第1話_日常
 住宅街の一角から夜空に立ち上る煙。
 轟々と燃え盛る業火は地獄を思わせ、紅い炎に中から叫び声を木霊する。
 火事の現場に駆けつけてきた人々が声を上げた。燃え盛る屋根の上に何かがいる。
 紅蓮の炎を纏い躍る狐の姿が目撃された。しかし、そんなことがありえるはずがない。炎の影が見せた幻影か。誰もが自分の目を疑った。
 狐が天に向かって気高く咆哮し、姿を消した。
 夜空では蒼白い月が嗤っていた。
 どこまでも、どこまでも、鳴り響く赤いサイレンの音。
 それを除けば静かな夜だった。

 駅の近くには大きな商店街があり、それなりに賑わっているというのに、大通りを自転車で数分進み、道を一歩外れるとそこは、雑木林や古い家が立ち並んでいる。
 そんな街並みを背景に大きな下り坂を自転車で滑走すると、すぐ目の前には高校のグラウンドが見えてくる。『自然豊かな』が売りの一歩間違えると田舎臭い、周りをなぜか田んぼや農地に囲まれてしまっている高校――それがこの小春市にある、名前もほぼそのまんまの小春西高校だ。
 高校の周りには農地などの他に、すぐ横を流れる楓川(かえでがわ)という川がある。この川は大雨が降ると昔はよく反乱を起こして、学校の敷地まで川水が来てしまっていたらしい。そのため学校の川沿いには堀がある。
 農地や川が近くにある、自然の豊かさを売りにしている高校――つまり土地が安かったからここに建てられたに違いない。現に小学校も田んぼを挟んで向かい側に建っているし、坂の上と下では文化の臭いが違う。
 さて、小春高校では四月になり春休みも明けて、新年度を迎えて一週間ほどの日数が過ぎていた。
 二年二組の教室では各委員決めが執り行われていた。黒板の前にに立ち、司会進行を取り仕切っているの二人組の男女。前日決まった学級委員の葵城(きじよう)・月夜霊(つくよみ)ペアだ。
 容姿端麗に加えて秀才で、その上運動神経まで良く、学校でも女子の人気を集めまくっていて、非の打ち所がないと誰からも言われる葵城悠樹(きじようゆうき)が委員決めの話の進行をしている。 その脇ではミステリアスな雰囲気を全身に纏い、長い黒髪が特徴の美人系の月夜霊尊(つくよみみこと)がチョークを持ちながら書記をしている。
 尊は細く伸びた白い指でチョークの先を軽く握り、黒板と向き合ったまま数分の時を過ごしてしまっていた。そのチョークの先にあるのは、最後に残ってしまった誰も立候補者のいない図書委員の男子枠だった。
 悠樹は口に手をやり、ワザとらしく咳払いを一つして男子生徒たちを見回す。
「コホン、どなたか立候補をお願いします」
 このクラスは女子が二〇名、男子一六名で構成されている。まだまだ委員になってない男子生徒は多くいるはずなのだが、誰も図書委員になろうとする者はいなかった。
 図書委員をやりたくない理由は単に委員活動がめんどくさいという他に、すでに決まっているパートーナーの女子生徒に問題がある。その女子生徒の名は星川未空(ほしかわみそら)。
 星川未空は無口で、読書好きで、どこか近寄りがたいオーラを発している女の子――まあ、ここまでなら結構どこにでもいそうなタイプの子なのだが、未空には変な噂がつきまとっていた。宇宙人と会話ができるとか、気に入らない人に念(毒電波?)を送って不幸にさせたりなどなど、トンデモ系の噂がまことしやかに学校全体に広がっていた。
 前方の席に座っている楕円形の眼鏡をかけた女の子が大きく手を上げた。それに対してすぐに葵城が反応する。
「何でしょうか香月さん?」
「わたしでよかったら図書委員やりますけど?」
「できれば男子生徒にやってもらいたいのですが、そうですよね立花先生?」
 そう言って悠樹が振り向いた先には、教室の――それも最前列の生徒の前にちょうど空いている窓側の日当たり良好の場所に白いテーブルと椅子を並べて、勝手に自分スペースを作り、長く伸びた足を組んで不必要なまでの色気を振りまく、リラックス状態の立花莉奈先生が紅茶を飲んでいた。しかも、ファッション雑誌まで読んでいる。
「葵城クン何か言った? 聞いてなかったんだけど?」
「いや、失礼しました。立花先生はティータイムを続けていてください」
 悠樹は立花先生に判断を仰ごうとした自分がバカだったとひどく後悔して、髪の毛を軽くかき上げ、ため息をひとつ付いた。
 髪の毛をかき上げた悠樹に対して静かな歓声が湧く。恒例の行事だった。
 職務放棄とも取れる行為をしている立花先生はほっておいて、早く残りひとつとなった図書委員の男子枠を決めたいところだが、――時間だけが無常に過ぎていく。
 尊は先ほどから身動き一つしないで黒板とまだ向き合っている。根気が強いのかもしれないが、黒板に向かっている顔は呆れているかもしれない。
 窓側の一番前に座っている小柄で幼い顔つきの男子生徒が勢いよく手を上げた。これには立花先生も目の前だったので紅茶を飲む手を止めて、何となく熱い眼差しで次の話の展開を見守ってみた。
 男子生徒が手を上げたことによって図書委員の枠が埋まり、委員は全て決まり、尊も黒板との対峙から開放されるに違いない。だが、悠樹はあることに気づいていた。
「何だよ武? おまえはもう美化委員に決まっているだろう?」
 手を上げたのは藍澄武(あおとたける)と言って、悠樹の親友のひとりだったりする。そのため他の人と対応が違う。
「あのさぁ〜悠樹、ボク思うんだけど今日来てない奴≠ノ図書委員やらせればいいんじゃないかなぁ?」
 その言葉を受けて悠樹はクラスの席を見回した。空席になっていたのはひとつだけ。悠樹の親友である遅刻魔、真堂輝(しんどうあきら)の席だけだった。
 悠樹はすごく納得したように大きく頷き、
「月夜霊さん、真堂輝の名前を書いてください。クラスの意思です」
 と言ってクラスの無言の承認を得た。来てない奴が悪いのだ。
 黒板と対峙していた尊がやっと解放され、生徒の方を振り向いた、その時だった。教室の前のドアが勢いよく開けられ、ひとりの男が駆け込んで来たのは!!
「遅刻したーっ!!」
 と大声を上げて教室に飛び込んで来たのは、今日このクラスで唯一の欠席者、真堂輝だった。
 もうすでに紅茶を飲み始めリラックスモードに入っていた立花先生は、ティーカップを持ちながらその手で空いている席を指して教師らしい一言を発した。
「早く席に着きなさい」
 彼女が教師らしい発言をするなんてめずらしい。きっと気まぐれだ。雨が降る。
 輝が席に着くと、すぐ後ろの席に座っている輝と腐れ縁で幼馴染の涼宮綾乃(すずみやあやの)が声をかけてきた。
「あんた黒板ちゃんと見た方がいいわよ。特に図書委員らへん」
「はぁ? 黒板?」
 首を傾げながらも輝は綾乃がシャーペンの頭で指し示す場所を見た。――よく見た。そしてもう一度目を擦ってから、よ〜く見た。
「はぁーっ!? 何でオレが図書委員なの? オレ本なんて読まねぇーよ?」
 綾乃は片手で頬杖をつき、冷めた表情をしながらシャーペンの頭をクイクイっと横に振った。
「自分の名前の横見なさい、よ〜こ」
「何ぃ〜っ!? 何で星川……っさんなの?」
 机に手を付き声を荒げる輝と悠樹の目線が合致した。
 見詰め合う二人。この時、輝は悟った。愛のトキメキなどではなく、憎悪に満ちたものを――。
「悠樹キサマか! キサマの陰謀か!!」
 この発言をした瞬間、輝は自分に向けられた鋭く痛いくらいの視線を多く感じた。悠樹ファンの女子生徒がいっせいに輝を睨みつけたのだ。
「あんたバカ? 皇子ファンの前で呼び捨て&キサマはないでしょ」
 冷ややかな顔つきをしながら綾乃は小声でそう忠告した。
 悠樹は一部の悠樹ファンの間で皇子様と呼ばれている。綾乃の場合は悠樹の本性を知っているので皮肉を込めて皇子と呼んでいる。
 一瞬、鋭い視線のあまり胸を押さえて呪い殺されそうになった輝であったが、すぐに気を取り直し、女子生徒たちに向かってビシッとバシッと指を差した。
「おまえたち、悠樹とオレは親友なんだから呼び捨てが何だってんだ! キサマが何だってんだ!」
 一応威勢よく言ってみたが、皇子ファンの視線がより一層鋭くなった。このままでは輝が呪い殺されるのも時間の問題だと思われる。
 その時、救いの手を差し伸べたのは他でもない悠樹だった。
「僕と輝は親友同士だから、少しぐらいの汚い言葉使いは許してもらえないかな?」
 悠樹スマイル炸裂! 女子の悩殺されまくり! 立花先生突然立ち上がる! 立花先生が立ち上がったのは、ただ紅茶を飲み終えたから、そろそろ仕事をする気になっただけのことなのだが……。
「さ〜て、一件落着したところで今日は先に帰りのホームルームやっちゃうから」
「先生まだオレは図書委員を……」
「お黙りなさい真堂クン。図書委員はアナタで決定よ」
 見事に輝の発言は押し込められた。このクラスの権力分布は偏りがあり、絶対的権力を持っているのが立花先生。次に大半の女子の指示を受ける葵城悠樹だ。
 立花先生は教壇に両手を付き、たわわな胸を揺らして生徒たちの視線を集めると、鼻先で悠樹と尊を席に戻しホームルームを始めた。
「ハイじゃあ話すわよ。今日の五時限目は委員になった人は集合場所に集まるように」
 そう言って委員会の集合場所の書かれた紙を片手でバシッと黒板に貼り付けると話を続けた。
「委員以外の人は教室で他のことするから覚悟しとくように。それと今帰りのホームルームやっちゃったから、委員会終わったら別々に帰っちゃっていいから、以上。質問は受け付けないからね」
 どこまでも自分優先な人であった。
 立花先生が話し終えたのと同時にちょうどチャイムが鳴った。チャイムが鳴り終わる前にはすでに立花先生の姿は無かった。ちなみに立花先生のティーセットはそのまま放置してある。
 このクラスには先ほど委員決めと一緒に決めた特別な係りがある。係りの名前は『立花親衛隊』と言い、仕事内容は立花先生のティーセットの片付けから立花先生の言うことなら何でもやる係りである。立花先生の美貌と色気で毎年簡単に立候補者が出てしまうという係りらしい。
 昼休みになると生徒たちは各々の場所で昼食を摂る。輝もまた例外ではなくとりあえず悠樹の後ろの席に座りに行く。
 このクラスはまだ出席番号順(男女混合)で席が決まっているので、悠樹の席は最前列の窓側から数えて三番目の授業中は先生がまん前に立つという席だ。
 昼食の時間になるといつも輝は悠樹のところに出向く。しかし、輝も悠樹も昼食を食べない主義だった。
 そんな二人の元へ武がお弁当箱を持って現れる。いつものことだった。
「二人ともたまにはお昼食べたらぁ?」
 武は高校に入ってから輝&悠樹と知り合いになった。というより輝と悠樹が一緒にいるといつも武が割り込んで来ていたのだ。そして、いつしか三人は仲良くなっていた。
 武の目には輝と悠樹の存在は特別なモノとして映っていた。二人ともすごく変わり者でたくさんの才能を持っていて、とても興味深くおもしろそうなモノだった。だから武は自然と自分に無いモノへの魅力に惹かれて二人の輪に入っていったのだ。
 武は適当な席に腰を下ろすと、お弁当箱のふたを両手で持ち上げるようにして開けた。中にはおいしそうなおかずがギッシリ詰まっている。しかし、武の表情は浮かない。
「いつもボクだけお昼食べて、ちっとも楽しくないんだけど?」
 少し唇を尖らせて幼い子供のような表情で武は輝と悠樹を見る。武は顔立ちと小柄な身体のせいで歳より幼く見られることが多く、時には小学六年生と間違えられる。そんな武だからこそ唇を尖らしたしぐさが様になっている。上の学年にモテるという風の噂もある。
「オレはもともと一日二食と決めているから」
 そう言う輝に続いて悠樹も一言呟く。
「腹が空いていない」
 悠樹の口調は仲間内で居ると愛想が無い。公の場でサービスしている分、仲間内ではその反動が来るのだ。それに悠樹は仲間内とそうでない時で俺≠ニ僕≠使い分けている。
「え〜っ!? 人間だったらお昼になったらお腹空くのが当たり前だよ。輝も悠樹もお昼食べないのにボクより背がおっきいなんて変だよ。あっ、わかった牛乳いっぱい飲みまくってるんでしょ? そうだ、そうに違いないね」
 腕組みをしてウンウンとうなずく武のことなどお構いなしに悠樹は話を続けていた。
「それにだ。学校で三人で昼食を摂るとなると昼食=Aつまり食べるものが必要になるということだ。そして、武が望む昼食の風景は三人でお弁当を持ち寄り、おかず交換をしたいのだろう?」
「そうだよ、三人でおかず交換したりしたら楽しいよきっと!」
 悠樹は武の考えをバッチリ見通していた。
「誰が俺と輝のお弁当を作るか知っているか? どちらも俺が作るハメになるんだ」
「悠樹も大変なんだね、家事が何一つできない輝と二人ぐ……ぐっ」
 何かを言おうとしていた武の口をとても慌てながら輝と悠樹が塞いだ。いったい武は何を言おうとしたのか?
 口から手を放された武は大きく息を吐いて、少しすまなそうな表情をした。
「ゴメン、ついうっかり言いそうになっちゃった。秘密だもんね」
「武はうっかり秘密を漏らすクセがあるから気を付けるように。もっとも本当に気を付けて欲しいのは輝だけどな」
「はぁ? 何で俺なの? 言うわけないじゃん俺と悠樹が……ぐっ」
 悠樹は慌てて何かを言いそうになった輝の口を押さえた。
「今、気を付けろと言ったばかりだろ?」
 ゆっくりと口から手を放してもらった輝は両手を合わせ、先ほどの武よりもすまなそうな顔をした。
「ごめん、ホントごめん。以後気を付けるようにします」
「まったく、これでよく去年はバレなかったな……」
 疲れ切った表情で悠樹は肩を深く落とした。神経を常に張っている彼の寿命は絶対に短い。
 輝と悠樹の秘密とは、マンションにふたりだけで住んでいるということだ。学校にバレると恐らくマズイことになるのは目に見えているので、このことを知っているのは学校では当事者の輝と悠樹、それに武と、輝の幼馴染で隣の部屋に住んでいる涼宮綾乃だけだった。
 今、輝と悠樹が二人暮らしをしている部屋にはもともと輝が家族と住んでいた。しかし、輝の父親の転勤でやむなく引っ越すことになった時、輝とその妹は学校などなどの問題からこっちに残ることにして、父親と母親だけが父親の転勤先に行ったのだ。
 輝の妹である慧夢はもともと近くにあった祖父母の家に行き、輝もその家にいることになっている。少なくとも学校にはそう伝えてある。が本当のところは元々住んでいたマンションに今でも住んでいるのだ。
 そして、そのマンションに家庭内の複雑な理由から家を飛び出した悠樹が同居することになったのだ。
 悠樹は一様居候ということになっているので、家事全般をそつなくこなしてる。だが本当のところは、輝が家事を何ひとつできないから、しょうがなく悠樹が家事をしているのだ。
「そうだ輝、今日の夕食は何を食べたい?」
 突然夕食の話を始めた悠樹。悠樹と輝はいつもこの昼食の時間に夕食の話をしていた。そして、輝は決まってこう言う。
「何でもいい」
「何でもいいじゃわからいだろ? 毎日食事を作るこっちの身にもなったらどうだ?」
 悠樹の言葉は主婦の小言のようだった。
 口いっぱいにごはんを入れて弁当箱のフタを勢いよく閉めた武は、
「じゃあねえ、パスタなんて食べたいなぁ〜」
「武には聞いてないが……夕食はパスタにするか……」
 別に夕食を食べに来るでもない武の意見を尊重して、こんな感じでいつも悠樹は夕食のメニュー決めていた。
 昼食を食べ終えた武は何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ二人とも知ってる? また昨日火事起きたの?」
 武の言葉に悠樹は眉をひそめた。火事と言えばつい先日、小春市内の神社の御神木が不審火で燃えたばかりだ。
「火事? この前小春神社の御神木が焼けてニュースになったのは知っているが?」
 輝は何かを思い出したような顔をして首を大きくうなずかせた。
「昨日の火事のことだろ? 遅刻してゆったり飯食ってた時ニュースで見た。あれって武んちの近くじゃなかった?」
「そうそう、それだよ〜。あれさぁ、ウチからも火が上がってるの見えてビックリしちゃったよ。でねでね、その火がすごかったんだよ、まるで生きてるみたいにこうゴォォォって」
 武はジェスチャーを交えて火のつもりになって迫真の演技をしているつもりなのだが、両手を挙げるその格好は傍から見たらバレーボールのガードのようにしか見えない。
「それでさぁ、消防車とか何台も来ちゃって……。それだけじゃないんだよ、ここからがこの話の重要なところ」
 一生懸命話をする武だが、食い入るように聞いているのは輝だけで、悠樹は頬杖をついて話を適当にしか聞いてなかった。この時の悠樹はすでに夕食のことを考えていた。
 話の先が気になる輝は武を急かした。
「重要なところってなんだよ?」
「実はさぁ、火事を目撃した多くの人が燃え上がる炎の中に白い狐を見たんだって!」
「狐?」
 輝は思わず聞き返してしまった。火事と狐、何の脈絡もない。
「そうだよ狐見たんだって、ミステリーだよね。きっと妖怪だよ妖怪。その狐が火事を起こしたんだよきっと」
 だんだん現実味のない話になっていく武の会話を聞いていた輝の口は、いつの間にかポカンと開かれてしまっていた。
 悠樹はもともと話を聞き流していたが、彼の特性から話を聞いていなくても相槌を入れるクセがある。
「その狐を武自身が見たわけじゃないんだろう?」
「そうだよ、ボクのお母さんが近所のおばさんに朝聞いたんだって」
「では、そのおばさんは狐を見たのか?」
「ううん、そのおばさんも人から聞いたらしいよ」
 少し考え込む悠樹。そして、彼の出した答えは、
「都市伝説と一緒だな。友達の友達のお兄さんが呪いのビデオを見たとか――そう言った遠い知り合いが話に出て来るのが都市伝説などの噂によくあるパターンだ。そう言った話は確証に欠けることが多いので安易に信用することはできない」
 端から超常現象などを信じていない悠樹は武の話なんて信じるわけもなく、武は少し不満顔だった。
 武はもともと超常現象の類、宇宙人とか妖怪とかムー大陸などなどの話にすぐに興味を持って信用し、輝や悠樹によく話をするのだが、悠樹にはことごとく否定され続けてきていた。だが、今回の武はいつもと違い悠樹対策をちゃんとして来ていたので、自信に満ち溢れていた。
「悠樹のことだから、証拠がないと信じないと思って今回はちゃんとこれを――」
 武は制服のポケットから一枚のポラロイド写真を取り出すと、机の上にバシンと叩き付けた。
 写真にすぐ食いついて来たのは輝だった。
「ホントだ、炎の中にばっちし狐が映ってるよ。ほら、悠樹も見てみろよ」
 写真を手に取りマジマジと見つめる悠樹。
「確かに炎の中に白い狐が写っているが……」
 写真には燃え上がる家の屋根が写っており、その屋根の上に白い狐が遠吠えをするポーズで写っていた。
「いくらポラロイド写真だからといっても、これが合成やトリック写真ではないと言い切れないので、この証拠物件については保留だな」
 冷めた口調で写真を武に手渡す悠樹であったが、武としては納得いかない。
「え〜っ!? 信じてくれないの?」
「だいじょぶだ武、オレは信じるぞ。こんな夢も希望も持ってない悠樹はろくな大人にならないんだから」
 輝は武と肩を組んで悠樹のことをワザとらしく軽蔑する眼差しで指を差した。指をさされた悠樹もちょっとワザとらしく腕組みをしてすごく不満そうな顔をする。
「どうせ俺はろくな大人にならない」
「ホント、みんなの前じゃあんな愛想いいのになんで俺たちの前だとこーなんだろーな。典型的なAB型の二重人格性格だよな」
「血液型占いは信用性に欠けるものだ。あれは思い込みでしかない」
 そう言いながらも輝の言葉に少し悠樹はドキッとした。自分でも使い分けているつもりはないのだが、いつの間にかそうなっていた。昔は誰でも輝たちにみたいに接してきたのに、……両親が離婚して新しい母親が来てから自分は変わってしまったような気がする。悠樹はそう考えていた。
 ――予鈴が鳴った。もうすぐ五時間目が始まる。
 委員会が終わったら個別に帰ることを許されているので、バッグなどの荷物を持って移動する。
「そろそろ行かねーとな。……ていうか何でオレが図書委員なの?」
 輝はまだ納得していなかった。あんな強引な決め方で納得できるわけがない。
 不満な表情をしている輝を武は上目遣いでみつめた。
「実はボクが休んでる人にしちゃえばって言ったんだよね」
「何ぃ〜! 武、おまえのせいだったのか? おまえのせいでオレはこれから一年間、辛く険しい道を突き進み、力尽きて死ななきゃいけないんだぞ!」
「ゴメンネ。でも、死にはしないと思うケド?」
「わからないぞ、もうひとりの図書委員は星川だぞ。もしかしたら呪いを架けられてカエルにされて中国料理屋に売られるかもしれないんだぞ!」
「アホな会話してないでさっさと行け、遅刻するぞ」
 そう言って悠樹はさっさと委員会に行ってしまった。
「ボクらも早く行こ」
「いや、でもだなカエルにされて……」
「カエルの話は廊下で聞くから、早く行こ」
 輝は武に背中を押されて廊下に無理やり出された。
 廊下には委員会の集まりのため移動をする生徒が多数いた。
「カエルにされたらまず……」
 武は飽きもせずカエルについて語る輝の話にまだつき合わされていた。
「カエルはわかったから、それよりもさっきの狐の話なんだけどさぁ」
「さっきの狐がどうかしたか?」
「実はね、こないだ御神木が燃えた小春神社で祭られてる神様って狐なんだよ」
「だから?」
「だからきっとボクの推理だと、御神木を燃やされた狐の神様が人間たちに復讐してるんだよ」
 そんな会話をしていたら図書室の横まで来ていて輝はここで武と別れた。
「じゃな武」
「うん、また明日ね」
 軽く手を振り武と別れた輝は図書室の中へと入って行った。
 図書室に訪れたのはこれで二度目。一度目は授業で来た。輝はもともと本を普段から読むことがない、だから当然図書室なんて用のないところだと思っていた。
 室内にはもうすでに図書委員たちが多く集まり決められた席に座っていた。その中には星川未空の姿もあった。
 輝は未空の横に座り彼女のことを見た。
「こ、こんちわ」
 何となく挨拶。未空は明らかに輝が苦手なタイプだったが、輝はとりあえず誰とでも話すことを普段から心がけている。
「こんにちわ真堂くん」
 小さくてゆったりとした口調。
「……えっ?」
 思わず言ってしまった。挨拶が返ってくるなんて思っていなかった。確かに今初めて話をしてみたけど、勝手に挨拶しても返ってこないタイプだと輝は未空のことをそう思い込んでいたのだ。しかも苗字まで言われたので驚きは一層強かった。
「真堂クンであってた?」
「あ、そう真堂輝。星川未空さんだよね、よろしく」
 輝は手を差し出し握手を求めた。
 白くて小さな手はすんなり差し出され、輝の手を握った。
「こちらこそよろしく真堂クン」
 未空はやさしい微笑み浮かべた。
 正直輝はほっとした。第一に不思議なオーラ(電波)が出ているが、未空は悪い人ではなそうだということ。第二に未空の手が温かかったこと――これはとりあえず血の通っている人間だということ。もしかしたら未空に体温がなんじゃないかと少しだけ輝は思っていた。
 チャイムが鳴りしばらく経ったところで、図書室の中に少し変わった容貌の男が飛び込んできた。
 図書室に飛び込んで来た男は長身で、長く銀髪に伸びた髪を腰まで伸ばし、東洋系の顔ではあるが目鼻立ちのはっきとしているとても綺麗な顔を持っていた。
「ごめん、少し遅れちゃったね」
 ここにいた生徒の大半がこの男が男か女かどちらなのか判断を迷っていたが、今の声で男なんだと一応納得した。一応というのは中性的な顔立ちと長い髪の毛のせいで、実は女なのではないかと疑うことができるからだ。
 銀髪の男は生徒たちの前に立つと自己紹介を始めた。
「僕の名前は玉藻琥珀(たまもこはく)と言います。今年度から図書室の管理人を任されることになりました。よろしくお願いします」
 輝が琥珀を見ての第一印象は『地毛かあれは?』だった。次に思ったことは、あんな髪でよく学校の図書管理の職に就けたもんだ。ということ。
 微かにだが他人に聞こえるか聞こえないかくらいの声で未空が呟いた。
「少し変わった人」
 未空の琥珀への感想。わかりやすい感想だった。
「明日から図書委員の仕事をみなさんにはしてもらいたいのですが、どうやら学期末の在庫整理などの仕事以外は僕ひとりでもできそうだから学期末の召集まで仕事しなくていいから。ということで今日は解散」
 この琥珀の解散宣言に一同は少し唖然とした。まだ五時間目が始まって十五分も経っていない。
 解散宣言をされたので生徒たちは徐々に帰っていく。早く帰れてうれしいという反面、本当に仕事をしなくてもいいのかという気持ちも少しある。輝は早く終わってうれしいとしか思っていないが……。
 生徒たちが図書室を出て行く中、輝は琥珀に近づいていった。
「あの、その髪って地毛ですか?」
 どうしてもこれだけ聞いてみたかったのだ。
「ああ、これは染めてるんだよ」
 まあ銀髪なんて普通はいないのだが、輝は少し地毛って言ってくれることを期待していたりした。
「もしかしてヴィジュアル系バンドやってたとか?」
「何それ?」
 どうやら琥珀はヴィジュアル系を知らないようで、輝は少しがっかりした。髪の毛の色は変わっているけど琥珀は案外普通の人かもしれないと輝はがっかりしたのだ。普通の人だったらなんのおもしろみもない。
 琥珀への興味がとりあえず今のところ失せてしまった輝は、さっさと帰ることにして図書室を後にした。
 図書室には琥珀ともう一人生徒が残っていた。その残っている生徒というのは未空だった。
 未空は何も言わずそこに立ち、ただ琥珀のことを見ていた。
「何か僕に用かな?」
 未空が沈黙を破ることはなかったが、図書室のドアが開けられ女子生徒が入って来たのと同時に未空は図書室から出て行ってしまった。


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