大団円かよ!?
 観光客を乗せたゴンドラが浮かぶ運河の横を走る抜けるところで、俺は観光客から手を振られ、あやめさんに肘で突付かれながら笑顔で手を振り返す。レース中にファンサービスなんてしてる場合なのか。と思いつつもレースは進み、縄抜や小麦粉の中に入ったマシュマロを探したり、紐にぶら下がっているパンを手を使わずに食べるところでは、パンを食べ終わったところで残りのパンをあやめさんが地面に全部落としたり、全てはいい思い出だった……ってまだレースは終わってない!
 レースが進むに連れて、道端に倒れている参加者が増えてきた。前を走る派閥の人たちが争っているに違いない。そのお陰で俺たちは順位を伸ばしていくことができたのだ。
 そして、気が付けば俺たちはトップに躍り出ていた。ここに行き着くまでに、どれだけの人々が犠牲になったことか……などと、しみじみお茶を飲んで語ってる雰囲気ではない。俺たちの横にはローズマリー&明日菜ペアがぴったりとくっついているのだ。
 ローズマリーの手が素早く動いた。その手にはしっかりと折りたたまれた日傘が握られている。
 ビュッと風を切る音。
 手錠をはめた俺の腕が強引に引っ張られる。
 カキーン!
 手錠の鎖が日傘を受け止め、あやめさんはそのまま日傘を奪い取って後方に投げ飛ばした。が、それだけでは済まなかった。
 俺の身体が宙を浮く。
「な、なにするんスか!?」
「ご安心を!」
 そう言ったあやめさんは俺を脇に抱きかかえたまま可憐に回転した。それは攻撃だった。俺の足がローズマリーの顔面を襲う。んなアホな!
 ローズマリーは腕で俺の蹴りをガードするが、勢いに押されて地面に明日菜ちゃんごと転倒した。俺はこんなことするつもりはなかった、不可抗力だ、マイエンジェル明日菜ちゃ〜ん!
 だが、心配も必要なかったらしく、ローズマリー&明日菜ペアは五秒もしないうちに立ち上がったと思ったら、ローズマリーが靴を飛ばしてきやがった。
 ローズマリーの飛ばした靴は放物線など描かず、一直線に俺の後頭部にヒット!
「ぐわっ!」
 俺の頭は地面に引き寄せられた。つまり、転倒。
 がしかし!
 あやめさんは俺の転倒など無視して走り続ける。
「ちょっとあやめさん、ストップ!」
「うるさい!」
 ……俺は何も言わずに引きずられることにした。
 俺たちの真後ろを走るローズマリーが残った靴を飛ばしてきた。だが、二度目はない!
 バシッと華麗に片手で靴を受け止めた俺は、ローズマリーに向かって投げつけてやった。だが、それも受け止められた。
「ボクに靴を投げつけるなんて、いい度胸だね、キミは」
「貴様から飛ばして来たんだろうが!」
「足が滑ってだけ……なんてね、フフ」
 バカにされてるのか俺は!?
 こいつムカツクぞ、なんだか知らんがムカツク。言っとくが、これは嫉妬とかじゃないぞ、明日菜ちゃんと一緒でいいななんて、これっぽちも思ってないからな。思ってないぞ。思ってないったら、思ってない!
 ローズマリーが靴を持った手を大きく振りかぶった。
「ああ、手が滑った!」
「ウソつけ!」
 投げらた靴を受け止めた俺はそのまま投げつけた。が、やはり受け止められた投げ返される。
「ば〜か」
 感情がこもってない言い方が必要以上にムカツク。このローズマリーとやらは俺の手で消してやる。
「オカマ野郎!」
「失礼なヤツだなぁ。ボクは性別を超えた存在なんだ」
 俺の投げた靴を受け止めたローズマリーが再び靴を投げようとした。けれど、それを横にいた可憐な手が止めた。
「ローズマリーさま、これ以上はしたないまねはお止めください」
 ローズマリーを止めたのは明日菜ちゃんだった。だが、靴はローズマリーの手を離れた。
 俺の近くで鈍い音がした。
 後頭部を押さえる般若が振り返った。
「ふざけんな、カマ野郎!」
 怒号するあやめさんを見て、明日菜ちゃんはかなりビクついた表情をしたが、横にいるローズマリーは涼しい顔をしている。
「ボクをカマ野郎だなんて心外だなあ。ボクがオカマじゃないことは、あやめがよく知ってるじゃないか?」
「わたくしはローズマリーさまのことなど存じ上げません」
 明らかにあやめさんの口元は引きつっていた。その顔は怒ってるんじゃない。何かに脅えていた。
 あやめさんが脅えるなんて、ローズマリーの言葉の裏に何かが隠されていたのか?
「ボクたち――」
 ローズマリーはなんか言おうとしていたみたいだけど、突然あやめさんがローズマリーに飛び掛かった。ちなみに俺も自動的に飛び掛かった。
 あやめさんに飛び掛かられたローズマリーは転倒で、自動的に明日菜ちゃんも転倒。あやめさんも転倒して、俺もついでに転倒。
 四人はダンゴムシのようにゴロゴロと、グッドなタイミングで坂になっていた道を転がった。
 俺は混乱に乗じて明日菜ちゃんを庇うために抱きしめた。いい香がするなぁ。
「うがっ!」
 あられもない声を出す俺。バチが当たった。
 住宅の壁にぶつかってどうにか動きが止まった。その代償は俺の腰。かなりの勢いで打ち付けた。だが、どうにか明日菜さんは守りぬいたぞ!
「明日菜ちゃん……じゃなくって、明日菜さん大丈夫ですか?」
「ええ、あの、その、身体を離してもらえますか?」
 真っ赤な顔を目の前にして、俺も顔を真っ赤にしてすぐに明日菜ちゃんから離れた。
「光さま、わたくしの腕までお引きにならないでください」
「ごめん、あやめさん」
 そう言いながらも俺は、さんざんさっきまで引っ張り回したのは誰だよ、と思ったが、それは口にできない。しかも、よく見るとあやめさん負傷!?
 地面に横たわるあやめさんは足首を押さえて苦しそうな顔をしていた。
「どうしたんスか、あやめさん?」
「少し足首を捻ってしまったようで」
 そう言って立ち上がろうとしたあやめさんだが、あやめさんは足元から崩れるようにして再び地面に倒れてしまった。
「わたくしとしたことが、なんたる不覚で御座いましょうか」
 あやめさんは胸元から手錠の鍵を取り出すと、俺と自分を繋いでいた手錠を外した。
「光さま、わたくしはもう先には行けません。どうか、この先はお一人で……ううっ」
「あやめさん!」
 あやめさんはぐったりと地面に倒れた。
 ……そうじゃなくって、手錠外しても意味ないじゃん。一人で行けって言われても、ペア組むのがルールなんでしょ?
 俺は倒れたあやめさんの身体を揺すった。
「あやめさん、大丈夫っスか?」
 すると、あやめさんは何事もなかったような顔で身体を起こした。
「わたくしのことは心配御座いません。早くお行きください」
「そんなこと言われても困るんですケド?」
「光さまはゴールを目指せばいいので御座います。それでは、失礼いたします」
 バタっと、再びあやめさんは地面に倒れた。ワザとやってるのか、このメイドさんは!?
 ふと、俺が横を見ると明日菜ちゃんが慌てふためいていた。
「ローズマリーさま、しっかりなさってください」
「明日菜クン、ボクは……もうダメだ……お腹が空いて動けない……なんちゃって」
「こんな時に冗談なんて言わないでください」
「お腹が空いたのはホント。でも、もう走れないよ」
「そんな……」
 明日菜ちゃんはローズマリーの手を取り、互いを見詰め合う二人。俺は断じて許さんぞ、この光景!
 まだ、先に行こうとしない俺のせいか、あやめさんが再び上半身を起こした。
「光さま、早く行け≠ニ申し上げております」
 ニッコリ笑顔のあやめさんだが、目の奥が笑ってない。逆らったら殺されそうだ。でも――。
「無理だから」
 ハッキリと言ってしまった。かなり死を覚悟した。俺って度胸あるぅ〜。
「光さま」
「何で御座いましょうか?」
 淡々した口調のあやめさんに思わず変な言葉使いで返してしまった。
 あやめさんは怒らなかった。
「勝ってください。わたくしに言えるのは、それだけで御座います。後はご自分でどうにかしてくだ……ううっ」
 また、あやめさんは倒れた。恐らく演技だ。
 ……後は俺ひとりでどうにかしろって、責任逃れか!
 横を見るとまだ明日菜ちゃんは慌てふためいていた。
「私が担いででもローズマリーさまをゴールまでお運びいたしますから、立ってください!」
「だ〜か〜ら〜、お腹が空いて力がでないよ」
 ローズマリーは地面にゴロンと寝転がって、全くヤル気なしといった感じだ。
「ローズマリーさまぁ!」
「明日菜クン、まだ気づかないのかい?」
「なにがですか?」
 突然どこからか水着のお姐さんが走ってきて、ホイッスルを強く鳴らしてローズマリーを指差した。
「失格です!」
「言われなくも知ってるよ」
 ローズマリーは気だるそうに言うと、地面に落ちていたねこ耳を拾い上げた。なるほど、ねこ耳が外れたから失格なのか。俺は平気か!?
 俺は急いでねこ耳が付いてるか確認した。よかった、付いてる。あのゴロゴロで取れなかったなんて、スーパーミラクルツイてるぞ。
 そして、スーパーミラクルついでにグッドアイデアが浮かんでしまった。
「明日菜さん、俺とペア組んでください」
「えっ!?」
 明日菜さんは口をぽかんと開けた。その横にいたローズマリーが手錠の鍵を出して、自分と明日菜ちゃんの腕を解放した。
「ボクはどうせ失格だから、こいつと行くといいよ」
 ローズマリーの言葉を聞いてあやめさんが立ち上がった。
「それはいい考えで御座います。ぜひとも鈴木明日菜さんとお行きください。審判さま、ペアを組み直すのはルールにないはずですが?」
 これを言われた水着のお姐さんは戸惑いの表情を浮かべた。
「えぇ、そのようなルールはありませんが……ですが……」
 あやめさんの目つきがキツくなる。
「問題ないのですね。ないなら結構で御座います。光さま、先を急いでください」
 あやめさんは手錠で俺と明日菜ちゃんを繋いだ。
 見詰め合う俺と明日菜ちゃん。明日菜ちゃんは驚いた顔をしながらも、少し顔を紅くして小さな声で承諾した。
「よろしくおねがいします」

 遅れを取った俺たちだが、ゴールを目指して力の限り突き進んだ。
 最初、明日菜ちゃんはパニック状態だったけど、いつの間にか突っ走る俺に息を合わせて走ってくれていた。
 横を走る明日菜ちゃんの息遣いが、俺の鼓動を高鳴らせる。
 明日菜ちゃんの汗が夏の陽を浴びて、キラキラと輝く。爽やかだ、オッサンの汗とは成分が絶対に違う。
 いつしか俺と明日菜ちゃんは阿吽の呼吸で走り、次々とライバルたちを抜かしていき、ついにトップに踊り出た。阿吽の呼吸っていうのは俺の勝手な思い込みだけど。
 真剣に走る明日菜ちゃんの横顔って素敵だなぁ。なにかを真剣に取り組む女性って素敵だと思う。
 ダメだ、カワイイすぎて、俺のトキメキメーターがリミットを越えようとしている。
 明日菜ちゃんがふと俺に顔を向ける。
「どうかしましたか?」
「明日菜さんってカワイイですね」
「えっ、あっ……」
「明日菜ちゃん愛してる!」
「えっ……」
 言ってしまった。俺はついに禁断の愛の呪文を唱えてしまった。
 俺の呪文はすぐに効果を現した。
 石化呪文炸裂!
 明日菜ちゃん硬直みたいな。
 動きを止めた明日菜ちゃんに合わせて俺の動きも自動的の止められた。けど、勢いがついたせいで俺がぶっ飛ぶ。すると、オプションとして今なら明日菜ちゃんもぶっ飛ぶ。
 俺と明日菜ちゃんはもつれ合いながら地面を転がり、俺は全神経を集中して明日菜ちゃんを守りきった。と思った。
 明日菜ちゃんの膝からブラッドが、紅い血が流れ出てるじゃありませんか!?
 俺のせいだ。俺が怪我をさせたも同然。ジェントルマン俺としての名に恥じる行為をしてしまった。俺ってサイテーだ。
「明日菜ちゃん、大丈夫? 本当にごめん……俺のせいで……」
「大丈夫です、先を急ぎましょう」
「本当にだいじょぶ?」
「はい、だいじょう……うっ」
 立ち上がろうとした明日菜さんが顔を苦痛に歪めた。
「ダメじゃんやっぱり」
「いえ、大丈夫です」
 そう言いながらも明日菜さんは俺の肩にもたれていた。
 トップを走っていた俺たちだったが、いつの間にやら後方から傷ついた戦士たち、じゃなくって出場者が走って、じゃなくって歩いてきている。ちなみに俺は無傷だが、その理由はメイドさんのお陰だったりする。
 ヤバイ、このままじゃ負ける。
 思い立ったら即実行。俺は明日菜ちゃんの身体をお姫様抱っこで持ち上げた。
「なにするんですか!?」
「これでゴールまでひとっ走りしかないかなぁ、と思って」
 俺は明日菜を担いで体力の続く限り全力で走った。火事場の何とか力の発揮。
 ゴールはすぐそこだった。このままゴールに向かってレッツゴーだ。
 サン・ハルカ広場に集まる人々から歓声が上がる。
 そして、俺は明日菜ちゃんと急遽ペアを組んで一位でゴールを果たした。燃え尽きたぜ。
 明日菜ちゃんを地面に下ろして俺は力尽きた。もう、走れない。というか、一生走りたくない。
 天から神々しい光が地面に降り注ぐ。俺を向かいに来たのか……でも、猫だ。天使の羽を生やした猫が天から降りてくる。
 猫は俺の近くに降りた。それを見て明日菜ちゃんが恭しく頭を下げた。
 ああ、なるほど、だから『爆々ねこレース』なのか。つまり、ハルカ教の神は猫だったのか。
 猫が人語をしゃべった。まあ、神ってくらいだから驚くことじゃない。
「こんにちは、わたしの名前はハルカです。えっと、カミサマやってます」
 俺は唖然とした。カミサマっぽくねえ!
「マジでカミサマっスか?」
「はい、いちようカミサマやってます。えっと、優勝したのってお二人ですよね。願い事聞きますけど、どうしますか?」
「ちょっとお待ちください!」
 水着のお姐さんが話に割り込んで来た。
「このお二人はペアを組み直しています。それはルール違反には当たらないのでしょうか?」
 さっきの水着のお姐さんはあやめさんがうまく丸め込んだが、今度のお姐さんはどうにもならなかった。
 考え込むカミサマ。
「う〜ん、わたしはルールに関しては一切関知してないんですよねぇ。でも審判さんがそういうんなら、ルール違反なのかなぁ。じゃ、そういうことでわたしは帰ります」
 カミサマは何もせずに天に帰ってしまった。何しに来たんだよ!
 俺は結局願いを叶えてもらえなかった。無念だ。
「……無念だ。せっかく、明日菜ちゃんとの愛をカミサマに取り持ってもらおうとしたのになぁ」
「……白金さん?」
「なに明日菜さん? ああ、手錠外さないと」
 俺が手錠を外そうとすると、明日菜さんが俺の手にそっと繊手を乗せた。
「外さなくてもいいです。もうすぐ花火が打ち上げられるんですけど、このまま見に行きませんか?」
「はい?」
「行きましょう」
 理解できなかった。明日菜ちゃんの行動が掴めない。
 辺りは夕暮れに染まり、俺は明日菜ちゃんに引きずられるままにゴンドラに乗った。
「明日菜ちゃん、何でゴンドラなんかに?」
「ここから見る花火が一番綺麗なんですよ」
「だから?」
「さきほどの言葉、もう一度言ってもらえますか?」
 さきほどの言葉って何だっけ?
「さっきの言葉ってなんスか?」
「ゴール前にわたしを抱きかかえる前に言った言葉です」
「……あっ」
 わかったけど、あの時は勢いで言っちゃったし。こうやって改めて言うのはハズい。
 俺のことを見つめる明日菜ちゃん。そんな目で見ないでくれ、沸騰しそうだ。
 黙り込んでしまった俺のことを横にいた誰かが肘で突付く。
「光さま、早くお言葉を申し上げてください」
「げげっ、あやめさん!?」
 私服に帽子を深く被ってたから気づかなかった。
 うわっ、しかも、あやめさんの横にはローズマリーまでいるし!
 あやめさんは胸元から手錠の鍵を取り出した。
「光さまが明日菜さま≠ノ気持ちを伝えないと、手錠の鍵を外しませんよ」
「それは困るけど、あやめさんとかがいる前で……」
「わたくしたちは証人でございますから」
「ボクらが証人になるって言ってるんだから、早く明日菜クンに告白しちゃいなさい

 意味わかんねえ。この展開、意味わかんねえ。
 明日菜ちゃんは俺のことをまだ見つめている。
 高まる俺の鼓動。
 言わなきゃいけないのか。言うべきなのか。これって言わされてるのか!?
「あの……明日菜ちゃん……」
「はい」
「俺は明日菜ちゃんのことを世界で一番愛してる!」
 ――長い間があった。そして、明日菜ちゃんが小さく頷いた。
「……わたしも白金さんのことが好きです」
「マジですかマジですかマジですかマジですか!?」
 明日菜ちゃんは小さく頷いた。
 ローズマリーと固い握手を交わしたあやめさんが俺に最高の笑みをくれた。
「おめでとう御座います光さま。そして、改めましてご紹介いたします。こちらにいらっしゃるのが、紅薔薇派代表の鈴木明日菜さまでございます」
「はぁ!?」
 じゃあ、ローズマリーは何者だよ!?
「ボクも改めて自己紹介するよ、ボクはハルカ教の教皇ローズマリー十六世。まあ、これで紅白が統合してくれて、ハルカ教も安泰だね」
「はぁ!?」
 俺は意味がわからなかった。
 どこからか花火の打ち上がる音が聞こえた。
 日が落ちた空に火華が咲き乱れる。
 呆然としている俺の顔に明日菜ちゃんの顔が近づいてきて……。
 ゴンドラの上から見る水面を彩る花火の影はとても美しかった。

 おしまい


ツイン’ズ総合掲示板【別窓】
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