第6話_魔女カーシャ
 学校を出た不思議軍団三人衆。
 ヘソ出しかよ、とツッコミを入れたくなる裾の短く白い学ランを来た――〈アリ遣い〉ヒイロ。
 日本人形っぽい妖しさを持つサングラス少女――自称〈超天才美少女魔法使いプリティーミサ〉。
 どっからどうみても普通の女子高生――〈爆走少女〉華那汰。
 この三人組の中では、華那汰が浮きまくっていた。普通っぽいほうが浮く珍しい光景だ。
 三人は学校を出て、ミサの自宅に向かう途中だった。というのも、ミサの曾々々々……祖母がガイアストーンについて詳しいらしく、その生きた化石に会いに行くことになったのだ。とても怪しすぎる話だ。
 ミサの自宅に到着したヒイロと華那汰は唖然としてしまった。特にヒイロは打ちのめされてアスファルトに沈んだ。
「ありえん……俺様は認めないぞ……こんな不平等なことが許されるもんか」
 立派な門構えの先に聳え立つ日本家屋の立派なこと立派なこと。間違えてどっかの高級料亭に来てしまったのかと思えるほどの、超お金持ちのご自宅がそこにはあったのだ。
 気にした風もなく家に中に入っていくミサのあとを、華那汰はヒイロを引きずりながら追った。
 正面の門を通ってから母屋までの距離が長いこと長いこと。家の中の移動にも関わらずリムジンを使い走り抜ける。松竹梅の全てが揃った庭や植物園、プール、テニスコート、ゴルフコース。人口の滝から川が流れ、その先の池には高そうな錦鯉が雑魚のように泳いでいる。
 家の中に上がると、すぐさま迎えの女中が出てきて、ミサに向かってこんなことを言う。
「お姫様、お帰りなさいませ」
 お姫様ってなんだよ。一般人とは次元が違う生き物だってことはたしかだ。
 放心状態で身体に発疹まで浮かび上がってしまったヒイロを引きずり、磨かれた長い廊下を進んで進んで進むと、やっとミサが足を止めた。
「お婆様、失礼いたします」
 襖を開けると、部屋の奥には洋風の脚が長いダイニングテーブルが目に入った。注目すべきは、畳の上にそれが置かれていることだ。本当は畳が傷むからそんなことしちゃいけないのだが、そんなことお構いなしって感じだ。
 テーブルについていたのは、黒いナイトドレスを着た二十代後半と思われる女性だった。しかも、ティーカップ片手にせんべえを食べている。これがミサの言う曾々々々……祖母なのか?
 せんべえを食べるのをやめた女性は、華那汰と目が合うと妖しく微笑んだ。
 一時思考停止の華那汰は、はっとして女性に駆け寄って叫んだ。
「な、なんでカーシャさんがここにいるんですかっ!?」
「我が家なのだからなんの不思議もあるまい。華こそなぜここにいるのだ?」
 華那汰とカーシャの会話を聞いて、ヒイロは不思議な顔をして華那汰の顔を覗き込んだ。
「知り合いなのか?(にしても曾々々々……祖母の割には若すぎるぞ)」
「知り合いもなにも、よくうちに遊びに来てるんだもん(意味もなく)」
 自宅に帰るといつものように、勝手に人の家で寛いでいる人物が、まさかミサの曾々々々……祖母だったなんて思いもよらなかった。
 カーシャは大画面ハイビジョン液晶テレビを見ながら、適当にヒイロたちに質問を投げかけた。
「お前たち、何用で私を尋ねてきたのだ?(美人のカーシャお姐さまをひと目見たかったんです……なんてな、ふふ)」
 真面目に話す気のないカーシャとテレビの間にヒイロが立ちはだかった。
「ガイアストーンについて詳しく教えてくれ?」
「退け、テレビが見えんではないか」
「退いて欲しかったらガイアストーンについて詳しく教えろ」
「人に物を頼む態度ではないな小童が、退け(退かぬのなら、あ~んなことや、そ~んなことをするぞ……ふふふふふっ)」
「退くもんか!」
 あまり強くないくせして、こういうところは気が強い。
 が、ヒイロの強気もカーシャの前では通用しない。
 ヒイロの立っていた畳が突如として持ち上がり、ヒイロの身体は大きく飛ばされてしまったのだ。
 うまく受身を取れずヒイロは腹から畳にドスン。これはかなり痛くて、衝撃で呼吸もままならない。
「げほげほっ(な、なんだ今の力は)」
 カーシャはただテレビを見ているだけだった。そんな相手にやられたのだ。
 立ち上がるヒイロの瞳に、目の前にある掛け軸の字が飛び込んできた。
 ――根性。
 そう書かれた掛け軸は、明らかにマジックで書かれた文字だったが、それでもヒイロは内から湧き上がってくる根性を感じた。
 再びカーシャに挑もうとヒイロはしたのだが、その目に飛び込んで来たものは!?
 テーブルを囲みながら団欒してる三人の姿。楽しそうにおしゃべりして、テレビなんか見てやがる。ヒイロは完全に仲間はずれを喰らったのだ。
 やーい仲間はずれ。
 やーい仲間はずれ。
 やーい仲間はずれ。
 ヒイロの頭の中で『やーい仲間はずれ』がエコーする。この言葉はヒイロにとってトラウマワードだったのだ。
 撃沈。
 ヒイロは畳の上で力尽きたのだった。
 そんなヒイロのことは放置で、話はさっさと進められていた。
 カーシャはどこからかフリップボードを取り出し、図説つきでガイアストーンについて熱く語っていた。
「ガイアストーンとは、この世界に存在する全てのモノに宿る力、私たちはマナと呼んでいたのだが、そのエネルギーが結晶となり目に見える形になった物を云う。マナもガイアストーンも私のいた世界固有の物だと思っていたのだが、どうやら違うらしいな」
 気になる発言、其の一は『私のいた世界』。実はカーシャは大魔王ハルカとともに異世界からやってきた人物なのだ。
 クリップボードを放り投げたカーシャは話を続ける。
「ハルカが向こうの世界でガイアストーンの力を大量に体内に溜め込んでこっちの世界に来てしまったせいか、こちらにあったマナが影響を受けて結晶化したのだろう。ガイアストーンは地脈、大気などのありとあらゆる万物のエネルギーを吸収し成長する。そのエネルギーは周りの環境にも影響を及ぼし、こちらの世界ではニュータイプと呼ばれる輩が多く出現することになったのだ」
 華那汰は感心したようにうなずき、カーシャの話に聞き入っていた。
「つまりあたしのお姉ちゃんがあっちの世界から帰ってきたせいで、あたしまで変な能力に覚醒めちゃったってことなんだ(あーもうやだ、日本征服だけじゃなくて、そんなことでも皆さんに迷惑かけてたのか、うちの姉は)」
 一年と少し前のこと、華那汰の姉――遙は学校からの帰り道、突如行方不明になってしまったのだ。家族や警察の懸命な捜索にも関わらず、姉は家に帰ることはなく、家族は悲しみにくれる日々を送っていた。しかし、そんなとき、一匹の黒猫が華那汰の家を訪れたのだ。それがなんと行方不明になっていた華那汰の姉――遙だったのだ。
 それからが大変だったのだ。思い出すだけでも頭が痛いので思い出したくもない、封印された華那汰の思い出だ。
 カーシャの説明は紙芝居を交えたものになっていた。
「私のいた世界でもガイアストーンは重宝され珍しい物だったのだが、こちらの世界はマナの力をあまり使わないせいだろう、マナの循環が悪くひとつの場所に溜まりやすく結晶化されやすいようだ」
 だいぶ説明が進んだところでカーシャが立ち上がり、なにも言わず窓に向かって歩き出した。
 大窓を開け、カーシャは手入れの行き届いた庭を見渡した。外の空気が吸いたかったなんて軽いオチではない。カーシャは庭でなにものかの気配を感じたのだ。
 石を敷き詰められた庭にある池で、鯉が水面を跳ねた。
「気のせいか……(あんな灯篭、庭にあったか?)」
 見慣れない灯篭を気にしつつも、カーシャは再びテーブルに戻っていった。

 つづく


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