| ■ サイトトップ > ノベル > 飛んで火に入る夏の虫 > 第3話 そんなこんなで休日 | ノベルトップ |
| 第3話 そんなこんなで休日 |
仔悪魔アイとの共同生活を営みはじめて早数日の月日が過ぎ去り、直樹は毎日の生活をある意味退屈しないで過ごしていた。そんな直樹にもやっと安息できる休日がやって来たのだ。 「ダーリン、あそぼ!」 ――安息できないようだ。 畳の上にごろんと寝転がっているいる直樹の上に、いきなりアイが覆いかぶさってくる。 「うっ!」 アイの膝が直樹の腹にボディブロー。 「ダーリンどうしたの!?」 「腹……が……」 「空いた?」 スパーン! 直樹のチョップがアイのおでこに炸裂。その勢いでアイは畳に尻餅をついてチラリン。スカートの合間から覗く水色ストライプ。今日はクマさんではないらしい。 せっかくの休日だというのに直樹に安息はない。しかも、ただの休日ではないのだ。 「ダーリン今日の夕飯何にする?」 「おまえは作らんでいい」 「せっかく腕によりをかけてダーリンに美味しいもの食べてもらおうとしたのに」 「腕によりをかけんでくれ」 昨日も手作りお菓子とかいう触手のついたナマモノを出されたばかりだった。 「だが、夕飯の問題は重要だ。昼はカップラーメンで済ませたが、夕飯もカップラーメンというのは嫌だ」 「やっぱりアタシが作る」 「だから作るな」 直樹の両親は今朝から出かけていて今日は帰って来ない。しかも、妹の遊羅は友達の家に止まりに行った。つまり、今晩はふたりで夜を明かすことになってしまったのだ。 アイの料理は人間の歓声には合わず、直樹ができる料理といったらカップラーメンにお湯を注ぐくらいである。まあ、一食くらい抜いても死にはしないだろうけど、腹は空く。 「困ったな」 直樹が天井にシミを数えながら考え事をしていると、部屋の片隅から女性の声が聞こえてきた。 「で、直樹はなに食べたいわけ?」 この声を聞いて直樹が畳から起き上がる。 「な、なんで美咲が俺の部屋にいるんだよ!?」 部屋の片隅では美咲が自分の部屋のように寛ぎながら雑誌を読んでいた。 『どっから進入して来たんだよ』というツッコミはあえてしない。美咲は自分の家の屋根を伝って忍者のように直樹の部屋に無断進入してくるのだ。今日も窓から侵入して来たに違いない。ビバ幼馴染! 雑誌をパタンと閉めた美咲は身体を伸ばしてアイに視線を向けた。 「アイちゃんはなにか食べたいものある、人間の料理限定で?」 「う〜ん、大トロ」 「却下。もう一度聞くけど直樹はなに食べたい?」 「だから何で美咲がそんなこと聞くんだよ?」 「質問を質問で返さないこと。でも、答えてあげる。直樹のママに直樹の面倒みるように頼まれたから、嫌々@[飯作ってあげるのよ」 「嫌々だったらやんなよ」 「じゃあ飢え死にでもしなさいよ」 少し怒ったようすで立ち上がった美咲は入ってきた窓から出ようとした。それを慌てて直樹が止める。 「待て、俺が悪かった。ウチにある有り合わせでいいからなんか作ってくれ」 「お願いしますは?」 「ダーリン、美咲にお願いなんてしなくてもアタシが作ってあげるよ」 「おまえは黙ってろ。お願いいたします美咲様」 直樹は深々と頭を下げた。美咲は料理上手なので、頭を下げるくらいで夕飯を作ってもらえれば安いものなのだ。 「そこまでお願いされたら仕方ないわね。じゃ、台所で何があるか確かめに行きましょう」 部屋を出ようとした美咲の足が止まって後ろを振り返る。 「直樹も来なさいよ」 「俺も?」 直樹はすでに畳に寝転がって寛ぎモードだった。 しぶしぶ立ち上がった直樹は美咲の後を追って部屋を出た。 「アタシも行く!」 階段を下り、一行を台所で出迎えたのは!? 「お邪魔しちゃってるわよぉん」 なぜか台所でクッキーを頬張っているベル先生。 直樹はすぐさまクッキーの缶を手にとって、ふたをベル先生に見せ付けた。 「俺が大事に取って置いたクッキーだったんですよ……じゃなくってなんで俺んちにいるんですか!?」 「ヒマだったからに決まってるじゃな〜い」 ヒマだからって不法侵入は許されません。 クッキーはすでにベル先生の口の中。直樹は未練がましくクッキーの缶に残る匂いを嗅いだ。顔面がゾンビのように蕩ける甘い匂いが、春の麗らかな陽気と小川のせせらぎを誘って来て、その小川の向こうでは死んだお爺ちゃんお婆ちゃんがニコニコしながら手を振ってる。トレビア〜ン! 直樹がクッキーの余韻を楽しんでいると、突然アイがクッキーの缶を奪い取った。 「なにすんだよ!」 「このクッキーアタシ知らない。もしかしてダーリンひとりで食べるつもりだったの?」 「ギクッ!」 口に出してしまうなんて随分わかりやすい性格。 アイのクリクリした瞳が直樹の濁った瞳を覗き込む。 「今、『ギクッ!』って思いっきり口に出して言ってたよ。白状するなら今のうちだよ、今だったらカツ丼もついちゃうよ、言いなさい、言え、言えよぉ!」 「キレるなよ。もちろんアイと一緒に今晩の夜食にしようとしてたんだよ」 「アイと一緒に今晩の夜食……アイと一緒に……夜アタシのこと襲うつもりだったのね!」 「言葉の意味を履き違えるなよ!」 「そうならそうって言ってくれればよかったのに。今からアタシのこと召し上がれ」 「だから違うって言ってるだろ!」 二人の痴話喧嘩というか、夫婦漫才を見ながらベル先生は嬉しそうな顔をする。 「青春ね。若いって素晴らしいわぁん、愛って偉大だわぇん、生きてるって素敵なことなのねぇん」 微妙に会話が噛み合わない三人を放って置いて、美咲はひとり黙々と冷蔵庫チェックをしていた。 「ぜんぜん食材が入ってないんだけど?」 冷蔵庫を漁る美咲の横に来た直樹も冷蔵庫の中を覗き込む。 「母さんって買い溜めしないで、いつでも新鮮素材に拘る人だからな」 「直樹のママって料理すごいうまいもんね。そういえば最近直樹んちでご飯食べてないね」 「昔はよく互いの家に行って夕食とか食べてたしな」 「お風呂も寝るのも一緒だったよね」 二人の幼馴染トークを真後ろで聞いていたアイは少し顔を膨らませて直樹の身体に抱きついた。 「ダーリンかまってよ」 「おまえな、いつもいつも抱きついてきて、さすがにウザイぞ」 「がぼ〜ん!」 アイちゃん的精神的大ショック&美咲に負けた感。 ショックを受けて床にしゃがんで落ち込むアイを無視して、二人は再び冷蔵庫の中をチャックする。 冷蔵庫の中には調味料などは入っているが、食材はほとんどなく、冷凍食品に関しては皆無だった。 腕組みをして首を傾げる美咲は直樹に顔を向けた。 「買い物に行くしかなさそうね」 「それならいちよー金もらってる、あっ」 本当は全部自分のお金にする気だった直樹。ついつい本当のことを言ってしまって、後からショック。 「いくらもらったの?」 「んうえん円」 口の中に何を入れてるようにしゃべる直樹。今更ながら抵抗してみた結果。でも、これが疑いを深めることを直樹は気づいてない。てゆーか、気づいてたらやらない。 解読不可能と思われた直樹の言葉を美咲は意図も簡単に解読してみせた。 「なるほどね、五千円もらったのね」 「なんでバレるんだよ」 「そりゃー私たち腐れ縁だし」 この会話をいじけながらも耳を澄ませて聞いていたアイはショックを受けた。捧げる愛情で勝つことはできても、時間の差は埋めることができない。それがアイにはとても切ないものに思えた。ちょっぴりおセンチ気分のアイちゃん。 美咲が直樹に向かってお手をする。 「お金出して」 「ヤダ」 「どうしてよ?」 「なんとなく」 「夕食抜きよ」 「ちっ」 しぶしぶ渋い顔をして直樹はポケットから五千円札を出すと、それを美咲の掌の上にポンと乗せた。 もらった五千円札を自分のポケットにしまい込んだ美咲は空かさず直樹の腕を掴む。 「じゃあ、買い物行くわよ」 「俺もかよ」 直樹も行くと聞いて今までいじけていたアイがビシッとバシッとズバッと立ち上がった。その顔はニコニコ。 「アタシも行く!」 そして、今まで寛ぎモードだったベル先生も椅子から、ビシッとバシッとズバッと立ち上がり、直樹たちに向かってこれまたビシッとバシッとズバッと指を差した。 「あなたたち、買い物に行くということイコール食材探しねぇん。ならば今から伝説の食材を異界に探しに行きましょう!」 奇人変人紙一重で天才の人が言うことは突拍子もない。特にこのベル先生のいうことは。 ベル先生の提案に一番早く食いついたのはアイ。 「行く行くぅ〜、異界大冒険おもしろそぉ」 「俺は断じて行かんぞ。絶対にそこは危険に満ち溢れたデッドゾーンだ」 この会話に参加しない美咲。端から彼女は反対だった。ベル先生に関わるとロクなことがない。 何も言わない美咲に対してベル先生が声をかける。 「美咲ちゃんは行きたいかしらぁん?」 「好きにしてください」 この『好きにしてください』には『おまえたちだけで勝手にしろ』というニュアンスが含まれていたのだが、この人は何でも自分のいいように解釈する。 「じゃあ、多数決の結果、異界に食材探しに行くで決定ねぇん」 「私は賛成してないわよ、無効よ今の多数決は!」 「あらぁん、もう遅いわぁん。ゲートオープン!」 ベル先生の高らかな声とともに台所に現れる木製の扉。その扉の入り口が自動的に開かれ、強く激しい光が部屋中に満たされる。 光を浴びて影となったアイがまず最初にはしゃぎながら入って行き、直樹は何者かの蹴りを喰らって扉の中に。美咲は逃げようとしたがベル先生に腕をつかまれ、ベル先生とともに光のなかへ――。 バタン! と音を立てて閉まった扉は空間の中に溶けて消えてしまった。 寒くて、寒くて、寒すぎる山脈。極寒! 陽の光を浴びてキラキラ輝く雪が目に眩しい。 ぶるぶる震える直樹の顔はすでに蒼ざめ死相を浮かべている。その横にいる美咲も同様。こちらは寒さのあまり夢心地のアイ。この中で平然としているのはベル先生だけだった。 「あなたたち、子供は風の子っていうじゃないのぉん?」 露出度の高い服に薄手の白衣だけしか着てないのに、なぜ平気? 震える手を上げる直樹。 「はぁ〜い、センセー質問でぅース」 「なぁにかしら直樹?」 「ゼンゼーはどーじで平気なんでずが?」 「この白衣は特殊素材でできていて、どんな過酷な環境にも耐えられるようになっているのよ」 なんかズルイ。 ベル先生はその場で凍りつく生徒たちを無視してひとりで歩き出す。 アイちゃんすでに夢の中でこたつで居眠り。 直樹はいつの間にやら心停止。 美咲だけが意識を保っている状態で、彼女はやっとの思いでベル先生の白衣を掴んだ。 「先生、どうにかしてください。何かいい発明ないんですか?」 「あるわよ」 「だったら早く……」 「高いわよ」 「死ね」 「ウソよぉん、これを飲めば平気よぉん」 白衣についてるちまたで噂の四次元ポケットに手を突っ込んだベル先生は三本の試験管を取り出した。そして、コルクのふたを親指で弾き開け、問答無用に一本目を美咲の口の中に――。 「うっ……うぐっ……なに飲ませるんですか!?」 「もう効果が出たようねぇん。寒くないでしょ?」 「あ、本当だ」 嫌いな授業中に浴びる春のポカポカ陽気が美咲の身体を包み込む。って眠くなっちゃだめジャン! ベル先生は残り二本のふたも開け、凍りつく二人に強引に飲ませた。するとすぐに二人は元通り。さすがは科学と魔法を融合させた何でも可能にしちゃう可学です。 解凍された直樹が身体に張った氷をぶちまけながら復活! 「死ぬかと思った!」 死んでます。実は一回凍死しちゃって黄泉がえりをしたことを直樹は覚えていない。ベル先生の可学は死者をも生き返らせるのか!? 先を歩くベル先生のあとをついて行く三人。その中でアイが『はぁ〜い』といった感じで手を上げた。 「ベル姐!」 「なぁにかしらぁん?」 「何を探しに行くのぉ?」 「あらぁん、言ってなかったかしらぁん?」 言ってません。自己中心的な人はこれだから困ります。 足を肩幅に広げて山の頂を指差すベル先生。 「この山は我が親友、氷の魔女王カーシャちゃんの領地。そして、あの山の頂には蒼い氷の花が咲き乱れ、その中心には氷でできた林檎の木があるのよぉん。その林檎の実は食した者に叡智と不老を授けると云うわぁん、噂だけれど」 「俺らは今からそれを採りに行くというわけだな、帰るぞアイ」 直樹に腕を掴まれたアイは唇を尖がらせる。 「どうしてダーリン楽しいそうじゃん」 「楽しいわけないだろうが。そんなわけのわからん実在性の乏しい林檎をなぜ取りに行かなきゃいかんのだ」 「私も帰りたいんだけど」 美咲が足を止めてあからさまに嫌な顔をした。 「私は来たくて来たんじゃないし、なんでベル先生に付き合わなきゃいけないんですか」 「お〜ほほほほっ、あなたちぃ叡智と不老が欲しくなっていうの! わたくしについて来ないのなら、科学の成績問答無用で赤点にするわよぉん!」 「……横暴教師め」 「……職権乱用よ」 「おほほほほ、なんとでも言いなさぁい。でも、来なきゃ赤点よぉん!」 頬に手を当て勝ち誇った高笑いをするベル先生。確かにベル先生の勝ちだ。直樹と美咲は権力に屈するしかなかった。 肩を落としため息をつきながら直樹はお手上げ状態。 「行きますよ、行けばいいんでしょ、行ってやるよ!」 「私も行きますよ、もう好きにしてください」 ベル先生の完全なる勝利。権力の勝利! 「おほほほほほ〜っ、伝説の林檎を手に入れた暁には問答無用で最高の成績をつけてあげるからねぇん!」 負けるな学生、頑張れ学生、それゆけ学生! 伝説の林檎とやらを採りに行くのはいいとして、果たして危険はないのだろうか。そーゆー伝説にはそれを守る怪物やらがいるのがお約束で、一般人というか人間の直樹と美咲は危険ではなかろうか。こちらには可学教師ベル先生がついているが、それだけでは心もとない。あっ、もう一人いた。 「はにゃ〜ん、身体ぽかぽかぁ」 この仔悪魔少女はあまり役に立ちそうもなかった。 アイはベル先生の飲ませたクスリのせいで、未だにポカポカ気分の夢心地だった。それも時間が経つごとに夢心地指数が上がっていくらしく、酔っ払いみたいに足取りが覚束ない。 フラフラするアイは直樹の方へと引き寄せられて胸板に頭突き。直樹はアイの身体を抱きしめて顔色を伺うと、アイの顔は真っ赤で本当に酔っ払ってみたいだった。 「おい、大丈夫か?」 「はにゃ〜ん、きゃはははははっ!」 突然笑い出すアイ。本当に酔っ払ってる。でもなぜ? この状況に直樹は元凶であると思われるベル先生に意見を仰ぐ。 「何飲ませたんですか!?」 「やっぱり、失敗作だったようねぇん。この子たちに先に飲ませて正解だったわ」 失敗作だってわかってて飲ますなよ、っていうか生徒を実験台にするなよ! 酔っ払ってるアイは直樹の身体にベタベタくっ付いてくる。……いつもとかわないジャン、な〜んだ。と思いきや、第三者が直樹の腕に絡んでくる。な、なんとそれは消去法からもわかるけど美咲だった。 「ねぇ直樹ぃ〜」 頬を赤らめた美咲が直樹を上目遣いに覗き込む。この美咲の表情に直樹はドキッとした。ヤバイ、可愛いかも。 二人の女性に抱きつかれて直樹の体温上昇。 「おい、二人とも離れろよ」 「ダーリン、アタシのこと嫌いなのぉ?」 「私のことも嫌い?」 二人の愛くるしい瞳が直樹を離さない。 何も言わない直樹に対して二人の身体の密着度は上がり、小さな膨らみが二つと中くらいの膨らみが二つ、直樹の身体をほどよいやわらかさで押してくる。 「ダーリン大好き!」 「……私も直樹のこと好きだよ」 ダブル告白! 美咲の告白の方が直樹の胸を激しく突いた。まさか美咲から、そんな言葉を聞くとは思ってなかった。しかも、今の美咲はなんだかいつも以上に可愛い。直樹の心が揺ら揺らする。 なぜか無言で見詰め合ってしまう直樹と美咲。そこに嫉妬の炎を燃やすアイが入ってくる。 「ダーリンはアタシのものなんだから、美咲はどっか行って!」 「いつから直樹があなたの所有物になったのよ!」 「ダーリンはアタシの旦那様だもん」 「あなたが勝手に言ってるだけでしょ、直樹だって迷惑してるに決まってるじゃない!」 激しい女の戦いに巻き込まれた直樹。両耳を塞いでるのに二人の声は耳の置くまで届き、キンキンしてかなり痛い。 女二人に挟まれて困惑する直樹の状況を楽しむかのように微笑を浮かべるこの人。 「あぁん、青春ねぇん。愛しいひとを賭けて女と女の激しいバトル。なんてロマンチックで茶化し甲斐があるわぁん!」 茶化すのかよ! 睨み合い、相手を牽制する二人の間に直樹を押し退けてベル先生が割って入った。 「あなたたち、わたくしにいいアイデアがあるわよぉん」 「ベル姐は引っ込んでて!」 「これは私たちの戦いですから!」 激しい態度でベル先生を怒鳴りつける二人であったが、ベル先生が引き下がるものか! 「うるさいわねぇん……人の話を聴けって言ってんだろうが!」 突然口調が変わったベル姐さんは二人にガン飛ばして萎縮させた。小動物のように震え上がるアイと美咲。中でも一番ビビッたの素の直樹だった。直樹は腰を抜かして口を半開きのまま固まっている。 口に手を当てて咳払いをするベル先生の表情が元に戻った。 「さぁて、ではわたくしの素晴らしいアイデアを言おうかしらぁん。な、なんと伝説の林檎を先に手に入れた人に豪華商品として直樹を贈呈するわぁん、わたくしの権限で」 「俺を勝手に商品にすんな! 認めんぞ、断じて認められんな。しかもベル先生の権限ってなんだよ」 「わたくしの権限はわたくしの権限よぉん、文句あって?」 オトナの女性の妖艶な瞳で見つめられた直樹はたじろぐ。妖艶な中に狂気を感じたからだ。逆らったらきっと画期的な大発明の実験台にされてしまう。ここは同意するしかない。 脅える直樹は無言でコクリと頷いた。それを見たベル先生はニコッとした。 「では華々しいレースの開幕といくわよぉん!」 白衣のポケットに手を突っ込んだベル先生は銃を取り出して天に向けた。 「はぁい、みなさん位置についてぇん……よーい」 引き金が引かれ、銃声とともに銃口から火花が散った。でも、誰も走らない。唖然として誰も走ろうとしない。そんなアイと美咲に銃口を向けられる。 「あたくしがせっかく雰囲気を出してあげたたんだから早く走りなさい!」 キレた目をしているベル先生は問答無用に銃を乱射させた。銃弾がアイと美咲の足元に放たれ、雪の中に埋もれ消える。 蒼ざめるアイと美咲は互いの顔を見合わせて、『さんはい』といった感じ同時に猛ダッシュで逃げる。とんずらこいて! 必死こいて逃げるアイと美咲の背中に手を振るベル先生。かなり笑顔。 「頑張ってねぇん!」 「…………」 腰を抜かしている直樹の腰は、もっと抜けた。 雪の上に尻餅を付き、腰を抜かしている直樹にベル先生が手を差し伸べた。 「さぁて、わたくしたちは温かい部屋でゆっくり待ってましょうねぇん」 「は?」 直樹はベル先生の手を借りて立ち上がり、まさに『は?』という表情をした。 燦然と輝く蒼い城――通称『カーシャちゃん御殿』。 氷できたその城はいくつもの氷柱を逆さまにしたような天を突くデザインだった。 城門の前に立ったベル先生がインターフォンを押す。このへんは文明的だ。 「カーシャちゃん遊びに来たわよぉん」 インターフォン越しにベル先生が話しかけると、金属でできた城門が重々しい音を立てながらゆっくりと開いた。 ベル先生は躊躇することなくさっさと城の中に入り、直樹は躊躇しながら恐る恐る城の中に入った。 城の廊下には蒼白い蝋燭の炎が灯っており、ひっそりと静まり返った廊下の床は氷でできているようだった。 ベル先生は慣れた足取りで廊下の上をスケートのように滑り進み、直樹も真似をするがコケる。 だいたい直樹が八回ほどコケたところでベル先生がとある扉の前で止まる。直樹はうまく止まれずまたコケる。そんな直樹を無視してベル先生は扉を開けて中に入ってしまった。直樹は慌ててそれを追う。 部屋の中は真っ暗で何も見えない。 案外臆病者の直樹はベル先生の腕を掴もうとした。 「あぁん、直樹ったらぁん。暗がりをいいことにお尻を触るなんて」 「ご、誤解です!」 「でも、人前でそんなことしちゃだめよぉん」 「人前……わぁっ!?」 暗がりに突然灯った薄明かりの中に人の顔が浮かぶ。怨念こもってそうな無表情な女性の蒼白い顔。 「……こんばんわ。我が城シルバーキャッスルへようこそ(ふふ、おもしろい珍客が来たな)」 謎の女性の登場とともに部屋中の明かりが灯った。 蝋燭を手に持った無表情な女性。白い薄手のドレスに金髪の長い髪、目の色は吸い込まれそうな黒瞳だった。その黒瞳の中に直樹の姿を映し出される。 「ベルフェゴール、その小僧は誰だ?(見るからにひ弱な人間そうだが……ま、まさか恋人いない暦うん百年のベルフェゴールに春が来た……なんてな)」 ベルフェゴールと呼ばれたのはベル先生だった。 「質問の答えの前にツッコミを入れさせてもらうわカーシャちゃん。まだ夜じゃないわよぉん」 「ふふ、わたしにとってはいつでも夜だ(そう、わたしは夜に生きる女……ふふ)」 「あと、今はベルフェゴールじゃなくて、鈴鳴ベルっていうのよぉん。で、質問の答えは、この子は人間の直樹。女顔だけど、列記とした男の子よぉん」 「発する気で男だということはわかる(面食いのベルフェゴールが好きそうな顔だ……ふふ食べちゃうぞ……いや、お止めになって……がはは、いいではないか、いいではないか……あぁん、お代官様ぁ……ふふ)」 カーシャは想像力……妄想力豊かな女性だった。 部屋にあるテーブルに着いたカーシャはティーポットから温かい紅茶を三人分カップに注いだ。 「まあ、茶でも飲んで寛げ」 カーシャに促されたベル先生は椅子に座ってティーカップを手に取る。直樹も異様な雰囲気を醸し出すカーシャに警戒心を払いながら席に座ってティーカップを手に取った。 紅茶を一口飲んだカーシャがベル先生に視線を向ける。 「何しに来た?」 「伝説の林檎を採りに来たついでに遊びに来たのよぉん」 「ほう、あの林檎を採りに来たのか。それでももう採って来たのか?」 「今わたくしの生徒二人が死に物狂いで採りに行ってるのよぉん」 「ほう、他力本願か……なかなかおまえらしい。だがな、いいことを教えてやろう。次の林檎の収穫時期は三千年後だ。今行っても実はなってないぞ(ビバ無駄足……ふふ)」 紅茶を飲んでいたベル先生の手が止まる。 「えぇーっ!?」 大声を上げるベル先生の横で直樹が紅茶を盛大に噴出した。 「なんですとーっ!?」 勢いよく噴出された紅茶はカーシャの顔面に直撃し、焦った直樹は近くにあった布でカーシャの顔を拭いた。 「ごめん、ごめん、ごめんなさい!」 「……わたしの顔をなにで拭いているか教えてやろう――ぞうきんだ」 「ぐわっ!?」 慌てて飛び退く直樹。だが、もう遅い。物的証拠として直樹の手には雑巾が握られ、証言者としてベル先生もいる。有罪確定! 「ごめんなさい、ごめんなさい、わざとじゃないんです!」 「わたしは心の広い女だ許してやろう(嘘だ……後でちゃんと呪ってやる……ふふ)」 「ありがとうございます、ありがとうございます!」 床におでこをつけて土下座する直樹。彼は後で呪われることを知らなかった。 取り乱した直樹を尻目にベル先生は気を取り直し、先ほどの驚きなど嘘のようなすまし顔で紅茶を一口飲んで、少し口元の上がってるカーシャに話しかける。 「林檎がないって本当なぉんカーシャちゃん?」 「本当だ。一〇年前に林檎狩りの招待状送っただろう?」 「一〇年前……?」 難しい顔でおでこに手を当てて、ベル先生の内宇宙への旅がはじまる。記憶を巡り巡らせ、記憶の扉を開ける。そこにある白い封筒と一〇年の消印。はっとしたベル先生は顔を上げた。 「そー言えば届いてたわぁん。そうそう、その日は急な用事ができて林檎狩りに行けなかったのよねぇん。おほほ、な〜んだ」 もぉ、ベル先生ったらうっかりさん。なんて悠長なことを言ってどうする。何も知らずに林檎を採りに行かされてる二人の運命はいかに!? ここに追い討ちをかけるようにカーシャがボソッと呟く。 「そう言えば、この山に最近物騒な輩が住み着いてな」 絶体絶命。 この話を聞いた直樹がカーシャに激しく詰め寄る。 「マジですか!? 物騒ってどのくらい物騒なんスか!?」 「女子供がよく狙われて、あ〜んなことやこ〜んなことをされて、仕舞いにはそ〜んなこともされるらしいぞ(きゃあ、お代官様ぁ)」 「マジでーっ!?」 城の中に響き渡ちゃった直樹の声。ちょー絶対絶命。 カーシャが無表情のままボソッと言う。 「マジだ」 直樹の心は不安で押し潰されそうになった。早く二人を助けに行かなきゃいけない。そんな衝動にかられて居ても立ってもいられない。――胸が熱く苦しい。 「ベル先生どうにかしてくだいよ。二人とも女の子だから絶対狙われるじゃないですか!」 「めんどくさいから嫌よぉん」 「めんどくさいってなんですか!? 元はと言えば先生が無理やり採りに行かせたんじゃないですか?」 「違うわよぉん、直樹を賭けて熱い戦いをしに行ったのよぉん」 絶対にベル先生は助けに行く気ゼロだった。しかも非を絶対に認めない。さすがベル先生。 ベル先生も話しても埒が明かないことを悟った直樹はカーシャに顔を向けるが。 「ヤダ(ぴょ〜ん……ふふ)」 即答。カーシャは人の言うことを聞くのが嫌いな女だ。というかまだ言われてないのに断った。 「そんな、だってここってカーシャさん領地でしょ?」 「関係ない(ぴょ〜ん)」 また即答だった。もう一度確認のために言うが、カーシャは人の言うことを聞くのが大嫌いな女だ。 「カーシャさん、そこをなんとか……」 「知らん(ぴょ〜ん)」 またまた即答だった。改めて言うが、カーシャは人の言うことを聞くのがちょー大嫌いな女だ。 ため息をついたベル先生が立ち上がり、椅子に座るカーシャを見下げる。 「立ちなさい」 こう言われたカーシャは無言で立ち上がりベル先生を見据える。 立ち上がった女同士が互いを無言のまま見据える。殺伐とした空気が場を満たし、直樹の息は詰まってしまいそうだった。いったいこれから何が起ころうとしているのか!? ベル先生の拳が高く上げられ、カーシャの拳も高く上げられた。そして、ベル先生が大きな声を出した。 「最初はグー、ジャンケンポン!」 ベル先生がグー。カーシャがチョキ。勝者――ベル先生! ジャンケンに負けたカーシャが床に膝をついてうなだれる。 「ま、負けた…わたしの負けだ……」 この一部始終を見ていた直樹はポカンと口を開けた。 「はぁ?」 呆然とする直樹の肩に立ち上がったカーシャ先生が両手を乗せる。 「というわけだ。わたしがおまえと救出大作戦に行くことになった」 「はぁ」 つまり、さっきのジャンケンはベル先生とカーシャのどちらがアイと美咲を助けに行くかというのを決めるためのものだったのだ。 どこからともなく魔法のホウキを取り出したカーシャはそれに跨り直樹に顔を向ける。 「後ろに乗れ」 「はぁ?」 「後ろに乗れと言っているのだ」 「はぁ」 カーシャがしているようにホウキに跨った直樹。 「わたしの腰にしっかりと手を回せ」 「はぁ」 直樹はカーシャの背中に自分の身体を密着させ、腕をカーシャのお腹に回してしっかり掴まった。カーシャの長い髪からシャンプーにいい香りがする。直樹はカーシャの身体からちょっぴり離れてへっぴり腰になった。 キラリーン! とカーシャの瞳の中に光が宿る。 「では行くぞ!」 「ぐわぁっ!?」 直樹を乗せた魔法のホウキが空に浮き、もうスピードで動き出した。しかも、ここって部屋の中。 城の中のため低空飛行をする魔法のホウキ。そんじゃそこらの絶叫マシンより、よっぽど怖い。ちなみにバイクの後ろよりも怖い。 廊下に灯る蝋燭を巻き起こす強い風で消しながら、魔法のホウキは猛スピードで廊下を抜けた。 ゴォォォォッ!! と直樹の耳は風の音以外の一切の音を遮断され、身体に伝わる揺れは震度四くらい? 城門を抜けたところでカーシャが大声を出す。 「しっかり掴まれ!」 「ぐわぁっ!?」 魔法のホウキは直角九〇度に方向転換し、天を突く勢いで上昇した。直樹失神寸前。 ジェット機並みに空を飛ぶ魔法のホウキにシートベルトもなしに乗っていられるのは、きっと魔法の力。魔法って素晴らしいんだね。だが、後ろに乗っている直樹は魔法の許容範囲外にいるらしく、空気抵抗もろ受けまくり。直樹失神。 魔法のホウキのスピードが徐々に落ち着いてゆったり運転になったところで直樹復活。 「マジ死ぬかと思った」 「それは大変だったな。だが、悪い知らせがあるぞ(ピンポンパンポ〜ン……ふふ)」 「聞きたくない」 「燃料が切れた」 「はぁ?」 「このホウキの燃料を補充せずに飛んでしまったのだ」 「つまり?」 「落ちる(ひゅ〜〜〜べちょ!)」 「なにぃ〜!?」 どーりでスピードが落ちてたはずだ。あはは、落下だってさ。笑えねぇ! 「私に考えがある(我ながらいいアイデアが浮かんでしまった……ふふ)」 「なに?」 「わたしひとりぐらいなら城まで戻れる(さらばだ、おまえのことは一生忘れない……ふふ)」 ドゴッ! カーシャちゃんの肘打ち炸裂。 思わず直樹がカーシャの腰から手を離したところで、魔法のホウキ三六〇度回転。つまり逆さま。 「うわぁ!?」 ひゅ〜〜〜。 カーシャの視線の中で小さくなっていく直樹の姿。直樹はホウキから落とされたのだ。 「さて、城に戻って燃料補給でもするか」 たった今すごい酷いことをしたとは思えないカーシャは、無表情な顔をして城に向かって魔法のホウキ旋回させた。 直樹の運命はいかに!? 一方、アイと美咲はどうなっていたかというと――案の定捕らえられていた。 「こんなに可愛い仔悪魔ちゃんを捕らえてどうするつもり!」 手足を縛られ、アイと美咲の身体は一緒にグルグル巻きにされていた。しかも地面が雪なのでお尻が冷たい。 アイと美咲の酔いはとっくに醒めている。というか、ベル先生に銃で脅されて走らされるよりも前の、ベル先生に怒鳴られた時点でとっくに醒めていた。 野外の開けた平坦な場所。そこに作られた集落の家々は氷でできており、住んでいるのが人間じゃないことは明らかだった。 アイと美咲はその集落の中央にある広場にポツンと縛られて掴まっている。見張りをしているのは二人というか、二匹というか、二個の……雪だるま。そう、カーシャが言っていた、この山に住み着いた物騒な輩とは雪だるま≠セったのだ。 今更ながらなんでこんな状況になってしまったのかと美咲は頭を抱えた。 「雪だるまに拉致監禁されるなんて……」 「大丈夫だよ美咲。ダーリンがきっと助けに来てくれるから」 アイの目はキラキラ輝いていた。アイの頭の中では直樹が白馬に乗って自分たちを助けに来てくれるという妄想ビジョンができあがっていた。 モーソー! トキメキ! ロマンス! そして、願いは現実のものとなる。ちょっぴり違った形で――。 美咲が顔を上に向けると、キラリンと空の中で何かが輝いた。 「アイ見てよ、空で何かが光ったんだけど」 「えーっなになに?」 「ほら、あっち……!?」 「……なんじゃありゃー!?」 空から人が降って来る。世の中にはそんな天気の日もあるんだね。世界ってミステリー! ……じゃなかった。 「だ、だ、だ、ダーリン!?」 「直樹!?」 急落下してきた直樹は雪だるまの見張りを一体大破させながら地面に激突! 深い雪の中に埋もれた直樹は身動き一つしなかった。 「ダーリン!?」 近くにいた雪だるまが雪に埋もれた直樹のようすを見ていると、すぐに騒ぎを聞きつけた雪だるまたちが一〇体、二〇体と氷の住居から出てきた。 辺りは気づけば雪だるまだらけになっていて、雪だるまたちは力を合わせて直樹を雪の中から引きずり出すと、すぐにロープでグルグル巻きにしてアイの近くに放り投げた。そして、見張りをひとり残して帰っていった。 「ダーリンしっかりして!」 「直樹生きてる?」 返事がない。 ま、まさか、本気で死んだ? 「ダーリン、死んじゃヤダよぉーっ!」 簀巻きにされている直樹の口元が微かに動く。 「な……な……鍋食いてえ」 アイと美咲は直樹を殴り飛ばそうとしたが手足が縛れていたので断念。 「俺を勝手に殺すな……だがマジで死ぬかと思った」 「直樹の生死なんてどうでもいいのよ、ベル先生はどうしたのよ!?」 「ベル先生なら、きっと茶でも飲んでゆっくりしてるんじゃないか」 この瞬間、二人の女の心に殺意の念が湧いたのは言うまでもない。 ベル先生が助けに来る意思がないとすると、誰がいったい助けに来てくれるのか。美咲の頭は怒り頂点マックスだった。 「もぉ、直樹まで捕まっちゃって誰がわたしたちを助けに来てくれるわけ!?」 「ダーリンのばか、役立たずのおたんこなす!」 別に直樹が別になにをしたというわけでもないのだが、酷い言われようだ。それというのもアイの期待を裏切ったらなのだが、直樹にしてみればとんだとばっちり。王子様は来なかった。 「俺に八つ当たりすんなよ。それにたぶんカーシャさんが助けに来てくれると……思う」 直樹の言葉を聞いてアイの瞳にキラキラと希望の色が差し込んだ。 「カーシャさんてあのカーシャさん? ベル先生の大親友の魔女王カーシャさん!?」 「ああ、そのカーシャさんが俺をホウキの上から蹴落としたんだ」 「やったね、カーシャさんがここに来れば跡形もなく雪だるまたちを滅殺してくれるよ。なんたって、カーシャさんが通ったあとは草一本残らない荒野に化すって云われてるんだから、アタシたち絶対助かるよ」 「だからやったねじゃなくて、俺はホウキの上から突き落とされたんだって。てゆーか、草一本も残らないって俺たちも危険ってことだよな」 「うん、そうだよ」 無邪気にニコニコ笑うアイ。果たして自分で言った発言を理解しているのだろうか、疑問だ。 二人の会話に美咲が横から口をはさむ。 「そのカーシャって人、本当に助けに来てくれるの?」 首を傾げる直樹。そして、アイはニコニコしながら言った。 「カーシャさんて気まぐれだから、助けに来ないかもね……だめじゃん!」 自分の発言をようやく理解したアイ。 場の空気が一気に重々しいものに変わる。 そして、みんなで『あはは〜っ』と顔を見合わせながら笑う。 『あはは〜っ』と笑いながら直樹は蒼い顔。 「じゃあどうすんだよバカやろう……あはは〜っ」 「アタシに聞くんじゃねえよ……あはは〜っ」 「わたしたちどうなるのよ……あはは〜っ」 三人が精神崩壊気味になっていると、どこからか太鼓や笛の音が聞こえてきた。 氷の家から続々と雪だるまたちが出てくる。もしや、カーニバルがはじまるのでは!? 雪だるまたちは円陣を組んで直樹たちの周りを取り囲み、何体かの雪だるまたちが直樹を抱えて円陣の外に放り投げた。カーシャは確か女子供が狙われると言っていたので、そのために直樹は外に出されてしまったに違いない。 円陣を組んでいた雪だるまが太鼓や笛のリズムに合わせて躍り出し、アイと美咲の周りをグルグル回りはじめた。表情のない雪だるまたちがグルグル回る様は異様で怖ろしい。しかも、無言で淡々とやっているところがよけいに怖い。 危機感を感じた直樹は簀巻きにされながら喚き散らす。 「アイたちに何する気だ! おい、俺の縄を解きやがれ。てめえら全員かき氷にして喰ったるぞ!」 喚き散らす直樹の近くにフライパンを持った雪だるまが近づいて来てゴン! フライパンが直樹の頭に痛恨の一撃。 殴られた直樹はそのまま雪に顔を埋めながら気を失った。と思いきや、雪の中から笑い声が漏れてきた。 「はははは、あ〜ははははっ!」 雪に埋もれていた直樹がバシッと顔を上げて高笑いをした。 「あ〜ははははっ、魔王ナオキ様登場!」 一部始終を見ていたアイと美咲が苦い顔をする。 簀巻きにされている直樹がムクッと立ち上がり、ピョンピョン飛び跳ねながら進む。その格好は蓑虫が飛び跳ねているようでかなり滑稽だ。 蓑虫野郎に雪だるまたちが襲い掛かる。だが、ナオキは強い。伊達に魔王は名乗っていない。秘儀、蓑虫キック! グルグル巻きにされているナオキの必殺技はジャンプキック。ピョンピョン飛び跳ねながらジャンプキックを雪だるまたちにくらわし、敵をばっさばっさと倒しいく。その姿を見てアイは幻滅。蓑虫キックはあまりカッコよくなかった。 雪だるまたちを一通り倒したところでナオキは高笑い。 「ははは〜っ、どうだ参ったか。これが魔王ナオキ様の実力だ!」 地面が微かに揺れた。 ナオキの高笑いは続く。 「あ〜ははははっ、ははははっ、はははは〜ん!」 地響きがどこかから聞こえる。ナオキはそれにも気づかず馬鹿笑いをする。 「は〜ははははっ!」 ナオキの声は空気を震わせ、自然の驚異を呼んでしまった。 美咲がいち早く気づいて叫び声をあげる。 「あれ見て!」 蒼ざめた顔をする美咲の視線の先を見たアイの顎が外れる。 「雪崩かよ!」 巨大な雪崩が海の高波のように山の斜面を滑り落ちてくる。 「あ〜ははははっ……は?」 ゴォォォォォォッ! ナオキが気づいた時には彼女の視界は真っ白だった。 ――数日後。 高熱を出して自分の部屋で寝込んでいる直樹にアイは付きっきりで看病をしていた。 「ダーリン大丈夫?」 「大丈夫なわけないだろうが……は、は、はっくしょん!」 唾を飛ばして鼻水ダラダラの直樹。 あの雪崩が起きた時、アイと美咲は上空から魔法のホウキに乗って現れたカーシャによって間一髪のところを助けられたのだが、ナオキだけは雪崩に巻き込まれてしまった。 雪崩に埋もれたナオキが発見された時には、ナオキの身体は冷凍保存されていてカチカチに凍っていた。 そんなこんな今に至る。 直樹の部屋にある机が突然ガタガタと揺れ、引き出しが勢いよく開き、中から蒼白い手がニョキっと出た。それを見た直樹は思わず声をあげる。 「幽霊か!?」 引き出しの中から蒼白い顔をした頭がぴょんと出た。 「こんばんわ」 カーシャだった。 「ふふふ、お見舞いに来てやった(本当は嫌がらせに来たやったのだがな……ふふ)」 あの時起きた雪崩の勢力は思いのほか凄まじく、カーシャの住まいである通称『カーシャちゃん御殿』の全部が呑まれるほどだった。 引き出しから這い出て来たカーシャはふとんの中で眠る直樹の枕元にちょこんと正座した。 「どうだ具合は?」 「見ればわかるだろ……はっくしょん!」 「だいぶ悪そうだな。うむ、そんなことよりも、この家は客に茶も出さんのか?」 厚かましい要求を聞いてアイがしかたなく台所に向かう。 部屋に二人きりにされると、直樹はいろんな意味でドキドキする。 カーシャが軽く咳払いをして不適な笑みを浮かべた。 「ところでベルフェゴール――いや、ベルの姿を見たか?」 「いや、見てないけど」 「そうか、ということはまだ城の中か」 「はい?」 「実はな、あの雪崩のせいで我が城が全部雪崩の中に埋もれてしまってな、まだ掘り起こしていないのだ」 あの雪崩が起きた時、ベル先生は城の中でティータイムをしていたのだ。ということは……? 「マジっスか!?」 アイがちょうどお茶を運んで来たところで直樹が大きな声を出したもんだから、驚いたアイはおぼんを放り投げ、上に乗っていたコップからお茶が脱走を企てた。 お茶は引力には逆らえず落下。バシャン! 「……(熱い)」 カーシャにかかった。しかし、カーシャの表情は少しも変わらなかった。むしろ、慌てたのはアイだった。 「カーシャさん、大丈夫ですか!」 アイは慌てて近くにあったティッシュ箱を手に取って、ティッシュをガーって何枚も取ると、カーシャの顔を拭きまくった。 「はぁ……はぁ……これだけ拭けば」 肩で息をするアイ。その近くで直樹の顔は蒼ざめていた。 カーシャの顔からはお茶は一滴たりとも残さず消滅した。……しかし、カーシャの顔はティッシュのカスですごいことになっていた。それに気付いたアイの顔を蒼ざめた。 素早く直樹が近くにあった布をアイに手渡すと、アイは一心不乱にカーシャの顔を拭いた。 「ごめんなさいぁ〜い!」 一生懸命誠意を尽くしてアイはカーシャの顔を拭いた。のだがカーシャは思った。 「……ぞうきん」 「俺としたことが……」 直樹の顔が凍りついた。 「ぞうきんを手渡しちまった」 カーシャはふとんで眠る直樹の襟首を掴んで立ち上がらせると、無言でルーファスの腹にボディーブローをくらわした。 「うっ……痛い」 カーシャのボディーブローはアマのものではなくプロのパンチだった。 ナオキは腹を押えながらゆっくりと床に倒れこむと、それっきり動かなくなった。ち〜ん、御愁傷様でございます。 何事もなかったようにカーシャは話題を変えた。 「そうだ、こいつにお見舞いの品を持って来てやったのだ」 そう言ったカーシャは机の引き出しの中に手を入れると、両手に収まりきれほどの雪を取り出して、床で死んでる直樹の身体にドサーッとかけた。 「かき氷にして食すがよい(ふふ、仕返しだ)」 カーシャは不適な笑みを浮かべて引き出しの中に帰っていった。と思いきや、顔だけを出して一言。 「ベルが帰ってきたら、夜間のひと気のない道は背中に気をつけろ(……ふふふ)」 今度こそカーシャは帰って行った。 夏はまだまだ遠く、直樹の風が悪化したことは言うまでもない。 飛んで火に入る夏の虫専用掲示板【別窓】 |
| ■ サイトトップ > ノベル > 飛んで火に入る夏の虫 > 第3話 そんなこんなで休日 | ▲ページトップ |