サイバー・ファントム(5)レイVer.2.0

《1》

「どこなのここ?」
 それが僕の第一声だった。中世ヨーロッパ風の街並み。魔法使いっぽい奴とか、なんか耳が長いエルフっぽい奴とか、鎧を重たそうに着てる奴とか、とかとか……。まるでRPGの世界だな。
 先に入ったメアとナギの姿を確認した。二人とも初期装備っぽい薄手の布の服を着ている。やっぱり僕が思うに、ここはMMOの世界に違いない。
 ……で、そうすればいいの?
 こういうゲーム苦手なんだ。特にシナリオもなくて、何していいかわからないゲーム。
 僕はメアに顔を向けた。
「どうする?」
「わたしこういうゲームに疎いの」
 ナギに顔を向けると任せろと言わんばかりの顔をしている。
「ついて来い」
 それだけ言ってナギが歩き出した。マジで、マジで得意なの? 実はゲームとか得意系?
 ナギに着いて歩くと、迷わず町の先にある神殿に向かった。
 神殿の中は無意味に広い。白い柱が立ってるギリシア風の古い神殿だ。
 赤い絨毯の上を歩いて奥へ奥へと進むと、行き止まりの部屋に何やら輝く物体があった。僕と同じくらいの背丈がある宝石みたいだ。七色の優しい光を出している。
 僕らになんの説明もしないでナギはその宝石に触れた。そして、瞑想するように動かなくなってしまった。
 突然、ナギの身体が強く輝き出した。
 わかった、きっとそうだ。
 輝きを治まるとナギ姿に変化が起きていた。初期装備が鎧に変わって、見るからにナイト風。初期の職業を決める場所なんだ。
「次はアタシやる!」
 おもしろそう。メアを差し置いて僕は宝石の前に立った。
 よし、行くぞ!
 僕の手が宝石に触れた瞬間、いくつかのイメージが頭に流れ込んできた。ほとんどシルエットだけで、カラーで表示されてる職業はちょっとしかない。最初から全部の職業を選べるわけじゃないらしい。
 選べる職業は、ナイト風、魔法使い系、僧侶っぽい奴、盗賊、弓使い、ターバンの奴、あとは……これに決めた!
 僕の身体が輝き出し、何か熱いものが心の底から漲ってくる感じだった。
 輝きが治まってすぐに僕は自分の足元を見た。ウェスタンブーツを履いてる。頭に手を乗せるとテンガロンハットだ。腰のホルスターには銃が装備してる。
 よし、完璧だ。美少女ガンマンってとこだな。ガンウーマンか。
 次にジョブチェンジしたメアは魔法使いになった。メイガスっていう攻撃魔法系を使うキャラらしい。
 で、これからどうするの?
 僕はメアじゃなくてナギに顔を向けた。
「これから何をしたらいいの?」
「プレイヤーに話を聞けば大狼君の行方がわかるかもしれない」
「うん、わかった」
 とりあえず、一番近くにいるキャラに話を聞いてみよう。僕はすぐ近くに立っていた神官に話しかけてみることにした。
「あのすみません、ちょっといいですか?」
「ここはメイブス神殿。そこにあるクリスタルに触れることによって、好きな職業になることができます」
「そうことが聞きたいんじゃなくて、人を探してるんだけど」
「職業を変えると装備は自動的に外されるから注意してください」
「じゃなくて、あたしの話聞いてる?」
 なんだこいつ僕のことシカトかよ。
 ちょっとイラっと来て掴みかかろうとしたところで、ナギが僕の肩を後ろから叩いて止めた。
「それはNPCだ。話しかけても決まった文句しか返してこない」
「もしかして、これって村人AとかBとかそういう感じのキャラなの?」
「そうだ」
「…………」
 僕は恥ずかしくなって顔から火が出そうだった。まるでマネキンに話かけてる酔っ払い並に恥ずかしい行為だ。
「冗談、ジョーダン。ちょっとウケ狙おうとしたに決まってるじゃん、あははー」
 なんて言ってみたものの顔が熱い。絶対誤魔化し切れてないし、窒息しそうなほど苦しい言い訳だ。
 こういう恥ずかしいことをしちゃった場合の対処法は!
「よしっ、神殿を出てプレイヤーに話を聞きに行こう、おーっ!」
 僕は拳を高く上げて何事もなかったように神殿の外に歩き出した。
 町で情報収集をはじめた僕たちだったけど、大狼の行方はわからなくてさっぱりはかどらなかった。でも、なんかこのゲームのシステムとかは理解してきた。
 三人で分かれて情報収集をはじめてしばらく、僕はなんの収穫もないまま待ち合わせの場所に向かった。
 町の中心にあるモニュメントの前に行くと、人ごみの中にメアとナギの姿あった。
「遅れてゴメン」
 僕が謝りながら駆け寄るとメアが静かに笑った。
「いいのよ別に。何か良い情報は手に入れられたかしら?」
「ううん、まったく」
「……遅れて来たのに収穫ゼロなんて」
 微笑んでいた顔が一変、鼻で嘲笑ってボソっと呟かれた。この態度の切り替えは、ものすごく性格悪いぞ。
 ナギが親指で町の入り口を指差した。
「仕方ない別の町に行ってみよう」
「町の外にはモンスターとかいるんでしょう?」
 僕が尋ねると、当たり前のようにナギが頷いた。
「当たり前だろう。でもまだはじめたばかりだから、弱い敵しかでないはずだ」
 だったらいいけど、なんか極稀に強いモンスターがエンカウントするとかないのかなぁ。
 僕らは人が集まる次の町を目指すため、ついにフィールドに出ることを決意した。
 が、外に出た途端、僕らを覆う黒い影。見上げると、棍棒を持った小太りのオッサン風のモンスターと出くわした。
 僕と目が合ったモンスターはいきなり棍棒を振り下ろしてきた。
「きゃっ!」
 棍棒は僕の身体にクリティカル。見事に吹っ飛ばされた僕は地面にダイブ。カエルのようにうつ伏せでつぶれた。
「死ぬ……ザコしかいないなんて……ウソ付きめ」
 僕は必死になって町の中まで這って逃げ帰った。
 すぐに僕のあとを追ってメアとナギが追いついた。
 ナギは済まなそうな顔で僕を見ている。
「今、プレイヤーに話を聞いたら、ここの出口から出るのは初級者には無理らしい」
「そーゆー情報は早く仕入れてよね」
 僕は顔をぷくーって膨らませて怒りを露にした。絶対リアルだったらこんな動作しない。美少女の姿をしてるからこそ似合うんだ。
 初期装備の中に回復薬が入ってたけど、ここで使うのはもったいない。瀕死の重傷を負ったけど町の中にいれば平気だ。じっとしていると自然に体力が回復する仕様らしい。
 僕の体力が回復するのを待って、再び町の外に出ることになった。今度はちゃんと弱い敵がいる出口から出た。
 草原のフィールドに出た僕らを待っていたのはスライムだ。RPGのザコキャラとして定番な、ブヨブヨしたゼリーとかジェルみたいなモンスターだ。
「ここはあたしに任せて!」
 僕は意気揚々とリボルバーを抜いて構えた。
 そんな僕を嘲笑うかのように、スライムが突然僕に飛び掛ってくる。予想外の瞬発力だ。スライムは僕の眼と鼻の先まで――。
「ウガッ!」
 僕は思わず変な声を出してしまい、見事にスライムは僕の顔面に張り付いた。
「く……苦し……」
 誰か取って、死んじゃう!
 必死になって顔からスライムを剥がそうとしたけど、なかなかしつこくて剥がれてくれない。このままだと本当に窒息死してしまう。
 突然、僕の顔からスライムが消えた。
「バカか……」
 情けなさそうにナギは呟いて、手に持っていたスライムを上空に投げると、剣を抜いて真っ二つに斬った。
 ……カッコイイとこ持っていかれた!
 ショックだ。僕が戦闘の手本を見せて、いいとこを見せるはずだったのに。おそらく最弱の敵に殺されかけ、寄りによってこいつに助けられるなんてショックだ。
 まだまだ冒険ははじまったばかりだ。僕が活躍する機会なんていくらでもあるさ。
 なんて僕が気持ちも新たに決意を固めいると、メアとナギはさっさと先を歩いていた。
「グズグズしてないで置いていくわよ」
 メアの冷たいひと言。氷の刃が僕の純情な心に突き刺さった。嗚呼、なぜか凍えるように寒い。
 僕らはマップを突き進み、モンスターたちをバッサバッサ倒して先に進んだ。ぶっちゃけ、モンスターを倒してるのほとんどナギだけどさ。だって僕が戦闘態勢に入る前に、敵に斬りかかってるんだもん。
 経験値はパーティーに分配されるらしく、まったく戦う気ゼロのメアにも入ってるはずだ。
 レベルを上げながら僕たちは遺跡のマップまで来た。
 古代都市の名残だろうか、民家の壁のような物が残っていたり、首のない石造が立っている。
 メアが空を見上げた。
「そろそろ日が暮れそうね」
 ゲームの中は時間が立つのが早い。あっという間に夜が来る。
 僕は肌寒さを感じて両腕を擦った。
「なんかここ寒くない?」
 夜だからってわけじゃなくて、何か背中がゾクソクするような寒さだ。嫌な予感。
 ナギが剣を構えて辺りを見回した。
「敵だ!」
 その合図と同時に、骸骨剣士たちが僕らの前にゾロゾロ姿を現した。あっという間もなく囲まれた。逃げ場もない。
 この絶体絶命のピンチは裏を返せば僕の活躍のチャンスかっ!
 僕は張り切ってリボルバーを構えた。そんなことをしてるうちに、ナギはすでに骸骨の頭を剣で割っていた。
 遅れを取って堪るものか!
「アナタたちの相手はアタシよ!」
 リボルバーが火を噴いた。
 銃弾が頭蓋骨を割った。それでも骸骨戦士たちは僕たちに向かって来る。
 もっと致命的なダメージじゃないとダメだ。
 スキル発動。銃弾に魔力を込めて僕は魔弾を撃ち放った。
 炎を帯びた弾丸が骸骨剣士にヒットした。
「やったぁー!」
 粉々に吹き飛んだ骸骨を見て僕は飛び上がって喜んだ。
 でも、喜んではいられない。敵は次から次へと湧き出てくる。奴等は土の中から湧き出てくるんだ。切りがない。
「レイ危ない!」
 ナギが叫んで僕の元へ飛び込んだ。
 風を唸らせながらナギの剣が僕の背後にいた骸骨を叩き斬った。
 危なかった。
「別に助けてくれなんて言ってないんだし、ありがとうなんて言わないんだからね!」
 少し照れながらそんなセリフを言ってツンデレぶってみた。
 僕らは次々と骸骨剣士たちを倒していった。そんな中で、やっぱり戦う気ゼロのメアが耳をそばだてた。
「ボスが来るわよ」
 どこに?
 なんて思っていると、僕の身長の三倍はありそうな巨大な骸骨が、廃墟となった神殿から這い出てきた!
 あんなデカイの倒せるのか……?
 すぐにナギが斬りかかって行った。あいつの選択肢には猪突猛進しかないんだな。
 だが、呆気なくナギは巨大な手に振り払われて飛ばされてしまった。
 今度こそ僕の見せ場だ!
 僕はスキルを発動して魔弾を次々と巨大骸骨の身体に撃ち込んだ。
「あはは、見事に肋骨の間をすり抜けた」
 当たったのは二発くらいかなぁ。
 弾切れしたので、すぐに弾をリロードしようとした。その隙に巨大な手が僕の目の前に迫っていた。
 すぐにナギが駆け寄ってくるけど、間に合わない。僕自身も動こうにも動くヒマすら与えられなかった。
 横振りに振られた巨大な手に飛ばされて、僕は宙を二回転か三回転して地面に叩きつけられた。
「死ぬほど……痛い」
 気付けば僕のヒットポイントはゼロだった。
 遠距離攻撃のキャラは防御力が低いのか……。

《2》


 暗転から覚めると僕は町の真ん中にした。目の前にはモニュメントがある。最初の町まで戻された。
 死亡したから最後に立ち寄った町に飛ばされたのか……。
 しまった!
 早くみんなのところに追いつかないと……ってどうやって?
 結構進んだから、追いつくの大変そうだなぁ。なんか絶望的。
 しかもなんか経験値が大幅にダウンしてる気がするし!
 僕がどうしようかと迷っていると、目の前に突然ナギが現れた。こいつも死んだのか。
 目の前に僕がいることに気付いたナギはため息をついた。
「すまんやられた」
「メアはどうなったの?」
「オレがやられたあとのことはなんとも……おそらくまだあの場所で一人戦っているか、逃げたのかもしれない」
 ここに来てないってことは、戦ってるか逃げたかのどっちかだろうなぁ。
 こういう場合、僕たちはどうしたらいいわけ?
「どうしよっか?」
「今からのあの場所に駆けつけても、それまで彼女が戦ってるとは考えづらい。しばらくここで待ってみよう」
「さんせーい」
「ならしばらくここで待ってくれ」
「なぜに?」
「少しプレイヤーと話をしてくる」
「うん、わかった」
 ナギは僕を残して姿を消してしまった。
 しばらくするとナギが戻って来た。メアは来てない。
「すまない待たせたな」
「ぜんぜん平気」
 社交辞令だ。
「どこ行ってたの?」
「パーティーチャットの方法を聞いてきた」
「なにそれ?」
「離れた場所にいるパーティーに連絡を取る方法だ」
 それを使えばメアを連絡が取れるってわけだな。とっても便利だ。
《聴こえるか?》
 うわっ、いきなり頭の中にナギの声が響いた。
 これがパーティーチャットか。で、どうやるの?
「やり方教えて」
《頭の中にショーカットコマンドを思い浮かべて、その中に現れたパーティーチャットを選択するだけだ》
《こうやるのね》
 メアの声がすぐにした。
 僕もさっそくやってみよう。
《あたしに声もちゃんと聴こえてる?》
 なんかできたっぽい。
 ナギがメアに尋ねる。
《メア、今どこにいる?》
《さあ、どこかしかしら。敵を殲滅したまでは良かったのだけれど、方向音痴だから道に迷ってしまったわ》
《すぐに行くから何か目印を教えてくれないか?》
《わたしなら平気よ一人で大狼を探すわ、手分けしたほうがいいでしょう。何か新しい情報が手に入ったら教えて頂戴》
《本当に独りで大丈夫なのか?》
《心配しないで、ごきげんよう》
 ……心配しないでって言われても、自分で方向音痴だって言ったような。
 難しい顔をしてナギが僕の顔を見てきた。
「大丈夫だと思うか?」
「だいじょぶだよ、だって独りでモンスター殲滅させたんでしょ?」
「そうだな」
 今までぜんぜん戦わなかったのに、僕らがいなくなったあとに本気を出したのか。僕らが死ぬ前に出して欲しかった。
 僕らはメアの言葉を信じて再び旅立つことにした。
 レベルの上がっている僕らは、最初よりも早いスピードでマップを進んだ。
 分かれ道に来て、ナギの足が止まる。目の前には大きな木が一本立っている。
「違う道を行ってみよう」
「えーっ、さっきと違う道行くのぉ~」
「向こうの地域はメアに任せよう」
 果たして方向音痴に任せて平気なのだろうか。でも、強いんだからきっと平気。
「うん、わかった」
 僕は元気に頷いて見せた。
 先に進もうと歩き出すと、木の後ろから人影が飛び出してきた。敵かと思って構えたけど、違ったみたいだ。
「こんにちは、また会いましたねー」
 ピエロだった。
「またお前か」
 ナギはピエロを見てたしかにそう言った。面識があるのは僕だけじゃないのか。
 ピエロは人懐っこく近づいてきた。
「何かお困りのようでしたらお手伝いしましょうか?」
 まさか大狼君の居場所を知ってるわけないよな。でも一様聞いてみるか。
「あたしたちは大狼君を追ってここまで来たんだけど、まさか居場所知らないよねぇ?」
「知ってますよ」
「ホント!?」
 マジか……九割ダメもとで聞いたのに、まさかそんな答えが返ってくるなんて思ってなかった。
「はい、知っていますよ。でも教えません」
 なんだその思わせぶりな態度というか、手伝いするって言ったクセ教えないなんて、ヒドイ。
 でも、ここはそんな感情は押し殺して冷静に――。
「どうして教えてくれないの?」
 笑顔で僕は訊いた。
「おそらく君たちが探さなくてはいけないのはザキマです。彼は今このゲームの中にいます。そして、ナイも彼と一緒にいます」
 ナギの眼つきが変わった。
「ザキマがいるのか……。奴はどこに?」
「ボクが最後に見たのはここから南西向かった岬にある小屋です。けれど、おそらく彼はこの道をまっすぐ行った町に向かうでしょう」
「なぜ?」
「それはヒミツです」
 僕はピエロの秘密のほうがよっぽど気になる。こいつはどこの誰で、なぜ僕たちの前に現れるのか?
 そこんとこどうなのよピエロさん!
「あたしから聞きたいことがあるんだけど、ピエロさんに」
「なんですか、ボクに答えられることならなんなりと」
 今なんなりとって言ったな!
 絶対答えてもらうからな!
「えーっと、じゃあ質問なんだけど、どうしてアナタはアタシたちのことを助けてくれるの? アナタはいったい何者なの?」
「賭けをしてるんです。もしかしたら世界の命運を掛けた賭けなのかもしれません。ボクの正体について今は言うことはできません、賭けに影響がでるかもしれませんからね」
「賭け?」
「そうです賭けです。あの、彼が心配なのでそろそろ消えますね」
「ちょっと待っ――」
 僕が止める間もなく、ピエロは姿を消した。残ったのは花の香。
 ナギはすでに歩き出していた。
「行くぞ!」
「ちょっと待ってよ、メアに連絡しなきゃ」
「……そうだな、忘れていた」
 なんだ、こいつ焦ってるのか?
 ザキマの名前を聞いた途端、眼つきも変わったし、ずっと難しい顔してるし……。
 何か考え込むナギに変わって僕がメアに連絡をすることにした。
《メア、ナイの情報を手に入れたよ》
 数秒の間を置いてメアから連絡が返って来た。
《どのような情報なのかしら?》
《ザキマって奴と一緒にいるらしいの。場所は最初の町を出て、ほら、どっちに進もうか相談した大きな木があった分かれ道があったでしょ? あそこを最初に選んだ道とは逆に進むと町があるらしいからそこ》
《わかったわ、わたしもすぐに向かうわ》
 ……方向音痴だけど今の説明でわかったのかな。ピエロに町の名前聞いておけばよかった。僕らが先についたらまた連絡すればいいか。
 メアとも連絡して、僕らは町に向けて歩き出した。
 無言で前を歩くナギに僕は無性に声がかけたくなった。
「ねえ」
「…………」
「ねえってば!」
「なんだ、敵か!」
 剣を抜きながらナギは振り返った。
「敵じゃなくて普通に雑談」
「……そうか」
「何か考え事?」
「なんでもない」
 ウソばっかり。今だって眉間にしわ寄せてるクセに。ウソは泥棒のはじまりだぞ、今のお前は盗賊じゃなくてナイトだろ。
 僕は腰の後ろに両手を回して、胸を突き出す感じでナギの顔を覗きこんだ。
「本当は何考えてるの?」
「なんでもない」
「ザキマのことでしょう?」
「それもある」
 名前を出すと案外あっさり認めたけど、他にもあるみたい。
「他に何があるの?」
「あのピエロのことだ」
「あのピエロがどうしたの?」
「懐かしい匂いがした」
 ピエロが消えるたびに残していく花の香。まさかナギもあの香に何か想うところがあるのか?
 僕は思い出せなかった。どこかで嗅いだことのある香なのに、なぜか思い出せない。
 ナギはゆっくりと首を振った。
「いや、ピエロのことはいいんだ。それよりもザキマのことだ」
「ところでザキマって誰なの?」
「黒い狼団のナンバー2だった男だ。お前たちと会う前に一度アジトに侵入したとき、完膚なきまでにやられた」
 ナギってそこそこ強いのにやられたんだ。でもナンバー2ってことは大狼君より弱いはずじゃ?
 アジトで僕が戦闘員を相手にしてる近くで、ナギは大狼君と一対一で戦った。どんな戦いを繰り広げていたのか、そんなのを見ている余裕はなかったけど、大狼君は追い詰められて吠え面かいて逃げたハズ……。片腕がなかったとはいえ、ナンバー2がそんなに強いんだったら……。
 僕の中に疑念が生まれたけど、答えは見つからずによくわからなくなった。
 そうだ、とにかくこの道の先にある町に行かなきゃ。
 今はそれだけを考えればいいや。

《3》


 長い道を進み、僕らの前方に町のゲートが見えてきた。
 町に入った僕らはすぐに異変に気付いた。風に乗って運ばれてくるざわめき。
 逃げ惑うプレイヤーが僕らの横をすり抜けた。
 いったい何が?
 騒ぎの原因は広場にあった。
 町の広場に人々が集まっていた。その中心にいたのはモヒカン野郎。その脇には……メア?
 ナギが僕の横で呟く。
「ザキマだ。おそらく一緒にいるのはナイ」
「あのモヒカンが……」
 っていうか、ナイってメアと瓜二つだ。
 ザキマに飛び掛る数人のプレイヤー。けど、町の中じゃプレイヤー同士の戦いは禁じられている。そのため殴りかかっても、途中で見えない壁に阻まれてしまう。
 僕の眼に映っていたハズのプレイヤーが消失した。ザキマに飛び掛って失敗したプレイヤーだ。
 ザキマが甲高く笑う。
「ケーケケケッ、てめえらみたいなザコは、ステッカーを貼らなくても簡単にクラッキングできるぜ」
 ザキマの指は世話しなく動かされている。それはまるでキーボードを打つような動作。
 建物の物陰に隠れながら、騒ぎを見ているプレイヤーに僕は尋ねた。
「何があったの?」
「そ、それがあのモヒカンの人クラッカーらしいんだ。それでいきなりみんなを破壊しはじめて、ゲームマスターも駆けつけたんだけどみんな消されちゃって」
 僕が話を訊いているうちにナギがザキマに向かって歩いていた。ぜんぜん止める間もなかった。
「ザキマ、オレのことを覚えているか!」
 叫んだナギの顔をザキマが舌なめずりしながら見た。
「あのときの美男子か……またオレ様にやられに来たのか?」
「今度は倒しに来た」
 そのままナギはナイに顔を向けて話を続ける。
「あのときは済まなかった。必ず助けに戻ると言って、今の今まで掛ってしまった」
「ウチのこと助けに来てくれたの? 別にぜんぜん嬉しくなんだから……」
 少し顔を赤らめナイは地面に目を伏せた。
 ナギは剣を抜いて町の外を指した。
「外に出ろ、そこで勝負だ」
「ケケッ、やなこった。ここでてめぇをデリートしてやる」
「オレと戦うのが怖いのか?」
 挑発の言葉にザキマの顔つきが変わった。
「オレ様に怖いもんなんてねぇーよ。いいぜ、外で戦ってやるよ。オレ様の強さにちびるんじゃねえぞ」
 二人は町の外の出て行ってしまった。僕も二人をすぐに追いかけ、プレイヤーたちも町とフィールドの境界線から二人を見守った。
 僕がナギの横に行くと、手を突き出されて制止させられてしまった。
「オレ独りで戦う」
「何言ってるの!? アタシも戦うよ!」
「これはオレの喧嘩だ」
 剣を強く握ってナギはザキマに駆け込んで行った。
 風よりも早く、稲妻よりも激しく、ナギの剣はザキマに向かって行った。
「ザキマ!!」
「ケケケッ」
 ナギの渾身の一撃を軽々しくザキマはかわした。
「その程度か甘ちゃんよ」
「まだまだ!」
 ナギの猛撃は続く。けれど、すべて軽くかわされてしまう。
 僕も加勢したほうがいいんだろうか?
 でも、ナギが独りでって……僕はどうしていいかわからなかった。
 そうだ、今のうちにナイを助けよう。
 ナイはザキマの真後ろにいた。ザキマが戦ってる間に逃げればいいのに。
 僕は学校生活で培った存在を消す術を使った。そーっとザキマに気付かれないように……ナイに近づいて……っと。
 そーっと、そーっと、僕はナイの後ろに回った。
「ナイ、助けに来たよ」
 小声で話しかけると、気付いたナイが振り向いた。
「もしかして……アナタは……」
「うん、メアと一緒にアナタを助けに来たの」
「妹は?」
「ちょっと道に迷ってるみたい」
「あの子、方向音痴だから……」
 ナイは深くため息をついた。
 とにかくまずはナイを助けて、それからメアを探そう。
「ザキマがナギに気を取られている間に早く逃げましょう」
「ウチも逃げたいんだけど、ほらこの首に付いてる奴。ザキマがスイッチを入れるか、ザキマから一五メートルくらい離れたら、ウチの身体に電流が流れる仕組みなの」
「ならそれを壊せばいいんでしょう?」
 僕がナイの首輪に触れようとしたとき、
「ダメ、触っちゃ!」
 ナイが叫んだ。
 けど、すでに僕の手は首輪に触れていた。次の瞬間、僕とナイの身体に電流が走った。
「きゃぁぁぁっ!」
 僕は甲高い声で叫んでしまった。
 頭が真っ白になって、心臓の鼓動が早くなった。……死ぬかと思った。
 ナイも地面に倒れて息を切らせている。
 僕が叫び声を上げたせいでザキマに気付かれた。
「オイオイ、ガキを逃がそうとしてるんじゃねえだろうな?」
 ザキマの気が僕らに向いた瞬間、ナギが地面を高く蹴り上げて飛翔した。
 輝く剣がザキマの脳天に振り下ろされる。
 刃はモヒカンの毛を真っ二つにして脳天に叩き込まれた。なのに、剣は頭蓋骨を割ることはできなかった。
 ザキマは髪の毛が乱されたことで怒り狂った。
「てめぇオレ様の髪の毛を!!」
 鋭い爪がナギの胸を抉り、大量の血を噴出しながらナギは消滅した。
「ナギ!」
 僕は反射的に叫んでいた。
 一発でナギがやられるなんて、こうなったら僕がやるしかない!
 リボルバーを構えて銃弾を放った。
 目にも留まらない弾丸をザキマは片手で受けて握り潰した。
「そんなオモチャでオレ様が倒せるとでも思ってんのか?」
 ザキマが僕に向かって走ってくる。早い、早すぎる。
 僕がやられる瞬間、誰かが叫んだ。
「ザキマ!」
 それはナギだった。死亡して町に飛ばされ、すぐにこの場所に戻ってきたんだ。
 ザキマは僕の相手をやめてナギに身体を向けた。
「まだ力の差がわかってねえようだな」
「まだオレは戦える!」
 ナギはザキマの懐に飛び込んだ。けれどザキマの攻撃のほうが早かった。今度は顔を抉られてナギは消滅した。
 でも、ナギはすぐに町の中から戻って来た。
「まだまだ!」
 息を切らせながらナギはザキマに立ち向かっていった。
 けれど、結果は同じ。
 また町から戻って来たナギに僕は駆け寄った。
「独りで戦う必要なんてない。ナギがダメって言っても、アタシは勝手に戦うからね」
 ナギは僕の顔を見つめて何も言わなかった。
 そして、僕とナギはザキマに立ち向かっていった。
 渾身の一撃を繰り出すナギを嘲笑いながら、ザキマは悪魔の爪で死をもたらす。ナギがまたやられた。
 僕はすぐに銃弾を放ったけど、ザキマは銃弾の中を掻い潜りながら、僕の腹に爪を突き刺した。
 町に戻された僕はすぐにサキマの元に戻った。
 数え切れないほど殺され、それでも僕らはザキマに戦いを挑んだ。そうしているうちに、周りのプレイヤーたちもザキマに戦いを挑むようになった。
 戦いの輪は広がり、何十人ものプレイヤーでザキマに挑む。
 鋼が響き、汗が飛び交い、魔法が唸り声をあげる。
 少しずつ、少しずつだけど、みんなの力でザキマに疲労の色が見えてきた。
 そして、ついにザキマは怒り狂ったように叫んだ。
「クソ野郎どもめ、オレ様をコケにしやがって!」
 周りのプレイヤーたちを惨殺しながら、ザキマは町の中に逃げ込もうとしていた。
 ナギが斬り込んだ。
「そうはさせるか!」
 ナギの剣はザキマの腹を貫いた。それでもザキマは歩き続けた。
 ダメだ、ザキマが町に入る!
 ついにザキマが町に足を踏み入れた。けど、弱ったザキマは町に入った途端、地面に倒れこんでしまった。
 僕が叫ぶ。
「今のうちにザキマを縛り上げて!」
 プレイヤーたちが束になってザキマに飛び掛った。
 誰かが叫んだ。
「いないぞ!」
 誰が?
 まさかと思って僕はザキマの元に駆け寄った。
 いない!?
 ザキマの姿が消えている。
 辺りを見回してもその姿はなかった。
 逃げられたのか?
 ナイは?
 僕の元に駆け寄ってくるナイの姿を発見した。けど、ナイの姿が突然消えた。どうして?
 あれ……ナギは?
 ナギの姿もなかった。
 そして、僕の視界が突然ブラックアウトした。

《4》


 視界が晴れると金属で囲まれた部屋にいた。
 僕の周りにはナギ、ナイ、迷子になっていたメア、そしてザキマの姿があった。
 ここは大狼君の部屋だ!
「強制的にゲームからログアウトさせてもらった」
 そう言って姿を現したのは片腕がない大狼君だった。
 大狼君の顔はザキマに向けられている。
「さて、ザキマ……貴様の負けのようだな」
 なんだか微妙な構図だぞ。
 大狼君はザキマと対立してるみたいだし、ナギとメアはザキマと大狼君を鋭い目で見てる。ナイはザキマからも離れてるし、どういうわけかメアとも距離を置いてるように見える。
 メアがナイに近づこうとした。
「お姉さま、こちらにいらしてください」
「ヤダもん、誰がアンタのとこになんて!」
 うはっ、なんか姉妹喧嘩?
 どういうことだ、だってメアはナイを助けようとしてたのに、ナイはメアを避けている。
 ナイが大狼君のところへ走り寄って、奴の袖を掴んだ。
「今からウチは大狼君の仲間になるから!」
 はぁ!?
 なんだこの展開?
 ザキマが腹を抱えて笑い出した。
「ケーケケケケケッ。三つ巴かよ、おもしれーじゃねえか。やってやろうじゃねえか、ここにいる全員とな!」
 きっと感じたのは僕だけじゃない。みんなザキマの変化を感じ取ったに違いない。
 何か鬼気迫るモノが素肌を刺した。
 ザキマの身体に起こる変化。筋肉が何倍も膨れ上がり、破れた服の代わりに金属が身体を覆いはじめた。巨大化と機械化が同時に行なわれてる。ザキマは別のモノに変わろうとしていた。
 前髪をかき上げた大狼君が涼しい口調で呟く。
「バージョン2になる気だ」
 それってソフトウェアのバージョンみたいなもの?
 ってことは性能がアップしたりするってこと?
 鋼色をしたボディー。全長は僕の三倍以上。赤く光る目玉が僕らを睨み付けた。
「ケケケケケッ、オレ様ハ更ニ強クナッタゼ!」
 合成音みたいな声でザキマは言った。もう完全に機械人間だ。
 地響きを立てながらザキマは大狼君に向かって行った。違う、その脇にいたナイが狙いだ!
 大狼君の身体は叩き飛ばされ、横にいたナイはザキマの巨大な両手が捕まってしまった。
「ウチに何する気!」
「ケケケケケッ!」
 笑いながらザキマは、なんとナイを口の中に放り込み、大きくの咽喉を鳴らした。
 それを見たメアは静かに怒りを露にした。
「よくもお姉さまを……」
「勘違イスルンジャネエ。ガキハオレ様ノ腹ン中デ生キテルゼ。オレ様ニハ、テメエラ姉妹ノ力ガ必用ダカラナ」
「わたしが力を貸すのはただ一人、お前ではないわ」
 冷たい夜風が吹いた。
 大狼君はドロップを口に入れ噛み砕き、指を鳴らした。
「ひとまず休戦にしようではないか。まずはザキマを片付けることが最善のルートだ」
 ナギも刀の切っ先をザキマに向けた。
「オレはナイに必ず助けると約束した」
 僕もリボルバーを抜いて構え……あ、弾切れしてるんだった。腰に手を回すと手榴弾が一個だけあった。
 金属の鋭い歯が並ぶ口にザキマが大きく開けた。これはチャンスだと思ったけど、中にはナイがいる。
 ……しまったピン抜いちゃった。しかもピン投げちゃった。
 僕がこの手榴弾のレバーから手を放したら……数秒でドーンだ。
 ヤバイ、自らピンチを招いてしまった。早く床に落ちてるハズもピンを探して元に戻さなきゃ。
 床に這いつくばって僕がピンを探している最中に、戦いは繰り広げられていた。
 中の金属部が剥き出しになった電気コードを振るう大狼君。電気コードが腕に巻き付いたザキマがバランスを崩した。その瞬間、電気コードに電流が流され、さらにザキマはバランスを崩して巨大な足を上げた。
 僕は上げられたザキマの足の裏を真下から見ていた。踏み潰される!
 でも、あとちょっと腕を伸ばせばピンに手が……限界だ。僕は已む無く下りて来る足を避けて間一髪の危機を免れた。
 ピンは……少し離れた場所に飛んでいた。
 すぐにピンを拾うとしたとき――。
「デニード!」
 メアが呪文を唱えたと同時に、床の下から巨大な針が迫り出して来た。次々と飛び出す針は、まるで春のタケノコパーティーだ!
 そんなこと考えてる余裕なんて実はなかった。巨大な針は無差別に僕まで突き刺そうと襲ってくるのだ。バカ、アホかと、僕まで殺す気ですかと。
 針が膝に刺さったザキマの動きが封じられた。動けなくなったザキマの眉間にナギの刀が突き刺さる。
「ガガガッギギギギギィィィィ!!」
 奇怪なザキマの叫びが木霊した。
 みんなが頑張ってる中で、ついに僕は、僕はピンを見つけた!
 このピンを元に……僕を覆う巨大な影。しまったザキマが僕に向かって倒れてくる!
 必死で僕は床に飛び込む勢いでザキマの巨体を避けた。
 床に腹をついた僕に伝わる振動。ザキマは背中から床に倒れていた。
 立ち上がろうと床に手をついた僕はあることに気付いた……握っていたハズの手榴弾がない!
 どこだ、手榴弾はどこに行った?
 轟音を立てながら爆発は起こってしまった。爆風に煽られて僕は大きく吹き飛ばされた。
 床に激突した僕の目の先には誰かの足。見上げると……メアが僕を冷たい瞳で見下していた。
「さっきから何をやっているの?」
「あの……そのぉ……」
 まったくだ、僕は何をやってるんだ。みんなが戦ってる中で僕は手榴弾と格闘か。
「だって銃弾が切れてるんだもん」
 僕はカワイイ瞳でメアに訴えた。それを氷の眼で返すメア。
「弾くらいなら創想プログラムで創造可能よ」
「そうなの!?」
 僕の腕に付けたブレスレット型増幅器に念じるんだったよね?
 ザキマはすでに立ち上がり、ナギと大狼君が交戦している。僕も早くみんなを助けなきゃ!
 銃口をザキマに向けた。この銃には弾が残ってるような気がする。僕は力強く引き金を引いた。
 カチカチと引き金が鳴るだけで、弾が出ない。そうか、僕が疑ったからいけないんだ。残ってるような気がするじゃなくて、弾は絶対込められてるって信じなきゃいけないんだ。
 ――僕は信じた。
 そして、引き金を引いた。
 どんな鋼鉄も貫く弾丸が放たれた。でも、本当に機械化したザキマの身体を……ぐあっ!
 やっぱり銃弾は弾かれた。貫くどころかザキマの身体にはかすり傷すらついてない。
 メアが僕にアドバイスをする。
「強く想うのよ、決して疑っては駄目よ」
 ちょっと貫くの無理かもと想ったのがいけなかったんだ。てゆかね、疑うななんて無理に決まってるじゃん。人間どこか心の片隅で、疑心を持ってるに決まってるじゃないか。
 駄目だ、僕がそんなことだから駄目なんだ。もっと信じなきゃ。
 僕は目を瞑り、心を鎮めた。
 よし、いける!
 僕はカッと目を開いて銃弾を放った。
 想いの込められた銃弾はザキマに向かって一直線に飛んだ。
 銃弾はザキマの胸に当たった。
「やったぁ!」
 弾丸から漏れたウイルスがザキマの身体を犯す。
 地面に両手両膝を付いてザキマが倒れた。そして、身体を構成している言語が浮き彫りになり、それが少しずつ崩壊をはじめた。
「ガガッギギギガガガッ!」
 奇怪な声をあげてザキマは拳を床に何度も叩き付けた。
 みんな攻撃の手を止めてザキマを見守った。
 その中でメアが淡々と、
「復旧するわ」
 その言葉どおり、急にザキマが立ち上がり、浮き彫りになっていた言語がなくなっていた。
「ケーケケケケケケッ!」
 復活したザキマに大狼君が対峙した。
「免疫化されてしまったようだな」
 そんな、やっと僕が……。
 巨体を揺らしながらザキマは僕に向かって突進して来た。
 大狼君がザキマの前に立ち塞がり、手から電撃弾を撃ち放った。
 飛んで来た電撃弾を食ったザキマは大狼君を叩き飛ばし、僕に向かって鋭い鋼鉄の牙を覗かせた。
 なんとザキマの口から呑み込んだ電撃弾が!
 僕は避けるヒマもなかった。火花を散らした電流弾が僕の眼前まで迫っている。
 もうダメだ!
「レイ!」
 急に僕の前に飛び込んで来た人影。
 その影が僕の代わりに全身で電撃弾を受け止めた。それはナギだった。
 僕は倒れるナギの背中を受け止めた。強い電流がナギの身体から僕に伝わる。それでも僕はナギの身体を抱きとめた。
「ナギ!」
 返事は返ってこなかった。
 こいつのこと嫌な奴だと思ったこともあったけど……だけど……。
 ナギの身体に浮かび上がったプログラム言語が崩壊していく。
「ナギ!!」
 僕の胸の中でナギの身体がメタリックの光に包まれた。
 そして、僕は目を見開いた。
 僕の胸に抱かれている女の子の姿……これがナギ?
 そんなっ、ナギが女の子だったなんて……。
 僕と同じツインテールの女の子。同じ、僕と同じ……。
 知っている。
 僕はこの子のことを知っている。
 なぜか思い出せない。
 なんで?
 知っているのに……なんで思い出せないんだ。
 頭が痛い。
 走馬灯のように脳に流れ込んでくる断片的な映像。
 薔薇の香。
 恋人の死。
 偽りの記憶。
 改ざんされた記憶によって創られた偽りの恋人の名。
 ナギ……ナギ……そうナギだ。
 この子の名前はナギサだ!
 僕の本当の名前は?
 メアが僕の名を静かに呼んだ。
「我が君、ファントム・メア」
 〝レイ〟の記憶はそこでぷっつりと切れた。

《5》


 ナギサを床に寝かせボクはゆっくりと立ち上がった。
 目の前にいる巨大な機械人の瞳に、今のボクの姿が映し出される。
 漆黒のローブを身に纏い、白い仮面を被るボクの姿。
 床に寝ているナギサが目を覚ましてボクに手を伸ばした。
「……リョウ……リョウ、リョウなんでしょう!」
 ボクは聞き流した。彼はもういない。
 奇怪な咆哮をあげて機械人がボクに襲い掛かって来た。
 即座にローブの中からボクは二丁拳銃を抜いた。
 銃弾の雨が機械人の躰を貫く。
 ローブを靡かせながらボクは飛翔し、機械人の頭部に掴みかかると、そのままこいつの首をへし折って頭をもいだ。
 首を失った箇所から火花が噴出し、それでも機械人はボクに向かって巨大な手を伸ばして来た。
「ボクに勝てるとでも思っているのか?」
 伸ばされた巨大な手を掴みへし折り、そのままもいだ腕を振り回して機械人の胴体にぶつけた。
 後方に大きく飛んだ機械人が機器類にぶつかり、爆発に巻き込まれて煙の中に消えた。
 煙幕の中に浮かび上がる巨大なシルエット。
「しつこい奴だ」
 ボクは呟きながら煙の中に飛び込んだ。
 目の前に迫った機械人の巨大な躰。その胴体にボクは力を込めて掌底を喰らわせた。
「ハッ!」
 再び後方に飛ばされた機械人は壁にぶつかり、手足が吹き吹き飛んで床に転がった。
 ボクの足元まで金属片は飛んできていた。これでもう機械人が再び動くことはないだろう。
 粉々になった機械人に近づき、その破片の中から少女の腕を掴んで立たせた。
 ボクの白い仮面を見つめるナイ。
「ファントム……メア!」
「久しぶりだねナイ」
「どうして……やっぱり復活して……」
「そのあたりの事情は復活したばかりでボクも把握できていない」
 ボクの背後で駆け寄る足音が聴こえた。
「目を覚ましてリョウ!」
 ふらつきながら駆け寄ってくるのはナギサだった。その前に立ちはだかるメアの姿。
「ファントム・メア様が復活した今、もう貴女はもう用済みよ」
 メアの手から放たれた見えない波動によって、小柄なナギサの躰はいとも簡単に吹き飛んだ。
 この状況を見ていた大狼君が声をあげる。
「これはいったいどういうことだ!」
「さあ、ボクにもよくわからない。メア、説明してくれないかな、なぜボクが復活したのか?」
 全員の視線がメアに集中した。
「全ては憎きファントム・ローズによって、ファントム・メア様が滅ぼされたことにはじまります」
 そこまでの記憶はボクにもある。
 ホームワールドとホームワールドの間にできた〈ハザマ〉。そこでボクとローズは一騎打ちをした。どちらもあれが最期の戦いだと思っていただろう。
 そして、ボクは滅ぼされた……筈だった。
「そうだ、ボクは確かに滅びた筈だ。では、今ここにいるボクは何者だ?」
「我が君、ファントム・メア様でございます」
 メアは断言した。
 ボク自身も疑う余地はない。だが、微かに記憶が残っている。
 ――レイ。ゼロ……から今に至るまでの課程。
 少しずつ状況が把握できてきた。
 ボクは掴んでいたナイの腕を引っ張り、そのままメアに投げつけた。
 ナイが声を張り上げる。
「全てはメアが仕組んだことだったの!」
 メアの腕を振り切り、ナイは壁際まで逃げた。
「ウチとメアが〈ハザマ〉に駆けつけたときには、もうすでにアナタは断片化して消えかけていた。その断片をメアは掻き集めて、ブレスレッドに加工したの」
 ブレスレッド……これか。
 ボクは腕に嵌められていたブレスレッドを皆に見せ付けた。
「これだな?」
 すでにブレスレッドは色褪せ役目を終えているようだった。
 ボクはメアに問う。
「それからどうした?」
「ホームネットワークからはすでに、ファントム・メア様の元なった者は完全に消滅しておりました。そこで私は新たな器をドリームワールドに見出したのです。ホームネットワークから発せられる想いが、ドリームワールドであの者を創り上げた」
「それがレイか……」
「その者は他人が創り上げた思念でしかありませんわ。ですので、本当に器になるか賭けでございました」
 レイ――それは人々の想いが生み出した幻影。
 もしかしたら、レイはボクではなく春日リョウになっていた可能性もあるのか。
 薔薇の香が一瞬にしてこの部屋に立ち込めた。
 ボクの視線の先には一人の道化師が立っていた。その姿の奥に何者が潜んでいるのか、ボクにはすぐわかった。
「鳴海マナ……いや、ファントム・ローズだな」
「そうだ。私の名はファントム・ローズ」
 道化師の姿が一瞬にして仮面の使者に変わった。
 白い仮面。しかし、ボクが想えば、それは別の顔へと変わる。ボクはローズの真の姿を見ることができる数少ない存在。
 ローズの白い仮面は哀しそうな表情をしていた。
「私は賭けに負けたのだ。私は君が春日リョウに戻ることを心から願っていた。しかし、君は再びファントム・メアとして目覚めてしまった」
 レイの前に度々姿を現した謎の道化師。レイはその者がファンム・ローズだと最後まで気付かなかった。もし、ファントム・ローズだと知れれば、リョウではなく、このボクの記憶を刺激してしまっていただろう。
 最後にボクの記憶を呼び覚ましたのは、そこに立っているナギサの存在。彼女は諸刃の剣だったに違いない。ボクを呼び覚ますか、それともリョウを呼び覚ますか。
 リョウとナギサは恋人関係にあった。しかしそれはホームネットワークが整合性を取るために、記憶を改ざんしてナギサに刷り込んだ事象に過ぎない。ボクの恋人は死んだのではなく、存在そのものが世界に否定されてしてしまった。そのため記憶の改ざんは行なわれた。
 ボクにとってナギサは真実の恋人ではなかった。しかし、ボクを呼び覚ますために必用だったのは、他者からの想い。強い想いが必用だった。
 今のボクはファントム・メアであるが、その根本はローズに滅ぼされる前のモノとは異なる。
 なぜならば、あのファントム・メアはあくまで春日リョウであった。しかし、今のボクは最初から幻影なのだ。ボクが存在するためには、前よりも強い想いが必用なのだ。
 ボクは真のファントムとして覚醒めた。
 そして、ボクは理想郷を創るために今の世界を敵に回さなくてはならない。
 ボクはローズを見定めた。
「ファントム・ローズ、ここでの勝負はお預けにしよう。ボクは覚醒めたばかりだ、少し休養を取りたい」
「そうはさせない。ここで決着をつける!」
 ローズは薔薇の鞭を構えた。本当にやる気のようだな。
「ならば相手をしよう」
 銃を構えようとしたとき、ボクとローズの間にナギサが割って入った。
「やめてリョウもマナお姉ちゃんも、なんで戦わなきゃいけないの!」
 ボクは構わず銃を抜いた。
「それはきっと宿命だ」
「やめて!」
 ナギサが叫んだ。
 一対一での戦いではローズはボクに牙を剥いた。しかし、今はナギサの悲痛な訴えに、鞭を握った手を地面に下ろしてしまった。
 やはりローズは甘い。
 ボクはナギサに当たらぬように銃を放った。ナギサの想いはボクを存在させる糧だ。滅ぼすわけにはいかなかった。
 ローズも意を決したのか、弾丸を躱しながらボクに襲い掛かって来た。
 撓る鞭を舞うように躱しながら、ボクはローズに話しかける。
「もう戦いは止めにしないか、こんな戦いなんてくだらない」
「私が戦うのを止めたらお前は世界を滅ぼすだろう!」
「何度言ったら理解してもらえるんだ。新しく創り直すんだよ」
「それに何の意味がある?」
「そうしたら君の愛した人も、ドリームワールドの幻影ではなく、君と融合して永遠となる」
 薔薇の香が強くなったようにボクは感じた。
 鞭の動きが早くなった。
 足捌きが追いつかずボクの腕を鞭が切り裂いた。まったく痛みは感じない。
 ボクはローズと戦いならメアたちに目を向けた。
 メアはナイを捕まえようとしているようだ。
「お姉さま、わたしと行きましょう」
「イーヤーだ。ウチとアンタはぜんぜん性格が合わないから一緒にいたくないの!」
「なら、再び一つになるしかありませんわね」
「今度一つになったら、ウチが主権を握ってやるんだから!」
「それは無理ですわよ。またわたしが主権を握らせてもらいますわ」
「望むところだ!」
 メアとナイが互いの手を握り合った。
 結合した手から徐々に溶け合うように融合がはじまる。姉妹が真の姿を現そうとしていた。
 闇と光が渦を巻いて姉妹を呑み込み、突風が当たりに吹き荒んだ。
 戦っていたボクとローズも手を休めて風の煽りを受けた。
「ボクの予想はメアの勝ちだね」
 より強い風が爆発したように吹き、この場にいた全員の躰を吹き飛ばした。
 ボクはローブを風に靡かせながら床に手を付いて堪えた。
 物凄い妖気を感じる。
 ドリームワールドが生み出した幻影。
 風が吹き止み、闇と光の渦から黒いナイトドレスを着た優美な女性が這い出てきた。
 夢魔――ナイトメア。
 やはりメアが勝ったようだな。
「ナイトメア、別のワールドの扉を開けるか!」
 ボクの問いにナイトメアは首を横に振った。
「申し訳ございません。内にいるナイが抵抗していて力が発揮できません。しかし、このワールドの別の場所ならば……」
 ボクは急いでナイトメアの元に駆け寄った。
「行かせないぞファントム・メア!」
 ローズの鞭がボクの足に巻き付いた。
 転倒を誘発されたボクは地面に両手を付いてしまった。
 すぐにナイトメアがボクの元へ駆け寄ってくる。
「ファントム・メア様!」
 ナイトメアの手に闇が宿り、手刀によってボクの足に巻き付いた鞭が切られた。
 立ち上がったボクはナイトメアの胸に抱かれた。
 そして、闇の衣に包まれボクはこの場から逃げようとした。


ファントム・ローズ専用掲示板【別窓】
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