第4話_ニュータイプ
 コンコン!
 ノックをして校長室に美獣が入ると、デスクには初老の校長が座っていた。だが、その顔つきは普段の穏やかなものとは似ても似つかない。
 醜悪な顔がニタニタ嗤っている。白目を剥いているところがポイント高し。もはや、そこにいるのは校長とは異質の存在だった。
 美獣が校長の前に立つと、そこで怪異が起きた。取り巻く空気は狂気を孕み、咽返るほどの濃いなにかが宙を飛び交う。一瞬にして校長室は異界へと変貌を遂げたのだ。
 そして、怪異は続く。
 校長の身体に電気が走ったように一度痙攣し、口が大きく開かれ、喉の奥が波打つと、口の中から小さな老人の顔が吐き出されたのだ。ビックリ人間ショーも顔負けだ。人間ポンプで胃から金魚を吐き出すなんて、子供向けもいいところだ。
 鉤鼻を持った小さな老人の顔は、その顔に相応しいしゃがれた声音を喉から吐き出した。
「目的の子供は見つけたか?」
「おそらくは(デネブ・オカブ様の顔にワカメがついてるわ……ぷぷっ……笑っちゃ駄目よ笑っちゃ)」
 内心とは裏腹に、美獣の顔は重々しいものをしていた。
 小さな老人の顔――デネブ・オカブは顔にワカメが付いていることに気づいてない。美獣は必死に笑いをこらえながら、目線を伏せた。それをやましいことでもあるのかと思ったのか、デネブ・オカブは美獣を問い詰める。
「どうした? なにか不都合なことでも起きたのか?」
「いえ、その(……ぷぷっ)、目的の子供の実力を計るため、スライムと戦わせてみたのですが、本当にあの子供が目的の子供か疑問を覚えますわ(ワカメが……ワカメが……ぷぷっ)」
 唇を噛み締めながら美獣は完全に俯いた。限界も近い。
「わかった、お主はもう少しその子供の様子を伺っておれ、泳がせておけばおもしろ情報がわかるかもしれん」
「御意。ではアタクシは失礼したしますわ」
 頭を下げ、美獣は猛ダッシュで校長室を飛び出した。
 廊下に出て、ワカメのことを忘れようと頭を振ると、廊下の先を歩く二人組みの生徒が目に入った。――目的の子供だ。

 放課後も二人は一緒に行動をしていた。ヒイロと華那汰だ。
「覇道君、本当に化け物に襲われる心当たりないわけ?」
「ないっつってんだろ、モンスターの友達もいないからな」
「親類にいるとか?(もぉ、やっぱり狙われたのあたしなのかなぁ)」
「いるわけねーだろ。だが、あのモンスターは俺様を狙って来たに違いない!」
「どうしてそう思うわけ?(自意識過剰?)」
「俺様が世界制服を企んでるからに決まってるだろ(今後第二第三の刺客が襲ってくるに違いない)」
「あーそーですかー(こいつの頭の中どうなってるんだろう)」
 学校の廊下を歩きながら、二人は普段人の寄り付かない学校の奥へ進んでいた。
 人があまり来ないためか、廊下を照らす蛍光灯は点いたり消えたりチカチカと辺りを照らし、遠くにあるトイレから水音が微かに耳に届く。深夜の肝試しには持って来いの場所だ。
 廊下の行き止まりで華那汰は足を止めた。目の前には部屋があった。
 なんの変哲もないもない部屋といいたいところだが、こんな辺鄙な場所にある時点で可笑しい。しかも、背筋に吹き込む風が、氷のように冷たいのも気になる。
 華那汰が静かにドアをノックするが、返事はまったくない。そこで意を決してドアを開いた。
 ドアが開かれた瞬間、チリンチリンと鈴の音が鳴る。
「わっ!」
 ヒイロはすぐさま華那汰の背中に隠れた。
「ドアに付いてた鈴が鳴っただけじゃない(情けなんだからぁ)」
 部屋の中は闇に包まれ、辺りを照らす明かりは蝋燭の寂しい炎だけだ。
 ここは心霊研究部の部室。知る人ぞ知る忘れられた部活だ。
 人の気配がまったくしなかった部屋の置くから、蝋燭に照らされた白い顔がヌッと出た。
 怯えるヒイロは華那汰の後ろから出てこようとせず、華那汰も凍り付いて身動きが止まってしまっていた。
 蝋燭台を手に持った女の顔が華那汰の眼前に迫る。
「なにか御用かしら?」
 日本人形みたいな白い顔に光る目玉が浮かんでいた。
 呼吸を整え華那汰が目の前の顔を見直すと、光って見えた目玉は蝋燭の炎が眼鏡に反射したもので、そこには日本人形みたいな長髪の制服姿の〝人間〟が立っていた。人間という判断基準は足があったからだ。海外の幽霊には足があるけれど。
 すっと背中を吹き抜ける風が拭いたかと思うと、入ってきたドアが閉められていた。ガチャと鍵の掛かる音もして、閉じ込められた!?
 再びヌッと白い顔が華那汰の眼前に迫った。
「用がないなら早く帰って頂戴」
 と言うが、ドアを閉めたのは誰だよ!
「ええっと、あたしたちは月詠先輩にお話があって来たんですけど」
 さらに華那汰の眼前に白い顔が迫った。
「私にお話し?(大魔王の妹がなんの用かしら、うふふ)」
 月詠ミサは華那汰たちに背を向けて、部室の奥へと導いた。
「向こうの席でお話をしましょう。床の魔方陣を踏みつけないように、お気をつけになって」
 足を音も立てず、ミサがスーッと部屋の奥に消えていく。狭い部屋だが、暗がりのせいですぐにミサを見失いそうになる。
 目が慣れてくると、部屋の中を蝋燭の明かりだけで見渡せるようになってくる。
 どこかの教室から持ってきたのか、机が六つ班の形に並べられている。
 ミサがまず席に座り、次に華那汰が、最後にヒイロが座ろうとしたところでミサの静止が入った。
「そこは部員の席だから座らないでくださる?」
「それじゃ、俺様はこっちの席に」
「そこも駄目、そっちの席に座ってくださる?」
「こんな部活でもけっこう部員がいるんだな(こんなは余計か)」
 ヒイロが呟くと、その背筋に冷たいものが走り抜け、ミサが言う。
「幽霊部員が多いのよ……うふふ」
 どういう意味での『幽霊部員』なのか気になるところだが、ヒイロはあえて触れないことにした。
 席に着くと目の前にティーカップが置かれた。ミサはまったく動いていない。人の気配は三人だけだ。
 出されたティーカップには謎の液体で満たされている。暗いので目は当てにならないが、匂いは紅茶っぽい。
 華那汰はカップに手をつけようとしたが、やっぱり手を引っ込めた。横を見るとヒイロはグビグビ飲み干している。出された物はもらっとけ、これがヒイロの生活信条だ。
「それで私にお話ってなにかしら?」
 場の雰囲気に押されてすっかり用事を忘れるところだった。ヒイロが慌てたように口を開く。
「俺様はもっと強くなりたいんだ!」
 話をかっ飛ばしすぎだった。
 途中説明を省くヒイロの代わって華那汰が席から身を乗り出した。
「違うんです、強くなりたいんじゃなくて、あたしたち昼休みに怪物に襲われて大変な目に遭っちゃって」
 このあと、華那汰は昼休みの出来事を克明に語り、それを聞き終えたミサは深くうなずいた。
「それで私に何を?」
「俺様はもっと強くなりたいんだ!」
「うるさい、あんたは黙ってて!」
 もぐら叩きみたいに華那汰はヒイロの頭を押し込めて、ミサに話の続きをした。
「あたしまた怪物に襲われるような気がして、襲われたらあたしみたいな普通の人間にはどうすることもできないし、それでミサ先輩ならあたしたちの力になってくれるかなぁ(みたいなことを考えて来たんですけど)」
「そう、普通の人間のあなたたちじゃなにもできないから私のところへ?(私の眼には、とても普通の人間には視えないけれど)」
 ヒイロや華那汰より一学年上の月詠ミサは、特殊能力者が増えたこのご時世でも飛びぬけた変わり者と学校では有名だった。心霊研究部の部長を務めるミサは、魔術や占術にも詳しいらしく、魔女の生まれ変わりだとか、母親が本物の魔女だなんて噂まである。
 ミサは自分の胸元からペンダントを取り出した。それはただの紐に石に飾りが付いた質素な物であったが、そこに付いた石がただの石ではないことは一目瞭然だった。
 石は蒼白い光を放ち、それは蝋燭の炎よりも明るく部屋を照らしている。その光を見ていると、不思議と身体の底から力が漲ってくるような、そんな不思議な石だった。
「ガイアストーンを知っているかしら?」
 ミサが尋ねると二人は首を横に振り、ミサは話を続ける。
「私が持っているこの石は小さな物だけれど、これが各地で突発的に現れた特殊能力者のニュータイプと関係があると云われている物質よ」
 それは二人にとってはじめて聞く話だった。
 大魔王ハルカが現れて以来、各地で覚醒たニュータイプたち。大魔王ハルカとの因果関係は取り沙汰されたが、その直接的な原因については知られていなかった。
 ミサがペンダントと服の中にしまうと、再び世界は闇に包まれ心許ない蝋燭の明かりだけが残った。
「私はそれほど詳しくないのだけれど、大魔王ハルカの力の影響で、各地にガイアストーンと呼ばれるエネルギー結晶体が生まれたらしいわ。そのガイアストーンは地域に影響を及ぼし、その力によって各地でニュータイプが覚醒めたらしいわ」
 この話を聞いてヒイロが身を乗り出した。
「じゃあ、そのガイアストーンとかいうのから、もっと力をもらえば強くなれるってことか!」
「私はこの石をもらってから、能力があがったわ」
 胸に手を当て、ミサはその奥にあるガイアストーンの力を感じていた。
 実はこのとき、心霊研究部の部室の前で、何者かが中での会話に聞き耳を立てていた。
「そんな物があったなんて(はじめて知ったわ。その力を手に入れれば、仲間を、我が君をこちらの世界に召喚することも可能かもしれないわ)」
 美獣が今後の作戦を考えていると、当然部室のドアが開かれた。
「あれ、誰かの気配がしたんだけどなぁ(気のせいだったのかなぁ)」
 部室から顔を出したのは華那汰だった。
 華那汰は遠くの廊下まで見回すと、再び部室の中に戻っていった。
 そのとき美獣はというと、天井に張り付いて身を潜めていたのだ。もはや人間業ではない。
「(危なかったわ、もう少しで見つかるところだったじゃない)」
 美獣は軽やかに廊下に降り立ち、さっそく校長室に報告に向かったのだった。

 つづく


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