第5話_超天才美少女魔法使い!!
 部室に戻ってきた華那汰は不思議な顔をしていた。
「絶対誰かいると思ったんだけど、誰もいなかったみたい」
 ミサが妖しく笑う。
「きっと獣がいたわ、もうどこかに逃げてしまったけれど」
「なんで獣が学校にいるんだよ?(野良猫か?)」
 ヒイロが頭の上にクエスチョンマークを飛ばすが、ミサは微笑んだままなにも答えなかった。
 華那汰が外の様子を見に行っている間、話は中断していたが、再び話がはじめられた。先陣を切ったのは、ガイアストーンに興味津々のヒイロだ。
「でさ、そのガイアストーンのこともっと詳しく教えてくれよ。それがある場所とかさ」
「ごめんなさい、私もそれほど詳しいわけではないのよ。ただ、特殊能力も持つものには必ずクラスがあって、ガイアストーンの力によってより高いクラスにクラスチェンジすることが可能らしいわ」
「クラスチェンジ?(クラス替えのことかよ?)」
 ヒイロが思いついたクラスチェンジは、学校で学年が上がったときに行われる〝クラス替え〟のことだった。もちろん大外れだ。
 実は華那汰もなんのことか理解してなかったが、ヒイロと同レベルだと思われるのが嫌であえて黙っていた。
 黙っている華那汰をチラリと横目で見たミサは再び話を続けた。
「クラスは階位や等級、クラスチェンジは〝あなた方の持つ能力〟をパワーアップさせること。試しにお二人のクラスとレベルを視てあげるわ」
「あたしは結構です。どうせ普通の人間ですから!」
「嘘はいけないわ加護華那汰さん。あなたのクラスは〈爆走少女〉のレベル8よ。超人的な運動能力を持ち、鍛え方次第では数多くの格闘技や武器を物にするわね」
 〈爆走少女〉のレッテルを貼られた華那汰の顔をヒイロが覗き込む。
「お前もニュータイプだったのかよ、なんで教えてくれなかったんだよ!」
「だって聞かれなかったから(言ったら余計に変なことに巻き込まれそうだったし)」
「それで俺様のクラスとレベルは?(もちろん大魔王遣いレベル99だよな)」
 ミサはヒイロの顔を覗き込み、しばらくして顔を伏せて鼻で笑った。
「ふっ、〈アリ遣い〉レベル4(使えないスキルだわ……ふふ)」
「なんで笑うんだよ、俺様がレベル4ってどういうことだよ、なんで華よりレベル低いんだよ、そういうキサマはなんなんだよ!」
「超天才美少女魔法使いプリティーミサ、レベル99(嘘、自分のことは視れないの)」
「……ま、負けた(なんかアニメのヒロインっぽくてカッコいいぞ)」
 ミサの嘘を信じたヒイロは心を打ちのめされ、深い海の中に沈んでいきそうになったが、どっこい!
 ヒイロは思わぬ提案をミサにした。
「お前、俺様の仲間になれ!(パーティーに魔法使いを入れるのは基本だ)」
「私に勝負して勝ったらいいわよ(敵役が主人公に負けて、後に仲間になる。これ常識……うふふ)」
 二人とも思考が変なところに偏っているのは言うまでもない。その二人を生暖かい眼で華那汰は見つめているが、あえて突っ込まないし、止めようともしなかった。
 ミサが席から立ち上がり、部室の外へと歩き出した。
「ここは狭いし、部員のみんなに迷惑がかかるから、外で戦いましょう」
 ここにいるのは三人だけだというのを念を押して言おう。
 ミサはドアを開け、ヒイロに先に出るように促した。
「ヒイロ君、さあ外に出て」
 自己紹介をまだし忘れていたのに、ヒイロが名前を呼ばれたことは完全にスルーされた。あまりにも自然な流れだったからだ。
 廊下に出たヒイロは隙だらけの構えを取り声を張りあげる。
「さあ、どこからでも掛かってきやがれ!」
 そのときだった、部室のドアが勢いよく閉められ、ガチャっという鍵の閉まる音までした。
 ヒイロの数秒間シンキングタイム。
 3、2、1、締め出された!
 急いでドアを開けようとするが、押して引いてもビクともしない。
「おい、中に入れろよ!」
 ドアの向こう側からミサの小さな声が聞こえた。
「負けを認めたら開けてあげてもいいわよ(ふふふ……こんな手に引っかかるなんておばかさん)」
「卑怯だぞ、すぐに出てきて勝負しろ!」
「もう少ししたら出て行ってあげるわ(あと少しかしらね)」
「もう少しってなんだよ、すぐ出て来いよ!」
 ミサの言葉に引っかかりを感じながらも、その意味を深く考えるほどヒイロの頭脳は至らなかった。
 そして、しばらくすると鍵の開く音がして本当にミサが部室から顔を出した。
 すぐにヒイロは開ききっていなかったドアを力強く開け、ミサの胸倉に掴みかかろうとしたのだが――。
「な、なんだ……!?(身体が動かない!?)」
 ミサに伸ばしたヒイロの手は途中で止まり、意思を加えてもまったく微動だにしない。腕に痺れが走り、まるで自分の腕が自分のものではないように、いくら動かそうとしても動かないのだ。
「俺様になにをした!」
「うふふ、こんなこともあろうかと、さっきあなたが飲んだ紅茶に痺れ薬を入れて置いたの」
 こんなことなんて普通ねぇよ!
 こんなことを予想して罠を仕掛けて置くなんて、やはりミサはただものじゃない。
「(よかったあたしは飲まなくて)」
 ほっと胸を撫で下ろす華那汰。
 ヒイロの身体を襲う痺れは全身に達し、ついには立っていることもできずヒイロは廊下に倒れてしまった。
 倒れるヒイロの真上には、異様に長いスカートのミサが立っていた。
 白い肌に日本人形みたいな長く美しい黒髪。ここまで来たら美少女と話が続きそうなところなのだが、なんとミサはいまどき珍しい真っ黒なサングラスをかけていた。さっきまで眼鏡だったのに、いつの間に掛け替えたんだ!?
「負けを認めたら、解毒剤を飲ませてあげるわ」
 なんて言われても、すでにヒイロは口を聞くことすらできない状態だった。
「負けを認めるなら瞬きを二回、嫌ならそのまま永久の眠りにつくといいわ(うふふ……うふふふふふ)」
 さすがは魔女だって噂されることはある。なんかそんな感じだ。
 死の危険を感じたヒイロは瞬きを二回どころか、何回も何回もした。それを見て取ったミサは妖しく笑った。
「二回ではないから、答えはノーね。そこで一生お眠りなさい」
「(ノーッ!)」
 ヒイロの心の叫びは届かず、ミサは部室の中に帰っていってしまった。
 ドアが閉められたときの音が虚しく廊下に響き渡る。
 部室に戻ったミサに華那汰がすぐさま駆け寄った。
「あの、本当にあのままなんですか?(あんなところで変死体になられたらキショイもん)」
「大丈夫よ、五分もすれば治るから」
「あーそーなんですかー(心配して損した)」
「それよりも華さん、私のこと雇わない?」
「えっ?」
「あなたが怪物に襲われたとき、私がいればなにかと心強いと思うわよ」
「一日これで雇われてあげるわ」
 これとミサが提示したのは人差し指一本だった。
「一日千円?」
「違うわ」
「一万円?(だったら高すぎ)」
「違うわ」
「一〇〇円?(なわけないよね)」
「近いわ」
「近い?」
「一日缶ジュース一本で雇われてあげる」
 二人が交渉をしていると、突然ドアが開かれ部室に強い光が差し込んだ。
「ちょっと待ったぁーっ!」
 なんと、それは痺れ薬で倒れているはずのヒイロだった。
「(思ったより治りが早かったわね)」
 ミサの予想ではあと四分二六秒の間、ヒイロは身動きができないはずだったのだ。
 部室内に入ってきたヒイロはミサの前に立ちはだかったこう言った。
「一日一本は高すぎるぞ!」
「別に高くないと思うけど」
 と言った華那汰をヒイロはすぐに睨み付けた。
「一日ジュース一本は高いだろ。俺様が子供の頃なんて、缶ジュースが飲めたのは誕生日とお正月だけだったんだぞ!」
 ヒイロにとって缶ジュースは、華那汰とミサが想像もできないほど高級品だったのだ。
 こんなヒイロの話を聞いて、華那汰は突っ込まないわけにはいかなかった。
「覇道君ち貧乏だったの?(それも飛び切りの)」
「貧乏とか言うんじゃねぇ!(みんなが裕福なだけだ!)」
 ここでミサがボソッと呟いた。
「貧乏ではないのならケチなのね」
 ガーン!
 ヒイロの心にクリティカルヒット!
 痺れ薬は抜けているはずなのに、ヒイロは再び動けなくなってしまったのだった。
 頑張れヒイロ、負けるなヒイロ!
 貧乏になんかぶっ飛ばしちゃえ!

 つづく


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