第8話_くびちょんぱ
「ただいまー!」
 華那汰は元気よく自分ちの玄関を上がった。
 そのまま廊下を走り茶の間に飛び込んだ。
「……あ、こんにちは(今日もいるんだ)」
 華那汰は白い眼でその人物を見た。
 人んちで勝手にまったりしていたのカーシャだった。
「うむ、華か。今日のおやつはエクレアだぞ」
「(口元にチョコついてる。なんでこの人はあたしんちで勝手におやつ食べるかなぁ)」
 ちなみにテレビのチャンネル権もカーシャにある。
 テレビがCMに入るととにかくカーシャはチャンネルを変えまくる。
 内心、華那汰はちょっと止めて欲しいと思っていた。
「(テレビくらい自分ちで見ればいいのに)」
 それを口に出してカーシャに言うことはない。華那汰もカーシャがどんな人物かは心得ているからだ。
 自分の部屋に行く前に華那汰はなにかを探して辺りを見回した。
「お姉ちゃんは?」
「庭におるぞ」
 テレビを観ながら片手間でカーシャが答え、聞いた華那汰は窓の外を見た。
 庭でチョウチョを追いかけて遊んでいるハルカの姿。その姿を見て華那汰は沈痛な表情をした。
「お姉ちゃん……(なんでチョウチョなんか)」
 まるで猫のようだ。
 カーシャはテレビに目を向けながら、淡々と口を開いた。
「幼児化が進んでおるようだな。もしかしたらその副作用で猫化も進んでおるのかもしれん」
「……やっぱり。どうにかならないんですか?」
「今のところは打つ手無しだな(手立てがない以上は毎日こうやって観察することしかできん)」
「そんな……(猫の姿であたしの前に現れて、そのあと幼児化したときもショックだったのに、本当に猫になっちゃったらどうしよう。それってお姉ちゃんって言えるのかな。目を背けてしまいそうで……怖い)」
 異世界から帰ってきた華那汰の姉は猫の姿になっていた。その後、なんらかの理由で幼児化がはじまったらしい。幼児化の原因はいったいなんだったのか?
 華那汰はカーシャへ身を乗り出した。
「せめて人間の姿に戻すことはできないんですか?」
「それを行う魔力がない。道具や施設もない。器もない。もし準備が整ったとしてもリスクが大きい。絶対に成功させなければハルカはこの世界から完全消滅するだろう。幼児化しようが、猫化しようが、魂はハルカだ。それならば打つ手もあるかもしれんが、完全消滅すれば本当に打つ手がなくなってしまう」
 絶対成功がハルカを元の人間の姿に戻す条件。
 望みはないのか?
 華那汰は胸が苦しくて、零れそうになる涙を必死で堪えた。
「あたし……どうしていいか」
「妾にできんことをおまえにできるわけがなかろう」
「そんなヒドイ……あたしだって!」
「出来ると思うなら行動を起こせばよかろう。クヨクヨしているだけではなにも変わらんぞ?」
 どうしていいかわからいじゃ、なにも前に進まない。
「でも、だって……どうしていいのか……」
 どうしていいのかわからないときは、どうしていいのかわからないから、どうしていいのかわからない。
 不安が不安を呼ぶのと同じで、抜け出せなくなって繰り返してしまう。
 自問自答はではそこから抜け出せない。
 なにか外部からのキッカケが必要だ。
 しかし、キッカケすらもつかめなかれば、望みは絶える。
 体を元に戻せば猫化は治まるが、体を戻す手立ては今のところない。もし体を元に戻せても幼児化の原因はべつで、精神的ショックによるものだ。幼児化を強引に直せばショックがよみがえるだけだ。ショックは時間が癒してくれる可能性もあるが、そんな間にも猫化のほうが進むだろう。
 呑気にカーシャはテレビを見続けていた。体勢も畳に寝っ転がって、完全に寛いでしまっているが、発する声音は真面目その物だった。
「ぶっちゃけ、妾もどうしていいのかわからんからこうしておる。だがな決してハルカを見捨てたわけではないとだけ言っておくぞ、そこまで妾も冷たくはない。ただ妾は時間にあまり執着がないものでな、今すぐにハルカを治そうとしてもなにもできず焦りと不安が募るだけなら、妾はその時間を悠々自適に過ごし機会が巡ってくるのを待つことができる」
「でもそんなこと言ったら、時間が過ぎて悪くなる一方じゃ!」
「くだらんな。猫になろうがどうしようが、ハルカはハルカだと言っておるのがわからんのかアホ。悪化しようが魂さえ消滅しなければ治る可能性もある。少なくとも妾がいた世界では理論的には可能だ。ただこの世界では準備が整わないと言っているだけで、不可能なんて一言も言っておらんぞアホ!」
「理論がどーとか言われてもわかりませんけど、魂が消滅って死ななければどうにかなるってことですか! 死ななくてもどうにもならないことあるじゃないですか!」
「これだからこっちの人間は困る。生物学も遅れてるし、なんでエネルギーはあるのにちゃんとした魔導学が存在しておらんのだ。死ぬことと魂が消滅する違いすら理解できないとは、死とは妾の世界では肉体が滅びること意味しておる」
「それってただの宗教思想じゃないですか!」
「こっちの世界では根拠のない宗教でも、妾の世界では証明された宗教の理念として存在しておるのだ」
「そっちの世界ではそうでも、こっちの世界でも通用するとは限らないじゃないですか!」
「するに決まってるだろう。こっちの世界は妾が見てきた限り妾の世界と根本的には似ておるし、魔導を司るマナエネルギーも存在しておるようだ。それにハルカが今のような姿のままで存在し続けていられるのも良い例だ。妾の世界と法則や根本その物が違う次元や世界だったら、妾もとっくに死んでるか消滅しとるわ。人間のおまえが宇宙空間に放り出されて生きていけるのか? 世界の根本が違うということは、おまえが宇宙空間に放り出されるよりも、想像もできないようなわけもわからんことで構成された世界ということなのだ。わかったかアホめ!!」
 長々と吐き捨てた。
 カーシャの態度が挑発的でイラっとしているようなので、華那汰までイラっとした。
「だったらお姉ちゃん治るんですよね!!」
「だから理論的には可能だと言っておるだろうアホめ!」
「理論とか聞いてるんじゃなくて、治るかどうか聞いてるんです!」
「何度も言わせるな、理論的に可能なんだから可能に決まっておるだろう!」
「だぁ~かぁ~らぁ~! カーシャさんアホなんですか!」
「アホとはなんだアホとは!」
「だってアホじゃないですか!」
「おまえのほうがアホだ、バカめ!!」
「バカっていうほうがバカなんですぅ~、ばーか!」
 いつの間にか醜い争いになってしまった。
 火花を散らしながら睨み合いをする華那汰とカーシャ。ちょっとでも二人に触れたら爆発しそうだ。
 そんな状況を知ってか知らずか、華那汰のママが部屋に入ってきた。
「華那汰ぁ~、家のカギ知らなぁい?」
 この場の空気にそぐわないぽわわ~んっとぼやけちゃってる声。
 カーシャはさっと気持ちを切り替えて胸の谷間に手を突っ込んだ。別に血迷ってエロイことをしようとしているのではない。カーシャはよくそこに物を入れているのだ。
「カギなら妾がもっておるぞ」
「(なんでカーシャさんがあたしんちのカギ持ってるんの)」
 華那汰がカーシャに送る疑惑の視線。
 そんな視線は意に介さずカーシャは胸の谷間からカギを出そうとした――が。
「おかしいな……ないぞ……ん?」
 人前で堂々と胸をまさぐるのはどーかと思う。しかも爆乳だから動く動くうねる。
 ついには両手でまさぐりはじめた。
「ないぞ……さっき使ったばかりなのだが……あぁん♪」
 なぜか突然喘いだカーシャ姐さん!
 エロイです!
 華那汰は唖然とした。
「は?(胸をまさぐって喘ぎ出すとかただの痴女じゃん)」
 しかもカーシャの喘ぎは止まらなかった。
「あっ……あう……きゃははは、やめろ、やめんかっ!」
 途中から笑いに変わったぞ?
 目つきをギロっとさせたカーシャが胸の中から巨大ななにを取りだして、そのまま一本背負い風に投げ飛ばした。
「たわけがーッ!」
 ドスン!
「ふぎゃッ!!」
 畳に投げ飛ばされたのは――なんとヒイロだった!?
 取り出したカーシャ本人も怪しむ表情で眼を細めてヒイロを睨んでいた。
「どっから出てきた?」
 あんたの胸の谷間から。と、そんなことを聞きたいわけじゃないだろう。どの空間と胸の谷間が繋がったのか、そこんとこを聞きたい。
 瀕死状態のヒイロの意識が戻った。
「ううっ……ここは……?」
 自分の置かれた状況を理解していないらしい。
「妾の家だ」
 キッパリ言い切ったカーシャに華那汰が言葉をかぶせる。
「あたしんちです!!」
 ホントにカーシャは油断もスキもない。この家が完全制圧されるのも時間の問題かもしれない。
 ヒイロは上体を起こして、辺りを見回し華那汰を見て眼を丸くした。
「なんでお前がここにいんだよ!」
「だからあたしんちって言ってるでしょ」
「なんでお前んちなんかにいるんだよ」
「それはこっちが知りたいし! 勝手に人んち入って来て早く出てってよ! てゆか、まずクツ脱いでよ!」
 ついさっきまでヒイロのことを心配していたというのに、顔を合わせたらこれだ。
 だが、華那汰は少し安堵していた。
「(なんだ覇道くんいつもどおりじゃん)」
 そう、すっかりヒイロはいつもどおりだった。
 大声を出す華那汰にうんざりって感じでヒイロはクツを脱いでから立ち上がった。
 そして、なぜかヒイロの股間に女子3人の視線が集中した。
 ちょっぴり頬を赤らめる華那汰のママ。
 薄ら笑いを浮かべるカーシャ。
 呆気にとられる華那汰。
 3人の視線に気づいてヒイロは自分の股間を見た。
「なんじゃこりゃーっ!」
 そこにあったのツボだった。
 ツボがスポっと股間にハマっていたのだ。
 ヒイロは必死になってハズそうとしたが股間が引っ張られる。
「うぉぉぉっ、ハズれねーッ!」
 ツボを両手でつかんで抜こうとする姿はマヌケ過ぎた。
 華那汰は白い視線でヒイロを突き刺した。
「アホくさ」
 さらにカーシャからの攻撃。
「もともとアホだが、今日は一段とアホだな(ふふっ、エロイ)」
 そして、ママまでも。
「わたしこういうのテレビで見たことあるわぁ」
 どこかの部族が全裸に近い状態で、ち○こだけ筒で隠してるアレですね。わかります。
 ヒイロは腰を引いてみたり、仰向けになってみたり、さらにはM字開脚になってみたり、ツボを外そうと必死だ。
「お前ら人ごとだと思いやがって!」
 華那汰はニッコリ。
「うん、人ごとだもん♪」
 グサッ!
 ヒイロの胸に華那汰の言葉が突き刺さった。
「ふざけんな、困ってる人を目の前で見捨てるなんて外道だ!」
 というのをブリッジ姿勢で言われてもマヌケなだけだ。
 ブリッジ姿勢のままツボを外そうとして、腰が浮いたり下がったり、アホ過ぎる。
 華那汰とカーシャはまだまだ見ている気満々だが、この場には良心が1つだけ残っていた――ママだ!
「そうね、外れないなら割ったらどうかしら?」
「そのアイディアもらったー!」
 ヒイロは叫んで腕立ての体勢を取った。
 そのまま腕を下げて勢いで割るつもりなのか?
 下手したら痛そうだぞ?
 ここでカーシャが止めに入った。
「待て、妾が割ってやろう!」
 カーシャが胸の谷間から取り出したのはカナヅチ。
 たしかに腕立て伏せで地面に叩きつけた拍子に、恥骨とかち○ことか打っちゃうより良い方法だろう。
 ヒイロはカーシャに自分のち○この運命をたくし、腰に手を当てて堂々と仁王立ちした。
「よしっ、来やがれ!」
 カーシャがニヤっと笑う。
 水平にカナヅチを構えたカーシャ!
 水平!?
 つまり横に振るつもり?
 しかもツボを横から狙ってるんじゃなくて、ツボの底――というか、その先のち○こを狙ってるような気がするんですけ?
 それに気づいたヒイロは逃げようとした。
「ちょっと待て、割るな、割るな、割るなーッ!」
 が、遅かった。
 ゴーン!
 ツボの底に強烈な一発が入り、ヒイロのち○こまで振動が響いた。
 しかし、ツボは割れなかった。
「……チッ」
 舌打ちしたカーシャはさらに強烈な一発を放とうとしていた。
 カーシャが大きくカナヅチを後ろに振り下げた瞬間、ヒイロは逃亡を図った。
「俺様を殺す気か!」
 ヒイロは庭に飛びだそうと窓に近付いたのだが、ヒイロが開ける前に窓は何者かによって開かれた。
「見つけたぞ偉大なる魔導具! げっ、なんできみたちまでいるんだ!?」
 窓を開けて部屋に飛び込んできたのはBファラオだった。
 華那汰の視線がその股間を注目する。
 Bファラオは丸出しではなく、白と青のストライプのパンティ。
「ああっ、ああああ、あたしのパンツ!!」
 が~ん!
 しかもサイズが合わないのはあきらかで、かなり無理矢理詰め込んでる感がある。ナニがとはあえて言いませんが。
 華那汰はパンツを取り替えそうとBファラオに飛び掛かった。
「あたしのはかないで変態! もうそんなパンツ燃やして捨てる!!」
 Bファラオをのほうはヒイロの飛び掛かろうとしていた。
「その〈呼吸の壺〉はぼくがもらったよ!」
 体勢を低くしてヒイロの股間に飛び掛かるBファラオの顔面に、カーシャの足の裏が迫った。
「またおまえか!」
 ベキッ!
 カーシャの蹴りがBファラオの顔面に入った。
 畳でへばるBファラオのスキを突いて華那汰はパンツを脱がせる。
「早く返してー!」
 再びすっぽんぽんに戻ったBファラオをカーシャは腕を引っ張って庭へと放り出した。
「妾の家で暴れるな!」
「だからあたしんちだって」
 華那汰のツッコミは軽くスルー。
 さらにカーシャはヒイロの首根っこも捕まえて、庭へと放り出してしまった。
「ケンカなら外でやれ!」
「うわっ、なんで俺様まで!?」
 ガラガラ~、ガチャ!
 窓が閉められ、ついでにカギも閉められた。
 全裸で意識を取り戻したBファラオは、股間を手で隠して逃げ出そうとした。
「にゃー! みんな覚えてろよ!」
 お尻をふりふりさせながら消え去った。
 ヒイロは窓ガラスをドンドン叩く!
「ふざけんなこのやろー!」
 家の中ではカーシャが何事もなかったようにテレビを観て寛いでいる。しかもママまで談笑。ちなみに華那汰はパンツを燃やすため席を外していた。
 仲間はずれを喰らったヒイロの脳裏に木霊する言葉。
 やーい仲間はずれ。
 やーい仲間はずれ。
 やーい仲間はずれ。
 トラウマ発動。
 ヒイロは今にも泣きそうな顔をして、庭にあったサンダルに履き替えて、カッポカッポ足を鳴らしながら去って行ってしまった。
「わぁ~ん、貧乏人をバカにすんじゃねえ!」

 つづく


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