サイバー・ファントム(1)ファントム・ローズ

《1》

 ――世界は生まれては消えていく。
 私の頭上には虚無の空が無限に広がり、足元に大地はない。
 個々の世界を繋ぐワールドネットワークの〈ハザマ〉に私たちはいる。
 互いに白い仮面を被り、私たちは顔を持たない。
「このままでは世界の中心〈真世界〉が……いや、世界のシステムそのもの崩壊するだろうね」
 ファントム・メアは静かにそう言った。これに対して私は闇に声を響かせる。
「個は全体であり、全体は個だ。この責任は全てのモノたちが取らねばならない」
「ボクの望みは全てのモノが夢幻の中で夢うつつに暮らすことだよ」
「幸せは人それぞれだ。しかし、私は偽物を決して幸せだとは認めない」
「けど、何が真実なのだろうね。こんな例え話があるよ。悪魔なんていないと言った人に対して、ある人はこう言ったそうだ、『君は自分自身の存在を証明することができるか』と。それを言われた本人にしてみれば、理解しがたいことだよ、自分はここにいるのだから。自分自身がここにいると思っている、でもそれだけでは自分自身の証明ではないんだ」
 この例え話を聞いて、私は宙を仰ぎながら思考を巡らせた。
「かつて中世時代に魔女狩りが行われた。魔女として告発された者は己が魔女でないことを証明しなくてはいけない。これは一見簡単なように思えて、実は不可能に近い。いくら泣き叫んで無罪を訴えても無駄だ、それは証明にはならない」
「証明なんてできないのさ。自分自身の証明は自分自身だけではできない、そこには他の〝想い〟が必要なんだよ」
「そうだ、それがこの世界の成り立ち。そして、私たちは世界から〝弾かれたモノ〟。自分自身だけでは己の証明ができなくなってしまったモノだ」
「だから、ファントムなのさ。世界は全ての者に平等に与えられている。個人の持つ世界が己を証明してくれる。しかし、自己の世界から弾かれてしまっては、他に自己を証明してもらわなければ、消えてしまう。自分自身がここにいると感じるだけでは、想いが弱すぎる」
 ワールドネットワークから遮断され、世界剥離してしまった私たち。多くの人々の記憶は改ざんされ、私たちは存在しないことになっている。
 だから私たちは……。
「すでに私たちは顔を持たない」
「見る人によってボクらの顔は違って見えるのさ」
「私には君の顔が――」
 私は少し間を空けて言葉を続けた。
「春日リョウに見える」
 そして、ファントム・メアも言葉を続けた。
「ファントム・ローズ。ボクにはキミが鳴海マナに見える」
 互いの仮面は、ただ白く無機質のまま。他人から見ればそう見える。
 しかし、私は春日リョウを知っている。
 ファントム・メアになる前の彼を私は知っているのだ。
「私は君に春日リョウに戻って欲しい」
「ボクを滅ぼせないという理由だけで、君は見す見す死ぬ気なのかい? 君にはやらなくてはいけないことがあるハズだよ」
 彼は私を滅ぼそうとしている。私がいる限り、彼の悲願は叶わない。
 しかし、私が死ねば彼は確実に多くの世界を滅ぼすだろう。
 やはり……ここで決着を着けなくてはならないのか。
 先に攻撃を仕掛けたのはファントム・メアだ。
 そして私も薔薇の鞭を振るうのだった。
 戦いの行方は私にはわからない――。


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