第3章〜果てない〜
新たな旅と同行者
 ラピュータは堕ちることなかった。
 ――左右色の違う瞳を持った少女がこのラピュータに現れる時、災いが起き、ラピュータが地に堕ちる……。迷信は外れたのか?
 左右色の違う瞳を持つ二人が消えたからかもしれない。
 セイはしばらくの間、セイレーンの友人であるウィンディの家で世話になっていた。しかし、そのウィンディはある日突然、書き置きとセイを残して旅立ってしまったのだ。
 ――外の世界が見たくなった。
 書き置きにはそう書かれていた。なんだかウィンディらしいかもとセイは思った。
 ウィンディがいなくなった後もセイはウィンディの家に留まった。その間、度々隣に住むクラウディアが訪ねて来た。そして、彼女はこんなことを語ったりした。
 ――蒼風石なんてなければいいって考えたこともあったわ。でもね、本当になくなったら最低ね。蒼風石のロックを解除したのはわたしだし、だからついて行ったんだけど、とんだ目に遭ったわね、刺されるなんて。
 と笑っていた。それにつられてセイも笑った。
 そう言えば、ナディールもちょくちょくお忍びでセイのもとにやって来ていた。本当はセイのところにやって来るのが目的ではなく、姉のクラウディアを訪ねたついでにセイのもとも訪れるといった感じだった。
 ナディールはセイのもとにやって来るといつも同じ話をした。
 ――わたくしはお姉さまに皇女の地位について欲しいのです。お父様もお母様も、お姉さまを皇女として正式に迎えることを約束してくださったのに……、お姉さまは承諾してくれないのですよ。わたしは皇女なんて柄じゃないわって言うのです。セイさんからもお姉さまになんとか言ってください。
 ナディールは皇女になることよりも、今までどおりの生活を選んだ。小さい頃から羽が黒いことによって迫害を受け、今でも周りの目は冷たいのに。セイは自分だったら喜んで皇女になるけどなと思った。
 そんな日々が流れ去っていった。平穏な毎日が――。
 そして、ある日セイは旅立つことを決意した。どこに向かうでもない。ただ旅をしたかっただけ。
 地上まではクラウディアに送ってもらった。その時に王宮を抜け出して来たナディールも見送りに来てくれて、旅に必要な金品をセイに渡してくれた。
 セイは二人にお礼を言って旅立った。いつかまた逢うことを約束して――。
 旅の途中でセイは多くの人と出会い、立ち寄った町で日雇いのバイトをして、時には旅の同伴を得て楽しく旅を続けた。
 日々は流れ去り、ある日の夕暮れ時に、セイは砂漠の真ん中にある小さな集落に辿り着いた。
 乾いた砂が地面を覆いつくし、土を固めて作られたと思われる四角い家が立ち並ぶ。この集落はもともとオアシスのあった場所に造られた集落で、集落の一角には緑に囲まれた湖があった。ここは砂漠の中にある、潤いに恵まれた集落だった。
 この集落には宿がなかった。小さい集落なのでしかたない。けれども、よくあることなのでセイは慌てずに今晩泊めてもらえる家を捜し歩いた。
 何件かの家を回り、セイは一人暮らしのお婆さんの家に泊めてもらえることになった。その家にはセイ以外にもうひとり旅人が泊まっているらしい。
 お婆さんが語るには綺麗で色っぽい女性だとのことだが、ちょうど今はどこかに出かけてセイは顔を合わせることはできなかった。
 セイは砂漠を歩く途中に砂煙にまかれ、全身が砂だらけになっていたために、お婆さんにお風呂はありますかと尋ねると、外の湖で流しておいでと言われた。
 身体を拭く大き目の布を借りたセイは湖に向かうことにした。
 すでに空には星が煌き、三日月が静かに輝いている。
 夜の砂漠は寒かった。昼間との温度差のせいでよけいに寒く感じる。
 セイが湖に着くと、そこでは先客が水浴びをしていた。
 月明かりに照らされる美しき身体の曲線美。セイは思わず目を伏せた。水浴びをしていたが女性だったのだ。
 セイは早々に立ち去ろうとすると、その背中に声をかけられてしまった。
「ちょっとあんた!」
「はい、なんでしょうか?」
 セイは振り向かずに返事をした。すると、セイの耳に女性が近づいて来る足音が届いた。
「あんた、あの時の子だよね?」
「え、あの……」
「もう着替えたからこっち向いて平気だよ」
 振り向いたその先には露出度の高い衣装を身に纏ったベリーダンサー風の女性が立っていた。その姿に見覚えのあったセイは声をあげた。
「アズィーザさん!」
「ええと、坊やの名前は……?」
「セイです」
 セイが花人の都ハナンで出会ったダンサーの女性。その正体は世間を賑わす怪盗ジャックだった。それがアズィーザである。
「坊やとこんなところで出会うなんてね。運がよかったわ」
「運がよかった?」
「そうさ、あたしの正体を知る者を生かしてはおけないからね」
 不気味に笑うアズィーザを見たセイは脅えて後退りをした。
「僕を殺すってことですか?」
「冗談よ、冗談」
「よかった……」
「盗みはしても人殺しはしない。まあ、あんたが治安官に知らせに行ったらそん時はそん時で、さっさととんずらするだけさ」
「僕は治安官になんか知らせに行きません。怪盗ジャックは民衆の味方らしいですし、アズィーザさんはそんなに悪い人じゃないですから」
「そいつはどーも」
 アズィーザはニッコリと笑った。
「ところで坊やはこんな辺境の地でなにしてるんだい?」
「気の向くままに旅をしてるんです」
「あたしも似たようなもんだね。怪盗家業は休業中で放浪の旅をしてるんだよ」
「そうなんですか」
 セイの手は先程から首から提げたバッグの中を出たり入ったりしていた。セイはアズィーザに渡さなければならない物があった。しかし、タイミングがなかなか掴めずに話を切り出せない。
「あんたさっきからなにやってるんだい、鞄に手を入れたり出したり?」
「あのこれ!」
 セイは勢いよくバッグの中から二つの紅い宝石を取り出し、アズィーザの胸の前に差し出した。
「なんだいこれは?」
「弟さんの形見です」
「セシルの……」
「〈薔薇の宝玉〉という魔導具だそうです」
 静かに手を伸ばし〈薔薇の宝玉〉を受け取ったアズィーザは、瞳に涙を浮かべながらも決して流さず、口元を微かに綻ばせて笑った。
「やっぱり死んでたんだね。町の奴らは行方不明だとか噂してたけど、あたしにはわかってたよ」
「僕の目の前で亡くなりました。いいえ、僕が殺したんです……僕が……」
 セイの瞳から涙が頬を伝って止め処なく零れ落ちていた。
 セシルはセイの目の前で自分の瞳に嵌(は)め込まれていた〈薔薇の宝玉〉を抉り取り、そのまま力尽きて地面に倒れ、町や人を元通りに戻した後に〈ドゥローの禁書〉とともにこの世から去った。しかし、セイは自分が使った魔法のせいでセシルが死んだのだと悔やんでいる。――自分は人を殺してしまったのだと。
 泣き止まぬセイの身体をアズィーザはそっと抱きしめた。
「誰もあんたを責めたりしないから、泣くのはおよしよ」
 アズィーザはそっとセイの頭を撫でた。そして、誰にも見られずに一粒の涙で砂漠の乾いた砂を濡らした。
 そして、アズィーザはセイの身体をそっと離した。
「あたしさ、実は怪盗やめてトレージャーハンターやろうと思ってるんだけど、坊やもあたしと一緒にお宝探し行かないかい?」
 アズィーザの表情も口調も今さっきとはガラッと変わって明るいものになっていた。
「お宝ですか?」
「そう、お宝。あたしの仲間になるっていうなら、取って置きの情報教えてやるけど、どうだい?」
「別に分けまいとかはいらないんですけど、その宝の話には興味があります」
「じゃあ仲間になるってことだね?」
「え、まあ、はい」
 アズィーザは自分の胸の間に隠していた一枚の地図を取り出した。
「これはこの辺りを記した地図さ。で、ここんとこにある×印に昔都市があったんだ」
「都市ですか?」
「〈黄金の都市〉ってのがあったらしいんだよ。今は砂の底に埋まっちまってるみたいだけどね。〈アウロの庭〉の黄金塔に大魔導師が住んでたって聞いたことないかい?」
 〈アウロの庭〉という言葉にセイは聞き覚えがあった。そして、はっとした顔をしたセイが声を荒げる。
「〈砂漠の魔女〉と呼ばれていた大魔導師ファティマの住んでいた都市ですか!?」
「その都市だよ」
「絶対行きます、絶対アズィーザさんについて行きます!」
「なんだい急に、さっきまでそんなに乗り気でもなかったのに……?」
「僕はそこに行かなきゃいけなんです」
 セイはバッグの中から焼け焦げた魔導書を取り出してアズィーザに見せた。
「その魔導書がどうかしたかい?」
「僕と一緒にいた猫人の少女を覚えてますか?」
「ああ、あの子はどうしたんだい? まだ一緒に旅してるのかい?」
「あの子はこの魔導書に宿る精霊ファティマ。大魔導師ファティマの記した〈ファティマの書〉に宿っていた精霊です」
 魔法についても精通しているアズィーザはすぐに悟った。
「それだけ魔導書が焼け焦げたら、あの子はもういないんだね……」
「はい……」
 セイは力なく頷いた。しかし、セイは希望が見えていた。〈黄金の都市〉に行けば、なにかが自分を待っているような気がしていた。


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