サイバー・ファントム(3)ナギ

《1》

 街中の〝ゴースト〟たちが無差別に襲われている。襲っているのは黒い狼団。
 刃向かう者は容赦なく破壊し、弱い者はトラックに詰め込みどこかに攫っていく。彼らの目的はこの世界の破壊と、新たな世界の構築。黒い狼団を束ねる者の名は大狼君。
 世界の破壊なんて、あたしは絶対に許さない。
 もう失うのは嫌。壊されるのは嫌。だからあたしは戦うと決めたの。
 あたしは隙を見てトラックの荷台に乗り込んだ。
 〝ゴースト〟たちがあたしを見てる。
「オレのことは黙っていてくれ、あとで必ず助ける」
 あたしは〝ゴースト〟たちに紛れて、トラックの奥に身を隠した。
 トラックが走り出し、たぶんアジトに向かってるんだと思う。
 ……きゃ!
 暗がりの中で誰かあたしのお尻さわった。もぉやんなっちゃう。まるで満員電車みたい。
 トラックに揺られて、どのくらい経ったんだろ?
 停車して、また走り出さないと思ったら、急に荷台の扉が開かれた。
 眩しい光であたしは目が眩んだケド、不意打ちするなら今だと思って、勇気を出して飛び出した。
 戦闘員の頭を踏み台にしてあたしは飛んだ。
 ロングコートを靡かせながら着地して、しゃがんだまま辺りを見回した。
 戦闘員たちがコッチを見てる。
 本当はイヤなんだケド、ヤルしかないかなぁ。
 あたしは両脇に差している刀を抜いた。
 戦闘員の数はざっと七匹。ほとんど黒だケド、一匹赤いヤツが混ざってる。あの赤には気をつけなきゃ。
 背の高いビルに見下ろされる中、あたしはアスファルト力いっぱい蹴り上げた。
 電磁ロッドを構える戦闘員を狙い、まずは一撃を喰らわせた。
 切っ先が戦闘員の胸を撫で斬る。
 ヤダ、もぉまたコートに血がついたぁ!
 なんで血なんて噴き出る仕様になってるんだろ、いらないのに。
 すぐそこに迫っていた戦闘員の頭に回し蹴りを喰らわせ、真後ろにいたヤツには刃をお見舞いした。
 これで三匹。
 黒戦闘員は下っ端だから、少しのダメージでプログラムが破壊してくれる。
 問題はあの赤い奴だ。
 赤戦闘員の真横に待機していた二匹の戦闘員がハンドバズーカを撃った。
 撃たれた弾が普通の弾じゃないのは知ってる。六本の脚が生えた蜘蛛型のワームだ。身体に取り付かれたら、あたしが破壊されちゃう。
 飛んできた蜘蛛を真っ二つに斬って、もう一匹は……あっ、踏み潰しちゃった。でもいいや、壊せたし。
 後ろから飛びかかってきた戦闘員の股間を踵で蹴り上げて、あたしは赤戦闘員に刃を向けた。
 横にいる二匹なんてあたしの敵じゃない。
 シンメトリーを描いて二匹同時に首を刎ねた。
 いやん、もぉたくさん血が吹き出してるし最悪。
 血が目晦ましになっちゃって、赤戦闘員のこと見失っちゃった。どこにいるの?
 後ろから気配を感じる。早い!
 顔面を殴られそうになってあたしはしゃがんで躱した。そこに回し蹴りを喰らって脚を掬われちゃった。
 尻餅を付きそうになったケド、どうにか刀を地面に突き立てて堪えて、残った刀を思いっきり投げつけてやった。
「キーッ!」
 怪鳥みたいな叫び声をあげて、赤戦闘員は背中から倒れた。そして、跡形なくこの世界から消えた。 
 赤いのって黒に比べて三倍の戦闘力があるんだもん。油断すると危ない危ない。
 さてと、まずは〝ゴースト〟たちかな。
 あたしはトラックの荷台を覗き込み、〝ゴースト〟たちに声をかける。
「もう心配ない。辺りに戦闘員たちはいない今が逃げるチャンスだ」
 荷台の中から〝ゴースト〟が出てくるのを確認して、あたしはその場を後にすることにした。
 この近くにアジトがあるハズ。あたしが調べた情報によると、どこからか地下に行けるハズなんだケド……。
 トラックが止まってるのがココだから、コッチかなぁ?
 あたしは裏路地に入って、ビルとビルの間を歩いた。
 行き止まりだ。
 足元にはマンホールがあるケド、コレかな?
 ヤダなぁ、下水とか臭いもん。でも、行くっきゃないよね。
 がんばってマンホールを開けてハシゴを降りた。悪臭はしないみたい。
 地下に降りてみると、下水じゃなくて線路みたい。でもなんか使われてる雰囲気しない。
 ……アレ?
 向こうから明かりが見えるケド、もしかしてあそこが入り口?
 あたしは闇に身を隠しながら明かりに近づいた。
 扉の前に戦闘員が立ってる。退屈そうにしてるから遊んであげようかな。
 足元にあった石を拾い上げて、遠くに投げ飛ばした。
 石が落ちた音に戦闘員が気を取られているうちに、あたしは刀を抜いて全速力で駆けた。
 戦闘員があたしに気付いて振り向いたケド遅い。刃はすでに戦闘員の首に付けつけてあった。
「首を落とされたくなければ、大人しくしろ」
「キー」
 いつもより語尾が下がってるから、観念したってことかなぁ?
「それではドアのロックを解除してもらおうか」
「キーッ!」
 戦闘員は首を横に振った。
「言うことを聞かないなら、首を落とす前にまずは……」
 もう一振りの刀を抜いて戦闘員の……いやん、股間が目に入っちゃった。全身タイツでそこだけモッコリしてるんだもん。えい、ここに刀突きつけちゃえ!
 股間に刃を突きつけられた戦闘員は震え上がった。
「キーキーッ!」
 そしてドアについてるボタンを押してロックを解除した。
「もう用済みだ」
 あたしは柄の底で戦闘員の首の後ろを強打した。おやすみな~い。
 気絶した戦闘員を残してあたしはアジトの中に侵入した。
 金属の廊下を静かに走り、大狼君の居所を探した。
 サイレンが急に鳴りはじめた。
「……っしまった」
 天井に防犯カメラが仕掛けてあった。
 ええっと、防犯カメラを叩き切って、姿を晦ませることにしよう。
 カメラを壊してあたしは身を隠しながら先を急いだ。
 戦闘員の影だ!
 あたしは即座に身を隠し、近くにあった部屋に忍び込んだ。
 部屋の中にも戦闘員たちがいるじゃん!
 あたしは身を伏せて、床を這いながら移動した。
 この部屋では何かの研究をしてるっぽい。だって、戦闘員に混ざって白衣を着てる人がいっぱいいるもん。
 なにしてるんだろ?
 人が入れそうなカプセルがいっぱい並んでる。冬眠装置なん不必要だし、人間を移動させる装置?
 部屋の奥から戦闘員に引っ張られて〝ゴースト〟が連れて来られた。カプセルの数は五個、それと同じ数の〝ゴースト〟が連れて来られたみたい。
 あたしがジッと見てると、〝ゴースト〟はカプセルの中に押し込められ、フタが閉められて閉じ込められた。
 白衣を着てる人たちが慌しく動きはじめた。
 いったいなにが行なわれるんだろう?
 白衣を着た男がスイッチのレバーを降ろすと、装置が火花を散らして揺れはじめた。
 時報みたいな音が聴こえる。
 ポン、ポン、ポン、ポーンっと同時にカプセルのフタが開き、大量のスモークが流れ出した。
 スモークの奥に黒い影が見えた。
 ……あれは、戦闘員だ!
 中に入ったハズの〝ゴースト〟が、出てきたら戦闘員に変わってる!?
 もしかして、戦闘員の生産マシーン?
 だとしたら、今まであたしが戦ってきた戦闘員って、みんな〝ゴースト〟だったの?
 ヒドイ、そんなのヒドイ。敵だと思って戦ってきた戦闘員が、元は〝ゴースト〟だったなんて……。
「キーッ!」
 見つけたぞと言わんばかりに、戦闘員があたしを見つけて叫んだ。
 柄を握ったケド刀が抜けない。あたしには斬れない。
 あたしは戦闘員にタックルしてその場から逃げた。
 部屋の外に出ると廊下の向こうから戦闘員が!
 あたしは逆方向に走り出した。
 T字路に差し掛かると、また向こうから戦闘員。後ろからも戦闘員が迫ってる。あたしは誘導されるように逃げるしかなかった。
 そして、あたしの前に立ちはだかった大きな扉。
 一本道に追いやられ、あたしは扉の向こうに行くしかなかった。
 重い扉を押してあたしは部屋の中に飛び込んだ。
 すぐに甲高い男の声が聴こえた。
「ケーケケケッ、よく来たな美男子さんよ」
 あたしの前に現れたのはモヒカンのヘヴィメタ野郎。その後ろには長椅子で寛ぐ大狼君の姿。そして、戦闘員に両脇を囲まれた少女?
 大狼君が戦闘員たちに命じる。
「ナイを隔離フォルダに入れて置け」
「キーッ!」
 戦闘員たちに腕を捕まれ、ナイっていう少女が連れて行かれようとしている。
「ウチのこと放せってば! このエッチ痴漢変態!」
 物凄いジタバタ暴れたケド、結局ナイは連れて行かれてしまった。いったいあの少女はなんなんだろ?
 大狼君があたしに顔を向けた。
「色々と取り込んでいる最中だったので失礼した。さて、君の用件を聞こうじゃないか?」
 あたしは刀を抜く準備をして敵意を示した。
「なぜお前はこの世界を破壊しようとしている?」
「そんなの楽しいからに決まってんだろバーカ!」
 答えたのは大狼君の前に立っていたモヒカン野郎だ。
「お前になど聞いていない、オレは大狼君と話しているんだ」
「ケッ、大狼君、大狼君ってオレ様のことはほったらかしかよ気に食わねえ」
 不貞腐れたようすのモヒカン野郎は、壁に持たれかかって口を開かなくなった。もしかしてイジケちゃった?
 大狼君が立ち上がった。
「最初は、破壊そして、創造を楽しんでいるだけだった。しかし、私はいつしかこの世界の真理を追究していたのだよ。などと言っても君には理解できないだろうがな。君はなぜ私に会いに来た、ただ私を倒すためか?」
「それもある。だが、オレがこの世界に来たのは情報が欲しかったからだ。この世界にある膨大な情報にアクセスできるお前の力が必要だった」
 サイバースコープの下から覗く大狼君の唇が、先ほどとは違う表情をしたのをあたしは見逃さなかった。……形のいい唇。もしかしたら素顔は美形かも。
「引っかかる言い方をしたな。貴様、この世界の人間ではないな?」
 バレちゃった。この世界の住人たちはほとんど思念だケド、たまにあたしたちみたいなホームワールドから来た人間がいる。
 あたしの正体がバレたってことは、大狼君も〝世界〟の情報を握ってることになる。やっぱり男の力が必要だ。でもあたしは大狼君たちを許せない。この世界を破壊して、我が物にしようなんて許せない。
 突然、真後ろの扉が開かれた。
 部屋に流れ込んでくる戦闘員たち。
 壁に寄りかかっていたモヒカン野郎がニヤリと笑う。
「袋のネズミだな、ケケケッ」
 あたしに逃げ場はない。ケド、できれば戦闘員たちとは戦いたくない。
 大狼君が戦闘員たちに合図を送った。
「デリートするな。その男には聞きたいことがある、生け捕りにしろ!」
「キーッ!」
 戦闘員たちが襲ってくる。もう刀を抜かなきゃ――。
「待ちな!」
 大きな声を出して戦闘員たちを制止させたのはモヒカン野郎だった。
「オレ様にやらせてくれよ」
 あたしの前にやってきたモヒカン野郎に大狼君は、
「好きにしろ」
 と、だけ言って、自分の長椅子に腰掛けてパソコンをはじめてしまった。絶対見くびられてる。あたしが真剣なときに、パソコンなんてはじめて、どうせエロサイトでも見てるんでしょ!
 バーカ!
 モヒカン野郎があたしに近づいてくる。
「可愛がってやるぜ美男子さんよぉ」
 うわっ、舌なめずりした。キモイ、こいつそっちの趣味あるのかなぁ。鳥肌立っちゃう。
「刀の錆にしてやる」
「ケケッ、やれるもんならやってみな!」
 いつの間にかアイアンクローみたいの装備してるし。あれで斬られたら絶対痛いだろうなぁ。
 あたしは二振りの刀を抜いた。速攻で決める!
「十文字斬り!」
 キンと甲高い音がして、あたしの攻撃は受け止められた。刀はツメの間に挟まり、もう一振りの刀も同じように止められていた。アイアンクローは両手に装着されていた。
 刀がまったく動かせない。向こうもツメを動かそうとするケド、こっちだって負けてらんない。
 金属がぶつかりかり合う音が響く。
 そして、モヒカン野郎の足が蹴り上げられた。
「クッ!」
 歯を食いしばったあたしの腹に足が食い込む。
 後ろによろけたあたしに容赦なく次の攻撃が……そんなギターどっから!?
 モヒカンがスイングしたエレキギターの側面で、あたしは顔面を殴られて床に転げ回ってしまった。
 イターイ。リアルだったら絶対泣いてる。ケド、あたしは負けない。
 叩かれた反動で向けてしまった背中に、ツメが振り下ろされた。
「クッ!」
 激しい痛みが背中に走った。痛すぎる。
 すぐに立ち膝を付いて体制を整えようとしてるところに、モヒカンがエレキギターを構えて見下してきた。
「骨のねぇ奴だ。もう飽きたぜ!」
 そう言ってモヒカンはエレキギターを掻き鳴らした。
 ――電磁攻撃!?
 目に見えない衝撃波を喰らい、あたしの身体は動かなくなった。まるで痺れたみたいに身体が動かない。
 そんな……こんなにあっさり負けるなんて……。
 口を開いても声すら出せない。
 さっきまでパソコンをやっていて、あたしたちの戦いなんて目にも留めなかった大狼君が口を開く。
「留めは刺すな。口が聞けるようになるまで隔離フォルダに入れて置け」
「キーッ!」
 戦闘員たちの声が聴こえ、全身に痺れが回ったあたしは気を失った。

《2》


 ……出られない。
 金属の箱の中に入れられたみたい。天井も低いし、横になることもできない。立ってるか座ってるしかできない。閉所恐怖症だったら耐えられないと思う。
「誰かいないのか!」
 あたしは壁を蹴っ飛ばした。びくともしない。
 声も外に聴こえるのかわからない。
「ここを開けろ!」
 ……あれ、開いた。
 ちょっと押したら開いちゃった。
 開いたのはいいけど、誰この人?
「すみません、ここトイレじゃなかったんですねー」
 ピエロはそう言って扉を閉めようとした。
「待て!」
 閉められたらまた出られなくなっちゃう。あたしは強引に外に出た。
 でも、どうしてこんなところにピエロが?
「誰だお前?」
「ボクですか? 休日の道化師です。散歩していたら迷ってしまって……」
「迷ってだと? 黒い狼団の仲間じゃないのか?」
「と、とんでもない! ボクはただの道化師ですよ」
 見るからに怪しい。でも、偶然でも故意でも、あたしを出してくれたってことは、敵ではないのかも。とにかく得体の知れないヤツ。
 ここから逃げ出すなら、とにかく武器を探さないと……あれ?
「お前が持ってる刀はなんだ?」
 ピエロがあたしの刀を持っていた。
「これですか? さっきここのロッカーを開けていたらたまたま見つけました」
「それはオレのだ、返せ」
 あたしは強引にピエロから刀を奪い返した。
 辺りを見回すと、まるでロッカールームみたいだった。でも、ロッカーより大きいかも。あたしが入ってたくらいだし。
 もしかして、まだロッカーに入ってる人が?
「ここから出せ!」
 女の子の声が微かに聴こえたような気がする。このロッカーからだ。
「誰かいるのか?」
「いるいる、ぜんぜん使用中! ウチの名前はナイ、奴等に捕まっちゃって、とにかくここから出してよ」
「少し待て」
 ナイってどこかで聞いた名前……大狼君の部屋で見た少女だ。
 あたしは刀を構えて、力を込めて振り下ろした。
「一刀両断!」
 手が強く痺れ、刀ごとあたしは弾き飛ばされた。ロッカーの扉はびくともしない。
「駄目だ、ぜんぜん歯が立たない」
「そんなこと言わないで、ウチのこと助けてよ」
 助けたいケド、この刀で斬れないなんて、破壊は絶対にムリそう。
 あたしはピエロに顔を向けた。
「オレのロッカーはどうやって開けた?」
「開いてましたよ」
「なんだと?」
「だから、キミの入ってたロッカーは最初から開いてましたよ」
 そんなバカな。だって、あたしが中から暴れてもびくともしなかったのに……。
 あたしはナイが入っているロッカーに手を掛けた。力を込めて引いてみたけど、やっぱり開くハズなんてない。
 扉にカギらしきものはついていない。どうやって開けるんだろ?
 ピエロが耳に手を当てて物音に耳を済ませた。
「なにか聴こえませんか?」
「いや、なにも聴こえない」
「聴こえますよ、ほらサイレンの音です」
 急にサイレンの音がこの部屋にも響きはじめた。
 部屋の扉を開けて戦闘員が飛び込んできた。
 あたしは柄を握り直して逆刃にして、戦闘員に斬りかかった。
 ごめん、眠ってて。
 戦闘員の腹に峰打ちを喰らわせ気絶させると、あたしはナイが入ってるロッカーに駆け寄った。
「必ず助けに戻る!」
「ウチのこと置いてく気!」
 ごめん、絶対に助けにくるから待ってて。
「この薄情者のバカ!」
 あたしはナイの罵声を背中に浴びながら部屋を飛び出した。
 廊下の向こうからは戦闘員たちがもう来ていた。
「こっちですよ」
 ピエロがあたしに合図を送った。
「道に迷っていたんじゃないのか?」
「トイレを探して迷ってただけです。出口ならわかりますよ」
 このピエロのことを信じていいのかなぁ?
 敵だったらこんな回りくどいことをするハズもないし……。
 あたしは警戒しながらも、走るピエロの後を追った。
 偶然なのか、このピエロの力なのかわからないけど、一回も戦闘員と鉢合わせしないで出口まで着ちゃった。
 アジトの入り口にいるハズの見張りまでいない。
 このピエロっていったい……?
 あたしはピエロを探して辺りを見回した。でも、あいつの姿は跡形もなく消えていた。そして、ピエロが消えたあとに残ったこの香は……?
 なぜか懐かしい香。思い出せない。まるで記憶を改ざんされてしまったように、この香のことが思い出せない。
「キーッ!」
 ついに戦闘員たちに追いつかれた。まったくしつこいんだから。
 あたしが長い地下道を走り出した。たくさんの足音が響き渡り、あたしのことを追ってくる。
 しばらく走ってあたしは足を止められた。天井が崩れて道が塞がってる。後ろからはまだ追ってくるし、どうしよう?
 あたしは天を仰いだ。
 光が見える。マンホールのフタが開いてる。あたしはすぐにハシゴを登って地上に出た。
 マンホールから這い出して見た景色はビル街。最初に入ってきた場所とは違う場所だけど、ドコなんだろココ?
 ハシゴを登って戦闘員たちがやってくる。転がってるフタを見つけて、マンホールにフタをしてやろうとした。
 ケド、それが大失敗。重たいフタを運ぶのに手間取って、そのうちに戦闘員がすぐそこまで来ていた。
 捕まれそうになった足をジャンプで躱して、そのままこの場から逃げ出した。
 ビルの角を曲がったところで、あたしは眼を丸くしてしまった。
 あの子がいる。ナイっていう名前の少女が向こうにいた。でも、どうやって逃げたんだろう?
 もういい、ここで戦闘員たちを迎え撃つ!
 刀を構えたあたしのところへ、ナイが駆け寄ってきた。
「わたしも加勢するわ」
 あの子じゃない。顔はそっくりなのに、この子はナイじゃないって直感した。とても冷たい眼差し、とても冷淡な声。あたしが会ったナイは、もっと元気な感じがした。
「手助けは無用だ」
 あたしは謎の少女の申し出を断って、戦闘員たちに突っ込んでいった。
 たとえ戦闘員の正体が〝ゴースト〟だとしても、あたしはここでやられるわけにはいかない。やらなくちゃやられちゃう。もう戦うしかないの。
 あたしは戦闘員の相手を三人まとめてした。
 もう一匹いたはずの戦闘員は?
 しまった、メイド服の女の子のところへ!
 助けなきゃと思ったケド、手が離せない。
 ……あっ、メイドさんが回し蹴りしようとしてコケた。思わず噴出しそうになったのを堪えて、真顔であたしは戦闘員たちの相手をした。
 戦闘員の電磁ロッドを躱して、相手の胸を斬り一匹仕留めた。そのとき、銃声が聞こえた。振り向いて見ると、あのメイドさんが銃を撃ったみたい。
 銃を撃たれた戦闘員の様子がおかしい。戦闘員を構成している言語が目にも見えるようになって、壊れた言語が連鎖を起こして、存在が意味を持たなくなる。きっとウイルス弾だと思う。
 あのメイドの子……何者なの?
 向こうに気を取られているうちに戦闘員の数は増えていた。これってちょっとマズイかもぉ。
 戦闘員の腹を抉り、空かさず二撃目で首を刎ねた。
 いやん、また血がスゴイ出てる……キモチ悪くてトラウマになりそう。
「危ない避けて美青年!」
 誰かがあたしに叫んだ。
 すぐに振り向くと、メイドさんが電磁ロッドで殴られていた。
 電磁ロッドを喰らったらただじゃすまない。最悪、この世界から消滅する。
 ケド、予想を反してメイドさんには別の変化が起こった。身体を覆っていた言語が崩れて、中から男の子が……そんな、まさか?
 アスファルトにうつ伏せになった男の子の背中……そんなハズない!
 だって、だって彼が……こんなところに……。
 あたしは戦うことを忘れて、ただ呆然と立ち尽くした。
「戦いの最中に気を抜いちゃ駄目よ、クスクス」
 ハッと我に返ると、あたしの傍らには謎の少女が立っていた。
 そして、すぐそこまで迫っている戦闘員の大群。
 謎の少女が何か呟きはじめた。
 この感じはなに?
 冷たい風が吹き、謎の少女の髪の毛が揺れた。
 なにか……強大な力が……。
「デゥーウィン!」
 謎の少女が囁くと、強烈な爆風が吹き荒れた。それがただの風じゃないことは、見てすぐにわかった。黒い風が意思を持って戦闘員たちを呑み込んで行く。呑み込まれた戦闘員の姿は闇に溶けて見えない。
「キーッ!」
 悲痛な叫び声。戦闘員たちを呑み込んだ黒い風は治まることを知らず、物陰に隠れていた一般人や〝ゴースト〟まで呑み込みはじめた。
「風を止めろ!」
 あたしは怒鳴った。
 けれど、謎の少女はただ冷たく――。
「なぜ?」
 と、言いながらクスクス嗤うだけだった。
「無関係の人たちも犠牲になってるだろ!」
「それがどうかして?」
「どうかしてじゃないだろ!」
「何事にも犠牲は付き物なの。それにこの世界の人たちが消えても、わたしにはなんの関係もないもの」
「……クソッ」
 黒い風はあたしたちのところまで迫っていた。
 気を失っている〝ネカマちゃん〟のことを案じて、あたしは彼を抱きかかえてこの場から走り出した。

《3》


 〝ネカマちゃん〟をベッドに寝かせて、あたしはその顔を見ようとした。前髪で隠れて顔はほとんど見えない。でも、この下にもしかして……。
 あたしが髪の毛を退かそうと手を伸ばすと、後ろから謎の少女に声をかけられた。
「なにをしようとしているの?」
「いや、べつに……」
 あたしはすぐに手を引っ込めて〝ネカマちゃん〟から離れた。
 壁に寄りかかりながら、あたしはなるべく〝ネカマちゃん〟を見ないように、謎の少女とも顔を合わせないようにした。
 なぜかあたしの胸は高鳴っていた。
 すぐそこにいる〝ネカマちゃん〟の男の子。雰囲気はぜんぜん違う。でも、あたしが好きだった人に、どこか……似てるの。
 想い耽っていると、謎の少女があたしの前に立った。
「貴方、この世界の人間ではないでしょう?」
 こんなことを言われたの今日は二度目。
 あたしが答えずにいると、ベッドで寝ていた〝ネカマちゃん〟が目を覚ましたようだった。
「目を覚ましたようだな」
「アナタがアタシをここに?」
 彼があたしのことに顔を向けた。ダメ、ちゃんと彼のことを見れない。
「そうだ」
 あたしは素っ気無く言って顔を逸らした。
「……変態」
 謎の少女が突然呟いた。
「アタシのどこが変態なのよ!」
 言い返した〝ネカマちゃん〟。しばらくして、〝ネカマちゃん〟はハッとして声を荒げた。
「でも、どうして元の姿に?」
 そういうことね。自分がメイドさんの姿じゃなくなっていたことに、気付いてなかったのね。
「電磁ロッドによってプログラムが破壊されたんだ」
 あたしが教えてあげると、謎の少女がつけ加えた。
「この世界の大半はネット世界の幻影でしかないわ――」
 わざわざサイバーワールドの説明をするなんて……。話を聞いていると、別世界の住人って……やっぱり違う世界から来たのね。
 謎の少女が〝ネカマちゃん〟にブレスレッドを渡すと、突然彼の姿が変化した。最初に会ったときの姿。スゴイ、この世界の法則を自由に操れるなんて、いったいこの人たちって……?
 この人たちのことをもっと知りたい。ケド、この少女と関わるのは危険な気がする。なにかイヤな予感がするの。
「オレはもう行く」
 あたしは好奇心を抑えて、この人たちと別れることにした。
 刀を持って出て行こうするあたしに〝ネカマちゃん〟が声をかけてきた。
「待って、まだ名前も聞いてない」
「お前たちに名乗る名前などない」
 こんなこと言うつもりなかったのに、なぜか口から出ちゃった。どうして?
 あたしがこんなことを言っちゃったから、〝ネカマちゃん〟が食いかかって来た。
「ちょっと待ってよ、アタシ一緒に助けてあげたじゃん!」
「ふっ、オレ一人でもどうとでもなった敵を、お前が勝手に割り込んできてやられたせいで、余計な手間がかかってしまった」
「ヒッドーイ!」
 なぜだかわかないけど、反発してしまう。憤り、悲しみ、なぜかそんな感情が沸いてしまう。どうして?
 わからない、どうして?
 あたしが悩んでいると、謎の少女があたしの前に立って、鋭い眼つきで見上げてきた。
「わたしたちも黒い狼団と戦っているの。どうして貴方は追われていたの?」
「なぜお前たちは奴等と戦う?」
 あたしが会ったナイと何か関係があるのかな?
「黒い狼団に捕らえられた姉を助けたいの」
 やっぱり。ナイとこの子は双子だったのね。
「もしかしたら、奴等のアジトで見ているかもしれない……」
「本当なの?」
「奴等のアジトに乗り込んだとき、お前にそっくりな少女を見た。おそらく間違いないだろう」
「その少女はどうなったかしら?」
「さて? 返り討ちに遭って逃げるのが精一杯だったのでな、どうなったかまでは知らん」
 本当は助けてあげたかった。でも、どうすることもできなかった。
 〝ネカマちゃん〟が鼻で笑ってる。
「敵のところに突っ込んでおいて、逆にやられて逃げてくるなんてダッサーイ」
 トゲのある言い方。とても胸が痛んだ。どうしてそんな言い方するの!
 あたしは思わず睨み返してしまった。
「またすぐに奴を倒しに行く」
「わたしたちも行くわ」
 この少女からは言い知れないなにかを感じる。そして、〝ネカマちゃん〟の近くにはいられない。〝ネカマちゃん〟の近くにいると、なぜか心が乱される。
「断る。あのネカマが足手まといだ」
「ネカマじゃなくて、16歳女子高生、名前はレイ!」
「お前に何ができる? 足手まといの意味を理解できないのか?」
「アタシのことバカにしてるの! こんな奴と一緒に行くことないよ、ねっメア?」
 こんな言い争いなんてしたくないのに……。
 目を伏せてあたしは一刻も早くここを出たかった。
 なのに謎の少女が引きとめる。
「一緒に行かなくてはアジトの場所がわからないわ」
「オレにはオレの目的がある。お前らと行動を共にするつもりは毛頭ない」
 もうなにも聞かない。早くここから出て行こう。
 けど、彼の言葉があたしの耳に届いてしまった。
「もう正直に言っちゃうけど、アタシ、アンタのことなんかムカツク!」
 涙が出そうなほど悲しかった。それを堪えてあたしは彼を睨んだ。
「オレの名前はナギだ、その心に刻んで置け」
 そして、あたしは彼にある物を渡した。
 それが少しでも彼の役に立てばいい。
 ……さようなら。
 あたしは逃げるように部屋を後にした。

《4》


 また正面から乗り込むわけにはいかないし。
 けど、よく考えてみてあたし。一対一でモヒカン野郎と戦ったのに惨敗。ちょー絶望的。
 戦闘員たちがいないか確かめながら、あたしは黒い狼団のアジトに向かった。
 マンホールの入り口に来てみたケド、戦闘員もいないし、マンホールは開きっぱなしになってた。
 ぜんぜん警備が厳重になってみたいだし、それが罠じゃないかって不安になるよね。
 マンホールを降りるかどうか迷っていると、誰かに後ろから肩を叩かれて刀を抜こうとした。
「誰だ!」
「ボクですよ、休日の道化師です」
 また得体の知れないピエロだ。なんでまだこんなところにいるんだろ。
「こんなところでなにをしている?」
「キミの姿を見つけたから、ちょっと声をかけてみただけです。だってボクたち友達でしょう?」
「……いつから友達になったんだ」
 馴れ馴れしいナンパみたいな原理。
「一度会ったら友達ですよー。それになにか困ってるみたいでしたし、ボクにお手伝いできることがあればなんなりと」
 まだあたしはコイツのことを信用したわけじゃないケド、ちゃんと逃がしてくれたし敵じゃないっぽい。
「黒い狼団に捕まってる人たちを助けたい。そして、できることなら大狼君を倒す」
「じゃあ、ボクがちょっと暴れてザコたちの気を引きましょうか?」
「お前、戦えるのか?」
「そこそこ強いですよ、ボク」
 この言葉を信じていいのかなぁ。でも、あたし一人じゃまた……。
「わかった、お前を信じよう」
「信じてくれるんですか? じゃあ、今からボクたちは親友ですね!」
「……それは断る」
「そんなぁ。いいこと教えたら親友になってくれますか?」
「なんだ言ってみろ」
「黒い狼団のナンバー2のザキマが大狼君を裏切って、大暴動を起こして組織はボロボロらしいですよ」
 ザキマって誰だろ? もしかしてあのモヒカン?
 ケド、そんな情報どこから仕入れたんだろ。やっぱり得体の知れないピエロだ。
 仮面を被った顔でピエロはあたしの顔を覗きこんだ。
「これで親友になってくれますよね?」
「断る」
「えぇ~、それってサギですよー」
 聴こえないフリをして、さっさとあたしはマンホールを降りはじめた。
 マンホールを降りると驚いたことに、なんとピエロが先にいた。瞬間移動までできるなんて、どんどんこのピエロのことが恐ろしくなってきた。
「さあ、行きましょう」
 スキップで走るピエロに置いて行かれないように、あたしは全速力で走った。見た目は軽やかなスキップなのに、異様に移動スピードが速い。
 アジトの入り口まで来ると、やっぱり見張りが立っていた。
 ピエロは片手を軽く振って戦闘員に挨拶をする。
「こんにちは、見張りご苦労様です」
 思わぬ相手の行動に戦闘員の動きが止まった。
 その瞬間、ピエロは隠し持てるハズがない巨大なハンマーを大きく振った。
 ハンマーに強打された戦闘員は一発で気を失って倒れた。
 そんな戦闘員に気を取られていると、もうピエロはハンマーなんて持ってなかった。この世界の法則を最大限に利用できる術を知っているのかもしれない。そうとしか考えられない。
 驚きを隠せないあたしを他所に、ピエロは扉の暗証番号を入力していた。そして、扉は簡単に開いてしまったのだ。このピエロにかかれば、なんでもアリみたい。
 アジトに入ってすぐ、道は三方向に分かれてる。
「じゃあ、ボクは向こうのほうで暴れてきますねー」
 ピエロはさっさと廊下の向こう側に行って、角を曲がって姿を消してしまった。本当にだいじょぶかなぁ?
 少し心配だけど、ここまで来たら引き下がれない。
 あたしがピエロの消えた方向とは逆に歩き出そうとしたとき、後方から巨大な爆発音が聴こえた。
 なに!?
 大暴れするって行ってたけど、今の爆発音は異常じゃ……?
 また爆発音が遠くから聴こえた。続けてサイレンの音まで聴こえはじめた。急がなきゃ。
 ピエロが敵の目を引きつけてるからかな、あたしは戦闘員と鉢合わせしなかった。
 たまに戦闘員たちの走る音が聴こえるケド、みんな通り過ぎてどこかに行ってしまう。
 順調にあたしがアジトの中を散策していると、最初の目的地についた。
 でも、扉が開いてる?
 あたしはいつでも刀を抜く準備をして、暗い部屋の中に足を踏み入れた。
 甘い花の香りが微かにする。
 やっぱり誰かいる……。
「レイ?」
 薄闇の中にいたのはレイだった。
 やっぱりあたしがあげたマップを頼りにアジトまで来たんだ。でも、レイしかいないのはなんでだろう。
 またレイに会えたのに、あたしはどうしていいかわからず、彼の横を無言で通り過ぎた。
 湿ったこの部屋の置くには鉄格子の牢屋があった。中でなにかが蠢いてる。それは〝ゴースト〟だった。
 このくらいの鉄格子なら斬れる。
 神速に迫る速さであたしは抜刀した。そして、鞘に素早く戻すと同時に、鉄格子は斬れていた。さすがあたし。
「後はお前たちの自由だ」
 後は彼らの意志に任せよう。逃げようと思わないヒトをムリに連れ出しても意味がない。
 あたしはこの部屋を後にすることにした。次はナイを助けなきゃ。
「待ってよ、どこに行くの?」
 あたしの背中にレイが声をかけてきた。あたしは振り返らずに答える。
「大狼君を倒しに行く。そして、ナンバー2のザキマも必ず倒す」
 モヒカンには借りがある。暴動を起こしたっていうから、ここにいない可能性はあるケド、手がかりはつかめると思う。
「タイロウクンって誰?」
 まさかそんな質問をされるなんて思わなかった。
「なにも知らずにこの場所に来たのか?」
「何か悪い?」
「狼どもの君主。大狼君とは黒い狼団の団長の名だ」
「つまり諸悪の根源、悪の大魔王ってことね」
「そのようなところだ」
 なにも知らずに彼はここまで来たみたい。ナイを助けに来たのはわかるけど、敵の大将くらい知ってていいと思うケド。
 牢屋があった部屋を出ると戦闘員の姿がすぐに見えた。やっぱりピエロ一人で全部引きつけるのはムリみたい。
 あたしは二振りの刀を抜いて構えた。
 コッチにくる戦闘員のハチマキは青だった。黒よりだいぶ強いケド、あたしの敵じゃない。
 あたしは俊足で金属の床を叩き、疾風のような一撃を繰り出した。
 一撃、一撃、あたしの繰り出す業は全て止め一撃。
 次々と鮮血が壁や床を彩った。自分の血はまだいいケド、人の血って見てると気持ち悪くなる。ウェ~ッ。
 走りながら、足を止めずにあたしは戦闘員たちを倒して進んだ。後ろからはちゃんとレイが付いてきてる。
 ……しまった。
 敵を倒すのに夢中で道に迷った。ナイを助けに行きたかったのに、ぜんぜんどこに行ったらいいのかわからないし、大狼君の部屋までわからない。
 レイに道を訊いてもわからないと思うし、なんか彼に訊くのはイヤ。道なりに進んでたらだいじょぶかなぁ?
 あたしが道に迷って走っている最中も、戦闘員の数はどんどん増えてきた。ピエロどうしたんだろ、もしかしてやられちゃった?
 ピエロのことを気にかけてる余裕もなくなってきたみたい。
 一本道の廊下で挟み撃ちにされた。そこでついにあたしたちは足を止めた。
「お前戦えるか?」
 あたしが尋ねるとレイは首を横に振った。
「ムリムリ、銃の弾が切れちゃったんだもん」
 換えの弾くらい、なんで持ってないの?
 たしか彼の銃ってリボルバーだと思ったケド、リボルバーなんて六発くらいしか撃てないんだから、普通予備の弾くらい持ってるよね。ホント、使えない人。
 あたしたちを挟み撃ちにしたのは、赤、青、黄、三種類も揃ってるよぉ。あともうちょっと色数があれば、戦隊物ヒーローになれるのにね。
 レイは役に立ちそうもないから、ここはあたし独りでやるしかない。
「烈風斬!」
 烈風のごとく一撃で敵を薙ぎ払う。
「稲妻衝き!」
 稲妻のごとく敵を貫く。
「剣の舞!」
 ……っあ、これ剣じゃなくて刀だ。
 戦闘員たちを一掃してあたしたちは先を急いだ。
 そして、ナイを助けに行くハズだったのに、大狼君の部屋の前まで着ちゃった。こうなったら先に大狼君を倒すしかない。
「ここだ、この先に大狼君がいる」
 あたしは踏み込む合図をレイに送り、重い扉をゆっくりと押した。

《5》


 広い部屋の奥に大狼君はいた。足が伸ばせる椅子に座って、寛ぎながらパソコンなんてやってる。
「また君か……」
 長い前髪をかき上げながら、大狼君はあたしたちに顔を向けた。
 大狼君の片腕が破壊されてる。怪我じゃなくて、破壊って言い方をしたのは、傷口から電気コードみたいのが伸びてるから、大狼君の身体は生身じゃないっぽい。この世界で生身って言い方はおかしいケド。
 部屋のどこかから少女の声がした。
「早くここから出して頂戴」
 ナイの妹だ。水槽の中に閉じ込められてるみたいに、ガラス管の向こうに揺らめいている。映りの悪いテレビの中に閉じ込められてるって言うほうがわかりやすいかも。
「ワザと捕まってみたのだけれど、どうやらナイはすでにここにはいないそうよ」
 声も少しノイズが入ってるみたい。
 あの少女を助ける前に、まずは大狼君の相手をしなきゃいけない。
「腕はどうした?」
 あたしが尋ねると、大狼君の口元が少し笑った。
「些細なバグがあってね、腕を破壊された」
 暴動を起こしたザキマにやられたのかも。
 腕を破壊され、あたしたちがここに乗り込んだっていうのに、なんだか大狼君の態度は余裕って感じ。どこからかドロップなんて出して口に入れてるし。
 ドロップを噛み砕く音が聴こえたケド、それを掻き消すようにこの部屋に大勢の足音が入ってきた。
 戦闘員によって出口が塞がれちゃった。もう逃げ場はない。
「逃げ場はないぞ、どうする?」
 大狼君に釘を刺された。言われなくてもわかってるって。
 あたしは二振りの刀を抜いてレイに声をかける。
「戦闘員は任せた、オレは大狼君を仕留める」
 あたしは疾風のごとく駆け、大狼君に斬りかかった。
 大狼君は手の平をあたしに向けた。それで刀を受ける気なの!?
「ファイアウォール!」
 呪文のように大狼君が叫ぶと、彼の前にガラスのような〝壁〟が現れた。壊すしかない!
 刃が〝壁〟に当たると同時にあたしは大きく後方に飛ばされていた。
 大狼君がグローブを嵌めた指を鳴らした。
「さて、ゲームをはじめよう」
 まるで見えないキーボードを操るように大狼君の指が動く。
 急にあたしの身体がむず痒くなった。なぜか風邪を引いたみたいに熱っぽい。
 ヤバイ、ハッキングされてる!
 大狼君の動きを止めるため、あたしは一振りの刀を鞘に納め、残る一振りに全神経を集中させた。
 刀を地面と平行に構え、切っ先を〝壁〟に向けて突進した。
 切っ先が〝壁〟に突き刺さる瞬間、鞘の底に手を添えて力いっぱい押した。
「稲妻衝き!」
 刀が大きく撓った。垂直に刀を衝いたつもりだったのに、まだまだあたしの業が未熟だったために、力が外に流れちゃったんだ。
 ダメッ……刀が……。
 ついに刀は音を立てて折れ、断片が回転しながらあたしの頬を掠めた。
「私のファイアウォールは何人たりとも敗れんよ」
 大狼君はあたしを見下し、そして動かしていた指を止め、言葉を続けた。
「君のハッキングは不可能だった。やはり君はこの世界の住人ではないな、でなければハッキング不能の説明ができん」
 他人に自分の心を覗かれるなんて、裸を見られるより恥ずかしい。あたしのことをハッキングできないことは知っていた。ケド、もしかして大狼君なら……っていう不安があったの。
 ハッキングできないなら恐れることはない。あとはこの〝壁〟を壊せさえすれば……。
 あたしは折れた刀を鞘に納め、もう一振りの刀を抜いた。
「次は必ずこの〝壁〟を壊す」
「不可能だ。それより話をしないかね?」
 あたしにとって大狼君を倒すだけが目的じゃない。
「なんのだ?」
「〝世界〟について、ワールドネットワークについて、多元世界のシステムについて、君の知っていることを教えてくれないかね、お嬢さん?」
「……っ!?」
 バレてる?
 あたしが女の子だってなんでバレてるの?
 サイバースコープの下で大狼君の唇がニヤリとした。
「君の本体にはハッキングできなかったが、外装のプログラムにはアクセス可能だった」
「黙れ!」
 あたしは無我夢中で刀を〝壁〟に叩き付けた。何度も何度も斬りかかっても、やっぱり〝壁〟は傷一つ付かない。
 今は誰にもあたしが女の子だって知られたくない。
 あたしはレイに目線を配った。戦闘員たちに追いかけられていて、あたしたちの話が聞こえている様子はない。ナイの姉もレイを見ている。
 切っ先を床に向けてあたしは手を休めた。
「お前はただの破壊者じゃないのか?」
「私はハッカーだよ。それが講じてこの世界の真理を追究したくなった。調べれば調べるほどこの世界は興味深い……私はこの世界が電影だと知っている」
「もしかして、お前は異世界の住人なのか?」
「そうらしい。ただし、私はこの世界のメモリーしかない。君はどうなんだね、自分の世界のメモリーを持っているのかね?」
「……答えたくない」
 あたしは自分の世界の記憶を持っている。あたしは望んでこの世界に来た。大切な人たちの情報を見つけるため、失った人の情報を見つけるため。
 大狼君は少し前に出て、〝壁〟の間近――あたしの目と鼻の先に立った。
「やはり君は私の知らぬ多くの情報を持っている可能性が高い。必ず手に入れてみせる、君のメモリーを」
「ハッキングできないのにどうやって手に入れる?」
 あたしは挑発的な態度で言ったあたしを大狼君は嘲笑う。
「方法はいくらでもある。それにはまず君の自由を奪わねばな……ッ!?」
 言葉は途中で途絶えた。
 部屋の中で大爆発が起きた。火薬の臭い……爆弾?
 爆発に気を取られてる間に大狼君の姿が消えていた。焦ったあたしは辺りを見回す。
 背後から感じる気配。
 あたしは抜刀して背後を薙いだ。
 振り向いた先に大狼君はいた。あたしの刀は確実に大狼君の胴を割っていた。やっちゃった、訊きたいこといっぱいあるのに……大狼君は跡形もなく消えてしまった。
 ケド――。
「……クッ!」
 あたしの背中に強烈な痛みが走り、バランスを崩して床に手をついてしまった。
 すぐにうつ伏せから仰向けに体制を変えて、刀を謎の敵に向けた。
 あたしの視線の先に立っていたのは大狼君だった。そんなまさか、だって身体を真っ二つにして、なんで?
「なぜ消滅していない!」
「君が倒したのはダミープログラムだ」
 それを知ったあたしは大狼君に再び刃を向けた。
 あたしの突きをいとも簡単に躱す大狼君。でも、逃がしはしない!
 すぐに刀を薙いで、斬って、振って、もぉ掠りもしない!
 あったま来たから折れた刀を投げつけてやったケド、やっぱり簡単に躱されちゃった。
 完全に踊らされてる。このままじゃボロが出ちゃう。あたしはナギ、クールでカッコイイ美形の剣士、華麗に舞って美しく斬る。
 よし、大丈夫!
 あたしは気を落ち着かせて再び大狼君に斬りかかる……つもりだったんだけどぉ。
 また大爆発が起きて辺りに煙が立ち込めてしまった。視界を奪われてなにも見えない。
「さあ、少し遊んであげようかしら、クスクス」
 煙の中から声がした。大狼君じゃなし、レイでもないし、あたしの独り言もでもない。
 あの少女が不敵な笑みを浮かべていた。まるで月のような微笑。
 冷たい風が煙を掻き消した。
「ディザンド!」
 またあの少女が力を使った。
 黒い稲妻が宙を奔り、あたしは瞬時に伏せた。
 この部屋にある機器が次々と火花を上げてショートする。あんな稲妻に当たったら丸焦げになっちゃう。
 稲妻は大狼君に襲いかかろうとしていた。
「ファイアウォール!」
 稲妻と〝壁〟が激突して、閃光が目を眩ます。
 ガラスの割れるような音がして、あの〝壁〟がついに弾け飛んだ。
 それとほぼ同時に部屋が停電になって、あたしは今しかないと全速力で駆けた。
 暗闇の中でサイバースコープをつけている大狼君は、あたしの存在に気付いたように顔を向けた。
 あたしの方が早い。
 大狼君の胸を平手で突き飛ばし、そのまま地面に叩きつけて馬乗りになった。
 部屋の明かりが一斉に点く。
 あたしの握った刀の切っ先は大狼君の咽喉を突きつけていた。
「貴様がいなくなればすぐにでも黒い狼団は壊滅する」
 あたしはより切っ先を突きつけた。
「ここでやられるわけにはいかぬ!」
 大狼君の拳があたしの腹に喰い込んだ。
「クラックパンチ!」
 激しい痛みと衝撃がお腹を抉り、あたしの身体は大きく後ろに飛ばされてしまった。
 歯を食いしばりお腹を押さえるあたしの視線の先で、すでに大狼君は背を向けて逃げようとしていた。
「次に会うときは両腕で相手をしよう、ハハハハハッ!」
 大狼君はパソコンの画面に飛び込み姿を消してしまった。
 あたしに追い詰められたから逃げたんじゃない。きっとあの少女の力を危惧して逃げたんだと思う。
 早く大狼君の後を追わなきゃ……。
 あたしはレイたちと顔を見合わせた。独りでも行かなきゃ。
 あの画面の先にはどんな世界があるんだろう?
 もしかしたら大狼君が罠を仕掛けて待っているかも知れない。でも、ここまで来たら行かなきゃ。
 だいじょぶ、あたしなら平気。
 あたしはレイたちを置いて、パソコンの画面の中に飛び込んだ。


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