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第1章004 |
放課後になり、昨日と同じく会議(?)みたいなものが行われるわけだが……。 【真央】「ところで刹那さんの別荘にはいつ行くんですか?」 【彰人】「刹那の別荘にはコンビニとかあったりすんの? さすがコンビニまではあるわけないよな、孤島だし」 【刹那】「コンビニなんて標準装備さ。ちなみにゲームセンターも完備してるよ」 あるのかよ!! しかもゲーセンまで……。 ……と、こんな感じですっかり旅行の話で盛り上がっている。 【沙羅】「旅行の日程はアタシの都合で3泊4日、今週の金曜日に出発するわよ」 【渉】「はっ? 今週の金曜日って終業式の日ですよね?」 【沙羅】「そうよ、その日の午後に出発よ。刹那の別荘まではそんなに時間がかからないと思うわ」 ……ここで俺の脳裏に『嫌な予感』が爆走した。 【渉】「交通手段は刹那んちの自家用ジェットですよね?」 と聞きながら、俺は別の乗り物が頭に浮かんでいた。 【沙羅】「アタシの造った航空機の試運転をしたいから、それで行くわよ」 ……やっぱりね。 たぶんマッハで飛ぶことは間違いないな。 全員参加予定で旅行計画が盛り上がる中、桜井がボソッと呟いた。 【明日香】「あたし行かない」 ……………………。 一瞬にして場の空気が静まり返った。 別に桜井の発言によって場の空気が冷めたわけじゃない。 ただ、昨日と同じ展開――桜井VS嬢王様になりそうだなぁ、ってことをみんな危惧して静まり返ったのだ。 静かな笑みを浮かべた雪乃が素早くフォローに入る。 【雪乃】「そんなこと言わないで、私も行くんだから明日香もね?」 【明日香】「あたし、馴れ合いとか好きじゃないの」 あたし一匹狼的な生活してるんです発言! 【沙羅】「あらん明日香、本気で言ってるのかしら?」 桜井は嬢王様の問いには答えず、ただ不機嫌そうな顔をするだけだった。 【真央】「あのぉ、みんなもっと楽しくしましょうよぉ」 【雪乃】「真央ちゃんの言う通りよ。みんなで楽しい旅行にしましょう」 【彰人】「高校最後の夏休みなんだしな?」 【渉】「一緒の旅行行こうぜ桜井? ほら、刹那だって桜井のいない旅行なんてヤダろ?」 【刹那】「君にしてはいい意見を言うじゃないか。ボクは明日香のいない旅路なんて考えられないよ!」 【明日香】「じゃあ、行かなきゃいいじゃん」 ……グサッ。 発言にトゲがありすぎ。 【沙羅】「どぉーしても行かないっていうなら、アタシにも考えがあるわよ」 【明日香】「行かない」 【沙羅】「……女子高生ナゾの失踪」 なんか凄まじい脅し文句だぞ。 授業の単位を落とすとか、退学にするとかじゃなくって……ナゾの失踪? 【渉】「失踪ってなんスか、失踪って……?」 【沙羅】「失踪は失踪よ」 ニヤリと嬢王様が悪魔の笑みを浮かべた。 ……これ以上この話題には触れない方がよさそうだ……俺がナゾの失踪を遂げてしまう。 【雪乃】「お願いだから明日香も一緒に行きましょう。ほら、私から明日香にお願い事をするなんて滅多にないでしょう?」 桜井の表情が少し変わる。 さっきまでは不機嫌な表情をしていたんだが、今は難しい表情をしてなにかを悩んでいるようだった。 雪乃のお願い攻撃によって桜井の心が揺れ動いているのか? だとすると、ここでもうひと押しかも? 【渉】「俺からもお願いするから、一緒に行こうぜ桜井?」 【明日香】「イヤ」 ぐわっ、逆効果だったか!? 【刹那】「マイハニー明日香が一緒に行ってくれないなんて、ボクは悲しくて涙が出てくるよ」 ってマジで刹那号泣してるし……リアクションが大きいぞ。 【真央】「一緒に行きましょうよ明日香さん?」 【彰人】「桜井さんがいないとみんな盛り上がらないみたいだしな」 考え込む桜井。 そんな悩める桜井の表情も素敵だ! 【沙羅】「……行かないと実験台よ実験台」 【明日香】「あたし絶対に行きませんから」 うわっ、あと一歩で落ちると思ったのに、嬢王様の一言で桜井の表情が急変。 【雪乃】「まあまあ、そんなこと言わないで、一生のお願いだから明日香も一緒にね?」 【刹那】「明日香が行かないって言うなら、ボクは別荘を貸すことを拒否する!」 【沙羅】「ふふ〜ん、刹那クン。それはアタシに対しての宣戦布告かしらぁん?」 【刹那】「明日香のためならボクは死ねる!」 どーしてそーゆー展開になる!? 【雪乃】「二人が全面戦争したら多くの死者が出るだろうし、都市も一個くらい消滅するかしら」 【真央】「ダメですよぉ、二人とも仲良くしてください」 【彰人】「旅行ひとつでこんなにもめるなんてな。嬢王様、この旅行計画は白紙に戻して、ついでに実行委員も解散した方がいいんじゃないですか?」 【沙羅】「ダメよ」 【渉】「そもそもなんで旅行計画なんて考えたんでスか?」 【沙羅】「天才のひらめきよ。それに夏休みにみんなで旅行なんで青春じゃない!」 ……はぁ? つまり気まぐれなわけね。 急に天井を仰ぎ目をつむる刹那。 出たぁ、刹那の〈交信〉だ! さぁて、どんな〈信託〉が出るのか交互期待……なのか!? 【刹那】「ああ……時間が見える。二つのハートペンダントは運命によって結ばれているから、無理に仲を引き裂こうとすると災いが起こるよ」 この〈信託〉聞いて俺は驚いた。 きっと桜井もはっとしただろうし、俺がペンダントのことを話した彰人もはっとしたと思う。 【沙羅】「意味がよくわからない信託ね」 【雪乃】「誰か心当たりのある人は?」 【真央】「どういう意味だったんですか刹那さん?」 【刹那】「ボクに聞かれても困るなァ、頭に浮かんだ言葉を言っただけだから」 桜井が俺のことをチラっと見た。 今のチラ見はどういう合図だよ? 彰人も俺のことをチラっと見た。 やっぱ、ハートペンダントってのはこれのことだよな。 でも、俺がそれを持ってるってことをここで言うと、桜井に怒られそうな気がするなぁ。 つーか、今朝も電車の中でその話題したら桜井の機嫌損ねたし。 【明日香】「刹那くん、災いって具体的になにが起こるかわかる?」 【刹那】「さあ、わからないなァ」 【渉】「刹那の〈信託〉が外れるわけないから、なんか起こるんだろうな、きっと……」 内心なにが起こるかドッキドッキだぞ。 俺的解釈で刹那の〈信託〉を紐解くと、たぶんだけど、今回の旅行に桜井が来なかったらなんか起きそうな感じなんだよなぁ。 【渉】「そうだ、そうだ、刹那の〈信託〉の話なんかよりも、旅行の話に戻そうぜ。桜井も一緒に旅行行くよな? な? な?」 【明日香】「……しょーがないから行ってあげる」 【雪乃】「あら、どういう風の吹き回しかしら? さっきまであんなに行かないって言っていたのに……?」 【明日香】「……別に」 【渉】「まあ、そんなこといいじゃんか。桜井の旅行に参加ってことでバンザーイって感じでさ」 【真央】「みんなで楽しい旅行にしましょうねぇ」 【沙羅】「青春よ!」 ……なんか一件落着って感じだな。 でも、桜井の表情があんまり浮いてないな。 夏だ、海だ、青春だ!! ザバ〜ン(海の音を自作自演) とゆーわけで、南海の孤島に来てしまった。 ここに来るまでにはいろいろあった……聞くも語るも涙の話があったわけですよ。 まず、数学の抜き打ちテスト結果が悪くって、夏休みに補習受けることになちゃってさ……あはは。 しかも、その補習日と今回の旅行が重なっちゃってさ……あはは。 その問題は嬢王様のお陰でどうにかこうにかなったんだけど、数学教師のゴリラが……ナゾの失踪を……いや、この話については語るまい……俺までナゾの失踪をしてしまう。 あと、終業式の日――つまり旅行出発日にもいろいろと問題があったんだけど……この話もしない方がいいな。 あとぉ、嬢王様が開発したジェット機でここまで来たんだけど……いや、この話も止めておこう。 とにかく聞くも語るも涙の話があって、どうにか刹那の別荘に到着。 ああ、陽の光が眩しい……。 そして! 水着も眩しいぜ!! 生きててよかったとしみじみ実感する瞬間だ。 桜井のロリコン体系を包み込む水着になりてぇーっ!! その横には真央と雪乃も水着姿ではしゃいでやがる。 つーか、真央はほとんど小学生だな……見てても微笑ましくなるだけだ。 雪乃は意外に胸がデカイことが発覚! そして、浜辺ではビーチパラソルを立てた下で、ビーチチェアーに座りながら嬢王様がトロピカルなジュース……いや酒っぽい飲み物を飲んでるし。 つーか、なんで水着の上から白衣着てるんですか!! それはさて置き、さらにそして、同じくビーチチェアーに座りながら本を読んでる刹那……なんだけど、南海のビーチでも白学ランかよ!! ヤツって私服も白い学ランなのか? つーか、嬢王様もいつでも白衣羽織ってるし、刹那は白学ランだし……奇才の妙な共通点はいつも同じ白い服? 【彰人】「早く俺たちも海に入ろうぜ」 【渉】「いや、俺は砂浜に座って日光浴してるよ」 【彰人】「どうしてだよ?」 【渉】「神々しすぎて近づけないんだよ」 つーか、これ以上近づいたらモーソー爆発で出血死しそうだからな。 あの水着の下になにが隠されているのかとモーソーするだけで、心トキメク瞬間で幸せを噛み締めながらご飯3杯はいける。 【彰人】「おまえ鼻の下伸びてるぞ」 【渉】「え、あ、マジ!?」 【彰人】「ジョーダンだよ」 【渉】「なんだよ、焦るだろ!」 【彰人】「ホントはマジかで見たいんだろ。ほら、さっさと行くぞ」 砂浜の上に座っていた俺は彰人に無理やり立たされると、ケツを一発蹴られて海に向かって歩き出した。 マジかで見る桜井の水着姿は一段と俺のモーソーを爆発させる。 とりあえず、頭の中で一回押し倒しておこう。 ふと桜井の首元を見て俺はあることに気がついた。 あのペンダントしてないのか……。 まあ、俺も水着に着替える時に外したけど。 そもそも桜井があのペンダント付けててくれてるとは限らないしな。 それに同じペンダントなんか付けてたらみんなにからかわれるだろうし、どっちか一人がつけてても、前に刹那の〈信託〉でハートペンダントの話題が出たからなぁ……。 陽の光を浴びてキラキラ輝く水しぶきの中で、俺は腰まで水に浸かって水遊びをする女子に首っ丈。 波が揺れる揺れる。 そして、雪乃の胸も揺れる揺れる。 【雪乃】「麻生君ったら、さっきからどこ見てるのかしら?」 バシャ! と雪乃が勢いよく水を俺にかけてきた。 空かさず俺も雪乃に水をかけ返す。 【渉】「俺がなに見てたっていうんだよ!」 【雪乃】「私の口から言わす気なのかしら?」 【明日香】「麻生のえっちぃ」 すさまじく白い目線で俺は桜井に見られてしまった。 でもさ、そこにデカイ胸があったら見るだろ普通。 別にさ、えっちな気持ちなんてなくたって、見ちゃうだろ。 それに、俺は小さい胸の方が好きだ!! ……なんて弁解は決して口に出してはしない。 【彰人】「おい、大変だ!」 突然声を上げる彰人の視線の先を一斉にみんなで見た。 そこには浮き輪でプカプカ浮いている真央の姿が……!? 【渉】「あれって流されてるのか!?」 元からちっちゃい真央がよけいに小さくなって沖の方へ流されてる。 【明日香】「早く誰か行ってあげなきゃ」 【彰人】「俺が……ああっ!」 浮き輪でプカプカ浮いていた真央を突然消えた。 正確に言うと、両手を上げて助けを求めようとした真央が、スッポリと浮き輪から抜けて海に沈んだ。 【雪乃】「あら大変! 真央ちゃんは正真正銘のカナヅチよ」 いち早く動いた彰人が真央救出のため、全速力で浮き輪のある位置まで泳ぎ、そこで海の中に潜った。 しばらくして真央を抱えた彰人が海面に顔出し、真央を抱きかかえたまま砂浜までやって来た。 俺らもすぐさま砂浜に上がって、意識を失ってるようすの真央を砂浜の上に寝かせた。 騒ぎを駆けつけて嬢王様と刹那が急いでやって来た。 【沙羅】「まったく世話の焼ける子ねぇ」 【刹那】「真央ちゃんの様子は?」 彰人がすぐに真央の脈と呼吸を確かめた。 【彰人】「……呼吸が変だ」 【沙羅】「海水でも飲んだのかしらね。そんなわけで誰かマウストゥマウスしてあげなさい」 人工呼吸=キス!? 【沙羅】「今なら正当な理由で真央の唇を奪えるわよ、二人とも?」 二人って俺と彰人ですか!? とんでもない、そんなキスなんてしたら、マズイでしょ? と言いつつも人命にかかわることだから早くしないとダメなわけで……。 刹那の瞳がキラリーンと光った。 【刹那】「ボクがするよ」 にわかに笑う刹那。 ま、まさか真央ちゃんのことも狙ってたのか! 砂の上に膝をついた刹那が、まさに王子様がお姫様にキスをするかのごとく……接吻! 若いオナゴ同士がキスする光景……不謹慎だがドキドキだ。 しかも、何度も何度も口を離しては付けて、離しては付けて……。 刹那が人工呼吸を止めると、咳き込んで水を吐いた真央が目を開けた。 【明日香】「……よかった」 【雪乃】「ホントにね」 目をパチクリさせた真央は自分を取り囲んでる人たちを見て頭に?マークを飛ばした。 【真央】「あのぉ、水の中に中に落ちたところまでは覚えてるんですけど……」 【渉】「彰人が真央ちゃんのことを助けて浜辺まで運んで……」 【沙羅】「刹那があなたに濃厚なキスをしたのよ」 【真央】「……キ、キスですかぁ!?」 【雪乃】「あ〜、勘違いしちゃダメよ。刹那君が真央ちゃんに人工呼吸したのよ」 刹那の顔を見つめる真央の顔がだんだん真っ赤になっていく。 【真央】「はわぁ〜〜〜っ」 バタン! あっ……真央が倒れた。 【沙羅】「少し暑くて気を失っただけでしょ。誰か日陰に運んであげなさい」 場所は南国の孤島なのに風呂は純和風の露天風呂じゃん。 まあ、個室にも部屋風呂がついてたけど、大浴場の方が気分いいもんな……なななーっ!? 【刹那】「やあ、渉クン。こんなところで会うなんて奇遇だねェ」 【渉】「わあっ!」 俺はすっぽんぽんで突っ立ってる刹那を確認して、すぐさま後ろを向いて刹那から視線を逸らした。 ……以外にデカイ……じゃなかった。 【渉】「『やあ』とかじゃなくって、なんでおまえがここにいんだよ」 【刹那】「ボクの別荘だし、一緒にジェット機に乗って来たじゃないかァ……あはは」 【渉】「そーゆー意味じゃなくって……。つーか、混浴なのかよ?」 【刹那】「バカだなァ、渉クンは。旅館じゃなくってプライベートなお風呂なんだから、男女仕切られてるわけないじゃないか。渉クンんちのお風呂は男女分かれて存在してるのかい?」 ……もっともな意見なのか、どうなのかビミョーだ。 まあ、そりゃー確かに家の風呂は混浴っていうか、男女兼用だよな普通。 【刹那】「ほら、渉クンもまったりと湯船に浸かりたまえ」 【渉】「浸かんねーよ」 一緒に入れるわけないだろうが。 やっぱ部屋風呂使おっと。 【刹那】「なるほど、渉クンは先に体を洗う派なんだね。じゃあ、ボクが背中を流してあげようw」 【渉】「いいから、いいって!」 刹那に腕を引っ張られ強引に座らせれると、いつの間にか泡立てられたスポンジで背中をゴシゴシされてしまった。 【刹那】「お客サマ、お痒いところはございますかァ」 【渉】「そのセリフって間違ってるだろ。普通は頭洗ってる時に聞くセリフだろ」 【刹那】「へぇ、そうなんだ。てっきりボクはメイドがご主人サマの頭を洗っている時に聞くセリフだと思っていたよ」 【渉】「……はぁ?」 【刹那】「えっ、どうかした?」 刹那は目を丸くして、自分が爆弾発言をしたことにも気づかないようで、すっとぼけた間抜けな表情をしていた。 ……刹那はどこまでが計算で、どこからが天然なのだ……? もしかして、全部計算なのか? 俺って刹那に弄ばれてる!? ……つーか、刹那って桜井が近くにいないと抜けてるっていうか、ふわふわしてるとこあるよな。 ってなんですっかり刹那ペースで背中なんて流されてんだよ。 すっかり寛いじまったじゃん。 【渉】「もういいから、十分洗ってもらったからもういい」 【刹那】「そうかい? まだ前が洗い終わってないのになァ」 【渉】「…………」 からかわれてるのか……天然なのか……? 前っつたら……あ〜んなことや、そ〜んなことを……。 【刹那】「じゃあ、頭も洗ってあげようか?」 【渉】「いや、もういいから」 つーか、よく考えたら背中の後ろにはスッポンの刹那がいるわけで……。 よ〜く考えれば考えるほど、よからぬモーソーが……。 【刹那】「まあまあ、そんなこと言わずにね。ボクはまだ人の髪の毛を洗ったことがないんだ。つなり初体験なんだ。さあ、ボクの初体験に付き合っておくれ」 【渉】「言葉の使い方が……ってやめろよ!」 俺の頭に大量のシャンプーが振り掛けられ、刹那の手が俺の髪に突っ込まれる。 すぐに俺は刹那を振り払おうとしたのだが……。 【刹那】「わお」 【渉】「ああっ!」 刹那の足を滑られると同時に俺に腕をつかみ、二人揃って転倒してしまった。 シチエーション的には床に倒れた刹那の上に俺が覆い被さる感じ……。 【刹那】「コケちゃったね、あはは」 刹那は驚くでもなく、声を上げるでもないので、俺は呆然として刹那の上から退くことを忘れてしまった。 と、ここで俺の耳に微かに水が跳ねる音が聞こえた……誰かが歩く音!? 俺は慌てて足音のした方向を振り返った。 【渉】「ぐわぁっ!?」 【明日香】「麻生のえっち!!」 【渉】「ご、誤解だって!」 俺が振り向いた先には桜井と雪乃が立っていた。 二人とも大きなバスタオルを体に巻いていて、ちょっぴり残念……とかじゃなくって! 【雪乃】「麻生君の刹那君って……そーゆー関係だったのね……うふふ」 そーゆー関係とはつまり、スッポンの刹那の上に俺が覆い被さってる状況。 【渉】「だから誤解だって!!」 【明日香】「…………」 軽蔑の目をした桜井は無言のまま後ろを向いて、雪乃の腕を引っ張って風呂を出て行ってしまった。 ショック!! マジ誤解された。 どうにか濡れ衣を晴らさなければ……。 でも、こんな状況見たら普通は誤解……こんな? 【渉】「うわぁっ!? ごめん!」 まだ刹那の上から退いてなかった。 俺は慌てて刹那の上から退くと、カァっと熱くなった顔を隠すために風呂の中に飛び込んだ。 背中の後ろでチャポンという水音がして、刹那風呂の中に入ってきた。 【刹那】「すぐに帰っちゃうなんて、明日香はなにしに来たんだろうね。せっかくだからお湯に浸かっていけばいいのに」 【渉】「……状況理解しろよ。つーか、おまえもバスタオル巻くとかしろよ……嬢王様みたいに……みたいに?」 俺に視界に風呂に浸かってお酌をする嬢王様の姿が!? 【渉】「っなんで嬢王様がいんスか?」 【沙羅】「居ちゃわるい?」 【渉】「悪くはないですけど……」 【沙羅】「それにしても、刹那ってナイスバディね。学ランの下にそんな魅惑の乳ががあってなんて驚きだわ」 【刹那】「最近また大きくなったみたいで、さらしを巻くのが大変なんだよね」 【渉】「って刹那なに自分の乳揉んでんだよ! つーか、早くバスタオ巻けよ!」 【刹那】「まったく、渉クンはばかだなァ。自分んちのお風呂にバスタオルを巻いて入る人なんて変人だよ」 ……いや、おまえは十分に変人だから、やっても問題なし。 【渉】「じゃなくって、男の俺がいるんだから隠せよ」 【刹那】「……渉クンのえっちだなァ」 【渉】「おまえわかってんじゃねえかよ、えっちとかそーゆーこと思うなら隠せよ」 【刹那】「ボクは別に見られても恥ずかしくないけどなァ。だってボクらは同じ人間じゃないか!!」 【渉】「論点がズレてるぞ。そりゃー動物の身体見てコーフンなんてしねえけど……ってだから同じ人間だとコーフンするんだろ!」 【沙羅】「あらん、渉ってら爆弾発言ねぇん。刹那の女体を見て興奮だなんて、夜のオカズにしちゃダメよ」 ごめんなさい、するかも……。 そんなの仕方ないだろ、刹那の生ボディを上から下まで心のメモリーに保存しちまったんだから。 今だって見ないようにしてるんだけど、微妙に目を横に動いちまって、水に浮く生乳が…プカプカ。 そうさ、俺はたぶん今夜のオカズ決定さ。 友達をオカズにするなんてと思ってんだろ、軽蔑したきゃしろよ! しょうがないだろ、だって男の子だもん♪ ……ってなに俺は考えてるんだ。 【渉】「とにかく、刹那はバスタオル巻け」 【刹那】「じゃあ、こうしようよ。渉クンも腰に巻いてるタオル取ろうよ。そうすればお相子で問題なしさ」 【沙羅】「グッドアイディアね」 【渉】「バッドアイディアだろ」 【刹那】「ほら、渉クン早く取っちゃいなよ、さっき渉クンのは見ちゃったから恥ずかしがることないよ」 ……さっき? 最初にここで刹那に会った時にタオル巻いてなくて、刹那を確認してすぐに巻いたんだよな……あの時か。 【沙羅】「ほ〜ら、ほ〜ら、早く脱いじゃいなさ〜い!」 顔を赤く染めた嬢王様が俺に迫ってくる この人酔ってるでしょ? 絶対酔ってるでしょ? 俺はすぐさま湯船から出て逃げようとした。 だが、嬢王様の手が俺の腰に巻いてあったタオルに!! 【沙羅】「そぉ〜れ!」 【渉】「ぐあっ!?」 ぶらんぶらん♪ 【刹那】「わお」 無表情な顔のままで驚いてみせる刹那に続いて嬢王様の攻撃。 【沙羅】「デカイわね」 ハズカシラメラレたぁ〜。 【渉】「わぁ〜ん!」 俺は青春涙をボロボロ流しながら、風呂場から逃げるようにして走って去った。 夏だ! 海だ! ビーチバレーだ!! 今日は昨日の事件(胸がないから滑り落ちたのよぉん――嬢王様談)の教訓を生かしたの生かしてないのか、砂浜でビーチバレーをすることになったのだ。 チームは話し合いによって好きなもの同士ということで、俺・彰人ペア、刹那・真央ペア、明日香・雪乃ペアで嬢王様が審判を勤めることになった。 チームが全部で3チームになったので、試合は総当たり戦でみんなで仲良く楽しもうということになったのだが、途中で嬢王様が刹那に優勝チームに商品を出すことを要求し、総当たり戦だと勝ち数が同じで引き分けになる可能性があるので、急遽リーグ戦に変更された。 厳正な抽選(あみだくじ)の結果、明日香・雪乃ペアがシード権を獲得し、第1回戦は俺・彰人ペアVS刹那・真央ペアの戦いになった。 試合は俺たちのチームがかなり優勢。 軽く上がったチャンスボールに向かって俺がジャンプする。 【渉】「とりゃーっ!」 俺の放ったレシーブをブロックしようと真央がジャンプするが、背の高さが足りず手の上を通り過ぎていく。 真央の後ろには刹那が控えていたが、スイッチオフ状態の刹那は動きが鈍く、ワザとだろって言いたくなるくらいの空振りをある意味華麗に決める。 つーか、刹那学ランだし! ……そう言えば、そもそも刹那が学校の体育の授業に出てる見たことないしな。 ま、まさか刹那って極度の運動オンチ!? 【沙羅】「勝負にならないわね。見ててもつまらないわ。仕方ないわね、奥の手よぉん!」 嬢王様がすごい勢いで桜井のいる方向を振り向いた。 【沙羅】「刹那を応援するのよ!」 【明日香】「えっ!?」 【沙羅】「刹那は明日香に応援されれば元気100倍よぉん!」 【明日香】「なんであたしが……」 【雪乃】「まあいいじゃないの、応援してあげなさいよ」 【明日香】「……刹那がんばれ」 感情が全くこもってない小声。 だが、その心は刹那の心にグサッと刺さったと思う。 だって、明らかに刹那スイッチがオンしてるし! 【刹那】「任せておきたまえマイハニー!」 サーブ権が刹那・真央ペアに移行し、刹那がサーブを放つ。 【刹那】「夕凪家の名に懸けてこの勝負はもらうよ!」 放たれるサーブ! うおっ、ぜんぜんサーブのキレが違うぞ! 【渉】「……おおっと!」 かろうじて俺はボールを受け、上がったボールを彰人がトスする。 【彰人】「決めろ渉!」 【渉】「おうよ!」 彰人がいい位置にあげたボールを俺がレシーブする! 【渉】「くらえ……なにーっ!?」 【刹那】「甘いよ、渉クン」 真央の後ろを守っていたはずの刹那がいつの間にか俺の真ん前に!? 俺のレシーブは見事に刹那にブロックされてしまい、俺チームのコートに落ちた。 【沙羅】「うふふ、刹那本領発揮ねぇん」 いや、大丈夫だ。 たかが一点取られただけさ。 まだ12対3でこっちがリードしてる。 だが、今の1点から試合のペースはあっちペースになってしまった。 さっきまでは考えられないほどのスピードで刹那が動き、こっちの攻撃を刹那ひとりが一発でこっちに返してくる。 【真央】「あわわ〜っ」 真央はさっきからボールに触れることなく、あっちこっち振り回されるように走ってるだけだ。 つーか、バレーボールって3回タッチして体制整えるのが普通だろ、それを一発で返してくるなんて……。 こっちが軽く返してしまったボールをチャンスと見て、刹那がジャンプする。 そして、空中で状態を捻ってオーバーヘッドキック! 【刹那】「……ふっ」 また、点を決められた。 なんだかんだで俺と彰人は運動量増加して汗だくだってのに、もっと動いてるハズの刹那は涼しい顔して汗で出てないし……学ランなのに! 【渉】「刹那って運動神経異常なほどいいんだな。じゃあ、なんで学校の体育いつも見学なんだよ?」 【刹那】「……ダルイ」 ……やっぱし! そんな答えが返ってくるんじゃないかと思ってたよ。 本来ビーチバレーのルールだと第3セットまであるんだけど、今回は1セット勝負で15点先取制で行われている。 そして、いつの間にか試合は17対17で、先に2点差をつけた方が勝ちって状態になっていた。 【渉】「あんなリードしてて、なんでこんなに追い詰められてるんだよ……」 【彰人】「刹那スイッチ恐るべしだな」 【刹那】「ボクの活躍をしっかり見ててね明日香!」 【真央】「あわわ〜っ」 猛襲に次ぐ猛襲の点の取り合いが繰り広げられ、どちらも2点差を付けられぬまま71対70の状態で、こっちがリードしてるんだけど、この状態がなんど訪れたことか……なのに勝てない。 【渉】「ヤバイ……眩暈がしてきた……」 【彰人】「俺も体力の限界だ」 【刹那】「負けを認めるなら今だよ!」 俺は立ってるのもやっとのヘトヘト状態っていうのに、刹那のヤロウは元気ピンピンって感じだな……学ランなのに汗もかかず! つーか、ほとんどボールに触れないで走り回ってた真央はコートの上で倒れてるし。 【雪乃】「麻生君たち負けちゃいそうね。ちょっとは応援してあげたら、明日香?」 【明日香】「なんであたしが麻生のチームの応援なんて……」 【雪乃】「刹那君のことも応援したんだから、両方に応援しなきゃ不公平でしょ。ほら、麻生君、高瀬君頑張って!」 【明日香】「……刹那がんばれ」 【刹那】「ありがとうマイハニー!!」 ってなんで刹那を応援すんだよ桜井は!! これ以上、刹那にヤル気になられたら、絶対俺ら負けるぞ。 【渉】「クソ、絶対負けねえ、なにがあっても負けねえぞ!」 【彰人】「俺的にはギブアップなんだが」 【渉】「なに言ってんだよ彰人! 優勝商品はプラズマテレビ&ホームシアターセット(数百万円相当×2)なんだぞ!」 【彰人】「ウチに置くところがないからもらっても困るだけだな」 【刹那】「二人ともごちゃごちゃ言ってないで早くサーブ打ってよ」 【渉】「わかったよ、打てばいいんだろ、打てば!」 ったく、こっちは体力の限界だってのに、少しは休ませろよ。 3点連続で取らなきゃこっちの負けだ……作戦を考えろ俺! 刹那はひとりで戦ってるから、こっちの攻撃したボールを一発でダイレクトで返さなきゃいけないんだ。 だから、一発で返せないようなボールを打てば……ってさっきからやってんだよ! やってんのに勝てない。 大丈夫だ、こっちが1点取ればこっちの勝ちなんだから、なんとかなるはずだ。 【刹那】「早くしてよ」 【渉】「急かすな! 作戦考えてるんだから!」 【刹那】「渉クンが頭を使うなんて、エライエライ」 【渉】「なんかその言い方バカにしてるだろ!」 【刹那】「うん」 【渉】「もう頭きたぞ。作戦なんて俺には不要だ。気合と根性で勝ってみせる!」 俺は勝つ! 勝って桜井にいいところを見せる! 【渉】「俺のサーブをくらいやがれ!」 渾身の力を込めて俺はサーブを放つが、例のごとく刹那が一発で返してくる。 【渉】「任せろ!」 刹那の返したボールを俺が受ける。 そして、彰人がトスを上げる。 【彰人】「決めろよ渉。俺はもう限界だ」 彰人が体力の限界で砂の上に倒れた。 天に上がっているボールに向かって、俺はジャンプしてレシーブを決めようとした。 【渉】「見ろ刹那、桜井がおっぱいポロリだ!」 【刹那】「えっ?」 刹那が余所見をした瞬間、俺のレシーブが決まった! ボールが相手のコートに沈み、俺は見事勝ったのだ! 【渉】「よっしゃ!」 【刹那】「おっぱいポロリなんてしないじゃないか!」 【渉】「ウソに決まってんだろ、ばーか」 どうにか勝てたが、俺も体力の限界だ。 身体全身から力が抜け、俺は砂浜の上に背中から倒れた。 すぐに俺のもとに桜井が近づいて来る……怖い顔して。 【明日香】「……死ね!」 【渉】「ぐおっ」 桜井のかかと蹴りが寝ていた俺の腹を抉った。 【明日香】「誰がおっぱいポロリしたって?」 【渉】「ぐはっ!」 二度目の桜井の蹴りが……。 【明日香】「ホント麻生ってサイテー」 ……俺、砂浜の上に死す。 【沙羅】「さぁって、決勝戦はじめるわよぉん!」 マジですか嬢王様! 俺は意識朦朧としてるし、横では彰人は倒れてるし。 【渉】「無理です、休ませてください……」 【沙羅】「ダメよ、アタシがルールブックよ。刹那、コートで倒れてる真央を外に出してあげて。そこの二人はさっさとコートに入った入った」 刹那がとっくに倒れてた真央をコートから引きずり出し、桜井と雪乃がコートに入る。 【渉】「休ませろよ」 【沙羅】「渉・彰人チームは動けないみたいだから、強制的に明日香・雪乃チームのサーブ権からはじめるわよ」 アホかあのルールブックは……なんてことは口に出して言えない。 ああ、桜井の打ったサーブが青い空に浮かんでるよ……あはは。 もう立ち上がる気にもなんねえ。 ボールがだんだん落ちてくる……。 【渉】「ううっ」 俺の股間にボールヒット! 思わず俺は股間を押さえながら飛び上がった。 【渉】「なにすんだよ!」 【明日香】「寝てるのが悪いんじゃん」 【沙羅】「渉も元気になったみたいだし、試合続行よぉん!」 【渉】「続行できるわけないじゃないですか!」 【沙羅】「アタシに逆らう気? ちなみに棄権は認めないわよ」 【渉】「チクショー、彰人立て、立たないと、嬢王様に殺されるぞ!」 俺の声に反応して彰人がゆっくり立ち上がる。 【彰人】「……嬢王様に殺されるか、過労死かだな」 【渉】「俺だったら過労死を選ぶ」 【彰人】「俺もだな」 無理やり闘志を奮い立たせ、俺と彰人は試合に向かった。 試合は散々な展開で、完全に負け試合だった。 けれども、試合放棄はできなかった。 チラリと横を見ると嬢王様が、パラソルの下でビーチチェアーに座りながらこっち睨んでるし。 【明日香】「もっとちゃんとやってくんないとツマンナイ」 【渉】「ちゃんとやってるわボケ!」 【明日香】「ボケってなによ、ボケって!」 ぐあっ!! 明日香の強烈なレシーブが決まり、俺の顔面に直撃! 【渉】「ワザとだろ今の?」 【明日香】「あたしそんなに器用じゃないもん」 すっとぼけた顔しやがって……そんな表情も可愛いぞ!! 得点差は5対14で、あっちがあと1点入れてくれれば、この地獄から開放される。 【沙羅】「あ、そうそう言った思うけどぉ、決勝戦は21点先取だから」 なんですとーっ!! 【彰人】「……聞いてないよな」 【渉】「知るか、言ったんだよきっと!」 【彰人】「俺に当たるなよ」 ……あのルールブックが全部悪い……なんてことは口が滑っても言えない……けど叫びたい。 大丈夫だ、俺。 落ち着け、落ち着けば、火もまた涼し……なんてことあるか!! しかも、暑いんじゃなくて、体力の限界なんだし。 俺っていっぱいいっぱい。 いや、大丈夫……だよな俺? あと、7点取られれば負けれるんだから平気! でも、ある程度真剣にやんないと嬢王様の目が……。 【彰人】「余所見してんな渉!」 【渉】「ぐあっ!」 また顔面ヒット! 【渉】「もう吹っ切れたぞ!」 桜井がトスを上げたところで俺がネットに向かって走る。 【渉】「ここでブロック……だぁ!?」 レシーブを放とうとした雪乃がジャンプした瞬間、雪乃の水着の紐が!? 【雪乃】「あら?」 ボールが3つ!? 放たれる強烈なレシーブ! 【渉】「ぐえぇ!?」 鼻血がどびゅ〜〜〜〜〜っ!! 顔面に強烈な一撃を受けた俺は、たわわに揺れるボールを見ながら意識を失った。 ……ここはどこだ!? あ、俺が借りてる部屋か……。 顔面にボールの直撃を受けて気を失って、誰かがここに運んでくれたのか……。 コンコン! 【彰人】「俺だ、入るぞ」 彰人が寝室のドアを開けて入って来た。 【彰人】「起きてたのか」 【渉】「ああ、今起きた」 【彰人】「それにしてもよく寝てたな……俺の苦労も知らずにな」 【渉】「苦労ってなんだよ、苦労ってさ」 【彰人】「俺より先におまえが気絶したせいでな、あのあと俺はひとりでビーチバレーやったんだよ」 【渉】「それはそれはご愁傷様で……」 よかった気絶して。 【彰人】「気絶して助かったなんて思ってないだろうな」 【渉】「ギクッ……そんなこと思ってるわけねーじゃんかよ」 【彰人】「思ってんだな……俺の性格知ってるだろ?」 【渉】「案外、根に持つタイプ」 【彰人】「わかってるならいいんだ」 ……いや、よくない。 彰人のことだから直接手を出してくることはないけど、トラブルに巻き込まれて時に笑顔で見捨てられそうだ。 【彰人】「今日は和室の大広間で飯食ってる早く来いよ」 【渉】「昨日は洋室で洋食だったよな。今日は和室で和食ってことか……って昼飯食ってねぇ!!」 【彰人】「おまえ寝てたからな」 【渉】「あ、そうそう、ところでビーチバレーはどっちが勝ったんだ?」 【彰人】「聞くなよ、わかってるだろ……勝った」 【渉】「ウソだろ!?」 【彰人】「ウソだよ」 【渉】「……だよな」 【彰人】「さっさと行くぞ、飯。でも、おまえ着替えろよ水着」 【渉】「おぉっ、水着のままだ。言われなかったら気づかなかった」 【彰人】「じゃあ、言わなきゃよかったな。部屋の外で待っててやるから、さっさと着替えろよ」 【渉】「先行ってていいよ別に」 【彰人】「屋敷の中で白骨死体になっても知らないぞ」 白骨死体とまではいかないけど、この屋敷をひとりで勝手に歩いたら確実に迷うな。 【渉】「すぐ着替えるから待っててくれ」 【彰人】「じゃ、廊下でな」 彰人が部屋を出て行ってから、俺は即行で着替えを済ませた。 なんだ……この有様は!? 美味そうな海鮮料理はさて置き……その横に転がるお酌とか一升瓶とか……。 酒臭いし、みなさんお顔が赤いようで……飲んだんですか!? 【彰人】「俺が目を放した隙に……」 【渉】「……見事に全員酔ってるな」 真央はなんか号泣してるし。 【真央】「真央が悪いんですぅ。真央は悪い子だから、日本の治安はどんどん悪くなるし、景気は回復しないし、金利だって上がらないんですぅ」 ……随分と社会的な話だな。 誰かが喚いてると思ったら、嬢王様は一升瓶から直接飲んでるし。 【沙羅】「酒持って来い、酒はまだぁん!」 【刹那】「サケがないだけに、サケぶ嬢王様……ククク」 寒いぞ刹那。 しかも、刹那ってば寝ながら飯食ってないか……壁を話し相手に。 この場でまともなのは雪乃と桜井だけか? いや、雪乃のようすが可笑しいぞ……なんか呟いてる。 【雪乃】「エコエコアザラク、エロイム・エッサイム、マハリク・マハリタ・ヤンバラヤンヤンヤン、テクマク・マヤコン……お姫様になぁ〜れ!」 急に立ち上がった雪乃がテーブルの上でクルクル回って……踊ってる……舞踏会か!? やっぱまともなのは桜井だけか……顔赤いけど……? 【明日香】「……おい麻生! こっち来てお酌しろぉ〜」 十分酔ってるな。 【沙羅】「酒はまだなのぉん! 彰人ったら突っ立てないでさっさと酒持って来なさぁ〜い!」 【彰人】「はいはい」 【明日香】「麻生ク〜ン、早くこっち来いよバ〜カ!」 【真央】「ごめんなさい、ごめんなさい、世界が平和にならないのは真央のせいなんです。だから、ここで一曲歌いま〜す!」 【刹那】「腐っても鯛だけに……腐った鯛なんて食えるか!」 突然刹那がテーブルを引っくり返して、料理が滅茶苦茶にぶちまけられる……ちゃぶ台返しか!? ぶっ飛んだ料理を華麗なステップで避けた雪乃が俺の傍に来る。 【雪乃】「さあ王子様、一緒に踊りましょう!」 王子様って俺かよ!? 雪乃の手を捕まれた俺はそのまま……宙を舞った!? 背負い投げか!! 【渉】「いてててててて……腰打った」 【雪乃】「まだまだ踊りたいないわ!」 【渉】「今のどこが踊りだよ!」 【雪乃】「さあ、レッツダンシングナイト!」 【渉】「意味不明だよ!」 逃げようとする俺の腕を雪乃が掴む。 ヤバイ投げられると思った瞬間、もう片っぽの腕も掴まれた。 【明日香】「あたしと酒飲むんでしょ。それともあたしの酒は飲めないって言うの!」 【雪乃】「王子様はこれから私と晩餐会に行くのよ!」 【渉】「意味わかんねえよ」 っていつの間に俺の前で真央が正座してるし? 【真央】「真央が悪いんです。お代官様許してくださ〜い」 【渉】「俺に向かって土下座されても困るから。しかも、お代官様じゃないし」 【雪乃】「そうよ、この人は私の王子様よ!」 【刹那】「バカ王子、バカ王子……ククク」 刹那のヤロウ生け作りになってるお魚さんと話してるし。 【沙羅】「アタシの理論を聞きなさ〜い!」 ……無理だ。 俺には事態を収拾することはできない。 ヘルプミー! つーか、彰人どこ行ったんだよ。 ちょうどそこに酒を大量に運んできた彰人が帰ってきた。 【彰人】「…………」 思わず現状を見て黙する彰人。 【彰人】「……ここに酒は置いときますから。俺は風呂入って寝ます」 逃げた。 彰人は逃げた。 ここで俺を置いて逃げやがった。 俺たちの友情はウソだったのかぁーーーっ!! 大量に運ばれてきた酒を見て嬢王様の目が爛々と輝く。 【沙羅】「渉も飲んで呑まれるのよぉん!」 【渉】「ううっ、ごほっ、うげぇ……」 一升瓶の2本構えた嬢王様が、1本の一升瓶を俺の口の中に無理やり押し込めてきた。 余計なお世話的に雪乃が俺の鼻を摘み、桜井が口を押さえて一升瓶が出ないようにする。 【渉】「ううあ……うぇあ……」 どんどん俺の口の中に液体が流れ込んで来る。 口と鼻を塞がれてるから強制的に一気飲みで、よい子はマネしちゃダメよ状態。 マジでこのままだと息できなくて死ぬ! 俺は周りの奴らを振り払おうとしたが、刹那がいつの間にか俺の手を掴んで『せっせせーのよいよいよい♪』って遊んでる場合かーっ! 無理やり俺は周りの奴らを蹴散らして、部屋の隅っこにダッシュで逃げた。 【渉】「ふはっ……死ぬかと思った!」 って部屋の隅っこに逃げてどーんだよ俺! 逃げ場ないだろ!! 【沙羅】「アタシの酒が飲めないっていうのぉん!」 【渉】「そういう問題じゃないし」 【雪乃】「私の王子様ぁん!」 【渉】「幻想の産物だ」 【真央】「真央が謝りますから、みなさん核放棄してください」 【渉】「真央ちゃんが謝って済む問題なら、もっと世の中平和だし」 【刹那】「きゃはははははははは……」 【渉】「無表情のまま笑うな、マジ怖いから」 【明日香】「麻生のクセしてあたしのことが嫌いなの!!」 【渉】「……別にキライじゃないけどさ」 5人の酔っ払いどもが一斉に俺に飛び掛ってきた。 俺は逃げる術もない。 【渉】「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」 【沙羅】「とりあえず服を脱がせるから、みんな手伝いなさい!」 【渉】「うわっ雪乃! 俺のベルトに手を掛けるなって、っ言ってるそばから俺の上着脱がすの止めろ真央ちゃん」 【刹那】「ぴろろろろろ〜ん」 【渉】「いい加減、無機物と会話するの止めろよ刹那……って桜井放れろ!」 【明日香】「麻生の身体ぽかぽかするぅ」 桜井が俺の身体に抱きつくというか、すごい怪力で身体を締め上げて、桜井の確かにそこにある胸が……胸が当たってるから。 【渉】「ううっ……苦しぃ……」 巨大な肉塊……もとい、巨大な嬢王様の胸が俺の顔を押し潰して息が……。 女子の執拗な攻めに遭い、辱められている俺って構図を考えるだけで……ヤバイ……下半身が反応しそうだ。 落ち着け、落ち着け俺! こんなところで下半身が反応したらシャレにならんぞ。 無の境地だ! 邪念を棄てろ! 煩悩よ、頼むから消えてください。 って考えることが逆効果に……。 【沙羅】「さぁて、どっちがいかしらぁん?」 どっちって? 嬢王様が両手に持ってるの、どっちも一升瓶でしょ? 違う点があるとしたら銘柄くらいなもんで、結局はアルコール。 【沙羅】「2本一気にいっちゃおうかしら!」 【渉】「俺を殺すかーっ!!」 ……あっ? 部屋の電気が消えた。 停電か? ……逃げるチャンス到来!! 暗闇の中で俺は周りのやつらを振り払って逃げようとした。 【真央】「うわぁ、真央の頭叩いたの誰ですかぁ? 真央が悪い子だからお仕置きだれたんですかぁ。ごめんなさい、ごめんなさい」 たぶん、叩いた……つーか、蹴ったの俺。 【雪乃】「イヤッ……誰、私のお尻撫でたの?」 撫でたんじゃなくて、ちょっと当たっただけだろ! 【明日香】「キャッ!? あたしの胸を誰かが触った!」 不可抗力だが、バレたら殺されること間違いなし。 つーか、出口どこだよ!! ぐわっ!! 弾力性のある巨大な何かが顔に!? 【沙羅】「いやぁん♪」 嬢王様の胸か……。 じゃなくって、電気がつく前に逃げないと……。 俺はとにかく手探りで壁伝いに歩き、暗い闇の中で騒いでる声からだいぶ遠ざかった。 【渉】「……おっ」 電気がついた。 辺りを見回すと、途方もないくらい長い廊下だった。 どうにかあの部屋からは逃げ出したらしい。 【刹那】「きゃははははは……」 【渉】「うわっ!? 刹那?」 【刹那】「きゃははははは……」 【渉】「頼むから無表情のまま奇声を発しないでくれ、かなり怖い」 【刹那】「きゃははははは……」 刹那の手が俺の腕に伸び、俺は間一髪で刹那から逃げた。 【刹那】「きゃははははは……」 ヤバイ……逃げた方がよさそうだ 【刹那】「きゃははははは……」 俺がダッシュで廊下を駆け抜けると、後ろから刹那が奇声を発しながら追ってくる……無表情のまま。 【刹那】「きゃははははは……」 【渉】「これってホラー映画かっ!!」 【刹那】「きゃははははは……」 【渉】「誰か助けてぇーっ!!」 【刹那】「きゃははははは……」 昨日は散々な目に遭ったな……。 あの後、俺は屋敷中を走り回って刹那の魔の手から逃げるハメになって……。 真夏の夜のホラー体験をしてしまった。 ……思い出しただけで身震いするな。 【雪乃】「……麻生君……おはよう……」 【渉】「おはよ。おまえ顔が青いぞ」 【雪乃】「なんだか……よくわからないんだけど……頭がガンガンして……」 【真央】「おはようございますぅ……ううっ」 【渉】「真央ちゃんも気持ち悪そうだな」 【明日香】「……昨日の記憶がない」 【渉】「あのさ、君ら昨日の夕飯の記憶全部ないとか?」 【雪乃】「ないわ」 【真央】「ありませぇ〜ん」 【明日香】「なにかあったの?」 【渉】「……覚えてないならいい」 【刹那】「ボクは全部覚えてるよ」 【渉】「うわっ!?」 いつの間にか俺の背後に立ってた刹那。 人に忍び寄る能力忍者並み。 【刹那】「どこら辺を話せばいいの? 嬢王様が渉クンに一升瓶をくわえさせたとこ?」 【渉】「わざわざ封印された記憶を掘り返すな。つーか、俺との追いかけっこも記憶あるのか……っていうか、ワザとかよ!」 【刹那】「記憶はあるけど、ワザとじゃないよ。そんなまさか、良識のあるボクがチェーンソーを持って渉クンに襲い掛かるわけないじゃないか」 【雪乃】「チェーンソー?」 【渉】「その件には触れないでくれ……。俺が言えることは、壮絶なバトルロワイヤルがこの屋敷で繰り広げられたってことだけだ」 【刹那】「楽しかったよねぇ〜」 【渉】「楽しくねえよ」 こっちは死ぬ気で逃げてたんだから。 【真央】「ううっ……気持ち悪いですぅ」 【雪乃】「大丈夫、真央ちゃん?」 【真央】「ううっ」 口を押さえて真央が猛ダッシュで走り去る……きっとトイレ直行で……。 【刹那】「さてと、みんな朝食はどうするかい? みんな気分悪そうで食べる気なしって感じだけど?」 【雪乃】「私は遠慮するわ。あと、真央ちゃんのあんな調子じゃ無理じゃないかしら?」 【明日香】「あたしもパス」 【刹那】「じゃ、朝食はなしって調理人たちに連絡してくるよ」 【渉】「いや、俺は食うって。あと彰人の意見も」 【明日香】「みんな食べないって言ってるんだからワガママ言うな」 【渉】「ワガママとかそーゆー問題かよ」 【雪乃】「私は真央ちゃんのようすが気になるから見てくるわね」 【刹那】「ボクも料理人に言いに行くよ」 雪乃と刹那が歩き去っていった。 この場に残された俺と桜井。 【明日香】「ああ〜っ、吐き気もする」 【渉】「だいじょぶかよ?」 【明日香】「これが大丈夫そうに見えるなら、いっぺん死んで来い」 『大丈夫?』って聞くのは社交辞令っていうか、気遣いの問題だろうが。 【明日香】「ちょっと外の空気吸ってこよっと」 【渉】「男も行くよ」 【明日香】「来なくていい、空気が汚れる」 【渉】「汚れるってなんだよ、そんなに口臭くないぞ」 【明日香】「気分的にイヤ」 ……それって存在否定ですか? 機嫌悪いのか気分悪いのか、よくわかんない表情で桜井は歩き去ろうとした。 【渉】「俺も行くって」 【明日香】「もう好きにすれば……」 よし、このまま二人っきりでいい展開に発展させるぞ! 海岸線の舗装された道を歩く桜井の後ろを俺は適当な会話をしながらついて行った。 【渉】「綺麗な海に青い空。解放的な気分になるよなぁ」 【明日香】「あたしの前歩いてくんない?」 【渉】「なぜに?」 【明日香】「解放的な気分になられたら困るから」 【渉】「……俺がおまえのこと襲うとでも思ってるのかよ!」 【明日香】「うん」 現実でそんなことするかよ。 ヤルとしてもモーソーの中だけだ。 突然、俺のことをキツイ目で見る桜井……心を見透かされたか? 【明日香】「……今変なこと考えてたでしょ?」 【渉】「とんでもない」 【明日香】「早くあたしの前歩け」 【渉】「はいはい」 ったくワガママ娘だぜ。 つーか、いつの間にか俺は桜井に尻を敷かれる存在になったんだ? 生まれた時から? 宿命ってやつだな。 あと、嬢王様に俺が逆らえないのも生まれた時から決まってる宿命だな。 そう、因果応報ってやつだ。 ……って因果応報ってなんだっけか? 【渉】「なあ、桜井?」 【明日香】「なに?」 うわっ、いきなり機嫌悪そうに返事返されたし。 【渉】「あのさ、因果応報ってどんな意味?」 【明日香】「前世の行いが現世に影響すること」 【渉】「へぇ、そんな意味だったんだ。ってなんで俺の前歩いてるんだよ!」 【明日香】「……別に」 先に行けとかいいながら、前歩いてるし。 つーか、さっき襲う襲わないみたいな会話してたから、妙に意識しちまう……。 目が……目がどうしても前を歩く桜井のケツに……。 急に振り向いた桜井。 【明日香】「今あたしのお尻見てたでしょ?」 【渉】「見てない見てない」 【明日香】「ホントにぃ? 嫌な視線感じたんだけどぉ?」 【渉】「見てたよ、見てましたよ、見ちゃわるいのかよ!」 【明日香】「意味不明な逆ギレしないでよ! 見たいなら見ればいいでしょ、どーぞ、ほら見なよ!」 【渉】「おまえこそわけわかんねぇキレ方すんなよ」 【明日香】「もぉ知らない!」 【渉】「あっ!」 走り去ろうとする桜井の腕を俺は反射的につかんだ。 【渉】「待てよ」 【明日香】「放してよ」 【渉】「意味わかんねえよ、おまえ」 【明日香】「それはこっちのセリフ」 【渉】「はぁ?」 【明日香】「だって二人っきりだと、なに話していいかわかんないんだもん」 【渉】「はぁ?」 バツの悪そうな表情をする桜井。 逃げる様子もない桜井の腕をゆっくりと放した俺は、ため息を付きながら歯がゆい気持ちになった。 【渉】「桜井って俺のこと好きなのか?」 相手を滅殺するような目つきで桜井が俺のこと睨んだ。 うわっ!? やっぱ俺の勘違いでしたか? 俺の自意識過剰でしたか? ニアミスすらしてませんでしたか? 【明日香】「…………」 【渉】「睨んだまま黙るなよ」 【明日香】「……勘違い男サイテー」 【渉】「ぐはっ!?」 やっぱ俺の勘違い? いやいや、今までの桜井の言動やらを解析すると、少なからずとも俺に好意を持ってるような……持ってないような? 【渉】「……俺のこと好きなんだろ? 俺も桜井のこと好きだ」 【明日香】「…………」 【渉】「あの広大な海に俺は叫ぶぜ。俺は桜井が好きだぁーーーっ!!」 桜井の目が光った。 【明日香】「……死ね」 ドゴッ!! ぐあっ!! 桜井の回し蹴りが俺の腹に直撃……。 腹を押さえてうずくまる俺を見下す桜井。 【明日香】「ウザイ。勘違いも大概にしてよ。あたし麻生のことこれっぽっちも好きじゃないから!」 そんなー、そんなー、そんなー……と言葉がエコーした。 俺がはっきりと桜井に好きだって言っちまった手前、これからの桜井との関係が……。 つーかさ、もう一度よく考え直すとさ、どうしても桜井が俺のこと好きなような気がしてならないんだけど……? 嫌い嫌いも好きのうち? 口で嫌いっていうのは照れ隠し? 【渉】「……本当の気持ちで答えてくんねえか? 本気で嫌いだって思われてるなら、俺だってあきらめるけどさ……桜井の態度ってなんかさ……」 本気で嫌いって言われてもあきらめらんねえな。 【明日香】「……しつこい男はキライ。これ以上聞くとキライになるからね」 ……これ以上聞くと? ってことは、今は嫌いではないと? 【渉】「マジっスか?」 俺は嬉しさのあまり桜井の身体に抱きついてしまった。 【明日香】「離れてよ」 【渉】「マジで嬉しいんだよ……あっ?」 桜井の香りが……じゃなくって、桜井のうなじに光るチェーン……? 俺は桜井の首にあるチェーンを摘んで引っ張った。 【明日香】「きゃっ、くすぐったい」 【渉】「これってさ」 引っ張ったチェーンの先にはハートペンダントがあった。 【渉】「俺が買ってやったペンダントじゃん?」 【明日香】「やっ、あっ、違う!」 急に慌てた桜井は顔を真っ赤にして俺から離れた。 【明日香】「違うってば」 【渉】「違うってなにが? 俺もつけてるぜ、ほら」 俺は襟首からハートペンダントを出して桜井に見せる。 すると、桜井の顔がもっと赤くなった。 【明日香】「な、なんでつけてんの!?」 【渉】「だって、俺と桜井の唯一の絆だし……つーか、おまえこそなんでつけてんだよ?」 【明日香】「……べ、別に!」 あの桜井がすごく動揺してるように俺には見えるのだが……? 【渉】「別にじゃないだろ」 俺は桜井に詰め寄って、桜井のつけてるペンダントをまじまじ見つめた。 【渉】「これってやっぱし俺が買ったやつだよな?」 【明日香】「違う、違うって!」 【渉】「ちゃんと見せろって!」 【明日香】「ダメ!」 【渉】&【桜井】「あっ!?」 桜井のペンダントを俺がつかんだ瞬間、チェーンがブチッっと千切れて、その反動で俺の手からペンダントが!? 【桜井】「早くつかんで!」 【渉】「クソッ!」 ポチャン。 海の中に落ちた。 ペンダントが海の中に落ちて沈んでいった……。 【渉】「……ごめん」 【明日香】「別にいい、大切なものじゃないし」 大切なものじゃないと口で言いながらも、桜井は少し寂しそうな顔をしていた。 【渉】「……ごめん」 俺はいても立ってもいられくて、飛び込んじゃった……えへっ。 ジャバーン! 【明日香】「麻生!」 俺は海の中に飛び込み、ペンダントを探そうとした……が、無謀!? 砂浜沿いの海ならまだしも、ここって舗装された道路沿いの海の中。 つまり、水深いくつだよ!! 俺は水の中に飛び込んだものの、すぐに水面に顔を出した。 【渉】「……ぷはぁ」 【明日香】「……ばかじゃないの」 桜井のすごく冷たい視線。 『頑張って』とかじゃなくて『……ばかじゃないの』ってさ。 『ばか』っていわれたら、もう引くに引けねえ。 根性で見つけたる!! 俺は大きく息を吸い込んで、もう一度、海の中に飛び込んだ。 水深はそれほどない……だいたい6メートルくらいだと思う。 そして、せめてもの救いは海の水が澄んでいて下までよく見えるってこと。 トロピカルな色の魚たちが泳いでるなぁ〜。 ああ、楽園!! ……じゃなくって、ペンダント、ペンダント。 見つかるかよ! いくら海が澄んでて見通しがよくたって、海は広いな大きななんだよ! が、ここで負けるわけにはいかない。 俺は気合と根性と根気の体力勝負でペンダントを見つけてみせる! でも、息が続かなくなってきた……そろそろ上がろうかな……なぁっ! 見っけた! あったぞ、岩陰にペンダントが……!! でも、息が……。 でも、上がったら見失うかも。 でも、息が……。 でも……。 俺は意識朦朧としながら、結局ペンダントの場所まで泳ぎ、岩陰にあったペンダントに手を伸ばした。 ……意識が遠のく。 ……あと、少し。 視界が白くなっていく……。 あっ、ここでペンダントを取っても、海面まで上がる酸素まで計算に入れて……あはは。 俺っておバカさん♪ 俺の意識は完全に白い世界に呑み込まれた……。 ああ、天井。 そして、桜井の顔。 【渉】「え……桜井の顔?」 【明日香】「あたしの顔で悪かったわね」 【渉】「別にそんな意味じゃなくって」 俺はベッドから状態を起こして見回した。 すると、桜井の他に刹那もいた。 【刹那】「おはー渉クン」 【明日香】「刹那が溺れた麻生のこと助けたんだよ」 【渉】「あー、そうなんだ。サンキュ刹那」 つーか、どうして刹那があの場所に……? そんなことよりも……。 【渉】「ペンダントは?」 【明日香】「麻生が気失いながら、ずっと手に握ってた」 桜井の首にはハートペンダントが光っていた。 【渉】「……よかった。ところで今なん時?」 【刹那】「お月様が空に浮かぶ時間」 【渉】「マジで!? 朝飯も食ってないのに……」 【刹那】「今夜は野外でバーベキューだよ」 【渉】「肉かぁ。たらふく食ってやる!」 【刹那】「最高級の和牛を日本から空輸してもらったり、他の食材も世界中から空輸して取り寄せたよ。あ、それから嬢王様が今晩、肝試しするって言ってたよ」 【明日香】「聞いてない」 【渉】「まあ、嬢王様が思いつきそうなイベントだけどな」 【明日香】「あたしあの先生の考えてることわかんない」 【渉】「突発的な思い付きなようでも、凡人にはわからないなにかがあるん……いや、思い付きかも」 ふと、俺は刹那の顔を見た……。 刹那と嬢王様……似てるのか? も、もしや親子!? んなわけないな。 刹那って謎の学園長(俺は声しか聞いたことがない)の息子だし、嬢王様だって刹那くらいの子供がいるような歳でもないだろうし……年齢不詳だけど。 【渉】「そんなことより、飯食いに行こうぜ……?」 って誰もいねえ!! 薄情な奴らだ。 クソッ、俺の肉は渡さんぞ!! 俺はベッドから飛び起きて肉に向かって走り出した。 【渉】「この肉マジうめえ!」 【彰人】「朝昼食ってないからって、口の中に詰め込むなよ」 【渉】「うぐっ……ううぅ……苦しぃ」 【真央】「麻生さん飲み物です!」 真央からもらった飲み物を一気飲みして口の中の物を流し込んだ。 【渉】「……ぷはぁ」 【沙羅】「今のアタシの酒よ」 【渉】「えっ?」 【沙羅】「アタシの酒。アタシの、アタシの、アタシの酒よ!」 嬢王様ってば目が据わってる。 【沙羅】「酒の恨みは末代まで祟るわよぉ〜ん」 酔ってるよ、すでにこの人酔ってるよ。 【渉】「事故です、事故ですから、落ち着いて落ち着いて」 【真央】「真央がいけないんでぅ。真央が麻生さんに渡したから」 【彰人】「食べ物を喉に詰まらせるような食べ方をしてる渉が悪い」 【真央】「やっぱり真央が悪いんですぅ」 【雪乃】「まあまあ上條先生、新しいお酒をどうぞ」 嬢王様に新しいお酒を渡す雪乃のナイスフォロー。 でも、これ以上、嬢王様に酒を飲ませるのも問題があるような……。 【沙羅】「それじゃん、スイカ割りするわよぉん! 渉を砂に埋めなさぁ〜い!」 【渉】「はぁ!?」 固まる一同。 昨晩のノリだったらみんなに地中に埋められてたけど、今日はみんな素面だもんな。 【刹那】「おもしろそうな企画だね!」 【渉】「オイッ」 さわやか笑顔を浮かべながら刹那が俺の腕をつかんだ。 ……う、埋められる!? 【渉】「やめろよ!」 【刹那】「さあ、大地のパワーを全身に!」 【渉】「意味わかんねえ!」 刹那が俺の身体の自由を奪い、刹那お抱えのシャベルを持った黒子がどこからか現れた。 この場所にやって来た黒子軍団は、あっという間に人が埋まる程度――つまり俺が埋まる程度の穴を掘り、刹那がポイッっと粗大ゴミを捨てるように俺を穴の中に放り投げた。 【渉】「マジで人を生き埋めにする奴がどこにいんだよ!」 ……ここにいた。 俺は命の危険を感じ、穴の中から這い上がろうとしたが、黒子軍団が刹那の指示のもと、スコップで次から次へと俺に砂をぶっかけてきた。 【渉】「うわっ……うぎゃ……うごっ!」 そして、俺の抵抗も虚しく、スッポリ俺の身体は頭を残して砂に埋められてしまった。 【沙羅】「さぁってん、トップバッターはアタシよぉん!」 アンタがトップバッターかい! ってすでに目隠しして手には……釘バッド!? 【渉】「ちょっと待った、嬢王様。普通のバットでも死亡率80パーセントくらいだと思うのに、釘バットじゃ100パーセント死亡でしょ! せめて、大根とかしてくれません?」 【刹那】「大根じゃリーチが短いからね。空振りもいいところだよォ」 【渉】「余計なこと言うなよ!」 大根にしてくれれば死なずに済んだのに。 【彰人】「でもな、このままだと渉がマジで殺されそうだからな……」 【雪乃】「釘バットの代用品を探さないといけないわね」 【渉】「釘バットの代用じゃなくて、俺の代用としてスイカを用意しろよ!」 【真央】「あ、あのぉ、こんなことしたら麻生さんが可哀相だと思うんですけどぉ……ねぇ明日香さん?」 【明日香】「……別に」 冷たいぞ桜井!! 【渉】「刹那! お前の力で巨大スイカでもなんでもすぐに用意しろよ!」 【刹那】「う〜ん、今からスイカを用意するとなると、1時間くらいは欲しいかな……?」 【渉】「そーゆーわけです嬢王様。1時間ほど待ってください」 【沙羅】「イヤよ」 【真央】「でもぉ、麻生さんが死んだら悲しいですぅ」 悲しいとか、そーゆー問題じゃなくて、殺人だろ殺人! 【沙羅】「死んだら死んだで、そん時はそん時で頑張ってアタシが生き返らせるから平気よ!」 頑張るって!! 死人を生き返られせるのって頑張るとかいう次元の問題じゃないでしょ! 【沙羅】「アタシの辞書に不可能の文字はないわ! あるとしてもふとした失敗ね。だから安心しなさい」 【渉】「安心できるかーっ!!」 俺が叫び声を上げるなか、モクモクと上がる煙を見て雪乃が他人事のように言った。 【雪乃】「あら、お肉から煙が上がっているわ」 【彰人】「早く食べないと肉だ駄目になりますよ先生?」 【沙羅】「そうね、人間スイカ割りはやめにして、食事の続きをしましょう」 【刹那】「デザートには冷えたスイカも用意してあるよ」 【渉】「スイカあるんじゃねぇか!!」 と俺の叫びも虚しく、みんなは食事に戻ってしまった。 ……生き埋めにされたままの俺。 【渉】「まだ昼食の分、食ってねぇ!!」 俺が掘り起こされた頃には、当然のごとく夕食は終わり、みんなはデザートまで食い終えていた。 そして、ひと休憩置いたところで嬢王様が肝試しの話をはじめた。 【沙羅】「じゃあ、ペア決めをするわよぉん」 嬢王様が白衣のポケットから取り出したのは、不透明のコップとそれに突き刺さった割り箸数本。 【沙羅】「割り箸の先に赤・青・黄色で着色してあるから、みんな一本ずつ心を込めて引きなさい」 心を込めるってところが意味不明。 いや、桜井とペアになれるように心を込めるべきか。 【渉】「そんじゃ、俺が一番初めに」 【刹那】「いやいや、ボクが一番だよ。何事もボクは一番とそう決まっているんだ」 【渉】「そんなの誰が決めたんだよ?」 【刹那】「ばかだなァ、渉クンは。カミサマに決まってるじゃないか」 【渉】「あー、そーですか」 【雪乃】「それじゃあ、私が引いちゃお」 【渉】&【刹那】「あっ」 【渉】「2番はもらった!」 【刹那】「ボクは2番も愛してる!」 結局、刹那と俺は同時に割り箸を引いた。 まず、一番初めに引いた雪乃が青色、刹那が青色で、俺は赤だった。 【雪乃】「あら、刹那君と一緒ね。宜しくね、刹那君」 【刹那】「こちらこそ宜しく。実はボク、雪乃クンのことも好きなんだ」 ……浮気性。 すでに1つペアが決まったことで、俺と桜井がペアになれる確立アップ! 【真央】「次は真央が引きま〜す!」 真央が引いたのは黄色だった。 よっしゃ、これでまた確立アップ!! あとは彰人と桜井だけで、残る割り箸は2本。 つまり、次でペアが決まってしまう。 【彰人】「桜井さん、先に引く?」 桜井が無言で首を降ると、彰人が割り箸に手を掛けた。 黄色を引け、黄色を引け、黄色を引けったら引け、引きやがれ!! と俺が心の中で呪文を唱えると……? 【彰人】「黄色だな」 よっしゃ! 【明日香】「あたし肝試しなんてやんない」 ガーン! 天国から地獄に叩き堕とされた気分。 【明日香】「麻生となんか二人っきりになったら、なにされるかわかんないもん」 【渉】「なにもしねぇよ! つーか、したことないだろうが!」 【明日香】「未遂ならいっぱいあったと思う。エッチな目であたしのこと見てたり」 ……それは否定できない。 モーソーの中でいろいろしても……現実でできるか! 【雪乃】「麻生君ったら、明日香をそんな目で……ふふふ」 【刹那】「……マイハニーが汚されたァ」 【渉】「誤解だーっ!!」 【沙羅】「誤解だろうが、有罪だろうが、市中引き回しだろうが、ペアが決まったんだから、さっさと肝試しやるわよ」 【明日香】「だから、あたしは――」 【雪乃】「まあまあ、そんなこと言わないでね」 【明日香】「ヤダ」 【雪乃】「みんなで楽しくやりましょうよ」 【明日香】「ヤ〜ダ」 【真央】「ええっと、明日香さんが参加してくれると、真央とっても嬉しいですぅ」 【刹那】「明日香が参加しない肝試しなんて肝試しじゃないよ。ホラーには華が付きものって決まってるじゃないか」 【彰人】「桜井さんが入らないと人数が合わなくなるしな」 【雪乃】「ほら、みんなもこう言っているのよ」 【明日香】「イヤったらイ〜ヤ〜だ!」 【渉】「相変わらず桜井ってワガママな性格してんよな。そういう協調性のない性格は直した方がいいと思うぜ」 【明日香】「アンタに言われたくない」 【雪乃】「……明日香ったら、本当に強情ね」 冷たく激しい風が吹き荒れた。 俺は知っている。 この空気ってか、感覚ってか、雰囲気……頭じゃない、身体が覚えてる。 なにかが静かにキレる音が聞こえたような気がした。 【雪乃】「……私は明日香のこと大好きだし、大切なお友達だと思っているわ……でもね」 雪乃が明日香に向かって微笑んだ、 でも、なんか違う。 雪乃の微笑みは冷笑だった。 【雪乃】「この際だから言って置くけど、明日香の性格って最低なところがいっぱいあるわよ……ふふ」 いちよーここは常夏の孤島で、夜は爽やかな涼しさなハズなんだが、この時この瞬間は北からの海風が吹いたのか、とっても寒い。 この異様な雰囲気を感じているのは俺だけではあるまい。 ここにいた全員および、半径10メートルくらいにいた草木や、どっかに隠れているであろう刹那お抱えの黒子軍団もだと思う。 涼しげな沈黙が場を包み、少し間を置いて雪乃が口を開いた。 【雪乃】「ざけんじゃねえよ! アンタ何様のつもり? みんなの気も知らないでワガママ言ってんじゃねぇよ!」 ……一同口をポカンとあけて沈黙。 …………。 …………。 …………。 【真央】「ゆ、雪乃さん!?」 【彰人】「……マジ?」 【沙羅】「ついに本性を出したわねぇん」 【明日香】「ゆ、雪乃!?」 【雪乃】「はァン? 気安く呼び捨てしないくれる?」 【明日香】「え……雪乃……だよね?」 雪乃を前にして、雪乃ですかと聞く桜井の混乱よう。 きっと桜井は裏雪乃を見たの初めてなんだろうな。 俺も今の今まで裏雪乃の存在を記憶の彼方に忘却してたっていうか、記憶に頑丈なカギをかけて封印してたんだけど、どうやら封印が解けちまったらし。 【雪乃】「アタイはアタイ決まってんだろ?」 雪乃が桜井の襟首に掴みかかった。 つかまれた桜井はきょとんとした表情をして、イマイチこの展開についていけてない様子。 【真央】「あ、あのぉ、やめてください雪乃さん」 【雪乃】「んだと、チビは黙ってろ」 【真央】「あわわ、ごめんなさい、ごめんなさい、真央がチビでグズでノロマだからいけないんですぅ」 誰も真央がチビでグズでノロマでマヌケですっとこどっこいのおたんこナスなんて言ってないんだけど、被害モーソー激しすぎ。 【刹那】「それ以上マイハニーに手を出だしたら、僕が容赦しないよ雪乃クン?」 【雪乃】「望むところだ、かかって来いや!!」 【沙羅】「どっちが勝つか賭けしましょうか? 一口1万円でどうかしらぁん?」 そうじゃなくって、誰か止めろよ……俺は無力でか弱いから無理だけど。 【明日香】「放してよ雪乃!」 【刹那】「マイハニーを放すんだ雪乃クン」 過去の記憶を解き放ってよく考えろ俺。 度々プッツンした雪乃を元に戻す方法がなんかあったハズだ……たぶん。 【雪乃】「かかって来いや!」 【真央】「ダメですよ刹那さん、雪乃さんにかからないでくださいよぉ」 【沙羅】「刹那ちゃ〜ん、殺っちゃいなさぁ〜い」 【彰人】「刹那、絶対に神楽さんに手を出すな。神楽さんも早く桜井さんを解放して」 【雪乃】「ヤナこったね!」 【明日香】「もぉ、雪乃ったらどうしちゃったの!?」 なにか方法があったハズなんだけど……思い出せない。 そうだ、呪文だったような……。 【彰人】「渉! 神楽さんを押えろ!」 【渉】「えっ?」 俺が気が付くと、雪乃が桜井を突き飛ばして刹那に襲い掛かろうとして、前に飛び出そうとしている刹那を彰人と真央が押えている状態だった。 【沙羅】「血の雨が見れそうねぇん♪」 【渉】「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!」 【刹那】「……ははは、あ〜ははははははっ、ボクは神だ!!」 ヤベぇ、刹那の〈暴走〉だ。 俺はすぐに刹那に飛び掛ろうとしていた雪乃を取り押さえようとしたが、雪乃に掌底をくらってぶっ飛び、刹那は彰人と真央を振り払って地面を蹴った。 雪乃に向かって踏み込んだ刹那がバク宙をしながら蹴りを放った……ムーンサルトキックだ!! が、雪乃は逆さになって宙に浮いている刹那の足首をつかみ、そのまま状態を捻りながら刹那の身体を横にぶん投げた!! 【雪乃】「アタイに喧嘩売ろうなんざ、100年早いよ!」 〈暴走〉刹那がいとも簡単にやられるなんて……。 いや、まだだ、刹那が立ち上がって雪乃に向かって速攻を決める! 【沙羅】「刹那、100万馬力よぉん!」 そこっ!! 意味わかんない応援しない! 【真央】「あわわ〜っ」 ホント『あわわ』な展開だ。 交じり合う拳と拳の肉弾戦……ってアクション映画かこれは!! 【刹那】「ボクは最強!」 【雪乃】「坊やはお寝んねの時間よ!」 【渉】「…………!!」 一瞬の出来事でなにがなんだかよくわからんかった……。 ただ、言えることは、雪乃が立ってて刹那が倒れてるってことだけだ。 【雪乃】「最強の称号はアタイのもんよ。さてと、これから明日香にたっぷりお説教したげるからね」 【沙羅】「そ、そんな……まさか、アタシの最高傑作である刹那が負けるなんて……」 最高傑作ってなんだよ! ってツッコミは今はともかく、雪乃を元に戻す方法は……あっ!? 【渉】「テクマクマヤコン・テクマクマヤコン……普段どおりの神楽雪乃になぁ〜れ!」 …………スッと雪乃の身体から力が抜け、倒れそうになったかと思うと、雪乃はバランスを整えて目をパチクリさせた。 【雪乃】「あら、ええと、なにがあったのかしら?」 【彰人】「覚えてないのか?」 【雪乃】「もしかして、久しぶりにアレが出ちゃったかしら……。嫌ね、ここ数年アレは出てなかったんだけど……」 ……だんだん昔のこと思い出してきたぞ。 確か俺が小学生に上がるちょっと前の出来事だっと思うんだけど、、雪乃と遊んでたら神社の境内にバイクで入って来た数人の高校生がいて……あの時は血の雨が……やっぱり昔の記憶は封印しておこう。 【渉】「刹那は大丈夫か?」 【雪乃】「あらまあ、もしかして私がやちゃったのかしら?」 【明日香】「……うん」 【真央】「雪乃さんが雪乃さんじゃんかったみたいですぅ」 嬢王様は地面に倒れている刹那に慌てたようすで駆け寄った。 【沙羅】「刹那しっかししなさい!」 他人に手を差し伸べるどころか蹴り飛ばす性格の嬢王様が刹那の身を案じてるのか!? 【沙羅】「防護スーツを着ていたのに、こんなダメージを受けるなんて……」 防護スーツって、もしかしてその白い学ラン? その学ランって防護スーツだったの? つーか、なんでそんなもん着てるわけ? 【渉】「あの、嬢王様に質問が……」 【沙羅】「うるさい黙ってなさい! パーツを取り替えて防御力及び攻撃の力の強化……回転数も上げて……」 考え深げな表情をしている嬢王様は、なにかを思いついたように手を叩いて、刹那の身体を軽かると担ぎ上げて走り去って行った。 【渉】「あ、嬢王様!」 【彰人】「……疑問点がいくつかあるんだがな、渉わかるか?」 【渉】「俺に聞くな」 そう、謎は謎のままの方がいいってこともあるのさ。 刹那は嬢王様に担がれて消えたあと、結構すぐに何事もなかったように戻ってきた。 そして、右往左往しながら、どうにか肝試しは開始されることになった。 嬢王様は準備があるとかないとか言って、すでにどこかに消えてしまっている。 【渉】「どのペアから最初に行く?」 肝試しのコースは嬢王様が事前に立てた道しるべ通りに進み、中間地点に洞窟の奥にある祠で嬢王様のブロマイドを持って、行きとは違う道でスタートまで戻ってくることになっている。 【刹那】「嬢王様から赤・青・黄色ペアの順番で、最初のペアが出発してから15分に次のペアが出発するように言付かってるよ」 【雪乃】「わざわざ細かい指定をして来るなんて、なにかあるのかしら?」 【渉】「嬢王様のことだから大掛かりな仕掛けがあるに違いないと思うぜ」 【彰人】「前々から気になっていたんだが、嬢王様の資本はどこから出てるんだ?」 【刹那】「嬢王様の研究資金はウチから出てるんだよ」 ……やっぱり刹那と嬢王様の関係性が気になるが……ここは流した方が良さそうだ。 そう、世の中、知りたくもないヒミツを知っちゃって消されることだってあるんだし。 【明日香】「ところで赤ペアってもしかしてあたしたちのこと?」 【刹那】「うん、割り箸の先の色がそうだよ」 【渉】「ってことは俺らが一番か……」 【明日香】「一番はイヤだけど……仕方ないか」 小さくため息をついた桜井。 なんかいつもと違って聞き分けがいいな。 【真央】「麻生さん、ファイトです!」 【渉】「そんなに気合入れるほどの……いや、嬢王様のことだから気合入れていかないとダメか」 桜井の前で恥かくわけにもいかないしな。 【彰人】「ビビって途中で引き返してくんなよ」 【渉】「嬢王様がどんな仕掛けを用意してようと、所詮は作り物にすぎない。俺のことをビビらせることができるなら、やってみろってってんだ」 【彰人】「ほお、強がるのも今のうちって感じだな」 【雪乃】「明日香をしっかり守ってあげるのよ、麻生君」 【明日香】「こんな奴に守ってもらわなくても平気だもん」 【刹那】「早く出発しないと嬢王様が待ちくたびれて怒り出すよ。はいこれ、懐中電灯だよ」 俺は刹那から懐中電灯を受け取ると、心の中で気合を入れた。 実は俺、おばけとか苦手だったりw 【渉】「じゃ、行くとするか。桜井行くぞ」 【明日香】「……こんな奴と一緒なんて、ユーウツ」 【真央】「二人ともファイトです!」 都会の街中と違って、当然のように当たりはシーンと静まり返り、聞こえる音といったら、俺らの歩く音と得体の知れない虫や動物の鳴き声。 不気味といえば不気味な気もするが、爽やかなこの風、空を見上げれば満点の星、そしてなんていっても桜井と二人っきり。 しかもだ! 肝試しといったら、女の子がキャーとか言って男の腕にしがみ付くのが定番!! 【渉】「ぎゃあ!」 って、なんだ小動物が足元通っただけか。 ったく脅かすなよ。 ……あれ、桜井は? 【渉】「桜井〜っ?」 俺が辺りを見回すと、桜井が両耳を塞いで地面にしゃがみ込んでいた。 【渉】「桜井?」 【明日香】「きゃっ!」 俺が桜井の肩を軽く叩いただけで、桜井は飛び上がって驚いた。 【明日香】「脅かさないでよ!」 【渉】「おまえなにやってんだよ?」 【明日香】「なにって、麻生が急に大声出すから、それで……」 【渉】「桜井って、もしかして怖がりとか? ぐはっ!!」 いきなり俺の腹にボディブロー。 【渉】「くぅぅ……なんだよ、いきなし」 【明日香】「あたし怖がりなんかじゃないから!」 【渉】「わかったから殴るな蹴るな。桜井が怖がりなのはわか……げほっ!」 桜井の回し蹴りが俺の腹に……。 もう少しで晩飯の肉をリバースして土に返すところだった。 【明日香】「怖がりじゃないって言ってるでしょ!」 【渉】「桜井が怖がりじゃないのは100歩譲って了解した。けど、必要なら俺の腕とかつかんでもいいぞ」 【明日香】「…………」 桜井はじーっと俺の顔を見つめた。 この間はいったいなんの間だよ! そして、桜井は俺のシャツの裾をぎゅっと拳で握り締めた。 【明日香】「別に怖いからじゃないかんね」 【渉】「素直じゃな……ぐっ!」 わき腹抓りやがった。 【明日香】「麻生が迷子になると困るから」 すんげえ言い訳。 でも、ツッコミ入れると痛い目に遭いそうだからやめよう。 俺だって学習機能くらい付いてるさ。 ゆっくりと歩き出した俺の服をつかんで、俯き加減でついてくる桜井の可愛いこと可愛いこと。 俺に理性ってもんがなかったら、この場で押し倒してるところだ……危ない危ない。 しばらく歩いたところで、俺は足元に違和感を感じて立ち止まった。 【渉】「ん?」 足元に懐中電灯を当てると、そこにはベトッとした液体が水溜りのようになっていた。 【明日香】「きゃーーーっ!!」 桜井が俺の身体に飛びついた。 待ってました、この展開!! 桜井の微かな胸が俺の身体に……ああ、幸せ。 俺の幸せを祝福するようにお空のお星様も瞬いてるぜ。 【明日香】「あ、麻生ってば、これって血だよ!」 【渉】「へっ?」 俺が片足をゆっくりと持ち上げると、ねっとりとした液体が靴にこびり付いていた。 懐中電灯を当てても暗がりで色がよくわからないが、確かにそれは血のように見える。 俺の靴に血が……血溜まりの上に立っている? 【渉】「ぐわぁ!?」 すぐさま俺は桜井をお姫様だっこして後ろに飛び退いた。 【渉】「落ち着け、常識的に考えてこんなところに血溜まりがあるわけない」 【明日香】「上條先生の仕業?」 【渉】「当たり前だろ、それしか考えられ……ぎゃ!」 【明日香】「きゃっ!?」 突然、血溜まりが大きくなった。 いや、正確にいうと、地面から血が滲み出して、血溜りがどんどん広がっていた。 【渉】「あはは、よくできた仕掛けだなぁ」 【明日香】「あ、あれ見て!!」 声をあげてなにかに指を差した桜井の指先を懐中電灯で追っていくと、なんとそこには!? 【渉】「なんじゃありゃー!?」 オボッ! オボッ! と地中から動く手が次から次へと突き出てくる。 【明日香】「なにあれ、気持ち悪い……」 【渉】「問題ない、ああいうモンスターをRPGで見たことある。ホラーとコメディは紙一重だ」 【明日香】「真ん中だけ道があいてるけど、あそこ通んなきゃいけないのかな?」 何十本、何百本もの蠢く手の真ん中には、人がひとり通れる道が開けていた。 【渉】「迂回するって手もある……うわっ!」 迂回しようと道の脇を見ると、そこには臓物飛び出しちゃってますよ、早く病院行った方がいいですよ、って感じのアンデット系の方々が周りを囲んでいた。 【明日香】「どんどんゾンビたちがこっちに来るよ」 【渉】「問題ない、早く先に進めって催促だ」 アンデットがゆっくりとした足取りでどんどん俺らに近づいて来る。 問題はまったくもってなにもない。 こういう時こそ男たるもの落ち着かなきゃいけない。 そう、俺は桜井にカッコイイとこを見せなきゃいけないんだ! 俺は抱きかかえていた桜井を抱え直し、地面から突き出る手の間を駆け抜けようとした。 あと少しで抜けるというところで、俺の足が誰かにつかまれた。 ズコッ!! 俺の世界が回転する……つまりコケた。 地面にダ〜イブ! コケながらも俺は桜井を守り、桜井を守ったことによって受身ゼロで俺は大ダメージを受けた。 でも、今の俺ってカッコいいかも。 【明日香】「大丈夫!?」 【渉】「ぜんぜん平気」 後ろを振り返るとすでに手もアンデットさんたちも消えていた。 【渉】「コケたくらいじゃ俺の身体は……」 ボキッ! 立ち上がろうとした時、俺の足が奇声をあげた。 【渉】「痛ぇーーーっ!」 【明日香】「どこ怪我したの!?」 【渉】「右足挫いたっぽい」 【明日香】「もぉ、麻生ったら」 立ち上がることもできないで俺は地面に尻をついて座った。 今の俺ってカッコ悪い。 嬢王様め、あんな大そうな仕掛けなんか作りやがって、あとで慰謝料請求……できたらいいなぁ(希望)。 【明日香】「立てる?」 【渉】「無理かも」 【明日香】「誰か呼んできてあげたいけど、ひとりで……」 100歩譲って怖がりじゃない桜井には独りでみんなのとこに行くのは無理だろうな。 【渉】「肩かしてくれたら立てるかも」 【明日香】「しょーがないなぁ」 桜井が差し出した手につかまって俺は立ち上がろうとしたのだが……。 【明日香】「きゃ!?」 桜井は俺の身体を持ち上げきれず、身体のバランスを崩して俺の胸に飛び込んで来た。 とっさに俺が桜井の身体を抱きしめて、桜井の顔が俺の顔のまん前にきた。 二人の視線が合って、二人とも黙り込む。 しばらくして桜井の顔が赤くなったけど、それでも桜井は俺の身体から離れようとせず、俺も桜井を抱きしめる手に力が入っていた。 【渉】「桜井……」 【明日香】「…………」 桜井の顔を見つめているうちに、俺は居ても立ってもいられなくなって、思わず桜井の唇にキスをしようとした。 バシーン! 華麗なる桜井の平手打ちが俺の頬にクリティカルヒット! 【渉】「痛ぇーーーっ!!」 【明日香】「なに勘違いしてるの!!」 顔を真っ赤にした桜井が俺の身体から離れて飛び起きて、服についた砂埃を手ではたいた。 【明日香】「いきなりキスしようとするなんてサイテー」 【渉】「でも、その、雰囲気的にさ……」 【明日香】「物事には順序ってあるでしょ!? あたしたち別に付き合ってるわけじゃないんだよ、そこんとこわかってるバカ!」 【渉】「……じゃあさ、付き合ってくれよ」 【明日香】「…………」 【渉】「俺の彼女になってくれよ」 【明日香】「…………」 【渉】「…………」 【明日香】「ば〜か、誰があんたの彼女になるわけないじゃん」 【渉】「……へっ?」 俺的ビジョンでは……。 ――あたしも前から渉クンのことが好きだったの。 ――知ってたぜそんなこと。 ――寝ても覚めても渉クンのことで頭がいっぱいになちゃって、胸がドキドキして苦しいの! ――俺が明日香のこと癒してやるぜ。だから俺の胸に飛び込んで来いよ。 ――渉ク〜ン!! ――愛してるぜ明日香! ガシッ! と抱き合うって予定だったんだが……見事ハズレ!! 【明日香】「ボサッとしてないで、早く行くよ」 【渉】「いや、だから、立てないから……」 【明日香】「じゃ、置いてく」 【渉】「ま、待てって!」 【明日香】「だったら、今すぐ治して」 【渉】「無理言うなよ。自然治癒力には限界があるだから」 【明日香】「バイバイ」 【渉】「あ、あ、あっ!? 思い出した!」 【明日香】「なに?」 【渉】「怪我治るかも」 【明日香】「ウソばっかり」 【渉】「もしかしたらだけど……」 マジでもしかしてなんだけど、試してみる価値はあると思うことがある。 そう、いつだったか不良どもとケンカして見事桜井を守った時、顔を殴られたんだけど、どーゆーわけかすぐに治っちゃったんだよな……たぶんペンダントの力で。 あの時はまさかと思ったけど、今ここで試して治ったら……。 俺は襟首からあのハートペンダントを出した。 俺的にはこのペンダントには科学では解明できない不思議な力が宿ってる……と思うし、そう願いたい。 ペンダントを首から外した俺は、ハートの飾りをゆっくりと捻った足首に翳した。 すると――。 【渉】「マジ!?」 【明日香】「光った?」 ハートの飾りが淡く輝いている。 その輝きはとても優しく温かく、俺のことを包み込んでくれているようだった。 ゆっくりと俺は地面に手を付き、身体を起こすと足はちっとも痛くなかった。 【渉】「マジすげえ」 【明日香】「どうして、足は?」 【渉】「治った。桜井も見ただろ、このペンダントが光るとこ?」 【明日香】「……それの力?」 【渉】「っぽいな」 【明日香】「足は仮病だったとかじゃないの?」 【渉】「マジで挫いて立てなかった」 【明日香】「ウソだよそんなの、信じられるわけないじゃん」 【渉】「桜井が持ってるヤツも不思議な力があると思うんだけど、なんか心当たりないか?」 【明日香】「……別に。すごくリアルな夢見たけど、それは関係ないと思うから」 【渉】「夢?」 【明日香】「うん、このペンダントが出てくるんだけど、つけてる人がぜんぜん知らない人で女の人で、剣持って戦ってる人とかがいて……」 【渉】「なにそれ?」 【明日香】「中世ヨーロッパみたいな感じ」 【渉】「はぁ?」 たぶん桜井の見た夢は、このペンダントとぜんぜん関係ないな。 桜井は俺がコケた時に落とした懐中電灯を拾い上げ、スイッチを何度もカチカチと押した。 【明日香】「壊れたみたい」 【渉】「月が出てて結構明るいには明るいけど、やっぱ暗いよな」 【明日香】「……サイテー」 【渉】「もしかして!」 もしかしたら、このペンダントで懐中電灯も直るかも。 【渉】「その懐中電灯貸してみな、このペンダントで直るかもしんないから」 【明日香】「あたしのでやってみる」 桜井は襟首からペンダントを出して懐中電灯に近づけた。 【渉】「付けててくれたんじゃん」 【明日香】「……直んない。ウソつき」 【渉】「ウソじゃないって、桜井のじゃなくて、俺のだったら直るかもしんないから貸してみろよ」 【明日香】「はい。直んなかったら一生ウソつきって言うからね」 俺は桜井から懐中電灯を受け取って自分のペンダントを近づけてみた。 が、うんともすんとも言わない……。 【渉】「あれ?」 【明日香】「ウソつきぃ〜」 【渉】「ウソじゃないって、機械とかそういうのは直らないんだよ、きっと……」 【明日香】「ウソつきぃ〜」 【渉】「絶対このペンダントには不思議な力があるんだって……たぶん」 【明日香】「さっきちょっと光ったのは認める」 【渉】「その光を強くして懐中電灯代わりになんないかな?」 大怪我してそれを治そうとしたら強く輝くかも……やりたくはないけど。 【明日香】「念じたら光るんじゃない?」 全くペンダントの力を信じようとせず、かなり冷めた言い方をする桜井に対して、俺はどうしてもペンダントの力を照明したくて、とにかく光るように強く念じた。 すると、俺自身が一番驚いたんだけど、光ったんだよね、これが。 【渉】「光った!?」 【明日香】「……まさか」 【渉】「もっと念じたら、もっと光るかもな」 そして、もっと念じたら本当にペンダントは懐中電灯並みの光を発するようになった。 【渉】「桜井も自分のでやってみろよ」 あたし全く信じてませんよ的な疑い度数99パーセントの瞳で俺を見つめる桜井。 そんな瞳で見つめるなよ、照れるだろw けれど、桜井はなにやら黙り込んで、ペンダントに集中しているような行動を見せた。 【明日香】「光っちゃった」 よっしゃ! なんか初めて桜井よりも優越した感じだ。 【渉】「な、光っただろ?」 【明日香】「う〜ん」 【渉】「まだ信じてないのかよ」 【明日香】「現実的じゃない」 【渉】「それを言うなら嬢王様の方が現実的じゃない人物だ」 【明日香】「あ〜なるほど。うん、ペンダントが光るのはなんとなく信じた。けど、怪我が治るって言うのは信じてないから」 怪我も本当に治ったんだよと叫びたかったけど、まあ今はいいや。 【渉】「早く先進もうぜ、後ろの追いつかれたら嬢王様に文句言われそうだしな」 ガサガサ! 【明日香】「きゃっ!?」 草陰から黒い影が飛び出してきた。 その影は病院に行っても手遅れかも、って感じのアンデット系の方々だった。 そろりそろりと近寄ってくるアンデットさんたちは、早く先に進めよって催促しているようだった。 【明日香】「もぉ、脅かさないでよ。あたし怖いの苦手なんだから」 【渉】「あ、自分で認めた」 ズガゴォォォォォォォッッ!!! ああ、花畑が見える。 洞窟の中は外よりも暗いかと思ったら、蒼白いランプが設置されていて、それほど暗くはなかったけど……蒼白い光って言うのが怖い。 湿気っぽい洞窟の中は、どこからか水音が落ちる音がポタポタと聞こえてきて、時折外からの冷たい風が洞窟内に吹き込み、背中をゾクっとさせる。 桜井と俺の距離は自然と近くなっていた。 身体を寄せ合い、桜井が俺の服をギュッとつかんで離さない……この時間フォーエバー! 【明日香】「少し肌寒い」 俺はかなり熱い。 絶対俺の体温、桜井に伝わってるよな……。 しばらくして祠らしき物が見えてきた。 【明日香】「きゃっ!?」 祠の影から現れる小さな女の子。 女の子というよりは、日本風に童女とかいう言い方をした方がぴったりかもしれない。 むか〜し、むか〜しの昔話に出てきそうな童女は俺たちを見てニッコリと微笑んだ。 【渉】「なんでこんなところに子供がいるんだ?」 【明日香】「あなた誰?」 桜井の問いかけに童女は無言のままで、たたニッコリと微笑み続けるだけだった。 可愛いと言えば可愛いし、不気味と言えば不気味だ。 『君ってここに住んでる子?』って聞こうとしたけど、ここって島ごと刹那の所有物だし、海外だからジャパニーズ風の童女がいるわけないし。 となると……? 【渉】「君ってさ、刹那のところで働いてる人の子供とか?」 童女はニコニコしながら俺たちを見つめているだけだった。 【明日香】「あの小さい祠の中に上條先生のブロマイドが入ってるんでしょ。早く取って帰ろうよ」 【渉】「ああ、そうだな」 俺は桜井に催促されて小さい祠の扉についていた取っ手に手を掛けた。 【渉】「ビックリ箱みたいになにか飛び出して来たりして」 【明日香】「そんなこと言ってないで早く開けてよ。ここってイヤな感じがする」 【渉】「わかったわかった」 と言いながら俺の手は少し震えていた。 この中からなにかが飛び出してくる可能性は十分にある。 【明日香】「早くぅ」 【渉】「わかったって」 俺は意を決して祠の扉を開けた!! が、なにもなかった。 なんだかこの静寂が寂しい気分になる。 【渉】「あれ?」 【明日香】「どうしたの?」 【渉】「なにもない」 仕掛けもなかったけど、ブロマイドもなかった。 【明日香】「ないってなにが?」 【渉】「入ってるハズのブロマイドがないぞ」 【明日香】「もっとよく探してよ」 【渉】「見てみろよ、なんもないから」 少し機嫌悪そうな顔をした桜井は俺を押し退けて祠の中を覗き込んだ。 【明日香】「ホントだ、なにもない……?」 【渉】「だろ?」 【明日香】「うん」 ……ふと、俺はあることを思った。 【渉】「あのさ、君が持ってるとか?」 俺が尋ねたのは童女だった。 こんなところに小さな女の子がいる理由は、ブロマイドをきた人に渡すために違いない。 【渉】「君が持ってるんだよね、上條先生のブロマイド?」 童女はコクリと頷くと俺に嬢王様のブロマイドを手渡した……その瞬間!? 【渉】「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」 童女の顔が突然般若の顔に変わった。 驚いた俺は腰を抜かしながらもすぐに立ち上がって、桜井を抱きかかえると一目散に逃げた。 走って走って走りつかれたところで俺は足を止めた。 【明日香】「降ろしてよ」 桜井を地面に降ろすと、俺は肩で息をしながら地面に座り込んだ。 【渉】「マジビビッたし、体育でもこんなに走らねえよ」 【明日香】「ビビリすぎでカッコ悪い」 【渉】「カッコ悪いってなんだよ。桜井だって驚いただろ?」 【明日香】「渉が先に大声で叫んだから、あたしは冷静になれた。それにどーせ上條先生の仕業でしょ」 【渉】「それはそうだけどさ、あの仕掛けはよくできたぜ……って、あれ?」 ……なにか俺の心に引っかかったキーワードが存在したぞ。 記憶を巻き戻しして考えろ、俺。 【渉】「ああっ!!」 【明日香】「耳がキーンとするから、大声出すのやめてよ」 【渉】「俺のこと『渉』って呼んだよな?」 【明日香】「……別に」 【渉】「別にとかじゃなくってさ、呼んだよな絶対に?」 【明日香】「呼んじゃ悪いの?」 【渉】「とんでもございません。お気の済むまま何千回、何万回と呼んでくださって結構です!」 マジで嬉しい。 桜井との距離がグッと近づいたような気がする。 【渉】「ところで明日香」 ぐはっ!? 相手を殺す目つきで桜井に見られた。 【明日香】「誰があたしのこと下の名前で呼んでいいって言ったの?」 殺される、今にも俺は桜井に殺されそうだ。 下から睨付けるように見られてるし。 【明日香】「誰があたしのこと下の名前で呼んでいいって言ったの!」 【渉】「だ、だってさぁ、桜井は俺のこと渉って呼んでさ、俺だって桜井のこと明日香って……ぐはっ!」 ボディブローが入った。 【明日香】「じゃあ、麻生って呼ぶからいい」 【渉】「渉って読んで下さいお願いします。俺は桜井のこと桜井って呼ぶから」 ってなんで俺は桜井に頭下げてまでお願いしてるんだ? ふっ、人の弱みに付け込みやがって、この子悪魔が!! でも、そんな桜井に魅力を感じる俺がいるんだから仕方ないさ。 【明日香】「なにボサッとしてんの、さっさと行くよ!」 【渉】「え、あ、待てってば!」 とっとと先を歩きはじめていた桜井の背中を俺は急いで追った。 なんだかんだで肝試しは無事に終了。 全ペアも戻ってきて、嬢王様もニコニコの笑顔だった。 【沙羅】「どうだったみんな? 最高のコメディだったでしょ!」 【彰人】「コメディ?」 【沙羅】「そうよ、ホラーというものは最高のコメディなのよぉん!」 【真央】「十分怖かったですよぉ」 【雪乃】「でも、コンニャクを顔面にくらっても無表情のままだった刹那クンは笑えたわ」 【刹那】「うん、美味しいコンニャクだったよ」 コンニャクに驚いて声をあげた桜井は可愛かったなぁ……俺のメモリーに保存しておこ。 【渉】「ところでさ、洞窟の中の祠にいた女の子の仕掛け、マジで怖かったよなぁ」 【彰人】「女の子なんていなかったぞ?」 【雪乃】「そんなのあったかしら?」 【明日香】「和服着た女の子なんだけど?」 【真央】「そんなの居なかったですよぉ」 【刹那】「あの娘、可愛かったよねェ」 【雪乃】「刹那クンは見たの? 私は見なかったんだけど……」 【沙羅】「…………」 なぜかこの場で押し黙る嬢王様。 【渉】「どうしたんスか嬢王様?」 【沙羅】「……そんな仕掛け作った覚えないんだけど?」 【渉】&【明日香】「えっ?」 嫌な予感。 【渉】「刹那は見たって言ったよな?」 【刹那】「うん、可愛い自縛霊の女の子だったね」 【渉】「…………」 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! あの旅行は結果として俺にとって有意義で、桜井との仲が深くなった……と思いたい。 つーか、あの旅行以来、桜井は俺のことを『渉』と呼んでくれるようになった。 かなりの進展だ……と思いたい。 そんなこともあってか、今日は桜井宅にお呼ばれしちゃいました!(強引に) けど、まだまだ二人っきりとはいかないようで、雪乃もオプションとして付いてきた。 まあ、もともと雪乃が桜井んちに行くって言うから、俺もついて行くってことになったんだけど(強引に)。 桜井んちの最寄り駅で雪乃と待ち合わせ。 【渉】「ちわーっス」 【雪乃】「麻生君、5分の遅刻よ」 【渉】「5分くらい、いいだろ別に」 【雪乃】「よくないわ。集合場所には15分前に到着しているのが基本よ。待ち合わせの時間に遅れるなんて、日頃の生活習慣が緩んでいる証拠だわ」 【渉】「集合時間ってのは、その前後に来てればいいんだろ」 【雪乃】「そういう考えが人を駄目にするのよ。……まあいいわ、明日香はあっちよ、ついて来て」 【渉】「ああ」 駅前の道を抜け、住宅街のひしめき合う道路を歩く。 ここら辺の景色は微かに記憶の片隅にあるような気がする。 そう、ここは俺が以前住んでいた町だ。 【雪乃】「この辺りの風景覚えている?」 【渉】「覚えているような覚えていないような……ぜんぜん見たことないような気もするし」 【雪乃】「そうね、この辺りもだいぶ変わってしまったから。私の実家の神社は、ここの角を曲がったところよ。明日香が住んでるマンションは、ここをまっすぐ行ったところ」 【渉】「桜井ってマンション暮らしなんだ」 【雪乃】「ええ、高級マンションに住んでるのよ」 【渉】「ふ〜ん。ところで雪乃と桜井っていつから友達やってんだ?」 【雪乃】「中学に入ってすぐよ」 【渉】「桜井って自分から友達作るタイプに見えないけど、どっちから?」 【雪乃】「私からよ。明日香は中学に入学すると同時期にこっちに引っ越してきたから、小学校からの友達はいなかったのよね。それでいつもクラスで浮いた存在になってて、いいえ、彼女自身が人を寄せ付けないようにしていたのかしらね」 【渉】「人を寄せ付けない感じねぇ〜。今でもそんな感じするよな」 【雪乃】「あら、今の明日香は大分丸くなったし、人付き合いもとくなった方よ」 よくなった方か……。 今でさえ殴られたり蹴られたりしてるのに、中学の頃に会ってたら一撃死攻撃とか受けてたな。 【雪乃】「あのマンションよ」 しばらく歩いたところで、雪乃が前方にあるマンションを指差した。 【渉】「デケェ〜〜〜っ」 【雪乃】「明日香の部屋はあのマンションの最上階の角部屋よ」 【渉】「最上階の角部屋……最上階って値段が高いんじゃなかったっけか? 桜井って良家の娘なんだな……にしてはワガママなような気がするが……」 裕福な家の娘だからワガママなのか。 ……ふっ、所詮俺は中流家庭さ。 庶民、庶民、庶民……。 庶民のなにが悪いじゃ!! 【雪乃】「ボサッとしてないで早く行くわよ」 【渉】「あっ?」 すでに雪乃は俺を置いて先を歩いていた。 【渉】「待てよ、俺を置いていくなよ」 【雪乃】「麻生君は“おまけ”なんだから置いていかれたくなかったら早くついて来て」 【渉】「は〜い」 気のない返事をして俺は雪乃の後を追った。 【明日香】「ホントにこいつも来たんだ」 それが桜井の第一声だった。 あからさまに嫌な顔しながら桜井は俺と雪乃を部屋の中に招き入れてくれた。 思ったとおり、部屋の中は広い。 それに綺麗に片付いていて清潔感の漂う部屋だった。 ただひとつ俺が気になったのは、物が少ないこと。 家族全員で住んでるわりには雑貨が少ない。 もしかしたら、片親と二人暮しとかなのかもしれない。 【雪乃】「今日はお兄さんはいないの?」 【明日香】「知らない。きっとどっかに遊びに行ってるんじゃない?」 【渉】「桜井って兄貴いるんだ」 将来俺のお兄様になる人かもしれないから、そのうちちゃんと挨拶しなきゃな。 【雪乃】「明日香はお兄さんと二人暮しをしているのよ」 【渉】「ふ〜ん、そうなん……だぁっ!?」 兄貴と二人暮し!? 二人暮しって俺の予想は当たってたけど、兄貴と一緒ってご家族のみなさんは!? 【渉】「二人暮しって、両親は?」 【明日香】「……別に」 【雪乃】「明日香のご両親はご健在よ。ただ、一緒には住んでいないのよ」 ……これは触れてはいけない話題だったのか。 でも、兄貴と二人暮しって。 仮にも兄貴って生命体は男だぞ。 男と一つ屋根の下で……許せん!! 世の中には妹萌えって言葉だってあるくらいだ。 まあ、現実の妹に萌えるヤツはそういないだろうけど、桜井くらいの可愛さがあったら、俺が桜井の兄貴だったら間違いを犯すぞ!! ……男と二人暮しなんて犯罪だ。 法律がそう認めなくても、俺が桜井の兄貴に天誅だ!! 【渉】「桜井の兄貴ってどんなヤツなんだ?」 【明日香】「…………」 【雪乃】「妹大好きって感じかしら」 【渉】「やっぱり妹萌えかっ!!」 ……口に出してしまった。 【渉】「……妹想いな兄貴なんだなぁ」 今更言い直しても遅いか。 【明日香】「あたしはあんまり好きじゃない」 【渉】「好きじゃないって兄貴のこと?」 【明日香】「だってウザイんだもん」 【雪乃】「明日香は口ではそんなこと言ってるけど、実はお兄さんのこと好きなのよ。好きじゃなかったら、一緒に住んでるわけないじゃない」 【明日香】「そんなことない! あんなのが自分の兄なんて、同じ血が流れてると思うだけでゾッとする」 【雪乃】「ふふ、まあいいわ」 静かに笑った雪乃を見て桜井は少しブスッとした表情をしたが、すぐに深く息を吐いて普段の表情に戻した。 【明日香】「ソファーに座って待ってて、なにか飲み物持ってくるから」 【渉】「桜井の部屋には入れてくれないのかよ?」 【明日香】「あたしの部屋は男子禁制。あたしんちに入れてリビングのソファーにまで座れるっていうのに、渉ってホントずうずうしいヤツ」 そう言い残して桜井は台所に消えてしまった。 【雪乃】「……ふふ、明日香ってホントわかりやすい子ね」 【渉】「わかりやすいってなにが?」 【雪乃】「私の口から言うことじゃないわ」 意味深だ。 生命の神秘だ。 俺の脳内回路が意味不明だ。 しばらくして桜井が飲み物を両手に一つずつ持って現れた。 【明日香】「はい雪乃」 飲み物を雪乃に渡した桜井は、ソファーに座って自分の持っていた飲み物を一口。 …………? 【渉】「俺の分は?」 【明日香】「……なんのこと?」 【渉】「いや、その、俺の飲み物は?」 【明日香】「あっそ」 【渉】「あっそ、じゃなくって俺の分の飲み物がなんでないんだよ!」 【雪乃】「明日香ったら、意地悪しないでちゃんと麻生君の分も出してあげなさいよ」 【明日香】「だって客人じゃないし。勝手にあたしの家に来て、飲み物をねだるなんてずうずうしい」 【渉】「台所どこだよ、飲み物勝手に探すからいい!」 【明日香】「勝手に探さないでよ!」 【渉】「じゃあ飲み物くれよ」 【明日香】「もぉ……」 桜井は顔を膨らませながら再び台所に消えていった。 ……かなり理不尽なキレかたされた。 【渉】「いつもいつも桜井にキレられてばっかだな」 【雪乃】「あの子はそんなに人に自分の感情を見せる子じゃないわよ。麻生君は麻生君がいる時の明日香しか見ることができないのよ、この意味わかる?」 そう言って雪乃は静かに微笑んだ。 意味深だ。 【渉】「どういう意味?」 【雪乃】「野暮な質問はしないで。麻生君って天然のボケなのかしらね?」 【渉】「ボケってなんだよ、確かに頭はそれほどいい方じゃないけどさ」 だいたい雪乃言わんとすることはわかる。 きっと、俺と桜井のことだと思う。 誰も直接的には言わないけど、俺が桜井のこと好きなのは一目瞭然だし、桜井も俺のことを好きなような気がする……っていう推測域をでないから悩んでるんだよ。 別の俺はさして鈍感じゃないし(と思う)、鈍感を演じてるわけでもないんだよ。 ただ、なににしても確信が持てなくて、自身も持てなくて、なにひとつ『これだ!』って言えることないんだよ。 桜井が俺のことを好きって推測は、桜井が直接俺のことを好きって言ってくれるまで、ずっと推測のままだと思う。 行動とか間接的なことじゃ確信を持てないんだよ、直接言ってくれないと。 俺が考え事をしていると、桜井が飲み物を持って戻ってきた。 【明日香】「はい、水」 ……水? 俺は渡されたコップを覗き込む。 透明の液体はまさしく水。 【渉】「あのさ、桜井と雪乃が飲んでる飲み物って、明らかに湯気出てるのが確認できるんだけど……俺だけ水?」 【明日香】「浄水器は通してる」 【渉】「そーゆー問題じゃないっしょ」 【明日香】「せっかく持ってきてあげたのにいらないの?」 ……目つき凶暴。 【渉】「いりますいります、ありがたく頂かせていただきます」 やけっぱちな俺は水を一気に胃の中に流し込んだ。 【渉】「ぷはぁ〜」 【明日香】「おかわりは?」 【渉】「いや、もういい」 イジメだ、これは明らかなイジメだ! 俺は桜井にイジメられている! 【雪乃】「そうそう、今日は明日香にこれ見せに来たんだったわ」 そう言うと雪乃は自分の持ってきた小さなバッグの中から数十枚の写真を取り出した。 【渉】「これってあの時の写真かぁ……」 そう、雪乃が取り出した写真はつい先日行った旅行の写真。 ジェット機の機内で撮った写真やビーチバレーの時の写真から肝試しの時のまで……。 この桜井の水着写真欲しい!! 金出すから譲って欲しいけど、ここではもちろんそんなこと口にできない。 でも、喉から手が出るくらい欲しい。 【明日香】「渉ったら鼻の下伸ばしてイヤラシィ〜」 【渉】「鼻の下なんて伸ばしてねぇよ!」 【雪乃】「誰の水着写真を見て鼻の下伸ばしてたのかしらね……うふふ」 一番はもちろん桜井だけど、雪乃の巨乳も目が放せないし、嬢王様の爆乳も棄てがたい……真央ちゃんはマニア受けだな。 そう言えば、刹那って意外に乳がデカかったよなぁ……ぽわぁん。 【明日香】「鼻血出てる!!」 【雪乃】「まあ」 【渉】「えっ!?」 慌てて俺は自分の鼻の下を触った。 すると手についた生暖かい液体。 【明日香】「もぉサイテー、えっちなことしか頭ん中ないわけ?」 【渉】「違うって誤解だって」 別に誤解じゃなくって、ホントにえっちなこと考えてたけど、普通否定するだろ。 【渉】「ほら、この部屋って暖房効いてて、鼻血が出やすい環境なんだよ」 【雪乃】「ふふふ……男の子なんだからしょうがないわ。明日香も大目に見てあげなさい」 【明日香】「不潔サイテー死ね」 【渉】「雪乃も言ってるだろ、男なんだからえっちなことくらい考えて当たり前だ!」 【明日香】「認めればいいってわけじゃないでしょ!」 【雪乃】「まあまあ二人とも、ね?」 ニッコリと微笑む雪乃を見て俺と桜井は押し黙った。 確かに大人気ないケンカだった。 でもさ、好きな子のことでエッチなこと考えちゃうだろ……鼻血の原因は刹那の真っ裸映像だったけど。 俺って駄目だな、刹那で鼻血なんて……モーソー浮気って感じだ。 モーソー浮気なんて桜井に申し訳ない。 俺は桜井一筋なんだ! でも、俺は性別男だから、種の保存のプログラムがDNAに内蔵されてい訳で、どうしても桜井以外でも下半身が反応してしまうわけで……。 【明日香】「……渉、飲み物ココアでいい?」 【渉】「はっ?」 【明日香】「ココア飲むって聞いてんの!」 【渉】「……うん、もらう」 ……どういう風の吹き回しだ? 俺的には『ごめんね渉クン、さっきは怒鳴ったりしちゃって』って感じで俺に優しくして気を使ってくれてるとか? すぐに台所に行って戻ってきた桜井は俺にココアの入ったコップを手渡した。 【明日香】「熱いから」 わざわざ『熱いから』って言うってことは、『熱いから気をつけてね♪』みたいなことなんだろうな。 ああ、俺に優しい桜井もサイコーだ。 むしろ、ずっと桜井は俺に優しくあって欲しい。 雪乃が急に立ち上がった。 【雪乃】「さてと、私はそろそろ帰ろうかしら」 【明日香】「えっ、もう帰っちゃうの?」 【雪乃】「ええ、用事は済ませたし、これから別の用事もあるのよ」 桜井の視線が俺に向けられる。 これはどういうアイコンタクトだ? 桜井は俺になにを言わんとしているのだ? 【明日香】「帰って」 【渉】「ぐあっ」 それか、その一言か。 つまり雪乃が帰ちゃって俺と二人っきりになるのは断固拒否というわけですね。 わかってますよ、同じ屋根の下で二人っきりって展開はまだ早いですよね。 まだまだ二人っきりで間が持つ関係じゃないってことですよね。 ふっふっふっ……チャンスはまだあるさ。 今日は桜井んちが判明しただけで良しとするさ。 ……ふふふ。 【雪乃】「麻生君も帰るの?」 【明日香】「帰るよね?」 桜井の妙に強い口調。 そんなに強調しなくても帰るよ、帰ればんだろ! 【渉】「ああ、そういえば俺も用事があったんだよな」 不必要なウソをついてしまった。 【雪乃】「じゃあ、私と途中まで帰りましょう」 【渉】「ああ」 【明日香】「雪乃またね♪ 渉は一生来なくていいから」 【渉】「…………」 だから桜井が俺のこと本当に好きなのか確信が揺らぐんだよ。 深読みってどこまで読んでも切がないから、深読みしなくてもいい確信が欲しい。 桜井のマンションから出てしばらく歩き、曲がり角で雪乃と分かれることになった。 【渉】「じゃあな」 【雪乃】「そうそう」 【渉】「……?」 【雪乃】「麻生君にも写真を渡さないといけないわね」 【渉】「えっ?」 【雪乃】「はい、大事にしなさいよ」 雪乃が俺に渡した写真は全部桜井が写ってる写真だった。 もちろん桜井の水着写真もバッチリある。 でも、桜井の写真だけって……。 【渉】「あのさ……」 【雪乃】「明日香のこと大切にしてあげてね。じゃあねぇ〜、バイバ〜イ♪」 【渉】「……あっ」 結局俺は雪乃に手を振りながら、その場で呆然としてしまった。 雪乃は俺の応援団の第1号なのか……? 少なくとも桜井の写真だけを俺に渡すっていうのは……? ……いいヤツじゃん、雪乃って。 とか思ってたら、雪乃が急に足を止めて振り返った。 【雪乃】「そうだったわ!」 【渉】「なに?」 【雪乃】「今度ウチの神社でお祭りがあるのよ」 【渉】「引っ越す前は毎年行ってたなぁ」 【雪乃】「みんなにはもう声をかけてあるから」 【渉】「みんなって?」 【雪乃】「聞かなくてもわかるでしょ?」 ってことは、俺と彰人と桜井、雪乃、刹那、真央に嬢王様……は入ってるのか? 【雪乃】「明日香は来るって言わせておいたから。詳しい話はまた今度ね。じゃあ、今度こそさよなら」 今度こそ雪乃は行ってしまった。 ……今の雪乃のシグナルはどういう意味だ? つまり、桜井とお祭りでうまくやるのよってことなのか……? ……すんげえいいヤツじゃん、雪乃って、 お祭りの行われる神社は雪乃の実家で、あそこの神社は結構有名な神社で敷地が広くて祭りの規模もデカイ! しかもしかも、この祭りの日に合わせて近くの川辺で花火大会もあるんだよなぁ。 最高のイベントだ! というわけで、雪乃の神社がある駅で彰人と待ち合わせ。 【渉】「ちわーっス」 【彰人】「相変わらず遅刻だよな」 【渉】「ま、いつのことじゃん……あれ?」 【真央】「こんにちわぁ」 【渉】「……こんちわ」 真央もいたんだ。 とりあえず待ち合わせしてたのは彰人だけだったんだけど……? 【彰人】「早く行こうぜ、道案内は渉な」 【真央】「お祭り楽しみですねぇー!」 真央ってばしっかり浴衣着込んでテンション高いな。 ……彰人と真央の物理的な距離が近い。 ま、まさか!? ……なのか? 神社の場所を知ってるのは俺だけだから、道案内をするのはいいんだけど……。 真横を並んで歩く彰人と真央の距離が近いし、なんだか会話が弾んでるようす。 二人の間になにがあった!? ……あの旅行か? ……肝試しか? ……気になる。 羨ましい関係に発展か!? 【真央】「高瀬さん、花火大会もあるって聞いたんですけど、一緒に見てもいいですか?」 【彰人】「いいよ」 やっぱりそーゆー関係かっ!! 【彰人】「そう言えば桜井さんと神楽さんとはどこで待ち合わせなんだ?」 【渉】「雪乃に聞いてない?」 【彰人】「神楽さんに『麻生君に言っておいたから』って聞いたぞ」 【渉】「人ごみで待ち合わせしても大変だから、雪乃の家で待ち合わせ。雪乃の家って言っても神社の一角なんだけどさ」 【真央】「雪乃さんの神社ってどんなところなんでしょうねぇ、ドキドキします」 【渉】「神社自体はただ広いだけだけど、祭りとかの出店は多くて全部回るのが大変だろうな」 【真央】「楽しみですねぇ」 【彰人】「そうだな、楽しみだな」 真央に向かってニッコリ微笑む彰人。 なんだか、しみじみ思う……いい関係だな二人。 よし、俺も頑張れ、どうにかして桜井との関係を進展させるぞ! つーか、現在の俺と桜井の関係ってどんな感じなんだ? わかんねぇ!! ついに日曜日が来てしまった。 ……俺はこの日をどこのくらい待ちわびたことか、言葉では言い表せないくらいだ。 そのイベントの名はお祭り!! 夏と言えば海。 このイベントはすでに済マークがついている。 夏の昼を象徴するイベントが海ならば、夜のイベントは祭りだ! しかも神社のお祭りと来たもんだ。 ……最高だ。 桜井の浴衣姿最高! つーか、うなじ最高! 【明日香】「……な〜にジロジロ見てんの?」 【渉】「桜井の浴衣姿似合ってるなぁと思ってさ」 【明日香】「……そっ」 せっかく褒めたのに軽くあしらわれた。 祭りの会場ではそこら中が人だらけで、出店の数も多い。 金魚すくいとかの定番物もあるけど、漂ってくるソースの香りの方が俺には魅力的だったり。 【真央】「あのぉ、刹那さんは来ないんですかぁ?」 【雪乃】「刹那君は今日は用事があって忙しいらしいわよ」 【真央】「そうですかぁ、残念ですね」 刹那の私服って学ラン以外見たことなんだけど……お祭りの会場にも学ランで来るのだろうか? 【雪乃】「それじゃあ、私仕事が忙しいから行くわね。みんな楽しんで来てね」 【明日香】「えっ、雪乃?」 雪乃は早歩きで人ごみの中に消えてしまった。 この場に残ったのは俺、桜井、彰人、真央の4人……ダブルデート風!! 【渉】「どうするこれから?」 【明日香】「……別々に行動しよか」 【渉】「へっ?」 【明日香】「じゃ、あたしはあっち行くね」 さっさと歩き出してしまった桜井を後を俺は急いで追った。 桜井の足が止まるようすはない。 そして、桜井が急に俺の腕をつかんで足を速めた。 もしかして、桜井のやつ俺と二人っきりになるために……。 【明日香】「勘違いしないでよ」 【渉】「へっ?」 【明日香】「なにか勘違いしてるんじゃない?」 【渉】「勘違いって?」 桜井が急に足を止めて俺の顔を見た。 【明日香】「二人っきりにするためだから」 【渉】「やっぱり俺と二人っきりになる……ぐはっ!」 桜井のボディーブロー。 しかも今回のはかなり巧妙なボディーブローで、周りにいる人たちに見えないように俺に接近して小さく腹に一発。 【明日香】「アンタとなんか二人っきりになりたいわけないじゃん」 【渉】「……腹を殴る時は予告してくれ……そしてら腹筋に力入れるからさ……つーか、二人っきりにするためって誰を?」 【明日香】「あの二人に決まってるでしょ」 【渉】「あの二人ね。つーか、いつからあんな仲になったんだ?」 【明日香】「高瀬の片思いだと思ってたのに」 【渉】「はぁ!?」 【明日香】「なに驚いてんの?」 【渉】「そうなの!? 彰人って真央ちゃんのこと好きだったの?」 【明日香】「やっぱり渉ってちょー鈍感」 そう言えば真央は俺のことが好きだとかなんとか彰人が言ってたことあったよな……。 つまりそれって三角関係だったってことかよ! ……危ない危ない、恋の泥沼に足を踏み入れるところだった。 とにかく彰人と真央がくっ付いてくれて、俺的には安心ってことだな。 でも、俺のことが好きだったらしい真央がなんで彰人と……? そもそも真央が俺のこと好きって言うのは彰人の勘違いだったとか? 【渉】「……あれ、桜井は?」 桜井の姿が見当たらない。 【渉】「桜井!」 返事がない。 つーか、人が多すぎて聞こえそうもないな。 ったく桜井はどこ……いたいた。 桜井を人ごみの中で発見した俺は急いで桜井に追いついて、桜井の肩を軽く叩いた。 【渉】「置いてくなよ」 【明日香】「別に最初から一緒に行動してたつもりないけど」 【渉】「桜井だってひとりで行動しててもつまんないだろ、俺と一緒に回ろうぜ」 【明日香】「それもそだね。じゃあ、特別に一緒に行動してあげる」 と言って桜井は俺の手を握った。 そう、桜井が俺と手を繋いだのだ、自らの意思で!! どっと握られた手から汗が吹き出る。 汗をどうにか止めたいけど、生理現象なんだからどーしょーもなくて恥ずかしい。 【明日香】「なんか買ってよ」 【渉】「なんかってなに?」 【明日香】「別になんでもいいんだけど、いちよーこれってデートだから男の子が女の子になにか買ってあげるのが当然でしょ?」 【渉】「デ、デート!?」 【明日香】「すぐ勘違いするぅ。別にちゃんとしたデートじゃなくって遊びだよ、遊び」 でもデートという名が付くんだからデートに変わりないだろ。 桜井とお祭りデートができるなんて俺って幸せ者。 【明日香】「ヨーヨー釣りやろ」 【渉】「ヨーヨー釣りってどこ?」 【明日香】「ほら、あそこにあんじゃん」 先を指差す桜井に手を引っ張られながら俺はヨーヨー釣りの出店の前まで連れて行かされた。 この展開ってなんかマジカップルっぽいな。 【明日香】「早くお金出してよ」 【渉】「はいはい、すぐに出すよ」 少ししぶしぶ金を出して店の人に金を渡して、かわりに釣り導具みないなやつを2つ受け取った。 これも未来への投資と思えば安いもんさ。 さっそく桜井と二人でヨーヨー釣りをはじめた。 すぐに俺はヨーヨーを1個ゲットして、1個目をゲットしようとしたところで糸が切れた。 横を見ると、まだ桜井はどのヨーヨーを取ろうか狙いを定めている。 そんなヨーヨーに狙いを定める真剣な桜井の横顔が素敵だ! 【明日香】「……あっ」 切れた。 桜井がヨーヨーをフックに掛けて持ち上げようとした瞬間、糸がプチっと切れてしまったのだ。 桜井は店の人を見つめて一言。 【明日香】「切れた」 【店の人】「それは残念だったね」 店の人はそれだけを言っただけだった。 勢いよく立ち上がった桜井を俺の腕を引っ張ってうつむき加減で小さく呟いた。 【明日香】「……ケチ」 少し怒ったようすの桜井は俺の腕をつかんでどんどん歩いていく。 【渉】「怒るなよ、桜井の腕が未熟だっただけだろ」 【明日香】「そういうことじゃなくって、1個も取れなかったら普通サービスで1個くれるじゃん」 ……ガメツイぞ桜井。 【明日香】「金魚すくいだって1匹も取れなかったらくれるよねぇ?」 【渉】「それはそうだけど」 【明日香】「あの店員ケチだよ」 【渉】「俺の取ったやつやるから機嫌なおせ」 【明日香】「えっ、渉が取ったのくれんの?」 【渉】「ほら、やるよ」 俺が差し出したヨーヨーを受け取った桜井は少し口元を綻ばした。 【明日香】「渉もいいとこあんだね」 【渉】「今まで俺にいいとこ全くナシみたいな言い方すんなよ」 【明日香】「全くなかった」 グサッ! あっただろ、俺的にはいろいろあると思うぞ。 【明日香】「そんじゃ、次どこ行こうか? なにか食べ物とか飲み物が欲しいなぁ」 【渉】「また俺が金出すの?」 【明日香】「イヤならいいよ、自分です出すから。あたしそんなにビンボーじゃないし」 その言葉の意味を解釈すると、絶対オマエが出せ、出さなきゃ絶好よ、って聞こえたんだけど。 つーか、桜井って絶対に欲しい物はなんでも人に買ってもらう環境で育ったっぽいな。 つーか、桜井の家って裕福そうだから、実際になんでも欲しい物は買ってもらってんだろうな。 【明日香】「早くなにか食べよ!」 桜井に腕を引っ張られるシチエーションが嬉しかったりした。 それに桜井もなんだか楽しいそうな顔してる。 桜井と一緒にいろんな出店を回って、いろんな物を買わされた。 ヨーヨー釣りにはじまり、ヤキソバと飲み物から最終的にはお面まで。 でも、未来への投資だと思えば安いものさ。 【渉】「そろそろ花火がはじまる時間だけど、どうするみんな集合するか?」 【明日香】「う〜ん、あの二人の邪魔しちゃいけなだろうし、雪乃も忙しいかな?」 【渉】「そんじゃ、二人で花火見ることになるのか……」 よっしゃ!! 二人っきりで花火を見る思い出ゲット! 【明日香】「二人っきりか……」 複雑な横顔をする桜井。 【渉】「俺となんかじゃイヤとか言い出すんじゃないだろうな」 【明日香】「そんなことないよ、デートごっこはまだ続いてるから」 小さく笑う桜井の顔を見て俺はほっとした。 【明日香】「花火を見るベストスポットとかないの?」 【渉】「なんで俺に聞くんだよ」 【明日香】「だって昔はここらへんに住んでたんでしょ? 雪乃に聞いたよ」 【渉】「住んでたには住んでたけど、ベストスポットなんて知らねぇよ」 【明日香】「役立たず」 【渉】「つーか、桜井の地元だろここって」 【明日香】「このお祭り来たの今日がはじめてだもん」 そう言えば昔はこの祭りで毎年雪乃と一緒に花火見てた記憶があるな……どこでだっけか? 【渉】「花火なんてどこでも見れるだろ。よく見えなきゃ俺が桜井のこと肩車してやるよ」 【明日香】「肩車なんて恥ずかしいからやめてってば」 すごく残念。 【渉】「ま、とにかく花火が見える場所まで行こうぜ」 頷いた桜井の手を握り、歩き出そうとした時だった。 俺は肩を叩かれて振り向いたその瞬間、俺は顔面に強い衝撃を受けて、そのまま吹っ飛ばされて地面に両手を付いた。 【明日香】「渉だいじょぶ!?」 大丈夫とかそーゆー問題じゃなくって、なにが起きたのか把握できない。 なんだ今のは……? ヒリヒリする頬を押えながら俺が顔を上げると、そこにはイカツイ見るからに自分たち悪ですって感じのグループが立っていた。 つまり、俺はこいつらに殴られたってことだな。 つーか、全く見に覚えもない不意打ちだ。 【渉】「なんだよ! 誰だよ俺のこと殴りやがったヤツは?」 【不良A】「あの時はよくもやってくれたな!」 【渉】「はっ?」 【不良B】「俺たち顔忘れたとは言わせねぇぞ!」 【渉】「忘れた」 【不良C】「んだと!」 【明日香】「こいつら前に駅前であたしたちに絡んできたヤルらだよ!」 【渉】「あーっ、いつぞやの不良ABCか!?」 【不良A】「ABCってなんだコラァ!」 だってABCだろ。 つーか、ヤナとこで遭っちまったな。 【不良A】「あの時の借りは返させてもらうぜ!」 【不良B】「覚悟しやがれ!」 【不良C】「その女物な!」 別に借りとか返してくれなくていんだけど。 ヤヴァイなこの状況。 人多いし、こんなところでケンカするのはマズイよなか。 【明日香】「えいっ!」 桜井が手に持っていたヨーヨーを全力投球で不良Aに投げつけて、ヨーヨーがパーンと弾けて不良Aの顔を水浸しになった。 ヨーヨーって以外に割れやすいんだな。 ってそんなこと考えてる場合じゃなかった。 【不良A】「ふざけんなテメェ!!」 あ、マジで怒らせちゃったよ。 つーか、この時期に問題起こすのはマズイよな。 大学進学とかもあるしさ、いちよーウチの高校って大学の付属高校で、エスカレーター式に上に行けるけどさ、それでも問題起こしたらマズイよなぁ。 ってことは選択肢はひとつ。 逃げるが勝ち!! 桜井を抱きかかえた俺は猛ダッシュで人ごみの中を掻き分けて逃げた。 【不良A】「待ちやがれ!」 後ろを振り返ると不良ABCがものスゴイ形相で追って来る。 待てと言われて待つやつがどこにいんだよ! 【明日香】「どこまで逃げるの?」 【渉】「どこまでって相手が追って来なくなるまで」 とは言ったものの、なにか相手をまく方法がないか? 【不良A】「ぎゃあぁぁぁ!!」 後ろで悲鳴が聞こえて振り返ると、不良Aがうつ伏せになって地面に倒れていた。 【明日香】「あの人知ってる!」 【渉】「あ、あいつは!?」 このペンダントを売った外国人。 俺と桜井が持ってるハートペンダントを売った外国人がそこには立っていて、不良ABCの足止めをしてくれていた。 あの外国人には聞きたいことがたくさんあったけど、今はこの場から逃げることの方が優先だった。 でも、どうしてあの外国人が? この祭りで出店を出してるって考えるのが自然かもしれないけど、俺はそれよりも運命的なことを感じた。 やっぱ、逃げるよりもあの外国人に話を聞いた方がいいかも。 【明日香】「もう降ろしてよ」 【渉】「ああ、すぐ降ろす」 やつらが追って来るようすはもうなかったので桜井を地面に降ろした。 【明日香】「さっきの外国人って、あの時の人だったよね?」 【渉】「ああ、あの時のだったな。あの人に話したいことあるんだけど」 【明日香】「あたしもあの人に話したいことある」 【渉】「やっぱペンダントのことか?」 【明日香】「ちょっと違う」 【渉】「ちょっと違うってなんだよ?」 【明日香】「夢の話」 【渉】「夢?」 【明日香】「あの人あたしの夢に出てくるの」 【渉】「はぁ?」 【明日香】「とにかくあの外国人探しに行こうよ」 【渉】「そうだな」 すぐにさっきの場所に戻ったけど、外国人も不良ABCの姿もなかった。 【明日香】「いないみたい」 【渉】「あの外国人出店とか出してないのかな?」 【明日香】「探してみる?」 【渉】「でもさ、さっき回って歩いた時、そんな店なかったよな?」 【明日香】「一通り回ったもんね」 【渉】「でも探してみるか」 【明日香】「そだね」 桜井と一緒にあの外国人を探し回ったけど、結局見つからずに疲れただけで終わってしまった。 ひゅるるるるるぅ〜〜〜〜〜ど〜ん! 空を見上げると綺麗な花火が夜空に散っていた。 【渉】「はじまちゃったな」 【明日香】「もっとよく見えるとこに行こ」 【渉】「肩車してやろうか?」 【明日香】「却下」 【渉】「あ、思い出したベストスポット」 【明日香】「ホントに?」 【渉】「花火が終わる前に走んぞ!」 俺は桜井の手を握り締め、俺はあの場所に向かって走り出した。 【雪乃】「あら、やっぱり来たのね」 そう言って雪乃は静かに微笑んだ。 俺が桜井を連れてきたのは雪乃の家。 この場所が一番花火がよく見える場所なんだよな。 【明日香】「ここなの?」 【渉】「ああ、ここが一番よく見える場所なんだ」 【雪乃】「早くしないと花火終わっちゃうわよ。ハシゴは立てかけて置いたから早く行きなさい」 【明日香】「ハシゴ?」 【渉】「いいから早く」 壁に立てかけてあったハシゴに桜井を登らせる。 【渉】「ほら、さっさと登れよ」 【明日香】「ヤダ、渉が先に登ってよ」 ……チッ。 桜井を先に登らせてベストアングルを確保しようと思ってたのに。 俺はさっさとハシゴを登り、雪乃の家の屋根に登る。 すぐに桜井がハシゴを登って屋根の上にやって来る。 【渉】「ここが一番見えるだろ?」 【明日香】「ホントだぁ!」 色取り取りの花火が空を彩る。 屋根の上に腰を下ろして二人っきりで花火を眺める。 【明日香】「キレイ」 【渉】「いい眺めだろ?」 【明日香】「うん」 俺の手がなにか暖かい温もりに包まれた。 それは桜井の手だった。 横を見ると桜井の嬉しそうな横顔が俺の目に映った。 俺の視線に気づいたのか、桜井が俺の方に顔を向けた。 目と目が合ってしまって、桜井が微妙にはにかんだ表情をする。 きっと、俺もそんな表情をしてると思う。 まだ花火は終わってないのに、俺と桜井は顔を合わせたまま二人の時間を止めてしまった。 桜井の顔を見ていると、思わず視線が唇に行ってしまって、そのまま唇に吸い込まれそうなる。 このシチエーションは行くべきなのか、行かざるべきか。 すぐそこには桜井の柔らかそうな唇が……。 思わず俺は生唾をゴクンと呑んでしまった。 桜井も俺の顔見てるし、これはキス待ちと考えるべきなのか……? 心臓がバクバクして、自分でも呼吸が荒くなってるのがわかる。 よし、行け! 【明日香】「あっ」 俺が行こうとしたその時、桜井が再び夜空を見上げて呟いた。 【明日香】「終わちゃったみたい」 そう言って立ち上がった桜井は、さっさとハシゴに向かって屋根を下りてしまった。 ……屋根にポツンと残された俺。 し、しまった! チャンスを逃してしまった!! 【渉】「……ふ、ふふ、俺ってへたれだな」 【雪乃】「どうだった、よく見れたでしょ?」 【明日香】「うん、雪乃も登ってくればよかったのに」 【雪乃】「私はいいのよ、昔思う存分見たから」 ……俺は男になれなかった。 【雪乃】「あら、麻生君ったら浮かない顔してどうしたの?」 【渉】「なんでもない……」 雪乃は桜井の顔を見て不思議な顔をした。 【雪乃】「上でなにかあったの?」 【明日香】「別になにもなかったよ。普通に花火見てただけ」 【雪乃】「それじゃあ、なんで麻生君はこんなに沈んでいるのかしら?」 【渉】「男にはこんな時もあるんだよ」 【明日香】「意味わかんない」 【雪乃】「ホントになにもなかったの?」 【明日香】「ぜんぜん」 俺的にはいろいろあったんだよ。 【雪乃】「まあいいわ。ウチに美味しいスイカあるんだけど、食べていく?」 【明日香】「う〜ん、どうしようかな。渉はどうする?」 1.食べていく――※1へ 2.そんな気分じゃないから帰る――※005へ |
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