恋のライバルかよ!?
 水上都市アクアリムはわざわざ古い町並みを再現し、レンガ建ての家々や装飾の美しい建物の数々、そして、街の中心に鐘楼が俺の心を鷲掴みにした。なんていうか、ああいう聳え立つ巨頭は男のロマンだと思う。
 石畳の上を楽しそうにあるく家族連れやカップルの大半は観光客で、俺も次第に観光客気分になってくる。カメラを持ってこなかったことが今になって悔やまれる。無念だ。
 あやめさんは先ほどから観光ガイドのお姉さん風に、建物などの説明をしてくれている。しかも、ガイドのお姉さんがよく持ってる旗も装備してるし。しかも、それを俺の靴同様に服の中、っていうか、胸の谷間から出したのを目撃してしまった。もしかしたら、二十二世紀のネコ型ロボットの知り合いかもしれない。やっぱ只者じゃねえ。
「街は今、ハルカ降臨祭というお祭りの最中で御座いまして、住民たちも興奮しております」
「その住民っていうのは、もしかしてさっきからあちこちにいる変人たち?」
「変人……でございますか?」
「あの、ネコ耳の人たちなんスか?」
 街を歩く人々に紛れてネコ耳の飾りを着用している人が歩いてる。お店の人はもちろん、お爺さんから赤ちゃんまで、ネコ耳装備。だが、オッサンはつけるの止めてくれ、目が腐る。ただし、可愛い娘はオッケーだ。
「ああ、あれはハルカ教の熱烈な信者の人たちでございます」
「あやめさんはつけてないんスか?」
「恥ずかしいですから。でも、光さまがどうしてもと仰るなら……」
 なぜ、そこで顔を紅くする。明らかに『光さま』の部分から顔を赤らめたぞ。しかも、気づけば、あやめさんの腕が俺の腕に絡んでるし。豊満な横乳が腕に……。
「あのぉ、腕を組むの止めてくれないかなぁ?」
「どうしてで御座いますか? いざとなった時、光さまをお守りするのがわたくしの役目で御座います」
「でも、さっきから周りの視線が……」
 さっきから街を歩く女性たちの視線が痛い。絶対攻撃されてる。しかも、あいつら独身女性の彼氏いない組だ。そうだ、絶対そうに違いない。
「カッコイイって罪だな、フッ」
 俺世界に浸ってる俺の腕をあやめさんが強引に引いた。
「あちらに見えますのが、白薔薇派の本部で御座います。ついでに説明すると、近くにある、あれが紅薔薇派の本部。このサン・ハルカ広場に聳え立つ鐘楼は朝と夕に鐘を鳴らすのですが、その音色は世界一で御座います」
 途中で明らかに口調が変わっていたが、あえてそこには触れず、俺は鐘楼の近くにある白薔薇派と紅薔薇派の本部を見た。
 ……工事中かよ!
 どちらの建物も絢爛豪華だけど、互いに建物の一部が工事の真っ最中だった。しかも、中断されてるっぽく、機材や重機類が放置してる。
「工事中なんスか?」
 この質問をした途端、あやめさんは一瞬冷ややかな表情をして、聞こえるか聞こえないかの微妙な声で何かを呟いた。
「わたしも給料を減らされたんだよ」
 明らかに吐き捨てた言葉には毒がこもっていた。危険だ、このメイドさんは危険だ。俺はあやめ姐さんを決して怒らせてはいけないと心に刻み込んだ。
 俺たちは本部の前を素通りし、ひときわ目立つ荘厳な中東宮殿風の寺院の横を通った。てゆーか、素通りしちゃっていいのかよ、くらいの勢いで素通りした。だって、俺って新代表になったんじゃなかったっけ?
「こちらの建物はハルカ教の総本山で御座います、サン・ハルカ寺院で御座います。西洋文化と東洋文化を混ぜ合わせたこの寺院は、大理石による二階建てで御座いまして、金色に輝いております壁などは本物の金を使っております。いくつもの柱が連なっている入り口のアーチは、金色のモザイクとゴシック様式の繊細な飾りで装飾され、あの入り口は厳重な警備がされておりますゆえ、中にはラフな格好をしているだけで入ることができません」
 ラフな格好って……ネコ耳はいいのか。しかも、よくわからなかった説明だ。ゴシックって何だ?
 この建物からは東洋文化の仏教の雰囲気が感じられけど、その建築様式の基本は西洋風らしくって、キラキラうるさい装飾が所々にある。金持ちの皮肉としか思えない。
 建物の上に乗ったタマネギみたいな尖った金色の屋根が中東の宮殿風に見える。それから、寺院の一番高いところにあるアーチには、大きな猫像とその左右に並ぶ複数の仔猫の像が光の目に留まった。そう言えば、街のいたるところに猫像があったような気がする。
 あやめさんの観光案内は目まぐるしく進み、やがて俺はゴンドラに乗せられていた。
 水路を利用したゴンドラの左右には家の壁とかがある。上を見ると洗濯物が干してあったりするし。しかも、どうしてもステテコパンツから目が離せない……呪いだ。
 ゆらゆらと揺られるゴンドラの上に乗ってるのは、どう見ても観光客で、その中の女性観光客グループが俺に話しかけてきた。
「学生さんですか? よかったら一緒に写真撮ってください」
 学生さんと言われたのは、俺が学生服を着たまま拉致されたからだけど、その後の話に脈絡がないぞ。だが、俺はついつい普段のクセでニッコリ笑ってしまった。
「いいですよ。あやめさん、シャッター押して貰えますか?」
「承知いたしました」
 街をバックに俺は女性観光客たちと写真に写ってしまった。しかも、爽やかなサービススマイルで。
 ちょっと、疲れた気分になった俺はため息をついた。そんな俺の傍らに来たあやめさんが、そっと耳打ちする。
「撮ったフリをしてやりました」
 その笑みはまさに仔悪魔チックな笑みだった。絶対あやめさんって性格歪んでる。
 俺たちは水上レストランでゴンドラを途中下車した。車じゃないから、下車じゃないのか?
 水彩画で描かれたような透明感のある建物や家具が、爽やかなオーラを前面に出してるオープンカフェが俺的に気に入った。
 店内は観光客で賑わっていた。この都市に観光客がいない場所はないのか?
 ぐるっと店内を見回しながら俺があやめさんに連れて来られたのは、まさに俺お気に入りのオープンスペースだった。しかも、そこには二人の女性が座っている。
 俺のハートを一撃にされたーっ!
 ビューティフルな女神様のご登場だ。栗色の髪をポニーテールにまとめちゃってるところが俺好みだし、前髪で少し太めの眉毛が隠れてるのもポイント高し。そして、ポイント二倍サービスなのが眼鏡チェーンの付いた眼鏡から覗く潤んだ大きな瞳。ステキだぁ。
 もう、すでに俺の目には片方の女性しか目に入っていない。運命だ、デスティニーだ、って運命を英語にしただけじゃん!
 ビューティフルエンジェルここに光臨だ!
 立ち上がった二人の女性は順番に挨拶をはじめた。
 ひとり目は空色ドレスを着たショートカットの女性。
「ボクの名前はローズマリー。紅薔薇派の代表をしている」
 鈴が鳴るような澄んだ声。しかも、ボクっていうのが以外に俺の胸をキュンとさせてしまった。だが、頭にネコ耳。
 ふたり目が先ほどのポニーテールの女性。俺的女神サマだ。
「わたしはローズマリーさまの付き人をさせていただいています、鈴木明日菜(すずきあすな)と言います」
 くわっぱ!
 意味のわからない奇声を発してしまいそうなほどの声だった。可愛らしすぎるのは罪だぞ。でも、可愛いから許す。って矛盾してるし。
 俺は決意しちゃうぞ、何があろうとこの都市に留まってやる。愛の力は偉大だ。
 闘志メラメラで意識が飛んでしまっていた俺にあやめさんの肘鉄が入る。
「うっ……」
「光さま、ご挨拶を」
 そう言ってあやめさんは、俺だけに見えるようにして掌に書かれている文字を見せた。俺はそれをそのまま棒読みする。
「私は白薔薇派の新代表に就任した白金光です。今日はお日柄もよく、こんな良き日にローズマリーさまにご挨拶できて――」
 その後に書かれている文字を読むべきか俺は戸惑った。あやめさんは俺の腹に肘を突きつけてるし。でも、読めるわけないだろ、こんなの!
 あやめさんの掌には、こう書かれてある。
 ――そんなこと思ってわけねーだろバカ、お前の顔なんざ二度と見たくねえんだよブス。オカマのクセして粋がってんじゃねえぞ(死)!
 酷い文章だ。しかも、最後の『オカマ』っていうのが気になる。
 俺が先を読まないので、あやめさんは仕方なく笑って誤魔化した。
「新代表は少々緊張しておりますので、堅苦しい挨拶は抜きにして、お食事をしながら楽しいお話でもいたしましょう」
 あやめさんに勧められるままに俺たちは席についた。その時にあやめさんが俺の足を踏んだのは、絶対ワザとだ。だが、この素晴らしい<<Cドさんには何も言えない。
 席についたところで、あやめさんが俺にそっと耳打ちする。
「あっちにいる代表は女装が趣味のオカマです。お気を付けください」
 気をつけろって何を?
 てゆーか、男なのかあれは!?
 俺の中でローズマリーへの注目ポイントが上昇した。
 空色ドレスに包まれた小柄で華奢な身体はどう見ても女性で、大きくてエメラルドグリーンの瞳も可愛らしい。しかも、声も可愛らしかった。完全に騙されてた。
 ――会話が弾まねえっ!
 あやめさんはローズマリーにガン飛ばしてるし、ローズマリーは涼しい顔して食事してるし、俺は俺で愛しのエンジェルを見つめてしまっていた。
 明日菜ちゃん≠ヘストローを両手の指先で掴み、飲み物を飲んでいるところで俺と視線が合い、少しはにかんで眼鏡の奥から上目遣いをするところも素敵だぁ。そして、濡れた唇が開かれる。
「どうかしましたか?」
「えっ!?」
 惚けていて不意打ちを喰らった。慌てて俺はクールビューティーな表情を作って応対する。
「いや、明日菜ちゃん……じゃなくって、明日菜さんって可愛らしいひとですね」
「……そんなことないですよ」
 そう言ったきり、明日菜ちゃんは顔を伏せてしまった。しまった、しまったーっ!
 嫌われたかーっ!?
「あ、あの、明日菜さん?」
「…………」
 返事がない。完全に嫌われたぁ〜っ!
 明日菜さんは俯いたまま俺のことを完全無視。これを嫌われたと言わずなんと言う?
 だが、しかし!
 俺はあきらめないぞ。今日は駄目でも明日がある。今度会った時に愛の告白をすれば済むことだ。
 いやいや、告白は早いな。まずは二人で合う時間を増やしていって、明日菜さんの家に遊びに行って、ついうっかり泊まってみたり。そして、ラストは告白だ!
 よし、この作戦で行こう。では、まず、デートの約束を――。
「明日菜さ――ぐあっ!」
 俺は背後からの攻撃を受けた。不意打ちだ、曲者だ、暗殺だ。俺を狙って来た国家スパイに違いない。……そんなわけないな。
 押し飛ばされた俺は敵を確認した。
 空色ドレスにねこ耳の女性(?)二人組み……って、どっからどう見てもローズマリーの関係者!
「きゃーっ、ローズマリーさまですよね!?」
「宜しかったらサイン貰えますか?」
 きゃぴきゃぴ、と言った感じの二人組みだ。
 明日菜ちゃんは素早く油性ペンを取り出し、ローズマリーが華麗にそれを掴み取る。そして、軽やかなタッチでローズマリーは女性二人組みの服にねこのイラストを描いた。
 よ〜く目を凝らしてみると、ねこのイラストの脇に『露渦魔璃李』と書かれている。当て字だ、絶対に当て字だ。
「きゃーっ、ありがとうございます!」
「この服を家宝にして一生大切にしますっ!」
 スゴイ大盛況だ。ローズマリーって人気者なのか?
 ローズマリーは爽やかな笑顔で二人の女性と握手をした。
「明日のレース、応援してくださいね」
 ローズマリーの笑顔炸裂攻撃!
 女性二人組み悩殺、失神!
 俺、ビックリ!
 女性二人組みが突如失神した。ローズマリーの笑顔炸裂攻撃に当たったに違いない。なかなかやるなローズマリー。恐るべしだ。
 いやいや、そんなことよりもレースって何だ? 後であやめさんに聞いてみよう。
 倒れた女性は速やかに店員たちの手によって運ばれていった。
 ローズマリーは何事もなかったように紅茶を飲み、俺の方を見て一瞬、鼻で笑ったような気がした。もしや、これは喧嘩を売られたか。挑戦状を叩きつけられたのか!?
 俺のここの中でローズマリーの声が響いた。
 ――ボクの方がキミより美しい。
 そんなことを思っていたような顔だったぞ、さっきの笑みは。
 いや、きっと俺の思い込みだ。妄想だ、トキメキだ、ロマンスだ!
 ロマンスと言えばマイハニーエンジェル明日菜ちゃん!
 って気づいたら、みんな食事終わってるし。終わってないの俺だけ!?
 しかも、そろそろお開きにしましょうかって話し合いになってるし!?
 会食は終わってしまい、ローズマリーが席を立ったその時だった!
 ガシャン!
 グラスに入っていた飲み物がモンスターと化して俺に襲い掛かった。
 服がびしょ濡れになって、しかもオモラシしちゃったみたいになってるし!
 すぐさまナプキンを手に取った明日菜ちゃんが、戦場に赴く戦士の如く立ち上がった。
「大丈夫ですか、白金さん!?」
 明日菜さんは俺の上着を丹念に拭き、下の方に手を動かそうとして硬直する。さすがに拭けない。というか、拭かれたら俺も恥ずかしい。
「ご、ごめんなさい!」
 明日菜ちゃんは顔を真っ赤にして、壁際まで下がって、後頭部をゴンと壁にぶつけてうずくまった。後ろ下がり過ぎ……。
 うめき声を亡霊のように出す明日菜ちゃんには誰も触れず、ローズマリーが俺にナプキンを手渡して頭を下げた。
「ゴメン、まさかこんなことになんて申し訳ない。新しい服を買うお金をお渡ししよう」
「乾けばだいじょぶですから、気にしないで下さい」
 俺は爆裂笑顔で応対したが、ローズマリーが一瞬、人を小ばかにするような笑みを浮かべたのを目撃した。俺は確信した。絶対コイツ、ワザと溢したなぁーっ!
 拳に力が入る。だが、笑顔だ、俺はいつでもクールビューティーでなけらばならないのだ。
 俺の闘志がメラメラと燃え上がる。ここに俺は宣言する。
 そう思った時には手が勝手に動いちゃって、俺の指先はローズマリーの鼻先に突きつけられていた。
「俺はお前をライバルだと認める!」
 ……しまった。ついボロが出てしまった。
 後悔先に立たずとは、まさにこーゆー時に言うのだと実感してしまった。

 ――つづく


ツイン’ズ総合掲示板【別窓】
■ サイトトップ > ノベル > 爆々ねこレース > 恋のライバルかよ!? ▲ページトップ