サイバー・ファントム(4)ザキマ

《1》

 どっかの誰かがアジトに侵入しやがった。さっきからサイレンがうるせえ。
「ったく、そのガキを奪い返しに来たのかよ……。どうしてそんなガキなんて攫ったんだ?」
 オレ様は大狼にガンを飛ばしてやった。ったく、いつものことだけどよ、ぜんぜん動じねぇーでやんの。サイバースコープのせいで表情も読み取れねえ。
「教える必要はない」
 ハッキリ言いやがった。ホントあったまくるぜ。
 オレ様は舌打ちをして床に唾を吐き捨てた。
 上目遣いでオレ様は大狼の背中を見た。奴は自分の椅子に座ろうとしてるとこだ。腹いせにオレ様は殴りかかってやった。
「ふざけんなよ!」
 背後を向けてても、奴のディフェンスは完璧だった。ファイアウォールに阻まれて、オレ様の拳は奴に届くことはなかった。
 ファイアウォールに弾かれてオレ様は床に尻をついた。ったく、やってらんねえ。
 大狼は振り返ってオレ様を見下した。
「お前は頭の悪い人間ではないはずだ。だが、すぐに頭に血を昇らすためにバカに見える」
「ケッ、オレ様を怒らせたのはどこのどいつだよ?」
「私だとでも言いたいのか?」
「そうだ、他に誰がいる!」
「そんなに彼女のことを知りたいのか?」
 そう言って大狼はガキに顔を向けた。奴が自ら攫ってきたガキだ。カワイイ顔した少女だけど、もしかして大狼の奴ロリコンだったのかよ?
 オレ様はガキを舐めるように見た。
「このガキに何ができるんだよ?」
「ガキ、ガキってうるさいんじゃボケッ!」
 ガキが言い返してきやがった。顔に似合わず口が悪いなこのガキは。
 オレ様はガキをぶん殴ろうと拳を上げたが、その拳を大狼が抑えやがった。
「やめておけ、少女を殴る気か?」
「この世界で大事なのは見た目じゃねえ、中身だ」
「では、彼女がもし本当に少女であれば殴らないか? 彼女の正体は何だと思う?」
 そんなの簡単だ。ハッキングすりゃすぐにわかる。
 オレ様はポケットからステッカーを取り出し、ガキのおでこに叩き貼ってやった。このステッカーはオレ様の特別製のプログラムだ。これを対象物に貼り付ければ、ハッキングは簡単になるって代物だ。簡単に言えば相手の中に侵入する入り口を作るってとこだな。
「ウチに何する気?」
 ガキは喚いて、両脇にいる戦闘員を振り切って逃げようとする。だが、ガキの首にはプログラムを制御する首輪がついてる。これをつけられたら誰だって本来の力が出せねぇ、オレ様だってムリだ。
 オレ様がジャケットの胸ポケットからサングラスを出して掛けた。サングラスのレンズにパソコンの画面が映し出される。これの制御は手に嵌めたグローブで行なう。
 そこにキーボードがあるように、空気の上でブラインドタッチする。知らない奴が見たらピアノでも弾いてるみたいな格好だ。
 オレ様はさっそくガキの中に侵入しようとした。
「……そんなバカな」
 思わず口に出しちまった。
 大狼の口元がオレ様を嘲るように笑いやがった。
「どうした? 彼女の正体はわかったか?」
「……っ、もう少し待ってろ!」
「待つのは構わんが、ハッキングできる見込みはあるのか?」
「…………」
 ねぇーな。このガキはここに存在してない。目で見えるのに、プログラム上はそこに存在してない。ないモノのハッキングなんてできねえ。
 オレ様はサングラスを胸ポケットにしまった。これ以上やってもムダだ。
 大狼の野郎はいつの間にかリクライニングチェアに座って寛いでやがる。
「彼女はこの世界の住人ではない。事例は少ないが、たまにそういう者がこの世界に紛れ込むのをお前も知っているだろう?」
「ああ、ハッキングできねえ奴がいるのは確かだ。けどよ、この世界の住人じゃねえってのは、まだ信じてねえぞオレ様は」
 たまに大狼はたわ言を抜かしやがる。この世界は現実じゃねえなんて言うんだ。オレ様はここに存在してるし、自分の意思で動いてる。どこが現実じゃねえって言うんだよ?
 オレ様はガキの顎を掴んで顔を真正面に向けた。
「オイ、てめぇ本当にこの世界の奴じゃねえのか?」
「バカに説明したくない」
「バカとはなんだてめぇッ!」
「バーカ!」
 ガキが蹴り上げた爪先がオレ様の股間に当たった。
「うっ……」
 すぐに反撃してやりたかったけどよ、痛みでそれどころじゃねえ。
「てめぇぶっ殺してやる!」
 クソッ、声を絞り出すので精一杯だぜ。
 痛がるオレ様を見ながらガキは舌を出してあっかんべーしやがった。あとで絶対殺してやる。
 オレ様の痛みが引いてきたとこで、大狼が呟いた。
「そろそろ来るな」
 アジトに侵入した美男子が、ここまで着やがったようだな。
 壁に取り付けられた65V型の液晶に美男子の姿を映し出されてる。なかなかハデに暴れてやがるぜ。
 おっ、ついにこの部屋の前まで着やがった。
 部屋の扉をハデに開けて美男子が飛び込んできた。
 オレ様は液晶ディスプレイから、本物の美男子に顔を向けた。
「ケーケケケッ、よく来たな美男子さんよ」
 楽しくなりそうだぜ。
 大狼が戦闘員に命じる。
「ナイを隔離フォルダに入れて置け」
「キーッ!」
 戦闘員から逃げようとガキが暴れる。
「ウチのこと放せってば! このエッチ痴漢変態!」
 ガキがいなくなったとこで、大狼が美男子に顔を向けた。
「色々と取り込んでいる最中だったので失礼した。さて、君の用件を聞こうじゃないか?」
「なぜお前はこの世界を破壊しようとしている?」
 大狼が口を開く前にオレ様が言ってやった。
「そんなの楽しいからに決まってんだろバーカ!」
「お前になど聞いていない、オレは大狼君と話しているんだ」
「ケッ、大狼君、大狼君ってオレ様のことはほったらかしかよ気に食わねえ」
 これでもオレ様はナンバー2だぜ。いつか必ずオレ様がナンバー1になってやる。
 壁に寄りかかって見物でもさせてもらうか。
 おっ、大狼が立ち上がったぞ。いつにヤル気か?
「最初は、破壊そして、創造を楽しんでいるだけだった。しかし、私はいつしかこの世界の真理を追究していたのだよ。などと言っても君には理解できないだろうがな。君はなぜ私に会いに来た、ただ私を倒すためか?」
「それもある。だが、オレがこの世界に来たのは情報が欲しかったからだ。この世界にある膨大な情報にアクセスできるお前の力が必要だった」
「引っかかる言い方をしたな。貴様、この世界の人間ではないな?」
 あの美男子もかよ。たまにしかいねえハズなんだけどよ、こうも簡単に現れると、ホントは結構いるんじゃねえかと思うな。
 おっ、来た来た。やっと来たぜ。
 戦闘員どもが部屋に流れ込んできた。
「袋のネズミだな、ケケケッ」
 どうする美男子さんよ?
 大狼が戦闘員どもに合図を送った。
「デリートするな。その男には聞きたいことがある、生け捕りにしろ!」
「キーッ!」
 やっとはじまったぜ。だがよ、戦闘員どもにこんな楽しいこと持っていかせねえぜ。
「待ちな!」
 オレ様は大きな声で戦闘員どもを止めた。
「オレ様にやらせてくれよ」
 顔を向けると大狼は頷きもせず言った。
「好きにしろ」
 それだけ言ったら、すぐにリクライニングチェアに座ってパソコンをはじめた。
 さてと、楽しませてもらうか。
「可愛がってやるぜ美男子さんよぉ」
「刀の錆にしてやる」
「ケケッ、やれるもんならやってみな!」
 刀の錆か……ならこっちはアイアンクローで返り討ちにしてやるぜ。
「十文字斬り!」
 なかなかのスピードで二刀流がオレ様に襲い掛かってきた。だが、まだまだだな。
 ギンギンに金属音を鳴らしながら、二発同時にクローのツメ受けた。
 クソッ、コイツ刀に力入れてやがる。こっちが刀を受け止めたハズが、こっちの動きも止められてるぜ。
 ガチガチ刀とクローが歯軋りをする。
 別の手で行くしかねえな。実際、出すのは足だけどよ。
 オレ様は足の裏で美男子の腹を抉った。
「クッ!」
 歯を食いしばった顔もいい顔してるぜ。
 こいつがよろめいた隙にオレ様は〝隠しフォルダ〟からエレキギターを出した。戦闘仕様の特注だ。
 立ち上がろうとした美男子の顔を、エレキの側面でぶん殴ってやった。
 ケケッ、痛そうな顔して転げまわってやがる。
 続けてこいつの背中にクローを振り下ろしてやった。
 背中が抉れ血が吹き出した。
 ここで止めを刺してやる。
「骨のねぇ奴だ。もう飽きたぜ!」
 膝を付いて立ち上がろうとする美男子の前に立って、オレ様はエレキを掻き鳴らした。
 ソウルのこもったガンガンの演奏を聴きな。
 エレキから発せられた電磁パルスが美男子の自由を奪う。
 安心しな、最低出力だ。ちょっと身体が動かなくなるくらいだ。
 ここまで攻め込んできたわりには呆気なかったな。
 戦いが終わったとこで大狼が口を開く。
「留めは刺すな。口が聞けるようになるまで隔離フォルダに入れて置け」
「キーッ!」
 戦闘員どもが美男子を連れて行く。
 この部屋に残ったのはオレ様と大狼だけだ。
「これからどうする大狼?」
「被害状況を確認。ナイから情報を聞き出す。あのサムライが口を聞けるようになったら情報を聞き出す」
「情報はオレ様が聞き出す」
「私がやる」
「情報を独り占めする気かよ?」
 この世界は情報が全てだ。情報を制するものがこの世界を制するって言っても過言じゃない。
「情報を独り占めしたいのは貴様だろう」
「……ケッ」
 大狼が動く前にどうにかしてやるぜ。
 いつまでもナンバー2に甘んじてるオレ様じゃねえ。
 オレ様は大狼に背を向けて部屋をあとにした。

《2》


 大狼の野郎より先にガキから情報を聞き出してやる。まずは大狼に気付かれねえように、監視カメラに細工をしなきゃいけねぇーな。
 このアジトのシステムは全て大狼が握ってやがる。ちょっとでもしくじればすくにアウトだ。これまで何度かシステムにアクセスしてやろうとしたが、危なくなって大狼にバレる前にやめた。
 今日こそ絶対防犯システムをクラックさせてやるぜ。
 さっそくオレ様がシステムにアクセス開始しようとしたときだった。サイレンがガンガンに響いた。今度は誰が来やがった?
 共有システムにアクセスすると、廊下で爆発があったらしい。だが、防犯カメラに人影は映ってない。オレ様でもムリだった防犯システムの改ざんをしたのか?
 そんなバカな、オレ様にできないことを誰ができる?
 できるとしたらシステムを握ってる大狼くらいだ。けどよ、大狼がそんなことをして何の意味がある?
 オレ様を欺くためか?
 ヘッドフォンに大狼からのボイスチャットが入った。
《侵入者だ》
「防犯カメラには映ってないぜ?」
《X-(存在+事象)=原因だ》
「なるほどな」
《それに防犯システムには引っかからないが、戦闘員たちの視覚なら捉えられるらしい》
 作戦変更だ。この混乱に乗じない手はないな。
「オレ様もその侵入者とやらを探すぜ」
《好きにしろ》
 一方的にボイスチャットを切りやがった。
 はじめっから侵入者探しなんてする気なんてねえ。オレ様の目的はあのガキだ。
 爆発音が聴こえた。侵入者はなかなかハデにやってくれてるらしいな。
 もうコソコソやる必要はないな。オレ様は決めたぜ、大狼とおさらばするときが来たみてえだな。
 オレ様は自室を飛び出して隔離部屋に向かって走った。
 戦闘員どもは大慌てだな。おっ、また爆発音が聴こえたぜ。
 防犯カメラに映ってることも気にしないで、オレ様は隔離部屋のドアを蹴破った。
 ロッカーの形に似たフォルダが並んでやがる。ここに美男子とガキが入れられてるハズだ。
 開いてやがる。美男子が入ってるハズのフォルダが開いてやがるぜ。謎の侵入者が逃がしたに違いねえが、ここまで開けやがるとはな……。
 侵入者がどんな奴か興味が湧いてきたぜ。
「そこに誰かいるんでしょ、ここ開けろバーカ!」
 あのガキの声だ。美男子は逃げたってのに、こいつは置いていかれたらしいな。
 オレ様はガキの入ってるフォルダを蹴っ飛ばした。
「オイ、オレ様がここから出してやろうか?」
「早くだしてよ!」
「おう、今出してやるよ。けどよ、自由にはしないぜ」
「ハァ?」
「オレ様と一緒に来てもらうってことだよ」
 フォルダのカギはあらかじめ登録した人間しか開けられない。それはここをオレ様が開けた途端、大狼に裏切りがバレってことだ。
 そんなこと気にしちゃいねえ。オレ様はファルダを勢いよく開けた。
 その瞬間、ガキがオレ様に飛び掛って来やがった。
「クソ、何しやがる!」
「よくもウチをこんなところに閉じ込めて、とにかくシネ!」
「クソガキがっ!」
 オレ様の首を絞めるガキを振り飛ばして、すぐにポケットからある物を取り出した。小さなボタンのついたスイッチだ。
 嫌たらしい顔でオレ様は勝ち誇った。そしてボタンを押した。
「イヤーッ!」
 ガキが悲痛な叫びをあげて地面に両手をついた。身体は振るえ、今にも口から泡を吐いて死にそうだぜ、ケケッ。
 これは拷問具のスイッチだ。ガキが首につけてる装置は力を抑制するほかに、このスイッチで電磁パルスを発生させてガキの身体に電流を流す。今は手加減してやったが、やろうと思えばすぐにでも殺せる。
 オレ様がスイッチから手を離すと、ガキは震える身体を押さえてオレ様を睨みやがった。
「シネ、このモヒカン野郎!」
「まだ威勢たっぷりだな。まだまだ電流が物足りないか?」
「……バカ、シネ、この変態サディスト!」
 オレ様は鼻で嘲笑ってまたスイッチを入れた。
 すぐにガキは床でのたうち回って悶絶する。苦しそうないい顔してるぜ、ケケッ。
 スイッチを切ると、床にうつ伏せになって息を切らせてやがる。
「大人しくオレ様の言うことを聞くんだな」
「変態ロリコンの言うことなんか聞くもんか!」
「強情なガキだ」
「ガキはお前のほうだ。ウチのこと甚振って、そんなに楽しいの?」
「うっせいガキ!」
 すぐにまたスイッチを入れた。今度は少し出力を上げた。
 床をバウンドして振るえてやがる。
 あんまりやりすぎるとメモリーに障害が出るからな、このくらいにしといてやるか。
 これだけやったのにまだ意識があるなんてな。それにこの姿が偽りだったら、とっくにそれが剥がれてるはずだ。この姿が何も偽ってないこいつの本当の姿ってことか?
 オレ様はガキの腕を掴んで無理やり立たせた。まったく力が入んねえみたいで、オレ様が手を離したらすぐに倒れそうだ。
「オレ様はここから逃がしてやるって言っんだ。大人しくしたらどうだ?」
「ここから逃げても捕まったままじゃ意味ないじゃん。ウチにとっては何も変わらない」
「オレ様には意味があることだぜ、いいから来やがれ」
 こいつを連れ出せば大狼に一泡噴かせられる。ついでにこいつの持ってる情報とやらも手に入れてやる。
 力の入らないガキを引っ張るのは簡単だった。抵抗されでもしたら、このアジトから出る前にメンドクサイことになるからな。
 まずはこのアジトから逃げ出して落ち着けるとこに行こう。
 オレ様は緊急用の脱出通路に急いだ。
 秘密の扉を開けると、そこには逃亡用の乗り物が置いてある。
 バイクに車に、早い話が駐車場だな。
 オレ様がどれで逃げるか選んでいると、柱の影から誰かが出てきやがった。
「どこに行くつもりだザキマ?」
 大狼の野郎だった。オレ様の計画に勘付いて先回りしてやがったのか。
「オイオイ、こんなところ油を売ってていいのかよ。謎の侵入者はどうなった?」
「アジトは他にもある、ここを壊滅されても私は一向に構わんよ。それよりも、私にはナイが重要なのだ」
「このガキがそんなに大事かよ?」
「大事だ。それ以上のことを裏切り者の貴様に教えてやる道理はない」
「教えてくれなくてもいいぜ。あとでガキに吐かせるまでだ」
 オレ様はガキを床に寝かせた。弱って逃げる気配もないが釘を刺しておくか。
「逃げてもムダだぜ、このスイッチの電波はどこにでも届く。そこで大人しく休んでな」
 細かく言うとケータイの電波が届くくらいの場所だけどよ、そんなこと教えてやる必用はねえ。
 大狼は指を鳴らして戦いの準備をしてやがる。オレ様もサングラスを掛けて、隠しフォルダから出したアイアンクローを両手に嵌めた。
「今日は負ける気がしねえ。どっからでも掛って来いよ、大狼!」
「貴様は私に指一本触れることも適わんよ」
「言ってくれるじゃねえか!」
 てめぇの時代はここで終わるんだよ!
 このクローで引き裂いてやるぜ。
 大狼がプログラムを使う。
「ファイアウォール!」
 今日こそのこの壁を乗り越えてやる。
 オレ様はファイアウォールにステッカーを貼り付けて飛び退いた。
 すぐにステッカーは爆発した。
 煙の中で大狼の声がした。
「確率的に不可能なことをなぜする?」
「……なっ!」
 大狼はオレ様の背後にいた。
「クラッシュパンチ!」
 奴のパンチがオレ様の背中にヒットして爆発した。
 背中を焼かれ吹っ飛ぶオレ様。ったくカッコ悪いぜ。
 振り返ると同時にオレ様はエレキを出した。
 すぐ目の前にいる大狼に電磁パルスを食らわせやるぜ。
 オレ様は弦がはち切れるくらいエレキを掻き鳴らしてやった。
 大狼の動きが一瞬グラついた。けど、それも少しの間だ。奴はそのままオレ様に襲い掛かって来やがった。
「その程度の小細工、私に通用すると思ったか」
 チッ、やっぱアースで電流を逃がしやがったな。けどよ、動きが少し止まったところを見ると効果はゼロじゃねえらしいな。
 大狼の電気コードの鞭がオレ様に襲い掛かってくる。オレ様はそれを素早くかわし、エレキを掻き鳴らした。今度は長い演奏だ。
「鞭の動きが鈍ってるぜ大狼」
「電磁パルスを使えるのは貴様だけではないぞ」
 なんだと?
 グォォォォン!!
 大きな口を開けて大狼が咆哮をあげた。まるで巨獣みたいな声だぜ。
 声は電波の並になって俺様に襲い掛かった。
 オレ様の耐電が保つか……。
「クッ!」
 電気を帯びたオレ様の身体から小さな火花が出た。身体の表面のプログラムが少しやれれたみたいだ。ったく、大狼があんなプログラムを使えるなんてはじめて知ったぜ。
 こんな戦い方じゃいつまで経っても大狼を倒せねえ。物理攻撃でクラッシュさせるしかねえな。
 オレ様はクローを構えて大狼に飛び掛ろうとした。だが、オレ様の目は別のところに奪われた。
「あのガキ、逃げる気だ!」
 その言葉に大狼の目もガキに向けられた。
 よろめきながら逃げようとするガキに向かって大狼が駆け寄る。
 オレ様は近くにあった車に乗り込んでエンジンを掛けた。
 こうなったら大狼との勝負はお預けだ。
 アクセルを叩き踏み、ハンドルを切ってガキに向かって車を走らせた。
 すぐ近くにいる大狼を轢くつもりで突っ込んだ。
「死ねーッ大狼!」
 間一髪のとこで奴は車をかわして地面を転がった。
 オレ様はガキの真横に車を走らせて、ハンドルから手を放してガキの腕を引っ張り、そのまま身体を抱きかかえて助手席に放り投げた。
「きゃっ!」
 ガキが顔を歪めながら短く悲鳴をあげた。
 このまま逃げるしかないな。
 オレ様がドアを閉めようとしたとき、追って来た大狼の手が運転席まで伸びてきやがった。オレ様は構わずドアを閉めてやった。
 大狼の口元に明らかな苦痛が浮かんでやがる。だが、奴はオレ様の腕を掴んで放さない。車は奴の身体を引きずりながら進んだ。そのまま駐車場を出て道路に出た。
「ザキマ、許さんぞ!」
「このガキはもらっていくぜ」
 運転席のドアを一度開けて、大狼君の身体に蹴りを入れてやった。だが、それでもしぶとくオレ様の腕を掴んで放さねえ。
 今度はドアを強く締めて大狼の腕を挟んでやった。それでも大狼は引かねえ。それどころか、手はオレ様の首を絞めてきやがった。
「オレ様の首から手を……放しやがれ!」
 オレ様は車のハンドル切って、ガードレールに大狼をぶつけた。何度も、何度も、何度もぶつけてやった。
 ドアに挿まれた大狼の肩から火花が出た。外装の下から電気コードが見えてやがるぜ。こいつ身体の中までサイバーなのかよ、ぶっ飛んでやがるな。
 あと少しで大狼の肩が引き千切れそうだな。ならこれで最後だ。
「あばよ大狼!」
 オレ様は再びドアを開けてすぐに力強く閉めた。挿まれた大狼の肩が断絶され、奴は道路の上を転がって車の遥か後方だ。
 一対一の勝負には負けたが、ガキはもらってくぜ!

《3》


 車はグングン進んでアジトから離れていった。いくら距離を稼いでも大狼のことだ。すぐにネットワークを使ってオレ様たちの居場所を突き止めるだろうよ。
「ん…うんん……」
 今まで気絶してやがったガキが目覚めたらしいな。
「やっと目が覚めたかクソガキ」
「……クソガキ……ウチはクソガキじゃない。マジムカツク」
「約束どおりちゃんとあの場所から連れ出してやったぜ」
「アンタに捕まってるんじゃ意味ないじゃん。あそこにいた方がまだマシだったもん」
「かわいくねえガキだ」
 ったく大狼の野郎、こんなガキがからどんな情報を手に入れようとしてたんだ?
 見た目に騙されるな。これは常識だ。
 ネカマ、ネナベなんていうのは山ほどいる。このガキの正体はなんだ?
「オイ、ちょっとこっち向け」
「なに?」
 ガキがこっちを向いた瞬間、オレ様はガキのおでこにステッカーを貼り付けた。
「イタッ」
「別に痛くないだろ」
「痛いっていうのは条件反射だもん。いちいちつっこまないでよ」
 片手でハンドルを操作しながら、もう片手でオレ様はハッキングを開始した。
「畜生、アクセスできねえ」
 やっぱりムリだ。ファイアウォールでも、免疫でも、そういうのが邪魔してるわけじゃねえ。このガキはここに存在してない。
「ウチのことハッキングするつもり?」
「うっせえ」
「どーせできなんいんだから諦めたらー?」
「うっせえ」
「どうしてできないか知りたくない?」
「知りたくねぇーよ」
 知りたくて堪んねえけど、ガキに媚びるなんてできるわけねえだろ。
 ポケットに入って潰れた煙草の箱を出した。
「ったく」
 煙草が切れてやがる。イライラしてくるぜ。
 オレ様のイライラが伝わったみてえで、横でガキが笑ってやがる。
「本当は知りたいんでしょ?」
「知りたかねえよ!」
「そうやって怒鳴るとこが怪しいんだから、えへへ」
「笑ってんじゃねえぞクソガキ!」
 ホントは拷問具のスイッチ入れてやりてえが車ん中だ。
 これ以上、車を走らせても意味がねえ。
 カラオケボックスの駐車場に車を停めて降りて、助手席のガキを引っ張り出した。
「オイ、行くぞ」
「カラオケ行くの? ウチ歌うの大好き!」
「勘違いすんなよ」
 てめぇみたいなガキと誰が歌いにくるかよ。ここが一番話をするにはいいんだよ。
 オレ様たちはカラオケボックスに入って、店員に個室まで通された。
 店員がいなくなったのを見計らって、ガキを蹴飛ばして座らせる。
「てめぇの知ってることを全部話な」
「知ってることって言われても、何話していいかわかんないもん」
「大狼はなんででてめぇを攫った?」
「さあ?」
「ふざけんじゃねぇぞ!」
 オレ様はポケットに手を突っ込んでスイッチを押した。
 電流に悶えるガキの悲鳴が個室に響く。だが、部屋の外にはバレねえ。
 スイッチから手を放すと、ガキはオレ様を睨んできやがった。
「アンタたちが知らないことなんて山ほどあるもん。それをみんな話せっていうの? バカじゃないの、アナタたちの一生じゃ到底話しきれない」
「ハァ? いいから話せよ」
「もっと具体的に話題を絞ってよ。なんか質問とかないわけ?」
「じゃあ……あれだ、てめぇをハッキングできない理由を教えろよ」
 この話の流れなら別に質問しても恥ずかしくねえよな。
「そんなの簡単じゃん、ウチがこの世界の住人じゃないから」
「何意味わかんねえこと言ってんだよ」
「この世界の住人たちはみんなプログラム。住人たちだけじゃない、そこに置いてあるマイクだってそう。ウチは違うの、この身体を構成しているのはプログラムじゃない、ただそれだけのこと」
 そんな話信じられるかよ。
 ガキがオレ様の顔を見つめてやがる。
「信じられないの?」
 心を見透かされたような言葉だ。
「おう、信じられるかよ。だったらでめぇは何者なんだよ?」
「ドリームワールドが生み出した存在」
「ハァ?」
「ワールドっていうのはね、このサイバーワールドだけじゃないってこと。それにサイバーワールドっていうのは総称で、サイバーワールドはいくつも存在してる。今ウチらがいるのはそのひとつ」
「いくつも存在するってえのは、パラレルって意味なのか、それとも外国みたなもんなのか?」
「両方。ワールドネットワークはウチらが計り知れないほど複雑なの。ただひとつ言えることは、アンタは思念体ってこと」
 思念体って幽霊ってことか?
 オレ様はここにいる。自分で考えて行動することもできる。
 大狼のたわ言が脳裏を過ぎる。この世界は現実じゃないってな……。
「だったらオレ様はなんだ?」
「誰かの想いか、それともホームワールドに本人がいるんじゃないの?」
「ホームワールドって何だよ?」
「ホームワールドってゆーのはー、個々に与えられたワールドのこと。だから、例えばAっていう人間がいたら、A本体が主観の世界が存在してるわけ。Bの世界にもAはいるけど、あくまでAじゃなくてA´なわけで、ホームネットワークを介しての存在なわけ。Bの世界にいるA´はAの一部であり、その一部であるA´を見るBによって、A´のディテールが創想され、Aと誤差のあるA´が生まれる。Bの世界にあるAのフォルダにAの情報が蓄積されていく。そして、そのフォルダから〝世界の中心〟に情報が配信され〈真世界〉が構築される」
「一気に話すんじゃねえよ」
「だったら休憩して一曲歌おうよ」
 何考えてんだコイツ。自分の立場ってもんがわかってねえのかよ。
 途中で休憩なんて入られるかよ、いつ大狼が来るかわかんねえんだからな。
「話を続けろ」
「いくつもあるパラレルワールドの情報が集約されている世界が〈真世界〉。パラレルワールドで存在が消えるたびに、〈真世界〉での存在が薄れて逝く。〈真世界〉での死は、すべてのパラレルワールドに影響を与え、全ての消滅を意味する。例外として、〈真世界〉での存在が消えても、強い想いにより、パラレルワールドまたは他のワールドで生き残ることができる。また、本体のいるホームワールドでの死もホームネットワークに影響を与える。その場合、普通なら別のパラレルワールドにいる自分に本体としての資格が受け継がれるわけなんだけど、たまにバグがあったりして。バグと言えば、なんらかの事故でホームワールドから弾き飛ばされる場合があるの。簡単にいうとホームネットワークから遮断されて、存在が認識されなくなるってこと」
 やっぱり話が長い。それに言ってることの半分も理解できねえ。違うな、言ってることはまあまあ理解できるけどよ、信じられない話をされても理解しようと脳味噌が働かねえだけだ。
「そんなことよりも、オレ様たちが今いるこの世界はなんなんだよ?」
「だからー、個々のホームワールドの思念が集まって創造されたワールド。このワールドは誰が主観ってわけじゃないの、だってみんなの想いが集まってできた場所だから」
 だったらやっぱりオレ様はなんなんだよ?
 幽霊、電影、思念?
 オレ様は偽者なのか?
「信じられるかよ、んなこと」
「信じるも信じないもアンタ次第、好きにすればいいジャン」
 もし、このガキが言ってることが本当なら、オレ様が本物になりたい。
 大狼も同じこと考えているのか?
 わかんねえ、奴の腹ん中はイマイチわかんねえ。奴は何を求めてるんだ。このガキを攫った理由は、こんな話を聞きたかったに違いねえ。だったら聞いてどうする、何がしたい?
「大狼の野郎がなんでてめぇを攫ったか本当に知らねえのか?」
「さあ、アンタと同じような話が聞きたかったんじゃないのー」
「てめぇ、違う世界から来たんだろ。だったらオレ様も別の世界行けるのか?」
「世界を渡れるのは特別な存在だけ。誰でも渡れる方法もあるかもしれないけど、そこまでウチは知らない」
 オレ様は別の世界に行きたい。この目で確かめたい。
 そして――。
「もしオレ様の本体って奴のホームワールドがあったとして、そいつとオレ様が入れ替わることは可能なのか?」
「さっきも話したけど、Aが死んだら別のA´がAになるの。そういうシステムだから、それを上手く使えばできないこともないんじゃないの?」
「だったらオレ様が本物になってる」
「本物ねえ……。このワールドで生まれたアンタにとって、ここが現実でアンタが本物だと思うけどなぁ」
 そうだ、オレ様は本物だ。けどよ実感がない。実感を得たい、自分自身の存在を証明したい。
 オレ様はポケットから煙草の箱を取り出した。そうだ、煙草は切れてたんだ。ったくやってらんねーな。
「オイ、煙草買いに行くからついて来い」
「なんでウチまで行かなきゃいけないの?」
「てめぇ自分の立場がわかってねえのか!」
 イライラでオレ様は拷問具のスイッチを押した。
 苦しそうな顔をしてガキはソファの上から落ちた。ケッ、クソガキが。
 ゆっくりと両手を付いて立ち上がろうとしているガキが、オレ様の顔を見上げて笑った。
 なんだよその笑みは?
 次の瞬間、個室の中に戦闘員が飛び込んで来ていた。
 畜生、オレ様が戦闘員にやられればいいと思って笑ったのかよ。だがな、こんなザコにやられるオレ様じゃねえ。
 すぐにアイアンクローを装備して戦闘員を八つ裂きにした。逃げようとしたもう一匹も背中から切り裂いてやった。ざままあ見ろ。
 ここに来た戦闘員はみんなヤった。問題は次がまたすぐ来るだろうってことだな。
「行くぞクソガキ」
「どこまで逃げる気?」
「体制を整えるまでだ。そしたら大狼の野郎をぶっ潰しに行く」
 オレ様はひらめいた。この世界で逃げてったってすぐに大狼に見つかる。さっきのガキの話がヒントになったぜ。
 ……別の世界に逃げればいい。

《4》


 途方もなく広い荒野を歩き、岩場まで来たオレ様たちは休憩することにした。
 岩を椅子代わりにしたオレ様の前には、白いローブを来たガキの姿がある。クレリック系のジョブがする格好だ。
 オレ様はダークハンドってジョブにした。モンク系のジョブでクラスチェンジすれば使用可能になる。最高位のジョブじゃねえが、気にいったからこれにしただけだ。常に上半身裸ってのは寒いけどな。
 もちろんチートでジョブチェンジした。パラメーターも最大値まで上げたから、ダークハンドは見た目だけで、中身は最強のプレイヤーってわけだな。
「こんなゲームに逃げ込んでどうする気?」
 ガキがオレ様に尋ねてきた。
「このゲームには、このゲームのルールがある。たとえ大狼だろうが、このゲームのルールには逆らえねえはずだ」
 そこにオレ様の勝機がある。
 オレ様たちが逃げ込んだのはネットワークRPGの世界だ。プレイヤーが冒険したり、プレイヤー同士でコミュニケーションしたりする。人との馴れ合いが楽しくてやってる奴もいれば、ひたすらモンスターばっかり狩ってる奴もいる。ゲームの内容はプレイヤー次第ってわけだ。
 オレ様たちがここに来てだいぶ時間が経ってる。まあ、それもゲーム内での時間だけどな。何度か日が暮れて、朝を何度か迎えた。モンスターとも戦ったし、ウザイプレイヤーも殺してやった。
 ……ん?
 岩が動いたような気がするぞ。おっ、どうやらモンスターのお出ましみたいだぜ。
 現れたのは石の身体を持ってやがるゴーレムだ。
 オレ様はすぐに両手に装備してるクローでゴーレムを殴りつけてやった。
 粉々にぶっ飛ぶゴーレム。一発で終わりかよ、呆気ねえな。
 ゴーレムをぶっ倒したオレ様にガキが口を出してきやがった。
「そんな派手にチートして運営側に気付かれるんじゃないの?」
「アカウントでも停止されるってか? やれるもんならやってみろってんだ」
「ウチのパラメーターも上げてくれればいいのに」
「強いのはオレ様だけでいいんだよ」
 近いうちに大狼はここに来るだろうよ。チートで最強になっただけじゃ奴には勝てない。何かいい手を捜さなきゃいけねえな。
「またモンスターだよ」
 ガキに言われてオレ様は振り向いた。
「どこにもいねえぞ?」
 クソガキ、オレ様をからかいやがったのか?
「うおっ!」
 本当にいやがったぜ。
 今度のモンスターは〝影〟だ。厚みのない薄っぺらな野郎だ。
 さっさと片付けてやろうとオレ様はクローを振りかざした。だが〝影〟はそれを受け止めやがった。そして、驚くオレ様の胸を長い爪で切り裂きやがったんだ。
「クソッ」
 今のオレ様は最強のはずだ。なのになんでこの野郎は……わかったぞ!
 〝影〟をよく見ると、それはオレ様だった。この〝影〟のモンスターは、プレイヤーのステータスをパクりやがるんだ。つまりオレ様が今戦ってるのは、オレ様自信ってわけだ。
 こんな野郎と真っ向からヤリ合って堪るかよ、冗談じゃねえ。
 裏技を使うしかねえな。
 オレ様は〝影〟に向かってステッカーを投げつけた。ゲームのプログラムそのものを壊してやる。
 ハッキングしてクラッシュだ。
 オレ様は架空のキーボードを叩き、この〝影〟のプログラムに侵入した。そして、あとはヒットポイントをゼロにすればおしまいだ。
「あばよ」
 ヒットポイントがゼロになった〝影〟は呆気なく消滅した。
 この辺りはこんなモンスターまで出やがるのか。さっさと別の場所に移動したほうが良さそうだな。
「行くぞクソガキ」
「はいはい。でも、アレはいいの?」
「あれって何だよ?」
「アレ」
 ガキの指さしたほうに目線を向けると、崖の上に立っている人影が見えた。
「ケケッ……予想よりも早いな」
 オレ様の心が躍った。奴が来た。
「私から逃げられると思ったかザキマ」
 崖の上に立っていたのは大狼だった。あんな高い場所に立ちやがって、オレ様より高い場所に立つんじゃねえよ。
「逃げられるなんて思っちゃいねえよ。てめえを待ってたんだぜ」
「私をここで倒す気か? それができるのか貴様に?」
「さてな。けどよ、このゲームにはルールがある。てめえの力はこのゲームのルールに縛られるんだ」
「それは貴様とて同じだろう」
「そうだ、条件は同じ。キャラのパラメーターにも上限がある。あとはプレイヤーの腕しだいだぜ」
「なるほど」
 深く頷いた大狼が崖を飛び降りて来やがった。おいおい、よくあんな高い場所から飛びやがったな。
 オレ様と大狼が向かい合った。
 この世界では死んでも町に戻されるだけだ。普通に大狼を殺すだけじゃ意味がねえ。ここのルールに乗っ取りながらも、ハッキングを使ってヤリ合う必要がある。大狼そのものをデリートしなきゃなんねえってことだ。
「行くぜ大狼」
「いつでも掛って来るがいい」
 そういう余裕な態度が腹に来るぜ。
 大狼が握ってるのは金属の鞭か、中距離攻撃だな。オレ様はクローだから鞭より踏み込む必要がある。けどよ、攻撃力と小回りはオレ様のほうが上だ。
 生き物のように動く鞭の猛攻をかわしながら、オレ様は大狼の懐に飛び込んだ。このまま腸を抉ってやる。
「死ね大狼!」
「その程度か」
 早いっ!?
 大狼のスピードはオレ様の予想を遥かに超えていた。ありえないぜ、こんなこと。
 オレ様の攻撃を軽々しくかわして大狼の鞭が撓る。
「クソッタレ!」
 鞭はオレ様の身体に巻きつき自由を奪った。こんなにあっさりやられるなんて、ウソだ、オレ様は認めないぞ!
 大狼は鞭を引いて、よりオレ様の身体をきつく縛った。
「貴様は頭が悪いわけではないが詰めが甘い」
「どうしてオレ様より強いんだ、ステータスの上限は同じはず。なのになんであんなスピードで動ける!」
「私のこの世界での役割がモンスターだからだ」
「なにぃ?」
「モンスターのステータスの上限はプレイヤーを遥かに凌ぐ。実装されているモンスターで、これほどまでのステータスを持ったものはいないが、システム上はここまでパラメーターをあげられる仕様になっている」
 それを今知ったところでオレ様には何もできない。何かする隙を大狼が与えてくれるはずがない。クソッ、負けちまった。
 大狼が片手で合図するとモンスターどもがぞろぞろ集まってきやがった。モンスターまで配下にしやがったのかよ。
 モンスターどもはガキの周りも囲みやがった。モンスターとのレベル差があるから、ガキも何もできねえな。それがわかってんのかガキも逃げようなんてしねえみたいだ。
 大狼が隠しフォルダを取り出した。
「彼女は私のフォルダに入れてパスワードを掛けて置こう」
 モンスターにガキを目の前まで連れて来させ、大狼はファイルを開けた。
「ウチ絶対そんなとこ入らないから!」
 大人しかったガキが急に暴れ出して、モンスターの手を振り切って逃げようとした。
 けどよ、オレ様の目から見ても無理だな。
 ガキは背後から襲ってきたモンスターに一発殴られ地面に倒れた。やっぱな。
 瀕死のガキのフォルダが向けられ、掃除機で吸い込むみたいにガキはフォルダの中に消えた。
 大狼はフォルダを閉めて、またどこかに隠しやがった。
「さて、ザキマ。ゆっくりと語ろうではないか」
「やなこった」
「情報交換は有意義ではないかね?」
「てめぇと交換する情報なんてねぇーよ」
「君の裏切りは想定内だ。前々から君は私に好感を持っていなかったからね。では、なぜナイを連れて逃げたのだね?」
 ったく、情報交換なんてしねぇーて言ってんのに話を進めやがって。
 オレ様は口を噤んでそっぽを向いた。
「てめぇと話すことなんてねぇーよ」
「単純に私を困らせようとしたのか、それとも君もナイに聞きたいことがあったのか?」
「だから何も話さねぇって言ってんだろうが」
「ならば気分転換に場所でも変えよう。静かで心安らぐ場所に」
 そしてオレ様は大狼に拘束されたまま、別の場所に連れて行かれた。

《5》


 オレ様は丘の上にある小屋に連れて来られていた。
 縄でグルグル巻きに縛られ、手も足も動かせない状態で椅子に座らされている。目の前には優雅に足を組んで椅子に座った大狼がいやがる。
「ここはあまりプレイヤーが来ないところでね。話をするには最適だと思うが、どうだね?」
「だから何も話たくねぇって言ってんだろ」
「君はなぜ黒い狼団に入った?」
「なんだよいきなり」
「私は世界の成り立ちを知りたかっただけだ。そのためにこの世界を我が物にし、多くを動かす力が欲しかった。君は何がしたかった?」
「オレ様はただ破壊が楽しかっただけだよ」
 支配、破壊、弱いものどもがオレ様に恐怖する。己の快楽のためだけにオレ様は行動してきた。オレ様と大狼は根本が違う。
 大狼が身を乗り出してオレ様の顔を近づけた。
「ナイから何を聞き出した?」
「たいした話じゃねえよ」
「別の世界に行く方法を聞き出せたかね?」
「さあな」
 特別な奴しか世界を行き来できないとか、そんなことを言ってたような気がするな。
「彼女の能力について聞いたかね?」
「能力?」
「その顔は本当に知らないようだな」
「なにをだよ?」
「彼女は異世界への扉を開く力がある。その力を利用できれば、誰しも異世界に旅をすることが可能だ」
 そんな話聞いてねえぞ。あのクソガキ、オレ様にウソを付きやがったのか。
 大狼が話を続ける。
「しかし、彼女一人では力が弱いため、自分が行きたい世界と交互性を持つ世界にしかいけない。彼女は双子だ、二人でひとつ、二人が揃った時、真の力が発揮されるのだよ」
「そのもう一人はどこにいるんだよ?」
「おそらく私を追ってすぐ近くに来ているだろう」
 オレ様がしなきゃなんねえこともわかってきたぜ。二人のガキを我が物にすりゃーいんだな。
 ならもう大狼は用済みだ。
 オレ様はニヤリと笑って、目の前にいた大狼に頭突きを食らわせた。
 よろめいた大狼に全身で圧し掛かり、奴の動きを少しの間封じた。
「オレ様の勝ちだぜ大狼」
 力が漲ってくる。オレ様の身体に大狼の力が流れ込んでくるぜ。
 大狼はオレ様を押し飛ばそうとしたが、どうやら力が入んねえみたいだ。
「私に何をした!」
「モンスターの能力を応用しただけさ。てめぇの力を全部吸い取ってやる」
 力が漲るオレ様はついに全身に巻かれていた縄をぶち破った。
 すでに大狼は瀕死だった。ヒットポイントもマジックポイントもゼロに近い。もうこいつは何もできねえ。
「ケケケケッ、オレ様は勝った。てめぇに勝ったんだ」
「……貴様……許さんぞ……」
「うっせえ!」
「グッ!」
 オレ様の蹴りが床に倒れる大狼の腹を抉った。
「ガキを返してもらうぜ」
 オレ様は大狼から隠しフォルダを奪い取り、すぐにパスワード解除した。たかがフォルダでよかったぜ、もっと高等なプログラムだったら解除に時間がかかるとこだった。
 フォルダから出たガキはオレ様の顔を見てすぐ逃げようとした。
「逃がせねえぜ」
 オレ様は拘束具のスイッチを入れた。
 体中に電流の走ったガキは、ドアを目の前に倒れて悶えた。
 オレ様はガキの首根っこを掴んで立たせた。
「まだオレ様から逃げられると思ってたのかよ」
「別にアンタから逃げようと思ってるんじゃないもん」
「ハァ?」
「この世界に来てる。妹が近くに来てるのを感じる」
「てめぇを助けに来たのか?」
「違う、ウチを捕まえに来たの」
「よくわかんねえけど、てめぇをオレ様の手元に置いとけば妹が来るんだな」
 床にうつ伏せになったまま大狼がオレ様を見上げた。
「妹のメアはナイと違って冷酷で非情だ。貴様の手に負えるかなザキマ」
「うっさいんだよ!」
 オレ様の蹴りが大狼の腹を抉る瞬間、ナイは顔を背けた。
 大狼はオレ様より姉妹の情報に詳しい。ハッキングして情報を手に入れるか。弱ってる大狼なら容易いことだ。
 すぐに大狼にハッキングを試みた。だが、オレ様はすぐに顔色を変えた。
「どうしてできねえ?」
 弱ってる大狼のファイアウォールはボロボロだ。免疫も役立たずで侵入はすぐにできた。けどよ、侵入した先には何もなかった。
 大狼の口がオレ様を見て嘲笑ってやがった。
「私をハッキングすることは不可能だ。どうやら私もこの世界の住人ではないらしいのでな」
 ガキと同じように大狼も別の世界の人間なのか?
「信じられるか、どんな小細工しやがった」
「小細工ではないよ。私と君は違う存在なのだ。所詮、貴様はプログラムでしかない。電影なのだ、貴様などこの世に存在していない!」
「オレ様はここに存在してる!」
 自らの意思でオレ様はここにいる。もし、本当にオレ様が幻のような存在だったとしても、オレ様は必ず幻から現実になってみせる。
 小屋のドアが突然開いて、誰かが入ってきやがった。
「そうキミはここに存在しています」
 振り向くとピエロの格好をした野郎が立っていた。
「誰だてめぇ!」
「はじめまして、休日の道化師と申します」
 ガキの眼つきが変わったのをオレ様は見逃さなかった。知り合いなのかわかんねえけど、ガキはひと言も口を開かなかった。
 ピエロは敵意を剥き出しにするオレ様に構わず、小屋の中にズカズカ入ってきやがった。
「キミは本物ですよ、ここに存在している時点でキミは本物なのです」
 いきなり入って来て、なんなんだこのピエロは?
 オレ様はわけがわからず、ただピエロの話に耳を傾けるだけだった。
「ただしキミはホームワールドにいるキミの電影であることに違いない。向こうにいるキミが本物で、今ここにいるキミは偽者ですか?」
「オレ様は本物だ!」
「そう想うならキミは真物なのでしょうね。ただし、光と闇が一体であるように、どちらかが偽者ということはありません。個は全であり、全は個である。それが世界の真理」
「オレ様が影だって言いてぇのかよ?」
「それはボクの決めることではありませんから」
 ピエロはそう言いながら床に倒れる大狼の脇に膝をついた。
「てめえ、大狼になにする気だ?」
「彼はもらって行きます」
「ハァ?」
「そっちのお嬢さんは置いていきますから心配なく」
 これを聞いてナイが喚く。
「またウチのこと置いていく気!」
「キミを連れて行くわけには行かない。ボクはキミの味方ではないからね」
 大狼を抱きかかえて小屋を出て行くピエロ。なぜかオレ様は呆然として、追いかけることを少しの間忘れていた。だが、すぐに我に返って小屋の外に出る。
「てめぇ、大狼は渡さねえぞ!」
 ピエロが振り返る。
「彼は変われる可能性がある。いつまでもベッドで眠っているわけにはいかないでしょう」
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」
 オレ様はピエロに向かって飛び掛った。
 この世界でオレ様に刃向かえると思うなよ。
 ピエロは大狼を地面に下ろしてオレ様の攻撃に立ち尽くした。
「このワールドの法則ではボクに勝てませんよ」
 オレ様の攻撃をピエロは避けようともしなかった。
 鋭いクローがピエロの脳天から股間まで切り裂いた。
 だが、真っ二つにされたピエロは霞み消えた。
「どこ行きやがった!?」
「ボクはキミと戦う理由が特にありません」
 ピエロの声はオレ様の背後からしやがった。
 振り返ったときには、ピエロは大狼を抱きかかえて、消えようしていた。
「てめぇ待ちやがれ!」
 オレ様の声も虚しく、ピエロは大狼を連れて消えやがった。移動魔法を使ったような感じだ。畜生、どこに行きやがった。
 ナイが玄関の陰からこっちを見ていた。ピエロとどういう関係なんだ。
「オイ、クソガキ。あのピエロはいったい何者なんだ!」
「ウチもわかんない」
「ウソじゃねえだろうな!」
「ウソじゃないもん。ただ、この香……」
「香だと?」
 ピエロが消えた後、風に運ばれて花の香がした。この香なんだって言うんだよ?
 とにかく今はピエロと大狼の居場所を探すのが先だ。


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