも唖然としてしまっている。
 注目を浴びてしまっていることに気づいたユーリはすぐに取り直す。
「あはは、今度演劇でツンデレラの役をやるんです。そのセリフの練習です、あはは……(ヤバイ、スゴイ汗かいた)」
 ユーリはそーっとそーっとこの場をあとにした。
 ルーファスを置いて中庭に出たユーリは、噴水の見えるベンチに座ってメモの続きを読むことにした。
 ――というのはウソで。
「ウソかよっ!」
 また大声を出してしまったユーリは慌てて辺りを見回した。若干、遠くの生徒の目を引いてしまったが――うん、なかったことにしよう♪
 気を取り直して、今度こそ動じない心でユーリは続きを読んだ。
 ――この惚れ薬はまだ完成していない。完成させるためにはお前の体液が必要だ。この薬とお前の体液を混ぜ、それを相手に飲ませることにより効果が発生する。ちなみに混ぜる体液によって効果の度合いが変わってくるので注意しろ。妾のおすすめの体液はピーとかピーとか、ピーだな。
「(ピーってなに)」
 〝ピー〟の部分は最初から〝ピー〟って書いてあった。
 伏字の部分はさらりと流して、だいたいユーリはこのクスリについて把握した。
「(つまり、フェロモンの多い汗とかがいいのかなぁ……って、できない)」
 実はまだ誰に飲ませるか決まっていないが、誰であろうと好きな相手に自分の体液を飲ませるなんて、そんなこと……。
「……ただの変態じゃん」
 そうです、ただの変態です!
 相手のケツにブチ込むよりは難易度が低いが、変態であることには変わりなかった。
 でも、もしもこれを使うとしたら誰に?
「……あれ?(なんでこんな物を作ってもらったんだっけ)」
 ユーリは考え込んだ。
1.サキュバスの力を失ってしまった。
 2.そんなときに現れた運命の人。
 3.それは一目ぼれしたビビちゃん。
 本来ならビビに使うところだが、ユーリの頭には他の子も浮かんでいた。
「(ローゼンクロイツ様も捨てがたい。これからまた他の子と出逢うかもしれないし、今まで気づかなかったけど、実は近くにいた子と恋愛の花が咲くっていう展開も訪れるかも……ルーファスとかは絶対にないけど)」
 サキュバスって種族は浮気性が多いと云われている。
 ユーリちゃんに一人を選べなんてムリな話です!
「でも……」
 記憶に木霊する言葉。
『ユーリちゃんなんか大ッ嫌い!』
 強烈なビンタの感触が、今も残っているような気がして、ユーリは頬に軽く手を当てて少し哀しい顔をした。
 ユーリは小瓶を力強く握り締めた。
「ビビちゃんと仲直りしなくちゃ!(でも惚れ薬を使うかどうかは保留ってことで)」
 惚れ薬の入った小瓶はとりあえずポケットにしまって、どうやって仲直りするか考えることにした。
 題して〝ユーリちゃんの仲直り大作戦!〟という捻りもない名前。
「(やっぱり女の子にはプレゼント。たしか前にカフェで話したとき……そう言えばあのカフェどうなったんだろう、ローゼンクロイツ様にもあれ以来お会いしてないし)」
 思いっきり話が脱線してしまった。
 香水の匂いがどこからか漂ってきた。
 ユーリが辺りに目を配ると、目の前に空色ドレスが立っていた。
「あ、ローゼンクロイツ様」
「そうだよ、ボクはローゼンクロイツだよ(ふにふに)」
「そういう意味でお名前を呼んだのではなく……まあいいです。ところで、メルティラヴでの一件のあと、ローゼンクロイツ様はどうなされたのですか?」
「なにそれ?(ふにゅ)」
 忘却の彼方だった。
「ええっと、あのお店で一緒にスイーツを食べながら、アタシとビビちゃんとお話したのは覚えていらっしゃいますよね、ねっ?(あの楽しい思い出まで忘れてたらちょっとへこむ)」
「……忘れた(ふあふあ)」
 ユーリちゃんショック!
「あはは、そ……そうですか。え、でも、〈猫還り〉をしてお店を破壊したのは知っていますよね?」
「……らしいね(ふぅ)」
 〈猫還り〉のときの記憶はない。まるでタチの悪い酔っ払いだ。全部、あとから聞かされて自分がなにをしたか知るのだ。
 以下、ローゼンクロイツはあとから聞かされた話。
「キミたちが外に出されたあと、ヤツの秘書が現れて事態を収拾したらしいよ。お店もヤツがお金を出して立て直すらしい……ヤツに借りを作るなんて苦笑(ふっ)」
 本当に嫌そうな顔をしてローゼンクロイツは口元を歪めた。
 ローゼンクロイツマニアのユーリには、〝ヤツ〟とその〝秘書〟の名前もわかっていた。
 〝ヤツ〟とはクラウス魔導学院の学院長である。どうやらローゼンクロイツのパトロンらしいが、ローゼンクロイツはとても学院長ことを嫌っているらしい。
 ローゼンクロイツのご機嫌を損ねるのも嫌だったので、ユーリは別の話題を振ることにした。
「ところで、こんなところでなにをなさっていたのですか? まさか、アタシを見つけてわざわざ声を掛けに来てくださったとか?(だったら、それって愛!)」
「……迷った(ふあふあ)」
「はい?」
「家に帰りたいのに学院から出られない(ふぅ)」
「……あはは、迷子になられていたのですね。だったら、アタシが送りましょうか?(さすがローゼンクロイツ様、そんなところが萌え)」
「別にいいよ、明日も授業あるから(ふあふあ)」
「……あはは、そうですよね。明日も授業ありますもんね!(アタシと次元が違いすぎる)」
 もうこの話題には触れません。どうして明日も授業があるからとか、詳しい説明をするのも拒否です。
 ローゼンクロイツはふあふあ歩き出した。
 そんな後ろ姿を見ながらユーリは誓う。
「もうアタシは止めません。貴方は貴方の信じる我が道を突き進んでください」
 そして、またローゼンクロイツは迷子になるのだった。

《3》

 ユーリちゃんの仲直り大作戦!
 というわけで、ビビにプレゼントを買うため、ユーリはバイト中だったりした。
 今を遡ること数時間前、『今日は特別に無料でバイト先を紹介してやろう』というジャドの言葉で、ユーリが連れて行かれたのはギルドだった。
 ギルド〝シャドウクロウ〟のモットーは来るものは拒まず。そんなわけだから、ユーリは勝手に新人ギルド員に登録され、有無を言わさず仕事を与えられてしまった。
 初仕事はジャドのサポート役で、仕事内容を聞かされないまま、鍛冶屋に向かうことになった。
 ドラゴンファングという名の鍛冶屋は、王都アステアでも三本の指に入る有名店で、実力はナンバーワンだろう。ただし、店主が頑固オヤジで客を選ぶのが致命傷らしい。
 中央広場に近い立地条件の良い場所に、ドラゴンファングは店を構えていた。
 二人が店の中に入ると、いきなりナイフが飛んできた。
「何度言ったらわかるんだい、さっさと出ててって頂戴!」
 ナイフを投げたのは、店の奥で煙草を吸っている女だった。この店のカミさんだ。
 カミさんの名前はアルマ。鍛えられた体は若々しく、見た目は二十代後半くらいだが、実は二児の母で上の娘は一三歳だったりする。
 ジャドは陳列している武器や防具の間を抜け、飛んでくるナイフをかわしながらカウンターの前に立った。
「こちらとしてもメンツがある。この店に勝ってもらわなくては困るんだ」
「だから言ってんだろう、うちのダンナはそんな勝負事に興味ないって」
「おやっさんと直接話がしたい」
「ちょっとそこまで出かけてんだ。いつ帰るかわからないよ」
「昨日も、その前も、その前の日もだ。いつになったら帰って来るんだ?」
「さあね」
 ジャドは怒ったようにため息を吐き、床に座り込んでしまった。
「待たせてもらうぞ」
「勝手にしな」
 アルマも怒っているようで、そっぽを向いてしまった。
 まったく状況がつかめず取り残されているユーリ。とりえずジャドの横に腰を下ろした。
「あのぉ、今回の仕事の内容を教えていただけませんでしょうか?」
「この国の王がランバードの王に剣を贈りたいらしい。それで鍛冶勝負をして贈る剣を選ぶことになったんだ」
「この店に勝たせるのが仕事内容?」
「そうだ」
 二人の会話に聞き耳を立てていたアルマが口を挟む。
「そんなこと頼んでないよ」
 そこの言葉を聞いてユーリは当然こんな質問を投げかける。
「じゃあ誰の依頼なんですか?」
「ウチのギルドマスターの個人的な依頼だ」
 ジャドがうんざりしたように答えた。
 この依頼には裏がある!
 ……ような気がする展開だ。
 しかし、そんな期待もあっさりジャドに壊されることになった。
「ギルマスの気まぐれなんだ。話せば長くなるが、七五パーセントオフで話をすると、ウチとホワイトファングというギルドは仲が悪い。向うは王宮直属のギルドだからな、互いにいろいろ目の敵にしてるんだ。それで今回の対決になるわけだが、ホワイトファングが敵方の鍛冶屋を全面バックアップしているらしいと聞いたウチのギルマスが、対抗意識を燃やしてこの店を絶対に勝たせたいんだと……(くだらない)」
 大人がする子供のケンカだ。
 そんなわけでジャドはここ数日、この店に来て説得を続けているっぽい。しかもどうやら店主のおやっさんに会わせてもらえないらしい。
 ジャドはおやっさんの帰りを待つと言っているが、忍耐のないユーリはすでに飽きていた。
「ちょっと店の外のようすを見てきます」
 というセリフで逃亡。
 ユーリは店の外に出てどっとため息を漏らした。
「(人にこき使われるバイトよりはマシだけど……ヒマだ!)」
 店で待っていてもおやっさんには会わせてもらえないらしいので、こっちから探したほうが早いような気がする。
 おやっさんはどこにいるのか?
 店の奥に隠れているのか、それともどこかに逃亡しているのか?
 とりあえずまずは近隣で情報収集だ。聞き込みをしようとユーリがしていると、話しかける前に話しかけられた。
「あのすみません、シャドウクロウからご訪問の方ですか?」
「はい、そうですけど?」
 ユーリの視線の先には、同い年くらいの眼鏡っ娘が立っていた。
「わたし、この店の娘のアインって言います!」
 二つの拳を胸の前でギュッと握っている。しかも眼鏡がキラキラ輝いている。無駄に元気そうな眼鏡っ娘だった。
 ユーリちゃんも営業スマイルで応じる。
「こんにちは、ユーリと申します。本来ならばこんな可愛い女の子をデートに誘わないなんて一族の掟に反することなのですが、仕事中で忙しくて申し訳ない(お金がないから誘えないだけだけど)」
「やっぱりあなたが正真正銘ユーリさんなんですね!」
「えっ……アタシってそんなに有名人でしょうか?(やっぱり可愛いって罪なのね)」
「クラスメートです。店の中にいるジャドさんも同じクラスですよ?」
「ええっ!」
 まったく知りませんでした!
「今日から謎の転校生が来るってみんな愉快爽快だったのに、食中毒で臨時休業するって先生が言ってました」
「いや、食中毒とかにはかかってないんだけど(留置場にぶち込まれいたなんて言えやしない)」
「ところで……」
 急にアインのテンションが下がった。
 そして、いきなりハイテンション!
「ローゼン様とはいったい全体どういう関係なんですかっ! メルティラヴで一緒に楽しくおしゃべりしてたってウワサが垂れ流しですよ」
「……はい?(なにこの子、ローゼンクロイツ様の信者?)」
「あぅ……わたしですら一緒にスイーツとか食べたりしたことないに……」
 死の宣告を受けたみたいな落ち込みよう。
 呆然とするユーリに関係なく、アインは勝手に落ち込んで勝手に復活した。
「えと、申し遅れちゃいました、わたし……薔薇十字団の会長のネイス(ハンドルネーム)です!」
「ええっ!(まさかこんな子が会長だったなんて予想もしてなかった)」
「薔薇十字団とはローゼンクロイツ様のファンクラブです」
「知っています。だってアタシも会員ですから……(狭い、世間って狭い)」
「し、真実ですかっ! だったら抜け駆けですか、他の会員を差し置いてローゼン様と親睦会ですか! お天道様が許しても信者たちが許しません!」
「だったらアインちゃんもしたらいいのに」
「ぐわっ!」
 あまりの衝撃にアインは三歩後ろに下がって固まった。
 そして、恐怖に駆られて震えだすアイン。
「そ、そそそんな神をも恐れぬ悪行……崇高なローゼン様と親密関係なんかしたら、天罰が下って末代まで祟られますよっ!」
「そんなことないと思いますが、好きな人に好き言わない人生なんて腐ってますよ」
「愛の告白なんかしたら、喉笛が潰れて声が出さなくなっちゃいますよっ!」
「……そ、そうですか(変な人)」
 ローゼンクロイツへの愛は変わらないかもしれないが、友達としては一線を引いて付き合おうとユーリはコッソリ誓うのだった。
 ユーリはふと思い出した。
「そう言えば、シャドウクロウのギルド員であるアタシに用があったんじゃないですか?」
「あ、そうでした! すっかり脳ミソから脱落してました。至極大事な話がございましたです!」
「(大事な話なら忘れないでよ)どのような話でしょうか?」
「実は……父が行方不明なんです!」
 今すぐ捜索願届けを提出しましょう!
 アインが知らないということは、母親のアルマも知らない可能性が出てきた。
 ユーリは難しい顔をして考えはじめた。
「(奥さんはまるですぐに帰ってくるみたいな言い方してたけど、行方不明ならそうだって言って鍛冶対決を辞退すればいいのに。なんでわざわざくだらないウソを付くんだろう?)どうして行方不明になったんですか?」
「わからないです。母に訊いてもタバコを買いに行ってるとか、パチンコに行ってるだけだからって……でも、一週間も帰ってこないんですよ、奥さん事件ですよ!」
 もしかしたらアルマはなにか事情を知っているかもしれない。
 その前にアインから聞き出せることを訊いておこう。
「過去に同じようなことはなかったんですか?」
「父が長々と店を放棄することはありましたけど、ちゃんと言付けを残してました。その間は母とわたしで店を守り抜くんです。でもこの度の事例は……きっと悪の組織に捕られられてるんです!」
「悪の組織に心当たりが?」
「……ありません。雰囲気で言ってみただけです(父は正義の味方マニアですし)」
 ノリでした、ごめんなさい!
 ため息を漏らしながらユーリは質問を続ける。
「お父様が行方不明という話をジャドにはしたんですか?」
「至極できないですよ、同胞と言えどあの人恐怖なんです。授業中もあのフードをお取りにならないんですよ、怪しい人を略して怪人じゃないですかっ!」
「(怪しいというか、ただのネット通販好きだけど)ならアタシがお母様に尋ねてきます」
「あの……わたしはここで待機コマンドでいいですか? 昨今、お母さんピリピリしてて恐怖なんです」
「大丈夫です、中にはジャドもいますから」
 さっそくユーリは店の中に戻り、ブスッとしているアルマの前に立った。
「行方不明らしいですね、アナタのダンナさん」
 その言葉を聞いたアルマの瞳がギラーン!
 ぶっ飛ぶナイフ、豪雨のごとし!
 アルマによって投げえられたナイフを必死でかわすユーリ。
「アタシを殺す気か!」
「殺されたくなかったらさっさと出てお逝き!」
 逝きたくありません!
 ナイフがユーリの股間の下を抜けた。
「(……今、自分がオトコだってことを思い知らされた)」
 女の子にはわからないキューんとした感覚。
 あとちょっとナイフがズレていたらオトコとして再起不能になるところだった。
 よし、逃走しよう!
 ユーリは冷や汗を流しながら店の外に飛び出した。
 外で待っていたアインがすぐに駆け寄ってきた。
「顔面蒼白ですけど、大丈夫ですか?」
「あはは、大丈夫。うん、お父様はきっと帰ってくるから大丈夫!(ウソだけど)」
 ウソかよっ!
 そして、ユーリは笑いながら逃げ去った。
 ジャドも追い出されたようで、店の中から出てきた。
「ユーリのせいで俺まで追い出されてしまった。しかもどこに行ったんだアイツ」
 辺りを見回すジャドがアインを見つけた。
「……ん、アインじゃないか?」
「こんにちは、そしてさようなら!(こ、怖いよ、あの人恐怖です!)」
 ジャドと眼が合ってアインも逃亡。
 残されたジャドは首を傾げながら深く息をついた。
「なにかしたか?」
 言えやしない、言えやしない……ジャドの背中にナイフが刺さってるなんて、言えやしないよ!
 どーやらジャドは痛みに鈍感らしい。

《4》

 街外れの料亭でお偉いさんと商人が密会していた。二人のあだ名は〝ちょんまげ〟と〝たぬき〟らしい。
「エチゴヤ、おぬしも悪よのぉ」
「いえいえ、ダイカーン様には敵いませんよ」
「あーははははははっ!」
 国の大事な某役職に就いているというダイカーン(本名)と、アステア王国であくどい商売でボロ儲けしているとウワサのエチゴヤ(本名)。二人が揃って悪の風が吹かないハズがない!
 お下劣な顔したエチゴヤが、わざとらし~く菓子折りをダイカーンに差し出した。
「おっと、忘れておりました。ダイカーン様のお好きな黄金色の菓子でございます」
「おお、ではさっそく……」
 ダイカーンが箱を開けると、中には金塊が詰まっていた。賄賂だ!
 金塊に手を伸ばそうとダイカーンがすると、エチゴヤは箱をすっと引いた。
「なにをするのだエチゴヤ?」
「いえ、これをお渡しする前に、アレはどうなったのかとお尋ねしたいんですが?」
「う~む、アレか……」
 ダイカーンは難しい顔で腕組みをした。きっと悪巧みがうまくいってないのだ。ケッ、ざまあ見やがれ!
 エチゴヤも不安そうな顔をしている。
「どうかなされたんで?」
「それがな、エルザが当日に視察に来るらしいのだ」
「あの堅物の女ですかい?」
「ヤツはクラウス王のお気に入りだからな(若造のクセにホイホイ出世しおって、どうせ体を売っているに違いない。汚い女だ)」
 ダイカーンたちが危惧するということは、きっとエルザは清廉潔白な正義の味方に違いない!
 体を売っていたとしても、きっとそれは純愛だ!
 と、いう感じで、悪役に対する正義を勝手に妄想してみたり。
 とにかく、エルザという人物の詳細は妄想の域を出ないが、エルザの登場によってダイカーンたちの企みが失敗する可能性があるらしい。
 しかし、エチゴヤは余裕の笑み。
「ですがダイカーン様、ドラゴンファングが対決を辞退すれば我々の不戦勝、あの店に勝ったとなれば、あっしらがひいきにしてる店も大繁盛、王国の武器や防具の受注を一手に握ることも可能ですぜ」
「わしらが手をくださずとも、あの店のオヤジが行方不明になってくれたのは運がよかったな」
「そうですとも、運は我らの味方ですよ。エルザなんか恐れるに足りません」
「そうだな、あーはははははっ!」
 ふんぞり返って笑うダイカーン。そのまま重力に引かれてゴン!
 お約束の後頭部強打。
 特にこの話題を引っ張ることもないので、さっさと次の展開が起ころうとしていた。
 廊下を慌てたようすで走る音。
 障子を開けて若造が部屋に飛び込んできた。
「大変ですぜダイカーン様!」
「おう、どうしたのだゴンベエ?」
「薔薇仮面から挑戦状が王宮に届いたそうですぜ。鍛冶対決を邪魔しようと企んでるそうで」
 ダイカーンとエチゴヤは顔を見合わせた。
「わしらの企みに気づきおったのか?」
「万が一、そのようなことがあっても薔薇仮面を始末すれば済むこと、ヤツを始末すればダイカーン様の手柄となり、一石二鳥というものですよ」
「あーははははっ!」
 ――ゴン!
 この話題には触れません。

《5》

 春の木漏れ日のような暖かい温もり。
 おやっさんはバッと眼を覚ました。
「生温ッ!」
 そして、おやっさんは自分に抱きついてる裸の男に気づいて飛び起きた。
「誰だよっ!」
 で、自分も裸だったことに気づいて股間をガードした。
 頭を混乱させながら、おやっさんは辺りを見回した。
 どうやらどこかの洞窟らしい。
 焚き火の周りで服を乾かしている。
 そして、赤フンで仁王立ちする男――顔は黒頭巾で隠されていた。
 黒子がパペットをサッと出した。
「生肌デ温メルノハ常識ダロウガッ!」
 凍えた人を温めるのは服を着たままより生肌のほうがよい。豆知識だ。
 しかし、この赤フン男に抱きつかれていたかと思うと、おやっさんはゾッとして寒さがぶり返してきた。
「ハクション!」
 鼻水を飛ばしたおやっさんを見て黒子を抱きついて来ようとした。
「死ヌナ、今温メテヤルゾ!」
「近寄るな変態!」
 おやっさん怒りの鉄拳!
 グーパンチを喰らった黒子は地面に尻餅をついてM字開脚!
 サッとおやっさんは顔を背けた。
「さっさと服を着やがれ変態」
「赤ふんハ漢ノ正装ダ、コンチキショー!」
「助けてもらったようなのは礼を言うが、早く着ないと剣のサビにするぞ……俺の大事な剣はどこだ」
 フルチンでおやっさんは慌てふためいた。
 黒子はふんどしに手を突っ込んで、中から剣を取り出した。明らかにサイズが合わないのは目をつぶりましょう。
「此処ニ有ルゾ」
「そんなとこに入んな腐るだろ!」
「安心シロ、一日十回ハ洗ッテルゾ」
「そーゆー問題じゃねぇよ!」
 おっさん怒りの鉄拳!
 地面に尻餅をついた黒子は(以下略)。
 自分の剣を奪い返したおやっさんは服を着替えようとしたのだが――。
「おい、俺のパンツ知らないか?」
「テメェノぱんつナラ此処ニ有ルゾ」
 黒子はふんどしに手を突っ込んで(以下略)。
「温メタ方ガ穿ク時、気持チ良イト思ッテナ」
「そんなパンツ穿けるかッ!」
 おっさん怒りの鉄拳で黒子は(以下略)。
 怒りながらおっさんはノーパンでズボンを穿き、さっさと着替えを全部済ませた。腰に剣を装備して完璧だ。
 謎の黒子もすでに燕尾服に着替えていた。
「オイ、焚キ火ニ当タレ」
「すまんな」
 二人は焚き火の近くに腰を下ろした。
 おやっさんはポケットからタバコを取り出して、焚き火で火を点けようとしたが点かない。
「チッ、湿気っちまってるな(ホントついてねぇーな)」
「煙草ナンテ吸ッテルト長生キ出来ネェーゾ」
「っるせえな、俺の勝手だろうが」
「綺麗ナ奥サント可愛イ娘ト息子ガイルンダロ?」
「なんで知ってんだよ?」
「何ヲ隠ソウ俺様ハえすぱーナノダ!」
「マジか!」
「嘘ダ」
 ウソかよっ!
「財布ニ入ッテンノ見タゾ」
「何だと?」
 おやっさんは慌ててサイフを探した。ポケットあったサイフ、その中には家族で撮った写真が入っていた。思わずほっと胸をなでおろすおやっさん。
「(てっきり股間に……いや、よかった)ところでおまえ名前なんてんだ?」
「俺様ハせばす。コッチノ男ハ黒子ダ」
 あくまで黒子とパペットは別々の存在です。
 おやっさんも自己紹介をする。
「俺の名前はクルダ。王都アステアで鍛冶屋をやっている。この山にホワイトムーンと云う特別な鉱石を採りに来たんだが、雪崩に巻き込まれてお前に助けられたようだな」
「オウ、助ケテヤッタゾ」
「せっかく手に入れたホワイトムーンも雪崩と一緒になくしちまったようだ」
「其ノほわいとむーんナラ、此処ニ――」
 股間に手を突っ込もうとした黒子をクルダは必死に止めた。
「待て、それはもうお前のもんだ、やるから出すな(そんなもんで武具を作るなら死んだほうがマシだ)。それにそれだけじゃ足りねぇんだ、もっと多くのホワイトムーンを探さなきゃな……見つかるかどうかわからんがな」
 ホワイトムーンと云えば、グラーシュ山脈でしか採取できない超希少価値の高い鉱石だ。しかも、この地はババナで釘が打てる極寒地帯。さらにホワイトムーンが採取できるポイントは一年中猛吹雪が吹いていて、恐ろしい怪物も出現するデッドゾーン。
 そんな場所に足を踏み込むのは度胸があるか、バカなのかどっちかだ。
 しかし、クルダは再び行こうとしていた。きっとバカだ!
「俺はまた採取に行くぜ。おまえはどうすんだ?」
「道ニ迷ッテンダ、悪イカコンチキショー!」
 ユーリを探してなぜか雪山に迷い込んでいた。
「……チッ、仕方ねぇな。ホワイトムーンはあきらめっか。山のふもとまで一緒に降りてやるよ」
「本当ニ良イノカヨ?」
「命の恩人だからな」
「感動シタゾ、テメェ良イ野郎ダナ」
 黒子はセバス人形をクルダの顔にグリグリした。
「グリグリすんな!」
 おやっさん怒りの鉄拳!
 黒子は地面に尻(以下略)。

《6》

 鍛冶対決当日になっちゃいました!
 そんなわけでユーリも会場になったダイカーン屋敷に来ていた。
 どーにかこーにか、鍛冶対決は〝対決〟になったらしい。つまり、あんなに頑なだったドラゴンファングが献上する剣を用意したのだ。
 その話を聞いたダイカーンは大慌て、さらに薔薇仮面の警備で大慌て、会場は混乱していた。
 ユーリとジャドはドラゴンファングが献上する剣の警護していた。
 部屋にいるのはユーリ、ジャド、そしてアルマの三人だけ。店主のおやっさんは未だに行方不明だった。ちなみにアインは幼い弟の子守らしい。
 ジャドが部屋を出て行こうとする。
「俺はちょっと出かけてくる」
「どこ行くの?」
 ユーリが尋ねるとジャドは不適な笑みを浮かべた。
「絶対に勝ってもらわなくては困るからな。そのためならどんなことでもする」
 やんわり犯行声明。
 ユーリは笑顔で聞き流した。
「いってらっしゃい、トイレに!(なにするかわからないけど、絶対悪巧みに決まってる)」
 ジャドはきっとトイレで悪いことをする気だ。水を流さないとか、トイレットペーパーを隠したりする気だ。そーゆーことにしておきましょう。
 今日も不機嫌そうなアルマはタバコに火を点けようとした。それをユーリが止める。
「ここ禁煙ですよ。吸うなら別の場所でどうぞ」
「ったく、うるさい子だね……わかったよ」
 怒ったようすでアルマはケツをフリフリして部屋を出て行ってしまった。
 独り残されてしまったユーリ。
「……ヒマ」
 ヒマを持て余しているユーリの前にある長方形の木箱。あの中には献上する剣が入っているハズだ。
「(ちょっと見てみようかな)」
 ちょっぴり好奇心を抑えられず、ユーリはコッソリ中身を確かめることにした。
 木箱を開けると地味な長剣が入っていた。
「(なんかガッカリ。でも、見た目は地味でもその刃はダイヤモンドも切り裂く業物だったりして)」
 ユーリは鞘から剣を抜いて構えた。
「(スゴイ、物凄く軽い。重さないから威力は劣るけど、スピードはあるし疲れも堪らない。これで切れ味があったら最強じゃん)」
 剣術の心得があるユーリは剣を振るった。
「えい!」
 くにょ♪
「ぐわーっ!」
 剣が、剣が……くにょって曲がりやがった!
 刃がまるでアルミのように曲がってしまった。
「ウソ アタシ悪くないし、こんなことありえないし、落ち着けじぶーん」
 滝のように汗を流しながらユーリちゃん顔面蒼白。
 そんなとこへドアをノックして私兵が部屋に入ってきた。
「失礼します、そろそろ剣を持って会場に……ってお前なにやってんだ!」
 犯行現場を見られてしまった。
 焦るユーリ。
「えっ、いや……まさか献上するハズの剣を壊してしまったとかってことはないですから、絶対に」
「あるだろ!」
「ないです、あはは」
 しかも、さらにとんでもない展開になろうとしていた。
「まさか……おまえ薔薇仮面だな!」
「はい?」
「変装してるんだろ。大変だ、薔薇仮面が現れたぞ!」
 私兵は仲間を呼んだ。
 私兵Aが現れた。
 私兵Bが現れた。
 私兵Cが現れた。
 唖然とするユーリ。
「うっそ~ん!」
 もうなにを言っても聞いてもらえないっぽい。
・たたかう
・まほう
・どうぐ
▽にげる
 ユーリは曲がった剣を持って逃走した。
 逃亡者ユーリ!
 部屋を飛び出して廊下を走るユーリ。走れば走るほど私兵の数が増えていく仕様だ。
「なんでアタシが追われなきゃいけないの!(絶対にいつか訴えてやる!)」
 でも今は疑いが晴れるまで逃げるしかない。
 屋敷に鳴り響くサイレン。なんか騒ぎがどんどん大きくなっている。
 さらにスピーカーからこんな放送が流れた。
《会場にお越しの皆様、ただいま武装した凶悪犯が屋敷を逃亡中です。係員の指示に従って速やかに避難してください》
 今日からユーリちゃんも凶悪犯の仲間入り♪
 武装と言ってもナマクラの剣。ちょっぴり腹黒いけど凶悪犯というほどでもない。
 でも、ユーリちゃん追われちゃってます!
 廊下を曲がって曲がってユーリはひたすら逃げる。兵士を少しまいたところで、ユーリは女子トイレに逃げ込んだ。
「……はぁはぁ(こんなに走ったの久しぶりだし)」
 ユーリが汗を拭っていると、個室のカギがガチャっと開くがした。
 焦って逃げようとしたユーリの投げかけられる声。
「人の顔を見てどうして逃げるんだい?」
 振り返るとそこにいたのはタバコ臭いアルマだった。
「あ、アルマさん……ご機嫌麗しゅうございます」
「変な子だね……ん?」
「では、ごきげんよう♪」
「ちょっと待ちな」
 逃げようとしたユーリの首根っこが掴まれた。
 そして、持っていた剣を取り上げられてしまった。
「この剣は……?」
「なんていうか不可抗力というか、神が与えたもうた試練というか、事故というのが適切かもしれませんが、不慮の事故という感じだったりするわけで、ごめんなさい!」
 ユーリが頭を下げた。きっと天変地異の前触れだ。
 アルマは笑った。
「外が騒がしいと思ったら、あんたがこれを盗んだのかい?」
「盗んだなんてとんでもないです。濡れ衣を着せられて逃亡してたんです」
「そうかい、なら本当にこのまま盗んで逃げてくれないかい?」
「はっ?」
 唖然とするユーリに剣が押し付けられた。思わず受け取ってしまったが、事情がまったくもって不明瞭だ。
「アタシがこれを持って逃げるって……わかりやすく説明していただけると嬉しいのですが?」
「誰かがウチが出す剣を持ち去ったとなれば勝負は不戦敗だろう。そうすればウチの店の名前も傷つかないで済む、みんな万々歳さ」
「アタシはぜんぜんバンザイできないんですけど。てゆーか事情がまったく理解できないんですけど、なんで負けたがるんですか?」
「負けたかないよ、でも仕方ないだろう。実は剣を鍛えるダンナがいないんだ、それじゃ献上する剣なんて作れやしないよ」
 ついに奥さん自身が、ダンナが〝いない〟と認めましたよ!
「ダンナさんがタバコを買いに行ってるかとかパチンコに行ってるとか、やっぱり全部ウソだったんですか?」
「……そうさ」
 アルマは気まずそうな顔をしながらタバコに火を点けた。
「でもどうしてウソなんかついたんですか?」
「そんなこと口が裂けても言えないよ」
「まさか……夫婦喧嘩でダンナが家を出て行ったとか?」
「ギクッ!」
 図星のようです。
 ユーリは呆れてため息を漏らした。
「……くだらない。ダンナさんがいないのは娘さんから聞いてましたけど、アタシはてっきり事故に巻き込まれたのかと」
 夫婦喧嘩はある意味人災なので事故です。
「くだらなかないよ、こんなことがご近所さんや常連さんに知れたらいい笑いもんだよ。恥ずかしくて買い物にも行けないじゃないか」
「そーならそー言って鍛冶勝負なんかさっさと断ればいいのに」
「最初は断ってたじゃないか。けどウチが勝手に断ったらダンナに合わす顔がないだろう」
「でも負けてもメンツが潰れるだけでしょう。それにこんな剣じゃ」
 ユーリはふにゃふにゃに曲がった剣を見せた。
 アルマがガシッとユーリの両肩を掴んで真顔になる。
「だからそれを持って逃げてくれって頼んでんだろう。ちゃんと礼ならあとでするから、さっさとお行き」
「嫌です」
 きっぱりさっぱり即答だった。
 しかし、アルマは強硬手段に出たのだった。
 トイレの外に顔を出したアルマが大声で叫ぶ。
「逃亡者ならここにいるよ!」
 すぐに私兵たちが聞きつけて駆け寄ってくる。
 強制的にユーリは逃げるハメになってしまった。
「絶対に訴えてるからな!」
 負け犬の遠吠えを吐き捨ててユーリの逃亡劇が再びはじまったのだった。

《7》

 ダイカーンの耳に私兵が耳打ちする。
「逃亡者を完全に見失ったそうです。いかがいたしますか?」
「もう探さずともよい(見つからんほうが好都合だ。不戦勝となれば、エルザも文句の付けようもあるまい)」
 ダイカーンは壇上に立って、抑えられずに自然と笑みがこぼれた。
「ドラゴンファングの剣を持って逃亡した者を取り逃がしてしまったそうだ。我が屋敷で起きたことはわしにも責任があると痛感しておる。しかし、こうなってしまっては仕方あるまい……鍛冶対決は武器商店エクスカリパーの勝利とする!」
 会場がざわついた。
 白銀の甲冑を着たブロンドヘアのエルザが意義を唱える。
「勝敗を決めるのは早いのではないか!」
 エルザの鋭い蒼眼がダイカーンを見据えるが、ダイカーンは鼻で嘲笑した。
「しかし、武器がないのだから仕方あるまい」
「勝負を延期にすればよい話ではないか!」
「それも時の運、ドラゴンファング側も異存ないな?」
 ダイカーンに顔を向けられ、アルマは無愛想に頷いた。
「武器を盗まれたのはウチにも落ち度がある。負けても文句は言えないね」
 これでダイカーンもアルマも思惑通りになって万々歳なのか?
 だが、エルザだけは納得ができなかった。
「ダイカーン貴様、まさか貴様がドラゴンファングの武器を盗ませたのではなかろうな!(この勝負には裏があると最初から睨んでいたが、未だなに一つ証拠がつかめん)」
「言いがかりも甚だしい。国王陛下のお気に入りだからと言ってあまりでかい顔をするな!」
「なにをぉ、貴様こそエチゴヤと裏で繋がっておるのだろう!」
「それ以上わしを愚弄するというならば、審問会に訴えてやるわ!」
「やれるものならやってみるがいい、貴様も壇上に立たせて洗いざらい吐いてもらうからな!」
「あーはははは、証拠なぞ出るものか。わしは濡れ衣なのだからな!」
 急に部屋が停電した。
 そして、映写機で投影したように壁に映像が映った。
 ダイカーンとエチゴヤの密会映像だ!
《おっと、忘れておりました。ダイカーン様のお好きな黄金色の菓子でございます》
 エチゴヤが賄賂を渡すシーンがしっかり映し出されている。
 それを見たダイカーンは顔を真っ青にして慌てた。
「すぐに消せ、早く消さぬか!」
 だが、映像は止まることなく流れ続けている。
《それがな、エルザが当日に視察に来るらしいのだ》
《あの堅物の女ですかい?》
 映像を見ていたエルザの眉間にシワが寄る。
「ダイカーンこれはどういうことだ、説明してもらおうではないか!(これ以上の証拠はあるまい。しかし、いったい誰が?)」
「わしはなにも知らん。これはわしを陥れようとする陰謀だ!」
 もはやその言葉を信じる者はいない。
 そして、今回の鍛冶対決の裏にある陰謀が陽の下に晒されたのだ。
《ドラゴンファングが対決を辞退すれば我々の不戦勝、あの店に勝ったとなれば、あっしらがひいきにしてる店も大繁盛、王国の武器や防具の受注を一手に握ることも可能ですぜ》
 ダイカーンは怒り狂った。
「誰だ、誰の仕業だ!」
 壁に映った映像が消え、天井裏から誰か落ちて来た。
 落ちて来たのはユーリだった。そのままダイカーンの頭にゴン!
 ダイカーンは痛恨の一撃を受けてぶっ倒れた。
 まさか、これは悪のダイカーンをユーリが倒してしまった構図?
 これにて一件落着、めでたしめでたし……んなことあるか!
 ユーリはすでに私兵に囲まれ、ダイカーンも頭を押さえながら立ち上がった。
「おのれ、すべてこの小娘の仕業だな。斬れ、斬ってしまえ!」
「えっ アタシ……なにがどうなってるの?」
 全ての罪はユーリに擦り付けられようとしていた。
 そのとき、スポットライトが人影を照らした!
 真紅のドレスを着た紅髪の薔薇仮面。
 薔薇仮面はエルザに向かって映像ディスクを投げた。
 受け取ったディスクのラベルには〝ダイカーンとエチゴヤの悪巧み繁盛記〟と書かれていた。
「まさかこれは……さっきの映像は貴様が撮った物なのか」
 エルザの問いかけに、薔薇仮面は口元に笑みを浮かべた。
 証拠物件まで出てきてしまって言い訳も通らない。こうなったら最後の手段しかない。ダイカーンは手の者に命じる。
「斬れ斬ってしまえ、薔薇仮面もエルザもドラゴンファングの人間も、そこの小娘もだ!」
「……アタシも入ってるんだ」
 ユーリは嫌そうな顔をして頭を抱えた。
 さらにあくどいダイカーンはこう続けたのだ。
「すべて薔薇仮面とそこの娘のせいにしてしまえば済むことだ!」
 汚い、やることが汚すぎる。こんな大人になりたくないです。
 もう戦いは免れそうもない。
 剣を抜いた私兵たちが襲い掛かってきた。
 ユーリはくにょくにょ剣を構えた。
 だが――。
「こんなんで戦えるか!」
 すぐに投げ捨てて敵に背を向けて逃げた。
 エルザも刀を抜いて応戦中。その横ではフルフェイスの重装備をしているエルザの部下らしき男も剣を抜いて戦っていた。
 アルマもさすが鍛冶屋のカミさんだけのことはある。豪快な断ちで次々と私兵をぶった斬っていく。
 そして、薔薇仮面は優雅に納豆を食っていた。
 なんで納豆やねん!
 しかも、納豆にかけているのは山盛りの七味唐辛子だった。
 私兵が薔薇仮面に襲い掛かる。
 仮面の奥で光る瞳に六芒星が浮かび上がった。
 刹那、ネバネバの納豆がお箸から放たれた!
「くせぇ!」
 私兵の悲痛な叫び。
 納豆の糸はまるでクモの糸のように私兵を絡め取ってしまった。もがけばもがくほど動けなくなる仕様だ。しかも臭い!
 良い子のみんなは食べ物を武器にしちゃダメよ♪
 一方ユーリちゃんは――追い詰められていた♪
 ユーリは尻餅を付いて、背中はすでに壁だったりした。まさに絶体絶命のピーンチ!
 しかし、ユーリの口は恐れを知らない。
「アタシに触れたらわいせつ罪で訴えますよ!」
 お得意の法的手段だ!
 だが、ユーリを囲んでいる三人の男たちにはノーダメージ。
「死人に口なし、訴えられるものなら訴えてみるんだな」
「殺人未遂及び脅迫罪でも訴えてやる。てゆーか、あんたたち王宮直属のギルド員じゃないの!」
 ユーリを囲んでいる男たちはホワイトファングのギルド員。シャドウクロウが邪道なら、ホワイトファングは王道のハズだった。
「ふっ、悪はどこにでも蔓延るのさ。ましてや正義は悪の隠れ蓑に申し分ない、金さえもらえればなんでもやるさ!」
 ギルド員の剣がユーリに振り下ろされる瞬間、それを何者かが受け止めた。
 眼を丸くしたユーリが感嘆の声を漏らす。
「ジャド!」
「金でなんでもやるのはウチの専売特許だ。営業妨害も甚だしい」
 ジャドは手に持っていた武器で相手の剣をはじき返した。
 その姿を見ていたユーリの胸が少しときめいた。
「(ピンチのときに現れるなんて白馬の王子様っぽい。ちょっと惚れちゃうかも)でも……ジャド持ってるのフライパンだよね?(ドジっ子萌えと幻滅が紙一重)」
 ユーリに指摘され、ジャドは自分の持っていた武器を確認した。
「しまった……こないだ通販で買った焦げない錆付かない洗うの簡単なフライパンだった」
 こんなアホなヤツに負けてたまるかと、敵ギルド員が束になって斬りかかってきた。
 フードの奥で嘲笑するジャド。
「喰らえ、通販で勝った包丁セット!」
 用途に応じた包丁が用途無視して投げられた。
 投げられた包丁セットは敵ギルド員の手に刺さり思わず剣が落とされた。
 手を押さえて歯を食いしばるギルド員たち。
 圧倒的なジャドの強さ。負けたほうはいろんな意味で悔しそうだ。
 だが、ユーリは蒼ざめていた。
「……あはは、ジャドの体を剣が貫通してるように見える(きっと手品だよね、どこかに種があるんだよね!)」
 ユーリは自分に言い聞かせた。
 すべて幻想です!
 でもやっぱりリアルだったりした。
 自分の腹を貫通する剣をジャドは慌てることなく抜いた。
「俺は痛みに耐える修行をしている。こんなもの痒くもない」
 そーゆー問題なのか!
 ジャドの足元がふら付いた。
「だが……痛くなくとも……貧血にはなる」
 バタン!
 ジャドは貧血で倒れてしまった。
「痛くないとか意味ないじゃん!」
 ユーリのツッコミ。
 腹から血を流して倒れているジャドを見ながらユーリは不安そう顔をした。
「元はといえばアタシを助けてくれてこんなことに(愚民が特権階級を守るの当然だけど)。でも……アタシを守ってくれたこの人を……絶対に死なせたくない!」
 なにか熱い想いがユーリの胸を突き動かした。
 すぐにユーリは回復呪文を唱えようとした。
「ラヴヒール!」
 ――声が木霊しただけだった。
「しまった、呪文使えなかったんだ!」
 ユーリちゃんショック!
 慌てふためくユーリ。
「ちょっと待って、今何とかするから。え~と、絆創膏……なんて持ってないし……あっ」
 ポケットの中を探っていたユーリは小瓶を見つめた。
 その小瓶はカーシャ特製の惚れ薬だった。
 ここでユーリは魔導書で読んだ記述を思い出した。
 ――愛の女神ロロアの加護を授かる〝ロロアの林檎〟には、回復魔法が得意なロロア同様、その特性が林檎に成分として含まれている。
 ユーリは迷わず……迷わず……まよ……。
「苦労して作ったのに……でも……でも……」
 迷わず使えなかった♪
 ユーリが自分の中の善と悪と討論している間も、ジャドの体からはどんどん血が流れていた。
 ついにユーリが小瓶のフタを開けた!
「また作ればいいんでしょ!」
 投げやりな感じでユーリは惚れ薬をジャドの傷口にぶっかけた。
 果たして愛の奇跡は起こるのか!

《8》

 奇跡は起きた!
 自分たちが負けそうになってるもんだから、ダイカーンはコッソリ逃げようしていた。
 そこへターザンロープでビューンっと現れた男がダイカーンにキック!
「待たせたな野郎ども!」
 ダイカーンをやっつけて現れたのはクルダだった。
 ダンナな姿を見てアルマが眼を輝かせる。
「アンタ!」
「おうハニー、帰りが遅くなっちまったな」
 再会した二人は駆け寄り……人妻怒りの鉄拳!
 強烈なパンチがクルダの顔面にヒットした。
「アンタ今までどこでほっつき歩いてたんだい!」
「いきなり殴るこったねえだろ。これの材料を採りに行ってたんだよ」
 クルダは背負っていた大剣をアルマに渡した。
「アンタ……これは?」
「抜いてみな」
 言われたとおりアルマが大剣を鞘から抜くと、辺りは一瞬にしてまばゆい光に包まれたのだ。
「これは……ホワイトムーンで作った剣じゃないか」
「そうとも、俺が鍛えた最高の剣だ」
「……アンタ」
 アルマは少し涙ぐんでいたが、決してその雫を溢すことはなかった。
 雨降って地固まる的に夫婦の絆が深まっている横で、鼻血を流しながらダイカーンはコッソリ赤ちゃん歩きで逃げようとしていた。
 しかし、悪は決して許されないのデース!
 逃げようしているダイカーンの首に刀が突きつけられた。
「逃がさんぞ小悪党め」
 ハスキーボイスでエルザは威嚇した。
 ちょっとでもダイカーンが動けば、待っているはデス(死)!
 騒ぎも静まりを見せ、ダイカーン側に最後の止めが討たれた。
 エルザが大声を部屋中に響かせる。
「皆のもの静まれ、静まれ!」
 なにごとかとエルザに視線が集まった。
「頭が高い控えおろう。こちらに居わす方をどなたと心得る――ここに居わすは第十代アステア王国国王陛下、クラウス・アステア様であらせられるぞ!」
 と、紹介された重装備の男はフルフェイスのヘルメットを脱ごうとするが――脱げない!
「エルザちょっと手伝ってくれないか、コレが抜けないんだ」
「少々お待ちを……クソっ、抜けん……おのれ!」
 ヘルメットと格闘する二人。
 そんな姿を見る皆のものは疑いの眼差しで見ていた。
 ――本当にアレって国王なのか?
 そんな疑念が人々に伝染しはじめたころ、ついにヘルメットがスポンと音を立てて抜けた。
「……ふぅ、苦しかった」
 ブロンドの髪を掻き上げて額の汗を拭う美青年。その顔を見たダイカーンのアゴが抜けた。
「クラウス国王様!」
 名を呼ばれたクラウスは白い歯を見せながら爽やかに笑った。きっと額から零れ落ちているのは汗ではなく香水に違いない!
「やあダイカーン。僕の眼が届かないところで散々悪さをしてくれたみたいだね」
「滅相もございません、これは誰かに陰謀なのです。わしを陥れようとする抵抗勢力の仕業に違いありません!」
 まだ言い逃れをするダイカーンの前に、ロープでグルグルされたエチゴヤが突き出された。エチゴヤは白目を剥いて気絶している。
 その傍らに立っている薔薇仮面が録音テープを再生した。
《あっしはダイカーン様に脅されてやったんでさ。ダイカーン様の悪事を洗いざらい吐きますから、どーか……どーかあっしだけはご勘弁を……ぎゃぁぁぁっ!》
 テープを聴いたダイカーンは顔を真っ赤にした。
「おのれ裏切りおったなエチゴヤ!」
 暴れようとするダイカーンをクラウス側に寝返った私兵たちが取り押さえた。
 エルザが勝ち誇った顔で出口を指し示す。
「その者を引っ立て!」
 ダイカーンとエチゴヤはズルズル引きずられて行ってしまった。
 クラウスは前髪を掻き上げて爽やか笑顔。
 これにて一件落着……と思いきや、ユーリはハッとした。
「(しまった美形の王様に見惚れてた。予想より大幅に若くてあれなら恋愛対象……じゃなくて)ジャド、大丈夫ジャド!」
 今の今までジャドは放置されていた。
 ユーリはジャドの体を揺さぶった(本当は怪我人を揺すってはいけません)。
 するとジャドが静かに眼を覚ました。
「……朝か、よく寝たな」
 何事もなかったように目覚めたジャド。
 ぼーぜんとするユーリ。
「ジャド……おなかの傷は?」
「ん……傷だと? ああ、これか、これなら寝たから治ったぞ。俺の躰は日ごろの鍛錬のお陰で寝ればすぐに傷が癒えるんだ」
「は?」
 ユーリが握り締めていた小瓶が木っ端微塵に砕けた。
 そのまま百年の恋も冷めるパーンチ!
「グハッ!」
 痛くなくてもやっぱり気絶。ジャドは動かなくなった。
 興奮状態のユーリは嗅覚が鋭くなっていて、その鼻に微かな匂いが届いた。
「……香水?(これはアフロディテ社のヒット商品、ローゼンサーガの香りだ)」
 そんなことをユーリが思っていると、辺りは少し騒がしさに包まれていた。
 エルザが怒鳴る。
「薔薇仮面を探せ!」
 どうやら薔薇仮面はいつの間にか姿を消していたようだ――納豆の香りを残して。
 クラウスは爽やかに笑っていた。
「まあいいじゃないか、彼女のお陰でダイカーンの悪事も陽の下に晒されたわけだしね」
「クラウス様、ヤツは犯罪者なのですよ!」
 エルザは納得いかないようだが、すべてクラウスの笑顔で流されてしまった。
「まあまあ、逃げられてしまったものは仕方ないさ。騒ぎも治まったことだし、鍛冶対決の続きをしようじゃないか」
 とは言ってもダイカーンの手が回っていた鍛冶屋は一緒に連行されてしまっている。
 残っているのはドラゴンファングが献上する剣のみ。
 クルダとアルマは夫婦揃ってクラウスに大剣を献上した。
 大剣を手にとって刃を見つめるクラウス。
「優しい輝きを持つ剣だね。これならばランバード王も満足してくれるだろう。エクスカリパー側の剣はどうなったんだい?」
 その剣を差し出したのはユーリだった。
「ここにございます」
 しれっとした顔でユーリが渡したのはくにょくにょ剣だった。
 驚いたアルマが口を挟もうとしたのを、ユーリが唇の前で人差し指を立てて止めた。
 くにょくにょ剣を手の取ったクラウスは苦笑した。
「うん、なかなか独創的な剣だね。芸術的ではあるけれど、ランバード王は実用的な剣を好むだろう。この勝負、ドラゴンファングの勝ちってことでいいかな?」
 これにて一件落着!

《9》

 今日のユーリちゃんはウキウキ気分♪
 ギルドから報酬をもらってビビちゃんへのプレゼントを買ったのだ。
 桐の箱に入った高級フルーツのピンクボム。またの名をラアマレ・ア・カピス。古代語でラアマレ・ア・カピスとは〝神々のおやつ〟と云う意味だ。
 ピンクボムはビビの大好物だ。これさえあれば勝てるとユーリは確信していた。
 学生宿舎の廊下をスキップするユーリに声がかけられた。
「ユーリさん!」
「ん?」
 アインが息を切らせながら駆け寄ってきた。
「こんにちはユーリさん、捜索しました」
「こんにちはアインちゃん♪」
「なにかラッキーイベントでもありました?」
「うん、ちょっとね」
 ユーリはニヤニヤが抑えられなかった。
 アインは改まった感じでこんな話しをはじめた。
「えと、実は父がグラーシュ山脈で遭難したときに、ある人に救助してもらったそうなんです」
「それがどうかしたの?」
「その人が至極高価な鉱石を用意してくださって、あの剣を作ることができたそうなんですけど、その人はどうやらユーリさんのこと探してたみたいなんです」
「まさか……」
 ユーリの脳裏に浮かぶ黒頭巾。
 次のヒントでユーリの想像は確信となる。
「腹話術をする〝変な人〟だったらしいんですけど、名前はたしか……」
「セバスちゃんでしょ」
「そうです、その人です。あのぉ、その方に会ったら父がお礼を言っておいて欲しいと言ってました。なんだかお礼を言う前に姿を消しちゃったみたいで」
「うん、わかった(会えるかわかんないけど)」
「ありがとうございます!」
 元気にアインはお礼を言って、次に別れを告げようとしたところに、ユーリからこんな話を振られた。
「ところでアインちゃんちの夫婦喧嘩の理由ってなんだったか聞いてる?」
「母には口止めされてるんですけど、実は目玉焼きが原因らしいんです」
「目玉焼き?」
「はい、目玉焼きはしょうゆで食すのとソースで食すの、どちらが美味かでもめたそうで……(娘として至極恥ずかしいです)」
 しょーもない理由だった。
 ユーリはボソッと呟く。
「……くだらない」
「そうですよね、くだらなくて悲しくなっちゃいます」
「ホントくだらない。目玉焼きは塩コショウが一番に決まってるじゃない!」
 目玉焼きの食べ方は人それぞれです。あまり他人の食べ方にとやかく言うのはやめましょう。
 そんなトークも展開しつつ、話が一区切りしたところで二人はバイバイすることにした。
「どこか行く途中だったんですよね、引き止めてごめんなさいでした」
「ううん、ぜんぜん平気だから。じゃあね、また明日学校でね!」
 ユーリはアインと別れを告げてスキップ♪
 桐の箱を大事に抱えてビビのいる部屋に急いだ。
 ビビも同じ学生宿舎で寝泊りしているらしく、ルーファスからちゃんと部屋番号を教えてもらっている。
 ビビの部屋まで来たユーリは大きく深呼吸。
「よしっ!」
 気合を入れてユーリはドアをノックした。
「ビビちゃんこんにちは♪」
 すぐにドアが開けられた。
「ユーリちゃん、こんにちわんこそば!」
「この前ビビちゃんに嫌われちゃったみたいだから、仲直りしたくてプレゼント持って来ました」
「ほえ? あたしがユーリちゃんのことキライに?」
「えっ?」
「あたしユーリちゃんのこと大好きだよ、大事なお友達だもん♪」
「…………」
 どうやら嫌われていなかったようですね!
 てゆーか、ビンタ事件のことすら覚えているか怪しい。
 ビビは眼を輝かせて桐の箱を見つめている。
「プレゼントってなぁに?(ドキドキわくわく)」
「えーっと、ピンクボムが好きだって聞いたから」
「やったぁラアマレ・ア・カピス大好き! 早く食べよ食べよ♪」
 ビビはユーリから桐の箱を奪って部屋の奥に消えてしまった。
 取り残されたユーリはボソッと呟く。
「……女ってわからない」
 乙女心は複雑なんですね!

 第3話おしまい


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