第9話_箱入り転校生
 キーンコーンカーンコーン♪
 鳴り響く学校のチャイム。
 男子生徒たちが戦闘態勢に入った。
 教室のドアから飛び込んで来た華那汰が宙を舞う。
 ひらひらひら~っと揺れるスカート。
 男子生徒の歓声が上がった。
 ――今日は水玉だ!
 先月まで流行っていたパンティー占い。今月に入ってからはパンティーカジノが流行っているらしい。それを言うならパンティー賭博のような気もするが、きっとカジノのほうが語呂や雰囲気がよかったのだろう。
 喜ぶ男性生徒。
「よしっ、ゲーム1回おごりだからな!」
 残念がる男性生徒。
「なんだよ、白と水色のしましまじゃないのかよ」
 そして、見られただけで嬉しがる男性生徒。
「(うひょー今日もエロかった)」
 パンツの楽しみ方は人それぞれだ。
 華那汰から少し遅れてヒイロが教室に飛び込んできた。
「セーフ!」
 いや、チャイムは鳴り終わっている。
 でも担任が来ていないのでギリギリセーフだろう。
 いつの間にか華那汰の席とヒイロの席は横隣り、きのうちゃんと華那汰が戻しておいたのだ。
 横の席に座ったヒイロに華那汰がある物を差し出した。
「はい、忘れ物」
 それはヒイロがきのう華那汰の家に忘れていった――というか、強制的に放置されたクツだった。
 しかも、ぴっかぴかに磨かれている。
 クツを受け取ったヒイロは驚いている顔だった。
「もしかして洗ってくれたのか?(しかも穴まで塞がってる)」
「べつに……きのう雨降ったからじゃない?」
「サンキュー」
「だからなにもしてないって」
 ツンとした表情で華那汰はそっぽを向いた。
 そして、華那汰はあることに気づいてしまった。
「(席が増えてる!?)」
 きのうまではなかった席が真横に1つ増設されている!?
 ま、まさか!
「(ついに山田くん登場!?)」
 まだ引っ張るのかその話。
 山田くんかどうかは別として、転校生が来ることはほぼ間違いないだろう。ヒイロに引き続き季節外れの転校生だ。2ヶ月続けて転校生なんて、どー考えてもおかしい。
 教室のドアが開いてまずは明星が入ってきた。
「みなさんおはようございます」
 続いて、その後ろから入ってきた〝物体〟を見て生徒たちは唖然とした。
 教壇に立った明星が紹介する。
「今日からみなさんのクラスメートになるツタンカーメン21号君です」
 ざわざわざわざわ。
 クラスに轟いたさざ波。
 そこに立っていたのはエジプト展とかでありそうな黄金の人形の柩だった。
 しかも驚いたことに、ガタガタ音を鳴らしながら柩のまま移動してやがる!
 移動する必死さが見ているこっちにも伝わってくる。
『外に出ろよ』っとツッコミたくなってしまう。
 でも出ない!
「ご紹介にあずかりましたツタンカーメン21号でごわす」
 その語尾は必要なのか?
 国籍も人柄も混沌としているぞこの転校生。
 しかも声色は無理矢理低く出しているように感じられた。
 華那汰はあることに気づきそうだった。
「(あれ、どっかで聞いたことのあるような声)」
 イマイチ思い出せない。
 もうちょっとがんばって思い出そうとする。
「(だれだっけなぁ……友達じゃないし、知り合いでもないし……)ああっ!?」
 急に声をあげて華那汰が席を立ち上がった。
 不思議そうな顔をして華那汰を見つめる明星。
「どうしましたか加護さん?」
「いえ、なんでもありません!」
 華那汰は慌てて席に着いた。
 席についてもその心はまだ荒れたままだ。
「(絶対そうだ、あいつしかいない……パンツ泥棒だ!)」
 つまりBファラオだ。
 まさか学校に乗り込んでくるとは思いも寄らなかった。
 その事実に気づいてしまった華那汰は焦る。
「(パンツ泥棒がなんで学校に……まさかあたしのパンツを狙って!?)」
 いや、それはない。
「(それともあたしだけじゃなくて、女子生徒全員のパンツを狙って!?)」
 いや、それもない。
「(もしかして女子のパンツだけじゃ飽きたらず、男子のパンツまで!?)」
 ない!
 ツタンカーメン21号はドスンドスンジャンプして、華那汰の隣の席に着いた。けど、柩の形状から座れないので立ったまま。
 学校の教室のファラオの柩――シュール過ぎる!
 柩に描かれた顔の無表情っぷりがさらにシュールさを呼んでいる。
 しかも、そんな顔の絵が華那汰のほうを向いていた。
「(あたしのほう見てる!? なんで!? どうして!? やっぱりあたしのパンツを狙ってるの!?)」
 柩は顔を向けようとすると全体を動かさないといけないので、モロ華那汰のほうを向いている。ガン見されている状態だ。
「(このパンツは絶対に渡さない。もう自分の手でお気に入りのパンツを燃やす悲しい光景なんて見たくない!)」
 勝手に盛り上がって決意しちゃってる華那汰。熱くこぶしまで握っている。
 そんな決意をして、華那汰は再びツタンカーメン21号に顔を向けると――近くなってるぅーッ!
「(まさか唇まで奪う気っ!?)」
 ツタンカーメン21号の顔は華那汰の目と鼻の先。10センチも満たない距離まで近付いていた。
 無表情の顔の絵がものすっごいプレッシャーを放ってくる。
 シュールというか怖すぎる。
 明星が咳払いをした。
「ツタンカーメン21号君、なにをしているのですか?」
 ゴタゴトガタン!
 焦ったのか、急いでツタンカーメン21号は自分の席まで戻った。
「なんでもないでごわす!」
 そのしゃべり方どうにかならないのだろうか?
 席に戻って行ったツタンカーメン21号を強烈な目力で華那汰は睨んだ。
「(パンツの次は唇? まさかブラまで盗って付ける気じゃ?)」
 華那汰の頭に浮かんだ上下下着姿のBファラオの映像。股間がちょっと大変なことになっている。
「ぶっ!」
 思わず華那汰は噴き出してしまった。
 そのせいでクラスの注目を浴びる。
 華那汰は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「(なんであたしがみんなに見られなきゃいけないの。これも全部パンツマンのせいだ)」
 いつの間にか呼び名が変わっていた。
 気づけば再び華那汰のすぐ傍にツタンカーメン21号が!
「(もうやだ……あたしのパンツが……パンツが……)」
 恐怖で華那汰は涙ぐんでしまった。
 パンツが盗られるという恐怖がなくても、ファラオの柩が眼前まで迫ってきたら怖い。
 もう華那汰は限界だった。
 急に席から立ち上がった華那汰。
「もうパンツあげるから許して!」
 クラスに響き渡った華那汰の叫び。
 なんか変な空気がクラスに広がった。
 クラスメートたちは『は?』という表情をしている。そりゃそうだ、女子生徒が突然立ち上がって『パンツあげる』発言したら、変な空気が漂ってしまうの当たり前だろう。
 女子のパンツというエロワード。エロワードも使いどころを間違えるとまったくエロくない。むしろドン引きされる。
 静まり返った教室。
 涙ぐんでいる華那汰。
 佇んだままのツタンカーメン21号。
 びみょ~な空気で収集がつかなくなっている。
 しばらくして口を開いたのは明星だった。
「どうかしましたか加護さん?」
 尋ねられた華那汰は明星のほうを向いたあと、ビシッとバシッとツタンカーメン21号を指差した。
「だってこいつあたしのパンツ盗ろうとするんです!」
「「「ええ~~~っ!?」」」」
 クラス中から驚きの声があがった。
 瞬く間に広がるツタンカーメン21号は女子のパンツを盗ろうとしている変態思想。
 ツタンカーメン21号ガタガタ言いながら焦った。
「誤解でごわす! あれは穿く物がなくてしかなかったでごんす!」
「「「きゃ~~~っ!?」」」」
 クラス中から悲鳴があがった。
 本人が盗っただけじゃなくて穿いたことも認めちゃった。
 ファラオの柩の格好しているだけでも変態なのに、本物の変態だったとクラスの認識は強まった。
 さらに華那汰は追い打ちをかける。
「さっきからあたしのことずっと見てて、キスしてパンツ盗ってブラまで盗ろうとしてるんです!」
 妄想被害!
 タチが悪い、タチが悪すぎる。
 もしもえん罪だった場合どうするつもりなのだろうか。
 しかし、クラスの空気は華那汰を信じる方向だった。なぜって、すでにパンツを盗んで穿いたのは本人の口から自供済みだ。自分で言っちゃったんだから不利に決まってる。
 すっかりツタンカーメン21号は変態パンツ泥棒扱いだった。盗んだのも事実だし、穿いたのも事実だから、変態は変態に変わりないが。やむを得ない事情があっても女性のパンツを穿くのは変態だろう。
 追い詰められたツタンカーメン21号。
「違うでごわす。キスなんてしないでごわす。ブラも盗らないでごわす!」
「じゃあなんであたしのこと見てたの!」
 華那汰が強く迫ると、ツタンカーメン21号はたじろぎながら、その真相を口にした。
「そこにいる男の股間を見てたでごわす!」
 そっちの趣味だったのかーッ!
 っという衝撃がクラスを駆け巡った。
 さらにツタンカーメン21号の意中の人にも視線が集中した。
「俺様?」
 きょとんとするヒイロ。
 ツタンカーメン21号はヒイロを指差しながら命令する。
「ちょっと立つでごわす!」
 〝たつ〟という響きに反応する一部の生徒。だがこれはそんなに広まらなかった。
 なんだかわからないが、とにかくヒイロは席を立つことにした。
 笑撃!
 教室のあちこちからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「俺様が貧乏だからってバカにしてんだろ!」
 いや、そこじゃなくて……股間だった。
 ヒイロの股間からはツボが生えたままだった。
 それに今さら気づいた華那汰は衝撃を覚えて顔を青くした。
「覇道くんお風呂入ってない!?」
 衝撃だった。
「べつに1日くらい入らなくたっていいだろ!」
 あ、ホントに入ってないんだ。
 でも、もしもずっとツボが取れなかったら……。
「はい、ではみなさん朝のホームルームを終わります。1時間目の用意をしてください」
 ものすごい空気を読まない明星の発言。唐突すぎて生徒たちはなにを言われたのか理解できなかった。むしろ空気を読んだからこそ変態たちをシカトしたのかもしれない。
 そして、明星はさっさと教室を出て行ってしまった。
 つまり『生徒たちの問題は生徒たちで力で解決しないさい』という教えだ。違うかもしれないけど。
 ファラオの柩VSツボ
 ある意味すごい戦いから生徒たちは眼を離せない。
 どっちも変態だ!
 どちらがより変態か、それを判断するのは難しいかも知れない。
 股間にツボ。これはあきらかに変態である。
 ファラオの柩については、それその物が変態というわけではない。その辺りが審査を難しくしていると思う。教室というシチュエーションにファラオの柩、さらに中身の人が変態。これが審査のポイントになって来るに違いない。
 X軸の左に〝シブイ〟、右に〝インパクト〟、Y軸の上に〝知的〟、下に〝バカ〟というマトリックス表を作って考えてみよう。
 股間ツボはあきらかに〝バカパク〟に分類されるだろう。
 迷うのがファラオをインパクトにするか、それともシブイにするかだろう。ファラオの柩が教室にいるという点はシュールでシブイとも取れる。でも逆にそんな物がいるというインパクトもあるだろう。
 知的かバカという点は、ファラオがいくら考古学だからって、やってことはバカなんだからバカだ。
 そこでこういう提案をしようと思う。
 みんなが思い思いに評価したらいい!
 さてと、話を戻そう。
 ツタンカーメン21号の狙いは華那汰ではなくヒイロだった。
「その〈壺〉を渡すでごんす!」
 いい加減そのしゃべり方やめたらいいのに。
「取れるもんなら取ってみろよ!」
 なんのためらいもなく言い放ったヒイロだが、取ってもらったほうが助かるんじゃ?
 むしろクラスメートたちは『取ってもらえ』と思っているに違いない。
 ツボを股間に付けたままの変態でいいのかヒイロ!
 ガッタンガッタン飛び跳ねながらツタンカーメン21号がヒイロに襲い掛かった。
 だが、ヒイロとツタンカーメン21号の間には華那汰がいた。
 ちょんと足を出した華那汰。
 それにツタンカーメン21号が引っかかってコケた!
 ドスン!
「うわぁ~っ、立てないよぉ~!」
 どうやらコケたら自力で立てないらしい。
「うわぁ~っ、外に出られないよぉ~!」
 柩の扉が下になったせいなのか、それとも扉自体が壊れたのか、どうやら外に出ることもできなくなったらしい。
 そんな柩に入ってくんなよ、マジ使えねーっ!
 クラスの男子から声があがる。
「覇道そのバカうるさいから廊下に出してこいよー」
 そんなわけでヒイロによって廊下に引きずれていく使えない柩。
 中からはわめき声が聞こえてくる。
「最強の防具が負けるわけないでごんすーっ!」
 最弱の間違えじゃないだろうか。
 廊下に出されたあとも、恩怨のこもったわめきが声が嗄れる響いていたのだった。

 つづく


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